わが国の国際収支における中長期的な分析

財務省委嘱研究
わが国の国際収支における中長期的な分析
2003 年 3 月
財団法人
財政経済協会
研究組織
(順不同・敬称略)
主
査:
伴
委
金美
(大阪大学大学院経済学研究科教授)
若杉
隆平
(横浜国立大学大学院国際社会科学研究科教授)
深尾
京司
(一橋大学経済研究所教授)
員:
オブザーバー:
岩田
一政
(東京大学大学院総合文化研究科教授)
岡田
則之
(財務省大臣官房総合政策課調査企画官兼政策調整室長)
外部講師:
小野
善康
(大阪大学社会経済研究所教授)
大坪
滋
(名古屋大学大学院国際開発研究科教授)
早坂
勉
(財団法人
財政経済協会
事務局長)
黒岩
美和子
(財団法人
財政経済協会
研究員)
杉村
和恵
(財団法人
財政経済協会
研究補助員)
事務局:
平成14年度
第1回
「わが国の国際収支における中長期的な分析」研究会
平成14年9月30日
報告:
浅野
僚也
財務省国際局為替市場課国際収支室室長
「最近の国際収支の動向等について」
伴
金美
大阪大学大学院経済学研究科教授
「経常収支モデルによるシミュレーション」
第2回
平成14年10月25日
報告:
深尾
京司
一橋大学経済研究所教授
「東アジアの貿易パターンと直接投資」
第3回
平成14年11月29日
報告:
大坪
滋
名古屋大学大学院国際開発研究科教授
「日本の経常収支動向に関する諸考察:アジア開発途上諸国との関係に注目して」
第4回
平成14年12月17日
報告:
小野
善康
大阪大学社会経済研究所教授
「景気と国際金融−不況動学の視点」
第5回
平成15年1月28日
報告:
若杉
隆平
横浜国立大学大学院国際社会科学研究科教授
「国際貿易とフラグメンテーション」
第6回
平成15年2月28日
報告:
伴
金美
大阪大学大学院経済学研究科教授
「経常収支モデルの推定とシミュレーション分析」
第7回
平成15年2月28日
報告:
岩田
一政
東京大学大学院総合文化研究科教授
「アメリカの経常収支について」
目
第1章
第2章
次
フラグメンテーションと国際貿易
−貿易理論の新たな視点−
・・・・・・・・・・・・若杉 隆平
1−1
はじめに
1−2
国際貿易のパズル
1−3
フラグメンテーションと貿易拡大
1−4
フラグメンテーションとサービス・リンク・コスト
1−5
フラグメンテーションと中間財の需給
1−6
フラグメンテーションと産業・企業特性
1−7
フラグメンテーションと生産パターン・所得分配
1−8
むすび
1
2
3
6
7
11
13
18
東アジアにおける垂直的産業内貿易と直接投資
・・・・・・・・深尾
伊藤
第3章
1
京司・石戸
恵子・吉池
2−1
はじめに
2−2
東アジアにおける垂直的産業内貿易・概観
2−3
垂直的産業内貿易に関する理論分析
2−4
日本の産業内貿易の決定要因:電気機械産業のケース
2−5
むすび
光
21
喜政
21
22
37
46
52
日本の経常収支動向に関する諸考察:
アジア開発途上諸国との関係に注目して
・・・・・・・・・・・・大坪
3−1
はじめに
3−2
S−I サイド(貯蓄・投資バランス)の議論
3−3
X−M サイド(貿易動向)の議論
3−4
S−I サイドと X−M サイドをつなぐ海外直接投資
3−5
むすび
65
94
i
68
74
86
滋
65
第4章
日米景気の非対称な動きに関する理論的分析
・・・・・・・・・・・・小野
第5章
4−1
はじめに
4−2
不況定常状態と経常収支
4−3
景気の国際波及
4−4
経済政策の国際的波及効果
4−5
結論
97
哲也
111
97
98
103
105
108
アメリカの経常収支赤字の是正策
・・・・・・・・岩田
第6章
善康
一政・服部
5−1
はじめに
5−2
貯蓄・投資バランス論から見た米国の経常収支赤字の動向
5−3
米国の資本収支構造の変化
5−4
開放経済の下での成長論から見た日米経常収支の決定要因
5−5
米国の経常収支赤字の維持可能性
5−6
むすび
111
115
117
119
124
128
経常収支モデルの推定とシミュレーション分析
・・・・・・・・・・・・伴
6−1
最近の経常収支の動向
131
6−2
経常収支モデルの推定
133
6−3
シミュレーションによる経常収支変動の要因分析
6−4
経常収支の中期展望
154
ii
148
金美
131
1章
フラグメンテーションと国際貿易−貿易理論の新たな視点−
若杉
隆平*1
1−1.はじめに
近年の国際貿易を見ると、経済規模の拡大に対して世界貿易の規模が顕著に増加してい
るという特徴が見られる。例えば、GDP に対する貿易額の比率は関税率が低下するに従い
増加するが、先進国においては、その変化幅は非線形に増加するという現象が見られる。
Yi(2003)は米国のデータを基にして「(図1−1が示すように)米国の関税率は 1980 年代
以降、6%から 3%の間で推移しており、大きな変化を示していないにもかかわらず、経済
規模に対する輸出、経済規模に対する製品輸出は、いずれも非線形に増加しており、関税
率の変化に対する貿易量の変化の弾性値は急激に高まっている。このような世界における
貿易量の非線形的な増加の一部は、関税率の低下によって説明することが可能であるが、
それは限定的であり、関税率の低下と最終財貿易の拡大を取り扱う伝統的な貿易理論によ
って現在生じている現象を十分に説明することは困難である」旨を指摘している。また、
このような貿易拡大の要因は、
「フラグメンテーション」によるものであることが、R. Jones
や H. Kierzkowski をはじめ多くのエコノミストによって指摘されている。本稿では、近年
の国際貿易の拡大をフラグメンテーションという視点から捉え、そのメカニズムに関する
貿易理論面での意味を述べるとともに、日本の貿易データを基に、フラグメンテーション
の進展がもたらす経済的影響について展望することを目的とする。
図1−1.米国の関税率に対する貿易の弾性値
(出所)Yi(2003)
*1
横浜国立大学大学院国際社会科学研究科
1
1−2.国際貿易のパズル
最初に、国際貿易において見られるいくつかの特徴を指摘しておきたい。図1−2は、
1950 年以降の世界の貿易の状況について示したものである。経済規模に対する世界全体の
貿易量は、1970 年中頃まではほぼ一定に推移していたが、1970 年代後半から 1980 年代中
頃にかけて緩やかに上昇し始め、1980 年代後半から 2000 年にかけて急激に上昇している。
世界の GDP に対する輸出額の比率(1990 年=1)の変化を時系列的に数値によって示そう。
1970 年から 1985 年までの 15 年間に 0.2 から 0.6 に緩やかに増加してきたが、1985 年か
ら 2000 年までの 15 年間には 0.6 から 1.6 に急激に増加している。マクロ経済学的に言え
ば輸入は国民所得の関数であるため、貿易額は経済規模によって決定されると考えられる。
経済条件が変わらなければ、貿易量/国民所得の比率が極端に変化することはない。従って、
この比率が急激に高まっているのは、関税の引き下げなど経済規模の拡大以外の要因によ
るものに他ならない。
図1−2.世界の貿易(Export/GDP)の変化
1 9 9 0 = 1 .0
1 .8
1 .6
1 .4
1 .2
1 .0
0 .8
0 .6
0 .4
0 .2
2000
1998
1996
1994
1992
1990
1988
1986
1984
1982
1980
1978
1976
1974
1972
1970
1968
1966
1964
1962
1960
1958
1956
1954
1952
1950
0 .0
(出所)UNCTAD 統計より作成。
ここで日本の貿易量の拡大と関税率の変化の関係を観察してみよう。1980 年以降の日本
の輸出入の変化と関税率の変化の関係を見ると、関税率は 3%程度でそれほど変わっていな
い。一方、2000 年の輸出入額は 1980 年の輸出入額のほぼ 3 倍に達しており、大きく増加
している。輸出額は世界経済の規模、輸入額は日本経済の規模の変化に伴って変化するこ
とから、その影響を除去するために輸出入額の対 GDP 比を観察すると、2000 年の輸出入
量の対 GDP 比は 1980 年の約 1.5 倍に達している。このことは、近年の貿易額の増加は経
済規模の影響で説明することができないことを意味する。すなわち、近年の貿易の拡大に
は、経済規模の増加や関税率の引き下げによる効果では説明しきれない部分があることに
注意しておきたい。
2
Yi(2003)と同様に、1980 年から 2000 年における日本の輸入額/GDP 比と関税率の相関関
係を見ることによって、上記のことをさらにはっきり確認することができる。図 1−3 が示
すように、1980 年代には関税率は低下傾向にあるが、輸入の対 GDP 比はそれほど大きく
変化していない。逆に、1990 年代以降では、関税率に顕著な低下が見られないが、輸入の
対 GDP 比は非線形的に増加している。こうした傾向は、Yi(2003)が示した 1960 年代から
1990 年代にかけてのアメリカの輸出の対 GDP 比と関税率の関係と類似している。
図1−3.輸入の GDP 比と関税率
13%
12%
11%
輸入/GDP
10%
9%
8%
7%
6%
5%
4%
2%
3%
4%
5%
6%
7%
8%
関税率
(出所)財務省資料、国民経済計算、国際収支統計より作成。
この論文では、統計データ面から見られる近年の国際貿易の拡大について、貿易理論面
からどのように理解することができるかを論ずることにしたい。
1−3.フラグメンテーションと貿易拡大
1980 年代以降の貿易の拡大を説明するものとして、生産要素の賦存状況が類似した国と
国との間で生産要素集約度の類似した最終財が取引される「産業内貿易(intra-industry
trade)」の理論がある。この理論は、財の豊富なバラエティーを求める消費者の嗜好と差別
化された財における生産の規模経済性・不完全競争を仮定して先進国間の貿易の拡大を説
明する。例えば、自動車を例に取り上げよう。大型車と小型車、高級車と大衆車という形
で、先進国間では生産要素集約度の類似した財が取引されている。しかも、このような財
の取引は世界貿易の中で大きな割合を占めることが指摘されてきた。こうした財の取引は
いわば「差別化された最終財」の取引である。しかし、近年に見られる米国のメキシコ・
3
東アジアとの貿易の拡大、日本と中国・台湾、アジア諸国との貿易の拡大などは、生産要
素の賦存状況が類似した国と国との間で生産要素集約度の類似した最終財が取引される現
象と異なり、生産要素集約度が異なる部品・サービスが中間財として取引される現象と考
えられる。
このような現象を説明するものとして、産業内貿易に替わって、生産要素の賦存状況が
異なる国と国との間で生産要素集約度の異なる中間財・部品が取引される「製品内貿易
(intra-product trade)」が新たに指摘されている。現実に、資本豊富国・熟練労働豊富国で
ある米国や日本における本社や生産プラントと未熟練労働の豊富なメキシコ、中国、東ア
ジアなどの国に位置するプラントとは、同一最終財を生産する生産工程として連結されて
いる。従って、それぞれの国の生産プラントは、最終財を生産する一つの生産工程として
理解される。米国・日本で生産された中間財は国際間で取引され、最終財の生産過程に投
入され、生産された最終財が再び国際間で取引されるという形で垂直的な国際分業が実現
し、貿易が拡大する。
図1−4.フラグメンテーションとサービス・リンク費用
日本
中間財
貿易統計
サービス・リンク費用
中国
労働集約財
国内販売
資本・労働
最終財
貿易統計
日本・その他
輸出
(出所)若杉(2003)
4
このように、生産工程が細かく分断されていくことにより垂直的な生産の特化が生じ、
それによってそれまでは国内でしか取引されていなかったものが国境を越えて取引される
ようになる。その結果が、統計面から見ると国際間の貿易量が飛躍的に増加する現象とな
って現れる。この点は従来の伝統的な貿易理論において十分に取り扱ってこなかった現象
である。
例えば、図1−4を用いて、フラグメンテーションの発生を最近の日本と中国との間で
の輸出入の増加に当てはめてみよう。ここでは、日本において中間的な資本財を生産し、
それを中国に輸出し、中国の資本や労働、あるいは、中国国内の中間財を投入して最終財
を生産し、生産された製品を日本やアメリカに輸出するという生産プロセスを想定してい
る。フラグメンテーション前では、中間財の生産から最終財の生産までの生産工程が1国
内で完結しているため、財生産の中間段階での国際的取引はなく、国際貿易の対象とはな
らない。しかし、フラグメンテーション後には、日本から中国への中間財の輸出、中国か
ら日本あるいはアメリカへの最終財の輸出が貿易統計に計上されることになる。つまり、
これまで計上されなかった取引が貿易統計に計上されることになる。近年の貿易量が非線
形的に増加するという現象は、フラグメンテーションが進展することによる結果と考える
ことができる。
それでは、フラグメンテーションがなぜ近年になって注目すべき現象として生じている
のだろうか。この要因として、サービス・リンク・コストの低下と規模経済性の実現の2
点を挙げておきたい。ある国から外国へ資本集約的な中間財が輸出され、輸出先国におい
て中間財と現地での組み立てサービスが組み合わされて最終財が生産されることを想定し
よう。その中間財に組み立てサービスを組み合わせるためには、中間財の輸送費用に加え
て、中間財生産国との間で技術的・経営上の情報のやり取りが必要とされる。つまり、フ
ラグメンテーションには、多国間にまたがって分断された中間財の生産工程と最終財の生
産工程を接続させるためのコスト(ここでは「サービス・リンク・コスト」と称する)を
伴う。このコストが高ければフラグメンテーションは生じないということになる。つまり、
近年のフラグメンテーションの増加の要因としては、情報化、グローバル化に伴うサービ
ス・リンク・コストの低下が挙げられる。例えば、通信費用の低下、輸送費用の低下、関
税・非関税障壁の低減、法制度の調和などによる取引費用の低下などがサービス・リンク・
コストの低下をもたらす要因となっている。
さらに、サービス・リンク・コストの低下により生産工程が分断され、製品内の分業が
生ずると、中間財に関する世界市場が出現する。企業内でのみ行われてきた中間財の供給
がオープンな世界市場において需要されることになる。この結果、その中間財の生産に関
して規模の経済が実現され、生産コストが低下してゆく。このことは、例えば、自動車の
エンジン、パソコンの液晶ディスプレーなどを想定するとわかりやすい。つまり、製品内
分業の進展に伴い実現される規模経済性が、フラグメンテーションを一層促進させる効果
を有する。
5
このようにサービス・リンク・コストの低下と規模経済性の相乗効果によりフラグメン
テーションが進み、それが多層的な世界貿易を生み出していることが、貿易量を非線形的
に拡大している原因である。地理的に1国内あるいは1工場内で一貫した生産が行われる
ときには、中間財が国際市場において取引されることはない。一旦、生産要素が投入され
ると、生産工程を経て、最終財が財市場へ供給されることになる。しかし、フラグメンテ
ーションが生じると、最初の生産工程に生産要素が投入され、中間財が生産される。それ
が市場で取引されて次の生産工程に供給され、その生産工程で組み立てサービスなどと結
合されて最終財が生産され、最終財が財市場へと供給されることになる。サービス・リン
ク・コストの低下と中間財に関する規模経済性の実現はフラグメンテーションの進展にと
って重要なファクターである。
1−4.フラグメンテーションとサービス・リンク・コスト
ここで、サービス・リンク・コストが変化するに伴いフラグメンテーションがどのよう
に決定されるかを、Jones and Kierzkowski (2001)に基づく簡単な部分均衡モデルによって
述べてみよう。
ある財を生産する第 i 番目のプラントの総費用関数( TC i (q ) )を次のように記述する。
ここで、qは財の生産量を表す。
TCi ( q) = b i q + S (i )
i = 1, 2, 3
(1.1)
総費用関数は、固定的なサービス・リンク・コスト( S (i ) )と生産に伴う可変費用部分
( b i q )から成ると仮定する。生産に伴う限界費用は一定であるが、プラント間でレベルに
差があると考える。ここで第 1 番目のプラントは一貫生産と仮定する。すなわち、S(1)=0
である。第 2 番目のプラントは、国内ではあるが地理的に遠隔な地域に位置し、第 3 番目
のプラントは海外に位置すると仮定する。固定的なサービス・リンク・コストは S(2)<S(3)
の関係があり、限界費用は b1 > b 2 > b 3 となることを仮定しよう。すなわち、フラグメンテ
ーションが進展すればするほど、つまり、生産拠点の数が増えれば増えるほど、限界費用
のレベルは小さくなる一方で、サービス・リンク・コストは増加すると考える。
横軸に産出量、縦軸に総費用をとったグラフ軸で(1.1)式の総費用関数は図 1−5 で表され
る。生産拠点が 1 の場合は、サービス・リンク・コストがゼロなので総費用関数は原点を
通るが、限界費用が高いため傾きが急な直線となる。生産拠点が 2 の場合は、サービス・
リンク・コストがゼロではないが、生産拠点が 3 の場合に比べると低いため、縦軸の切片
の位置は低い。他方、限界費用は生産拠点が 1 の場合よりも低いので、その傾きはややな
だらかな直線になる。生産拠点が 3 の場合は、サービス・リンク・コストが高いので、縦
軸の切片の位置は高い。一方、限界費用は 3 つのケースの中で一番低いので、その傾きは
最もなだらかな直線となる。
6
図1−5.フラグメンテーションと総費用関数
総費用
TC(2)
TC(1)
TC(3)
TC’(3)
S(3)
S’(3)
S(2)
0
産出量
このグラフから、どのようなプラントを組み合わせて生産すればよいかは生産量に応じ
て変化していくことがわかる。生産量が少ない場合は、国内 1 箇所のみに生産拠点を設け
一貫生産する方が総費用を低く保つことになるが、生産量が増えるに従って生産プラント
を国内の限界費用の低い地域に移転する方が総費用を低くすることが可能となる。さらに
生産量が増えると、サービス・リンク・コストが高くても、限界費用が低い地域にプラン
トを移転する方が平均費用を低くすることが可能となる。生産量が大きい場合には、限界
費用の低減効果が大きい第 3 番目のケースが選ばれることになる。
ところで、プラント間を接続することに伴って生ずるサービス・リンク・コストは、輸
送手段・情報通信手段におけるイノベーションが進展することによって低下する。このこ
とは、固定費用の低下によって示される。すなわち、第 3 番目のケースに関する総費用曲
線が下方へシフトすることで代表される。このとき、生産量が以前よりも少ない場合にお
いても生産拠点のフラグメンテーションを進める方が総費用を低くすることが可能となる。
このように、サービス・リンク・コストが低下すればするほど、限界費用の安い海外に生
産拠点を設け、生産工程を分断する形で生産が行われることになる。
1−5.フラグメンテーションと中間財の需給
ここで、フラグメンテーションによって分断された生産工程に投入される中間財がどの
地域に立地するプラントから需要されるか、また、そのとき需要と供給の均衡はどのよう
に決定されるかを Chen, Qiu and Tan (2001)をもとに部分均衡分析の枠組みで考えてみた
い。以下では最終財(例えば、繊維製品)を生産する日本企業が中間財(例えば、綿糸)
7
を調達するケースを念頭に置いて考えよう。
日本企業が中間財を国内企業から調達する場合、すなわち、国内で中間財を供給する企
業が存在するケースから出発する。中間財は国内の生産要素(労働( l )のみと仮定する)
を投入することにより生産され、生産量は一定の技術的関係を示す生産関数( b l )の下
で決定されると仮定する。この場合、企業は中間財の市場価格、投入する生産要素の価格
(ここでは労働賃金)を所与として、利潤を最大化するように中間財の生産量を決定する。
こうした国内企業の利潤( p )は、国内の中間財の市場価格( p )、その供給量( x )、労
働コスト、固定費用( c )によって表される。ここでは国内の労働賃金をニュメレール財と
考える。
x=b l
(1.2)
p = pb l - l - c
(1.3)
次に、中間財を外国から調達することを想定しよう。外国企業による中間財生産は、国
内企業と異なる生産性を表す生産関数( bb l * )の下で生産されると仮定する。外国企業の
利潤( p * )は、中間財の市場価格、その供給量( x * )、外国における労働コスト( w* )、外
*
国におけるプラントの固定費用( c )から求められる。この場合、国境を超えて中間財を
取引することに伴い、関税や輸送費用などの何らかの障壁があれば外国企業の中間財価格
はその分だけ低下することになる。ここでは、そうした費用を自国の関税( t )によって代
表させることにしよう。この費用は外国で生産される中間財を国内の生産工程に投入する
ことに伴って生ずるサービス・リンク・コストと理解することができる。
x* = bb l *
p* =
(1.4)
pbb l *
- w*l * - c *
(1 + t )
(1.5)
次に、国内の企業が海外子会社を設立し、そこで生産される中間財を国内の最終財生産
工程に投入する場合を考えよう。この場合には、海外子会社は自国内の生産技術を基にし
て海外生産を行うため、海外子会社の生産技術( eb l ** )は外国企業の中間財生産において
採用される生産技術よりも高い効率性を発揮すると仮定する。また、外国企業の生産する
中間財を投入する場合と同様、国境を超えて中間財を取引することに伴い、関税や輸送費
用などの何らかの障壁があれば中間財価格はその分だけ低下することになる。ここでは、
そうした費用を自国の関税( t )によって代表させることにしよう。
8
x** = eb l **
p ** =
(1.6)
peb l **
- w*l ** - c **
(1 + t )
(1.7)
それぞれの企業が生産する中間財は同一の質を有していると仮定すると、自国市場におい
て決定される価格は共通である。このとき中間財の総供給は以下のように表される。
xS ( p) = x( p) + x * ( p) + x** ( p)
(1.8)
各企業の中間財の供給量は、それぞれの企業の利潤最大化条件を満たすように決定され
る。すなわち、労働賃金、サービス・リンク・コスト、中間財の市場価格により決定され
る。ただし、労働賃金は労働市場において決定され、サービス・リンク・コストは制度的
要因によって決定されると考え、両者は外生変数と考えることができる。他方、中間財の
市場価格は中間財の需要との均衡条件によって内生的に決定される。そして、中間財の需
要は最終財の生産によって影響される。
ここで最終財( y )は、一定の生産関数の下で中間財( x )と資本財( k )の両方を投
入することによって生産されると考えよう。最終財を生産する企業は、所与の最終財価格
( q )と資本財価格( r )の下で利潤( Õ )を最大化するように、最終財の供給量、中間
財・資本財投入量を決定する。これは、以下のように表される。
y = f ( x, k ) = xa k 1-a
(1.9)
Õ = qf ( x, k ) - px - rk
(1.10)
k S = v (r - r0 )
(1.11)
なお、資本財の供給関数は利子率の関数と仮定しよう。
以上から、中間財の需給均衡は、中間財を生産する生産技術の効率性、固定費用、賃金
率、国際間で取引を行うときのサービス・リンク・コスト、最終財の価格、資本財の供給
に伴うパラメータによって表されることになる。
9
x D = x D ( p, q, v, r , r0 )
(1.12)
x S = x S ( p, b , b, e, c, c * , c ** , w * , t )
(1.13)
xD = xS
(1.14)
x = x ( b , b, e, c, c * , c ** , w * , t , q, v, r , r0 )
(1.15)
ここで、生産技術の効率性、固定費用、国際間で取引を行うときのサービス・リンク・
コストに注目しておきたい。中間財の供給関数と最終財の需要から導出される中間財の需
要関数が均衡する中間財生産量は、これらのパラメータによって決定される。また、中間
財の価格は内生的に決定されるため、どの企業が供給主体となるかがあわせて決定される。
この関係を図1−6によって示すことができる。
図1−6.中間財の需給均衡
P
x*(p)
x**(p)
x(p)
xs(p)
P2
P1
x (p)
D
中間財(x)
10
1−6.フラグメンテーションと産業・企業特性
フラグメンテーションは産業間あるいは同一産業内であっても企業間で異なる。これは
生産技術の効率性や固定費用において差異があることがその原因に挙げられる。
日本の貿易におけるフラグメンテーションの進展を産業別に概観してみよう。1960 年か
ら 2000 年にかけての日本の輸出入に占める機械機器と原燃料の構成比を見ると、機械機器
の輸入の比率が 1980 年代後半以降上昇している。図1−7は、製造業に着目してアウトソ
ーシング比率(売上高に対する外部企業からの仕入れの比率)を産業間で比較したもので
ある。この比率は、一般機械、電気機械、輸送機械、精密機械において高まっている。こ
のことは、それらの産業では生産工程の分断が進んでいることを示唆する。
図1−7.アウトソーシング比率
0.70
0.590
0.60
0.655
H5
H11
0.580
0.544
0.571
0.526
0.590
0.663
0.574
0.530
0.50
0.453
0.425
0.407
0.444
0.422
0.417
0.393
0.40
0.368
0.352
0.348
0.318
0.30
0.20
0.178
0.10
0.00
食料品
繊維
木材紙パ
化学
鉄鋼
非鉄金属
一般機械
電気機械
輸送機械
精密機械
その他
(出所)経済産業省『平成 5 年度海外事業活動基本調査』及び『平成 11 年度海外事業活動基本調査』より
作成。
次に、図1−8により海外調達比率(外部からの調達額に占める海外からの調達額の比
率)の変化を産業間で比較しよう。電気機械、精密機械において高まっており、仕入先が
海外にシフトしている。これらのことは、これらの産業ではフラグメンテーションが起き
ており、しかも、海外の生産工程との間でフラグメンテーションが進んでいることを示唆
している。
11
図1−8.海外調達比率
0.18
H5
H 11
0.161
0.16
0.147
0.141
0.139
0.14
0.128
0.118
0.12
0.107
0.097
0.10
0.091
0.089
0.087
0.08
0.085
0.079
0.075
0.070
0.064
0.06
0.049
0.052
0.048
0.039
0.04
0.038
0.017
0.02
0.00
食料品
繊維
木材紙パ
化学
鉄鋼
非鉄金属
一般機械
電気機械
輸送機械
精密機械
その他
(出所)経済産業省『平成 5 年度海外事業活動基本調査』及び『平成 11 年度海外事業活動基本調査』より
作成。
ここで、海外調達のうちで海外市場における arm’s length の取引による調達と海外子会
社からの調達を比較するために、多国籍企業内での調達の比率(海外調達額に占める海外
子会社からの調達額)の産業間格差を観察しよう。図1−9が示すように、海外調達にお
ける多国籍企業内での取引は多くの産業で増加している。
図1−9.Arm’s length と多国籍企業内調達比率
0.18
H5
H11
0.156
0.16
0.14
0.12
0.10
0.08
0.074
0.055
0.06
0.041
0.04
0.02
0.016
0.017
0.020
0.040
0.038
0.033
0.031
0.024
0.028
0.025
0.017
0.016
0.013
0.004
0.003
0.007
0.016
0.006
0.00
食料品
繊維
木材紙パ
化学
鉄鋼
非鉄金属
一般機械
電気機械
輸送機械
精密機械
その他
(出所)経済産業省『平成 5 年度海外事業活動基本調査』及び『平成 11 年度海外事業活動基本調査』より作成。
12
フラグメンテーションはこれらのパラメータや市場価格によって決定されるので、企業
が共通の生産関数や固定費用を有している場合には、企業間でフラグメンテーションの度
合いに差異はない。しかし、そうしたことは現実的ではなく、生産性のパラメータや固定
費用のパラメータは企業特性により異なっている。また、同じ企業にあっても時間の経過
につれて生産工程の分断に対する経験・学習効果が蓄積され、生産性に関するパラメータ、
固定費用などが時間の経過とともに変化する可能性がある。過去のフラグメンテーション
の蓄積が次の時期のフラグメンテーションにどの程度影響を与えるのかについて試算を行
った結果では、当期の売上高に占める海外企業からの調達比率は、前期までの売上高に占
める海外企業からの調達比率に対して、多くの産業において明らかな正の関係が観察され
る。このことは、ある期までのフラグメンテーションに関する経験やノウハウの蓄積が次
期のフラグメンテーションのコストを低下させる点で有効に作用することを示唆している。
1−7.フラグメンテーションと生産パターン・所得分配
フラグメンテーションの結果、国内生産パターンや生産要素価格比が変化することが容
易に想定される。この問題を議論するためには、部分均衡分析では不十分である。ここで
は、フラグメンテーションの進行に伴う財生産のパターンと要素価格の変化を Arndt and
Kierzkowski(2001)に基づいた一般均衡分析の観点から取り上げる。
最終財(「財 H」と称する)は、2 つのパーツ(熟練労働集約的パーツと労働集約的パーツ)
の固定的な投入係数(レオンティエフ型生産関数)の下で生産されると仮定する。すなわ
ち、財 H の生産は 2 つのパーツを生産要素と考えるときのレオンティエフ型生産関数に従
うものとする。均衡において、最終財の価格が国際市場において与えられ、2つのパーツ
を生産するときのそれぞれの生産技術(熟練労働と労働の投入比率)及び両生産要素の要
素賦存量が与えられると、生産要素価格、パーツの費用が内生的に決定される。ただし、
フラグメンテーション前には、生産工程を2つの部分に分割することが出来ないものと仮
定しよう。
図1−10 は、財 H の生産に投入されるパーツの生産要素投入比率を示す。I 点は、財 H
の 1 万円相当の価値を生産するときに投入される 2 生産要素量の組み合わせを表す。財 H
は 2 つのパーツの組み合わせによって生産されるが、この財の生産に要する費用は各パー
ツの生産に投入される固定的な要素投入量とそれぞれの要素価格(熟練労働レンタル及び
労働賃金)によって決定される。均衡において、財の生産費用と財の市場価値(1 万円)と
は等しい。図1−10 の A 点、B 点は、各パーツが1万円の価値を生み出すために投入され
る生産要素量を意味する。I 点は、財 H が 1 万円の価値を生むときの各パーツ A と B の適
切な加重平均を表す。従って、両点を結ぶ線分 AB 上でのどの点も等価値の財を生み出す生
産要素の組み合わせを表す。この場合、AB の傾きは熟練労働レンタルと労働賃金率の相対
比率を表す。
13
図1−10.フラグメンテーション前の均衡
熟練労働
A
I
B
1
2
0
労働
次に、外生的条件が変化することによってフラグメンテーションが実現する場合を考察
しよう。この場合、生産工程を分割する費用、2 つのパーツから最終財を組み立てるための
費用は追加的に発生しないものと考える。すなわち、それぞれのパーツは国際的に調達が
可能であり、それ以外の追加的な費用を伴うことなく、2 つの部品を組み合わせて財 H を
組み立てることが出来るものとしよう。また、フラグメンテーション後であっても、最終
財を生産するときのパーツの投入係数に変化はないものと仮定する。
ここでは、フラグメンテーションによって、パーツの国際取引が可能となり、国際価格
に基づきパーツの輸入が可能となることを想定しよう。この場合、パーツの生産に関する
比較優位を以下のように仮定しておく。この国は、労働集約的なパーツ B の生産に関して
は比較優位を有しておらず、熟練労働集約的なパーツ A の生産に比較優位を有すると考え
よう。このような比較優位に沿って生産を特化することにより、規模経済性が発揮され、
生産効率が高まるという結果をもたらすことを併せて仮定する。すなわち、パーツ A の市
場価格が不変のままで 1 万円の価値を有するパーツ A の生産に投入される熟練労働と労働
の量は、相対的な投入比率が不変のままで減少することになる。仮に、パーツ B が外国か
ら調達され、その価格が低下すると、それに対応して国内におけるパーツ価格が低下する。
例えば、1 万円に相当する価値のパーツ B を生産するためには、より多くの生産量、すな
わち、より多くの熟練労働と労働量が必要となる。
このメカニズムは図1−11に示される。この国の生産者は同じ 1 万円を入手するため
にパーツ A の生産に特化するのが効率的である。なぜならば、国際的なフラグメンテーシ
ョンが生ずる結果、パーツ A の生産性が高まり、1 万円の等価値を生むために投入される
熟練労働・労働量は、フラグメンテーション前のパーツ A に投入される熟練労働・労働量
14
よりも少なくて済むからである。 A’、B’はフラグメンテーションによって1万円の価値を
生み出す両パーツの生産要素の組み合わせであり、I’は A’B’との交点、すなわち、新たな世
界価格の下で 1 万円の価値の最終財を生み出すパーツの組み合わせを表す。この図から分
かるように、点 I’は点 I の外側に位置するため、生産者にとってフラグメンテーション後に
最終財を生産することは利益にならない。フラグメンテーションによって生産された最終
財の価格は低下しており、価格の低下率は II’/OI によって表される。なお、財価格の低下は
生産に投入される熟練労働・労働の各要素価格の低下をもたらし、要素供給を行う者にと
って不利益となる一方、財を消費する消費者の便益を高めることは言うまでもない。
図1−11.フラグメンテーション後の均衡
熟練労働
A
A’
I’
B’
I
B
2’
1
2
O
労働
これまでの議論を要約すると、パーツ A は、価格が不変の下で、フラグメンテーション
の結果、生産工程の集約化により効率が高まり、1万円の価値を生み出すパーツ A を生産
するために投入される生産要素量が減少する。一方、パーツ B は市場価格が低下すること、
すなわち、生産技術が一定のまま低い要素価格の下で生産されるため、等価値を生み出す
ためには、より多くの要素投入量が必要となる。この場合には、この国では最終財に替え
てパーツ A に生産を特化することになる。このようなフラグメンテーションが生じた結果、
生産パターン・要素価格がどのように変化するであろうか。
ここで、この国は 3 種類の財(財 H、財 1、財 2)を生産することが技術的に可能である
と仮定しよう。これまでと同様に、各財の生産に投入される要素投入比率は固定的である
とする。この国が完全特化していないと仮定すると、熟練労働豊富国であるときには財 H
15
と財 2、労働豊富国であるときには財 H と財 1 が生産される。このケースは図1−12 によ
って表される。
図1−12.生産パターンの変化と経済厚生
熟練労働
2
A
B”
I”
A’
I
A”
I’
B B’
1
1
2
O
労働
このような生産の技術的条件の下で、この国が等価値(1 万円)を生み出すための財の組み
合わせを単位価値等量曲線によって表そう。フラグメンテーション前の単位価値等量曲線
は2−I−1で示され,フラグメンテーション後の単位価値等量曲線は2−A’−1で表され
る。フラグメンテーション後には、この国で1万円の価値相当を生み出す生産パターンと
して、国内で両パーツを組み合わせて財 H を生産すること(点 I)は効率的でないため、選
択されない。パーツ B の生産に関してある程度の優れた生産技術を有し、1 万円価値のパ
ーツ B の生産が単位価値等量曲線(A’-1 線)上にある国が少なくとも 1 以上存在している
と仮定するならば、この国は、自らのパーツの生産をパーツ A に特化させ、パーツ B を他
国から調達し、最終財を組み立てる方が効率的な生産パターンと言える。
ここで、新たな生産パターンがフラグメンテーション後の単位価値等量曲線(2−A’−1)
によって表される場合を考えてみよう。パーツ A の生産が自国内で効率的に行われ、1万
円相当価値のパーツ A は点 A’で生産される。この単位価値等量曲線は、以前の生産パター
ンである点 1、点 I、点 2 を結ぶ単位価値等量曲線の位置よりも原点に近づいている。すな
わち、以前よりも少ない資源の投入量によって 1 万円の価値が生み出されており、こうし
16
たフラグメンテーションによる生産の特化は経済厚生を改善させる。
しかしながら、フラグメンテーションによる経済厚生の改善は、パーツの組み合わせに
よる。図1−12 における AB 線、A’B’線、A”B”線を比較しよう。A”B”線が意味するのは、
パーツ A の生産効率は極めて高いが、パーツ B の生産効率が著しく低い場合である。この
ケースよりも、全てのパーツが程々に高い生産効率を有している場合(A’B’線)の方が、最
終財(財 H)の生産効率が高い場合がある。フラグメンテーションによって生産の特化を
巧みに組み合わせることが出来れば、リカードの比較優位の利益をより広い範囲で実現す
る道を開くことになる。
他の貿易財の価格に歪みが生じない限りフラグメンテーションは経済厚生を改善する可
能性を有しているが、一般的にはフラグメンテーションの結果、全ての貿易財の価格が再
調整される。この結果、その国の最終財の交易条件が悪化し、経済厚生が低下する場合が
起こり得る。図1−13 は、フラグメンテーションによって調達されるパーツ A とパーツ B
の両方の価格が大きく低下する場合を表示したものである。
図1−13.フラグメンテーションと相対価格変化
熟練労働
2
A’
I’
A
B’
I
B
1
1
2
O
労働
図1−13 では、フラグメンテーション後に 1 万円相当のパーツ A の生産は点 A’、同じく
1 万円相当のパーツ B の生産は点 B’において行われることを示している。このような場合
には、パーツ A とパーツ B の組み合わせによって 1 万円価値の最終財を生産することは、
フラグメンテーションが実現する以前の経済厚生よりも悪い結果をもたらす。生産者にと
ってパーツ A とパーツ B から最終財(財 H)を生産するよりも、財 1 と財 2 の生産の組み合
17
わせによって、少ない資源の投入によって等価値の1万円を得ることが可能となる。ただ
し、この場合でも、フラグメンテーション後の新しい単位価値等量曲線(1-2)は原点から
遠ざかっていることから、フラグメンテーションによって経済厚生はやはり悪化している。
このようにフラグメンテーションの結果、生産者にとっては財 H を生産することが不利
益となる場合がありうるが、この国の消費者が財 H に偏向した消費をしているならば、フ
ラグメンテーション後のパーツの価格が低下したことによる消費者の便益が生産面での不
利益を相殺する以上のものとなる可能性はある。
1−8.むすび
近年の国際貿易の拡大は様々な理由によって生じている。最終財を対象とする伝統的貿
易理論が示すように、関税率の引下げによる貿易の拡大がその一因であるが、それだけで
は近年の経済規模の拡大に対して非線形に貿易量が増加する現象を説明することは困難で
ある。近年の日本の貿易データは、(1)加工組み立て産業の貿易量の増大、(2)国内調達ネッ
トワークから国際調達ネットワークへのシフト、(3)企業内での国際的取引の増加を示して
いる。こうした現状は、企業の国際的フラグメンテーションが進行した結果であると理解
される。
フラグメンテーションは最近になって始まったことではない。しかし、フラグメンテー
ションが生産工程を接続するサービス・リンク・コストと規模経済性の実現との相対的な
関係によって決定されることから考えると、近年のグローバル化が関税率の低下だけでな
く、輸送費・通信費用の低下、各国の経済制度・法制度の透明化とハーモナイゼーション、
各国の制度に関する情報開示と相互理解の浸透をもたらし、広い意味での国際的取引費用
を低下させたことがフラグメンテーションを促進していると考えることが出来る。外部か
ら与えられる条件の下で、企業は最適な生産工程の分割を行い、加工組立サービスを提供
する国際企業との取引を行う。その取引が多層的に積み重なった結果が、国際貿易量の拡
大となって表れている。フラグメンテーションは、個々の経済主体による生産費用の最小
化と最適生産立地の選択の結果であると言えよう。
フラグメンテーションが経済厚生に与える効果は、多様である。特に、非熟練労働を集
約的に投入する財の生産が他国における低コストでの生産に取って替わられ、その結果、
生産パターンが変化する方向は、その国の生産要素の賦存状況がどのようなものであるか、
フラグメンテーション後に特化する生産部門の効率性がどの程度高まるかなどの条件によ
って影響されるため、結果は一様ではない。しかし、生産を特化した部門での生産の効率
性が高まる限り、生産面での利益は発生する。さらに、消費者にとって便益が発生するこ
とは明らかである。仮に、フラグメンテーションの結果、非熟練労働者の賃金率が低下す
る場合であっても、フラグメンテーションの進行を止めるのではなく、所得分配によって
対応することがより望ましい政策選択と考えられる。つまり、フラグメンテーションを阻
18
害しないような経済的制度的環境を提供するための政策は、効率的な経済を生み出し、経
済厚生を高める上での必要条件であろう。
このような観点から、WTO・ドーハ閣僚会議を出発点とした様々な分野での貿易自由化
交渉を進展させることは、生産工程を接続するサービス・リンク・コストを低下させる上
で必要である。このためには、関税引き下げといった狭義の貿易自由化でなく、生産工程
の最適立地と接続コストを低下させるための広範な分野での国際的取組が必要である。
国際的に数多く見られる地域間での FTA は、その一環として位置づけられよう。WTO
のフレームワークにおいて合意の困難であるアイテムであっても、経済環境の類似した諸
国間で合意に達することが出来るアイテムは少なくない。フラグメンテーションがある程
度経済環境が類似した諸国内で進行することを考えると、FTA の推進は新しいタイプの国
際貿易の拡大を後押しする上で、重要性を高めるであろう。その中で、特に留意すべきで
あるのは、原産地規則である。フラグメンテーションの結果、財の貿易は多数の国の間で
生産工程を接続しながら多層的に行われる。この場合、複雑で厳しい原産地規則は、多層
的な貿易におけるサービス・リンク・コストを著しく高める恐れがある。
フラグメンテーションの拡大は、近年、日本・中国・東アジア諸国の間で顕著に見られ、
この地域は、いわば、フラグメンテーションの一大実験場になりつつある。この地域にお
ける FTA や原産地規制の取り扱いは大きな意味を有している。
〔参考文献〕
若杉隆平「フラグメンテーション」『経済セミナー』2003 年4月, pp.16-17.
Bond, Eric W.(2001),”Commercial Policy in a “Fragmented” World,” American Economic
Review, Vol. 91 No.2, pp.358-362.
Chen, Leonard K., Larry D. Qiu, and Guofu Tan (2001), Foreign Direct Investment and
International Fragmentation of Production,” in Fragmentation ed. by Sven W.
Arndt and Henryk Kierzkowski, Oxford University Press.
Jones, Ronald W., and Henryk Kierzkowski (2001), “A Framework for Fragmentation,”
in Fragmentation ed. by Sven W. Arndt and Henryk Kierzkowski, Oxford
University Press.
Jones, Ronald W. and Sugata Marjit (2001),”The Role of International Fragmentation in
the Development Process,” American Economic Review, Vol. 91 No.2, pp.358-362.
Sven W. Arndt and Henryk Kierzkowski(2001), Fragmentation, Oxford University
Press.
Venables, Anthony J.(1999),”Fragmentation and Multinational Production,” European
Economic Review, 43, pp935-945.
Yi, Kei-Mu (2003),”Can Vertical Specialization Explain the Growth of World Trade?”
Journal of Political Economy,vol.111, no.1, pp.52-102.
