歯周病に対する経口抗菌薬は 有効なのか?

生涯研修コード 05 01
歯周病に対する経口抗菌薬は
有効なのか?
−臨床薬理学者からの見解−
王
おう ほうれい
● 松本歯科大学歯科薬理学講座・附属病院口腔内科・教授
● 歯学博士
● 日本
歯周病学会「歯周病の抗菌療法の指針」作成委員,日本禁煙科学会歯科部門会
長,日本歯科東洋医学会理事,日本口腔内科学研究会会長 ●1960年12月生ま
れ,大阪府出身 ● 著書:くすりが活きる歯周病サイエンス,今日からあなたも
口腔漢方医,薬08/09−口腔疾患からみる治療薬の処方例 ● 専門:臨床薬理学,
西洋医学および東洋医学
宝禮
●日歯ホームページメンバーズルーム内「オンデマンド配信サービス」および「E システム(会員用研修教材)
」に掲載する本論
文の写真・図表(の一部)はカラー扱いとなりますのでご参照ください。
要
約
わが国では,歯周病治療に対する抗菌薬の使用法は
混迷を極め,国民に誤解を与えている。例えば,
「歯
周病を抗菌薬で治す」という表現は間違いであり,
「抗
菌薬は歯周病原細菌に有効である」が正しい表現であ
はじめに
例えば,冬の季節,高熱で内科を受診すれば,内科
医はインフルエンザを疑い,鼻の奥に綿棒を挿入し,
る。なぜならば,歯周病治療の成功の鍵は,患者と歯
鼻甲介を数回こするようにして粘膜表皮を採取し,迅
科医師および歯科衛生士による歯周基本治療だからで
速検査で判定し,インフルエンザの感染を確認すれ
ある。世界に誇る日本の医療は健康保険によって成長
ば,抗ウイルス薬であるタミフル(薬品名:オセルタ
してきた。今,国民やわが国の歯科医師たちは,適切
ミビル)を選択し投薬する。つまり,内科治療は,検
な抗菌薬選択のための唾液や血液を用いた歯周病原細
菌の検出・定量検査に基づいた抗菌薬物療法の健康保
険導入のため,適切なる「歯周病における経口抗菌薬
査,診断,投薬がひとつの治療の流れとして確立され
ている。このようなことからも筆者が提唱する口腔内
使用のガイドライン」作成を望んでいると思われる。
科とは,口腔をひとつの臓器ととらえ,口腔疾患に対
今回,歯周病に対する経口抗菌薬(内服)の有効性に
して検査,診断,投薬することと考えている1)。
ついて臨床薬理学の面から論じる。
近年,歯周病治療のなかに内服による抗菌薬物療法
に関する質問を受けることが多くなった。歯周病治療
の伝統的アプローチ法は,非特異的抗感染療法を中心
キーワード
歯周病/抗菌薬/薬物療法
に行われてきたが,重度進行性歯周炎の罹病率を減少
させる上で,その効果は限られたものであることが示
6
●
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されている。
1.歯周病に対する薬物療法の
基本的な考え方
一方,特異的抗感染療法である抗菌薬物療法が従来
の治療法と併用して用いられているものの,その治療
効果についての臨床的認識は,必ずしも一致していな
い。つまり,どのような病態が適応症であり,どのよ
歯周病は,主にグラム陰性の嫌気性桿菌が原因菌で
うな抗菌薬あるいはその組み合わせが歯周病感染の病
あるが,単一感染ではなく,感染経路や感染時間に関
態に応じて有効か,適切な抗菌薬の投与量,投与期
しても明確ではないのが現状である。近年,細菌学
間,投与時期,抗菌薬投与の副作用などの負の局面へ
の進歩により,Kolenbrdnder らのバイオフィルム像
(図1)や Socransky のピラミッド(図2)からバイ
の対応などが挙げられる。
それゆえ国民のニーズに応えるため,歯科医療の拡
オフィルム(表1)のひとつの細菌の「群れ」のよう
大のためにも,口腔内科的発想による,歯周病に対す
な生態系が明らかにされた。さらに重度の歯周病に影
る適切な抗菌薬物療法の考え方が求められる時代に
響 が あ る と い わ れ る3菌 種 Porphyromonus gigivalis
(Pg)
,Treponema denticola(Td)
,Tannerlla forsythia
なったといえよう。
(Tf)は,レッドコンプレックスと提言された
(図2)
。
me
ter
ueg
gei
P.gingivalis
o
a
di
ep
Tr
S.fl
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pp
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P.de
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P.acnes
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H
A.i
C.g
C.sputigena
F.nucleatum
S.oralis
S.mitis
図1
Eubcteium spp.
