短期集中シリーズ:今日の自動車と高分子材料 短期集中シリーズ:今日の自動車と高分子材料 ポリプロピレンの開発現場 −The Future and Then− ポリプロピレンの開発現場 −The Then 第二回 BC8の時代 日本ポリプロ株式会社 第1材料技術センター長 藤田 祐二 サブプライムローン問題から始まり自動車産業に至るま 発直後から明らかになっていたようですが,その製法から での世界不況は本連載に着手した後,年末に本号(2月号) ブロックPPと呼ばれていたようです。海外のPPメーカを の執筆に開始するまでの僅かな間に大きく変化しました。 初めとし,現在ではICPという名称を用いるようにはして この影響により我々の素材産業も大ダメージを受けている いますが,我々の日本ポリプロ㈱も含め国内のPPメーカ 状況ですが,先月号で述べた様に,ポリプロピレン(PP) ではカタログ上などでは未だにブロックPPと記載してい の持つ様々な優位性は今後も市場のニーズにマッチし,新 ます。高分子科学を深く研究されておられる方々には誤解 しい用途の展開による成長は今後も継続されると信じ,こ を与えて申し訳ないと思います。いろんな方からも頻繁に の100年に一度と言われる年を迎えたいと思います。 質問を受けますが,ICPはブロックコポリマーではありま せん。しかし,単なるブレンドではなく巧妙な構造設計に ブロックでないブロックPP 今月紹介する話題は自動車用PPとして一般的に利用さ れているICP(Impact Copolymer)です。ICPは共重合に よる物性発現が仕組まれています。残念なのは,スチレン 系のグラフト,ブロックコポリマーがHIPSやSEBSなどと して学術的な研究対象として深く研究されたのに対し, より導入したゴム成分を包含するPPの総 称ですが,昔からブロックPPとかPPブ ロックコポリマーと呼ばれています。図1 にPP構造の模式図を示しますが,教科書 等に書いてあるブロックコポリマーが分 子鎖中で異種成分が共有結合で繋がって いるものであるのに対し,ICPはほぼ純 粋のホモPP成分とエチレン・プロピレン ゴム(EPR)成分の混合物であることが 明らかになっています。ICPには多様な 製造プロセスがありますが,いずれも多 段のプロセスで製造され,前段でプロピ レンガスによるホモPPを後段でエチレン ガスを共存させEPRを重合します。触媒 は共通ですが,重合速度に比較し連鎖移 動速度が極めて速いため実質的にホモ PP−EPR間の結合は存在せず,ホモPP とEPRのリアクター内でのブレンド体と なります。この事実は1960年代のICP開 66 Polyfile 2009.2 図1 各種PPの分子構造 −短期集中シリーズ:今日の自動車と高分子材料− ICPはそのネーミングや構造の複雑さ,更には 各社ノウハウの集大成であるが故に,工業界は 別にして学術レベルでは研究対象とされること が少なかったことです。余談ですが,ICPとい うネーミングもPPを連想しない一般名のようで あまりよくないと思いますがご容赦ください。 Impact Copolymer(ICP)の誕生 ICPは1965年に日本ポリプロのPP事業の前身 のメーカの1つである三菱油化にて日本では初 めて工業化され,その最初のグレード名が今月 のサブタイトルであるBC8です。国内のPP業 界は80年代に14社あったものが現在では4社に 統合されています(図2参照)。日本ポリプロを 構成するグループのその過程で増えすぎたグレ ードの廃止・統合によりほぼ半減することの繰 り返しでしたが,BC8はそれらを経て誕生から 40年以上経過した今もなお工業用射出用途の主 図2 国内PPメーカの経緯 力グレードです。1965年といえば,私はまだ小 学生の頃であることの上,私自身三菱油化の出身でもなく, 成されています。成功の鍵は幾つかあると思いますが,① 更に,当時のメンバーも現役では殆どいない中,残されて 新しいものを作りたいという研究者,技術者の意欲とそれ いるレポートや数少ない関係者からお聞きする話からです を待っている市場の強いニーズの相乗作用,②原理原則を が以下にその開発経緯を説明します。三菱油化がPPの祖 理解した上での開発,③それ故に探索過程で見出した幸運 モンテカチーニ社からPPの技術を導入したのが1962年で, やノウハウが成果となって身を結んだこと,などが具体的 その僅か2年後に独自技術にてBC8基本技術が確立され な事例としてあったようです。そうは言っても,BC8生 ています。最近世の中に出つつあるメタロセンやポストメ 産直後,長期間の製造トラブルを担当者は首を洗いながら タロセン触媒等による新しいPPが5∼10年がかりで開発 対応されたことや,ビールケース導入時要求された長期耐 されている現状を考えると信じられないスピードです。 