19
2章
東アジアにおける垂直的産業内貿易と直接投資
深尾 京司*1・石戸
光*2
伊藤 恵子*3・吉池
喜政*4
2−1.はじめに
近年、世界各国における貿易パターンの新しい潮流として、産業内貿易(同一貿易分類
内の双方向貿易)の中でも特に、貿易される財に質の違いが存在する(すなわち単価の乖
離を伴った)
「垂直的」産業内貿易(Vertical Intra-industry Trade)が注目を浴びている1。
Falvey(1981)が指摘したように、同一貿易分類に属する商品であっても質の差異が存在
する場合には、要素投入比率が異なる可能性がある。例えば、日本のような先進国が資本
集約的な「高級品」を輸出し、途上国から非熟練労働集約的な「低級品」を輸入する場合
には、2 国における生産要素需要や要素価格にそれぞれ大きな影響が生じている可能性があ
る2。
垂直的産業内貿易が要素賦存の差異によって生じているのだとすれば、途上国と先進国
間では活発な垂直的産業内貿易が行われることが予想できる。しかし、現実には、途上国
が先進国の主要輸出品(その多くは通信機器や高級事務用機器といった先端的な商品であ
る)と同一の貿易分類に属する商品を生産するのに必要な技術を持っていることは稀であ
ると考えられる。
近年の途上国にとって、先端的な商品の生産技術を入手する最も重要な経路は、先進国
からの直接投資の受入であろう。従って、垂直的産業内貿易の大半は、多国籍企業による
生産活動の国際分業の一環として行なわれている可能性がある。東アジアにおいては、主
に日本及び米国からの効率性を追求し、かつ、輸出指向の強い直接投資が、過去 10 年ほど
の間に急増している。従って、東アジアと日本及び米国との間では垂直的産業内貿易が近
年急増している可能性がある。
*1
一橋大学経済研究所
日本貿易振興会アジア経済研究所
*3
国際東アジア研究センター
*4
一橋大学大学院経済学研究科修士課程
*2
欧州諸国及び米国については既に垂直的産業貿易に関する多くの先行研究がある。Greenaway, Hine
and Milner (1994, 1995)は英国のデータを用いて垂直的及び水平的産業内貿易の規模が産業属性に左右さ
れることを示している。Aturupane, Djankov and Hoekman (1999)は東欧諸国と EU 間の産業内貿易につ
いて同様の分析を行っている。また、Fontagné, Freudenberg, and Péridy (1997)は EU 域内における貿易
パターンの詳細な分析を行っている。
2 生産工程の国際分業(フラグメンテーション)とそれに伴う中間財貿易の増加も同様な影響をもたらす
と考えられる。Feenstra and Hanson(2001)はこのテーマに関するサーベイを行っている。
1
21
垂直的産業内貿易が日本経済に与える影響は非常に大きい可能性がある。また、理論的
には水平的産業内貿易と垂直的産業内貿易の決定要因と影響は大きく異なり、区別して分
析を行う必要がある。しかしながら、東アジアの貿易パターンに関する従来の多くの実証
研究では、水平的産業内貿易と垂直的産業内貿易を区別していない3。このような問題意識
から、本論文では、まず、この両者を区別しながら、東アジア諸国の域内貿易パターンを
概観し、特に EU 域内貿易のケースと比較を行う。次に、理論モデルを使って、垂直的産
業内貿易と直接投資の関係を明らかにする。続いて導入した理論モデルに基づき、日本の
電気機器貿易に占める垂直的産業内貿易の割合を決定づける諸要因に関する計量分析を行
う。この計量分析においては、日本の相手国別・HS9 桁商品別データを用いる。
2−2.東アジアにおける垂直的産業内貿易:概観
2−2−1.東アジアにおける経済発展及び経済統合の主な特徴
はじめに東アジア諸国の貿易パターンについて概観を行うことにする。過去 20 年間にお
いて東アジア諸国が急速な経済成長を遂げたことは周知の通りである。図2−1に東アジ
ア及びその他地域における輸出対 GDP 比率及び輸入対 GDP 比率を示す。これによると、
1980 年代及び 90 年代にアセアン 4 及び香港を含む中国において貿易依存度が急速に高ま
ったことがわかる。これに対し、EU 及び MERCOSUR においては同期間に貿易依存度の
高まりは見られない。東アジア諸国においては、衣服や革製品などに代表される労働集約
的な製品のみならず、電気機器や通信機器などの技術集約的な製品についても輸出を拡大
させたのである。すなわち「一足飛び(leapfrogging)」的経済発展が東アジアにおいては
実現したと言える。表2−2は世界の輸入合計に対する中国及び日本の輸入額のシェアを
比較している。これによると、通信機器やオフィス機器をはじめとした多くのハイテク製
品の貿易分類において、中国のシェアが日本のシェアに急速に近づいている様子が見て取
れる。
技術集約的製品分野においては、東アジア諸国が産業内貿易を活発化させている点も指
摘できる。1999 年には、日本の中国及び香港への通信機器・部品(SITC-R3 コード 764)
の輸出は 2,724 億円を、これら地域からの同製品の輸入は 2,218 億円をそれぞれ計上して
いる。同様にして、テレビ受信機(SITC-R3 コード 761)については、1999 年に日本は中
国及び香港へ 375 億円の輸出、及び 395 億円の同地域からの輸入を計上している4。
3 Abe (1997)及び Murshed (2001)は垂直的・水平的といった区別をすることなく東アジアにおける産業内
貿易の研究を行っている。吉池(2002)及び石田(2002)は日本の HS9 桁貿易データを用いて叙述的分
析を行い、日本が過去 10 年間に東アジア諸国との垂直的産業内貿易を飛躍的に増加させたことを指摘して
いる。また、Hu and Ma (1999)は SITC3 桁という比較的集計された貿易データを用いて中国の産業内貿
易動向を分析している。
4 カナダ政府発行 World Trade Analyzer 1980-99 より筆者作成。
22
表2−1.各国・地域の貿易依存度
輸出/GDP
1985-87
平均
1995-98
平均
5.6
18.0
11.4
28.3
45.8
28.3
18.9
10.2
米国
EU
日本
東アジア(日本を除く)
NIEs 3
ASEAN 4
中国(香港を含む)
MERCOSUR
輸入/GDP
9.8
17.0
9.5
33.9
41.1
41.6
32.4
7.6
1985-87
平均
1995-98
平均
9.1
17.4
7.1
27.0
42.1
21.1
23.3
5.8
11.5
16.7
7.0
36.7
45.5
40.3
35.1
8.0
(出所)磯貝・柴沼(2000)
表2−2.世界総輸入に占める日本及び中国(香港含む)の輸出額シェア
貿易商品名
世界総輸入に占める
日本の輸出額シェア
世界総輸入に占める
中国(香港含む)の
輸出額シェア
7.8
0.5
0.8
1.9
0.4
0.3
6.0
5.6
12.5
11.0
12.5
20.4
11.2
9.7
11.2
13.3
15.8
7.7
6.1
7.0
5.2
3.1
1.8
2.8
1.0
0.4
2.2
5.0
3.9
2.0
1.1
1.3
2.1
6.5
9.3
6.4
0.8
1.4
17.1
0.5
全貿易商品計
0-食料品及び動物
1-飲料及びたばこ
2-食用に適しない原材料(鉱物性燃料を除く)
3-鉱物性燃料、潤滑油その他これらに類するもの
4-動物性又は植物性の油脂及びろう
5-化学製品
6-原料別工業製品
7-機械類及び輸送機器類
71-原動機
72-産業用機器類
73-金属加工機械
74-その他の一般工業用機械及びその部品
75-事務用機器及び自動データ処理機械
76-通信機器、録音及び音声再生装置
77-電気機器およびその部品
78-道路走行車両
79-その他の輸送機器
8-雑製品
9-特殊取扱品
(注)貿易商品名の前の数字は SITC 分類コード
(出所)Statistics Canada, World Trade Analyzer, 1980-1999.
東アジア諸国の輸出主導型成長は輸出先として域内のみに依存したものではなく、域外
への輸出も顕著であったことが指摘できる。表2−3は日本、それ以外のアジア、米国及
び EU の IT 関連製品についての貿易マトリクスである。これを見ると、EU においては域
内市場への依存度が高いのに対し、アジア諸国においては米国及び EU 市場により依存し
ている5。IT 製品に関しては東アジアが世界市場への供給基地として機能していることがわ
かる。
5
この点に関する詳細については Urata (2002)参照。
23
表2−3. I T 関連製品の貿易マトリクス
パネル A.1992−95 年平均
輸出先
日本
アジア(日本を除く)
米国
EU
日本
11.4
7.7
1.3
輸入先 アジア(日本を除く)
32.7
53.4
29.8
12.1
米国
32.7
51.9
8.7
EU 19.9
29.3
19.7
78.7
米国
30.7
82.2
12.9
EU
18.9
50.0
25.6
124.9
パネル B.1996−98 年平均
輸出先
日本
アジア(日本を除く)
米国
EU
日本
22.4
11.7
3.3
輸入先
アジア(日本を除く)
36.8
79.0
46.1
19.7
(出所)磯貝・柴沼(2000)
表2−4.各国・地域ごとの体内海外直接投資の対 GDP 比率(1999 年)
(単位:%)
対内海外直接投資
の対GDP比率
EU
22.2
欧州途上地域
18.8
北米
12.2
ラテンアメリカ
25.6
南、東および東南アジア(日本を除く)
34.4
日本
1.0
国・地域
(出所)UNCTAD, World Investment Report, 2001.
東アジアの発展において非常に重要な役割を果たしたのは、海外直接投資の流入である。
表2−4には対内直接投資の GDP に対する比率を地域ごとに示している。日本以外の東ア
ジア及び東南アジアにおいては、EU、北米及びラテンアメリカに比して対内直接投資の
GDP 比が極めて高いことがわかる。この点がおそらくアジアにおける最も重要な特質であ
り、輸出指向型及び「一足飛び」的発展などの他の特徴は、活発な対内直接投資動向の帰
結として捉えるべきであろう。すなわち、例えば、アジアへの対内直接投資は非常に輸出
指向が高いのである。表2−5に日系及び米系多国籍企業の進出先別に見た販売先の動向
を示す。これより、日系及び米系の進出子会社は他の地域に進出した子会社よりも高い輸
出指向を有することが観察される。
24
表2−5.日系・米系企業の進出先別販売先(1999 年)
(単位:%)
東アジア
販売先 (日本を除く)
中国
進出先
ヨーロッパ
日本
米国
ラテンアメリカ
計
米系企業
現地
39.6
第三国
60.4
米国
27.6
50.4
90.1
56.7
-
65.1
57.7
49.6
9.9
43.3
-
34.9
42.3
20.0
2.8
5.8
-
21.8
15.1
日系企業
現地
48.2
47.0
-
60.1
90.4
77.3
70.0
第三国
51.8
53.0
-
39.9
9.6
22.7
30.0
日本
26.0
31.2
-
3.6
2.3
5.0
9.6
(出所)Department of Commerce (U.S.), U.S. Direct Investment Abroad: Operations of U.S. Parent
Companies and Their Foreign Affiliates;及び METI (2001)に基づき著者作成。
表2−6.中国における外国企業の生産額及びシェア
(単位:100 万元)
外国企業の
外国企業の
総付加価値額 総付加価値額
シェア
a
b
b/a
85673.66
25394.80
6090.35
24.0%
3202.55
12.6%
2887.80
11.4%
総生産額
全産業
香港および台湾企業
その他の外国企業
産業区分
鉱業および伐採
食品加工
食品製造
飲料
たばこ
繊維
衣類
皮革
木材
家具
紙および紙製品
印刷
文化・教育・スポーツ用品製造
石油精製
化学素材・化学製品
医薬品
化学繊維
ゴム製品
プラスチック製品
非鉄金属
鉄鋼精製
非鉄金属精製
金属製品
一般機械
特殊機器
輸送機器
電機
電子通信機器
文化・事務用計測機器
電力・蒸気・ガス・水道
5455.17
3722.70
1442.52
1752.37
1451.29
5149.30
2291.16
1345.17
656.77
370.18
1590.36
616.71
617.94
4429.19
5749.02
1781.37
1243.07
812.70
1899.70
3692.85
4732.90
2180.23
2539.76
3046.95
2192.63
5361.83
4834.68
7549.58
867.91
5107.22
3178.32
835.29
415.81
618.90
935.80
1272.84
592.02
323.62
157.53
94.86
412.62
201.39
155.30
787.99
1415.81
633.88
295.78
218.98
464.43
1126.72
1299.29
512.69
609.46
840.75
580.97
1323.61
1231.50
1824.31
214.36
2514.24
7.51
172.76
174.43
172.41
4.55
263.80
289.07
176.77
44.10
41.62
118.71
59.13
92.34
44.94
305.00
155.71
116.17
77.92
205.84
194.88
61.25
57.18
212.24
186.46
86.70
408.25
421.69
1192.97
105.88
370.33
(出所)National Bureau of Statistics of China, China Statistical Yearbook 2001,
Press, Beijing, China 2001.
25
0.2%
20.7%
41.9%
27.9%
0.5%
20.7%
48.8%
54.6%
28.0%
43.9%
28.8%
29.4%
59.5%
5.7%
21.5%
24.6%
39.3%
35.6%
44.3%
17.3%
4.7%
11.2%
34.8%
22.2%
14.9%
30.8%
34.2%
65.4%
49.4%
14.7%
China Statistics
以上で見たように、アジアにおける輸出主導型成長、及び「カエル跳び(もしくは一足
飛び)」的発展は海外直接投資によりもたらされたと言える。このことは中国の統計(表2
−6)を見ても確認できる。衣類、皮革製品、電機及び通信機器においては、現地におけ
る総付加価値に占める外資系企業のシェアが非常に高い。このように、中国の目覚ましい
輸出主導型成長は実際には外国企業によりもたらされたと言うことができる。
2−2−2. 産業内貿易の計測:閾値に基づいた指数
垂直的及び水平的産業内貿易の動向を観察するために、以下では Greenaway, Hine and
Milner(1995)、Fontagné, Freudenberg, and Péridy (1997)、及び Aturupane, Djankov and
Hoekman (1999)などの用いた手法を用いることにする。この方法は、それぞれの貿易品目
における輸出単価と輸入単価の格差が貿易を行う 2 国における輸出商品と輸入商品の質的
差異を反映したものであるとする仮定に基づいている。
この手法によると、まず詳細貿易分類ごとに見た 2 国間貿易フローを以下の 3 つのタイ
プに分類する。すなわち(1)産業間貿易(もしくは一方向貿易)、(2)水平的に差別化された産
業内貿易(すなわち商品属性により製品を区別)、及び(3)垂直的に差別化された産業内貿易
(品質により製品を区別)である。ここで以下の変量を導入する。
Mkk’j :k 国における k’国からの j 財の輸入額
Mk’kj: :k’国における k 国からの j 財の輸入額
UVkk’j:k 国における k’国からの j 財の輸入平均単価
UVk’kj:k’国における k 国からの j 財の輸入平均単価
すると表2−7に示すような判別基準により上記(1)、(2)、(3)の 3 つの貿易タイプを決定す
ることができ、それぞれの貿易タイプ(表中の OWT、HIIT 及び VIIT)を表す添字を Z と
した場合、各貿易タイプの貿易額全体に占めるシェアは
å (M
Z
kk ' j
+ M kZ'kj )
kk ' j
+ M k 'kj )
j
å (M
(2.1)
j
で算出される。
本論文においては、水平的 IIT の認定基準として輸出入の単価比率が 1/1.25(約 0.8)か
ら 1.25 の範囲に収まっていることを条件とした。Abd-el-Rahman (1991)、 Greenaway,
Hine, and Milner (1994)、及び Fontagné, Freudenberg, and Péridy (1997)などを含め、
他の大部分の研究においては水平的 IIT と垂直的 IIT を判別する基準として 15 パーセント
の閾値が用いられている。しかし本論文において 25 パーセントの閾値を採用している理由
は以下の通りである。第1に貿易統計における数値は為替レートの変動によりしばしば影
26
響を受けることが挙げられる。第 2 に、本論文においては東アジアと EU の産業内貿易動
向の比較において貿易分類 HS88(Harmonized commodity description and coding System
revised in 1988)の 6 桁データを使用するため、
Fontagné, Freudenberg, and Péridy (1997)
が使用している 8 桁レベルの貿易分類(Combined Nomenclature, CN)に比して、異なる
貿易商品の集計度合いがより高いためノイズもより大きくなり、15 パーセントという低い
閾値ではノイズの影響を大きく受けると考えられるためである。なお得られる結果の感度
を確認するため 15 パーセント閾値に基づく計算も行った6。
表2−7.貿易タイプの分類
貿易タイプ
貿易額の乖離による区分
一方向貿易
Min ( M kk ' j , M k 'kj )
(One-Way Trade、OWT)
Max ( M kk ' j , M k 'kj )
水 平 的 産 業 内 貿 易 (Horizontal
Min( M kk ' j , M k 'kj )
Intra-Industry trade、HIIT)
Max ( M kk ' j , M k 'kj )
垂 直 的 産 業 内 貿 易 (Vertical
Min( M kk ' j , M k 'kj )
Intra-Industry Trade, VIIT)
Max( M kk ' j , M k 'kj )
単価の乖離による区分
£ 0.1
>0.1
>0.1
−
1
1.25
£
UV kk ' j
UV k 'kj
£ 1.25
UV kk ' j < 1 or 1.25< UVkk ' j
UVk 'kj
UV k 'kj 1.25
2−2−3. 産業内貿易指数の分析用データ
本論文では 2 種類の貿易統計を用いた。まず東アジアと EU の貿易パターン分析におい
ては国連統計局(UN Statistics Division)発行の PC-TAS (Personal Computer Trade
Analysis System)を使用した。このデータセットは 1996 年から 2000 年までの世界のほぼ
全ての国の 2 国間貿易データを、上述のように貿易分類 HS88(Harmonized commodity
description and coding System revised in 1988)の 6 桁レベルで提供している7。産業内貿
易指数の算出にあたっては、輸入データを用いることとした。次いで電気機器(HS88 の 2
6 本論文においては、閾値に基づく指数の他に
2 種類の指数も算出した。1 つはグルーベル=ロイド
(Grubel-Lloyd)指数であり、これは
(1- å
j
| M kk ' j - M k 'kj |
M kk ' j + M k 'kj
å ( M kk ' j + M k 'kj )
j
)により定義される。また閾値に対する連続的な指標として、
ln( UV kk ' j ) - ln( UV k ' kj )
ln( UV kk ' j ) + ln( UV k 'kj )
の計算も行った。この指標は平均単価乖離度を示すものであり、一方からの
å ( M kk ' j + M k 'kj )
j
輸出単価が相手国からの輸入単価に対して無限に大きい(小さい)場合に 1(-1)をとる。また輸出単価と
輸入単価が完全に等しい場合には 0 となる。
7 これ以前の期間についての PC-TAS データも存在するが、他の貿易分類(SITC-R3)に基づいており問
題がある。SITC-R3 に基づく 1992-1996 年までのデータを 1996-2000 年についての HS88 データと接続
しようと試みたが、整合的な接続結果が得られなかった。
27
桁コード 85)に関する日本の対世界各国貿易パターン分析においては、財務省より提供さ
れている日本の関税局データを用いた。これは HS88 に基づくデータを 9 桁レベルで掲載
しており、1988 年から入手可能である8。
ここで PC-TAS を用いることの問題点に留意が必要である。第 1 に、貿易数量が部分的
に欠如しているため、該当するコードに属する商品に関しては貿易パターンを判定するこ
とができなかった。従って、分析に用いることのできたデータの比率は高くはない9。第 2
に、国連統計局による PC-TAS のデータ編集にあたり、5 万ドル未満の金額を持つ貿易コー
ドは掲載されていない点である10。仮にこのデータの切り捨てについて考慮せずに算出を行
うと、OWT のシェアが過大評価されることになる。このため、算出にあたっては貿易を行
う 2 国の PC-TAS データ中の双方に掲載されている貿易コードのみを計算の対象とし、2
国のうちどちらか一方にのみ掲載されている貿易分類コードは除外した11。第3に、台湾の
データは PC-TAS に掲載されていないため分析に入れることができない。
一方、日本の関税局発行のデータは PC-TAS に比べてより適切である。データ対象の期
間も 1988-2000 年までと長く、HS9 桁レベルの統計であるため、HS6 桁レベルの PC-TAS
データより信頼性が高い12。
同データは、日本からの輸出が f.o.b.ベース、日本の輸入が c.i.f.ベースで掲載されている。
そのため以下のようにして輸出データと輸入データ間の乖離の調整を行った。まず PC-TAS
を用いて電気機械(HS88 の 2 桁コード 85)に関する日本の掲載各国全てからの輸入額(c.i.f.
ベース)を 1996-2000 年の全期間で合計した。次にやはり PC-TAS により、掲載各国全て
の日本への電気機械の輸出額(f.o.b.ベース)を 1996-2000 年の全期間で合計した。そして
前者を後者で除した結果 1.1235 の数値を得た。従って、1.1235 を日本の関税局データの輸
出データ(f.o.b.)に乗じ、得られた数値を c.i.f.ベースの貿易額として扱うこととした13。
付表 B は関税局データを用いた 2000 年における電気機械の日中貿易を示している。日本
及び中国の相手国への輸出及び輸入の合計値が高い順に貿易商品を掲載している。この表
には全 309 品目のうち上位 50 品目を掲載しており、金額では電気機械貿易全体の 74 パー
セント(1 兆 3,530 億円)をカバーしている14。これら 50 品目のうち 48 品目(金額的には
9 桁の HS88 分類コードは何度か改訂されており、その後 1996 年に HS コードの改訂が行われた。その
ため本研究では日本の関税協会発行の対照表を用いて元の HS88 分類への調整を行った。
9 例えば日本の中国との 2000 年における貿易の場合、捕捉率は 57.1 パーセントである。
10 しかし 1996-2000 年の間に 1 年でも 5 万ドルの切り捨て値を上回るデータが存在する場合には、
他の年
が 5 万ドルを下回っていても全ての年について当該貿易分類コードは PC-TAS に掲載される。この意味で
切り捨て値の適用には不規則性がある。
11 この結果として、本研究における産業内貿易の全貿易に占める割合は上方への偏りがある。しかし輸出・
輸入の一方のデータが 5 万ドル未満であれば、もう一方の金額も小さいため、算出された指数への影響は
小さいものと判断される。
12 9 桁レベルでは、通常、輸出に関する貿易商品分類と輸入に関するものとに相違がある。そのため各分
類の項目名に着目してこれらの相違を補正した。
13 c.i.f.表示と f.o.b.表示での金額の乖離は日本と各相手国との地理的距離に依存している可能性がある。
そ
のため c.i.f.表示と f.o.b.表示の比を距離の関数とみて回帰を行ったが、有意な結果は得られなかった。
14 次節以降においては全貿易商品を対象とした分析を行った。
8
28
1 兆 3,530 億円)について貿易パターンを判別することが可能であった。その結果 20 品目
(貿易金額は 4,080 億円)については OWT、3 品目(1,440 億円)については HIIT と判
別された。そして残りの 25 品目(7,290 億円)については VIIT と判定された。そして、
これら 25 品目のうち 4 品目においてのみ、中国から日本への輸出平均単価が日本から中国
への輸出平均単価を上回っていた。すなわち、中国との垂直的産業内貿易において、日本
は主に高単価の製品を輸出していると言える。
2−2−4.東アジアとEUにおける域内貿易パターンの比較
本節では PC-TAS のデータを用いて東アジアにおける産業内貿易の動向と EU のそれと
の比較を行う。東アジア諸国・地域の中で分析対象として中国、ASEAN4(インドネシア、
マレーシア、タイ、フィリピン)、NIES3(香港、韓国、シンガポール)及び日本を取り上
げる。そして、EU 諸国を基準として東アジアにおける域内産業内貿易の特質を分析するこ
ととする。東アジアにおいては、域内貿易に対する様々な障壁が EU より非常に高い。そ
してそれらの障壁は東アジアにおける産業内貿易の度合いを低下させているものと考えら
れる。他方、東アジア諸国・地域間には非常に大きな所得格差が存在している。従って、
おそらくこの格差が労働コストその他の要素価格の差異として垂直的貿易を増大させるも
のと推測される。同時に、この格差は産業構造及び選好の違いに反映されるため水平的産
業内貿易を低減させると考えられる(Helpman and Krugman 1985)。
表2−8.EU と東アジアにおける貿易 3 分類及びグルーベル=ロイド指数(全産業、1996‐2000年)
A.EU 域内貿易
OWT
1996
1997
1998
1999
2000
VIIT
34.0
35.0
33.5
33.2
34.1
HIIT
37.5
38.9
40.0
40.6
40.0
グルーベル=ロイド指数
28.5
26.1
26.5
26.2
25.8
38.8
38.4
39.5
39.4
38.4
B.東アジア域内貿易
OWT
1996
1997
1998
1999
2000
VIIT
78.7
76.1
75.0
70.3
68.7
HIIT
16.6
17.8
20.0
24.6
23.7
グルーベル=ロイド指数
4.7
6.1
5.1
5.1
7.6
17.5
18.1
18.5
19.9
20.5
(注)EU:ベルギー、デンマーク、フランス、ドイツ、ギリシャ、アイルランド、イタリア、
ルクセンブルク、オランダ、ポルトガル、スペイン、英国。
東アジア:中国、ASEAN4 (インドネシア、マレーシア、タイ、フィリピン)、 NIEs3 (香港、
韓国、シンガポール)、日本。
(出所)PC-TAS に基づき著者計算。
29
表2−8は EU 域内貿易及び東アジア域内貿易の全商品について、閾値に基づく 3 分類
(OWT、VIIT および HIIT)のシェア、及びグルーベル=ロイド(Grubel-Lloyd)指数の
算出結果を示している。上述の議論から得られる帰結通り、EU においては産業内貿易シェ
ア及びグルーベル=ロイド指数の値が東アジアよりもずっと高い。また東アジアにおける
HIIT のシェアは非常に低いことがわかる。また、東アジアにおける VIIT のシェアは 5 年
間で非常に(7.1 パーセントポイント)増大している。
図2−1.EU 域内貿易における産業ごとの貿易 3 分類(1996 年及び 2000 年)
OWT
その他
鉱業品
農産品
食料・飲料
軽工業品
陶器類
金属製品
衣類・繊維品
一般・精密機械
木材・紙 化学製品
電気機械
輸送機械
HIIT
VIIT
(出所)PC-TAS に基づき著者作成。
図2−1及び2−2は EU 域内及び東アジア域内貿易における閾値に基づく 3 分類のシ
ェアを商品分類ごとに示している。用いた商品分類については、補論 A で言及している。
これらはシンプレックス図と呼ばれる。図中のある位置と線分 HIIT-VIIT との垂直距離は
OWT のシェアを表し、同様にして、線分 OWT-VIIT 及び線分 OWT-HIIT までの垂直距離
はそれぞれ HIIT 及び VIIT のシェアを示す。矢印の始点は 1996 年データに、終点は 2000
年データに対応している。東アジアについては EU と比較して矢印が全般的に右上に集中
しているものの、両図には貿易品目ごとの差異に関して共通点が見られる。すなわち、両
地域を通じて、農産品及び鉱業製品に関しては OWT のシェアが非常に高い。また、機械貿
30
易に VIIT のシェアがともに高くなっている。一方、EU と東アジアの相違点も挙げられる。
東アジアにおいては電気機械及び一般・精密機械の貿易において VIIT のシェアが際立って
高い。東アジアにおいては輸出指向型海外直接投資がこれらの製品分野において最も活発
である点と整合的である。一方 EU においては、これらに製品の貿易においてのみならず、
化学製品、輸送機械、木・紙製品など他の多くの製品分野において VIIT 及び HIIT のシェ
アが高くなっている。
図2−2.東アジア域内における産業ごとの貿易 3 分類(1996 年及び 2000 年)
OWT
農産品
木材・紙
輸送機械
食料・飲料
衣類・繊維品
軽工業品
その他
鉱業品
金属製品
陶器類
化学製品
一般・精密機械
電気機械
HIIT
VIIT
(出所)PC-TAS に基づき著者作成。
図2−3及び2−4は EU 域内貿易及び東アジア域内貿易における商品構成を示す。東
アジア域内貿易においては EU 域内貿易と比較して電気機械及び一般・精密機械のシェア
が非常に高く、輸送機械及び化学製品のシェアが非常に低い点が特徴である。また、EU に
おける輸送機械及び化学製品の貿易で産業内貿易シェアが高い点も特徴である。両地域に
おいて産業内貿易の拡大が貿易量の増大に大きく寄与していると言える。
31
図2−3.EU 域内貿易における貿易商品シェア(1996‐2000 年)
20
(%)
18
16
14
12
10
8
6
4
2
0
96
97
98
99
電気機械
鉱業品
軽工業品
化学製品
衣類・繊維品
木材・紙
輸送機械
農産品
その他
一般・精密機械
金属製品
食料・飲料
陶器類
00
(出所)PC-TAS に基づき著者作成。
図2−4.東アジア域内貿易における貿易商品シェア(1996‐2000 年)
35.0 (%)
30.0
25.0
20.0
15.0
10.0
5.0
0.0
92
93
電気機械
鉱業品
木材・紙
陶器類
94
95
96
97
一般・精密機械
金属製品
輸送機械
98
99
衣類・繊維品
軽工業品
食料・飲料
00
化学製品
農産品
その他
(注)1992-1995 年のデータ (SITC-R3 に基づく)と 1996-2000 年のデータ(based on HS88)を接続するた
め、1996 年における両分類の金額の比率を貿易区分ごとに算出し、それらを 1992-1995 年の各貿
易区分の金額に施して調整を行った。
(出所)PC-TAS に基づき著者作成。
32
最後に国ごとの産業内貿易パターンの違いを考察したい。図2−5及び図2−6は国ご
との貿易パターンを示す。EU においてはドイツやフランスなど域内先進国かつ大国が VIIT
及び HIIT のシェアにおいて最も高くなっている。一方、東アジアでは、そのような国によ
る特徴により貿易パターンを説明することはできない。すなわち、日本及び韓国は相対的
に先進地域かつ大国であるが、シンガポール、フィリピン及びマレーシアと比較して VIIT
シェアはむしろ低くなっている。さらに、東アジアにおいては多くの途上国が産業内貿易
シェアを急速に拡大させつつある点が特徴的である。なお、EU ではアイルランドとポルト
ガルを除いたほとんどの国において産業内貿易シェアは横ばいで推移している。
図2−5.EU 域内貿易における国ごとの貿易 3 分類(1996 年及び 2000 年)
OWT
ギリシャ
デンマーク
ポルトガル
アイルランド
オランダ
イタリア
スペイン
ベルギー・ルクセンブルク
ドイツ
フランス
HIIT
VIIT
(出所)PC-TAS に基づき著者作成。
図2−6.東アジア域内貿易における国ごとの貿易 3 分類(1996 年及び 2000 年)
OWT
インドネシア
香港
中国
韓国
日本
マレーシア
タイ
フィリピン
シンガポール
HIIT
VIIT
(出所)PC-TAS に基づき著者作成。
33
2−2−5.日本の海外直接投資及び東アジアとの産業内貿易:電気機械産業を事例として
上述したように、垂直的産業内貿易は近年東アジア域内貿易において急速に進展してお
り、このことは電気機械産業において特に顕著である。垂直的産業内貿易の全貿易に占め
るシェアは依然として EU に比してずっと低いものの増大傾向にあり、電気機械産業にお
いては 1996 年の 36 パーセントから 2000 年の 43 パーセントへと着実に増大している。こ
の間 EU 域内貿易においては 52 パーセントから 57 パーセントへの増大であった。本節に
おいては日本の東アジア諸国との産業内貿易について考察したい。電気機械産業を事例と
し、財務省関税局のデータを用いて PC-TAS より長期間の 1988 年から 2000 年までを対象
年とする。なお、関税局データは上述のように 9 桁の HS88 分類で掲載されている。
日本と世界各地域との電気機械製品の貿易に関する貿易パターンを 1988 年、1994 年及
び 2000 年の 3 カ年について図2−7に示す。日本の中国及びアセアン諸国との貿易におい
て、1988 年から 2000 年の間に垂直的産業内貿易(VIIT)のシェアが劇的に高まったこと
がわかる。次に、時系列で日本と東アジア各国との電機機械製品の貿易における VIIT シェ
アを図2−8に示す。これによると、日本の中国との貿易においては 1988 年に 10 パーセ
ントに満たなかった VIIT のシェアは 2000 年には 60 パーセント近くにまで急増している
ことがわかる。日本のアセアン諸国との貿易に関しては、大きな変動はあるものの、全般
的に VIIT のシェアはマレーシアを除くすべての国において拡大している。
図2−7.日本の電気機械貿易における相手国・地域別貿易 3 分類(1988、1994、2000 年)
OWT
アフリカ
太平洋
インド
ラテンアメリカ
その他ヨーロッパ
中東
EU4
NIEs3
ASEAN5
NAFTA
中国
HIIT
VIIT
(注)地域名の指す国は括弧内の通り。アフリカ(ナイジェリア)、 ASEAN5 (インドネシア、マレーシア、フィリピン、
シンガポール、タイ)、 EU4 (フランス、ドイツ、イタリア、英国)、 中東 (イスラエル、サウジアラビア)、 NAFTA
(カナダ、メキシコ、米国)、 NIEs3 (香港、 韓国、 台湾)、 その他ヨーロッパ(オーストリア、 ベルギー、 デ
ンマーク、 フィンランド、 ハンガリー、 アイルランド、 ルクセンブルク、 オランダ、 ノルウェー、 ポーラ
ンド、 ポルトガル、 スペイン、 スウェーデン、 スイス)、 太平洋(オーストラリア、 ニュージーランド)、 ラ
テンアメリカ (アルゼンチン、 ブラジル、 コロンビア、 コスタリカ、 パナマ、 ペルー、 ベネズエラ)。
(出所)日本の関税局データ(http://www.customs.go.jp/toukei/download/index_d012_e.htm)に基づき著者作成。
34
このような東アジアにおける近年の急速な垂直的産業内貿易の拡大の背景には、どのよ
うな要因があるのであろうか。周知のように、電気機械分野の日系多国籍企業は 1980 年代
後半より急速なテンポで海外生産を拡大している。経済産業省 (2001)によると、日本の電
気機械産業においては海外生産比率が 1990 年の 11.4 パーセントから 1998 年の 20.8 パー
セントへと増大しており、1998 年の製造業全体での海外生産比率 13.1 パーセントを大きく
上まわっている。そして、1998 年の電気機械産業の海外生産比率 20.8 パーセントのうち
8.5 パーセントをアジア地域、7.0 パーセントを北米、4.6 パーセントをヨーロッパにおける
生産が占めており、アジアのシェアが非常に高くなっている。表2−9に日系企業の現地
電気機械産業における生産額シェアを示す。これによると中国及びアセアン諸国において
日系企業のシェアが 1988 年から 2000 年の間に急速に上昇したことが観察される。図2−
9は横軸に日系企業の現地販売額(日本における生産額で除して規格化した)、縦軸に日本
と各国の貿易それぞれに占める垂直的産業内貿易シェアをとり 1988 年、1994 年及び 2000
年の 3 カ年についてグラフ化したものを示す。これによると、中国、台湾、インドネシア、
フィリピン及びタイにおいて対象期間中に両方の数字が上昇していることがわかる。すな
わち、日系多国籍企業による中国及びアセアン諸国での生産活動の活発化が、日本とこれ
ら諸国・地域との貿易における垂直的産業内貿易シェアを高めていると推測することがで
きる。
表2−9.電気機械産業における日系現地企業の販売額
総計
中国
NIEs3
香港
韓国
台湾
ASEAN5
インドネシア
マレーシア
フィリピン
シンガポール
タイ
EU
NAFTA
その他地域
1988年
金額
シェア
8,058,566 (100.00%)
55,533
(0.69%)
1,504,339
(18.67%)
231,296
(2.87%)
641,824
(7.96%)
631,219
(7.83%)
1,001,102
(12.42%)
28,538
(0.35%)
248,473
(3.08%)
30,342
(0.38%)
558,636
(6.93%)
135,114
(1.68%)
1,664,455
(20.65%)
3,485,630
(43.25%)
1,907,379
(23.67%)
1994年
金額
シェア
13,840,134 (100.00%)
289,766
(2.09%)
1,875,137
(13.55%)
545,736
(3.94%)
680,071
(4.91%)
649,331
(4.69%)
3,614,067
(26.11%)
169,927
(1.23%)
1,255,845
(9.07%)
153,607
(1.11%)
1,413,065
(10.21%)
621,623
(4.49%)
3,313,790
(23.94%)
4,360,695
(31.51%)
2,551,581
(18.44%)
(出所)深尾・袁(2001)に基づき著者作成。
35
1998年
金額
シェア
19,144,498 (100.00%)
955,363
(4.99%)
2,418,761
(12.63%)
986,951
(5.16%)
501,708
(2.62%)
930,102
(4.86%)
4,604,113
(24.05%)
331,611
(1.73%)
1,317,436
(6.88%)
515,745
(2.69%)
1,525,413
(7.97%)
913,908
(4.77%)
4,180,557
(21.84%)
6,445,859
(33.67%)
3,913,970
(20.44%)
図2−9.電気機械産業における日本の海外直接投資と対東アジア貿易に占めるVIITシェア(1988、1994、2000年)
(a) 中国およびNIEs3
全貿易に占めるVIITシェア(SHVIIT25)
(%)
70
韓国
60
50
台湾
40
中国
30
20
香港
10
0
0
1
2
3
4
5
日本のGDPに対する日系企業の進出先販売額比率(FDISALE)
(%)
(b) ASEAN5
(%)
全貿易に占めるVIITシェア(SHVIIT25)
60
フィリピン
マレーシア
50
40
タイ
30
シンガポール
20
10
インドネシア
0
0
1
2
3
4
5
6
日本のGDPに対する日系企業の進出先販売額比率(FDISALE)
(出所)VIIT シェアは日本の関税局データ
(http://www.customs.go.jp/toukei/download/index_d012_e.htm)より著者作成。
FDISALE については補論 B 参照。
36
7
(%)
2−3.垂直的産業内貿易に関する理論分析
2−4でも紹介するように多くの実証研究においては、十分な理論的基礎なしに、直接
投資が垂直的産業内貿易を促進すると考えられてきた。本節ではこの関係に関する理論モ
デルを提示する。基本的に我々は Falvey(1981)のモデルを出発点とするが、彼が 2 財一
般均衡モデルを想定しているのに対し、財の連続的な集合が生産されているある産業の部
分均衡を想定する。
2−3−1.垂直的産業内貿易と直接投資に関する理論モデル
、2 生産要素(労働 L と資本 K )の世界を考える。我々は電気
2 国(自国 h と外国 f )
産業とか精密機械産業といった1産業の部分均衡について分析することにする。この産業
では実数の区間[n, n+1]で表される、連続的な「商品」の集合が生産されているとする。各
商品について区間[0, 1]で表される、異なった「品質」の財があるとする。貿易統計におけ
る最も詳細な商品分類は我々のモデルの「商品」に対応しており、我々のモデルにおける
「品質」の違いは貿易統計では異なった財として記録されることはないと仮定する。
生産技術はレオンチェフ型であり、財 (n, q)すなわち品質 q の商品 n を生産する技術は
次式で表されるとする。
1 + k n ,q
y n ,q = min[
K n ,q , (1 + k n ,q ) Ln ,q ]
k n ,q
(2.2)
ただし Kn, q 及び Ln, q はそれぞれ資本と労働の投入を表す。kn, q は当該財生産における資本
労働比率を表し、以下のような n と q の関数であるとする。
k n ,q = an + b(q - 0.5)
(2.3)
パラメーターa、b は正の定数である。n が上限 n+1 に近いほど、また q が上限 1 に近いほ
ど、当該財の資本集約度は高まる。我々のモデルでは n が高い商品ほど資本集約的であり、
より「高度」な財と考えていることになる。
2 国間で要素賦存状況が異なり、貿易による要素価格均等化メカニズムは十分でないため、
2 国の間には貿易均衡においても要素価格格差が存在すると仮定する。自国は外国と比較し
て資本が豊富で労働が不足しているため、2 国の要素価格は以下の不等号を満たすとする。
w f < wh < rh < r f
(2.4)
ここで ri と wi はそれぞれ、i 国における資本の実質レンタル価格と実質賃金率を表す。我々
37
は当該産業の部分均衡を分析するため、これらの要素価格は以下の議論では与件とする。
先の生産関数の下では、i 国で財(n, q) を生産する場合の限界費用は次式で表される。
MCn ,q = wi +
i
k n ,q
1 + k n ,q
(ri - wi )
(2.5)
図2−10. 2 国の限界費用曲線
MC
MCn,1f
MCn,0f
b/a
MCn,1h
MCn,0h
n
(k*-0.5b)/a
(k*+0.5b)/a
n+1
n
図2−10は財の種類と 2 国における限界費用の関係を図示している。水平軸は商品の
インデックス n を、垂直軸は財(n, q)生産の限界費用をそれぞれ表している。直線 MCn,0i
は各商品 n のうち最も品質が低い財(q=0)を i 国で生産する場合の限界費用を表す。同様に
直線 MCn,1i は各商品 n のうち最も品質が高い財(q=1)を i 国で生産する場合の限界費用を表
す。それぞれの品質の財(q=0、1)について自国の限界費用線の方が外国のそれよりも傾きが
緩やかである。これは労働が豊富で安価な自国では、高度な商品(高い n)の生産が安くつ
くためである。なお、2 国について、垂直方向に測った 2 つの限界費用曲線(q=0、1 に対応)
間の乖離幅は b/a で同一である。
38
(2.5)式は、臨界値となる資本労働比率 k*が
k* =
wh - w f
(2.6)
r f - rh
で定義され、資本労働比率が k*より小さい財については、外国で生産した場合の限界費用
が自国で生産した場合よりも小さくなることを意味する。上式と(2.3)式から、非常に高度
な商品[(k*+0.5b)/a, n+1]では自国 h がすべての品質[0, 1]の財について外国 f よりも低い生
産コストで生産できること、逆に低級な(資本集約度の低い)商品[n, (k*-0.5b)/a]では外国
f がすべての品質[0, 1]の財についてより低い生産コストで生産できることがわかる15。中間
的な商品 [(k*-0.5b)/a, (k*+0.5b)/a]については、高品質で資本集約度が k*より大きい財に
ついては自国が、低品質で資本集約度が k*より小さい財については外国が、それぞれ相対
的により低い生産コストで生産できることになる(図2−10参照)。
次に、我々のモデルの生産物市場について説明しよう。各財は独占的競争状態にある企
業群によって生産される。各商品 n を生産するためには企業は一定の研究開発活動が必要
であると仮定する。単純化のためこの研究開発活動の費用(R)は両国で等しいとする。ある
商品 n を生産するための技術は、当該商品に属するすべての品質の財に適用できるとする。
つまり、企業は商品 n の生産技術を得れば、商品 n に属するすべての品質 q の財(n, q)が生
産可能となる。我々のモデルではこの仮定が重要な役割を果たす。
今、商品 n を生産しているすべての企業の集合を[0, j(n)]で表す。分析を単純にするため、
異なった商品間の代替の弾力性は 1 であるとする。一方、同一商品において、異なった品
質間、及び異なった企業の生産物間の代替の弾力性は 1 より大きな値、1/(1-σ)とする。ただ
し σ は 0 と 1 の間の数である。以下の分析では当分の間、貿易コストはゼロであると仮定
する。企業 j の生産物(n, q)に対する世界全体の需要関数は次式で表されるとする。
æ p n,q , j
çç
è Pn
ö
÷÷
ø
-
1
1-s
E
Pn j (n)
(2.7)
ここでは全世界の商品に対する実質支出額を表す。我々は E は一定値であり、すべての n
と q について等しいと仮定する。n 財に関する平均価格 Pn は次式で定義される。
s
æ 1 1 j (n)
ö
Pn = çç
p n ,q , j 1-s djdq ÷÷
ò
ò
è j ( n) 0 0
ø
-
1-s
s
(2.8)
企業の参入は自由であり、各商品 n について、これを供給する企業の数 j(n)は後述するゼ
ロ利潤条件で規定されると仮定する。
15
我々はパラメータが条件 n<(k*-0.5b)/a 及び (k*+0.5b)/a<n+1 を満たすと仮定する。
39
我々は、2 国において同時に生産活動を行う企業を多国籍企業と呼ぶ。企業が直接投資、
つまり他国に生産現地法人を開設し多国籍企業になるためには固定費 M(これを以下では
FDI コストと呼ぶ)を要するとする。なお、先進国である自国(h )の企業は途上国であ
る外国(f )企業と比較してより低いコストで直接投資を行うことができるとする。つまり、
自国企業の FDI コスト Mh は外国企業の FDI コスト Mf より小さいと仮定する。我々のモ
デルでは、この仮定の下で、自国企業のみが多国籍企業となる。
以下の理論分析では、我々は貿易パターンが貿易コスト、FDI コスト、及び 2 国間の要
素価格ギャップ等にどのように依存するかを明らかにする。分析をわかりやすくするため、
以下では 3 つの状況、(1)貿易コストはゼロだが FDI コストが極めて高い場合、
(2)貿
易コスト、FDI コストともに極めて低い場合、
(3)FDI コストはゼロだが貿易コストが極
めて高い場合、を順に考察することにする。
2−3−2.低貿易コスト、高 FDI コストの下での貿易パターン
FDI コスト Mh が極めて高いため直接投資が行われず、一方貿易コストは極めて小さい状
況を想定しよう。この状況では、商品 n の生産技術を持つ自国企業がこの商品についてす
べての品質[0, 1]の財を自国で生産した場合の利潤から研究開発のための固定費を除いた値
は次式で表される16。
pn =
h
1-s
E
(sPn )
s Pn j ( n )
1
1-s
ö
k n ,q
1æ
ç wh +
÷
(
r
w
)
h
h ÷
ò0 ç
+
1
k
n ,q
è
ø
-
s
1-s
dq - R
(2.9)
外国企業が当該商品を外国で生産した場合の利潤は次式で表される。
pn =
f
1-s
E
(s Pn )
s Pn j ( n )
1
1-s
æ
1
ò çç w
0
è
f
+
k n ,q
1 + k n ,q
ö
(rf - w f ) ÷
÷
ø
-
s
1-s
dq - R
(2.10)
参入は自由で均衡での超過利潤はゼロと仮定しているため、各商品について、自国また
は外国いずれか一方の国の企業のみが均衡では生き残る。上の二つの式より、臨界値とな
る商品のインデックス n*が存在し、これより高度な財[n*, n+1]はすべて自国企業が自国で
生産し、低級な財[n, n*]はすべて外国企業が外国で生産することになる。臨界値 n*は次式
で規定される17。
16 (3.6) 式の需要関数の下では需要の価格弾力性は 1/(1−σ)であるから、企業は一定のマークアップ率
1/σ−1 を設定する。この企業が財 (n, q)を自国で生産することにより得る利益は次式で表される。
1-s E
h (sPn ) 1-s ( MC n ,q ) 1-s
s Pn j (n)
1
1
上式をすべての品質の財につき積分し、研究開発費を除けば(2.9)式を得る。
17 我々は内点、つまり n<n*<n+1 を満たす n*が存在するとする。
40
ö
æ
k n *, q
÷
ç wh +
(
)
r
w
h
h
ò0 ç
÷
1
k
+
n *, q
ø
è
1
-
s
1- s
æ
dq = ò ç w
0ç
è
1
f
+
k n *, q
1 + k n *, q
ö
(rf - w f ) ÷
÷
ø
-
s
1- s
dq
(2.11)
この均衡においては、商品 n を生産する企業の数 j (n)はゼロ利潤条件で決まる。平均価
格の定義式(2.8)と(2.9)、(2.10)式より、ゼロ利潤条件は次のように表すことができることが
わかる。
æ1 ö E
R = ç - 1÷
ès
ø j ( n)
(2.12)
ここで左辺は研究開発支出を表す。右辺は代表的な企業の総利潤である。この式より、各
商品について生産する企業の数は同一となることがわかる。
図2−11は低貿易コストと高 FDI コストの下での貿易均衡における両国の生産パター
ンを表している。水平軸は商品のインデックス n を、垂直軸は資本労働比率を表している。
平行四辺形はすべての財(n, q)の集合を示す。平行四辺形のうち斜線を描いた右側の部分は
自国で生産される財の集合を表す。低貿易コストと高 FDI コストの下での貿易均衡におい
ては、各商品を一方の国の企業のみが生産し、また直接投資が行われないため、同一の商
品を 2 国が同時に生産するという産業内貿易は行われない。
図2−11.直接投資コストが高く貿易コストが低い場合の国際分業
kn, q
h 国で生産
f 国で生産
n*
n
41
n+1
n
2−3−3.貿易コストと FDI コストがともに低い場合の貿易パターン
次に、貿易コストと FDI コストがともに低い場合の貿易パターンについて考察しよう。
自国企業は、生産の一部を外国に移管することによる利益が FDI コスト Mh を上まわる場
合には直接投資を行う。多国籍化した企業は、労働コストの安い外国で生産する方が有利
な低品質財(資本集約度が(2.6)式で規定されるより低い財)については生産を外国に移管
する。この生産移転は、途上国の低賃金労働を利用するために行われ、また生産物のうち
かなりの部分が自国に逆輸入されるという点から判断して、垂直的(vertical)な直接投資で
あると言えよう。
自国で商品を生産している企業が上記のような垂直的直接投資を行うと、その利潤は次
式で表される。
pn
M
=
E
1-s
(sPn )
s Pn j ( n )
1
1-s
k *- an
0 .5 +
b
0
[ò
ö
æ
k
ç w f + n ,q ( r f - w f ) ÷
÷
ç
1 + k n ,q
ø
è
æ
ö
k n ,q
+ ò k *- an ç w h +
( rh - w h ) ÷
ç
÷
0 .5 +
1 + k n ,q
b
è
ø
1
-
s
1- s
dq ] - M h - R
-
s
1-s
dq
(2.13)
もしこの企業がすべての品質の剤の生産を自国で続ける場合には利潤は(2.9)式で与えら
れる。(2.9)式と(2.13)式を比較すればわかるように、商品 [(k*-0.5b)/a, (k*+0.5b)/a] につい
ては、自国企業が垂直的直接投資を行う。
これらの商品については、自国企業は高品質財については自国で生産して外国に輸出し、
一方低品質財については外国に設立した現地法人において生産して、外国から自国に輸出
する。貿易統計における最も詳細な商品分類は我々のモデルの「商品」に対応しており、
我々のモデルにおける「品質」の違いは貿易統計では異なった財として記録されることは
ないという仮定の下では、これらの商品については産業内貿易が行われることになる。図
2−10を使って我々は、この産業内貿易において、自国が輸出する高品質財の方が、自
国が輸入する低品質財より平均価格が高いことを容易に示すことができる。つまり、これ
らの財については垂直的な産業内貿易が行われることになる。
なお、これらの商品では企業数 j (n)は次のゼロ利潤条件で規定される。
pn
M
=0
平均価格の定義式を(2.13)式に代入すれば明らかなように、上記のゼロ利潤条件は高 FDI
コストの下でのゼロ利潤条件(2.12)式と同一になる。
それ以外の商品のうち、高度で資本集約的な商品[(k*+0.5b)/a, n+1]についてはすべての
品質の財が自国で生産され、労働集約的な財についてはすべての品質の財が外国で生産さ
れる。各商品を生産する企業数を規定するゼロ利潤条件はやはり(2.12)式で与えられる。こ
42
れらの財については、直接投資、垂直的産業内貿易いずれも行われない。
図2−12は貿易コストと FDI コストがともに低い場合の生産・貿易パターンを表す。
平行四辺形 abdc のうち横線で覆われた部分に対応する財が自国 h で生産される。つまり、
平行四辺形 efgh に対応する財については垂直的産業内貿易が行われる。一方、残りの abfe
及び hgcd に対応する財についてはそれぞれの商品は一方の国のみで生産され、産業間貿易
のみが行われる。
先に議論した FDI コストが高く、垂直的産業内貿易が行われない場合の生産・貿易パタ
ーン(図2−11)と比較すると、自国はより資本集約的な財の生産に特化していること
がわかる。これは、直接投資が引き起こす垂直的産業内貿易によって、自国 h においては
労働需要の減少と資本需要の拡大が起きることを意味する。
図2−12.直接投資・貿易コストが共に低い場合の国際分業
f 国のみで生産
kn, q
h 国のみで生産
2 国で生産:垂
d
直的産業内貿
易
h
h 国で生産
c
e
k*
g
a
f
b
n
(k*-0.5b)/a
(k*+0.5b)/a
n+1
n
仮に FDI コスト Mh が無視できない場合には、多国籍企業によって生産される商品の集
合 は 小 さ く な る 。 商 品 の 集 合 [(k*-0.5b)/a, (k*+0.5b)/a] に は 含 ま れ る も の の 、 境 界 値
(k*-0.5b)/a 及び(k*+0.5b)/a に近いような商品については、企業内で国際分業を行うことに
よる利益よりも FDI コストの方が大きいため、企業は多国籍化することを選ばなくなる。
従って図2−12において、多国籍企業によって生産され、垂直的な産業内貿易が行われ
43
る商品の範囲は狭くなる18。
なお、この状況においては、2 国の要素価格差が小さいほど、企業が多国籍化するインセ
ンティブは減少し、垂直的産業内貿易が行われる商品の範囲はますます狭くなることに注
目しよう。例えば、2 国がほとんど同じ要素価格水準を持つ場合には、わずかな FDI コス
トでも垂直的直接投資と垂直的産業内貿易をともに消滅させることになる。
2−3−4.低 FDI コストと高貿易コストの下での貿易パターン
最後に貿易コストが高い場合の貿易と生産のパターンについて考察しよう。分析を単純
にするため、自国 h における FDI コスト Mh は極めて低いと引き続き仮定しよう。
当該産業の生産物を自国から外国に輸出する場合の貿易コストの生産物価格に対する割
合に1を足した値を Th, f で表す。単純化のためしばらくの間は、外国から自国に輸出する
場合の貿易コスト Tf, h はゼロであるとする。自国からの輸出の貿易コストが大きい場合に
は、自国企業は比較的労働集約的な低品質の商品について、外国市場向け財の生産活動を
自国から外国に移転するインセンティブを持つ。今、外国 f の商品 n に対する総支出を Ef
で表す。また、外国 f における商品 n の(貿易コストを含む)平均価格を Pn, f で表す。仮
に企業が外国市場に供給する財(n, q)について、自国からの輸出から外国での生産に切り替
えた場合には、その利潤は以下の値だけ変化する。
1-s E
(sPn )
s Pn j (n)
1
1-s
ö
æ
k n ,q
[ç w f +
(r f - w f ) ÷
÷
ç
1 + k n ,q
ø
è
- Th , f
s
1-s
-
s
1-s
ö
æ
k
ç wh + n ,q (rh - wh ) ÷
÷
ç
1 + k n ,q
ø
è
-
s
1-s
]
上式は以下の条件を満たす kn, q について正となる。
k n ,q <
Th , f wh - w f
(2.14)
r f - Th , f rh
図2−13は貿易コストが高い場合の世界の生産パターンを表す。垂直軸における k1 は
(2.14)式の右辺の値を表す。資本労働比率が k*と k1 の間の値をとるような財については、
自国企業は外国への輸出を現地生産に切り替える。この状況では、自国企業が外国に設立
した現地法人が比較的多額の生産を行う。現地法人は平行四辺形 abcd だけの財について、
18 この場合より厳密には、多国籍企業が増えるほど平均価格 Pn が下落し、企業は多国籍化するインセンテ
ィブを失う。このため臨界値となる商品 n の近傍では、多国籍企業と自国のみで生産する企業が同時に存
在することもあり得る。
44
現地市場向けに生産を行う。また、三角形 aeb だけの財については、2 国市場向けの生産を
行う。このように活発な現地法人の活動にもかかわらず、垂直的な産業内貿易はあまり行
われない。わずかに、縦線で覆った2つの三角形に対応した財についてのみ、垂直的産業
内貿易が行われる19,20。自国企業による他国での生産活動のうち平行四辺形 abcd に対応す
る財について、現地法人が貿易コストを回避するために設立されること、また現地法人は
専らホスト国向けに生産を行うことから判断して、「水平的」直接投資とみなすことができ
よう。
仮に外国から自国に輸出する場合の貿易コスト Tf, h が大きい場合には、自国企業は労働
集約的な財について、自国市場に供給する分を外国ではなく自国で生産するようになる。
この場合にも、貿易コストは垂直的な産業内貿易を縮小する効果を持つ。.