n
P.i
A.actinomycetemcomita
ns
現在,歯周病は細菌感染が主因であることから,細
ar
ai
nf
lu
en
za
V.atypica
e
A.n
ae
slu
P.loescheii
S.gordonii
S.oralis
S.sanguis
nd
ii
S.gordonii
歯表面を足場にしたバイオフィルム像
(Costerton, J. W. et al. : Science,284:1318∼1322,1999.改変)
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図2
レッドコンプレックス
(Socransky, S. S. et al. : Periodontol2000,28:12∼55,1992.改変)
菌に対する歯周治療はその原因となる細菌性プラーク
(バイオフィルム)や歯石の除去を目的とした歯肉縁
表1
バイオフィルム感染症
(Costerton, J. W. et al. : Science 284:1318∼1322,1999.改変)
上および歯肉縁下プラークのコントロールの改善を基
本とする。
疾病名
代表的な原因菌
齲
ミュータンスレンサ球菌
歯周病
グラム陰性嫌気性菌
中耳炎
インフルエンザ菌
筋骨格系感染症
グラム陰性球菌
壊死性筋膜炎
A 群レンサ球菌
胆道感染症
腸内細菌
び歯周ポケット内の細菌を駆逐することを目的にした
骨髄炎
黄色ブドウ球菌
局所投与法があり,含嗽剤,歯磨剤,歯周ポケット洗
細菌性前立腺炎
大腸菌・グラム陰性菌
浄,歯周ポケット貼薬剤があげられる。また,歯肉上
嚢胞性線維性肺炎
緑膿菌
慢性気道感染症
緑膿菌
このプラークコントロールには物理的方法と化学的
方法とがあり,物理的方法の代表例は,歯ブラシや補
助清掃器具による歯肉縁上の適切なプラークコント
ロールや,歯肉縁上,縁下のスケーリング・ルートプ
レーニング(SRP)である。
一方,化学的方法としての薬物療法は,口腔内およ
皮および歯肉結合組織内での抗菌作用と消炎作用を目
的にした抗菌薬,抗炎症薬,酵素製剤がある。これら
の薬剤の経口投与法は,急性炎症のある場合や難治性
の歯周病に用いられている。全身投与による経口薬物
抗感染療法を中心に行われてきたが,重度進行性歯周
療法は,スケーリング・ルートプレーニングといった
炎の罹病率を減少させる上で,その効果は限られたも
歯周基本治療に付随して行われる補助的療法として位
のであることが示されている。つまり,歯周病に対す
置づけられている。
る薬物療法は,歯周病原細菌の細菌叢,歯周病の進行
一方,歯周治療の伝統的アプローチ法は,非特異的
8
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度や病態などに対して,炎症のコントロールを視野に
入れ,それぞれの治療時期,治療内容に応じて使い分
ける時,その有効性が発揮できる2)。
2008年に日本歯周病学会から3)「歯周病の検査・診
断・治療計画の指針」が提示され,その中で,経口抗
菌療法の EBM に関して,歯周病原細菌の感染を伴う
重度広汎型歯周炎患者の深いポケットに対して従来の
歯周基本治療(プラークコントロール,SRP)に加え
て,抗菌薬(テトラサイクイン系,マクロライド系,
ペニシリン系)を併用することにより,臨床的および
細菌学的に付加的な改善効果が期待できると報告して
いる4)。
さらに,2004年までのシステマティックレビューや
コンセンサスレポートによれば,歯周治療における経
口抗菌療法は,特に侵襲性歯周炎や重度慢性歯周炎患
者の深いポケット(PD6mm 以上)に対して臨床的
改善効果が期待できるとしている5)。
図3
抗菌薬の適正使用の基準
(片桐義博:臨床薬理学テキスト,52∼59,南江堂,東京,
1999.