久保証の判断など,多々ある経験談をお聞きすると,成功 BC8の象徴的な市場展開はビールのコンテナケースで, 要因をこんなに簡単に整理すべきではないと思っていま 1966年末にはその市場導入が決定し,以降この分野にて独 す。ちなみに,導入時心配された長期耐久特性は思いのほ 占的な地位が確保されています。国立博物館のホームペー か良く,BC8コンテナが市場に行き渡った後,買換えニ ジにある「産業技術の歴史」という項にもBC8の紹介が ーズがないため需要が減り困ったなどの昔話も聞きました あり,「ポリプロピレンの新規グレード(わが国初),BC が,おかげさまで現在も定期的な需要はあるようです。 8(エチレンとのブロック共重合体),ビールコンテナの 実用化に成功し,飲料業界における物流改革をリードした」 BC8の秘密 とあります。新しいポリマー開発には目標構造の設定,そ BC8は重合時にEPRゴムを導入しためにホモPPの欠点 れを達成するための触媒,重合プロセス・条件,添加剤等 である低温衝撃が改良されたICPです。当然,その後各PP の検討,更には構造解析の検討と性能評価の繰り返しの中 メーカが同様なICPを作るのですが,どうしてもBC8の性 での目標構造・性能のチューニング,その上で,顧客との 能は達成できませんでした。特定の衝撃特性を同じ土俵で 製品開発,以上の全てが必要ですが,それらが短期間で達 評価すると今でもそうかもしれません。この秘密を明らか Polyfile 2009.2 67 図3 BC8の電子顕微鏡(低温破壊試料) にするために全PPメーカはこの研究に注力することにな て言えないこともありますが,まだまだ,解らないことも ります。私が三菱油化とは違う日本ポリプロの前身のPP 多いのです。現役のメンバーとして反省しなければいけな メーカ社員としてこの世界に入ったのは1980年ですが,こ いことは,まだ秘密は解ってないという事実。それを踏ま のころもまだ盛んでした。新入社員時代,BC8のモルフ え,当時の開発者が装置や手法まで確立して秘密に迫ろう ォロジー観察や構造解析のために多量の溶剤を用いての分 としていた熱意や,確立した技術を更に極め徹底的に活用 別など随分やったものです。図2のように現日本ポリプロ しようとする意欲を持ち続けなければならないということ には色んなルートで参加した研究者がいますが,聞くと皆 です。 同じようなことをやっていたとのことです。もちろんそれ 以上に油化にて研究がなされていました。当時は分析機器 BC8のその後 もレベルの低いものでしたが,このために機器や分析法の コンテナ用途以外にも,BC8は色んな用途での市場を 開発もなされています。最も有名なのはポリオレフィンの 開拓しました。また,その技術が生かされた後続グレード 電子顕微鏡観察技術世界で始めて確立した佐野氏による形 は自動車内用途,ランプ周りの用途,洗濯機部品やバッテ 態観察で,BC8の秘密の一部を明らかにしています。佐 リーケースなど幅広く発展しています。ライセンス先の海 野氏による最新の技術によるBC8の電子顕微鏡写真を図 外PPメーカにより,海外自動車部品としても好評で多く 3に示します。参考として当時の私の写真を出したかった 採用されています。1979年には,BC8にて国内初のPPバ のですが,さすがに20年前の資料はなくなっていました。 ンパーが実用化されています。更には,次回3月号にてお 写真はBC8成形品の衝撃破壊された領域のものです。数 話しする予定のSOP(スーパーオレフィンポリマー)に代 μmで分散しているゴム相内に存在するPEに近い成分の 表される,現在の主流である自動車材の複合PPに繋がり 変形やボイドが,ゴム相界面から発生するクレーズを誘発 ます。このように,BC8はICPとして今だ主流のものであ してエネルギーを吸収していると解釈されています。単に るであることに加え,最先端の自動車複合グレードにもそ ゴム粒子を微分散させるだけでなく,内部の微細なモルフ のエッセンスが生きているのです。 ォロジーやそれを形成させるための分子構造のなせる技と 考えられています。 そのほかにも特殊な製造技術や巧妙な構造制御技術など ■お問い合せ先 BC8の中には片手で数えられない技術が仕組まれていま 日本ポリプロ株式会社 す。今回の原稿を作るにあたって再度勉強しましたが,私 〒510-0848 ですら全く知らないこともありとても驚きました。しかし TEL 059-345-7073 ながらこれ以上の説明は勘弁してください。ノウハウとし URL http://www.pochem.co.jp/jpp/index2.html 68 Polyfile 2009.2 三重県四日市市東邦町1 FAX 059-345-7043
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