図2−13.直接投資コストが低く貿易コストが高い場合の国際分業
kn , q
k1
c
d
k*
a
b
e
n
(k*+0.5b)/a
(k*-0.5b)/a
n+1
n
19 Falvey (1981) は直接投資を考慮しない一般均衡モデルにおいて、輸入関税により垂直的な産業内貿易
が減少することを示している。
20 もし我々が工場レベルでの規模の経済性を仮定すれば、貿易コストが直接投資と貿易のパターンに与え
る影響は、2 国の市場規模に依存することになる。
45
以上の理論モデルによる分析から得られる主な結論は以下のように要約できよう。
(1) 垂直的な産業内貿易は、FDI コストと貿易コストが共に低い場合にのみ活発に行わ
れる。FDI コストが大きい場合には、先進国企業は垂直的な直接投資を行わないた
め、我々のモデルでは垂直的産業内貿易もなくなる。また、貿易コストが大きい場
合には、多国籍企業はこれを回避するため、現地市場への供給を狙いとした直接投
資(水平的な直接投資)を主に行うようになり、垂直的直接投資と垂直的産業内貿
易はともに少なくなる。
(2)一定の FDI コストがある場合には、垂直的直接投資と垂直的産業内貿易の規模は 2
国の要素価格格差に依存する。2 国の要素価格格差が小さい場合には、先進国企業に
とって途上国の低賃金労働を利用しようというインセンティブが弱くなるため、垂
直的直接投資と垂直的産業内貿易は少ない。
2−4.日本の産業内貿易の決定要因:電気機械産業のケース
2−4−1.回帰モデル
これまでの議論で、我々は東アジア諸国において垂直的な産業内貿易が急速にその重要
性を増してきたということを見てきた。前節で考察したように、FDI が垂直的産業内貿易
の重要な決定要因であったのではないかと思われる。
過去 20 年間において、数多くの先行研究の中で、各国に特殊的な要因や産業特殊的な要
因が産業内貿易を決定づけているかどうかが実証的に分析されてきた(例えば、Balassa
(1986)、Balassa and Bauwens (1987)、Bergstrand (1990)、Stone and Lee (1995) などを
参照)。しかし、経済理論では水平的な産業内貿易か垂直的な産業内貿易かによってその決
定要因は異なると考えられるにもかかわらず、先行研究のほとんどは伝統的な産業内貿易
の指標である Grubel-Lloyd 指数を用いた分析であり、水平的か垂直的かを分けて分析して
いるものは数少ない。最近になって、Abd-el-Rahman (1991) の考案した指標に基づき、
Greenaway, Hine and Milner (1994、1995) や、Fontagné, Freudenberg and Péridy (1997)、
Durkin and Krygier (2000) などが、水平的・垂直的の区別を行った上で、それぞれの決定
要因の分析をしている21。1988 年における英国とその 62 の貿易相手国との間の貿易につい
て、Greenaway, Hine and Milner (1994) は、産業内貿易パターンが相手国に特殊的な要
因によって決定づけられているのかどうかを検証し、相手国の市場規模や関税同盟への加
入の有無が英国との垂直的産業内貿易の重要な決定要因であることを見出した。しかし、
彼らの推定結果は、英国とその貿易相手国との相対的な要素賦存の違いが貿易パターンを
21 上記に列挙した以外にも、Aturupane, Djankov and Hoekman (1999) は EU と中央・東ヨーロッパ諸
国との水平的・垂直的産業内貿易の決定要因を分析している。また、Hu and Ma (1999) は中国の対諸外
国貿易について、水平的・垂直的産業内貿易の決定要因の分析を行っている。
46
決定するというヘクシャー=オリーン定理を支持するものではなかった。彼らの推定結果
は、消費者の選好の違いが貿易パターンを決定するというリンダー・タイプのモデルを支
持しているように解釈できるものであった。つまり、彼らの結果が示唆しているのは、垂
直的な産業内貿易は、それぞれの国の生産要素賦存の違いのために起こるというよりも、
むしろそれぞれの国の消費者の選好が似ているために起こるのではないか、ということで
あった。一方、1989 年から 1992 年の期間について、米国と OECD 加盟国 20 カ国との産
業内貿易を分析した Durkin and Krygier (2000)は、米国とその貿易相手国との一人当たり
GDP の差と垂直的産業内貿易のシェアとの間に有意な正の関係を見出した。つまり、
Greenaway, Hine and Milner (1994) の結果と異なり、Durkin and Krygier (2000) の推定
結果は、国家間の一人当たり GDP の差が両国の賃金格差に近似しているとすれば、垂直的
産業内貿易は両国の相対的な賃金の差と正の関係があるということを示唆している22。
Fontagné, Freudenberg and Péridy (1997) は、4 次元のパネル・データセット(つまり
時間、産業、分析対象国、その貿易相手国についてのパネル)を用意し、1980 年から 1994
年の期間における EC 内産業内貿易の実証分析を行なった。彼らの研究によると、国家間の
要素賦存の違い(一人当たり所得の差で近似)が大きいと、その両国家間の垂直的産業内
貿易は減少するが垂直的産業内貿易は増加する、という結果を得ている。また、彼らは各
国の経済的な統合度の大きさを表す変数として、2 国間の FDI 規模を示す指標を説明変数
に加えて分析し、FDI の増加が垂直的・水平的産業内貿易を増加させるということも見出
した。
上記の先行研究の中には、FDI の重要性について言及しているものもいくつかあるが、
FDI がどのようなメカニズムで国際的な分業を促進し、産業内貿易を増加させるのか、と
いうことについて十分に説明し検証しているものはほとんどない。さらに、アジア地域に
おける産業内貿易についての先行研究は、垂直的か水平的かの区別をしないで議論してお
り、明示的に垂直的・水平的産業内貿易を分析しているものはほとんどない。Hu and Ma
(1999) の中国に関する研究は数少ない例外であり、中国とその貿易相手国との間の垂直
的・水平的産業内貿易を被説明変数として分析を行なっている。彼らの研究の中で作成さ
れた垂直的・水平的産業内貿易の指標は、SITC3、6、7、8 の 4 産業(化学、工業製品、機
械類および輸送機器、雑製品)について、SITC3 桁業種別に作成した指標を各相手国別に
集計したものである。彼らは、中国とその貿易相手国 45 カ国との貿易について分析し、FDI
と垂直的産業内貿易との間に有意な正の関係があることを見出している。しかし、彼らの
分析の中で用いられている FDI 変数は、各貿易相手国から中国への FDI 総額であり、産業
Durkin and Krygier (2000) は、彼らの回帰結果が Greenaway, Hine and Milner (1994)と異なる結果
であったことに対して、以下のような説明をしている。
(1)Greenaway らのデータは、貿易相手国とし
て先進国だけでなく発展途上国もいくつか含んでいる。
(2)GDP の絶対的規模を表す説明変数が、少し
異なる形で作られている。(3)Greenaway らの分析は、パネル・データを用いた分析ではなく、固定効
果を考慮していない。
22
47
別の対内 FDI ではない23。アジア諸国では、実証分析に使用可能な産業レベルの FDI デー
タが存在せず、産業レベルの FDI を用いた分析は、非常に難しい。
本節では、日本とその貿易相手国 43 カ国との垂直的産業内貿易の決定要因について、回
帰分析によって検証する。1988 年から 2000 年までの期間の電気機械産業における産業内
貿易を採り上げることにする24。PC-TAS による貿易データは、2−2で述べたような問題
点があるため、本節の分析では、日本の財務省によって公開されている HS9 桁分類レベル
の日本の通関統計データを使用する25。2−2−5で議論したように、日本の垂直的産業内
貿易は、対中国・ASEAN 諸国との間で、特に電気機械製品で近年急速に増加している。ま
た、この間に、日本の電気機械産業は積極的に FDI を行い、国際分業を促進してきた。中
国や ASEAN 諸国は、日本の電気機械企業による FDI の主要な受け入れ先であることを考
慮すると、前節での理論的な考察で示されたように、FDI によって垂直的産業内貿易が促
進されたのではないかと考えられる。そこで、前節の理論モデルから導出された仮説を、
以下の回帰モデルを用いて検証することにする。
Ykk’t = α0 + α1 FDIkk’t + α2 DGDPPCkk’t + α3 DISTkk’ + α4 INDSIZEkk’t
+ α5 DREGk + α6 Dt + εkk’t
(2.15)
ここで、
ykk’t = SHVIIT, LTSHVIIT
FDIkk’t : FDI
DGDPPC kk’t : 比較優位(または人的資本の格差)
DISTkk’: 地理的な距離
INDSIZE kk’t: 産業規模
DREGk: 地域ダミー
Dt: 年ダミー
また、添え字 t は t 年を表す。
FDI 総額には、天然資源探求型の投資や販売拠点設立のための投資なども含まれている。各産業におけ
る外資系企業の活動規模を捉えるには、産業レベルの FDI データを用いるのがより正確であるのは明らか
だが、アジア諸国については、投資国別・産業別の FDI データが入手できない。
24 回帰分析に用いた 43 カ国のリストは、補論の表 C1 に示してある。説明変数や操作変数を作成するため
のデータが入手可能な 43 カ国を分析対象とした。
25 日本の通関統計には、HS9 桁レベルのほとんど全ての品目について数量データが存在するため、それを
利用することによって、産業内貿易指数の算出に必要な単位価格が算出可能な品目の数が格段に増える。
その点で、PC-TAS を利用するよりも通関統計のデータのほうが望ましい。また、PC-TAS では 1996 年か
ら 2000 年までの 5 年間のデータしか入手できないのに対し、通関統計では 1988 年以降の 10 年間以上の
データを利用可能であることも利点である。しかし、通関統計の重大な欠点として、輸出データは f.o.b.
価格(本船渡し価格)表示であるが、輸入データは c.i.f.価格(保険料運賃込み価格)表示であることが挙
げられる。本研究では、f.o.b.価格と c.i.f.価格との乖離を調整したが、その調整方法の詳細については2−
2を参照のこと。
23
48
回帰モデルの推定に用いた変数は、表2−10に定義したとおりである。変数の定義と出
所についての詳細は、補論 C に示した。被説明変数は、k 国と k’国(日本)との貿易にお
ける垂直的産業内貿易のシェア(SHVIIT)であり、垂直的産業内貿易は2−2で定義した
とおりである。この変数(SHVIIT)は0と1の間の数値しかとらないため、SHVIIT をロ
ジスティック変換した変数(LTSHVIIT)を回帰分析の被説明変数として主に用いることに
する。こうすることによって、線形回帰を適用できることになる。2−2での分析と同様、
本節においても、垂直的な差別化か水平的な差別化かを区別する基準として 25%基準を用
いて算出した指標を主に用いる26。
被説明変数 SHVIIT の決定要因として、主に以下の 4 つの要因を考える。
(1)FDIkk’t:k 国の電気機械産業における日系企業の活動規模を表す。2−3で考察した
ように、日系企業の活動が活発になるにつれて、垂直的産業内貿易も増加すると考え
られる。日系企業の活動規模を表す変数として、FDISALEkk’t を用いる。この変数は、
k 国における日系電気機械企業の売上高と日本国内の電気機械産業の産出高との比率
と定義する。また、貿易摩擦回避型の FDI と国際分業目的の FDI とを区別するため、
FDISALEkk’t と貿易摩擦を表す変数(TRFRC)との交差項も含める。
(2)一人当たり GDP の格差(DGDPPC
:k
kk’t)
国と k’国(日本)との一人当たり GDP
の差の絶対値。2−3の理論モデルでは、垂直的な製品差別化とは、同じ品目に分類
される製品における品質の違いであると定義している。2 国の間で生産要素(資本と労
働)の賦存状態が異なっていて、高品質の製品はより資本集約的な技術によって生産
されると仮定した。そのとき、高所得で資本が豊富な国はより高品質の製品の生産に
特化し、低所得で労働が豊富な国はより低品質の製品の生産に特化することになる。
従って、2 国における資本と労働の賦存状態の差、つまり一人当たり GDP の差が大き
いほど、両国の貿易における垂直的産業内貿易のシェアが大きくなるであろうと予想
される。また、要素賦存の差と垂直的産業内貿易との非線形な関係を考慮し、DGDPPC
kk’t
の二乗を説明変数として加えたモデルも推定する。さらに、k 国と日本との人的資
本の差(DEDUYRkk’)を説明変数として明示的に含めたモデルも推定する。DEDUYRkk’
は、k 国と日本との平均就学年数の差の絶対値と定義される。垂直的な製品差別化は品
質の差であると定義しているため、各製品における人的資本集約度の差が、垂直的産
業内貿易を決定する最も重要な要因の一つであると考えられる。人的資本集約度の差
が大きいならば、製品価格の差も大きいと考えられるからである。従って、そのとき
垂直的産業内貿易は増加することになる。
(3)k 国の首都と東京との間の地理的距離(DIST kk’)
:生産国間の地理的な距離が離れる
と、輸送コストが増加するために財の双方向貿易は減少すると考えられる。また、垂
26
回帰結果の頑健性を検証するため、15%基準で算出した指標を用いた回帰分析も試みた。その結果は、
補論の表 C2 に示した。
49
直的な国際分業を目的とした FDI の場合も、親会社とその海外現地法人との間の距離
が大きくなると、両者の間の円滑なコミュニケーションが妨げられ、効率的な生産ネ
ットワークを構築することが困難になる。従って、距離が離れた国との間では、垂直
的 FDI が少なく、その結果、垂直的産業内貿易も少ないであろう。つまり、地理的距
離を表す変数は、垂直的産業内貿易に対して負の影響を与えると予想される。
(4)k 国における電気機械産業の規模(INDSIZE kk’)
:k 国の産業規模が大きくなるにつ
れて、貿易量も増加するであろうと考えられる。従って、この変数は正の係数を持つ
と予想される。
FDI 変数は内生的に決定されるため、操作変数法を用いて(2.15)式で表した回帰モデルを
推定する。
表2−10.回帰分析に用いた変数の定義
被説明変数
<閾値25%>
SHVIIT25
LTSHVIIT25
日本と各相手国との貿易に占める垂直的産業内貿易のシェア
SHVIIT25のロジスティック変換
<閾値15%>
SHVIIT15
LTSHVIIT15
日本と各相手国との貿易に占める垂直的産業内貿易のシェア
SHVIIT15のロジスティック変換
説明変数
〔期待される符号〕
FDISALE
+
TRFRC*FDISALE
DGDPPC
+
DGDPPC^2
DEDUYR
DIST
INDSIZE
+/+
+
DEU
DASIA
DLATIN
DNAFTA
操作変数
GDP
RISK
COTAX
OPERATE1
電気機械産業の日本国内の売上高に対する、各貿易相手国における日本
企業の現地法人の売上高の比率
TRFRCとFDISALEの交差項
日本とその貿易相手国との一人あたりGDPの差の絶対値(比較優位構造
や要素賦存の代理変数)
DGDPPCの2乗
日本とその貿易相手国との人的資本の差
日本とその貿易相手国との地理的距離(単位:1,000km)の対数値
電気機械産業の規模:日本の貿易相手国の電気機械産業規模と、日本の
当該産業の規模との比率
地域ダミー(EU)
地域ダミー(アジア)
地域ダミー(ラテンアメリカ)
地域ダミー(NAFTA)
市場規模:日本の貿易相手国のGDPと日本のGDPの比率
カントリー・リスクの指標
実効法人税率
操業許可条件の第一主成分
OPERATE2
操業許可条件の第ニ主成分
TRFRC
貿易摩擦
50
2−4−2.推定結果
日本とその貿易相手国との垂直的産業内貿易の決定要因に関する回帰分析結果は、表2
−11に示したとおりである27。モデルの推定結果は、現地法人の売上高で測った FDI 規
模は、垂直的産業内貿易の重要な要因であるという仮説を強く支持するものであった。表
2−11の全ての推定式において、FDISALE の係数は正で統計的にも非常に有意に推定さ
れた。さらに、貿易摩擦の変数と FDI の変数との交差項(TRFRC*FDISALE)は、期待ど
おり全ての推定式で負で有意な係数を得た。地理的な距離(DIST)も、期待どおり全ての
推定式で負で有意な係数を得、このことは、地理的な距離が離れると輸送コストや取引コ
ストが上昇し、産業内貿易を減少させるということを示唆している。貿易相手国の電機産
業の規模(INDSIZE)も、ほとんどの推定式で期待どおり正の係数を得たが、統計的に有
意ではなかった。要素賦存の違いについては、予想に反する結果となった。つまり、一人
当たり GDP の差(DGDPPC)の係数は、多くの推定式で負と推定され、要素賦存の差が
大きいほど垂直的産業内貿易のシェアが小さくなることを示唆している。この結果は、
Greenaway, Hine and Milner (1994) の結果に近いものであるが、米国と OECD 諸国との
産業内貿易を分析した Durkin and Krygier (2000) の結果や EC 諸国に関する Fontagné,
Freudenberg and Péridy (1997)の分析結果とは整合的ではない。しかし、表2−11の推
定式(4)、(5)で、DGDPPC の二乗の項(DGDPPC^2)の係数を見てみると、次のよう
な解釈ができる。日本との一人当たり GDP 格差が約 1 万ドル(購買力平価で換算)以上の
国との貿易では、一人当たり GDP 格差が大きいほど垂直的産業内貿易のシェアが大きくな
る、という関係がある。従って、電気機械産業における、日本と比較的低所得の国との間
の垂直的産業内貿易については、FDI や地域特殊的な要因による影響を除くと、需要の類
似性が貿易パターンを決定するというリンダー型の仮説は支持されない結果となった。む
しろ、要素賦存の差が貿易パターンを決定するというヘクシャー=オーリン型の仮説が支
持される。以上の結果に加えて、人的資本の差(DEDUYR)は、垂直的産業内貿易に対し
て統計的に有意な影響を与えない、という結果であった。
27
外れ値(我々は、
「平均値±2.5×標準偏差」の範囲を超えた観察値を外れ値と定義した。
)を除いたサン
プルで操作変数法による推定も行い、また、最小二乗法(OLS)による推定なども合わせて行なった。さ
らに、三段階最小二乗法を用いて、同時方程式体系の推定も試みた。これらの推定結果は、補論表 C1、
C2、C3 に示したが、表2−11とほぼ同様の結果を得た。
51
表2−11.垂直的産業内貿易の決定要因:操作変数法による推定結果
LTSHVIIT25
(1)
FDISALE
8.3020 *
(1.73)
LTSHVIIT25
(3)
94.3265 ***
(3.92)
-503.7128 ***
(-3.78)
-0.0151
(-0.57)
-0.8054 ***
(-4.95)
0.5881
(1.11)
1.1242 ***
(4.78)
1.6456 ***
(7.53)
2.0883 ***
(6.40)
-0.6836 **
(-2.14)
3.1668 ***
(2.17)
-1.0039 ***
(-5.05)
0.4135
(1.33)
1.4229 ***
(4.97)
1.9466 ***
(7.24)
0.1118
(0.17)
-1.0065 ***
(-3.02)
4.8216 ***
(2.76)
0.0501
(0.73)
-1.1441 ***
(-4.75)
0.2911
(0.84)
1.3870 ***
(4.61)
1.9058 ***
(6.80)
-0.2041
(-0.29)
-1.0521 ***
(-3.19)
6.0826 ***
(2.82)
-1.2973 ***
(-5.00)
0.1707
(0.36)
1.2180 ***
(4.15)
1.6802 ***
(6.29)
-1.3773
(-1.39)
-1.1447 ***
(-3.16)
8.4713 ***
(3.56)
135.4249 ***
(4.00)
-723.3210 ***
(-3.90)
-0.2395 ***
(-5.15)
0.0117 ***
(4.16)
0.0583
(0.86)
-1.4689 ***
(-5.00)
0.0259
(0.05)
1.1672 ***
(3.75)
1.6220 ***
(5.83)
-1.7829 *
(-1.82)
-1.2006 ***
(-3.35)
10.0503 ***
(3.71)
486
32.46 ***
0.5912
1.2487
486
38.84 ***
0.5490
1.3130
486
37.65 ***
0.5422
1.3242
486
34.14 ***
0.5070
1.3742
486
32.02 ***
0.4943
1.3933
-0.0628 ***
(-3.99)
DGDPPC^2
DEDUYR
DIST
INDSIZE
DEU
DNAFTA
DASIA
DLATIN
_cons
サンプル数
F統計量
R-squared
Root MSE
被説明変数
LTSHVIIT25
LTSHVIIT25
(4)
(5)
89.8104 ***
(3.74)
-481.1219 ***
(-3.63)
-0.0126
(-0.53)
TRFRC*FDISALE
DGDPPC
LTSHVIIT25
(2)
129.3474 ***
(3.76)
-692.6810 ***
(-3.68)
-0.2288 ***
(-5.16)
0.0113 ***
(4.00)
SHVIIT25
(6)
SHVIIT25
(7)
SHVIIT25
(8)
10.3980 ***
(4.94)
-51.4795 ***
(-4.41)
0.0042 ***
(2.09)
11.8195 ***
(4.59)
-58.9423 ***
(-4.16)
-0.0040
(-1.45)
0.0004 **
(2.57)
-0.0048
(-1.44)
-0.1564 ***
(-7.58)
0.0074
(0.29)
0.1079 ***
(5.17)
0.1353 ***
(5.67)
-0.0962 *
(-1.78)
0.0236 *
(1.73)
1.4139 ***
(7.76)
-0.1813 ***
(-8.24)
-0.0094
(-0.33)
0.0983 ***
(4.77)
0.1260 ***
(5.48)
-0.1639 **
(-2.46)
0.0228
(1.55)
1.6720 ***
(8.46)
12.4178 ***
(4.72)
-62.3562 ***
(-4.30)
-0.0038
(-1.33)
0.0004 ***
(2.68)
-0.0039
(-1.15)
-0.1739 ***
(-7.27)
-0.0098
(-0.34)
0.1048 ***
(4.91)
0.1325 ***
(5.60)
-0.1618 **
(-2.30)
0.0253 *
(1.67)
1.6052 ***
(7.46)
555
69.57 ***
0.6239
0.1011
555
59.13 ***
0.6030
0.1038
555
55.88 ***
0.5911
0.1055
(注)括弧内の数値は、不均一分散を考慮した White(1980)の t 値である。また、全ての年次ダミーを含むが、
その推定結果は省略した。
有意水準は、*=10%、**=5%、***=1%(両側検定)。
推定式(1)から(5)では、次のようなサンプルが推定から除かれている。a)SHVIIT25=0 であるためにロジステ
ィック変換ができなかったサンプル、b)LTSHVIIT25〈平均値−2.5*標準偏差、または LTSHVIIT25〉平均
値+2.5*標準偏差の範囲にあるサンプルは外れ値とした。その結果、ナイジェリアは推定に含まれていない。
推定式(6)から(8)では、SHVIIT25〈平均値−2.5*標準偏差、または SHVIIT25〉平均値+2.5*標準偏差の
範囲にあるサンプルは外れ値として除かれている。
2−5.むすび
本論文では、国連統計局による HS6 桁レベルの貿易データと日本の財務省によって公開
されている HS9 桁レベルの日本の貿易データを使用し、近年の東アジアにおける貿易パタ
ーンの変化について、EU と比較しながら検証した。特に、東アジア域内貿易を「産業間貿
易」、「垂直的産業内貿易」、「水平的産業内貿易」の 3 つのタイプに区別し、貿易パターン
の変化における FDI の役割に焦点を当てた分析を行なった。我々の分析では、EU よりも
まだそのレベルは低いものの、東アジアでも近年急速に産業内貿易(特に垂直的産業内貿
易)の重要性が高まっているということが明らかになった。特に、電気機械や一般・精密
機械産業で垂直的産業内貿易の割合が高まっている。さらに、1996 年から 2000 年の期間
52
において、EU の多くの国では産業内貿易のシェアがほぼ一定のままであったのに対し、東
アジア諸国では同時期に産業内貿易が急増したことがわかった。我々の推計によると、東
アジア域内貿易における垂直的産業内貿易のシェアは、1996 年の 16.6%から 2000 年には
23.7%にまで増加した。一方、EU 域内貿易における垂直的産業内貿易のシェアは、同期間
に 37.5%から 40.0%へと小幅の増加にとどまった。
東アジアにおける垂直的産業内貿易のシェアが特に電気機械産業で急増したという事実
を考慮し、我々は HS9 桁レベルの日本の貿易データを使用して、この産業についてより詳
細な分析を行なった。そして、電気機械産業における垂直的産業内貿易は、日本と中国、
日本と多くの ASEAN 諸国との間で劇的に増加したことを見出した。日本とこれら諸国と
の垂直的産業内貿易の増加は、日系電気機械多国籍企業の活動の拡大と強い相関があるの
ではないかと考えられる。
さらに、我々の理論的考察によれば、FDI の固定費用が比較的小さいならば、企業は自
国と外国との要素価格差を利用するために多国籍化することを選択する。その結果、自国
はより資本集約的で高品質の財の生産に特化するようになり、一方で、外国はより労働集
約的で低品質の財の生産に特化するようになる。その上、貿易の費用が低いならば、自国
と外国との間の垂直的産業内貿易がより多くなることが予想される。従って、我々の理論
的分析は、FDI と貿易にかかる費用が低いほど、企業は国際的な垂直的分業の利益をより
多く享受できることになり、その結果、垂直的産業内貿易が増加するということを示唆し
ている。
以上のような叙述的・理論的分析をもとに、次に、我々は、日本の電気機械製品の貿易
を例として、垂直的産業内貿易の決定要因について統計的に検証した。その結果、FDI が
垂直的産業内貿易に非常に強い正の影響を与えたことを見出した。さらに、地理的な距離
は垂直的産業内貿易に対して統計的に有意な負の影響を与えており、このことは、貿易の
コストが高くなると垂直的産業内貿易も減少するということを示唆している。要素賦存の
違いについては、予想に反し、要素賦存の差が大きいほど垂直的産業内貿易が少なくなる
という結果となった。しかし、日本との一人当たり GDP 格差が約 1 万ドル(購買力平価で
換算)以上の国(多くのアジア諸国はこのカテゴリーに含まれる)との貿易においては、
FDI や地域特殊的な要因による影響を除くと、要素賦存の差が大きいほど垂直的産業内増
加するという結果を得た。つまり、多くのアジア諸国を含む比較的低所得国との貿易にお
いては、要素賦存の違いが貿易パターンを決定するというヘクシャー=オーリン型の仮説
を支持する結果となった。
我々の分析結果は、東アジア地域における垂直的産業内貿易の急増には、FDI が重要な
役割を果たしたことを示唆するものであった。さらに、当地域の産業内貿易の増加の大部
分は、垂直的な産業内貿易の増加によるものであり、水平的な産業内貿易はあまり増加し
ていないことも明らかになった。これまで、多くの先行研究の中で、日本の対外直接投資
の活発化とそれによる他のアジア諸国からの輸入の増加が、国内の産業構造や生産要素市
53
場にどのような影響を与えたかということについて研究されてきた28。しかし、垂直的な産
業内貿易の増加が日本国内の産業構造や生産要素市場へ与えた影響についての実証分析は
まだほとんど存在しない。今後、このような問題についてさらに研究を進めていきたいと
考えている。
例えば、Head and Ries (2000)、Tomiura (2001)、Kimura (2001)、Kimura and Fukasaku (2001)、
Kwan(2002)などを参照。
28
54
補論 A
シンプレックス図で用いた貿易商品分類について
この補論ではシンプレックス図で用いた貿易商品分類を示す。
付表 A.シンプレックス図で用いた貿易商品分類
SITC-R3 2 桁コード
商品分類
農産品
HS88 2 桁コード
00-05, 07, 08, 22, 29, 01-15
41-43
食料・飲料
06, 09, 11, 12
16-24
鉱業品
27, 28, 32-35
25-27
化学製品
23, 51-59, 62
28-40
軽工業品
21, 61, 81-83, 85
41-43, 64-67, 94-96
木材・紙
24, 25, 63, 64
44-49
衣類・繊維品
26, 65, 84
50-63
陶器類
66
68-70
金属製品
67-69
72-83
一般・精密機械
72-75, 87, 88
84, 90-92
電気機械
71, 76, 77
85
輸送機械
78, 79
86-89
その他
89, 96, 97
71, 93, 97-99
(出所)著者作成。
55
補論 B.日本の中国との電気機械貿易の詳細(上位 10 品目、2000 年)
この補論では 2000 年の日中電気機械貿易において、日本の輸出額と輸入額の合計が最も
大きかった 10 品目に関するデータの詳細を示す。
付表 B.日本の中国との電気機械貿易の詳細(上位 10 品目、2000 年)
中国への輸出
EX+IM
商品分類
HS for EX
HS for IM
合計
(1,000 円)
単位
数量
貿易額
(1,000 円)
単価
1
テレビジョン受像機用チューナー
ラジオ受信機用FMチューナー
第85.25項から第85.28項までの機器に専ら又は主として使用する部分品(第
8529.10号-100から第8529.90号-200までのもの以外のもの)
852990100
852990200
852990300
852990900
852990000
118,342,672 KG
4,846,555
65,179,123
13.45
2
シリコン整流器
整流器(シリコン整流器以外のもの)
スタティックコンバーター(整流器以外のもの)
850440110
850440190
850440900
850440011
850440019
850440090
76,829,971 KG
1,785,459
9,688,881
5.43
印刷回路
部分品及び附属品(第8519.10号から第8519.39号までの機器のもの)(ピックアッ
プカートリッジ以外のもの)
部分品及び附属品(第8519.40号から第8521.90号までの機器のもの)(ピックアッ
プカートリッジ以外のもの)
853400000
853400000
59,700,115 KG
2,401,327
40,333,249
16.80
852290100
852290900
852290000
59,083,094 KG
4,147,673
32,268,583
7.78
5
電気回路の開閉用機器(使用電圧が1,000V以下のもの)(第8536.10号から第
8536.69号までのもの以外のもの)
コネクタ(使用電圧が1,000V以下のもの)
電気回路の接続用機器(使用電圧が1,000V以下のもの)(第8536.10号から第
8536.69号までのもの以外のもの)(コネクタを除く。)
853690100
853690200
853690210
853690290
853690000
53,476,413 KG
4,675,039
28,819,014
6.16
6
カラーのテレビジョン受像機器(テレビジョン受像用陰極線管を自蔵するもの)(放
送用のもの)
カラーのテレビジョン受像機器(テレビジョン受像用陰極線管を自蔵するもの以外
のもの)(放送用のもの)
カラーのテレビジョン受像機器(放送用以外のもの)
852812110
852812111
852812119
852812190
852812900
852812000
852812010
852812090
48,983,835 NO
133,784
2,619,041
19.58
7
マイクロコンピュータ(MPU,MCU,MPR以外のもの)(実装したもの)(モス型のも
の)(モノリシックディジタル)
854213900
854213090
48,429,771 NO
340,000,000
37,973,922
0.11
8
電動機(出力が37.5ワット以下のものに限る。)
直流電動機(出力が10W以下のもの)
850110110
850110191
850110011
44,101,093 KG
571,696
4,907,953
8.58
9
シャシ及びキット(録音装置又は音声再生装置と結合してあるラジオ放送用受信
機のもの)(第8527.11号から第8527.29号までのもの以外のもの)
ラジオ放送用受信機(録音装置又は音声再生装置と結合してあるもの)(ディジタ
ルオーディオディスクプレーヤーを自蔵するもの)(第8527.11号から第8527.29号
までのもの以外のもの)
ラジオ放送用受信機(録音装置又は音声再生装置と結合してあるもの)(ディジタ
ルオーディオディスクプレーヤーを自蔵するもの、第8527.11号から第8527.29号
までのもの並びにシャシ及びキット以外のもの)
852731100
852731910
852731990
852731000
42,755,915 NO
5,542
49,018
8.84
10
部分品(電気回路の開閉用機器のもの)
部分品(電気回路の保護用機器のもの)
第85.35項から第85.37項までの機器に専ら又は主として使用する部分品(第
8538.10号-000から第8538.90号-200までのもの以外のもの)
853890100
853890200
853890900
853890000
41,859,800 KG
6,680,248
37,705,557
5.64
3
4
小計 a
上位10品目の小計
小計 b
その他の品目 の小計(11位から309位までの品目)
合計 a+b 日本と中国における電気機械貿易の総額
593,562,680
259,544,342
1,222,779,585
659,984,336
1,816,342,265
919,528,678
(注) 全ての輸出額並びに単価には 1.123488827 を掛けて fob と cif の乖離調整を行っている。
(出所) 日本の貿易データ http://www.customs.go.jp/tokei/download/index_d012_e.htm.