改変)
しかしながら,経口抗菌薬を歯周病治療に応用する
際の疑問として,
「どのような患者に経口抗菌治療を
行うべきか」
,
「適切な抗菌薬の投与量,投与期間,投
与時期について」
,
「抗菌薬投与の副作用や耐性菌の増
加について」などが筆者のもとに届けられる。
2.抗菌薬の適正使用の基本的概念
3.厚生労働省の分類に従った
歯周病に適した抗菌薬の選択基準
歯科・口腔外科感染症の多くは歯性感染症であり,
厚生労働省では4群(1群:歯周組織炎,2群:歯冠
細菌感染症の発症と重症化は,宿主感染防御能と病
周囲炎,3群:顎炎,4群:顎炎周辺の蜂巣炎)に分
原菌の菌量との相対的関係によって決定される。抗菌
類されている(表2)
。歯性感染症はこの 分 類 に 従
薬により病原体の菌量を減少させ,相対的力関係を宿
い,経口抗菌薬の適応が決定されている。また,多く
主側に有利に展開しようとするのが抗菌療法である。
の歯性感染症が歯槽部に限局した炎症であり,切開,
抗菌薬の適正使用を考える際には,個人防衛的な観
排膿などの処置や,抜歯後感染後などに対する外科的
点から感染病態をできるだけ早期に診断し,原因菌を
治療の感染予防として抗菌薬が内服されてきた。歯周
的確に捉え,原因菌に抗菌力を示す薬剤の中から最も
病においての抗菌薬物療法は,感染予防としてよりも
抗菌力の高い薬剤を選択することが必要である。ま
感染症治療として考えることが医学的である。歯周病
た,集団防衛的な観点からは,耐性菌蔓延対策をいか
は歯周ポケットの炎症から起こる辺縁性歯周炎があ
に抑制し,現有抗菌薬の寿命をいかに延ばすかという
り,歯周組織炎に分類される。
点が課題である。そして,医療資源の浪費をいかに最
長年の歯周病学研究を紐解くと,世界各国から数多
小限にするかという,いわば社会防衛的な観点が重要
くの歯周病治療に対する抗菌薬治療の有効性が報告さ
である。
れている。しかし,日本と諸外国では歯科で使用可能
このように抗菌薬の適正使用は,個人防衛,集団防
な抗菌薬の認可に隔たりがあり,本邦で歯周組織炎に
衛,社会防衛の観点をバランスよく組み合わせた判断
適応があるものが,歯周病治療に妥当であり,健康保
が歯科医師に求められる(図3)
。
険の適応疾患にも対応すると思われる6)。
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●
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表2
歯性感染症の分類(厚生労働省,昭和57年)
◆第1群:歯周組織炎
歯槽骨炎,歯槽骨膜炎,歯根膜炎,歯周囲膿瘍,
歯根周囲炎,歯槽膿瘍,抜歯後骨炎,抜歯後感染,
歯肉膿瘍,歯肉炎など
◆第2群:歯冠周囲炎
智歯周囲炎,歯冠周囲炎など
◆第3群:顎炎
顎骨骨髄炎,顎骨骨膜炎,顎骨周囲炎,急性顎炎など
◆第4群:顎骨周辺の蜂巣炎
顎骨周辺の隙の蜂巣炎
ていくことにより,経験的治療の精度を高めていくこ
とが可能になる。
このような手順を念頭に置かないで,院内感染とし
て問題となる緑膿菌やプロテウス属に感受性のある広
域抗菌薬を多用することは,不適切な治療といっても
過言ではない。この経験的治療の概念は,慢性歯周病
に対する抗菌薬治療にも当てはまるといえる。
5.抗菌薬の経口投与(内服)による
薬物療法
現在,抗菌薬の経口投与に考えられる使用法は,歯
周膿瘍などの急性期,歯周外科前後の抗菌薬治療,侵
襲性歯周炎などの病勢の抑制,全身的疾患に対する歯
4.臨床薬理学から考えた歯周病に
適した抗菌薬の選択基準
周炎の応用,フルマウスデスインフェクション(1回
で 全 顎 の SRP を 行 う 方 法)へ の 応 用 が 挙 げ ら れ,
様々な抗菌薬が用いられている(表3)
。
臨床薬理学の面から歯周病に対する内服による抗菌
しかし,抗菌薬の経口投与が従来の歯周病治療法と
薬治療を考えた場合,重度と判断される慢性歯周炎の
併用して用いられているが,その治療効果についての
抗菌薬の選択基準は,以下のように考える。
臨床的認識は,必ずしも一致していない。ここで,急
①歯周組織炎の適応症がある(表3)
,②個人防衛
を考えレッドコンプレックスに含まれ,歯周病原細菌
性症状や病態に対する抗菌薬の選択について考察して
いく。
への感受性がある(図2)
,③バイオフィルムへの溶
解能および形成抑制能がある(図4)
,④食細胞内に
移行することによって歯肉組織への薬剤移行性が高い
1)歯周急性発作に対する抗菌薬治療の
考え方
(表4)
,⑤短期間投与で生物学的半減期が長い(表
歯周病の急性発作とは,慢性炎症である歯周病が急
5)
,⑥第一選択薬を狭域スペクトル抗菌薬,第二選
性化し,膿瘍を形成した状態である。歯周病は多因子
択薬を広域スペクトル抗菌薬とする,などのポイント
性の疾患であり,なぜ急性発作が起こるかは未だ明確
を踏まえて選択することが大切であると考えられる
ではないが,局所のプラークコントロール,咬合性外
(表6)
。
傷,局所および全身の宿主免疫などが複合的に作用し
一方,抗菌薬治療には「経験的治療」という概念が
て急性発作が起こると考えられている。
ある。つまり,歯周病は細菌感染症であり,急性症状
現在,β-ラクタム系薬に対する耐性化が進んでいる
時には関連細菌の確定を待たずに経験的に病原菌を推
が,経口 β-ラクタム系薬の有効率は90%程度である
定して抗菌薬を選択せざるを得ない。しかし,図5に
(抗菌力が著しく劣化したセファレキシン(CEX)
を
その概略を模式化して示したが,歯周病検査の経過と
除く)
。歯周ポケット内の感染巣の病原菌を減らす局
して迅速に 得 ら れ る 歯 周 組 織 の 検 査(PD,BOP,
所処置を行うことが必要であるとともに,嫌気性菌お
POR)
,歯周病原細菌の活性試験,唾液や血液検査の
よび口腔レンサ球菌に対する抗菌活性が強い薬物を使
途中経過などの診断情報を随時入手し,診断の妥当性
用する必要がある。炎症の重篤化に伴い偏性嫌気性菌
を高めていくことが可能である。また,治癒後に判明
に関する割合が高くなるので,重症の歯性感染症では
した検査結果と治療成績を自己の経験として積み重ね
β-ラクタマーゼ産生嫌気性菌に対して強い抗菌力を持
10
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表3
経口抗菌薬の適応症
つ薬物を選択する。
(抗菌薬ハンドブック2008,ライフサイエンス出版,改変)
一般名
略
号
歯
周
組
織
炎
歯
冠
周
囲
炎
顎
骨
周
囲
の
蜂
巣
炎
る抗菌薬は従来からの歯性感染症の分類の歯周組織炎
顎
に対応する薬物であり,殺菌力の強い抗菌薬が適応と
炎
考えられる(表7)
。
また,これら起炎物質の抑制や痛み・発熱の治療と
してジクロフェナク,インドメタシン,メフェナム酸
キノロン系
レボフロキサシン
オフロキサシン
シタフロキサシン
ノルフロキサシン
シプロフロキサシン
ロメフロキサシン
トスフロキサシン
スパルフロキサシン
ガチフロキサシン
プルリフロキサシン
モキシフロキサシン
ガレノキサシン
LVFX
OFLX
STFX
NFLX
CPFX
LFLX
TFLX
SPFX
GFLX
PUFX
MFLX
GRNX
○ ○
○ ○
○ ○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
CPDX­PR
CXM­AX
CCL
CXD
CFIX
CFTM­PI
CTM­HE
CFDN
CETB
CDTR­PI
CFPN­PI
○ ○
○ ○
○ ○
○
○
○
○ ○
○ ○
○
○
口投与の補助的臨床効果は期待できないと考えられて
FRPM
○ ○
○
Pg, Aggregatibacter actinomycetemcomitans の感染を
ABPC
BAPC
AMPC
PMPC
○ ○
○ ○
○ ○
○
伴う深いポケットの部位率が20∼30%以上の慢性およ
いポケットにおける PD 減少効果,部位率の減少効
○
抗原虫薬
メトロニダゾール
いる。
び侵襲性歯周炎および喫煙,血糖コントロール不良,