商品分類の名称は『Zeirom 2001 for Windows.』より引用。
56
補論 C.回帰分析に用いた変数の定義とデータの出所について
SHVIIT25
日本と各相手国との貿易に占める垂直的産業内貿易のシェア。垂直的に製品差別化され
た財の貿易は、2−2−2で述べた方法に従って定義される。2−2で述べたように、閾
値として 25%を用いる。回帰分析には、PC-TAS データではなく HS9 桁レベルの日本の財
務省による貿易データを使用した。
FDISALE
電気機械産業の日本国内の産出高に対する、各貿易相手国における日本企業の現地法人
の売上高の比率。日系現地法人の売上高は、Fukao and Yuan (2001)のデータを利用した。
しかし、Fukao and Yuan (2001)の日系現地法人売上高は 1998 年度(1998 年 4 月∼1999
年 3 月)のデータまでしか存在しない。そのため、1998 年度の売上データを 1999 暦年、
2000 暦年の売上高として使用した。電気機械産業の日本国内の産出高は、 Elsevier
Advanced Technology / Reed Electronics Research ( 各 年 版 ) 、 Yearbook of World
Electronics Data を利用した。
DGDPPC
日本とその貿易相手国との一人当たり GDP の差の絶対値。一人当たり GDP(購買力平価
で換算した名目値)のデータは、World Bank (2002b)、World Development Indicators 2002、
CD-ROM を利用した。購買力平価換算の一人当たり GDP データが World Bank (2002b)
で利用可能でない国については、以下のように推計した。まず、IMF(各年版)データを
利用して、その国の GDP(購買力平価換算)と日本の GDP(購買力平価換算)との比率を
計算する。その比率に、World Bank (2002b)による日本の GDP(購買力平価換算)を掛け
る。さらに、その数値を World Bank (2002b)による人口で割ることにより、一人当たり
GDP を算出した。
DEDUYR
1990 年時点における、日本とその貿易相手国との平均就学年数の差の絶対値であり、両
国の人的資本の差の代理変数として用いた。平均就学年数のデータは、World Bank (2002a)、
Barro-Lee
Dataset:
International
Schooling
Years
and
Schooling
Quality
(www.worldbank.org からダウンロード。ダウンロード日:2002 年 9 月 18 日)を利用し
た。ナイジェリアとサウジアラビアについては、上記データベースからデータを入手でき
なかったため、以下の方法で平均就学年数を推計した。まず、平均就学年数データを入手
できた全ての国について、平均就学年数を、一人当たり GDP、GDP、地域ダミーに回帰す
る。そして推定された回帰式を用いて、上記 2 国の平均就学年数の理論値を算出する。
57
DIST
日本の貿易相手国の首都と東京との間の地理的距離(単位:1,000km)の対数値。
INDSIZE
日本の貿易相手国の電気機械産業規模と、日本の当該産業の規模との比率。各国の電気
機械産業の規模はその産出高で表し、産出高のデータは、Elsevier Advanced Technology /
Reed Electronics Research (各年版)、Yearbook of World Electronics Data を利用した。
GDP
分析対象国の経済規模を表す変数として各国の GDP を用いる。各国の GDP(購買力平
価で換算した名目値)のデータは、World Bank (2002b)、World Development Indicators
2002、CD-ROM を利用した。購買力平価換算の GDP データが World Bank (2002b)で利用
可能でない国については、以下のように推計した。まず、IMF(各年版)データを利用し
て、その国の GDP(購買力平価換算)と日本の GDP(購買力平価換算)との比率を計算す
る。その比率に、World Bank (2002b)による日本の GDP(購買力平価換算)を掛けて算出
した。
RISK
各貿易相手国のカントリー・リスクの代理変数。Institutional Investor Systems が発行
する Institutional Investor 誌上で、デフォルトの危険性をもとに算出した各国の信頼度指
標(0−100 の間の数値をとる)が毎年発表されている。100 からその指標の数値を引いた
ものを、カントリー・リスクを表す変数とした。
COTAX
1993 年における各国の実効法人税率。データは、深尾・岳(1997)を利用した。デンマ
ーク、フィンランド、ハンガリー、ポーランドについては、実効法人税率のデータが入手
できなかったため、法定の法人税率を用いた。
OPERATE1
操業許可条件の第一主成分。データは、深尾・程(1996)を利用した。これは、各国が
操業許可条件一般をどの程度課しているかの指標であると解釈できる。デンマーク、フィ
ンランド、ハンガリー、ポーランドについては、操業許可条件のデータが入手できなかっ
たため、以下のような方法で推定した理論値を用いた。まず、OPERATE1 のデータが入手
できた全ての国について、OPERATE1 を被説明変数とし、GDPPC(一人当たり GDP)、
GDP、EDUYR(平均就学年数)、地域ダミーに回帰する。推定された回帰式を用いて、
OPERATE1 の理論値を推定した。
58
OPERATE2
操業許可条件の第二主成分。データは、深尾・程(1996)を利用した。これは、操業許
可条件がどの程度発展途上国的な性格を持つのかを表す指標であると解釈できる。デンマ
ーク、フィンランド、ハンガリー、ポーランドについては、操業許可条件のデータが入手
できなかったため、以下のような方法で推定した理論値を用いた。まず、OPERATE2 のデ
ータが入手できたすべての国について、OPERATE2 を被説明変数とし、GDPPC(一人当
、GDP、EDUYR(平均就学年数)、地域ダミーに回帰する。推定された回帰式
たり GDP)
を用いて、OPERATE1 の理論値を推定した。
TRFRC
貿易相手国との貿易摩擦回避を目的とした FDI の大きさを表す変数で、以下のように定
義される。
(海外進出の動機としてホスト国との貿易摩擦を理由に挙げた日系海外現地法人の数)/
(当該ホスト国における日系現地法人の総数)
データは、深尾・程(1996)を利用した。
付表 C1.推定に用いた 43 カ国の一覧
北アメリカ、ラテンアメリカ
アメリカ合衆国 カナダ
パナマ
コロンビア
メキシコ
ベネズエラ
ブラジル
ペルー
コスタリカ
アルゼンチン
ヨーロッパ
イギリス
ポルトガル
オーストリア
ハンガリー
フランス
イタリア
デンマーク
ポーランド
ドイツ
オランダ
スウェーデン
ルクセンブルク
ベルギー
アイルランド
ノルウェー
スペイン
スイス
フィンランド
アジア
中国
マレーシア
インド
香港
タイ
サウジアラビア
シンガポール
フィリピン
イスラエル
韓国
インドネシア
台湾
オセアニア、その他
オーストラリア
ニュージーランド ナイジェリア
59
付表 C2.垂直的産業内貿易の決定要因:操作変数法(IV)と最小二乗法(OLS)による推定結果
被説明変数
S H V IIT 2 5
IV
(2)
L T S H V IIT 1 5
IV
(1)
F D ISA L E
T R F R C * F D ISA L E
DGDPPC
D G D P P C ^2
L D IST
IN D SIZ E
DEU
DNAFTA
D A SIA
D L A T IN
_cons
サンプル数
F統 計 量
R - sq uared
R o ot M SE
操作変数
1 27.70 83
(3.70)
-6 78.01 15
(- 3.59)
-0.23 43
(- 5.28)
0.01 14
(4.05)
-1.29 60
(- 5.16)
0.16 34
(0.35)
1.22 59
(4.20)
1.71 03
(6.40)
-1.25 10
(- 1.26)
-1.11 08
(- 3.04)
8.48 12
(3.67)
***
10.98 76
(5.86)
- 55.00 53
(- 5.25)
-0.00 45
(- 1.64)
0.00 04
(2.66)
-0.14 91
(- 6.87)
-0.00 32
(- 0.15)
0.09 21
(4.96)
0.11 86
(5.62)
-0.12 35
(- 2.51)
0.01 28
(0.91)
1.38 14
(7.09)
***
***
***
***
***
***
***
***
***
48 6
3 7.68 ***
0.52 95
1.36 30
GDP
R ISK
COTAX
O PERATE1
O PERATE2
TRFRC
***
***
***
***
***
***
**
***
54 1
4 6.68 ***
0.54 72
0.10 11
L T S H V IIT 2 5
OLS
(3)
35.24 95
(4.36)
-1 82.95 00
(- 4.03)
-0.15 36
(- 4.02)
0.00 51
(2.99)
-0.92 46
(- 5.44)
1.11 17
(3.51)
1.03 59
(4.22)
1.63 05
(7.28)
1.20 23
(2.85)
-0.84 16
(- 2.65)
4.59 21
(2.91)
***
***
***
***
***
***
***
***
***
***
***
48 9
3 8.24 ***
0.60 08
1.24 18
GDP
R ISK
COTAX
O PERATE1
O PERATE2
TRFRC
(注)括弧内の数値は、不均一分散を考慮した White(1980)の t 値である。また、全ての年次ダミーを含
むが、その推定結果は省略した。
有意水準は、*=10%、**=5%、***=1%(両側検定)。
推定 式 (1)と(3)で は 、次の よう な サンプ ルが 推定から 除か れている 。a)SHVIIT15=0 または
SHVIIT25=0 であるためにロジスティック変換ができなかったサンプル、b)LTSHVIIT15 または
LTSHVIIT25〈平均値−2.5*標準偏差、または、LTSHVIIT15 または LTSHVIIT25〉平均値+2.5
*標準偏差の範囲にあるサンプルは外れ値とした。その結果、ナイジェリアは推定に含まれていな
い。
推定式(2)では、SHVIIT25〈平均値−2.5*標準偏差、または SHVIIT25〉平均値+2.5*標準偏差
の範囲にあるサンプルは外れ値として除かれている。
60
付表 C3.垂直的産業内貿易の決定要因:三段階最小二乗法による同時方程式体系の推定(3SLS)
被説明変数
(1)
LTSHVIIT25
FDISALE
124.8659
(4.50)
TRFRC*FDISALE -695.3995
(-4.62)
DGDPPC
-0.2256
(-5.18)
DGDPPC^2
0.0110
(4.51)
DIST
-1.2456
(-4.89)
INDSIZE
0.7124
(0.91)
GDP
***
***
***
***
TRFRC
COTAX
OPERATE1
OPERATE2
DNAFTA
DASIA
DLATIN
_cons
サンプル数
カイ2乗統計量
R-squared
Root MSE
操作変数
SHVIIT25
***
RISK
DEU
(2)
FDISALE
1.2150 ***
(5.64)
1.7405 ***
(5.43)
-1.2388
(-1.50)
-1.1707 ***
(-3.85)
7.9808 ***
(3.35)
486
615.11 ***
0.5153
1.3300
0.0028
(6.78)
-0.0002
(-9.43)
0.0138
(6.49)
0.0464
(10.15)
1.36E-05
(16.00)
-0.0003
(-3.92)
-0.0116
(-1.42)
0.0031
(0.81)
-0.0021
(-2.90)
-0.0003
(-0.31)
-0.0045
(-1.86)
0.0022
(0.71)
0.0342
(11.10)
-0.0003
(-0.13)
***
***
***
***
12.0356
(4.56)
-59.5863
(-4.28)
-0.0041
(-1.38)
0.0004
(2.41)
-0.1828
(-8.71)
-0.0213
(-0.31)
FDISALE
***
***
**
***
***
***
***
*
***
-0.1306 ***
(-6.69)
486
3087.41 ***
0.8635
0.0119
0.0989 ***
(5.77)
0.1253 ***
(5.18)
-0.1695 **
(-2.41)
0.0230
(1.30)
1.6862 ***
(8.69)
555
874.75 ***
0.5985
0.1022
0.0021
(5.33)
-0.0001
(-7.48)
0.0127
(6.25)
0.0534
(12.11)
1.23E-05
(15.04)
-0.0002
(-3.05)
-0.0053
(-0.86)
0.0031
(0.91)
-0.0026
(-4.70)
-0.0002
(-0.33)
-0.0064
(-2.90)
-0.0005
(-0.17)
0.0284
(10.01)
-0.0021
(-1.02)
***
***
***
***
***
***
***
***
***
-0.1189 ***
(-6.34)
555
3131.55 ***
0.8492
0.0118
LTSHVIIT25 FDISALE
FDISALE
TRFRC*FDISALE
(注)括弧内の数値は、z 値である。また、全ての推定式は年次ダミーを含むが、その推定結果は省略した。
有意水準は、*=10%、**=5%、***=1%(両側検定)
。
推定式(1)では、次のようなサンプルが推定から除かれている。a)SHVIIT25=0 であるためにロジス
テ ィ ッ ク 変 換 が で き な か っ た サ ン プ ル 、 b)LTSHVIIT25 〈 平 均 値 − 2.5 * 標 準 偏 差 、 ま た は
LTSHVIIT25〉平均値+2.5*標準偏差の範囲にあるサンプルは外れ値とした。その結果、ナイジェ
リアは推定に含まれていない。
61
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64
3章
日本の経常収支動向に関する諸考察:
アジア開発途上諸国との関係に注目して
大坪
滋*1
3−1.はじめに
本稿は、財務省「わが国の経常収支における中長期的分析」研究会においての筆者の報告
内容を要約したものである。経常収支を中心として日本の国際収支動向に異変が起きつつ
ある可能性があるとされ、中長期展望を行うにあたり、「東アジア経済の自立的な発展と域
内貿易統合への動きが、アジアや日本の国際収支動向へどのような影響を与えるか」とい
う設問に間接的、直接的に応えることを目的としている。
最近の経常収支黒字縮小は今後、中・長期の基調として続くのか。もしそうであるとし
て、それは日本経済にとって問題なのかどうか。この辺りが昨今の論点となっていると考
えられる。途上国を巻き込んだ経済活動のグローバル化の起点と考えられる 1980 年代半ば
以降の日本の国際収支勘定の動向が図3−1に示されている。これによると最近のわが国
の国際収支動向に見出される傾向として、(1)貿易収支黒字が縮小傾向にあること、(2)
所得収支黒字が拡大傾向にあること、そして(3)経常収支黒字は未だ循環基調にあるこ
とがわかる。ただし、先の二つの傾向が持続すれば(その強弱の度合いにより多少パター
ン変化は考えられるが)
、中長期的にはわが国が国際収支の発展段階理論に沿った形で、未
成熟債権国から成熟債権国、そして債権取り崩し国へと変容していく先駆けとなろう。そ
うであれば、直近の経常収支黒字縮小は、循環を伴いながらも基調として続くことになる。
図3−1.わが国の経常収支項目別推移
(単位:兆円)
25
20
15
10
5
0
▲5
▲ 10
85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01
貿易収支
サービス収支
所得収支
経常移転収支
経常収支
(出所)通商白書 2002、図 2−13、日本銀行「国際収支統計」に基づく。
*1
名古屋大学大学院国際開発研究科
65
経常収支は長期的には貯蓄を決定する構造的要因と構造的投資環境という国内要因によ
って左右されることを再認識しておきたい。しかしながら、短期的には、経常収支は貿易
動向や貿易制度、海外直接投資動向に左右されること大である。この点において、わが国
と途上国アジアとの関係はどうであり、どうなっていくのか。アジアとの貿易や海外投資
を通じた結合度が高まる中で、アジア地域における昨今の貿易協定や地域経済協力協定の
インパクトはどう読むべきか。図3−2にはわが国輸出入の主要地域別シェアの推移が示
されているが、1990 年代前半に日本の筆頭貿易相手国地域となったアジアは、日本からの
製造業を中心とした直接投資が持続的、加速度的拡大を続ける中、ますますその重要度を
増していくであろう。通商白書 2002 にも明らかなように、日本及び東アジアの貿易結合度、
直接投資を中心とした投資結合度は過去 10 年で飛躍的に強まっている。これはまた、図3
−3にあるように、日系企業による逆輸入の金額の増大、総輸入に占めるシェアの拡大か
らも見て取れ、これらが日本の貿易収支、経常収支に影響を及ぼすことは明白である。
図3−2.輸出入の主要地域別割合の推移
A.輸出
(%)
50
45
40
35
30
25
20
15
10
5
0
88 89 90 91 92 93 94
アジア
米国
95 96 97 98 99 00 01
EU
その他
B.輸入
B.輸入
(%)
45
40
35
30
25
20
15
10
5
0
88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01
アジア
米国
EU
その他
(出所)通商白書 2002、図 2−1−4、財務省「貿易統計」に基づく。
66
図3−3.日系企業による逆輸入金額の推移
(%)
(兆円)
6
30
5
25
その他
4
20
ヨーロッパ
3
15
2
10
アジア
北米
1
5
0
輸入総額に
占めるシェア(%)
0
86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99
(出所)通商白書 2002、図 2−2−9、経済産業省「我が国企業の海外事業活動」に基づく。
アジアの経済発展において、直接投資のもたらしてきた成長へのダイナミズムが語られ
て久しい。本稿の後節において、応用一般均衡分析を通して検証された日本の直接投資の
インパクトに言及するが、今後の日本の経済発展において、余りにも大きな直接投資収支
赤字とも言えるインバランス(負の純海外投資)が、図3−4に示されるように、見るべ
きもない対内直接投資を基に存続し続ける状態が好ましくないこともまた明白である。
図3−4.わが国の海外直接投資収支の推移
(兆円)
▲
▲
▲
▲
▲
▲
▲
▲
2.00
1.00
0.00
1.00
2.00
3.00
4.00
5.00
6.00
7.00
8.00
85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01
対内直接投資
対外直接投資
収支
(出所)通商白書 2002、図 2−1−11、日本銀行「国際収支統計」に基づく。
以上のような観点から、日本の産業の空洞化、雇用機会の消失、貿易収支・経常収支黒
字縮小等の議論において、ひいてはわが国の国際競争力や成長余力の減衰に至るまで、ア
ジアにその要因を見出し、言ってみれば「アジアのせいだ」との議論が多々見られる。こ
れらの安易な議論への警鐘とすべく、本稿では、経常収支の構造的、制度的要因を冷静に
見つめるため、マクロ経済学に於ける所謂 「 S – I ≡ X – M 」恒等式の双方及びそれら
を繋ぐ諸考察を紹介し、真に必要とされるわが国の対応策は何なのか考察する。
67
3−2では先ず、S – I サイド(貯蓄・投資バランス)の議論として、日本を含めた先進
国の貯蓄を、アジアを代表とする発展途上諸国が使い果たしてしまうのではないかという
懸念に関して、途上国開発資金の相対的サイズの議論を行う。また、世界諸地域の貯蓄余
力に関する注視すべき長期動向を紹介する。3−3では、X – M サイド(貿易、経常収支)
の議論として、「アジア脅威論」に応えてアジアの貿易競合関係を考察する。また、中国の
参加によって活発化するアジア域内貿易統合動向を紹介し、予期されるインパクトを検証
する。3−4では、恒等式の両サイド、即ち S – I と X – M をつなぐ議論として、
「アジア
APEC 地域における海外直接投資と貿易の流れに関する一考察」と、
「日本の対アジア海外
直接投資戦略に関するマクロ的一考察」から、分析結果の幾つかを紹介する。最後にまと
めの節において、これらの諸考察から、必要とされるわが国の対応諸策の幾つかを導き出
してみたい。
3−2. S − I サイド(貯蓄・投資バランス)の議論
1990 年代前半において先進諸国の財政健全化(fiscal consolidation)の問題が顕在化し、中
国やメキシコを筆頭投資先として先進国から発展途上諸国への海外直接投資が飛躍的に伸
びた折には、世界にはその持続的成長に必要な投資を賄い続ける貯蓄が存続し得るのかが
問題視された1。先進国の将来的な資金需要のみならず、台頭する発展途上アジア経済や、
制度改革の進むラテンアメリカ、西側に統合を進める東欧諸国などの旺盛な投資資金需要
を賄うだけの貯蓄を世界は生み続けられるかが懸念され続けている。これが、貯蓄(投資
資金)における、「途上国脅威論」を生んでいる。わが国においては、老齢化の進む日本社
会にとっての「アジア脅威論」となっている。
3−2−1.途上国、東アジアの貯蓄・投資バランスの相対的サイズ2
発展途上諸国の資金需要や特にアジアのそれは旺盛ではあるが、貯蓄・投資バランスで
見た場合、それらは先進国や日本の貯蓄・投資バランスを脅かすような規模であるだろう
か。図3−5には 1970 年以降の途上諸国及び東アジアへの純総資金フロー(Aggregate Net
Resource Flows)がそのコンポーネントと共に示されている。これによると、アジア金融危
機以前には途上諸国への資金フローの総額はネットベースで 3,000 億ドルを超えていたこ
と、その約3分の1が東アジア向けであったことがわかる。また、1990 年代に入って海外
直接投資が資金フローの主となるとともに、株式・証券投資などのポートフォーリオ・フ
ローが発生した経緯と、危機後、銀行ローンを中心とした長期資金の流れが殆ど途絶えて
いる様が見て取れる。海外直接投資による途上国や東アジアへの資金の流れは、危機後も
比較的堅調である。
例えば、1995 年コロラドのアスペンで開催された G7プラス IMF/WB の会合においてはこの問題が中
心議題の一つとされた。この時、世界銀行が提出した議論資料が Qureshi (1996)にまとめられている。
2 本論において「東アジア」は広義に使用されており、東南アジアをも含む。
1
68
図3−5.途上国及び東アジアへの純総資金フローとその構成の推移
A.途上国への純総資産フロー
B.東アジアへの純総資産フロー
400
140
350
120
100
(US$ billion)
250
200
150
80
60
2000
1995
1990
1985
1980
1970
2000
1995
1990
1985
0
1980
0
1975
20
1970
50
1975
40
100
Net flows on debt, total L-T
FDI, net inflows
Portfolio equity flows
Grants, excl. tech. cooperation
Net flows on debt, total L-T
FDI, net inflows
Portfolio equity flows
Grants, excl. tech. cooperation
(出所)World Bank, Global Development Finance 2002 CD-ROM より筆者作成。
図3−6.途上国及び東アジアへの純資金移転 (Net Transfers)
B.東アジアへの純資金移転
-100
1970
2000
1995
1990
1985
1980
1975
1970
-200
Aggregate net resource flows
Aggregate net transfers
Current account balance
Aggregate net resource flows
Aggregate net transfers
Current account balance
(出所)World Bank, Global Development Finance 2002 CD-ROM より筆者作成。
69
2000
0
1995
100
1990
(US$ billion)
200
1985
300
140
120
100
80
60
40
20
0
-20
-40
-60
1980
400
1975
A.途上国への純資金移転
(US$ billion)
(US$ billion)
300
日本や先進諸国における貯蓄超過によって賄わなければならないのは(Net Claims)、純
総資金フローのどれほどの部分であろうか。それには図3−6に示されている資金の純総
移転(Aggregate Net Transfer)や経常収支(Current Account Balance)の動向を参考にする
ことができる。純総移転フローは、純総資金フローから、利払いや元金返済、配当などの
投資収益や海外直接投資の利潤の送還などを差し引いた額として求められている。この額
は、純総資金フローよりも 1,000 数百億ドルも少ないことになる3。
図3−7.途上国及び東アジアの純資金要求 (net claims) の相対的規模
A.途上国のリソース要求
B.東アジアのリソース要求
4.0
2.0
2.0
(% of Japan GDP)
0.0
-1.0
-2.0
-3.0
-4.0
-5.0
-6.0
0.0
-2.0
-4.0
-6.0
1995
1995
1990
1985
1980
1975
-8.0
1970
1990
1985
1980
1975
-7.0
1970
(% of OECD GDP)
1.0
Aggregate net resource flows
Aggregate net transfers
Current account balance
Overall budget deficit, incl. grants (Japan)
Aggregate net resource flows
Aggregate net transfers
Current account balance
Overall budget deficit, incl. grants (OECD)
(出所)World Bank, Global Development Finance 2002 CD-ROM 及び World Development Indicators 2002 CD-ROM より筆者作成。
発展途上諸国や東アジアの資金需要(国内資金ギャップ)の相対的サイズを知るために、
図3−7には、これらの指標が OECD 諸国や(発展途上諸国全体の場合)日本の(東アジ
アの場合)国内総生産(GDP)比で示され、先進国全体(もしくは日本のみ)の財政赤字
のサイズと比べられている4。発展途上諸国の経済発展のための投資資金のうち、先進国貯
蓄余剰によって支えられねばならない部分は、例えば経常収支ベースで計ると平均して大
体 OECD 国内総生産の 0.4%程度だと考えられる。後に示されるように OECD の貯蓄が粗
国民貯蓄で計っても粗国内貯蓄で計っても未だ 20% から 22%程度であることから考える
と、OECD の貯蓄総額の 2%以下がネットベースで途上国投資に向かえば、途上国経済発
展に必要な外部金融需要は満たされることになる。これらは、(過去のものとなりつつある
が)ODA 予算の GDP 比 1%目標や、先進諸国が体験した GDP 比 4%から 6%の財政赤字の
3 図3−6の東アジアのチャートにおいて、経常収支(CAB)が 1997 年以降特異な動きを見せているのは、
資本逃避(キャピタル・フライト)、救済資金(特にグラント部分)等資金移転の流れと、緊縮政策による輸
入圧縮等に拠る。
4 日本の財政赤字の直近の確定値が無く示されていないが、1970 年代後半の GDP 比マイナス 7%を超え
た水準に並ぶところまで悪化していると考えられる。
70
サイズと比べて、決して脅威と映る数字ではないことを再認識しておきたい。アジアの産
業基盤インフラのボトルネック解消の資金需要や東欧復興の資金需要は確かに大きいもの
と見積もられているが、国内貯蓄の伸張が続くならば、アジア金融危機以前の旺盛な外部
資金需要のトレンドからそれほど大きく乖離するものでもないと考えられる。
3−2−2.先進国、途上国、日本、東アジアの貯蓄率長期動向と老齢化
前節において途上国経済成長の純外部資金依存度に関する「途上国脅威論」や「アジア
脅威論」に安易に組することに警鐘をならしたが、そこでの議論は、アジアを中心とした
途上諸国内の健全な貯蓄伸張に拠るところ大である。過去の実績やトレンドに依存した分
析がどれほど強固(robust)なものであるかを知るためにも、長期の貯蓄・投資のトレンドの
安定度や転換点を確認しておく必要があろう。
図3−8には先進国(高所得 OECD)と発展途上諸国(Low and Middle Income Countries:
LMIC)の貯蓄・投資率の長期トレンドが示されている。ここから以下のような事実が確認
できる。
高所得 OECD 諸国全体の貯蓄投資率(対 GDP 比)は、過去 30 年余りの間に 27%か
・
ら 22%へと 5%程度低下している。
・ 発展途上諸国全体の貯蓄率(粗国内貯蓄率)は 1970 年以前の 20%から 1970 年代半ば
には 25%程度に上昇し、その後多少変動しつつもこの水準に留まっている。
・ 途上諸国全体の経常収支赤字の GDP 比は 1970 年代の 1%水準から、1980 年代初頭に
は 4‐5%まで上昇したが、債務危機以後は 1‐2%水準に縮小している。
1970 年代半ばから 1980 年代初頭の石油ダラー(もしくはユーロ・ダラー)の循環期
・
を除くと、発展途上諸国の投資拡大の多くの部分は途上諸国の貯蓄増加によって賄われ
てきた。
図3−8.先進国及び途上国における貯蓄・投資率の長期トレンド
B.発展途上諸国
30
25
25
20
20
15
(% of GDP)
30
15
10
10
5
0
-5
5
0
1995
1990
1985
1980
1970
1995
1990
1985
1980
1975
1975
-10
-5
1970
(% GDP)
A.高所得 OECD 諸国
Gross domestic investment
CAB (GNS-GDI)
Gross domestic savings (% of GDP)
Gross domestic investment
Gross domestic savings
CAB approx. (GDS-GDI)
(出所)World Bank, World Development Indicators 2002 CD-ROM より筆者作成。
71
同じ数値を日本と東アジアについて見てみると(図3−9)、
・
日本の貯蓄・投資率は 1970 年代の 40%から 20 世紀末には 27‐8%の水準に低下した。
・
日本の経常収支黒字は、石油危機後増え続け、1980 年代半ばには一度 GDP 比 4%超
まで達したが、その後最近までは 1.5%から 3%の範囲で循環基調にあった。
・ 東アジアの貯蓄率(粗国内貯蓄率)は 1970 年代に 22%から 32%へと 10%増加し、ア
ジア金融危機前には 37%に達しており、地域の旺盛な投資需要と投資率上昇の大半を賄
っていた。
・ 東アジアの経常収支赤字は 1990 年代に入り、アジア金融危機直前まで拡大し続けてお
り、域内投資需要拡大のうち国内貯蓄で賄えない部分の外部金融が増えていた。
図3−9.日本及び東アジアにおける貯蓄・投資率の長期トレンド
A.日本
B.東アジア
1995
1990
1985
1980
Gross domestic investment (% of GDP)
CAB (GNS-GDI)
Gross domestic savings
Gross domestic investment
CAB (GNS-GDI)
Gross domestic savings
(出所)
15
10
5
0
-5
-10
1970
1995
1990
1985
1980
1975
5
0
-5
40
35
30
25
20
1975
(% of GDP)
30
25
20
15
10
1970
(% of GDP)
45
40
35
World Bank, World Development Indicators 2002 CD-ROM より筆者作成。
金融危機でトレンド・ラインから一度大きく乖離した東アジアであるが、危機の短期的
な影響後の今後の想定されるトレンドは以下のようなものであると考えられる。
・
東アジアの投資(資金)需要
アジア金融危機以前、高成長と都市化の中で東アジアの
産業インフラ、都市インフラは切迫していた(中国、マレーシア、フィリピン、タイ、イ
ンドネシア、ベトナム等)。現存するインフラ・キャパシティの拡張と更新のために、今
後の投資(資金)需要の伸びは再度高く見積もられる。東アジアはまた、地方分権化の
流れと共に、農村部や農業への投資を再考し拡大させると考えられる(中国、タイ、イン
ドネシア等)
。これらを加味すると、危機後に低めに停滞している投資率は、現在の 30%
72
を切るレベルから危機以前の 38%前後に回復することが見込まれるが、後述するように、
東アジアの貯蓄余力には期限が存在する。
・
典型的な東アジアの貯蓄・投資パターン
高い投資伸び率による高い経済成長が国内
貯蓄率を引き上げ、これがまた、高成長を生んできた高い投資率を支えるという東アジ
アの貯蓄・投資パターンは当面は継続すると思われる。
・
資金インフロー
東アジアへの資金フロー(特に FDI を中心に)の伸びは、インフラ
投資の自由化とも相俟って、地球規模の生産ネットワークの伸張と深化とともに再現す
る。生産性、収益率の高い外資導入に伴う国内投資の増進、所謂コファイナンス効果が
続く。産業インフラ投資に関してはその投資サイズも重要であるが、海外直接投資(FDI)
の正の効果はプロダクト・アップグレードやインダストリ・アップグレードと言われる
経済成長の質の面において顕著で有り続けると思われる。
・ 貿易と自由貿易協定(FTAs) 拡大する貿易と貿易競争は引き続き東アジアの産業・
貿易構造の高度化を促進すると思われる。ここにおいても、GDP やその成長へのサイズ
(規模)の貢献、即ち量的貢献よりも、生産性向上に代表される質的貢献が引き続き重
要であると見込まれる。
長期的なトレンドとして見落としてはならないのは、日本及び東アジアの老齢化が、そ
れぞれ先進諸国及び途上国全般に先立って進むということである。貯蓄率、特に民間貯蓄
率は、所得のレベル、貯蓄・投資の収益性、不確実性、国内・対外借入れ制限、金融深化
の度合い、財政政策、年金制度、所得と富の偏在度などに左右されるわけであるが、長期
的な動きをマクロで見ると最も重要なのは人口構成の変化であろう。この点においてマク
ロの貯蓄余力のインディケーターとして良く使われるのが所謂人口の依存率(dependency
ratio)と言われるものである。これは、人口構成のうち、依存年齢層(dependents: 0‐14
歳及び 65 歳以上)の労働力年齢層(15‐64 歳)に対する比率をとったものである5。図3
−10には先進諸国、途上国、日本、東アジアの依存率の 1960 年以降の推移と予測値が示
されている6。
この図から明らかになる点を整理すると、
・ 先進諸国の人口依存率は 1980 年代半ばまでは下がりつづけたが(貯蓄余力が増したが)、
それ以降は 50%弱で推移しており、2010 年以降は急速に上昇し続けることが見込まれる。
・
発展途上諸国の人口依存率は 1960 年代後半から 1970 年代初頭をピークに低下し続け
てきたが、2020 年から 2025 年にかけて 50%弱の水準で底打ちし、その後は緩やかな上
昇に転じると予想される。
5 更に、同じ依存率でも、依存年齢層が若年層(0‐14 歳)を中心としているか老齢層(65 歳以上)を中心
にしているかで総貯蓄へのインパクトは違う。一般に老齢層を中心に依存率が上がりだすと、この貯蓄・
投資への負のマクロインパクトは、変えがたい傾向となる。
6 世界銀行、World Development Indicators 2001 の予測値を使用。人口構成の変化は極めてマイルドなの
でその予想は正確性が高い。
73
日本の人口依存率は、1970 年代から 1990 年代半ばまでは低い水準に留まっていたが
・
(45%前後)、それ以降、少子化・老齢化を反映して急速な上昇を始めており、この急速
な老齢化、依存率上昇がトレンドとして定着することが見込まれる。
・
東アジアの人口依存率は 1970 年代半ばから 1980 年代後半にかけて急速に低下し、こ
れが先述したこの時期の国内貯蓄率の急増を支えていた。低下のペースは緩やかにはな
ったが、依存率の低下は東アジア全体で見れば 2010 年代半ばまで続くと予想される。そ
の後は、中国、韓国などの老齢化に先導されて急速に人口依存率は反転して上昇するこ
とが見込まれる。
図3−10.人口依存率 (Age Dependency Ratio)の推移
(依存年齢層/労働力年齢層、%)
100
90
80
70
60
50
Higih Income Cos.
Low & Middle Income Cos.
2050
2040
2030
2020
2010
2000
1990
1980
1970
1960
40
Japan
East Asia & Pacific LMICs
(出所)World Bank, World Development Indicators 2002 CD-ROM より筆者作成。
即ち、日本は既にマクロ貯蓄余力を急速に失いつつあり、東アジアがその旺盛な投資需
要を国内貯蓄の高さで支えられるのも、後 10 数年であろうことが見て取れる。アジア各国
で 2020 年や 2025 年を区切りに国家開発戦略(特に先進国所得水準へのある程度のキャッ
チアップ達成を期した)を作成するビジョン・スタディを急いでいるのもこの辺りの時間
制約に負うところが大きい。老齢化に伴う経済のダイナミズム衰退は、世界のどの地域よ
りもまず日本と東アジアで発生する。これへの対応は世界注視の事項となろう。
3−3.X − M サイド(貿易動向)の議論
前節では、外部金融(貯蓄投資バランス)に関しての、「途上国脅威論」や「アジア脅威
論」を取り扱った。本節では、X−M サイドの議論として、アジア対日本の枠組みの中で大
まかな貿易動向を分析する。一つは「アジア脅威論」に関して、域内の輸出構造なり輸出
74
競争力の推移を総観する。今一つは、中国の参加によって構想・議論が活発化された、ア
ジア域内貿易統合の動きをまとめ、その一次的なインパクトを多国多部門応用一般均衡分
析モデル(GTAP−CGE モデル)を用いて検証する。
3−3−1.アジア vs. 日本(アジア脅威論)に関しての貿易動向 (比較優位動向) 概観
貿易の比較優位構造を計量するものとして、(3.1)式として計算される顕示比較優位指数
(Revealed Comparative Advantage Index)がある。
RCAij
=
( Xij/Xi ) / ( Xj/X )
(3.1)
即ち、i 国の j 財における顕示比較優位は、i 国の総輸出に占める j 財の割合が、世界貿易(総
輸出)に占める j 財の割合より大きいか (RCAij > 1) 小さいか (RCAij < 1)によって計られる
というものである。この指数が1より大きいほど、この国はこの財の生産貿易において比
較優位を有すると考えられる7。
図3−11には、このようにして計算された顕示比較優位指数で見た日本と東アジア諸
国との輸出構造の相関関係(競合関係)の推移を示してある。相関係数が正の場合には全
体として両国(または国対地域)の輸出構造が競合関係にあることを、負の場合にはそれ
が補完関係にあることを示している。
この図 (各国相関図及び地域相関図) から見出される傾向として、
・
日本との輸出競合関係において、アジア NIES と日本との競争は確実に高まってきて
いる。
・ 日本と ASEAN4 との輸出構造は未だ総体として補完関係にあるが、競合は高まってき
ており、マレーシアは一国として日本と競合の時代に入りつつある。
・ 日本と中国との輸出構造は、1990 年までは補完関係強化の方向で推移していたが、1990
年以降緩やかに競合が高まりつつあり、総体として見れば、その競合関係は ASEAN4 よ
り強くなりつつある(補完関係が弱まりつつある)。
・ 1990 年以降、香港から製造業が中国本土へ移動を始め、1997 年の返還以降はこれが加
速したことを考えると、香港と中国の指数は合わせて考える必要がある。
顕示比較優位(RCA)指数の計算には、UN COMTRADE データベースを加工した世界銀行の貿易データ
ベースを使用した。SITC rev.2 による貿易データを 3-digit レベルで使用し、輸出国サイドの輸出報告デー
タを基本に貿易マトリクスを 1985 年、1990 年、1995 年、及び 2000 年について作成した。貿易に種々の
国内、国際レベルで制限がかかっている場合には、RCA 指数が比較優位を必ずしも正確に反映しない場合
もあるが、ここでは諸々の制限の推移(貿易統合、
自由化など)を含めて RCA の推移を計測することとした。
7
75
図3−11.日本と東アジア諸国の比較優位相関
A.日本 対 東アジア各国
0.40
0.30
Korea
Hong Kong
Singapore
Taiwan
Malaysia
Thailand
Philippines
Indonesia
China
0.20
0.10
0.00
-0.10
-0.20
1985
1990
1995
2000
B.日本 対 NIES、ASEAN4、及び中国
0.50
0.40
0.30
NIES
ASEAN4
China
0.20
0.10
0.00
-0.10
-0.20
1985
1990
1995
2000
(出所)United Nations, UN/COMTRADE データに基づき筆者作成。
図3−12には、同様の相関図が中国を中心に描かれている。これから見出される傾向
として、
「中国脅威論」が叫ばれて久しい ASEAN4 は、既に 1980 年代半ばより、総体として
・
中国と競合関係にあり、その競合度は徐々に増している。
・
NIES4 と中国との競合関係は 1980 年代半ばからの 10 年間で飛躍的に強まったが、
1995 年以降、総体としてその競合関係は弱まりつつある。国別に見ると、中国本土に製
造業を移動させて補完性を高めつつある香港、技術の梯子(テクノロジー・ラダ−)の
比較的上部のものを含めて中国展開をしながら、企業改革の進んでいる韓国などにおい
76
ては中国との住み分けが順調に進んでいるように見える。台湾の中国戦略の成功には国
内産業への再投資とアップグレードが中国展開とともに必要とされており、楽観は出来
ない状態である。
・ 日本と中国の競合関係を見ると、先述したように補完関係が 1990 年以降加速度的に弱
まりつつある。国内新規投資を軸とした産業の高度化による住み分けを進めなければ、
中国とは今後急速に競合関係を強める結果となることが予想される。対中投資の拡大に
連れて、国内投資や対内投資の必要性が高まっている。
図3−12.中国と東アジア諸国の比較優位相関
A.中国 対 東アジア各国
0.30
0.25
0.20
Korea
Hong Kong
Singapore
Taiwan
Malaysia
Thailand
Philippines
Indonesia
Japan
0.15
0.10
0.05
0.00
-0.05
-0.10
-0.15
1985
1990
1995
2000
B.中国 対 NIES、ASEAN、及び日本
0.25
0.20
0.15
0.10
Japan
NIES
ASEAN4
0.05
0.00
-0.05
-0.10
-0.15
1985
1990
1995
2000
(出所)United Nations, UN/COMTRADE データに基づき筆者作成。
77
3−3−2.アジア域内貿易統合動向と予期されるインパクト
本項では、世界的に見れば後発ながら、進展著しい東アジア地域における貿易統合協定、
経済協力協定の最近の推移を概観し、ASEAN-AFTA、 日本と ASEAN、 中国と ASEAN、
ASEAN プラス 3 などの地域協定が成立した場合のインパクトを貿易統合による静学的イ
ンパクトに絞って検証する。
アジア域内貿易統合動向
表3−1には、1989 年のオーストラリア・キャンベラにおける APEC 形成宣言から途上
国メンバーを含めて APEC 域内の貿易と投資の自由化が完結する予定の 2020 年までのタ
イムスパンの中で、AFTA(ASEAN 自由貿易地域)などの、域内貿易協定や地域経済協力協
定の動きと将来計画をまとめてある。注目すべき事項を列挙すると、
ASEAN6 で 1993 年 に 始 め た 共 通 効 果 特 恵 関 税 (CEPT: Common Effective
・
Preferential Tariff) は 2003 年初頭の域内関税率 0‐5%達成を経て、2010 年には
ASEAN6(フィリピン、タイ、マレーシア、シンガポール、インドネシア、ブルネイ)
による自由貿易地域 AFTA を完成させる予定である。2015 年にはベトナム、ミャンマー、
ラオス、カンボジアを加えた ASEAN10 による AFTA を完成させ、2018 年には除外対象
項目の無い完全自由貿易地域となる段取りになっている。
・ 日本はわが国初の 2 国間統合協定として、2002 年 1 月にシンガポールと新時代経済連
携協定(Economic Partnership)に署名した。また、日本と ASEAN の経済連携強化(CEP:
Closer Economic Partnership) の専門家会合を同月に開始し、2003 年には CEP の 10
年以内の完成を目指して交渉が始まることになっている。
中国の地域連携への意欲は強く、日本に先駆けて、2001 年 11 月のブルネイ会議にお
・
いて、中国と ASEAN の自由貿易地域(FTA: Free Trade Area)を 10 年以内に実現すると
の合意に達し、2002 年には経済協力の枠組みづくりに入っている。
ASEAN プラス 3(日本、中国、韓国)については、1997 年のクアラルンプールでの
・
非公式会合からそのアイデアがスタートし、2001 年、2002 年と続けて、ブルネイでの会
合において東アジア自由貿易地域(EAFTA: East Asia Free Trade Area)構想を歓迎する
旨の議論がなされている。
わが国としては、中国の周辺東アジア諸国への積極的な働きかけを見極めつつも、統合
協定の有無そのものに目を奪われることなく、貿易、投資の域内活発化(特に対内投資の活
発化)、企業改革を含む国内改革への誘因などを考慮しつつ、包括的に質の高い経済協力協
定を結んでいかねばならない。また、WTO での交渉とも連動させ、交渉分野の拡大を推し
進めると共に、国内においては、農業に代表される国内保護産業改革を迅速に推し進めな
ければならない。なぜならば、東アジアとの地域連携は、先進国対発展途上諸国という南
北連携の形態をとることになるからだ。
78
表3−1.アジアにおける自由貿易地域・経済協力協定の動向
1989
ASEAN-AFTA
…
1993
1994
1995
…
1997
…
ASEAN6
CEPT (Common
Effective
Preferrential
Tariff) Scheme
1999
…
ASEAN10
+ Vietnam
+ Myanmar,
Laos
+ Cambodia
Japan & Singapore
Japan & ASEAN
China & ASEAN
ASEAN plus 3
(Japan, China, Korea)
Unofficial
ASEAN 3
meeting
(KL)
APEC
Formation
at
Canberra
(Nov.)