細菌検査に基づいた薬物療法では,有意な改善効果が
CVA/AMPC
SBTPC
報告されている。その治療効果は,深いポケットの
EM
RKM
JM
RXM
CAM
AZM
○
○
○
○
○
TEL
1ミリ程度の減少やその部位率の20∼30%減少に伴う
○
外科必要性の減少効果,および6ヵ月以上の歯周病関
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○ ○
○
の併用を比べたランダム化比較研究は30文献近く存在
連細菌数への効果などの臨床的細菌学的効果の持続な
どである3)。
歯周病患者に対して,機械的治療のみと経口抗菌薬
し,システマ テ ィ ッ ク レ ビ ュ ー も い く つ か 存 在 す
LCM
CLDM
DOX
MINO
果,BOP の減少効果など治療反応性が低いため,経
心血管障害を有する中度から重度歯周炎患者に対する
○ ○
テトラサイクリン系
ドキシサイクリン
ミノサイクリン
病基本治療で治療効果が良好な歯周炎に対しては,深
○
リンコマイシン系
リンコマイシン
クリンダマイシン
ケット細菌叢を呈する深いポケットに対して臨床的改
○ ○
ケトライド系
テリスロマイシン
歯周炎や重度慢性歯周炎において6∼7mm 以上のポ
○
マクロライド系
エリスロマイシン
ロキタマイシン
ジョサマイシン
ロキシスロマイシン
クラリスロマイシン
アジスロマイシン
2)歯周病の病態から考えた抗菌薬の
選択を考える
○ ○
β-ラクタマーゼ阻害剤配合
クラブラン酸・アミキシシリン
スルタミシリン
レックスが有意に減少することが示された7)。
善効果が期待できることが示されてきた。一方,歯周
ペニシリン系
アンピシリン
バカンピシリン
アモキシシリン
ピブメシリナム
近年は歯周局所治療薬(ペリオクリンⓇ)が歯周急性
歯周治療における抗菌薬の経口投与は,特に侵襲性
ペネム系
ファロペネム
などの非ステロイド性抗炎症薬も有効である。そして
発作に有効であることが示され,特にレッドコンプ
○
○
○
○
セフェム系
セフポドキシムプロキセチル
セフロキシムアキセチル
セファクロル
セフロキサジン
セフィキシム
セフテラムピボキシル
セフォチアムヘキセチル
セフジニル
セフチブテン
セフジトレンピボキシル
セフカペンピボキシル
このようなことから,歯周急性発作に対して選択す
○
○ ○
る5,8)。いずれも,経口抗菌薬の併用は機械的治療のみ
に比べて,アタッチメントゲイン,ポケットの減少の
○
点で効果があり,歯周病の進行が重度な場合はより効
果的だと結論付けている。ただし,ランダム化比較研
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●
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図4
走査型電子顕微鏡によるバイオフィルム
(Tamura, A. et al. : Eur. J. Med. Res.,13:439∼445,2008.改変)
表4
抗菌薬の臓器移行性(斎藤 厚:Modem Physician. 11:549∼553,1991,改変)
移行しやすいもの
移行しにくいもの
呼吸器
ニューキノロン系,マクロライド系,テトラサイク
リン系,リファンピシン,アミノグリコシド系
β-ラクタム系(セフェム系,ペニシリン系,モノバ
クタム系,カルバペネム系)
胆道系
ニューキノロン系,クリンダマイシン,マクロライ
ド系,テトラサイクリン系,セフェム系(セフォペ
ラゾン,セフピラミド,スルバクタム・セフォペラ
ゾン,セフメノキシム,セフトリアキソン,フロモ
キセフなど)
アミノグリコシド系,カルバペネム系,セフェム系
(セファロチン,セファゾリン,セフォタキシム,
セフチゾキシム,セフタジジムなど)
尿路系
ニューキノロン系,β-ラクタム系(セフェム系,ペ
ニシリン系,モノバクタム系,カルバペネム系)
,
アミノグリコシド系
マクロライド系,クリンダマイシン,テトラサイク
リン系
ニューキノロン系,マクロライド系,テトラサイク