…
Bogor
Declaration
2001
2002
ASEAN-AFTA
2003
Within-AFTA tariffs
< 0-5% by 2003.1.1
Japan & Singapore
…
2010
…
AFTA
completion I
(original 6)
2015
AFTA
completion II
(ASEAN10)
…
2018
…
2020
AFTA
completion III
(all items)
Economic Partnership (Jan.)
Japan & ASEAN
China & ASEAN
ASEAN plus 3
(Japan, China, Korea)
Closer Economic
Partnership (CEP)
(Jan. Bangkok -)
Brunei meeting (Nov.) Framework for Economic
FTA within 10 years Cooperation (Nov.)
EAFTA vision (Brunei) EAFTA vision welcomed
(Sept. Brunei)
Negotiaion Starts
CEP within 10 years
!
!!
APEC
Free trade and
investment
(Developed
members)
アジア域内貿易統合のインパクト
日本を含めアジアにおいて貿易が経済成長に果たした役割は、その GDP に対しての規模
の寄与(純貿易の GDP 拡大への寄与率)よりも、競争による諸々の技術進歩への啓発効果
(経済成長への動学的寄与)においてより大であった。経済統合による貿易創出にともな
う競争による企業改革、技術進歩の効果、域内海外投資活発化による種々の動学的なイン
パクトが静学的なインパクトの上に生じ、中長期的にはこれらのダイナミックインパクト
の方がより重要になると考えられるが、以下では先ず、計算可能な多国多部門応用一般均
衡貿易モデルである GTAP (Global Trade Analysis Project) CGE (Computable General
Equilibrium)モデルを用いて、 上述した種々のアジア域内統合協定の一次的静学的インパ
クトを検証する8。
GTAP 応用一般均衡世界貿易モデルは、WTO や世界銀行などの国際機関においての政策シミュレーショ
ンにも使用され、USDA(United States Department of Agriculture)等の国家機関においても利用されてい
る。筆者は世界銀行でこのプロジェクトに参加した後に、日本の経済企画庁経済研究所(現内閣府経済社会
総合研究所)にこれを導入する研究プロジェクトにも参加した。GTAP プロジェクトやデータベース、応用
一般均衡貿易モデルはプロジェクト WEB サイト(http://www.gtap.agecon.purdue.edu)や Hertel (1997)に
詳しく紹介されている。また、伴金美、大坪滋他(1998)では、応用一般均衡モデルの位置付けから、GTAP
モデルの概要、種々の政策シミュレーション評価がまとめられている。
8
79
Free trade and
investment
(Developing
members)
図3−13.GTAP マクロ・フレームワーク
R e g io n a l H o u s e h o ld
T axes
T axes
P riv a te
G o v e rn m e n t
E x p e n d itu re s
E x p e n d itu re s
S a v in g s
P r iv a te H o u s e h o ld
G overn m en t
G lo b a l B a n k
E x p o rt T a x e s
Im p o rt T a x e s
T axes
F a c to r P a y m e n ts
N e t In v e s tm e n t
P riv a te D o m e s tic
P u b lic D o m e s tic
P u rc h a s e s
Im p o rts
P u rc h a s e s
P rod u cer
Im p o rts
In te r- F irm
T ra n s a c tio n s
Im p o rts
E x p o rts
R e s t o f th e W o r ld
(注)矢印は代金の支払いの方向を表す
(出所)Brockmeier(1996),Figure6 を筆者が修正。
80
GTAP モデルは、多国(多地域)多部門(多産業)を包括する、計算可能な一般均衡(CGE)
モデルである。2 国(2 地域)間の貿易、運送及び貿易等保護に関するデータなど経済リンク
に関するデータベース、それぞれの国内(地域内)の産業部門間のつながりを示す産業連
関表 (Input-Output tables) に関するデータベースを基にこのモデルは形成されている。
それぞれの産業は均質の一財によって代表される。本シミュレーションで使用するモデル
では、労働、資本、土地の3つの生産要素を含み、その内労働と資本は国内産業間を移動
するが土地は農業部門でのみ使用されていると仮定する。資本は中間財と同じように国際
間で取引される(内生的国際資本フローを含む)が、労働と土地は国際間を移動しないも
のと仮定する。CGE モデルはミクロ経済学における種々の経済主体のインセンティブ構造
に設定関数の土台を置いている。よって自由化などの政策のインパクトを経済主体のイン
センティブに沿ったリアクションを前提にシミュレーションできるのである。また本モデ
ルは、地球規模レベルでの総貯蓄と総投資に恒等式が成り立つように設計されている。本
モデルのマクロの枠組みは、図3−13に示されている。また生産構造は図3−14に示
されている。本シミュレーションは、表3−2に示された 21 ヶ国/地域、14 産業セクター
の分類で行った。
図3−14.GTAP モデルの生産構造
Gross Output
(Leontief, σ=0)
separable
Land
Value Added
Intermediate Inputs
(CES, σVA)
(CES, σD)
Labor
separable
Domestic
Foreign
Capital
Armington Composite
(CES, σM)
Sources of Export Supply
(出所)Hertel(1997)、Figure2.6.より引用修正。
81
表3−2.国・地域及び産業分類
国及び地域分類
Aggregation
1. JAPAN
2. INDONESIA
3. MALAYSIA
4. PHILIPPINES
5. THAILAND
6. CHINA
7. HONG KONG
8. TAIWAN
9. SOUTH KOREA
10. SINGAPORE
11. VIETNAM
12. AUSTRALIA
13. NEW ZEALAND
14. USA
15. CANADA
16. RUSSIA
17. MEXICO
18. CHILE
19. Other Latin America
20. WESTERN EUROPE
21. REST OF THE WORLD
(出所)
財・産業分類
Aggregation
1. AGRICULTURE, FORESTRY & FISHERY
2. MINING
3. FOOD & BEVERAGES
4. TEXTILES
5. CHEMICALS
6. METALS
7. TRANSPORT EQUIPMENT
8. MACHINERY & EQUIPMENT
9. OTHER MANUFACTURING
10. ELECTRICITY, GAS & WATER
11. CONSTRUCTION
12. TRADE & TRANSPORT
13. OTHER SERVICES (PRIVATE)
14. OTHER SERVICES (GOVERNMENT)
GTAP Database (Version 4.0) より筆者が作成。
6 つの地域統合の枠組み(AFTA, Japan & Singapore, Japan plus AFTA, China-Hong
Kong plus AFTA, AFTA plus 3 (Japan, China, and Korea))において、域内輸入関税を撤
廃するという自由貿易地域を創生した場合の経済厚生水準の変化(US ドル換算)が表3−
3にまとめられている9。表3−3内の影のついた部分が、当該自由貿易地域への参加国の
厚生水準変化を表している。
シミュレーション結果から先ず言えることは、自由貿易地域の不参加国には概して負の
インパクトが及ぶということである。これは貿易圏形成に伴う貿易創出効果(trade creation
effects)と共に、域外との貿易が域内の貿易に置き換えられる貿易転換効果(trade diversion
effects)が働くからである。東アジア各国で見ると、除け者は確実に損を被ることが予期さ
れる。
しかしながら自由貿易地域への参加は、自動的に経済厚生水準上昇を保証するものでは
ない。静学的には、統合の効果は、実質生産高の変化、交易条件の変化、比較優位により
合致する形で産業間資源配分が進むことによる配分効率の向上などを通じてもたらされる。
短期的、静学的には交易条件の悪化などによって、経済厚生水準が下がることがあり得る。
厚生水準の変化の内、この発展途上諸国にとって特に重要な交易条件変化によるものが表
9
本シミュレーションにおいては、国際間の資本フローを内生化、国内の家計貯蓄率は一定とした。また、
第 3 国に対しては共通関税を設けず、参加国がそれぞれ従前の輸入関税率を保持するとした。
82
3−4にまとめられている。Otsubo(1998)は AFTA の経済統合効果分析から、統合の利益
は、統合に伴う国内改革の推進、直接投資呼び込み効果、競争や技術供与による生産性向
上を通じた動学的成果によるところが大きいとしている。例えば、本シミュレーションに
おいて中国は統合参加によって(特に交易条件の悪化によって)厚生水準を下げることに
なっているが、見込まれる海外直接投資の増加(生産要素賦存の変化)や技術移転による
生産性向上効果を参入して動学的効果を考えると大きくプラスとなる公算が強い。
わが国については、アジア域内自由貿易統合イニシアティブへの不参加は負の厚生イン
パクトを、参加は正の厚生インパクトをもたらすことが明白に示されている。域内自由貿
易協定への参加が懸案のわが国の貿易収支なり経常収支にどのような影響を与えるかを見
ると、表3−5に示されているように、参加は負の効果を、不参加は正の効果を生むこと
が予期される。昨今、貿易収支・経常収支黒字の縮小を国力なり輸出競争力の翳りと捉え
て重大視する議論が見られるが、本シミュレーションにおいてもこれら対外収支の動向と
日本の経済厚生水準動向が逆相関していることが見られるように、よくよく貿易収支・経
常収支変動の中身を見極める必要があることがわかる10。
最後に全産業一律貿易自由化がわが国の各産業におよぼすインパクトを産業別付加価値
創出の変異率(%)で計った結果が表3−6に示されている。日本が参加する自由貿易地
域協定 (Japan & Singapore, Japan plus AFTA, AFTA plus 3) において、予期された通り、
国際競争力の高い自動車産業を中心とする運輸機会部門が生産を伸ばし、もともと保護率
の高い農業部門は生産を減らす結果となった。日本とシンガポールとの協定に関しては、
農業部門への負のインパクトは無視できる程度のものと分析されるが、シンガポールの産
業構造を鑑みればこれは当然のことであり、それ故にこの 2 国間地域協力協定の提携が、
国内の農業部門の反対を見ることもなくスムーズに進んだのである。WTO のルール下では、
自由貿易地域の創出時には、全産業一律に(即ち産業間中立に)関税引き下げを行わねば
ならないことになっている。総体では正の経済厚生効果が見込まれるが、わが国の東アジ
ア自由貿易協定への参加は、農業部門を含む国内の競争力の弱い産業の改革を伴わねばな
らないことも明らかである。
10 通商白書 2002(2002)ではまた、経常収支と失業率、経常収支と国際競争力 (IMD International
Competitiveness Index) との相関関係を調査しているが、そこでもこれらの間に明白な相関関係は見出さ
れなかった。
83
表3−3.アジア自由貿易地域の経済厚生インパクト
(US$ million)
AFTA
Cos. & Regions
Japan
JAPAN
JAPAN
China, Hong Kong
AFTA
& Singapore
plus AFTA
plus AFTA
plus 3
-2,131
214
12,115
-4,678
31,976
Singapore
3,309
541
2,812
4,292
3,142
Indonesia
860
-22
243
1,821
719
1,083
-60
457
1,932
567
-60
-12
-1,061
76
-881
-888
-32
-1,915
-159
-2,000
Malaysia
Philippines
Thailand
Vietnam
729
-13
997
886
1,148
China
-175
-41
-1,171
-4,972
-8,247
Hong Kong
-158
-29
-281
8,616
4,945
S. Korea
Taiwan
Australia
New Zealand
Russia
USA
Canada
Mexico
Chile
Latin America
Western Europe
ROW
-267
-212
-151
-57
11
-836
33
29
0
-101
-840
-284
-48
-26
-33
-6
-14
-182
-8
-1
-3
-39
-141
-117
-1,195
-792
-485
-98
-251
-3,010
1
-2
-38
-474
-3,909
-1,175
-961
-1,415
-203
-67
-107
-2,717
-100
77
-15
-482
-2,367
-405
9,537
-4,329
-807
-170
-1,003
-8,005
-366
-80
-118
-1,682
-10,244
-3,208
World
-106
-72
768
(出所)
10,897
筆者による計算結果。
表3−4.アジア自由貿易地域形成の交易条件変化を通じたインパクト
(US$ million)
AFTA
Cos. & Regions
Japan
JAPAN
JAPAN
China, Hong Kong
AFTA
& Singapore
plus AFTA
plus AFTA
plus 3
-1,422
67
4,841
-2,761
14,048
Singapore
2,886
482
2,467
3,816
2,812
Indonesia
466
-15
333
893
172
Malaysia
444
-51
-130
969
-168
-976
Philippines
-52
-9
-791
-113
Thailand
258
-28
328
688
93
Vietnam
324
-9
450
322
381
China
-141
-20
-607
-4,375
-9,982
Hong Kong
-195
-32
-283
7,409
4,340
S. Korea
-196
-194
-150
-45
-7
-857
22
25
-3
-86
-988
-100
-29
-23
-24
-4
-8
-123
-5
0
-2
-16
-97
-55
-743
-663
-335
-66
-114
-1,875
49
18
-20
-164
-2,323
-399
-560
-1,164
-206
-59
-78
-2,390
-73
53
-12
-276
-2,309
-99
4,500
-3,454
-492
-115
-438
-4,270
-130
-23
-54
-518
-5,151
-978
Taiwan
Australia
New Zealand
Russia
USA
Canada
Mexico
Chile
Latin America
Western Europe
ROW
(出所)
筆者による計算結果。
84
表3−5.アジア自由貿易地域形成による貿易収支インパクト
(US$ million)
AFTA
JAPAN
JAPAN
& Singapore
Cos. & Regions
plus
AFTA
China, Hong Kong
AFTA
plus AFTA
plus 3
1995 TB
1995 GDP
1,549
-235
-1,892
5,445
-2,662
75,707 5,137,382
Singapore
-1,277
-261
-1,261
-1,545
-1,362
13,033
83,677
Indonesia
-177
4
-530
-351
-661
-2,697
202,132
Malaysia
-1,053
4
-1,730
-1,131
-1,852
-3,495
88,832
Philippines
-1,301
13
-2,244
-1,785
-2,682
-5,799
74,120
Thailand
-1,001
4
-2,087
-1,312
-2,107
-11,299
167,996
Vietnam
-830
6
-1,042
-1,004
-1,230
-2,181
20,194
69
-3
77
-5,163
-10,831
16,091
700,219
53
18
215
-8,615
-4,707
-6,053
139,242
101
325
393
-3,497
-7,212
489,258
22
11
1
26
40
196
27
513
399
-44
1,026
19
84
2
5
33
162
44
334
79
536
Japan
China
Hong Kong
S. Korea
Taiwan
Australia
New Zealand
Russia
1,050
128
3,007
4,448
9,738
Canada
70
4
322
399
Mexico
34
1
110
54
137
167
7
204
1
27
20
582
35
982
70
2,070
1,644
151
4,143
6,555
12,747
537
91
1,518
1,772
4,803
USA
Chile
Latin America
Western Europe
ROW
(出所)
筆者による計算結果。
表3−6.アジア自由貿易地域形成による日本への産業別インパクト
(percent change)
AFTA
JAPAN
JAPAN
& Singapore
Sectors
plus
AFTA
China, Hong Kong
AFTA
plus AFTA
plus 3
Agriculture
0.1
0.0
-0.5
0.1
-1.2
Mining
0.3
0.0
-0.7
0.6
-1.9
Food & beverages
0.0
0.0
-0.2
0.0
-0.6
Textiles
0.0
0.0
0.1
-1.6
1.5
Chemicals
0.0
0.0
0.2
0.0
0.3
Metals
0.0
0.0
0.5
0.0
0.6
-0.3
0.2
2.1
0.0
2.5
Machinery and equipments
0.0
0.0
-0.3
0.1
-0.1
Other manufacturing
0.1
0.0
0.0
0.1
0.0
Transport equipments
Electricity, gas and water
0.0
0.0
0.1
0.0
0.2
-0.1
0.0
0.2
-0.3
0.3
Trade and transport
0.0
0.0
-0.1
0.1
-0.2
Other services (private)
0.0
0.0
0.0
0.0
-0.1
Other services (government)
0.0
0.0
0.0
0.0
0.0
Construction
(出所)
筆者による計算結果。
85
3−4.S −I サイドと X − M サイドをつなぐ海外直接投資
本節では、貯蓄投資ギャップと経常収支をつなぐ(「 S − I ≡ X − M 」恒等式の両サ
イドをつなぐ)議論として、過去 15 年に渡り東アジア諸国において、より緊密な経済統合
への触媒となってきた海外直接投資の効果について、Otsubo(1999) や Otsubo
and
Umemura (2003) における分析結果に言及しつつ議論する。本節前項では、アジア APEC
域内において海外直接投資の流れが、如何に貿易の流れを作ってきたかを貿易グラビティ
ーモデルのパネル推計によって検証する。本節後項では、前項で用いた世界貿易応用一般
均衡モデルを用いて、海外直接投資による資金フローの結果としての実物生産要素(資本)
移転と技術移転が起った場合、また収益率の高い外資導入により国内投資も鼓舞されると
いうコファイナンス効果が見られる場合などの直接投資の経済効果を検証する。CGE モデ
ルによる海外直接投資のインパクト検証は未だ珍しい試みであるが、これは先述した自由
貿易・投資地域などの形成に伴う、よりダイナミックな(動学的な)効果の類推にも寄与
する。
3−4−1.アジア APEC 地域における海外直接投資と貿易の流れに関する一考察
世界の財貿易及びサービス貿易の現在規模はそれぞれ 6 兆ドル、1.4 兆ドルを超えている
が、毎年のフローでみた海外直接投資の総額も 1.2 兆ドルを超える規模になっている。1990
年代に財貿易、サービス貿易はどちらも 1.8 倍に伸びたが、直接投資は 1990 年代後半のみ
で 3.8 倍の伸びを示した。中国を含めて東アジア諸国への直接投資はむしろ 1990 年代の前
半に飛躍的な伸びを示したが、この時期の APEC 地域内の貿易と直接投資の流れが、表3
−7及び表3−8にまとめられている。この時期の APEC 域内の直接投資と貿易の相関関
係を示したのが図3−15である。
86
表3−7.APEC 域内における直接投資の流れ(1992-94 平均)
(A) 名目US$値
(US$ millions)
FDI Donors
North America
Japan
ANZ
China
ASEAN4
ANIEs
Americas
Total
FDI Recipients
North America
7,779
5,116
411
ANZ
2,580
450
749
China
1,830
1,373
118
ASEAN4
1,565
1,374
351
ANIEs
2,666
1,746
-43
Americas
6,307
1,008
53
3
0
88
0
638
21
17
567
0
4,385
0
451
18,388
1
22,161
33
132
2,909
0
6,363
24
82
433
0
4,908
5
0
15
7
7,394
52
206
529
683
14,776
(B) APEC 域内シェア
FDI Recipients
North America
FDI Donors
52.6
North America
34.6
Japan
2.8
ANZ
China
ASEAN4
ANIEs
Americas
Total
Japan
541
0
5
(percent)
0.4
1.4
3.6
4.6
100.0
Japan
84.8
0.0
0.8
ANZ
58.8
10.3
17.1
China
8.3
6.2
0.5
ASEAN4
24.6
21.6
5.5
ANIEs
54.3
35.6
-0.9
Americas
85.3
13.6
0.7
0.5
0.0
13.8
0.0
100.0
0.5
0.4
12.9
0.0
100.0
0.0
2.0
83.0
0.0
100.0
0.5
2.1
45.7
0.0
100.0
0.5
1.7
8.8
0.0
100.0
0.1
0.0
0.2
0.1
100.0
North America は Canada と United States を含む。
ANZ は Australia と New Zealand を含む。
(出所)IMF, Balance of Payments Statistics Yearbook, 各年号。
Institute for International Trade and Investment, 「世界主要国の直接投資統計集 1997」。
(注)
表3−8.APEC 域内における貿易の流れ(1992-94 平均)
(A) 名目US$値
Exporters
North America
Japan
ANZ
China
ASEAN4
ANIEs
Americas
Total
(US$ millions)
Importers
North America
218,400
113,872
5,691
16,748
29,387
95,366
37,832
517,296
(B) APEC域内の輸出シェア
Importers
Exporters
North America
52.4
North America
43.8
Japan
14.3
ANZ
China
ASEAN4
ANIEs
Americas
22.3
29.3
33.9
87.9
(C) APEC域内の輸入シェア
Importers
North America
Exporters
42.2
North America
22.0
Japan
1.1
ANZ
China
ASEAN4
ANIEs
Americas
Total
3.2
5.7
18.4
7.3
100.0
Japan
56,183
12,561
ANZ
11,022
9,147
4,733
China
10,073
16,002
1,901
ASEAN4
17,181
33,712
4,265
ANIEs
56,553
82,362
10,406
Americas
47,759
4,892
326
Total
417,170
259,988
39,881
16,324
25,760
34,525
2,757
148,110
1,209
2,535
7,221
108
35,974
3,393
49,346
259
80,973
2,818
6,234
35,196
327
99,732
37,619
32,211
56,783
1,400
277,334
377
635
3,248
338
57,575
75,095
100,153
281,686
43,021
1,216,994
(percent)
Japan
13.5
31.5
ANZ
2.6
3.5
11.9
China
2.4
6.2
4.8
ASEAN4
4.1
13.0
10.7
ANIEs
13.6
31.7
26.1
Americas
11.4
1.9
0.8
Total
100.0
100.0
100.0
21.7
25.7
12.3
6.4
1.6
2.5
2.6
0.3
3.4
17.5
0.6
3.8
6.2
12.5
0.8
50.1
32.2
20.2
3.3
0.5
0.6
1.2
0.8
100.0
100.0
100.0
100.0
(percent)
Japan
37.9
8.5
ANZ
30.6
25.4
13.2
China
12.4
19.8
2.3
ASEAN4
17.2
33.8
4.3
ANIEs
20.4
29.7
3.8
Americas
83.0
8.5
0.6
11.0
17.4
23.3
1.9
100.0
3.4
7.0
20.1
0.3
100.0
4.2
60.9
0.3
100.0
2.8
6.3
35.3
0.3
100.0
13.6
11.6
20.5
0.5
100.0
0.7
1.1
5.6
0.6
100.0
(出所)UN/COMTRADE データベース、及び IMF Directions of Trade Statistics より筆者作成。
87
図3−15.APEC 域内における直接投資と貿易フローの相関(1992-94 平均)
1,000,000
Bilateral Exports (log of US$ millions)
100,000
10,000
1,000
100
10
1
1
10
100
1,000
10,000
100,000
Inward FDI (log of US$ millions)
(出所)Otsubo and Umemura(2003)、Figure2.
ここで、国際貿易の流れの実証研究で伝統的に使用されるグラビティーモデルを用いて、
APEC 域内貿易の流れの決定に域内海外直接投資の流れがどのように影響を及ぼしている
かを検証することとする11。
典型的なグラビティーモデルでは、2 国間の貿易フローを、その 2 国の規模(GDP や人
口)、所得水準、地理的な距離(輸送コストを表わすものとして)などの定量的ファクター、
さらに 2 国が隣接しているかどうか、共通の言語を使用しているか、種々の地域協定に参
加しているかなどの定性的なファクターによる関数として以下の(3.2)式のように表現する。
Tradeij = f [GDPi, pcGDPi, POPi, GDPj, pcGDPj, POPj, Distanceij,
RTADijk, Other Dummies]
(3.2)
ここで Tradeij は i 国から j 国への貿易フローであり、 pcGDP は一人当たりの GDP、
POP は人口、Distanceij は 2 国間の地理的距離である。RTAD は k 個の違った地域貿易協定
への参加を示すダミー変数であり i 国と j 国が同じ自由貿易協定に参加していれば 1 をそう
でない場合は 0 の値をとる12。
貿易グラビティーモデルの創生過程、応用、理論的根拠については、Otsubo and Umemura (2003)を参
照されたい。
12 地域協定ダミーの有意性については、Otsubo and Umemura (2003)を参照されたい。そこでは、EU よ
りも更に APEC が標準的なグラビディー変数で説明できない域内貿易を生んでいることが検証されている。
域内直接投資が貿易の流れを生む大きな追加要因であろうとされている。また、AFTA や NAFTA などの
APEC 域内の自由貿易協定の効果は、傘となる APEC 内の自由貿易が実現した時には凡そ消滅することが
示されている。3−3−2で示された、東アジアの種々の統合協定イニシアティブの静学的効果も APEC
内の貿易や投資の自由化が 2020 年までに達成されると消失の方向に向かい大きな統合枠組みでの効果に
呑み込まれると考えられるが、地域協定による投資促進や技術進歩等の動学的なインパクトの存在は、そ
れでも先行する地域協定参加国がより有利であることを示唆している。
11
88
ここでは簡略化されたグラビティーモデルを基本に貿易補完性(trade complementarity)
指数を加え、さらに海外直接投資が貿易フローの方向決定におけるファイナンシャル・グ
ラビティーであるかどうかを検証する為、FDI フローを説明変数に加える。よって本分析
で使用するグラビティーモデルは以下の(3.3)式の形態をとる。
Tradeij = f [GDPi, pcGDPi, GDPj, pcGDPj, Distanceij,
FDIij (and/or FDIji), CMPij, Other Dummies]
(3.3)
FDI は海外直接投資で、両方向の流れの効果をそれぞれ検証した。CMP は貿易補完性指
数である。貿易補完性指数は以下の(3.4)式で計算される。
æ
M kj X ik ö
÷/2
ç
CMPij =1 - å
÷
ç k Mj
X
i ø
è
(0 ≦ CMPij ≦ 1)
(3.4)
ここで i は輸出国(または地域)を、j は輸入国(または地域)を示し、k は財のカテゴリ
ーを示している。この指数は、輸入国の輸入必要財のパケッジが輸出国の輸出財構成のそ
れと完璧に呼応しているときに 1 の値をとる。逆に、輸出国の輸出財構成が輸入国の輸入
ニーズ構成に対して何ら妥当性を有しないならば 0 の値をとる。貿易の自由化が進み、貿
易の流れ が より貿易補完性にそったものになりつつあることが Otsubo and Umemura
(2003)に示されており、ここでは貿易グラビティーモデルの説明力強化を狙って本指数を採
用した。
(3.3)式によるグラビティーモデル推定結果が、表3−9に示されている。これによると、
貿易補完性指数の追加如何にかかわらず、直接投資フローが貿易フローに影響を及ぼして
いることがわかる。APEC 域内諸国において、輸出先は、特に対内投資(inward FDI)によ
って方向付けられる傾向が強く、対外投資(outward FDI)にはあまり左右されていないこと
が見て取れる。これは広く見聞されてきた、海外直接投資にまつわる貿易サイクル ―海外
直接投資の初期の頃には、投資と共に生産財や材料が同方向に流れ、現地生産が成熟し、
現地サプライアー・ネットワークが形成されるに連れて、初期の投資と逆方向に完成財が
流れるというもの― において、東アジアを含む APEC 地域が成熟過程に達しつつあるとい
うことを示唆している。先述した、日本企業のアジア現地生産に伴う、完成品輸入の増加
という事実もこの傾向を支持している。
89
表3−9.APEC 貿易グラビティーモデルの推定結果
(被説明変数は Export ij)
Year
Constant
Distance ij
GNP i
GNP j
Per capita GNP i
Per capita GNP j
Border Dummyb
1
1984
-8.44
2
1993
-6.03
3
1993
-6.46
4
1993
-6.77
5
1993
-7.11
6
1993
-7.25
7
1993
-5.02
8
1993
-5.22
9
1993
-5.81
10
1993
-5.94
11
1993
-6.21
(-4.65)a
-1.19
(-7.84)
0.22
(4.01)
0.28
(4.76)
0.76
(8.20)
0.69
(7.09)
(-3.34)
-1.03
(-8.98)
0.25
(5.11)
0.26
(5.23)
0.51
(7.25)
0.50
(6.87)
(-3.54)
-1.03
(-8.92)
0.23
(4.84)
0.27
(5.48)
0.45
(5.85)
0.50
(6.84)
(-4.19)
-0.87
(-7.50)
0.21
(4.61)
0.18
(4.20)
0.57
(8.71)
0.31
(4.26)
(-4.32)
-0.87
(-7.50)
0.19
(4.36)
0.19
(4.48)
0.52
(7.18)
0.31
(4.30)
(-4.27)
-0.93
(-7.91)
0.19
(4.25)
0.23
(5.15)
0.44
(6.58)
0.39
(5.47)
(-3.11)
-0.92
(-7.55)
0.19
(4.67)
0.25
(4.97)
0.36
(4.51)
0.42
(6.09)
(-3.17)
-0.93
(-7.55)
0.18
(4.58)
0.25
(5.07)
0.35
(4.18)
0.43
(6.05)
(-4.03)
-0.78
(-6.43)
0.16
(4.11)
0.18
(4.04)
0.43
(5.61)
0.26
(3.57)
(-4.00)
-0.78
(-6.42)
0.15
(4.05)
0.18
(4.12)
0.42
(5.33)
0.26
(3.57)
(-3.97)
-0.86
(-7.05)
0.15
(3.92)
0.23
(4.95)
0.34
(4.38)
0.35
(5.05)
0.62
(1.71)
0.69
(2.02)
0.66
(1.93)
0.40x
(1.21)
0.39x
(1.14)
0.47x
(1.37)
0.67
(2.31)
3.67
(4.41)
0.66
(2.26)
3.52
(4.09)
0.40x
(1.41)
3.29
(4.13)
0.40x
(1.38)
3.20
(3.84)
0.49
(1.65)
2.92
(3.51)
0.68
(7.02)
0.18
(1.70)
0.66
(6.98)
0.62
(7.00)
0.06x
(0.54)
0.62
(7.03)
Complementarity
FDI ij
0.22
(2.03)
FDI ji
FDI ij x FDI ji
Sample size
238
240
240
240
F-statistics
41.07
43.33
38.05
46.19
SSE
642.08
460.19
453.30 406.80
0.504
0.515
0.520
0.570
Adjusted R2
(注)
a. 括弧内の数値は t-statistics。
b. このダミー変数は両国が隣接している場合に1の値をとる。
x = 5%の有意水準で有意でないとされた (t-value<1.645)。
(出所)
240
41.01
402.33
0.573
0.08x
(0.77)
0.40
(4.84)
240
44.41
416.11
0.600
240
44.26
416.95
0.559
240
38.70
416.05
0.558
240
46.63
372.39
0.604
240
41.34
371.98
0.603
0.32
(3.99)
240
43.14
390.42
0.585
筆者による推定結果。
3−4−2.日本の対アジア海外直接投資戦略に関するマクロ的一考察
3−1において示されたように、わが国は 1980 年代半ば以降、積極的な製造業の東アジ
ア展開に伴い活発に対外直接投資を行ってきた。その反面、わが国への投資、即ち対内投
資は低迷を続けており、この直接投資ギャップともいうべきギャップは経済の成長ダイナ
ミズムを維持する上でも憂慮すべき事実である。ここでは、わが国の対東アジア海外直接
投資のインパクトを、3−2−2で用いた世界貿易応用一般均衡貿易モデルを用いて検証
する13。
表3−10には、円高に伴って日本の海外直接投資が増加し始めた 1980 年代半ばより
10 年に渡ってのわが国の対東アジア直接投資の推移が示されている。1990 年代半ばには日
本の対外直接投資の 20%以上が東アジアの近隣 9 カ国に流れている様が見て取れる。
実物経済のモデル化には適するが、金融事象のシミュレーションには適さないとされる CGE モデルを
どのように工夫して直接投資シミュレーションに使用するかについては Otsubo(1999)を参照されたい。
13
90
表3−10.日本の東アジア向け海外直接投資の推移 (1985-1995)
(million US$)
1985
48
Indonesia
manufactures (%)
1986
124
1987
250
1988
859
1989
1,276
1990
1,154
1991
807
1992
1,676
1993
813
1994
719
1995
1,271
52
71
84
73
62
62
74
56
30
77
81
Malaysia
79
158
163
387
673
725
880
704
800
742
590
41
41
90
89
70
80
70
66
86
76
87
Philippines
61
21
72
134
202
258
203
160
207
668
736
70
72
71
67
63
76
78
65
63
46
81
Thailand
48
124
250
859
1,276
1,154
807
1,236
578
719
1,271
52
71
84
73
62
62
74
58
72
77
81
China
100
226
1,226
296
438
349
579
1,070
1,691
2,565
4,592
22
10
6
68
47
46
53
61
81
72
78
Hong Kong
131
502
1,072
1,662
1,898
1,785
925
735
1,238
1,133
1,176
11
10
10
5
6
6
13
12
21
19
24
Taiwan
114
291
367
372
494
446
405
292
292
278
467
96
94
69
71
61
62
46
43
67
68
60
South Korea
134
436
647
483
606
284
260
224
247
400
461
28
33
38
53
41
52
60
41
31
27
39
Singapore
339
302
494
747
1,902
840
613
670
644
1,054
1,215
27
9-Country Total
% of total
ROW
Total
(出所)
35
1,055
2,183
54
23
4,543
5,800
36
8,765
32
6,996
29
5,479
20
31
6,765
32
6,510
8,278
39
11,778
8
9
13
12
13
12
13
19
17
20
22
11,464
12,518
22,468
24,651
30,361
34,905
42,572
48,371
56,697
65,462
50,688
57,684
36,735
42,213
28,209
34,974
30,821
37,332
33,609
41,886
40,898
52,676
財務省(旧大蔵省)国際金融年報 各年号。
表3−11には、本分析に使用した CGE モデルのデータベース基準年である 1992 年に
おいての各国資本ストックの規模と、1993 年から 1995 年のわが国からの直接投資フロー
をまとめている。本シミュレーションでは投資受入国の資本ストックがそれぞれ 1%上昇す
る規模の直接投資が日本から行われることを想定しているが、これはアジア諸国の日本か
らの投資受け入れ額の 2、3 年分にあたる14。
表3−11.東アジア諸国の資本ストックと日本からの海外直接投資
C a p ita l
FDI
S to ck
flo w s
1992: a
1993
1994
b /a
1995
3 -y e a r
(% )
average: b
Japan
1 2 ,0 8 8 , 6 9 4
6 ,5 1 0
8 ,2 7 8
1 1 ,7 7 8
8 ,8 5 5
-0 .0 7 3
In d o n e s ia
2 6 0 ,6 2 6
813
719
1 ,2 7 1
934
0 .3 5 9
M a la y s ia
1 5 8 ,8 1 2
800
742
590
7 11
0 .4 4 7
P h ilip p in e s
1 4 9 ,4 4 4
207
668
736
537
0 .3 5 9
T h a ila n d
2 5 2 ,4 8 7
578
719
1 ,2 7 1
856
0 .3 3 9
C h in a
9 9 1 ,2 5 4
1 ,6 9 1
2 ,5 6 5
4 ,5 9 2
2 ,9 5 0
0 .2 9 8
H ong K ong
2 8 1 ,3 7 4
1 ,2 3 8
1 ,1 3 3
1 ,1 7 6
1 ,1 8 2
0 .4 2 0
T a iw a n
3 9 2 ,7 5 2
292
278
467
346
0 .0 8 8
S o u th
7 0 6 ,0 5 8
247
400
461
369
0 .0 5 2
1 6 7 ,3 0 1
644
1 ,0 5 4
1 ,2 1 5
971
0 .5 8 0
K orea
S in g a p o re
(出所)
財務省(旧大蔵省)国際金融年報 各年号、および GTAP Database, Version 3.0。
14
台湾や韓国においては、日本の直接投資の規模によるインパクトよりも、技術の移転によるインパクト
がはるかに大きい。
91
貿易の基礎理論の応用として途上国援助に伴う移転効果に関する理論モデルがあるが、
ここでは実物資本が移転するケース、即ち日本での操業が東アジア各国に移るケースを分
析する。ODA などの所得移転に伴う供与国負担は、それによって交易条件が改善されれば
軽減されるが、付随する技術移転などに伴い交易条件が悪化すると 2 次的負担が生じる場
合もある。また通例、資本ストック増加のシミュレーション分析では規模に関する収穫一
定(CRTS: constant returns to scale)が仮定されることが多いが、直接投資が行われる産業
では、規模の経済が生じ収穫逓増(IRTS: increasing returns to scale)である場合が多い。よ
っ てここで は、完 全競 争 (perfect competition) に基づく 分析のみ な らず 、 独占的競 争
(monopolistic competition)の産業構造を仮定したシミュレーションも行う。シミュレーシ
ョンは、
(1)日本から東アジア 9 カ国への当該国資本ストック 1%分に匹敵する資本ストックの移転
(2)加えて、直接投資を受け入れる製造業部門における 1%の技術進歩
(3)日本からの投資が当該国の国内投資の誘引となり、同額の協調投資実現
の 3 段階に分けて行った。よって本分析におけるシミュレーションデザインは表3−12
のようになる。
表3−12.シミュレーション・デザイン
Perfect Competition
Monopolistic Competition
Transfer of Capital Stock
Simulation 1
Simulation 4
Transfer of Capital Stock
&
Technology
Simulation 2
Simulation 5
Simulation 3
(on top of Simulation 2)
Simulation 6
(on top of Simulation 5)
Cofinance
—
(出所)
Joint Venture
筆者作成。
表3−13には、日本の東アジア直接投資が世界経済に与える影響がまとめられている。
資本の収益率の低いわが国から、高成長に支えられて平均収益率の高い東アジアに資本と
いう生産資源が移転されることにより、世界資本の平均収益率は上昇し、世界の純投資総
額は増加する。世界貿易は鼓舞され、貿易財はより低い価格で消費者に届くことになる。
よって、どの仮定下においても、世界の厚生水準は向上することがわかる。即ち、海外直
接投資はゼロ-サム・ゲームではなく、ポジティブ-サム・ゲームであることが確認された。
92
表3−13.シミュレーション結果(世界経済へのインパクト)
(percent change)
Simulation 1 Simulation 2 Simulation 3 Simulation 4 Simulation 5 Simulation 6
Equivalent variation
(US$ million)
Global net return
on capital
Global net investment
World trade volume
World trade price
(出所)
2,220
16,141
5,347
2,837
16,665
6,315
0.01
0.03
0.07
-0.02
0.06
0.23
0.18
-0.06
0.00
0.10
-0.01
0.02
0.05
0.08
-0.01
0.04
0.29
0.21
0.00
0.00
0.08
-0.01
筆者による計算結果。
世界全体として見れば厚生水準プラスとなるわが国の対東アジア直接投資は、わが国の
厚生水準にはどのようなインパクトを与えるだろうか。シミュレーション結果は、表3−
14にまとめられている15。産業構造の完全競争仮定の場合に比べて、予期されたように独
占的競争の仮定下の方が、投資インパクトは強く出ているが、プラス・マイナスでみたイ
ンパクトの方向性は両ケースで一致している。表の後ろから 3 項には、US ドルで計量化し
た厚生水準インパクトが示されている。実物生産資源の移転に関する理論貿易モデルの応
用が示すように、生産要素賦存の減少に伴うマイナス効果と、交易条件改善によるプラス
効果(一次負担の軽減効果)が Simulation 1 & 4 の結果に示されている。投資にともない
技術が供与され、受入国の生産性が向上すると、技術交易条件がわが国にとって悪化し、
これが貿易財交易条件の悪化を生んでいる(Simulation 2 & 5)。Simulation 2 & 5 の上に
さらに、現地資本での投資が同額だけ行われた場合は、表の Simulation 2 & 5 の行に追加
的変化分が示されているように、わが国の厚生水準の悪化は軽減されることになる。
これらシミュレーション分析から導き出される政策インプリケーションは以下の 3 点で
ある。
・
海外直接投資はポジティブ-サム・ゲームであるが、その便益を享受するためには、日
本は(どの投資供与国についてもそうであるが)対内投資を呼び込む魅力的な投資環境
整備に努めねばならない。対外投資が国内の厚生水準低下要因の除去を目的に行われる
場合(例えば公害排出産業の海外移転など)以外、対外投資のみでは国内の厚生水準の
向上は望めない。
対外投資(実物資源移転)のマクロ的 2 次的負担を軽減するには、アジアへの投資に
・
あたり現地の貯蓄も動員すること即ち、現地投資パートナーを得たり、現地行政からの
基盤投資を募ることが望ましい。
・
技術交易条件を維持する為には、R&D 設備の国内維持が望ましい。
これらの政策インプリケーションを反対側から読めば、日本からの直接投資受け入れ国
である東アジア各国のとるべき戦略もまた見えてくる。
15
分析結果の検証については、Otsubo(1999)に詳しいが、直接投資受領国側の厚生水準変化は、プラス・
マイナスでみれば、わが国への影響の対極にあることが示されている。
93
表3−14.シミュレーション結果(日本経済へのインパクト)
(A) 完全競争(CRTS)下でのシミュレーション結果
(percent change)
GDP
quantity
index
Export
Volume
Import
Volume
Export
Prices
Import
Prices
Terms
of
Trade
Trade
Balance
Equivalent Variation
due to
(US$ million) Total
TOT
changes
(US$ million)
due to
Technology
changes
Japan
Simulation 1: Transfer of Capital Stock
-0.11
-0.4
0.12
0.07
-0.02
0.09
-1,483
-1,811
936
0
Japan
Simulation 2: Transfer of Capital Stock & Technology
-0.11
-0.24
-0.11
-0.01
0.01
-0.02
-698
-3,042
-225
0
Japan
Simulation 3: Cofinance-Joint Venture (on top of Simulation 2)
0
0.02
0.09
0.02
-0.01
0.03
0
310
309
0
(B) 独占的 競争 (IRTS) 下でのシミュレーション結果
(percent change)
GDP
quantity
index
Export
Volume
Import
Volume
Export
Prices
Import
Prices
Terms
of
Trade
Trade
Balance
Equivalent Variation
due to
TOT
(US$ million) Total
changes
(US$ million)
due to
Technology
changes
Japan
Simulation 4: Transfer of Capital Stock
-0.13
-0.35
-0.02
0.04
0
0.04
-1,071
-2,970
456
-585
Japan
Simulation 5: Transfer of Capital Stock & Technology
-0.15
-0.28
-0.34
-0.06
0.05
-0.11
-571
-5,279
-1,127
-848
Japan
Simulation 6: Cofinance-Joint Venture (on top of Simulation 2)
0
0
0.01
0.04
0.02
0.02
0
220
203
(出所)筆者による計算結果。
3−5.むすび
本稿では、昨今の日本の国際収支構造の変化から再燃した感情的・観念的な「途上国脅
威論」・「アジア脅威論」に警鐘をならすべく、特に東アジアとの関係を中心に日本の経常
収支動向に関する諸考察を展開した。
先ず、途上諸国経済成長のための外部金融の必要性、即ち途上国貯蓄投資ギャップの先
進諸国 GDP や貯蓄、財政赤字との規模の比較を提示した。これが対先進国 GDP 比 0.4%、
総貯蓄比 2%にすぎず、開発金融における途上国脅威論を展開する前に先進国はその財政赤
字に注視する必要があることが述べられた。東アジアを中心に途上諸国の投資需要の旺盛
な伸びの大半は、彼等の国内貯蓄の伸びによって賄われて来た。しかしながら世界の諸地
域の人口依存率の長期推移と予測に鑑みると、急速に老齢化する日本を筆頭に東アジアの
老齢化は世界の他地域に先行して進むことが予想され、まだまだ巨額の投資を必要とする
東アジアの経済成熟までに残された期間は 20 年程度であろうことがわかる。
貿易面における「アジア脅威論」に関して、本稿では顕示比較優位指数の推移を示し、
雁行形態をもって成長してきたアジアにおいて、引き続きわが国を含めた各国の住み分け
の必要性が提示された。技術の梯子のどの部分における生産の優位を保とうとするのか、
上の梯子へ登るスピードとダイナミズムを保った国のみが成長を続けることが出来ると考
94
えられる。この面で、企業改革の進んでいる韓国は一歩先んじており、製造業の海外移転
に併行して新規投資機会と牽引産業がなかなか見出せないわが国は遅れをとっている。
中国の議論参加でアジア域内で活発化している自由貿易地域、経済協力地域創設の動き
がまとめて示された。そこでは、除け者は負のインパクトを被るであろうことと共に、自
由貿易地域への参加が自動的に厚生水準向上に繋がらない場合もあることが示された。地
域協定への参加は企業改革や規制改革を含んだより進んだ国内改革や、WTO の枠組みを基
本としたより広範な自由化へのステップでなければならない。わが国にとってアジア自由
貿易地域への参加は総体としてプラスであるが、農業などの保護規制産業の改革を伴わね
ば国内において不公平感は募るであろう。質の高い地域協定参加戦略が望まれる。ここで
も、貿易・経常収支と厚生水準の変化の方向は一致しないことが示されたが、わが国が今
後地域経済協力協定に積極的に参加する際にはこの辺りの誤解がないようにしたい。
「 S −I ≡ X −M 」恒等式の両辺を繋ぐ議論でもあり、1980 年代半ば以降の東アジア
の成長のダイナミズムを支えてきた域内海外直接投資の効果再検証を行った。そこでは、
域内の直接投資の流れが貿易の流れを作ってきたことが示された。また、わが国を含めて
海外直接投資は世界レベルで見てポジティブ-サム・ゲームであることが示されたが、この
ゲームの便益享受者になるには、投資供与国であると同時に、対内投資の活性化が必要で
あることが示された。わが国の長期に渡る大きな負の直接投資ギャップは、本検証におい
ても、また先述したアジアでの住み分け継続のため技術の梯子を登り続けねばならないと
いう点においても、大いに憂慮すべき事態である。
言い古されたことではあるが、成長のダイナミズムは投資機会の維持創出によってもた
らされる。国内投資機会、対内投資機会しかりである。わが国は国際収支動向に一喜一憂
することなく、投資機会の創出に務め、対内投資環境の整備を進めることが肝要である。
安易に「東アジア脅威論」に組することなく、共存の道を探るにはそれしかない。
〔参考文献〕
伴金美、大坪滋 他(1998)『応用一般均衡モデルによる貿易・投資自由化と環境政策の評価』
経済企画庁経済研究所「経済分析」第 156 号、 東京:大蔵省印刷局。
経済産業省( 2002)『通商白書 2002:
Brockmeier, M.(1996)
東アジアの発展と日本の針路』、東京:ぎょうせい。
“A Graphical Exposition of the GTAP Model,” GTAP Technical
Paper, No. 8.