リン系,リファンピシン
β-ラクタム系(セフェム系,ペニシリン系,モノバ
クタム系,カルバペネム系),アミノグリコシド
系,クリンダマイシン
食細胞内
ニューキノロン系,クリンダマイシン,マクロライ
(好中球・マク ド系,テトラサイクリン系,リファンピシン
ロファージ)
β-ラクタム系(セフェム系,ペニシリン系,モノバ
クタム系,カルバペネム系),アミノグリコシド系
髄
液
究のうち,5年以上経過観察をしている文献は1文献
9)
のみである 。
3)抗菌薬の投与期間を考える
抗菌薬の投与期間は抗菌薬の種類,感染に関与して
このように,広汎型侵襲性歯周炎を対象としたその
いる細菌の種類などにより,また疾患の状態等により
有効性が評価されているが,侵襲性と慢性歯周炎での
変化するため一概に示すことは難しいが,アメリカ歯
臨床的効果の有意差を示した報告はなく,病態による
周病学会の Position Paper Systemic
診断分類が経口投与の選択基準とはならないと考えら
Periodontics”にアメリカ歯周病学会の推薦する抗菌
れる。
薬の投与期間が示されている(表8)
。このように,
12
●
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Antibiotics in
表5
抗菌薬の PD/PK パラメーター(戸塚恭一:日本内科学会雑誌,92:2187∼2191,2003.改変)
抗菌効果
PK/PD パラメーター
濃度依存性殺菌作用と
長い持続効果
抗菌薬
AUC/MIC または peak/MIC
キノロン系
アミノグリコシド系
⇒1日投与量または
1回投与量が重要
時間依存性殺菌作用と
短い持続効果
Time above MIC
ペニシリン系
セフェム系
カルバペネム系
モノバクタム系
⇒分割投与が重要
時間依存的殺菌作用と
長い持続効果
AUC/MIC
⇒1日投与量が重要
(半減期が長いもしくは PAE が長いため)
クラリスロマイシン
アジスロマイシン
テトラサイクリン系
バンコマイシン
抗菌薬の効果的な投与量や投与法の決定にあたり,抗菌薬の吸収,分布,代謝,排泄を示す薬物
動態学(pharmacokinetics : PK)的指標と,薬物濃度変化と抗菌作用の関係を示す薬力学(pharmacodynamics : PD)的指標をふまえた PK/PD パラメーターが重要である(AUC:薬物血中濃度時
間曲線下面積,MIC:最小発育阻止濃度)
。
歯科治療では短期間投与で半減期が長い抗菌薬が望まれるとされる。
表6
歯周病における経口抗菌薬使用のガイドラインの
考え方
① 歯周組織炎の適応症である。
② 歯周病関連細菌への感受性がある。
③ バイオフィルムへの効果がある。
④ 歯肉組織移行性が高い。
周炎の非外科的治療法の補助的療法としてアジスロマ
イシンの効果を検討した10)。
歯周病専門医が初期治療として,口腔清掃指導,全
顎スケーリング,ルートプレーニングを2∼3ヵ月間
行い,PMTC を初期治療期間中に2週間に1回行っ
た。再評価時に治療の反応性が不良(治療抵抗性歯周
病)であり,GI が1未満の時に歯周基本治療終了と
⑤ 短期間投与で生物学的半減期が長い。
みなし,その後アジスロマイシン(500mg/days)を
⑥ 第一選択薬:狭域型抗菌薬
3日間投与した(図6)
。その結果,基本治療終了後
第二選択薬:広域型抗菌薬
に臨床パラメーターとして PD,BOP,POR は改善
された。
これまでのアジスロマイシン投与群(5症例:男性
様々な論文から抗菌薬の投与期間は 一 定 し て い な
3)
6歳)の治療期間は4.
7±3.
2
1名,女性4名,平均29.
い 。しかし,歯科治療の現場では,短期間投与で血
ヵ月であり,同様の初期治療を受けたがアジスロマイ
中濃度が維持できるものが望まれる。
シンを投与していない群(6症例:男性2名,女性
6.早期発症型(侵襲性)歯周炎治療
におけるアジスロマイシン併用の
臨床的検討
筆者らの研究グループは,早期発症型(侵襲性)歯
5歳)の 治 療 期 間 は11.
2±4.
9ヵ 月 で
4名,平 均26.
あった。このようにアジスロマイシン投与群に治療期
間の改善に高い効果が認められた(図7)
。
その後の経過観察では,メンテナンス時の状態でほ
ぼ骨吸収度は維持されている。この理由は患者が定期
的に検診することと,歯周基本治療の成功によること
日本歯科医師会雑誌 Vol.
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図5
表7
抗菌薬の経験的治療とは
歯周急性発作の経口抗菌薬選択の基準
(金子明寛:日歯医学会誌,27:25∼29,2008.改変)
第一選択薬:経口ペニシリン系薬,経口セフェム系薬
し,組織内の歯周病原細菌と歯周ポケット内に浸出し
た薬剤の効果によってバイオフィルムを破壊している
可能性がある。なお,アジスロマイシンは時間依存性
殺菌作用と長い持続効果をもつ。つまり半減期が長い
第二選択薬:経口マクロライド系薬
第三選択薬:経口フルオロキノロン薬
ため投与期間は錠剤は3日間,単回投与は1回のみ
で,それ以上投与してはならない。
また,アジスロマイシンの副作用には下痢があげら
れる。腸にモチリンというタンパク質が産生されて腸
が大きいと考えられる。
を収縮させることが原因となって,下痢など胃腸障害
11)
アジスロマイシンの最大の特徴は 良好な組織移行
を起こすことがある。ペニシリンやセフェム系抗菌薬
性,特に感染組織への移行が優れている点であり,さ
のように腸内細菌に影響を与えるわけではないため,
らに血清中濃度半減期および組織内濃度半減期が60∼
整腸剤は有効ではない。原則,経過観察しかない。ま
80時間と長いため1日1回3日間投与で充分な臨床効
た,経口抗菌薬投与の副作用については,多くが胃腸
果が得られる。
障害であった3)。
全身投与された抗菌薬は,薬物動態の基本的理論よ
さて,金子明寛教授(東海大学医学部)は日本歯科
り歯周組織内の毛細血管から浸潤して組織内に移行
医学会誌で縁下歯石除去の抗菌薬使用のガイドライン
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表8
アメリカ歯周病学会の推薦する抗菌薬投与期間
(Slots, J. et al. : J. Periodontol.,75:1553∼1565,2004.改変)
抗菌薬
図6
投与量(成人)
メトロニダゾール
500mg×1日3回×8日間
クリンダマイシン
300mg×1日3回×8日間
ドキシサイクリンまたはテトラサイクリン
100∼200mg×21日間
シプロフロキサシン
500mg×1日3回×8日間
アジスロマイシン
500mg×3日間
メトロニダゾール+アモキシシリン
両薬剤とも250mg×1日3回×8日間
メトロニダゾール+シプロフロキサシン
両薬剤とも500mg×1日3回×8日間
アジスロマイシンを用いた歯周病治療の流れ
を示す中で,アジスロマイシンが最も適切であると報
告している6)。また,アジスロマイシンは表6に示し
たポイントをカバーしている。
では,アジスロマイシンが歯周病治療に最適と結論
7.まとめ:
では正しい抗菌薬治療とは?
(表9)
づけてよいのだろうか?