Global Trade Analysis Project Web Site: http://www.gtap.agecon.purdue.edu
Hertel, T.(1997) Global Trade Analysis: Modeling and Applications, Cambridge:
Cambridge University Press.
Otsubo, S.(1998) “APEC and Its Developing Members: An Applied General Equilibrium
Analysis of Regional Trading Arrangement,” Journal of International Development
Studies, Vol.7, No.1.
95
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96
4章
日米景気の非対称な動きに関する理論的分析*
小野
善康*1
4−1.はじめに
本論文は、動学的最適化行動を前提とする不況動学モデルを国際経済体系に応用し、資
本の完全自由化以降現在までの 20 年近くの間、ほとんどの時期で反対の動きを見せている
日米景気のメカニズムの説明を試みたものである。
日本は現在、深刻な不況に直面している。失業率は 5%をはるかに越えて 1953 年以来最
悪の数字となり、成長率もマイナスを続けている。対照的に米国では、最近でこそバブル
崩壊の様相を示し始めたものの、90 年代には好況を謳歌し、米国人が自らニュー・エコノミ
ーと誇らしげに称している。このような景気変動における国際的な非対称性については、
マンデル=フレミング・モデル(Dornbusch, 1980)や新古典派的な枠組みなどの従来の枠
組みでは、説明し切れない。例えば、マンデル=フレミング・モデルにおいては、ある一
国が好況になると輸入が増加し、貿易相手国の輸出増加が起こって雇用を拡大させるから、
国際的な経済波及効果はプラスであると考えられている。すなわち、景気は国際的に同調
するはずなのである。しかし、現実には、日本が深刻な不況にあった 90 年代には、米国は
好況を誇っていた。
このような日本と米国の経済活動における非対称性は、今回が例外であるというわけで
はない。1980 年代には米国経済は不況にあえいでいたが、日本では史上空前の好況を実現
し、あたかもそれはその先ずっと続くものであると信じられていた。その当時は、日本経
済における様々な側面、例えば、銀行制度や雇用制度、産業政策が、世界で最も優れたも
のとされていたのである(Vogel(1979), Ouchi(1981))。ところが今、それらすべてが世界
中で最も劣ったものと考えられている。
この 2 つの経験は、マンデル=フレミング・モデルから導かれるインプリケーションの
妥当性に疑問を投げかけるものである。すなわち、一国が好況であれば他国は不況に陥る
という傾向のほうが、より現実的なものであるように思われる。
マンデル=フレミング・モデルによるインプリケーションには、さらにもう 1 つの疑問
がある。マンデル=フレミング・モデルでは、例えば、日本における利子率が米国におけ
*1
*
大阪大学社会経済研究所
本論文は、Ono(2000)に加筆したものである。
97
る利子率よりも低い場合、つまり現在の状況のような場合、資金は日本から米国へと流れ、
円安ドル高となるはずである。しかし、実際には、逆の現象が起こっており、バブル最盛
期の 80 年代終わりには 1 ドル 160 円であったドル円レートが、平成不況に入った以降、一
時は 80 円にもなり、2003 年 5 月時点でも 117 円の円高になっているのである。
近年、多くの理論家が、マンデル=フレミング・モデルに対して、ミクロ経済の視点が
欠けているとの指摘をしており、新古典派的マクロ動学に基づく国際マクロ分析を行って
いる(Frenkel/Razin(1985), Devereux/Shi(1991), Turnovsky/Sen(1991), Ghosh(1992),
Ikeda/Ono(1992), Ono/Shibata(1992), Obstfeld/Rogoff(1996))。しかし、これらはすべて
完全雇用を前提とし、有効需要不足の可能性を排除していることから、不況のメカニズム
の分析もできないし、効果的な景気刺激策のためのヒントを与えることもできない。従っ
て、その論理的な問題点が指摘されていても、不況を扱う際には、政策当局者は未だにマ
ンデル=フレミング・モデルに頼らざるを得ないのである。
さらに、日本経済が不況に陥ってからの方が円高になっているという上記の事実は、「通
貨価値は経済力の反映」という一般通念が必ずしも正しくないことを示している。そのた
め、この現象を説明するために、何の保証もないにもかかわらず、近い将来日本の生産力
は向上するという人々の期待感が円高を推し進めていると主張されたり、理論的な証明を
諦めて、米国が自国の利益のためにドルを安く維持し続けようとしていると言われたりし
ている。しかし、変動為替相場制度のもとでは、長期にわたって人為的、政策的に為替レ
ートを操作することは不可能である。
このように、現実に起こっている為替レートや日米景気の動きは、既存の理論では十分
に説明できていない。従って、日本が不況なのになぜ円高が続くのか、日本と米国の景気
変動はなぜ反対なのか、日本や米国の景気刺激策は日米経済にどのように波及するのかと
いったことについての分析を行うためには、有効需要不足を取り扱うことのできる動学的
不況モデルを構築する必要がある。Ono(1994), (2001)では、閉鎖経済のもとで、長期的な
需要不足と失業を取り入れた動学的最適化行動を前提とする動学モデルを提示した。この
モデルを国際金融に関する議論に拡張することにより1、本稿では、上記に示されている最
近の日本と米国の経済情勢についての理論的説明を試みる。
4−2.不況定常状態と経常収支
いま、日本と米国で互いに異なった財(財 1、財 2)を生産し、両国民は両財を消費して
いるとしよう。また、各変数は*の付いたものによって米国の変数を、何も付いていないも
のによって日本の変数を表そう。
家計の動学的最適化行動から得られる定常状態での日米の実質消費 c および c*は、それ
1
このモデルに関する数学的な説明の詳細は、Ono(2003)を参照のこと。本稿では、動学的最適化モデルの
詳しい数学的な展開については省略し、その経済的意味に焦点を当てて議論する。
98
ぞれの国の雇用率 x あるいは x*の関数として表される2。ここで、実質消費とは、2 つの財
の合計消費の名目額を物価水準で割った値である。
c = c(x),
c* = c*(x*).
実質消費がこのように表される理由は、雇用率が高いほどインフレ率が高まり、その結果、
貨幣保有が不利になって消費支出が拡大するからである。また、日本の雇用率 x は、日本製
品の労働生産性(q1)、日本製品に対する米国製品の相対価格(w)、米国の実質消費(c*)、
日本の製品に対する 2 国の財政支出(g1+g1*)に依存して決定される。そのとき、次の性
質が成立する。
(1)労働生産性q1 が大きいほど、少ない労働力で一定の生産量が実現できる。そのため、
同じ需要量のもとでは、q1 が大きいほど雇用率 x は小さくなる。
(2)日本製品に対する米国製品の相対価格wが高まれば、日本製品の需要が増加するため、
x は増加する。
(3)米国の消費 c*、あるいは日本製品への両国の財政支出 g1+g1*が大きいほど、日本製
品の需要が大きくなることから、雇用率 x が上昇する。
以上と同様の性質は、米国の雇用率 x*においても成立する。そのため、各国の雇用率は
次のように表される。
c = c (x),
x = x (c *, w, g1+g1*, q1),
(4.1)
c * = c *(x*),
x* = x*(c, w, g2+g2*, q2),
また、これらの関数は次の性質を満たす。
c *↑,
w↑,
g1+g1*↑,
q1↓
⇒
x↑,
c↑
(4.2)
c↑,
w↓,
g2+g2*↑, q2↓
⇒
x*↑,
c *↑
2 財についての CES 型あるいは対数線型の消費の効用関数と、貨幣の効用関数の和からなる家計の効用
関数を前提に、動学的最適化条件を求めると、①貨幣の限界効用が正の下限bを持つという条件と、②賃金
率の調整は労働市場の超過需要に依存してスラギッシュであるという条件のもとで、定常状態では消費と
雇用率には次のような一意的な関係があることが示される。
bc = r + a(x - 1)
ここで、r は主観的割引率、 aは賃金の調整速度である。なお、これについて詳しくは、小野(1999、第 9
章)あるいは Ono(2003)を参照のこと。
2
99
いま、w、gi、gi*、qi(i = 1, 2)が一定であるとすると、各国の実質消費は相手国の実質
消費の関数として、それぞれ図4−1の C 曲線と C*曲線のように与えられる。また、その
ときの各国の実質消費は、この 2 つの曲線の交点(c0, c0*)によって与えられる。
図4−1.両国の実質消費の相互関係
日本の実質消費 c
C*¢
C*
C¢
C
C²
c0
O
c0 *
米国の実質消費 c*
図4−1からわかるように、両国財の相対価格wを一定と考えれば、マンデル=フレミン
グ・モデルから得られるものと非常に類似した様々な性質が導き出される。例えば、米国
において外生的な消費増大が起こり、C*曲線が右方向にシフトして C*¢曲線になれば、2 つ
の曲線の交点は右上方向に移動するため、米国だけでなく日本においても雇用と消費が増
大する。その理由は、米国の輸入が増えて日本の雇用が増加し、そのことがデフレ圧力を
緩和して日本の消費を刺激するからである。
また、日本製品に対して日米いずれかが財政支出を増加させることにより、g1+g1*が増
加する場合も、同様の結論が得られる。このときには、(4.2)式に表される性質から、図4
−1において C 曲線は C¢曲線まで上方向にシフトするため、両国の消費が増大する。この
ことは、日米いずれの国の日本製品への財政支出でも日本の雇用と消費を増加させるとと
もに、米国からの輸入も増大させるため、米国の雇用と消費をも増加させることを意味し
100
ている。これと同様に、いずれかの国の米国製品への財政支出は、図4−1において C*曲
線を右方向にシフトさせて C *¢曲線にさせるために、両国の雇用と消費が拡大する。
こうした結果は、マンデル=フレミング・モデルによって示される性質と同様である。
すなわち、需要サイドの外生的パラメーターのシフトは、1 国の有効需要を増大させると同
時に輸入を拡大させるために、外国の経済活動を刺激する、というものである。
これらの性質は、相対価格wが一定であるという仮定のもとで導き出されている。しかし、
実際には為替レートの調整を通してwが変化し、それを通して両国の消費に影響を与える。
例えば、米国において消費支出が外生的に拡大し、C*曲線が右方向にシフトするとき、も
し円高が起こってwが結果的に下落すれば、(4.2)式に表される性質から、図4−1において
の C 曲線は下方にシフトするとともに、C*曲線はさらに右方向にシフトする。その結果、
C 曲線が C²曲線に、C*曲線が C*¢曲線になったとすれば、交点の c は低下し、c*は増加する。
すなわち、米国の消費は増加するが、日本の消費は減少して、日本の景気は悪化してしま
う。このことは、景気の動きが日米間で逆方向になることを意味している。
このように、需要の自律的変動や需要刺激政策による効果の全貌を把握するには、wの変
化による影響も考慮に入れる必要があり、それは、マンデル=フレミング的な結果を大き
く変える可能性を持っているのである。これが正しければ、米国の好景気は日本の景気を
悪化させていることになる。以下では、このことが理論的に導き出されることを示そう。
いま、簡単化のために、両国の時間選好率が等しくrであるとすれば、定常状態における
実質利子率はrとなる。そのため、各国の経常収支 BP および BP*は、以下のように表される。
日本:
BP (= b& ) = rb + p1(w)q1x - c(x) - [p1(w)g1 + p2(w)g2]
(4.3)
米国:
BP* (= b& * ) = rb* + p2(w)q2x* - c*(x*) - [p1(w)g1* + p2(w)g2*]
ここで、pi(w)(i = 1, 2)は各国製品の実質価格を、b 及び b*は各国の対外純資産を、ドッ
トはその時間微分を表している。さらに、市場の需給均衡条件から、2 国モデルにおいては
両国の経常収支の合計はゼロであることが示される。
(4.4)
BP + BP* = 0
(4.3)式に示される経常収支は、総所得(日本の場合にはrb + p1(w)q1x)から総支出(日本
の場合には c(x) + [p1(w)g1 + p2(w)g2])を引いたものである。また(4.1)式から、図4−1の 2
つの曲線の交点における c 及び c*は、w、g1+g1*、g2+g2*、q1、q2 の関数として与えられ
るため、そのときの雇用率 x 及び x*もこれらの変数に依存して決定される。すなわち、次
の式が成立する。
101
c = f (w; g1+g1*, g2+g2*, q1, q2) = c(x)
(4.5)
c* = f *(w; g1+g1*, g2+g2*, q1, q2) = c*(x*)
従って、(4.3)式の BP および BP*は、いずれも、政策パラメーターと生産性パラメーターを
除けばwだけの関数となる。
BP = BP(w; g1, g1*, g2, g2*, q1, q2)
BP* = BP*(w; g1, g1*, g2, g2*, q1, q2)
ここで、これらの経常収支はいずれも Marshall-Lerner 条件が成立し、BP はwの増加関数、
BP*は減少関数であると仮定しよう3。
Marshall-Lerner条件:
¶BP(w; g1, g1*, g2, g2*, q1, q2)/¶w > 0
(4.6)
¶BP*(w; g1, g1*, g2, g2*, q1, q2)/¶w < 0
図4−2は、wの関数としての BP を示している。BP が正であるときには円高となってw
が下落し、BP が負であれば円安となってwは上昇する。こうして、結局wは BP がゼロとなる
ように調整される4。この値は図4−2において、w0 で示されている。wがw0 に決まると、
2 つの財の代替性が十分に大きければ、Marshall-Lerner 条件が成立することを示すことができる。さら
に、(4.4)式から、(4.6)式の 2 つの条件の一方が成立すればもう一方は必ず成立する。なお、Marshall-Lerner
条件が成立しない場合については、小野(1999、第 9、10 章)を参照。
4 あるwにおいて BP が負であれば、微分方程式としての(4.3)式に示される b は低下し続けるために、日本
の負債は無限に蓄積される。逆に BP が正であれば BP*は必ず負であるから、(4.3)式に示される b*は低下し
続けて、アメリカの負債が無限に蓄積される。こうして、負債を返しきれなくなるため、このようなwは決
定されない。そのため、本文で述べたように、wは BP をゼロに調整することになる。この条件は横断性条
件、あるいは no-Ponzi ゲーム条件と呼ばれている。ただし、BP をゼロに調整するという性質は 2 国の家
計が同じ主観的割引率を持つときにのみ成立する。もし主観的割引率が両国で異なるならば、BP はゼロに
なるように調整されないが、主観的割引率の違いに対応した最適対外資産経路にもどるようにwが調整され
る。すなわち、BP がその水準よりも大きければwはもっと高い値をとって BP を引き下げ、逆の場合には逆
の調整が行われるのである。従って、wの変化の方向は 2 国の主観的割引率が同じである場合と同様である。
このことは、両国の主観的割引率が異なっている場合にも、以下の議論と本質的に同じ議論が成立するこ
とを意味している。
3
102
図4−1における C 曲線と C*曲線の位置が確定するため、両曲線の交点も決定されて、日
米両国の実質消費 c と c*が決まる。こうして、すべての変数が決定される。
図4−2:相対価格と経常収支
日本の経常収支 BP
c(x)¯, q1­
BP
g1­, g2­
w1
w0
w2
O
米国製品の相対価格 w
4−3.景気の国際波及
以上に示したモデルを使って、日本の消費が外生的に低下したときの経常収支、為替レ
ート及び米国経済に与える影響を考えてみよう。なお、簡単化のために、本節では、両国
の財政支出については考えないことにする。
いま、日本の実質消費を表す関数 c(x) が、外生的に低下したとしよう。このことは、図
4−3において C 曲線の C¢曲線への下方シフトとして表されている。そのとき、wが一定
であれば C *曲線はシフトせず、交点はAからBへと移動するから、c と c*は両方とも減少
する。しかし、c(x)の下方シフトは日本の経常収支 BP を改善するから、それをもとにもどす
ようにwが調整される。図4−2では、この動きは BP 曲線が上昇することで示されている。
その結果、経常収支をもとにもどすようにwはw0 からw1 へと下がる。すなわち、日本の消
費が下落すれば、輸入低下圧力によって日本の経常収支の黒字傾向が強まり、それが円高
を招いて米国製品の相対価格wが低下するのである。
wの低下は米国製品の実質価格である p2(w)を低下させ、(4.3)式において与えられている
103
米国の経常収支 BP*を x*が変化しない場合には縮小させる。しかし、wが低下することによ
って BP がゼロにもどっているため、(4.4)式から BP*もゼロになっているはずである。すな
わち、BP*を上昇させてもとの値にもどすように、x*は増加しているはずなのである。こう
して、日本の国内需要減退による経常収支の改善(=米国の経常収支の悪化)が米国製品
の相対価格の下落をもたらし、米国製品への需要が増えて、雇用が拡大する。
図4−3はこれらの効果を示している。日本における実質消費の外生的低下が C 曲線を
C¢曲線の位置にまで移動させるとともに、それと付随して起こるwの低下が、C 曲線をさら
に C¢曲線から C²曲線へと移動させる。wの低下は、同時に米国製品への需要を刺激して雇
用を増やし、それが米国の消費を拡大して C*曲線を C*¢曲線へとシフトさせる。こうして、
両曲線の交点はAからDに移動するため、日本の消費 c が co から c1 へと低下するとともに、
米国の消費 c*は co*から c1*へと拡大するのである。
図4−3.景気の国際波及
c
C*
C*¢
C
C¢
A
c0
C²
c1
w¯
B
D
O
c*
c0*
c1*
日本が不況なのに米国が好況なのは、日本の生産性が落ちたのに対して、米国は「IT 革
命(情報技術革新)」などの技術進歩によって生産性を拡大し、国際競争に勝ったからだと、
広く信じられている。さらに、米国の好況が日本の不況をこれ以上悪化させないように下
支えしている、とも言われている。しかし、こうした考え方が正しく、日本の生産力が米
国の生産力に比べて低下しているにもかかわらず、なぜ円高傾向にあるのかについての説
104
明がない。
本論文のこれまでの分析から、円高も含めたこれらの現象が整合的に説明される。日本
の消費の減退が、輸入減少による経常収支黒字幅の拡大圧力を生んで、円高を引き起こし、
日本製品の米国製品に対する競争力を減退させる。その結果、日本における雇用は減少し、
日本の消費を抑制する一方で、米国では雇用が増大し、消費が拡大するのである。すなわ
ち、1990 年代の日本の不況、米国の好況、そして円高傾向は、供給側の要因ではなく、日
本のバブル後の消費低迷に起因するものであると説明される。潜在生産能力に関係なく、
需要不足による為替レート調整によって国際競争力が低下するのである。
このことは、最近の中国製品の市場拡大についても示唆を与える。実際、日本円に比べ
た人民元の交換レートは、80 年代末期に比べて 3 分の 1 にもなっている。これでは、日本
企業が生産効率を 3 倍にしなければ、中国製品に対抗できないのである。
最後に、為替レートの変化について考えてみよう。日本は不況であり、米国は好況であ
ることから、日本の名目利子率 R と物価上昇率pは、ともに米国の名目利子率 R*と物価上
昇率p*よりも低い。物価上昇率の違いだけに注目すれば、為替レートが変化しないかぎり、
日本製品は徐々に安くなって、米国製品に対する競争力を回復するはずである。しかし、
為替レートは一定ではなく、国際的な利子率の裁定により
e& / e = R - R* (< 0)
(4.7)
が常に成立している。ここで、eは 1 ドル当たりの円の水準(円の対ドルレート)を、また e& / e
はその変化率を表している。従って、eは低下し続け、円高傾向が続く。それによってデフ
レによる日本製品の円表示価格の低落は相殺され、日本製品の国際価格(ドル表示価格)
を高止まりさせてしまう。その結果、日本製品に対する米国製品の競争力は維持され、日
本と米国の経済活動の差が継続することになる。
4−4.経済政策の国際的波及効果
日本が不景気に陥って以来、生産性の向上や財政支出などの様々な政策が実行された。本
節では、こうした政策が日本と米国の経済にどのような影響をもたらしたのかについて、
前節までに提示した理論に基づきながら説明しよう。
4−4−1.生産性の上昇
不況対策として、多くの人々が「日本の生産性を上昇させるためには供給側を再構築す
ることにより、国際競争力を改善するべきである」と強く主張している。実際に、このス
ローガンの下で、日本企業はリストラを敢行して雇用者数を削減しており、日本の失業率
は悪化している。しかし、ここに提示した理論を使えば、日本の労働生産性q1 が増大する
105
と、自国の雇用と消費が減少するとともに、円高が進んで、国際競争力はさらに低下する
ことが示される。すなわち、需要不足による不況においては、生産性の改善によって景気
が回復するどころか、さらに悪化するのである。
q1 の上昇が起こると、日本製品を安く生産することができる。そのため、経常収支黒字
が拡大し、それが円高を引き起こす。円高は、日本製品に対する米国製品の相対価格(w)
を引き下げるから、日本製品の国際競争力を低下させる5。つまり、生産性の上昇が為替の
高騰を引き起こし、結果的に自国製品における国際競争力に打撃を与え、国内の雇用を減
少させるのである。
以上の性質を、本論文のモデルを使って論理的に解説しよう。いま、労働生産性上昇後
においても、日本企業が同じ量を生産したとしよう。そのとき、雇用は必ず減少するから、
デフレを悪化させて、人々の消費意欲を以前よりも減退させる。それによって輸入も縮小
するため、経常収支黒字が拡大する。それをもとにもどそうとする為替レートの調整が行
われ、その結果、日本製品の相対価格がもとと同じになったとしても、経常収支の黒字幅
は以前よりも大きいはずである。その理由は、同じ相対価格までもどることによって、所
得ももとにもどれば需要量は同じであるから、経常収支ももとにもどるはずである。しか
し、生産性の上昇によって雇用量が以前よりも低いから、デフレ圧力がもとの状態よりも
高い。そのため、需要は小さく、輸入も小さくなって、経常収支調整は不十分であるから、
円高は、生産性の向上によって下落した日本製品の価格を相殺するほどの水準よりも、さ
らに進むことになる。
以上に述べたことを数学的に示してみよう。もし日本の雇用率 x と消費 c(x)が今までと同
じ水準を維持するならば、q1 の上昇は(4.3)式に与えられている BP を増加させる。増加した
BP を以前の水準に引き下げるためには、(4.6)式に示される Marshall-Lerner 条件から、w
が従来の水準よりも低く(すなわち、p1(w)は高く)なければならない。すなわち、図4−
2において、
q1 の上昇により BP が上方向にシフトすれば、wがwo からw1 に下がるのである。
その結果、p1(w)q1 が増大するから、x が同じであれば、
BP = rb + p1(w)q1x - c (x)
は以前より大きい(ここでは、g1 と g2 については簡略化のため無視する)。しかし、このと
きには、BP は以前の水準にもどっているはずだから、x は以前より小さくなければならな
い6。このことは、日本において雇用と消費の両方が減少していることを意味している。さ
らに、このとき p2(w)は低下しているため、上記と同様の論理によって、米国の雇用と消費
は増加することが示される。
こうした現象は Dutch Disease(オランダ病)と呼ばれる現象と本質的に同じである。
通常、自国の所得増加は消費と貯蓄をともに上昇させる。従って、x が上昇した場合、c(x)と p1(w)q1x - c(x)
はともに増大する。逆に、x が減少した場合には、それらはともに減少する。
5
6
106
マンデル=フレミング・モデルにおいては、生産性は何の役割をもたないことから、上
記のような生産性の変化による効果を分析することはできない。また、伝統的な新古典派
の枠組みでは完全雇用を前提としているため、そもそも需要不足の状況は取り扱うことが
できない。そのため、日本製品の生産性の向上はそのまま実際の生産量増加につながり、
日本製品を米国製品と比較して安くする(米国にとっての交易条件の改善)。こうして、日
本の生産量の増加だけでなく、米国の交易条件の改善を通して米国の所得も引き上げる、
という結論が導かれる。すなわちこれは、貿易理論において標準的な貿易利益の議論であ
る。
これに対して本論文で提示したモデルにおいては、需要不足の状況が動学的最適化の枠
組みのもとで分析されている。その枠組みのもとでは、生産性の上昇は雇用と消費を減少
させ、価格の下落を相殺する以上の水準の円高を引き起こすことになり、日本の実際の生
産量を減少させることを示した。また、こうした円高の結果、米国製品の相対価格は低下
し、国際競争力が改善することによって、米国の雇用と消費が上昇することになる。この
ような見解のほうがはるかに、昨今の日本と米国の状況に合致していると言えよう。
4−4−2.財政支出
次に、財政支出の効果を考えてみよう。日本による自国製品に対する財政支出 g1 の増加
は、日本の雇用を増大させ、消費を刺激する。その結果、日本の輸入は増大し、経常収支
は悪化する。これが円安をもたらし、日本製品の競争力は回復する一方で米国の製品の競
争力は低下するから、日本の雇用はさらに拡大し、米国では雇用が減少する。
米国製品に対する日本の財政支出 g2 を増大させることによる効果も、同様に分析できる。
すなわち、この政策は米国製品の輸入増加を通して、直接的に日本の経常収支を悪化させ
るから、円安が起こって日本製品の需要が拡大し、日本の雇用は増えて米国の雇用は減少
する。このように、日本の財政支出が米国製品に向けられても円安が起こり、日本製品の
国際価格が下がって結局は日本製品の国際競争力が上がり、日本の雇用を増やして米国の
雇用を減らすのである。これは、日本の財政支出がどちらの国の製品に対するものであっ
ても、結果的にそれは日本の経常収支黒字を低下させるからである。
このことを(4.3)式を使って確かめてみよう。(4.3)式に与えられる BP から、g1 や g2 が増加
すると、同じwのもとで BP は減少する。そのため、BP をもとの水準にもどすようにwが上昇
する(円安ドル高)。このことは、図4−2においてwがw0 からw2 に移動することとして表
されている。その結果、前項に示した生産性上昇の効果を分析したさいと同じロジックに
より、日本の雇用 x は拡大し、米国の雇用 x*は減少することが示される。
107
4−5.結論
不況動学の枠組みの下で、景気の国際波及に関して、次のような結論が導かれた7。まず、
自発的な人々の消費意欲の減退は輸入を減少させるから、日本の経常収支黒字幅を増やす。
そのため、為替レートが円高に調整されて、経常収支をもとの水準にもどそうという力が
働く。そのことが、日本製品の国際競争力を引き下げ、日本の雇用をさらに減少させてデ
フレギャップを拡大し、消費はさらに減少する。
一方、日本の経常収支黒字圧力によって発生する円高ドル安によって、米国製品の国際
競争力は高まるから、米国内での雇用は改善し、景気が高揚する。このように、日本の不
況と米国の好況、それに付随する円高ドル安が整合的に説明される。このことは、バブル
崩壊以降の日本の不況と米国の好況、および円高傾向が、不況動学の枠組みのもとで、日
本の需要減退が原因であるとして説明されることを表している。
以上のことは、日本における財政支出などの政策や、消費の効用の変化による自律的な
消費支出の増加によって、外生的に需要増加が起これば、日本の経常収支悪化圧力によっ
て円安が起こり、日本製品への需要が増大して、雇用が拡大することを示している。また、
逆にリストラに励んで失業を増やし、企業の生産性を引き上げれば、輸出の増加と輸入の
減少によって経常収支黒字が拡大し、円高ドル安を招いて、かえって国際競争力を失い、
景気が悪化してしまうことも意味している。
その意味で、現在の構造改革路線は、日本企業の国際競争力を高めるという本来の思惑
とは逆に、日本の円高とそれによる日本企業の国際競争力低下をもたらしているのかもし
れない。
〔参考文献〕
小野善康(1999),『国際マクロ経済学』岩波書店。
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Journal of International Economics, Vol.33, August, pp.105-125.
7
これらの経済的インプリケーションについて、さらに詳しくは小野(2000)を参照。
108
Ikeda,
Shinsuke
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Vogel, Ezra F.(1979), Japan as Number One – Lessons for America, Harvard University
Press: Cambridge MA.
109
110
5章
アメリカの経常収支赤字の是正策
岩田
一政*1・服部
哲也*2
5−1.はじめに
2002 年において、米国の経常収支赤字は 5,034 億ドルに増加し、これは対 GDP 比で見
て、4.8%を越える水準にも達しており、その後もその規模を拡大しつつある。1980 年代半
ばには、米国の経常収支赤字の拡大により、ドルの下落が生じるのではないかということ
が盛んに議論されていた(Krugman(1985)、Krugman and Baldwin(1987))が、1980 年
代半ばにおける米国の経常収支赤字は対 GDP 比 3%台前半であり、現在の米国の経常収支
の赤字幅は当時のものよりさらに大きく、過去最大の規模に達している。
図5−1.米国の経常収支(対 GDP 比)
(%)
2
1
0
-1
-2
-3
-4
財・サービス収支
所得収支
移転収支
2001
2000
1999
1998
1997
1996
1995
1994
1993
1992
1991
1990
1989
1988
1987
1986
1985
1984
1983
1982
1981
1980
-5
経常収支
(出所)Bureau of Economic Analysis, U.S. Department of Commerce.
また、米国の経常収支赤字の拡大とともに問題とされているのが米国の財政赤字である。
2002 年において、米国の財政赤字は 2,514 億ドルに増加し、対 GDP 比 2.4%に達している。
しかし、これを 1980 年代半ばの米国の財政赤字と比較すると、当時の財政赤字は対 GDP
*1
*2
東京大学大学院総合文化研究科
東京大学大学院総合文化研究科博士課程
111
比で 5%近くにまで達しており、現在の米国の財政赤字の規模は対 GDP 比で見て、当時の
半分程度である。また、長期金利の動向を見ると、2002 年に財政収支が赤字に転じたにも
かかわらず、現在のところ、それは全く反応していない。
図5−2.米国の財政収支(対 GDP 比)
2000
2001
2002
2001
2002
1999
2000
1998
1997
1996
1995
1994
1993
1992
1991
1990
1989
1988
1987
1986
1985
1984
1983
1982
1981
1980
(%)
3
2
1
0
-1
-2
-3
-4
-5
-6
(出所)Bureau of Economic Analysis, U.S. Department of Commerce.
図5−3.米国の主要市場金利
(%)
Federal funds rate
1999
1998
1997
1996
1995
1994
1993
1992
1991
1990
1989
1988
1987
1986
1985
1984
1983
1982
1981
1980
18
16
14
12
10
8
6
4
2
0
国債(残存期間30年)
(出所)Federal Reserve Board.
しかしながら、今後、ブッシュ政権の減税政策やイラク戦争の戦費の支出などにより、
財政赤字がさらに拡大して、1980 年代半ばのように、財政赤字の拡大が長期金利の上昇を
招き、それが資金調達コストを上昇させ、民間の投資を減退させ、景気後退を招くのでは
112
ないかということについての疑念が高まっている。つまり、1980 年代には、米国の経常収
支赤字及び財政収支赤字は「双子の赤字」として、米国経済の低迷、ドルの下落を招くこ
ととなったが、現在の米国の経常収支赤字及び財政収支赤字の拡大に直面し、その当時と
同様のことが起こるのではないかということに対する懸念が広がっている。
1980 年以降、米国の貿易・サービス収支は一貫して赤字であるが、1980 年代初めには、
対外金融債権からの利子や配当等の受取などからなる所得収支が貿易・サービス収支の赤
字を相殺し、経常収支は若干の黒字であった。しかし、貿易・サービス収支の赤字の拡大
に伴い、それに沿う形で、米国の経常収支赤字が拡大し、さらには、経常収支の赤字の持
続は、対外債務を累積させることとなり、所得収支の黒字幅も減少傾向にある1。つまり、
米国の経常収支赤字の構造を見ると、その大部分を貿易・サービス収支の赤字が占めてい
ることがわかる。
米国の貿易・サービス収支が恒常的に赤字である理由の一つとして、輸入の所得弾力性
が輸出の所得弾力性よりも高いということが挙げられる。例えば、Hooper, Johnson, and
Marquez(2000)は、米国の長期の輸出の所得弾力性が 0.80 であるのに対して、米国の長期
の輸入の所得弾力性が 1.80 であり、輸出と輸入の所得弾力性の非対称性が長期に渡り存在
するという結果を得ている。この輸出と輸入の所得弾力性の格差ゆえに、仮に、米国の成
長率と外国の成長率が同じであったとしても、必ず、米国の貿易収支は赤字になることに
なる。この所得弾力性との関係で、米国の貿易・サービス収支の推移を考えたときに、外
国の成長率よりも米国の成長率が高いと、経常収支赤字は拡大し、外国の成長率よりも米
国の成長率が低いと、経常収支赤字は縮小することになる。例えば、1991−2001 年の貿易
相手国の国内需要の伸び率は 3.0%であって、米国の 3.7%を下回っており、その期間の米
国の貿易・サービス収支の赤字は拡大基調であった。また、1991 年に経常収支赤字が急激
に縮小したが、これは湾岸戦争の影響で米国の成長率が落ち込んだためであると考えられ
る。ただし、貿易・サービス収支に関して、それを財とサービスに分けて見たときに、財
については、米国の輸入の所得弾力性が輸出の所得弾力性よりも高いが、サービスについ
ては、このような非対称性が見られないか、あるいは、逆に、輸出の所得弾力性が輸入の
所得弾力性よりも、わずかに高くなっている。例えば、Wren-Lewis and Driver(1998)によ
ると、米国の財の輸出の所得弾力性が 1.21 であるのに対して、輸入の所得弾力性は 2.36 で
あり、そこには大きな格差が存在するが、米国のサービス輸出の所得弾力性が 1.95 である
のに対して、サービス輸入の所得弾力性は 1.71 であり、逆に、サービスに関しては、輸出
の所得弾力性が輸入の所得弾力性よりも高い。米国の貿易・サービス収支の推移を貿易収
支とサービス収支に分けて見たときに、1980 年以降、貿易収支は継続的に赤字である一方
1
ただ、米国の対外純債務が GDP 比 20%を越える程度にまで達しているにもかかわらず、所得収支がマ
イナスにならず、若干のプラスであるということはある意味で一つのパズルであると言える。その理由と
しては、①米国に投資する企業は本国に送金せず、米国に再投資を行うからである、②所得収支の中で、
ライセンスなどの比率が高く、対外債務の増加に直接関係なく所得を得られるからである、ということが
考えられる。
113
で、逆に、サービス収支は、一貫して黒字であり、財に関する輸出入の所得弾力性の相違
とサービスに関する輸出入の所得弾力性の相違がその要因の一つであると考えられる(図
5−4参照)
。また、現在の米国の貿易収支赤字の要因の一つとして、実質為替レートの変
動が挙げられる(図5−5参照)。1995 年以降、米国の生産性が他国よりも高かったために、
実質ドル・レートは増価傾向にあり、その結果、米国の輸出財価格は相対的に割高になる
一方で、輸入財価格は相対的に割安になり、そのことも米国の貿易収支赤字が拡大した要
因の一つであると考えられる。
図5−4.米国の貿易収支とサービス収支
(単位:百万ドル)
200000
100000
0
-100000
-200000
-300000
-400000
-500000
サービス収支
(出所)Bureau of Economic Analysis, U.S. Department of Commerce.
図5−5.実質為替レート(米国ドル)
130
125
120
115
110
105
100
95
90
85
(出所)Federal Reserve Board.
114
2002
2001
1998
1997
1996
1995
1994
1993
1992
1991
1990
1989
1988
1987
1986
1985
1984
1983
1982
1981
1980
80
2002
2001
1999
2000
1998
2000
1997
1996
1995
1994
1993
1999
貿易収支
1992
1991
1990
1989
1988
1987
1986
1985
1984
1983
1982
1981
1980
-600000
本論では、まず、中長期の米国の経常収支は基本的に米国国内の貯蓄・投資バランスで
決定されると考え、貯蓄・投資バランスからその動向を検討する。次に、米国の経常収支
赤字をファイナンスする資本収支構造がどのように変化しているのかを見た後で、日米の
経常収支に焦点を当て、新古典派成長論に基づいて、それがどのように決定されるのか、
今後どうなるのかを分析する。その上で、米国の経常収支赤字を維持可能にするための政
策対応について検討し、現在の米国の経常収支赤字の水準を維持することが可能なのかと
いうことについて論じることにしたい。
5−2.貯蓄・投資バランス論から見た米国の経常収支赤字の動向
一般に、経常収支の不均衡が持続しても、内外資産間の代替性が高ければ、投資家はそ
の資産保有構成を変えようとするインセンティブが弱いために、急激に為替レートは変動
せず、為替レートの変動が経常収支の不均衡を調整するメカニズムが働きにくい。そのた
めに、国内の貯蓄・投資バランスにより生じる経常収支の不均衡がそのまま持続すること
になる。つまり、内外資産の代替性が高い国の経常収支の不均衡は、基本的に国内の貯蓄・
投資バランスで考えることができる。米国は、非常に整備され、自由化された資本市場を
持つので、内外資産間の代替性は非常に高いと考えられ、ゆえに、その経常収支は貯蓄・
投資バランスで決定される。
国民経済計算において、以下の貯蓄・投資バランス式が成り立つ。
( S - I ) + (G - T ) = X - M
(5.1)
これは恒等式であり、事後的には必ず成立する。よって、国内の総投資が総貯蓄を上回
るときに、それは必ず経常収支赤字となり、国内の総投資が拡大し、総貯蓄を大きく上回
るようになれば、それだけ経常収支赤字が拡大することになる。米国の貯蓄・投資バラン
スを見ると、国内の総投資が国内の総貯蓄を絶えず上回っており、それが米国の経常収支
赤字となって現れていることがわかる(図5−6参照)。
米国は、国内の総投資が総貯蓄を上回っているために、その経常収支は赤字基調であり、
特に、1980 年代半ばと同様に、1990 年代後半以降、経常収支赤字の規模が拡大している。
しかし、1980 年代半ばの経常収支赤字の拡大と 1990 年代後半の経常収支赤字の拡大では
その要因が異なっている。
(5.1)式は、
S + ( M - X ) = I + (G - T )
(5.2)
とおける。つまり、事後的には、国内の総貯蓄と経常収支赤字に対応する対外借り入れに
よって、国内総投資と財政赤字がまかなわれることになる。
115
図5−6.米国の貯蓄・投資バランス(対 GDP 比)
25
(%)
20
15
10
5
0
-5
国内総貯蓄
民間投資
国内総投資
政府投資
民間貯蓄
対外純投資
2002
2001
2000
1999
1998
1997
1996
1995
1994
1993
1992
1991
1990
1989
1988
1987
1986
1985
1984
1983
1982
1981
1980
-10
政府貯蓄
(出所)Bureau of Economic Analysis, U.S. Department of Commerce.