筆者が専門とする臨床薬理学の面から考察した場
合,現時点では歯周病に対してアジスロマイシンの抗
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図7
アジスロマイシンによる抗菌薬物療法(Fujii, T. et al. : Perio,
1:321∼325,2004.改変)
所
見:33歳,女性,上下前歯部の強い炎症所見
問 題 点:①高度の垂直性骨吸収,②上顎前歯のフレアーアウト,③矯正力により外傷力
治療方針:①歯周基本治療の徹底と PMTC,②アジスロマイシンの投与,③矯正歯科治療
による歯列不正の改善
菌治療の有効性は確かに高いが,日々の臨床のなか
で,内科外来の「かぜ」のように頻繁に投薬されるか
については No である。
切に使わなければいけないという責任がある。
また,岩田健太郎医師(亀田総合病院総合診療教育
部)は,
「日本の医学教育では臨床感染症部門がほと
本年,石原和幸教授(東京歯科大学)と丸森英史先
んど皆無といってもよく,その状況は現在も続き,行
生(丸森歯科医院)の大変興味深い対談(「歯界展望」
政上の縛りも強く,抗菌薬の適切な投与量,投与間
2009年1月号)のなかで,抗菌薬投与による歯周病治
隔,投与期間が保険診療では認められていない」と述
療に対して「ジスロマックの効果を認めるものの,切
べている(兵庫県保険医新聞,2005年4月15日号)。
り札の抗菌薬をなくしてしまう危険性,また,どうし
一方,歯科においては,保存,補綴,矯正,抜歯と
ても投薬してしまうケースは1割もないように思う」
いったいわゆる外科学を中心とした学問体系の中,歯
などと論じている。筆者も同意見である。そのため,
周病のような慢性感染症に対する臨床薬理学の教育は
現在筆者らの研究グループは歯周基本治療後に改善が
皆無である。そのため,医科との格差をうめるために
認められない,いわゆる治療抵抗性歯周炎に対してア
も歯学部の臨床薬理学教育の充実が急務である。
ジスロマイシンの効果を探求し,EBM を蓄積してい
ところで,歯周病専門医と一般開業医では SRP に
る。その結果は,おそらくアジスロマイシンを投薬す
おける歯石除去の能力に差があるとの報告があるこ
るケースは極めて低いと考えている。
と12),また侵襲性歯周炎の治療は細菌学的因子のみな
「耐性菌」という人類にとって永遠の課題があるこ
らず,遺伝的・免疫的因子も疑われる疾患のため,こ
とからも,ある意味,抗菌薬には寿命がある。即ち,
れらの疾患の科学と抗菌治療を熟知した歯科医師が必
私たち歯科医師には,アジスロマイシンという薬を大
要に応じて治療すべきものと考える。そのため,日本
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表9
まとめ
歯科医療の幅を拡大するためにも口腔内科的発想が必要である。
抗菌薬が歯周病治療に有効であることは高いエビデンスレベルで証明されている。
しかし,歯周病治療の第一選択は薬ではない。
なぜなら,歯周病の成功の鍵は歯周基本治療だからである。
そして,歯周病は患者様,歯科医師,歯科衛生士との共同体で治療していくものである。
「抗菌薬で歯周病を治す」というのは過大表現であり,
「抗菌薬は歯周病原細菌に有効である」が正しい表現である。
適切な歯周病抗菌薬物療法の使用のためにも,唾液や血液検査の確立と大学教育の充実,
経口投与のガイドライン作成が急務である。
歯周病学会や臨床歯周病学会などの専門学会に積極的
治療抵抗性歯周炎に対して,経口抗菌薬を併用するこ
に参加し研鑽を積むべきである。日本医師会が「開業
とを推奨することができると考える。
認定医試験」を課すように,やがて日本歯科医師会も
一次医療圏を支える開業医のレベル維持のため新しい
仕組みを確立していくだろう。
現在,日本歯周病学会では「歯周病の抗菌療法の指
針」作成委員会において,吉江弘正教授(新潟大学大
学院)
,粟原英見教授(広島大学大学院)を中心に専
門医13名が集まり論義を重ねている。近い将来,歯周
病に対する経口抗菌薬治療に関して新しい角度から
EBM を提示することができよう。
多くの文献から,SRP や PMTC などの機械的治療
だけに比べて,経口抗菌薬を併用した方がアタッチメ
ントレベルの増加が認められている。ただし,その効
果がどのくらい続くのか,そして,どのタイプの病態
にも効果的なのかは,解明されていない。経口抗菌薬
治療は経験投与を回避し,歯周組織検査と必要に応じ
て抗菌薬の感受性テストや細菌検査を実施して,病態
変化を観察し続けておくことが原則である。
しかし本来,質の高い感染症治療とは,抗菌薬を使
わなくてもいい状態をつくることである。例えば8020
運動,口腔ケア定期検診の重要性を国民に訴え続ける
ことや,歯周病の予防に役立つ禁煙指導などのアク
ションが最高のプライマリケアといえる。
結論として現時点では,急性症状を呈していない慢
性症状の場合は,歯周基本治療を完璧に行った結果の
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