1980 年代において、米国では個人所得税や法人税の減税などにより、財政赤字が対 GDP
比 5%近くまで拡大した。さらに、サプライサイド強化のための減税政策により、80 年代
の米国は高い GDP 成長率を達成する一方で、通貨供給量を重視して金融政策は引き締めら
れたので、それは利子率の上昇を招くこととなった。米国の高い利子率は他国からの資本
流入を生じさせ、それがドル高を招き、ドルの増価に伴う米国の輸出財価格の相対的な上
昇、輸入財価格の相対的な下落を通じて、米国の経常収支赤字が拡大した。そして、こう
して生じた米国の財政赤字と経常収支赤字が「双子の赤字」として問題とされるようにな
った。利子率の上昇は、資金調達コストを高め、投資を減退させることとなり、それが最
終的に米国の景気後退をもたらすこととなった。このように、80 年代半ばの米国の経常収
支赤字の拡大は、主に財政赤字の拡大の結果として生じたものであった。
その後、
「双子の赤字」の解消を目指し、1990 年の包括財政調整法が制定され、国防費や
農業補助金等の削減、裁量的経費への CAP の設定などにより、財政支出が抑制されるよう
になると、それは利子率を低下させることとなり、それがドル建て資産への需要を減退さ
せ、ドル安を招き、米国の成長率の低下とドルの減価を通じて、80 年代半ば以降に拡大し
た米国の経常収支赤字が調整されることになった。
しかし、1990 年代後半になると、IT 化やグローバル化に伴う米国の生産性の上昇が投資
収益率を高め、IT 関連産業を中心にして、米国の民間投資を活発化させ、米国の資産価格
を上昇させた。米国の資産価格の上昇は、資産効果を通じて米国の貯蓄率を一層低下させ
116
るとともに、米国の利子率が低いにもかかわらず、他国から米国の資産市場へと流入する
資本が拡大し、それがさらに民間投資を活発化させ、高い成長率を支えることとなった。
つまり、90 年代後半には米国の財政収支が黒字化していたにもかかわらず、米国の経常収
支赤字は拡大しているが、これは 80 年代半ばの経常収支赤字の拡大とは異なり、生産性上
昇に伴う民間投資の活発化によってもたらされたものである。
2001 年以降、米国の景気後退によって、民間投資が落ち込んでいるにもかかわらず、経
常収支赤字が拡大している。しかし、先進国では、民間投資と経常収支は逆相関の関係に
あることが知られており、各国の全要素生産性が上昇すると、民間投資が増加し、経常収
支赤字が拡大するという関係が安定的に見られる。2001 年以降の米国の経常収支赤字の拡
大は、それらの安定的に見られる事実とは異なるものであり、何らかの付加的な説明を必
要とするであろう。
5−3.米国の資本収支構造の変化
1980 年以降、米国では趨勢的に貯蓄不足であり、米国は他国からの対外借り入れによっ
て、その経常収支赤字をまかなってきた。そこで、長期国債や社債、株式などの証券への
米国の内外投資の差額である純資本流入を見ると、1994 年くらいまではほとんどゼロであ
ったが、その後、徐々に増加している。つまり、1994 年までは、米国へのポートフォリオ
投資はほぼバランスしていたが、1995 年以降の IT 化などによる米国の生産性の上昇、景
気拡大、ドル建て資産価格の上昇により、他国から米国への投資が拡大し、それが米国の
経常収支赤字をファイナンスしてきたと言える。
そこで、次に、他国が所有する米国資産の純増の内訳を見ると、90 年代後半に、他国が
米国において直接投資を活発に行うようになったことがわかる(図5−7参照)。これは、
一つには、前述したように、IT 化により、米国の生産性が高まったことによるものである。
また、欧州企業が米国への進出を積極化したことも大きく作用している。1993 年の欧州単
一市場の形成に際して、それが閉じた市場になるのではないかということが懸念されてい
たが、実際には、逆に、欧州企業は欧州単一市場が形成されると欧州内部だけで企業展開
していては生きていけないとして、グローバルに企業展開するようになった。欧州企業の
企業戦略が国際化へシフトしたことによって、欧州から米国への直接投資が急激に増加し
た。
しかしながら、米国への直接投資は、2000 年の 3,077 億ドルをピークとして、米国での
IT バブルの崩壊に伴い、それ以降、減少傾向にある。その一方で、この直接投資の減少を
補う形で、米国政府証券などへの証券投資が増加してきており、全体として、海外から米
国への純資本流入がそれほど減少していないのはそのためである。つまり、2000 年以降の
米国の資本収支の構造を見ると、米国への純資本流入が直接投資を主とするものから証券
投資を主とするものへと変化している。さらに、米国への証券投資を公的部門と民間部門
117
に分けて見てみると、民間部門は 2002 年第 1 四半期から第 3 四半期にかけて年率換算する
と 5,360 億ドル購入しているが、これを 2000 年と比較すると、4,310 億ドルも減少してい
ることになる。特に、欧州からの証券投資は、2002 年の第 2 四半期に 93 億ドルだったも
のが、第 3 四半期には 18 億ドルに急激に減少し、大きく落ち込んでいる。そして、この民
間部門の証券投資の減少を補っているのが、外貨準備の増加である。2002 年第 3 四半期に
は、全世界の外貨準備残高 2.3 兆ドルに占めるドルのシェアは 73%にも達し、そのうち、
日本が 4,431 億ドル、中国全体で 5,268 億ドル保有しており、アジア全体で 58%を保有し
ている。これは日本やアジア各国の通貨当局が自国の為替レートが増価しないように介入
しているためであり、Martin Wolf の言葉を借りれば、「為替レート保護主義の帰結
(exchange rate protectionism)
」であるといえる。つまり、欧州は対米投資に対してマイ
ナスのポジションをとり、対米投資を抑制しており、民間部門の対米投資が落ち込んでい
るにもかかわらず、日本や中国などのアジア各国の公的部門がその落ち込みを補う形で埋
め合わせ、米国の経常収支赤字を資金面から支えているという図式が成り立っている2。
図5−7.在外米国資産の純増
(単位:百万ドル)
500000
400000
300000
200000
100000
0
公的資産
直接投資
米国財務省証券
米国その他証券
米国通貨
非銀行部門
2001
2000
1999
1998
1997
1996
1995
1994
1993
1992
1991
1990
1989
1988
1987
1986
1985
1984
1983
1982
1981
1980
-100000
銀行部門
(出所)Bureau of Economic Analysis, U.S. Department of Commerce.
2
Stiglitz は、外貨準備の増加が世界的なデフレ傾向を助長しており、経常収支黒字国に対し、経済拡大の
措置を採ることを要請するか、または、ケインズが主張した経常収支黒字国に対する稀少通貨条項に類似
した措置を求めるべきだと論じている。
118
5−4.開放経済の下での成長理論から見た日米経常収支の決定要因
日米間の経常収支を日本側から見ると、日本の対米経常収支黒字は対 GDP 比 1.6%であ
り、これは日本の経常収支黒字全体が対 GDP 比 2.8%であることと比較すると、大きな比
重を占めている。一方で、それを米国側から見ると、米国の対日経常収支赤字は対 GDP 比
0.8%であり、米国の GDP の規模が大きい分、その比重は小さい(図5−8参照)
。本節で
は、日米の経常収支に焦点を当て、開放経済の下での新古典派成長理論に基づいて、経常
収支がどのように決定されるのかを検討する。
図5−8.日米の経常収支
A.日本の対米経常収支
(%)
(単位:百万ドル)
100000
2
経常収支
2001
2000
1999
1998
1997
1996
1995
1994
1993
1992
1991
1990
1989
1988
1987
1986
0.4
0.2
0
1985
20000
10000
0
1984
0.8
0.6
1983
1
40000
30000
1982
50000
1981
1.8
1.6
1.4
1.2
1980
90000
80000
70000
60000
対日本GDP比
B.米国の対日経常収支
(%)
(単位:百万ドル)
0
0
-10000
-20000
-0.2
-0.4
-30000
-40000
-0.6
-50000
-60000
-0.8
-70000
-80000
-1
-1.2
-90000
-100000
経常収支
対米国GDP比
(出所)Bureau of Economic Analysis, U.S. Department of Commerce.
IMF, International Financial Statistics.
119
2001
2000
1999
1998
1997
1996
1995
1994
1993
1992
1991
1990
1989
1988
1987
1986
1985
1984
1983
1982
1981
1980
-1.4
2 国 1 財 2 生産要素モデルに基づいて、対外バランスの決定要因を分析する3。世界には、
自国と他国が存在するとする(ここでは、自国を米国、他国を日本と考え、他国には*を
付すとする)
。このとき、自国は経常収支赤字に伴い、他国から資本を輸入していると考え
、労働( L )とし、両国は同じ一次同次の生産関数によって、同
る。生産要素を資本( K )
一の財を生産すると仮定すると、自国と他国の国内総生産はそれぞれ、
Y = F ( K , L)
(5.3)
Y = F (K , L )
*
*
*
となる。
また、貯蓄( S )は、国内総生産から投資収益を調整した国民総生産に依存するとする
ならば4、実質利子率を r 、ストックでの対外借り入れを B として、
S = s (Y - rB )
(5.4)
S = s (Y + rB )
*
*
*
世界全体の資本を K W とすると、それは、両国の資本量の総和に等しい。
KW = K + K *
(5.4)
さらに、世界全体の資本の増加を K& W とすると、それは両国の貯蓄の総和に等しいから、
K& W = sY + s *Y * + ( s * - s )rB
(5.6)
自国のフローでの対外借り入れ B& は、
3
ここでの議論は、Hamada and Iwata(1989)に基づくものである。
ここでは、貯蓄率 s が外生的に決められているが、本来貯蓄率はモデルの中で内生的に求められ、資本
収益率と時間選好率に依存する形で定式化される。さらに、時間選好率も国内総生産の関数として表され、
例えば、宇沢型の時間選好率を想定すると、それは国内総生産の増加関数として捉えられ、時間選好率の
減少関数である貯蓄率は経済成長するに従って減少すると考えられるが、フィッシャー型の時間選好率を
想定すると、それは国内総生産の減少関数として捉えられるので、逆に経済成長するとともに、貯蓄率は
増加すると考えられる。一般に、国内総生産が高い段階では宇沢型の時間選好率が、低い段階ではフィッ
シャー型の時間選好率が当てはまると考えられる。
4
120
B& = K& - S
(5.7)
となる。両国間で資本が完全に自由に移動するとするならば、両国の資本収益率は等しく
なるので、
dY dY *
=
=r
dK dK *
(5.8)
また、両国の効率単位で測った人口増加率を l とすると、両国で資本の収益率が等しく
なることにより、両国の資本・労働比率も等しくなるから、初期時点での労働を L とする
と、
K
L
L e lt
=
=
*
K * L* L* e l t
(5.9)
上式の両辺の対数をとって、時間に関して微分すると、
æ K * öæ K * K& - KK& * ö
÷÷ = (l - l* )
÷÷çç
çç
*2
K
ø
è K øè
(5.10)
さらに、(5.10)式を整理して、その両辺を K W で割ると、
KK& W æ KK * ö
÷÷(l - l* )
K& =
+ çç
KW
è KW ø
(5.11)
従って、(5.6)式、(5.7)式、(5.11)式より、世界全体の国内総生産を YW として、
æ KK * öæ YW
÷÷çç
B& = ( s * - s )çç
è K W øè K W
æ KK * ö æ sK * + s * K ö
ö
÷÷rB
÷÷ + çç
÷÷ + (l - l* )çç
KW
ø
è KW ø è
ø
が得られる。
121
(5.12)
ゆえに、2 国が同一の生産関数で同一の財を生産するとき、2 国間で資本が自由に移動す
るならば、対外借り入れの増加は、貯蓄率格差、効率単位で測った人口増加率格差、利払
い費によって決定されることがわかる。さらに、人口増加率を n 、ハロッド中立的技術進歩
率を t とすると、効率単位で測った人口増加率格差は、
l - l* = (n - n * ) + (t - t * )
(5.13)
とおける。よって、対外借り入れがどうなるかということは、2 国間の貯蓄率格差、人口増
加率格差、技術進歩率格差に依存するということがわかる5。
従って、新古典派成長理論で見たときに、米国の対日経常収支赤字は、米国の貯蓄率が
日本の貯蓄率よりも低ければ低いほど、また、米国の人口増加率及び技術進歩率が日本の
それよりも高ければ高いほど、拡大することになる(表5−1参照)
。これは、米国の貯蓄
率が高ければ、貯蓄・投資バランスから見て、経常収支赤字が縮小する一方で、米国の人
口増加率が高ければ、労働者一人当たりの資本・労働比率を維持するために、投資を増や
すことになり、また、技術進歩率が高ければ、それだけ国内で投資が活発に行われること
を意味するので、貯蓄・投資バランスから見て、経常収支赤字が拡大することになるから
である。
表5−1.米国の経常収支赤字に与える影響
経常収支赤字
−
+
+
貯蓄率
人口増加率
技術進歩率
(注)+は経常収支赤字拡大を、−は経常収支赤字縮小を表す。
まず、日米の国民貯蓄率を見ると、1980 年代以降、それはともに傾向的に低下しており、
その理由は、主として家計貯蓄率の傾向的な低下で説明できる(図5−9参照)
。米国の貯
蓄率は日本の貯蓄率よりも趨勢的に低かったが、現在、家計貯蓄率は米国が 3.9%(2002 年)、
日本が 6.6%(2001 年)とその格差は急速に縮小している。さらに、日本の一般政府部門にお
ける社会保障勘定も、従来、名目 GDP 比で 1∼2%の黒字であったが、2001 年にはマイナ
5
このモデルは 1 財モデルなので、資本の国際移動があっても財の相対価格は変化しない。しかし、財市
場が完全に統合されていないと考えて、貿易財に加えて非貿易財の存在をモデルの中に組み入れると、貿
易財と非貿易財の相対価格が変化することになり、それが実質金利の変化をもたらし、それにより貯蓄率
が変化することによって、対外バランスが調整されるという価格メカニズムが組み入れられることになる。
また、2 国 1 財 3 生産要素にモデルを拡張し、土地を生産要素として加えると、資本と土地について、資
産保有の裁定条件を考えなければならないことになり、ここで示したものの他、土地・資本比率、土地価
格が経常収支の決定要因として作用することになる(Iwata(1991a))。さらに、財政赤字や社会保障制度と
対外バランスの関係を考えるためには、新古典派成長理論ではなく、世代重複モデルに基づいて論考され
るべきである。Iwata(1991b)では、世代重複モデルに基づいて、財政赤字と社会保障部門の赤字を入れて、
日本の対外バランスがどうなるのかということについてのシミュレーション分析を行っている。
122
スに転じている。しかし、そのような変化は見られるものの、日本の貯蓄率は未だに米国
の貯蓄率を上回っている。
図5−9.日米の家計貯蓄率
(%)
20.0
18.0
16.0
14.0
12.0
米国
2002
2001
2000
1999
1998
1997
1996
1995
1994
1993
1992
1991
1990
1989
1988
1987
1986
1985
1984
1983
1982
1981
1980
10.0
8.0
6.0
4.0
2.0
0.0
日本
(出所)Bureau of Economic Analysis, U.S. Department of Commerce.
内閣府、「国民経済計算年報」
。
次に、日米の人口増加率を見ると、2000 年において、日本が約 0.2%、米国が約 0.9%で
あり、米国の人口増加率の方が高い。これは米国が 2001 年度で 106.4 万人と高い水準で移
民を受け入れているためである。特に労働人口成長率について、日米の比較を行うと、80
年代初めには日米ともに 1∼2%の間でそれほど差がなかったが、1990 年代後半以降、その
格差が拡大している(図5−10)
。少子高齢化の進行もあって、日本の労働人口の伸びは
マイナスに転じており、日米の労働人口成長率の格差は 1.5%程度ある6。最後に、日米の
全要素生産性の伸びがどのくらいあるのかということについてはいくつかの研究があるが7、
CEA のレポートなどによると、全要素生産性の伸びは 1.5%程度であるとされているのに
6
新古典派の成長理論では、黄金律の成長径路の下では人口増加は一人当たり消費を引き下げるというこ
とになるので、少子化すればするほど、消費者の効用が増えるというややパラドキシカルな結論に達する。
しかし、重複世代モデルでは、退役世代の消費は貯蓄に依存するので、人口の増加が資本収益率を高め、
退役後の所得を高めることによって生涯を通じての効用を高める可能性があるので、少子化が直ちに経済
効用を高めることにはならない。世代重複モデルを用いて、人口の減少による効用の増加と資本収益率の
低下を通じての退役世代の効用の減少の両方を考慮した最適な人口成長率を内生的に求めることができる。
岩田(2001)では、一世代を 30 年、時間選好率をゼロ、資本分配率を 0.3 としたときに、最適な人口成長
率は 6.7%とかなり高い値となることが示されている。
7 例えば、Jorgenson , Ho, and Stiroh(2003)では、1995∼2001 年にかけての全要素生産性の伸びを 0.4%
と推計しており、その値はやや小さいが、これは IT 関連の投資を別途除いて考察しているためであり、
CEA のレポートなどでは単純に GDP 成長率に対する労働と資本の寄与度の残差を全要素生産性として出
しているためにこの値よりも大きくなっている。
123
対して、日本の全要素性生産性の伸びは 0.5%程度しかない。よって、日米の全要素生産性
の差は 1%程度あることになる。以上より、日米間の貯蓄率格差、人口増加率格差、技術進
歩率格差のいずれの要因も、米国の経常収支赤字を拡大する方向に作用していることから、
米国の対日経常収支赤字は相当期間持続し続けるであろうことが予想される8。
図5−10.日米の労働人口成長率
(%)
2.5
2
1.5
1
0.5
0
-0.5
-1
米国
2002
2001
2000
1999
1998
1997
1996
1995
1994
1993
1992
1991
1990
1989
1988
1987
1986
1985
1984
1983
1982
1981
1980
-1.5
日本
(出所)Bureau of Labor Statistics, U.S. Department of Labor.
総務省、「労働力調査」
。
5−5.米国の経常収支赤字の維持可能性
米国の経常収支赤字が持続するとするならば、次に、米国の経常収支赤字の維持可能性
が問題となってくる9。このとき、米国の経常収支赤字の持続は対外債務を累積させること
になり、その利子支払いが米国の輸出額を上回るという債務不履行リスクがあるかどうか
という点については、現在の米国の所得収支は黒字なので、近い将来においては存在しな
い。そこで、問題となってくるのは、資本収支から見たときに、今後も米国の経常収支を
支えるだけの国外から米国への資本流入があるのかどうかということである。
8
Hamada and Iwata(1989)では、いくつかのケースに分けて、米国の対日経常収支赤字がどうなるのか
ということについてのシミュレーションを行っている。高齢化により 2019 年に日本の貯蓄率が 10%にな
り、1995 年に米国の貯蓄率が 8%に上昇するというケースでは、2003 年に、米国の経常収支赤字が 700
∼800 億ドル程度になるのではないかと予想されており、これは現在の米国の対日経常収支赤字と近い値
である。
9 この点について、
例えば、Mann(2002)では、米国の経常収支赤字の維持可能性をめぐる議論が整理され、
示されている。
124
国際分散投資の視点からすると、
(1)国際的な金融資本市場が完備している
(2)国際資本移動が自由である
(3)個人の効用関数において、異時点間の消費の代替の弾力性が一定である(iso-elastic
utility)
(4)各国の個人の選好は同一である
(5)各国に非貿易財が存在しない
という強い仮定の下では、資産のポートフォリオ構成はどこの国でも等しくなるというグ
ローバルなミューチュアル・ファンド定理(Global Mutual Fund Theorem)が存在する
(Obstfeld and Rogoff(1996))。
また、国債に関しては、個人の合理的な資産選択に基づいた国際分散投資が行われてお
り、現実に投資家のポートフォリオに占める外国の国債の保有比率は国際的な資本資産市
場価格付けモデル(International Capital Asset Pricing Model: ICAPM)から求められる
理論値と整合的であると言われている。
世界が自国と外国からなり、個人は自国で生産された財及び外国で生産された財を消費
することができるとともに、自国の国債及び外国の国債を短期間保有することができると
する。また、短期の国債保有期間において、国内で生産された自国通貨建ての財の価格に
ついては確率的な変動にはさらされていないが、外国で生産された財については為替レー
トの確率的な変動にさらされているとする。さらに、個人の効用関数が保有する富の平均
値とその分散によって表され、確率的に変動するのは為替レートのみであると仮定する。
このとき、個人が自己の効用を最大化するときに、購買力平価が成立しているならば、自
D
国の個人の保有する自国の国債の保有比率 x は、自国の財の比率を a 、自国の国債の実質
*
収益率を rB 、外国の国債の実質収益率を rB 、相対的リスク回避度を R 、保有資産の分散を
V として、
x D = (rB - rB* )
1
1ö 1
æ
+ a - ça - ÷
RV
2ø R
è
(5.14)
と表すことができる(Frankel(1983))。両国の個人の相対的リスク回避度が同一であるとす
ると、同様に、外国の個人が保有する、その貿易相手国である自国の国債の保有比率 x
*F
は、
*
外国の消費における、その貿易相手国である自国の財の比率を a として、
x *F = (rB - rB* )
1
1ö 1
æ
+ a* - ç a* - ÷
RV
2ø R
è
となる。
125
(5.15)
(5.14)式から(5.15)式を引くと、以下のようになる。
1ö
æ
x D - x *F = (a - a * )ç1 - ÷
è Rø
(5.16)
このことから、消費に占める自国財の比率が高ければ、外国の国債の保有比率が低くな
り、逆に、消費に占める貿易財の比率が高ければ、外国の国債の保有比率は高くなる。ま
た、リスク回避度は外国の国債保有比率を押し下げるということがわかる。さらに、(5.16)
式より、消費に占める自国財の割合や相対的リスク回避度を想定することで、外国の国債
保有比率の理論値を導出することができる。仮に相対的リスク回避度を 2 または 5 とする
ならば、消費に占める自国財の比率が 70%∼100%の場合、それに対応して外国の国債保
有比率は 10∼40%となる。現実の主要先進国の非居住者の国債保有比率は 20∼40%に達し
ているので、両者を比較すると、この理論値は現実の値にある程度一致する。よって、国
債に関しては合理的な資産選択行動に基づいて国際分散投資が行われていることがわかる
(岩田・上田(2000))。
グローバルなミューチュアル・ファンド定理が成り立つとするならば、世界の総資産に
占めるドル建て資産の割合は 50%にも達しているので、ドル建て資産への国際分散投資は
今後も持続し、それにより、米国の経常収支赤字は維持可能となり、ドルが大きく下落す
ることはないと考えられる10。
しかしながら、現実には、グローバルなミューチュアル・ファンド定理が成立する上で
の仮定が必ずしも成り立っているとは限らない。Feldstein and Horioka(1980)では OECD
各国の貯蓄率と投資率の間には有意性の高い正の相関があるという実証分析により、国際
資本移動を妨げる要因があるということが示されている11。つまり、市場の不効率性、取引
費用、非貿易財の存在、非市場取引資産の存在、情報の非対称性、海外直接投資の存在な
どから、投資家は効率的な国際分散投資を行っておらず、現実には投資家のポートフォリ
オに占める外国資産の保有比率は低いというホーム・バイアス・パズルが存在する。従っ
て、2002 年における対 GDP 比 5%近い米国の経常収支赤字が持続すれば、ある時点でド
ルの急落が生じるのではないかと推測される(ちなみに、ドルの実質実効為替レートは、
1983 年とほぼ等しい水準にある(図5−5参照)
。)。Obstfeld and Rogoff(2000)によると、
非貿易財が 75%であるという経済を想定するならば、4.4%の米国の経常収支赤字を解消す
るためには、12∼24%の名目ドル・レートの下落が必要になるということが主張されてい
る。しかし、一般には、対 GDP 比 1%の経常収支赤字を解消するためには、10%の実質為
替レートの下落が必要であると考えられており、例えば、1985 年に 120 強であった実質ド
10
また、Cooper(2001)は、米国の経常収支赤字は世界全体の貯蓄の 10%程度なので、それは十分にファ
イナンスすることができるということを主張している。
11しかし、例えば、 Blanchard and Giavazzi(2002)では、ユーロ圏では、貯蓄率と投資率の間の正の相関
関係は年々低下しており、1991∼2001 年において、その係数はわずか 0.14 であることが示されている。
126
ル・レートが、1988 年に 90 強に下落することによって、1991 年には米国の経常収支赤字
はほぼゼロになった。この関係を前提とすると、4.4%の米国の経常収支赤字を解消するた
めには、44%の実質為替レートの下落が必要ということになる。この Obstfeld and
Rogoff(2000)の推計値は一般に経常収支赤字を調整するために必要とされる下落幅よりも
かなり小さいが、Obstfeld and Rogoff(2000)においても、価格硬直性が高く、輸入価格が
短期には変わらないとするならば、4.4%の経常収支赤字を解消するためには 45%程度の名
目為替レートの下落が必要となるということが述べられている。
以上より、現在の米国の経常収支赤字を調整するためのドルの下落はある程度避けられ
ないと考えられる。ドルの下落は米国の輸入価格を上昇させる一方で、輸出価格を下落さ
せ、米国の経常収支赤字を縮小させる。しかし、問題は、2000 年以降、米国の財政収支が
急激に悪化しつつあることであり、ドルの下落とともに、利子率が高騰することである。
利子率が高騰すると、それは米国の企業の資金調達コストの上昇を招き、それが投資を減
退させ、米国の景気を後退させる。それは、米国の経常収支赤字を調整する一方で、世界
全体の景気を後退させてしまうことになる。
そこで、これまでの議論を踏まえると、それを防ぐために、以下のような政策対応が考
えられる。
(1)米国の貯蓄率を 4%水準から 8%水準にまで上昇させる
(2)米国の財政赤字を縮小させる
(3)WTO や FTA などを通じてサービスの自由化を進展させる
(4)アジア、日本、欧州など米国以外の国の成長率を高める
まず、米国の貯蓄率を引き上げることで、貯蓄・投資バランスの点から、米国の経常収
支赤字を縮小させることが期待できる。しかし、政策対応によって、長期間に渡り、貯蓄
率を上昇させることは非常に困難であり、さらには、家計による異時点間の予算制約の下
での最適化行動の結果として決められる消費・投資の決定に政策介入することが望ましい
ことであるのかどうか疑問が残る。次に、米国の財政収支を縮小させるという点について
は、米国の景気後退による税収減に加えて、イラク戦争の戦費の拠出やブッシュ政権の減
税政策は、いずれも財政赤字拡大要因であり、現実には当面は難しいであろう。さらに、
サービスの自由化が推し進められれば、サービスに関しては、米国の輸出の所得弾力性が
輸入の所得弾力性を上回るので、仮に、米国とその他の国々の成長率が等しいとするなら
ば、米国の輸入よりも輸出を拡大することになり、その経常収支赤字を削減することにな
る。その上、サービスの自由化は、金融サービスの自由化をも含み、それは米国の経常収
支赤字をファイナンスする上でもメリットが大きい。しかし、現在のところ、サービスの
貿易はモノの貿易に比べると、サービスの特性ゆえに、その規模は小さく12、また、新たな
12 ただし、これは、国際収支統計で見たものであり、ここには GATS における商業拠点などが含まれてい
ない。例えば、Karsenty(2000)によると、米国のサービス貿易を GATS の 4 つのモードに従って、推計す
ると、それは国際収支表で見たサービスの輸出の 1.7 倍にも達していることが示されている。
127
ドーハ作業プログラムでの交渉もその進捗状況は芳しくない。最後に、米国の貿易相手国
の成長率を高めるという点については、中国を始めとするアジア各国については、米国を
上回る成長率を維持することを期待できるものの、現在、日本、欧州ともに、景気は停滞
しており、短期において、日本、欧州が米国の成長率を上回る成長を達成することは難し
いであろう。
従って、今後も米国の経常収支赤字が持続し、さらには、政策対応により、米国の経常
収支赤字を維持することが難しいとするならば、ある時点で、急激にドルが下落して、金
利が高騰し、為替レートの減価、米国国内の景気後退によって、米国の経常収支赤字が維
持可能な水準まで調整されるという 1980 年代半ばに生じたことと同じような調整が行われ
るリスクが高いであろう。
5−6.むすび
米国の経常収支赤字解消の最も望ましい方法は、過度の為替レート変動を回避しつつ、
貿易相手国の国内需要の伸び率が米国を上回ることである。欧州、日本に、米国を上回る
成長を期待することは難しいが、中国を中心とするアジア諸国の経済・貿易規模の拡大に
よって、貿易相手国の国内需要の伸びが米国を上回るようになることが望まれる。ちなみ
に、1975−91 年には、米国の国内需要の伸びは 3.2%であったが、貿易相手国の伸びは 3.9%
であった。さらに、サービス貿易を中心とする WTO 自由化交渉(発展ラウンド)の成功に
よって、貿易相手国の成長率や米国の輸出弾力性を高めることが期待される。長期的には、
ホーム・バイアスの解消によって、米国の経常収支赤字が政策イシューにならなくなるこ
とが望ましいと言えよう。
他方、米国の成長率が、今後 5 年間、大統領経済報告が予測するように平均して 3.3%で
あり、貿易相手国の成長率が過去 5 年間と同様であれば、2008 年には米国の経常収支赤字、
財政収支赤字幅はともに、名目 GDP 比で 8%に達し、対外純負債は 8 兆ドル(名目 GDP
比 60%)にも達する可能性がある(Godley(2003))。しかし、このような事態が持続すると
は思われない。日本と欧州は、外需に依存した成長を続けることは困難であり、経済の活
性化を早期に実現する必要がある。
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130
6章
経常収支モデルの推定とシミュレーション分析
伴
金美*1
6−1.最近の経常収支の動向
2002 年の日本経済は、前半は輸出の回復に支えられて好調に推移したものの、7‐9 月期
に輸出が伸び悩み、景気回復への強い懸念材料となった。その後 10‐12 月に再び増加した
が、イラク情勢の緊迫化に伴い世界経済の減速傾向が顕著となり、2003 年以降の輸出動向
については悲観的な見方が高まっている。2002 年の通関輸出総額は 52 兆円に達し、前年
比で 6.4%の高い伸びを示しているが、世界的な IT 不況の影響を受けて 5.2%と大幅に減少
した 2001 年の反動という側面が強い。実際、5 年前の 1998 年の通関輸出総額が 51 兆円規
模であったことを考えると、輸出は世界経済の影響を受けて変動しているものの、これま
でのように日本経済の牽引役として期待することは困難な状況にある。それに対して、通
関輸入総額は 1998 年の 37 兆円から 2002 年には 42 兆円と着実に増加している。中長期的
に見れば、わが国の輸出競争力の低下と空洞化による輸入の増加が定着したのではないか
との見方もある。本章では、日本の経常収支モデルを構築し、経常収支の動向に影響を与
える諸要因を明らかにすることで、今後の経常収支動向について中長期的な視点から展望
する。
表6−1の地域別通関輸出額の動向によれば、2002 年前半の回復は韓国・台湾・香港及
び中国向けが大幅に増加したことによるものである。特に、韓国・台湾・香港とアセアン
向けの輸出は、2001 年の急激な落ち込みの反動と見られる。しかし、中国については 2001
年の落ち込みも観測されておらず、1998 年から 2002 年の間に 2.6 兆円から 5 兆円と倍増
している。さらに、表6−2に示されるように中国からの輸入額の推移を見ると、1998 年
から 2002 年の間に 4.8 兆円からの 7.7 兆円に大幅に増加している。すなわち、中国との関
係について言えば、2001 年の世界的な IT 不況に関わらず、輸出・輸入ともに大幅に増加
している。表6−2は商品別輸入額を示しており、原油価格高騰の影響もあるが、2001 年
以降における日本経済の低迷にも関わらず機械機器及びその他製品輸入が着実に増加して
いることがわかる。すなわち、日本経済の貿易動向を見る上で、東アジア経済が輸出相手
先だけでなく輸入相手先としても重要な比重を占めていると言える。もちろん、東アジア
経済も米国や世界経済に大きく依存することから、2001 年に生じた世界的な IT 不況によ
って大きな打撃を同時に受け、その影響を受けて日本経済が失速した可能性が考えられる。
*1
大阪大学大学院経済学研究科
131
表6−1.地域別通関輸出
通関輸出
米国
韓国・台湾・香港
アセアン
中国
EU
その他
1998
50,645
15,470
8,294
6,085
2,621
9,320
8,856
1999
47,548
14,605
8,390
6,170
2,657
8,462
7,263
2000
51,654
15,356
10,112
7,381
3,274
8,432
7,098
2001
48,979
14,711
8,840
6,592
3,764
7,810
7,262
2002
52,108
14,864
10,034
6,970
4,980
7,654
7,606
2001
42,416
5,251
2,586
8,524
12,839
13,216
7,027
2002
42,178
5,271
2,518
8,167
12,813
13,409
7,725
単位:10 億円
表6−2.商品別通関輸入
通関輸入
食料品
原材料
鉱物性燃料
製品(除機械機器)
機械機器
中国からの輸入
1998
36,654
5,411
2,868
5,623
11,579
11,172
4,844
1999
35,268
5,040
2,551
5,646
10,985
11,045
4,875
2000
40,938
4,966
2,642
8,317
12,089
12,924
5,941
単位:10 億円
表6−3は、1998 年から 2002 年までの経常収支の動向を表したものである。貿易収支
は 1998 年の 16 兆円から 2001 年には 8.5 兆円に半減したが、2002 年に再び 11.7 兆円に増
加している。増加の要因は輸出の急速な回復と輸入の伸び悩みにあるが、輸出動向に明る
さが見られず、さらに輸入が増加基調にあることから、貿易収支は再び減少傾向を示す可
能性が高いと考えられている。一方、所得収支は 2001 年に円安に振れて大幅に増加したが、
2002 年は横這いで推移した。しかし、対外純資産が累増していることから、中長期的には
増加基調にあるとされる。経常収支は 1998 年の 15.5 兆円(対 GDP 比 3%)から 2001 年
には 10.6 兆円(対 GDP 比 2.1%)に減少したが、2002 年には再び 14.2 兆円(対 GDP 比
2.8%)の高い水準に戻っており、今後の動向に注目が集まっている。
中長期的に見れば、貿易収支が減少傾向にある一方で所得収支が増加傾向にあることか
ら、日本経済が成熟債権国へと移行しつつあるとの見方が多い。特に、対外直接投資につ
いては、1990 年代はじめのバブル期に不動産投資で大幅に増加した後に急落したが、製造
業を中心として、設備を東アジア諸国に移転させ、相対的に安い労働力を利用し、世界市
場における価格競争力を維持する動きが活発化している。実際、表6−3に示されるよう
に対外直接投資は、変動を示しつつも増加傾向にある。対外直接投資の増加は、短期的に
は資本財の輸出の増加をもたらすが、長期的には輸出の減少と輸入の増加が引き起こされ、
空洞化現象が進むと考えられている。
132
表6−3.経常収支の動向
経常収支
対GDP比
貿易収支
輸出
輸入
サービス収支
所得収支
直接投資(資産)
為替レート
実質成長率
1998
15,528
3.0
15,984
48,866
32,882
-6,455
7,145
-3,162
131
-1.1
1999
13,052
2.6
14,016
45,795
31,779
-6,150
6,574
-2,591
114
0.1
2000
12,875
2.5
12,563
49,526
36,962
-5,134
6,505
-3,401
108
2.8
2001
10,652
2.1
8,527
46,584
38,056
-5,315
8,401
-4,659
122
0.4
2002
14,249
2.8
11,728
49,471
37,743
-5,163
8,279
-3,947
125
0.3
単位:対 GDP 比と実質成長率は%、為替レートは円/ドル、その他は 10 億円
そこで、次節からは対外直接投資と輸出入の関係について最近のデータに基づいてモデ
ルを推定し、空洞化現象について数量的な分析を行う。さらに、為替レートの変動、米国
経済及びアジア経済の動向、原油価格の動向の影響についても分析する。
6−2.経常収支モデルの推定
6−2−1.輸出
輸出関数は、輸出先市場の景気動向を反映させるために地域別に推定される。地域区分
は、(1)米国、(2)韓国・台湾・香港、 (3)アセアン、(4)中国、(5)EU、(6)その他の 6 つに区
分される。共通の説明変数として、所得要因、価格要因、対外直接投資の実質累積残高が
用いられる。対外直接投資の実質累積残高は、総直接投資残高の他に下記の方法で各地域
ごとに作成して推定に用いている。
(1)
半期ベースの地域別国際収支統計の対外直接投資を輸出関数の地域区分に基づい
て集計し、四半期ベースの直接投資総額を用いて四半期分割する。
1996 年末の地域別海外直接投資残高をベンチマークとし、地域別直接投資を民間
(2)
企業設備投資デフレータで除して実質化し、償却率を毎期 2%と仮定して積み上げる。
なお、総直接投資残高を用いるか、地域別直接投資残高を用いるかは統計的な判断によ
る。地域別直接投資残高を輸出関数に採用したのは EU 向け輸出とその他地域向け輸出の
二地域向けに限られ、米国向け輸出、韓国・台湾・香港向け輸出、アセアン向け輸出及び
中国向け輸出については総直接投資残高が用いられている。なお、括弧内の数値は t 値、
RADJ は自由度修正済決定係数、SE は方程式誤差の標準偏差、DW はダービン・ワトソン
比である。また、PDL は多項式ラグによるラグパターンの推定を意味し、PDL(k,n,m,変数)
の k はラグパターンの次数、n はラグの長さ、m は制約条件を表す。制約条件は、0:制約
無し、1:遠点ゼロ、2:近点ゼロ、3:両端ゼロを表す。
133
米国向け輸出
所得要因として 1996 年価格米国国内総生産が用いられ、所得弾力性は短期で 0.7712、
長期で 1.5542 である。相対価格として米国向け輸出価格指数と米国国内総生産デフレータ
との比が用いられ、多項式ラグの仮定が置かれ、価格弾力性は短期で 0.3761、長期で 0.8132
である。直接投資残高としては、総直接投資残高が用いられる。推計結果によれば、総直
接投資残高の増加は、米国向け輸出に抑制的に働く。米国向け残高に限定して推定した場
合、係数はマイナスとなるが有意とならない。
LOG(EXUSA/PEXUSA)
=
+ 11.77
+ 0.7712 SUM(0,1,LOG(UGDP96))
(+ 7.81) (+ 3.79)
- 0.8132 PDL(2,4,1,LOG(PEXUSA(-1)/REX(-1)/UPGDP(-1)))
(- 5.06)
- 1.762 LOG(KFDIA(-1)) - 0.04208 Q1 - 0.04120 Q2 - 0.01411 Q3
(- 5.21)
RADJ =
(- 2.45)
.880
SE =
標本期間:1996. 2
(- 2.39)
.030
∼ 2002. 2
(- 0.817)
DW = 1.32
(標本数:25)
PDL(2,4,1,LOG(PEXUSA(-1)/REX(-1)/UPGDP(-1)))
lag
coefficent
t-value
0
-.3761
-2.18
1
-.2379
-5.71
2
-.1311
-1.68
3
-.0559
-.52
4
-.0122
-.15
韓国・台湾・香港向け輸出
所得要因は、韓国・台湾・香港の輸入額を輸入価格指数で除して実質化して作成される。
なお、輸入価格指数は輸入額をウェイトとして各国の輸入価格指数を集計して作成される。
所得弾力性は、短期と長期の区別はなく 1.206 である。相対価格は、NIES 向け輸出価格指
数を韓国・台湾・香港の輸入価格指数で除した比が用いられ、多項式ラグの仮定が置かれ、
価格弾力性は短期で 0.0786、長期で 0.2620 である。直接投資残高は、総直接投資残高が用
いられる。推計結果によれば、総直接投資残高の増加は、韓国・台湾・香港向け輸出に抑
制的に働く。韓国・台湾・香港向け直接投資残高で推定した場合、米国向けと同様に、係
数はマイナスとなるが有意とならない。
134
LOG(EXNIES/PEXNIES)
=
+ 10.68
+ 1.206 LOG(NIESIM/NIESPIM)
(+ 3.70) (+ 7.15)
- 0.2620 PDL(2,2,3,LOG(PEXNIES/REX/NIESPIM))
(- 0.852)
- 0.7169 LOG(KFDIA(-1)) + 0.002986 Q1 + 0.005954 Q2 - 0.01615 Q3
(- 3.26)
RADJ =
(+ 0.101)
.773
SE =
標本期間:1996. 2
.047
∼ 2002. 2
(+ 0.227)
(- 0.596)
DW = 1.56
(標本数:25)
PDL(2,2,3,LOG(PEXNIES/REX/NIESPIM))
lag
coefficent
t-value
0
-.0786
-.85
1
-.1048
-.85
2
-.0786
-.85
アセアン向け輸出
所得要因は、アセアン諸国の輸入額を輸入価格指数で除して実質化して作成される。な
お、輸入価格指数はアセアン各国の輸入額をウェイトとして各国の輸入価格指数を集計し
て作成される。所得弾力性は、長期と短期の区別なく 1.436 である。相対価格は、アジア
向け輸出価格指数をアセアンの輸入価格指数で除した比が用いられ、多項式ラグの仮定が
置かれる。価格弾力性は短期で 0.3258、長期で 0.6405 である。直接投資残高は、総直接投
資残高が用いられる。推計結果によれば、総直接投資残高の増加は、アセアン向け輸出に
抑制的に働く。アセアン向け直接投資残高で推定した場合、係数は正となるが有意に推定
されない。
LOG(EXASEAN/PEXASIA)
=
+ 10.02
+ 1.436 LOG(ASEANIM/ASEANPIM)
(+ 5.32) (+ 13.1)
- 0.6405 PDL(2,2,1,LOG(PEXASIA/REX/ASEANPIM))
(- 3.32)
- 0.7865 LOG(KFDIA(-1)) - 0.01146 Q1 - 0.005882 Q2 - 0.01064 Q3
(- 5.78)
RADJ =
(- 0.510)
.903
SE =
標本期間:1996. 2
.037
TO 2002. 2
135
(- 0.275)
DW =
.85
(標本数:25)
(- 0.494)
PDL(2,2,1,LOG(PEXASIA/REX/ASEANPIM))
lag
coefficent
t-value
0
-.3258
-1.48
1
-.2117
-1.89
2
-.1031
-.63
中国向け輸出
所得要因は、中国の輸入額を輸入価格指数で除して実質化して作成される。なお、輸入
価格指数は香港の輸入価格指数が代理変数として用いられる。所得弾力性は、長期と短期
の区別がなく 0.5314 である。相対価格は、有意に推定されない。直接投資残高は、総直接
投資残高が用いられる。推計結果によれば、総直接投資残高の増加は、中国向け輸出を促
進する方向に働く。中国向け直接投資残高で推定した場合、係数は正となるが有意に推定
されない。
LOG(EXCHINA/PEXCHINA)
=
- 11.93
+ 0.5314 LOG(CHINAIM/CHINAPIM)
(- 1.44) (+ 7.44)
+ 1.131 LOG(KFDIA(-1)) - 0.1249 Q1 - 0.1058 Q2 - 0.1098 Q3
(+ 1.73)
RADJ =
(- 2.87)
.883
SE =
標本期間:1996. 2
.073
∼ 2002. 2
(- 2.57)
(- 2.60)
DW = 1.54
(標本数:25)
EU向け輸出
所得要因は、EU の 1995 年価格国内総生産が用いられ、所得弾力性は長期と短期の区別
なく 3.208 である。相対価格は、EU 向け輸出価格指数を EU 国内総生産デフレータで除し
た比が用いられる。多項式ラグの仮定が置かれ、価格弾力性は短期で 0.6207、長期で 0.6629
である。直接投資残高は、EU 向け直接投資残高が用いられる。推計結果によれば、EU 向
け直接投資残高の増加は、輸出に抑制的に働く。総直接投資残高を用いても係数は負で有
意に推定されるが、説明力では EU 向け直接投資残高の方が高い。
LOG(EXEU/PEXEU)
=
- 8.422
+ 3.208 LOG(EUGDP95)
(- 4.18) (+ 8.29)
- 0.6629 PDL(2,2,1,LOG(PEXEU/REX/EUPGDP))
(- 3.86)
- 1.099 LOG(KFD_EU(-1)) - 0.05611 Q1 - 0.04482 Q2 - 0.06375 Q3
(- 11.9)
(- 2.60)
136
(- 1.80)
(- 2.49)
RADJ =
.909
SE =
標本期間:1996. 2
.036
∼ 2002. 2
DW = 1.44
(標本期間:25)
PDL(2,2,1,LOG(PEXEU/REX/EUPGDP))
lag
coefficent
t-value
0
-.6207
-2.32
1
-.1246
-1.22
2
.0824
.48
その他地域向け輸出
所得要因は、世界輸入額を世界輸入価格指数で除した世界実質輸入が用いられる。所得
弾力性は、長期と短期の区別なく 0.7649 である。相対価格は、その他地域向け輸出価格指
数を世界輸入価格指数で除した比が用いられる。多項式ラグの仮定が置かれ、価格弾力性
は短期で 0.7106、長期で 1.922 である。直接投資残高は、その他地域向け直接投資残高が
用いられる。推計結果によれば、その他地域向け直接投資残高の増加は、輸出に抑制的に
働く。総直接投資残高を用いた場合、係数は負であるが有意ではない。
LOG(EXO/PEX)
=
- 3.837
+ 0.7649 LOG(WRLDIM/WRLDPIM)
(- 1.25) (+ 4.92)
- 1.911 PDL(2,4,1,LOG(PEX(-1)/REX(-1)/WRLDPIM(-1)))
(- 6.70)
- 0.3866 LOG(KFD_O(-1)) + 0.02788 Q1 - 0.03069 Q2 + 0.06048 Q3
(- 1.72)
RADJ =
(+ 1.17)
.797
SE =
標本期間:1996. 2
.038
∼ 2002. 1
(- 1.31)
DW = 1.11
(標本数:24)
PDL(2,4,1,LOG(PEX(-1)/REX(-1)/WRLDPIM(-1)))
lag
coefficent
t-value
0
-.7106
-2.73
1
-.5244
-5.24
2
-.3602
-5.55
3
-.2181
-2.31
4
-.0980
-1.27
137
(+ 2.56)
6−2−2.輸入
輸入関数は財別に推定される。財区分は、(1)食料品、(2)原材料、(3)鉱物性燃料、(4)製品
輸入(機械機器を除く)及び、(5)機械機器である。説明変数としては、所得要因と価格要
因の他に総直接投資残高が含まれる。
食料品輸入
所得要因として 1995 年価格民間最終消費支出を用い、所得弾力性は 1.125 である。価格
要因として輸入価格指数を民間最終消費支出デフレータで除した比を用い、多項式ラグを
仮定し、価格弾力性は短期で 0.0617、長期で 0.3798 である。
LOG(MC01/PIM01)
=
- 9.907
+ 1.125 LOG(CP95)
(- 3.62) (+ 5.15)
- 0.3631 PDL(2,4,1,LOG(PIM01/PCP)) - 0.1270 Q1 + 0.02357 Q2
(- 3.89)
(- 7.56)
(+ 1.45)
- 0.04433 Q3
(- 2.73)
RADJ =
.776
SE =
標本期間:1994. 2
.033
∼ 2002. 3
DW = 2.49
(標本数:34)
PDL(2,4,1,LOG(PIM01/PCP))
lag
coefficent
t-value
0
-.1716
-2.05
1
-.1069
-3.80
2
-.0575
-1.78
3
-.0232
-.53
4
-.0040
-.12
原材料輸入
所得要因として鉱工業生産指数を用い、所得弾力性は先験的に 1 と仮定されている。価
格要因として輸入価格指数を工業製品国内企業物価指数で除した比を用い、コイックラグ
を仮定し、価格弾力性は短期で 0.1108、長期で 0.6386 である。
138
LOG(MC24/PIM24/IPI)
=
- 0.4615
- 0.1108 LOG(PIM24/WPIM)
(- 2.10)
(- 1.81)
+ 0.8265 LOG(MC24(-1)/PIM24(-1)/IPI(-1)) + 0.0008840 Q1
(+ 9.95)
(+ 0.0632)
+ 0.02411 Q2 - 0.01792 Q3
(+ 1.77)
RADJ =
(- 1.31)
.742
SE =
.029
DW = 2.17
標本期間: 1993. 2
TO 2002. 3
(標本数:
38)
鉱物性燃料輸入
所得要因として 1995 年価格国内総生産を用い、所得弾力性は先験的に 1 と仮定されてい
る。価格要因として輸入価格指数を国内総生産デフレータで除した比を用い、多項式ラグ
を仮定し、価格弾力性は短期で 0.0、長期で 0.1383 である。
LOG(MC3/PIM3/GDP95)
=
- 9.919
- 0.1383 PDL(2,4,1,LOG(PIM3(-1)/PGDP(-1)))
(- 93.0) (- 6.28)
+ 0.007993 Q1 - 0.1053 Q2 - 0.04846 Q3
(+ 0.608)
RADJ =
(- 8.26)
.811
(- 3.80)
SE =
標本期間:1994. 2
.026
∼ 2002. 3
DW = 1.29
(標本数:34)
PDL(2,4,1,LOG(PIM3(-1)/PGDP(-1)))
lag
coefficent
t-value
0
.0096
.43
1
-.0257
-3.86
2
-.0444
-5.06
3
-.0463
-3.79
4
-.0315
-3.34
製品輸入(機械機器を除く)
所得要因として 1995 年価格国内総生産を用い、所得弾力性は 1.499 である。価格要因と
して輸入価格指数を工業製品国内企業価格指数で除した比を用い、多項式ラグを仮定し、
価格弾力性は短期で 0.0897、長期で 0.8124 である。総直接投資残高も変数に加えられ、輸
入を促進する働きを持つ。
139
LOG(MC59/PIM59)
=
- 21.67
+ 1.499 LOG(GDP95)
(- 3.11) (+ 2.47)
- 0.8124 PDL(2,4,1,LOG(PIM59/WPIM)) + 0.4222 LOG(KFDIA(-1))
(- 6.13)
(+ 2.77)
- 0.07625 Q1 - 0.07370 Q2 - 0.009892 Q3
(- 3.74)
(- 3.55)
RADJ =
.871
(- 0.487)
SE =
標本期間:1996. 2
.035
∼ 2002. 3
DW = 1.27
(標本数:26)
PDL(2,4,1,LOG(PIM59/WPIM))
lag
coefficent
t-value
0
-.0897
-.91
1
-.1804
-4.92
2
-.2168
-5.00
3
-.1989
-3.60
4
-.1266
-3.03
機械機器輸入
所得要因として 1995 年価格国内総生産を用い、所得弾力性は 2.307 である。価格要因と
しては輸入価格指数を工業製品国内企業価格指数で除した比を用い、多項式ラグを仮定し、
価格弾力性は短期で 0.2973、長期で 1.187 である。総直接投資残高も変数に加えられ、輸
入を促進する働きを持つ。機械機器を除く製品輸入の弾力性と比較すると、直接投資残高
の弾力性は相対的に高い。
LOG(MC7/PIM7)
=
- 39.76
+ 2.307 LOG(GDP95)
(- 3.90) (+ 2.56)
- 1.187 PDL(2,2,1,LOG(PIM7/WPIM)) + 1.008 LOG(KFDIA(-1))
(- 7.70)
(+ 5.27)
- 0.01502 Q1 - 0.005111 Q2 - 0.02626 Q3
(- 0.645)
RADJ =
(- 0.239)
.932
SE =
標本期間:1996. 2
(- 1.22)
.038
∼ 2002. 3
140
DW = 1.89
(標本数:26)
PDL(2,2,1,LOG(PIM7/WPIM))
lag
coefficent
t-value
0
-.2973
-1.22
1
-.4946
-4.17
2
-.3954
-2.10
6−2−3.サービス
サービスの受取・支払は、(1)貨物輸送、(2)旅客輸送、(3)旅行、及び(4)その他サービスに
区分される。
貨物輸送
貨物輸送は、財の輸出・輸入と密接に関わるものである。受取は非居住者が居住者に支
払った輸送費用であり、輸出価格指数で除して実質貨物輸送受取が実質輸出で説明される。
一方、支払は居住者が非居住者に支払った輸送費用であり、輸出価格指数で除して実質貨
物輸送支払が実質輸入で説明される。
受取
LOG(BPSCARGR/PEX)
=
- 1.137
+ 1.088 LOG(EXCC/PEX) + 0.007657 Q1
(- 2.35) (+ 10.6)
(+ 0.281)
+ 0.001691 Q2 + 0.01466 Q3
(+ 0.0645)
RADJ =
(+ 0.547)
.761
SE =
標本期間:1993. 2
.057
∼ 2002. 2
DW =
.71
(標本数:37)
支払
LOG(BPSCARGP/PIM)
=
+ 2.194
+ 0.4338 LOG(MC/PIM) - 0.03873 Q1
(+ 7.40) (+ 6.52)
(- 1.52)
- 0.02709 Q2 - 0.01189 Q3
(- 1.09)
RADJ =
(- 0.466)
.547
SE =
標本期間:1993. 2
.054
∼ 2002. 2
141
DW =
.54
(標本数:37)
旅客輸送
旅客輸送は旅行サービスに関わるものである。受取は非居住者が居住者に支払った輸送
費用であり、ドル建て輸送費用受取をドル建て旅行受取と世界貿易輸入額で説明する。一
方、支払は居住者が非居住者に支払った輸送費用であり、輸送費用支払を米国消費支出デ
フレータで除して実質化し、旅行支払を同デフレータで除した実質旅行支払で説明する。
受取
LOG(BPSPASR*REX)
=
- 16.34
+ 0.6937 LOG(BPSTRVR*REX)
(- 3.11) (+ 3.85)
+ 2.636 LOG(WRLDIM) + 0.2013 Q1 + 0.09929 Q2 + 0.3429 Q3
(+ 5.16)
RADJ =
(+ 2.12)
.575
SE =
標本期間:1996. 1
(+ 1.11)
.150
∼ 2002. 1
DW =
(+ 3.77)
.56
(標本数:25)
支払
LOG(BPSPASP/UPCP/REX)
=
- 0.1327
+ 0.7170 LOG(BPSTRVP/UPCP/REX)
(- 0.164) (+ 3.81)
- 0.02681 Q1 + 0.04707 Q2 + 0.2129 Q3
(- 0.293)
RADJ =
(+ 0.514)
.541
(+ 2.15)
SE =
標本期間:1996. 1
.164
∼ 2002. 2
DW =
.26
(標本数:26)
旅行
旅行は旅行による財・サービスの購入額を表す。受取は非居住者が居住者に支払った財・
サービスの購入額であり、日本の消費者物価指数で除して実質化し、所得要因である実質
世界輸入と、相対価格要因である日本の消費者物価指数を世界輸入価格指数で除した比で
説明される。所得弾力性は 0.1728、価格弾力性は多項式ラグが仮定され、短期で 1.2298、
長期で 2.014 である。一方、支払は居住者が非居住者に支払った財・サービス費用であり、
旅行支払を米国消費支出デフレータで除して実質化し、所得要因である 1995 年価格家計実
質消費支出と、相対価格要因である米国消費支出デフレータを日本の家計消費支出デフレ
ータで除した比で説明する。所得弾力性は 1.436 であり、相対価格は多項式ラグが仮定さ
れ、短期で 0.4285、長期で 1.167 である。
142
受取
LOG(BPSTRVR/CPI)
=
- 7.384
+ 0.1728 LOG(WRLDIM/WRLDPIM)
(- 7.49) (+ 2.05)
- 2.014 PDL(2,3,1,LOG(CPI/WRLDPIM/REX)) - 0.1453 Q1 - 0.1014 Q2
(- 9.89)
(- 3.33)
(- 2.36)
- 0.06693 Q3
(- 1.55)
RADJ =
.760
SE =
標本期間:1993. 2
.090
∼ 2002. 1
DW = 1.03
(標本数:36)
PDL(2,3,1,LOG(CPI/WRLDPIM/REX))
lag
coefficent
t-value
0
-1.2298
-6.17
1
-.6042
-9.90
2
-.1907
-1.90
3
.0107
.11
支払
LOG(BPSTRVP/UPCP/REX)
=
- 8.160
+ 1.436 LOG(CH95)
(- 0.703)(+ 1.47)
- 1.167 PDL(2,3,1,LOG(UPCP*REX/PCH)) - 0.03250 Q1 - 0.02727 Q2
(- 5.86)
(- 0.606)
+ 0.1334 Q3
(+ 2.51)
RADJ =
.600
SE =
標本期間:1993. 2
.112
∼ 2002. 1
DW =
(標本数:36)
PDL(2,3,1,LOG(UPCP*REX/PCH))
lag
coefficent
t-value
0
-.4285
-1.57
1
-.3503
-5.87
2
-.2528
-2.03
3
-.1360
-1.11
143
.73
(- 0.504)
その他サービス
その他サービスは、輸送及び旅行に属さないサービス取引である。受取は非居住者が居
住者に支払ったサービスの購入額であり、国内総生産デフレータで除して実質化し、所得
要因である実質世界輸入と、相対価格要因である国内総生産デフレータを世界輸入価格指
数で除した比で説明される。所得弾力性は 0.3446、価格弾力性は 1.314 である。一方、支
払は居住者が非居住者に支払ったサービス費用であり、米国国内総生産デフレータで除し
て実質化し、所得要因である日本の 1995 年価格国内総生産と、相対価格要因である米国の
国内総生産デフレータと日本の国内総生産消デフレータの比で説明する。所得弾力性は
1.751 であり、相対価格は多項式ラグが仮定され、短期で 0.1027、長期で 0.5135 である。
受取
LOG(BPSOTHR/PGDP)
=
- 3.808
+ 0.3446 LOG(WRLDIM/WRLDPIM)
(- 3.04) (+ 5.46)
- 1.314 LOG(PGDP/WRLDPIM/REX) + 0.1129 Q1 - 0.04039 Q2
(- 9.34)
(+ 3.52)
(- 1.26)
- 0.008768 Q3
(- 0.274)
RADJ =
.854
SE =
.067
標本期間: 1993. 2
TO 2002. 1
DW =
.98
(標本数:
36)
支払
LOG(BPSOTHP/UPGDP/REX)
=
- 15.75
+ 1.751 LOG(GDP95)
(- 2.09) (+ 2.89)
- 0.5135 PDL(2,3,3,LOG(UPGDP(-1)*REX(-1)/PGDP(-1))) - 0.01879 Q1
(- 3.10)
(- 0.382)
+ 0.007048 Q2 - 0.08463 Q3
(+ 0.143)
RADJ =
(- 1.72)
.240
SE =
標本期間:1993. 2
.104
TO 2002. 1
144
DW =
.26
(標本数:36)
PDL(2,3,3,LOG(UPGDP(-1)*REX(-1)/PGDP(-1)))
lag
coefficent
t-value
0
-.1027
-3.11
1
-.1541
-3.11
2
-.1541
-3.11
3
-.1027
-3.11
6−2−4.所得収支
所得収支のうち、雇用者報酬は外生変数であるが、投資収益は(1)直接投資収益、(2)証券
投資収益、(3)その他投資収益に区分される。投資収益の受取と支払は、各投資の資産残高、
負債残高、為替レート、利子率などの変数によって説明される。なお、資産残高及び負債
残高は、資本収支のうち直接投資、証券投資、その他投資について、1996 年末の資産・残
高をベンチマークとして積み上げたものである。
直接投資収益
投資した資本を直接所有することから生じる利子、配当金等を計上し、さらに再投資収
益も計上されている。受取は、直接投資収益受取を前期末の直接投資資産残高で除した収
益率を為替レートの変化率で説明している。支払は、直接投資収益支払を前期末の直接投
資負債残高で除した収益率を GDP 当たり法人所得で説明している。なお、支払についてコ
イックラグが仮定されている。
受取
BPYDR/BPKDA(-1)
=
+ 0.0008646
+ 0.00003341 GR(4,REX) + 0.0004615 Q1
(+ 5.87)
(+ 5.06)
(+ 2.15)
+ 0.0002300 Q2 + 0.0002692 Q3
(+ 1.10)
RADJ =
(+ 1.30)
.515
SE =
.000
DW = 1.21
標本期間: 1996. 2
TO 2002. 4
(標本数:
145
27)
支払
BPYDP/BPKDL(-1)
=
- 0.0004609
+ 0.007244 YC/GDP
(- 1.60)
(+ 2.11)
+ 0.4514 BPYDP(-1)/BPKDL(-2) + 0.0003557 Q1 + 0.0001332 Q2
(+ 2.35)
(+ 3.56)
(+ 1.36)
+ 0.0001580 Q3
(+ 1.68)
RADJ =
.363
SE =
.000
DW = 2.56
標本期間: 1996. 3
TO 2002. 1
(標本数:
23)
証券投資収益
証券投資は、直接投資先以外からの配当金、国債などの債権や金融商品などの利子から
なる。受取は前期末の証券投資収益を証券投資資産残高で除した収益率を、為替レート変
化率と米国 10 年物長期国債金利で説明している。支払は証券投資収益支払を前期末の証券
投資負債残高で除した収益率を、日本の 10 年物国債金利を用いて説明している。なお、受
取と支払の両方についてコイックラグが仮定されている。
受取
BPYSR/BPKSA(-1)
=
- 0.0001499
+ 0.00005137 GR(4,REX)
(- 0.0929)
(+ 2.64)
+ 0.0005287 URLG10 + 0.6796 BPYSR(-1)/BPKSA(-2) + 0.003500 Q1
(+ 1.99)
(+ 5.95)
(+ 6.66)
- 0.0002242 Q2 + 0.0009436 Q3
(- 0.419)
RADJ =
(+ 1.94)
.844
SE =
標本期間:1996. 3
.001
∼ 2002. 4
DW = 2.31
(標本数:26)
支払
BPYSP/BPKSL(-1)
=
+ 0.0007384
+ 0.0004881 RLBOND
(+ 1.67)
(+ 1.65)
+ 0.8078 BPYSP(-1)/BPKSL(-2) - 0.001603 Q1 + 0.0003333 Q2
(+ 9.07)
(- 4.86)
- 0.001974 Q3
(- 6.04)
146
(+ 1.03)
RADJ =
.874
SE =
.001
DW = 2.57
標本期間: 1996. 3
TO 2002. 4
(標本数:
26)
その他投資収益
その他投資収益は、直接投資収益及び証券投資収益以外の全ての債権・債務に関わる利
子の受取・支払となる。貸付金や預金の利息なども含まれる。受取はその他投資収益を、
前期末その他投資資産残高、為替レート変化率と米国 10 年物国債金利で説明する。
支払は、
証券投資収益支払を前期末証券投資負債残高と為替レートの変化率で説明する。なお、受
取と支払は両方ともコイックラグが仮定されている。
受取
BPYOR
=
- 8085.1
+ 0.007340 BPKOA(-1)
(- 6.72)
(+ 5.75)
+ 0.00002636 GR(1,REX)*BPKOA(-1) + 0.0006591 URLG10*BPKOA(-1)
(+ 1.77)
(+ 4.66)
+ 0.2686 BPYOR(-1)
(+ 2.65)
RADJ =
.963
SE =
490.784
DW = 2.04
標本期間: 1996. 2
TO 2002. 4
(標本数:
27)
支払
BPYOP
=
- 2764.3
+ 0.004083 BPKOL(-1)
(- 2.48)
(+ 2.21)
+ 0.00008792 GR(1,REX)*BPKOL(-1) + 0.6726 BPYOP(-1) + 1258.2 Q1
(+ 3.80)
(+ 5.01)
(+ 3.14)
- 393.6 Q2 + 847.1 Q3
(- 1.10)
RADJ =
(+ 2.57)
.953
SE =
616.090
DW = 1.58
標本期間: 1996. 3
TO 2002. 4
(標本数:
147
26)
6−3.シミュレーションによる経常収支変動の要因分析
経常収支モデルは、経常収支の動向に大きな影響を与える様々な要因を取り入れて構築
されており、それらの要因が変化したときの経常収支に与える直接的な効果だけでなく、
国内生産や物価水準の変動を通した間接的な影響も評価することができる。
経常収支の中長期的な動向を展望する場合、産業の空洞化現象として危惧されている直
接投資の増加の影響が注目されている。もちろん、直接投資以外にも、イラク情勢が緊迫
化する中での世界経済の景気動向や、原油価格の急騰などの短期的な攪乱要因の影響につ
いても関心が高まっており、本節ではこれらの経常収支を取り巻くいくつかの要因が経常
収支や日本経済に与える影響をシミュレーションの手法で評価することを試みる。シミュ
レーション期間は、2000 年第 1 四半期から 2002 年第 4 四半期までの 12 期間とする。本節
では、暦年ベースに集計し、代表的な変数について変化を分析する。なお、本シミュレー
ション期間については、実績値の利用可能な変数が多数あり、それらが推定された方程式
で決定される場合、方程式解と実績値が一致するように誤差項をあらかじめ計算し、モデ
ル解を得るときにそれを用いて、実績値とモデル解が一致するように解かれている。
本節で採り上げる外部要因は、(1)直接投資、(2)為替レート、(3)米国経済・アジア経済の
動向、(4)原油価格の 4 つとする。
6−3−1.直接投資
シミュレーションでは、
(1)米国及びアジア向け直接投資が実績値より毎年 1 兆円増加する
(2)EU 向け直接投資が実績値より毎年 1 兆円増加する
(3)その他地域向け直接投資が実績値より毎年 1 兆円増加する
のケースについて行う。なお、モデルにおける輸出と海外直接投資は米国、韓国・台湾・
香港、アセアン、中国、EU、及びその他の地域に区分されている。
なお、米国、韓国・台湾・香港、アセアン、中国向け輸出関数では、当該地域向け直接
投資残高ではなく総直接投資残高が用いられている。そのため、どの地域向け直接投資を
増加させてもこれら4地域向け輸出に対する効果は同じとなる。そこで、本節では米国、
及びアジア向け直接投資として一括する。一方、EU とその他地域について当該地域向け輸
出関数にその地域向け直接投資残高が含まれている。しかし、EU とその他地域向け直接投
資は、総直接投資残高を変数とする米国、韓国・台湾・香港、アセアン、中国向け輸出に
も影響する。従って、EU とその他地域向け直接投資の増加のシミュレーションについては
他の 4 地域向けとは扱いが異なり、参考値にとどめる。
シミュレーション期間の 2000∼2001 年 2 年間の直接投資の年平均値は 8 兆円であるこ
とから、1 兆円規模の増加は 25%の増加を意味する。一方、投資先の内訳は米国 30%、ア
ジア 14%、EU41%、その他地域 15%である。
148
表6−4.米国・アジア向け直接投資の増加
経常収支
輸出
米国
韓国・台湾・香港
アセアン
中国
輸入
貿易収支
サービス収支
所得収支
国内総生産、実質
国内総生産、名目
国内総生産、デフレータ
国内企業物価指数
消費者物価指数
2000
-594
-430
-337
-92
-78
50
152
-581
-13
0
-0.13
-0.15
-0.02
-0.02
-0.03
2001
-1,849
-1,287
-1,071
-279
-221
206
525
-1,813
-30
-6
-0.34
-0.61
-0.27
-0.23
-0.30
2002
-2,880
-1,904
-1,569
-466
-366
382
897
-2,801
-45
-34
-0.38
-1.08
-0.70
-0.62
-0.77
経常収支関連:乖離幅(10 億円)、その他:乖離率(%)
表6−5.EU・その他地域向け直接等の増加
EU向け輸出
その他地域向け輸出
2000
-569
-175
2001
-1,404
-584
2002
-1,814
-805
経常収支関連:乖離幅(10 億円)
表6−4は米国・アジア向け直接投資が実績ベースを毎年1兆円上回る場合の貿易・経
常収支と日本経済に与える影響を表している。それによれば、直接投資の増加は米国・韓
国・台湾・香港、及びアセアン向けの輸出を減少させる効果を持つ。その大きさは初年度
4,300 億円、二年度 12,870 億円、三年度 19,040 億円に達する。特に、米国向け輸出の減少
幅が大きい。ただ、中国向け輸出は増加し、その大きさは初年度 500 億円、二年度 2,060
億円、三年度 3,820 億円となる。一方、輸入は増加し、その大きさは初年度 1,520 億円、
二年度 5,250 億円、三年度で 8,970 億円となる。
すなわち、表6−4は直接投資の増加が輸出を減少させ輸入を増加させ、貿易収支の黒
字を減少させる効果のあることを示している。特に、輸出の減少は大きく、輸入の増加額
の規模の 2 倍以上にも達する。一方、サービス収支と所得収支は減少する。直接投資資産
残高の増加にも関わらず所得収支が悪化する理由は以下の通りである。まず、貿易収支の
悪化が国内経済を停滞させ、需給ギャップの拡大から物価が下落し、税収が減少すること
で赤字国債が増加し、それが長期金利を上昇させ、証券負債残高に対する支払を増加させ
るメカニズムが働き、その規模が直接投資収益の増加を上回る。直接投資の増加による国
内総生産の減少は、初年度 0.13%、二年度 0.34%、三年度 0.38%に達する。一方、物価を
引き下げる効果は、初年度は 0.02∼0.03%と小さいものの、二年度 0.2∼0.3%、三年度 0.6
149
∼0.7%と次第に大きくなる。その結果、名目国内総生産は初年度 0.15%、二年度 0.61%、
三年度 1.08%減少する。すなわち、海外直接投資の増加は、経常収支の黒字を減少させ、
日本経済に大きなデフレ効果を持つ。
6−3−2.為替レート
為替レートの変動は、経常収支の各項目と国内生産や物価動向に大きな影響を与える。
そこで、シミュレーションでは 2000 年から 2002 年の為替レートについて、実績から 10
円の円安と 10 円の円高を想定して標準解からの差を比較する。円安と円高の二つのシミュ
レーションを行うのは、為替レートの変動効果の対称性を見るためである。
表6−6は円安の効果である。円安は貿易収支・サービス収支・所得収支を改善させる
効果がある。特に、輸出は初年度 32,310 億円、二年度 32,820 億円、三年度 33,630 億円増
加する。一方、輸入もドル建て取引の比重が大きいことから、円建てベースの輸入支払額
も増加し、初年度 20,630 億円、二年度 11,840 億円、三年度 11,170 億円増加する。しかし、
輸出増の効果が大きく、貿易黒字は初年度 11,680 億円、二年度 20,980 億円、三年度 22,460
億円増加する。サービス収支は、初年度は小さいものの、二年度以降 3,130 億円程度改善
する。それに対して、所得収支は円建て所得受取の増加で初年度は 7,260 億円改善するも
のの、二年度以降漸減する。これは輸出の増加が景気刺激効果を持ち、国内総生産が増加
し、需給ギャップが改善することで物価も上昇し、所得収支支払が増加するためである。
その結果、経常収支黒字は初年度 19,040 億円、二年度 26,470 億円、三年度 26,500 億円増
加する。なお、10 円の円安は、国内総生産を初年度 0.22%、二年度 0.43%引き上げるが、
三年度は 0.07%の引き上げにとどまる。すなわち、円安の景気刺激は短期的効果しかもた
ない。それに対して、円安は国内物価を初年度 0.6∼0.7%、二年度 1.3%、三年度 1.6∼1.7%
押し上げる効果があり、物価は上昇する。その結果、名目国内総生産は初年度 0.67%、二
年度 1.43%、三年度 1.48%増加する。
表6−6.円安(10 円)
経常収支
貿易収支
輸出
輸入
サービス収支
所得収支
国内総生産、実質
国内総生産、名目
国内総生産、デフレータ
国内企業物価指数
消費者物価指数
2000
1,904
1,168
3,231
2,063
9
726
0.22
0.67
0.45
0.71
0.62
2001
2,647
2,098
3,282
1,184
313
236
0.43
1.43
1.00
1.26
1.37
2002
2,650
2,246
3,363
1,117
281
122
0.07
1.48
1.40
1.64
1.76
経常収支関連:乖離幅(10 億円)、その他:乖離率(%)
150
円高は円安効果の逆となる。すなわち、円高は経常収支を減少させ、国内総生産を短期
的には押し下げる効果があり、物価水準は下落傾向を強める。
表6−7.円高(10 円)
経常収支
貿易収支
輸出
輸入
サービス収支
所得収支
国内総生産、実質
国内総生産、名目
国内総生産、デフレータ
国内企業物価指数
消費者物価指数
2000
-1,937
-1,222
-3,303
-2,081
12
-727
-0.21
-0.70
-0.49
-0.78
-0.67
2001
-2,642
-2,119
-3,280
-1,161
-304
-218
-0.39
-1.40
-1.01
-1.27
-1.39
2002
-2,620
-2,238
-3,339
-1,101
-270
-112
-0.03
-1.39
-1.36
-1.56
-1.69
経常収支関連:乖離幅(10 億円)、その他:乖離率(%)
6−3−3.米国の景気動向
表6−8は日本経済に強い影響を与える米国経済、アジア経済と原油価格について、1995
年から 2002 年までの動向を示している。
米国経済はアジア・ショックにも関わらず、2000 年までは IT ブームもあって高い成長
率を持続した。しかし、2000 年の IT バブルの崩壊後、設備投資が急速に衰えて成長率が
低下を始めた。そのため FRB は数度に渡って金利を引き下げ、住宅投資や耐久財消費支出
を刺激することでソフトランディングを目指した。しかし、2001 年 9 月 11 日以後頼みの
消費が勢いを失い、2001 年は通年で 0.3%の低い伸びにとどまっている。2002 年は 2.4%
の成長を示しているものの、2000 年後半から深刻化した IT バルブの崩壊は日本経済を含
めてアジア経済に深刻な打撃を与えた。そこで、米国経済の動向が日本の経常収支と国内
経済に与える影響を評価する目的で、米国の GDP を実績より1%上方にシフトさせてシミ
ュレーションを行う。
1995
1996
1997
1998
1999
2000
2001
2002
米国GDP
2.7
3.6
4.4
4.3
4.1
3.8
0.3
2.4
表6−8.日本を取り巻く世界経済の動向
NIES輸入 アセアン輸入 中国輸入 世界輸入 原油価格
23.4
26.2
14.2
19.6
18.1
4.3
5.3
5.2
4.8
20.3
3.8
-1.6
2.3
3.4
20.6
-18.1
-25.3
-1.3
-1.4
14.0
7.2
6.8
18.2
4.3
17.1
25.1
22.3
24.3
13.1
28.4
-12.4
-9.3
18.1
-3.2
25.2
3.9
3.2
11.4
-7.2
24.7
原油価格:ドル/バーレル、その他:前年比伸び率(%)
151
表6−9に示されるシミュレーション結果によれば、米国 GDP が1%上方にシフトする
ことで、米国向け輸出は初年度 2,070 億円(実績からの乖離率 1.3%)、二年度 2,340 億円
(同 1.6%)
、三年度 2,240 億円(同 1.5%)増加する。しかし、国内総生産を押し上げる効
果は比較的小さく、最も大きい初年度でも 0.04%にとどまる。ただ、この事実は 2001 年の
米国での IT バブルの崩壊による日本及びアジア経済に対する深刻な影響を説明することが
出来ない。これは本章の経常収支モデルでは、米国向け輸出関数の所得要因として GDP が
用いられているが、日本の米国向け輸出が米国の設備投資の動向に大きく左右される傾向
が強まっていること、日本単独のモデルであることで米国経済がアジア経済に影響し、そ
れが間接的に日本経済に与える影響の大きさを考慮していないためと考えられる。その意
味で、2000 年の世界的な景気後退は IT バブルの崩壊による半導体を中心とする電気機器
産業を中心とする特定産業に集中していることから、産業レベルでの動向を明示的に組み
入れること、及び世界モデルによる評価が必要となろう。世界モデルによる米国経済の変
動の影響については、伴他による東アジアリンクモデル(内閣府経済社会総合研究所経済
分析 164 号、2002 年 4 月)などが参考となる。
表6−9.米国 GDP1%増
経常収支
貿易収支
輸出
米国
輸入
サービス収支
所得収支
国内総生産、実質
国内総生産、名目
国内総生産、デフレータ
国内企業物価指数
消費者物価指数
2000
178
172
195
207
23
5
1
0.04
0.05
0.01
0.01
0.02
2001
208
200
224
234
25
5
3
0.03
0.08
0.05
0.04
0.06
2002
209
197
218
224
21
5
6
0.01
0.09
0.08
0.07
0.09
経常収支関連:乖離幅(10 億円)、その他:乖離率(%)
6−3−4.東アジア経済の動向
東アジア経済は日本にとって最大の輸出市場であるが、表6−8の輸入動向に示される
ように 2000 年から 2001 年には、1997 年から 1998 年のアジア危機に匹敵する大きな変動
を経験している。アジア危機は、1995 年までの高い輸入の伸びが経常収支赤字の持続可能
性に疑念を生み、為替投機によって引き起こされたと考えられるが、2000 年から 2001 年
の大きな変動は米国の IT バブル崩壊の直撃を受けたことによる。アジア地域の輸入総額の
大きな変動にもかかわらず、アジア危機の再燃とならなかったのは、中国を除いてアジア
諸国がドルペッグを放棄し、変動制に移行することでショックを吸収することができたた
めと考えられる。しかし、日本経済にとって、最大の輸出市場である東アジア地域におけ
152
る輸入のボラティリティーの高さは致命的である。
シミュレーションでは、東アジア、すなわち、韓国・台湾・香港・アセアン・中国の輸
入総額が 10%上方にシフトしたときの効果を見る。なお、10%ダウンした場合と比較して
も効果は対称的である。
表6−10によれば、輸出は初年度 23,520 億円(実績からの乖離率 12.0%)、二年度
22,600 億円(同 12.3%)、三年度 24,300 億円(同 11.5%)増加する。特に、韓国・台湾・
香港とアセアン向け輸出の増加が著しい。輸出の増加で国内総生産も初年度で 0.46%増加
するが、その影響は次第に減衰し、二年度 0.29%、三年度 0.15%となる。国内総生産が増
加することで物価も押し上げられ、
初年度 0.1∼0.2%、二年度 0.5∼0.6%、三年度 0.7∼0.9%
上方にシフトする。その結果、名目国内総生産は初年度 0.60%、二年度 0.83%、三年度 0.97%
押し上げられる。すなわち、東アジア地域の輸入の拡大により、経常収支黒字が拡大し、
国内総生産と物価がともに押し上げられる。
表6−10.アジア輸入10%増
経常収支
貿易収支
輸出
韓国・台湾・香港
アセアン
中国
輸入
サービス収支
所得収支
国内総生産、実質
国内総生産、名目
国内総生産、デフレータ
国内企業物価指数
消費者物価指数
2000
2,153
2,079
2,352
1,231
1,096
175
273
66
8
0.46
0.60
0.14
0.13
0.21
2001
2,109
2,017
2,260
1,141
999
228
242
53
38
0.29
0.83
0.54
0.47
0.64
2002
2,316
2,191
2,430
1,205
1,048
277
239
58
67
0.15
0.97
0.82
0.72
0.93
経常収支関連:乖離幅(10 億円)、その他:乖離率(%)
6−3−5.原油価格
イラク情勢の緊迫化を受けて、原油価格は上昇基調にある。ニューヨーク WTI の先物価
格は、2 月に入ってから 1 バーレル 36 ドル台で推移している。2002 年 12 月の原油輸入価
格は 26 ドル台であったが、30 ドル台目前である。石油危機の時代とは異なり、原油価格の
高騰が物価上昇を引き起こす可能性は低くなったと言われるが、原油輸入額は着実に増加
しおり、日本経済にとってコスト上昇要因となる。そこで、原油価格を 10 ドル上昇させて
その影響を見る。
153
表6−11.原油高(10ドル/バーレル)
経常収支
貿易収支
輸出
輸入
鉱物性燃料
サービス収支
所得収支
国内総生産、実質
国内総生産、名目
国内総生産、デフレータ
国内企業物価指数
消費者物価指数
2000
-1,677
-1,593
15
1,608
1,824
-78
-6
-0.20
-0.38
-0.17
0.08
0.00
2001
-1,770
-1,655
-30
1,624
1,823
-86
-29
-0.06
-0.56
-0.49
-0.20
-0.31
2002
-1,827
-1,693
-71
1,622
1,821
-82
-53
0.05
-0.72
-0.77
-0.44
-0.60
経常収支関連:乖離幅(10 億円)、その他:乖離率(%)
表6−11によれば、原油価格 10 ドルの上昇により鉱物性燃料輸入額は 18,200 億円ほ
ど増加する。しかし、原油価格の上昇は、鉱物性燃料の輸入価額を急増させるため、名目
国内総生産を増加させる。所得の流出は企業や家計にはコスト要因と働き、初年度におい
て国内企業物価を 0.08%押し上げるものの、強いデフレ要因として働く。名目国内総生産
は初年度 0.38%、二年度 0.56%、三年度 0.72%減少する。その結果、実質国内総生産も初
年度 0.20%、二年度 0.06%減少する。しかし、三年度はわずかであるが 0.05%増加に転じ
る。すなわち、原油価格上昇は初年度だけであるが国内総生産を押し下げ、需給ギャップ
を拡大させ、デフレ圧力を高める傾向が見られる。
6−4.経常収支の中期展望
経常収支モデルを用いて 2003 年から 2007 年までの経常収支の動向について展望し、前
提条件の変更による経常収支の変化についても分析する。本節は、前節と異なり年度ベー
スで予測を行っている。
予測の前提条件は表6−12にまとめられている。それによれば、為替レートは 120 円
の水準で推移すると想定されている。日本経済の景気回復がはかばかしくない理由の一つ
として1ドル 120 円が高すぎるとの見方がある。しかし、最近の米国経常収支の赤字が急
速に拡大する傾向にあり、その原因の一つとして 1995 年以降ドルの実質為替レートが上昇
していることが挙げられている。すなわち、ドルを取り巻く現在の環境が、為替レートの
大幅な国際的調整を引き起こした 1985 年のプラザ合意直前の状況に似ているとの指摘があ
る。もちろん、プラザ合意時と異なり上げ幅はまだ三分の二程度であり、上昇速度も緩や
かである。しかし、ユーロがドルに対して高くなる傾向が顕著な中で、円を含めたアジア
通貨が現在のまま推移することは考えにくく、アジア通貨を含めて再調整の可能性が高い。
その場合、日本経済は構造調整の遅れから不良債権問題処理が遅れ気味であり、円安が望
154
ましいとしても、円安が許容される状況にない。従って、1 ドル 120 円の水準は、日本及び
世界を取り巻く状況の中では最も可能性が高いと考えられる。
表6−12.予測の前提
為替レート
米国実質GDP
NIES輸入額
アセアン輸入額
中国輸入額
EU実質GDP
原油
直接投資
公的資本形成
マネーサプライ
2003
120
1.7
9.0
8.2
8.2
1.5
29.0
3.5
-4.4
2.0
2004
120
3.2
8.2
8.2
8.2
2.0
28.1
3.7
-3.9
3.5
2005
120
3.2
8.2
8.2
8.2
2.0
28.3
3.7
-3.7
4.0
2006
120
3.2
8.2
8.2
8.2
2.0
28.9
3.7
-0.8
4.5
2007
120
3.2
8.2
8.2
8.2
2.0
29.5
3.7
0.0
4.5
為替レート:円/ドル、原油:ドル/バーレル、直接投資(資産):兆円、
その他:伸び率(%)
標準予測の想定では、イラク情勢の緊迫化で米国経済は景気回復の足取りが重く、2003
年は年度ベースで 1.7%の低い伸びにとどまる。しかし、2004 年度以降は 3%強成長で推移
すると想定されている。それに対して、EU は 2%台の成長を想定している。これは、最近
のユーロ高を考慮したものである。一方、アジア経済は輸入ベースで 8%台の順調な伸びで
推移すると想定されている。なお、現時点ではイラク問題の行方が問題となっているが、
イラク攻撃が行われたとしても短期間で収束すると想定されている。最後に、直接投資(資
産)は、毎年 3.5∼3.7 兆円の水準で推移すると想定されている。表6−12の前提に基づ
く標準予測結果を表6−13に示している。
表6−13.標準予測
経常収支
GDP比
貿易収支
輸出
輸入
サービス収支
所得収支
国内総生産、実質
国内総生産、名目
国内総生産、デフレー
国内企業物価指数
消費者物価指数
2003
12.5
2.5
11.5
52.0
40.5
-5.6
7.6
0.4
-0.7
-1.1
-0.8
-0.6
2004
13.0
2.6
11.2
53.3
42.1
-5.5
8.2
1.0
0.3
-0.7
-0.6
-0.3
経常収支関連:兆円、その他:伸び率(%)
155
2005
13.2
2.6
11.2
55.0
43.8
-5.4
8.4
1.5
0.8
-0.8
-0.5
-0.2
2006
12.9
2.5
10.9
56.8
45.9
-5.3
8.2
1.8
1.2
-0.6
-0.4
0.2
2007
12.8
2.5
11.0
58.8
47.8
-5.1
7.9
1.6
1.3
-0.2
-0.3
0.7
まず、実質国内総生産は、2003 年度は 0.4%の低い伸びにとどまるが、その後は徐々に
回復し、2004 年度は1%、2006 年度は 1.8%に達すると見込まれる。すなわち、非常に緩
やかな回復シナリオが見込まれている。貿易は輸出・輸入ともに増加するが、輸出の伸び
が比較的落ち着いているために、貿易収支は 11 兆円程度で推移すると見込まれる。サービ
ス収支と所得収支についても目立った変化が生ずることはなく、経常収支も 13 兆円台で推
移する。すなちわ、名目 GDP 比 2.5%台で推移する。
表6−14.シミュレーション:経常収支の動向
標準予測
直接投資増
円安
円高
原油高
米・アジア不況
2003
12.5
12.0
14.0
11.0
10.7
9.9
2004
13.0
11.3
15.4
10.5
11.3
10.1
2005
13.2
10.4
15.9
10.6
11.5
10.1
2006
12.9
8.9
15.8
10.0
11.0
9.4
2007
12.8
7.7
16.0
9.7
10.9
9.1
単位:兆円
表6−14は前提条件を変えたシミュレーションを行い、経常収支の変化の動向を示し
ている。海外直接投資が標準予測と比して毎年 1 兆円増加し、毎年 4.5∼4.7 兆円の規模で
推移するとすれば、2007 年の経常収支は 5 兆円減少する。経常収支を減少させるその他の
要因としては、円高と米国・アジアの不況の長期化が考えられる。円レートが 110 円、す
なわち 10 円の円高が 5 年続いた場合、2007 年の経常収支は 3 兆円減少する。海外直接投
資と円高は同時に生じる可能性が高いことから、そのような組み合わせが実際に生ずれば、
経常収支は標準予測から大きく減少すると考えられる。一方、原油高の持続も経常収支を
減少させる。10 ドルの原油高は年間 2 兆円程度経常収支を減少させる。また、日本の輸出
市場である米国とアジアの景気後退が長引いた場合も経常収支は減少する。シミュレーシ
ョンでは、米国の実質 GDP が予測期間において標準予測の前提を 3%、アジア地域の輸入
が同 10%下回ると仮定している。その場合、経常収支は 3 兆円減少する。
5 年程度を展望するとき、経済動向によっては、2007 年の経常収支は 6 兆円から 16 兆円
の範囲で変動すると考えられる。
156