報告 1/「金融危機後の米国経済」 西川 珠子(にしかわ たまこ) みずほ

第 5 回 IIST 国際情勢研究会
2010 年 10 月 22 日
報告 1/「金融危機後の米国経済」
西川 珠子(にしかわ たまこ)
みずほ総合研究所 調査本部 政策調査部 主任研究員
1. 過去最大規模の景気対策
本日は「金融危機後の米国経済」というテーマで、米国経済の現状と今後の展望について
お話ししたい。サブプライム・ローン問題に端を発し、2008 年 9 月のリーマン・ショックで
一気に深刻化した金融危機に対し、米国の政策当局は空前の規模の景気・金融安定化策を実
施してきた。具体的には「米国再生・再投資法(ARRA)」の制定や、総額 7872 億ドル(GDP
〔国内総生産〕比 5.5%)という過去最大規模の景気対策、そして低燃費車への自動車買い
替え減税、住宅減税などの措置を行っている。また金融安定化対策としては、金融機関への
資本注入等を行う公的資金約 7000 億ドルを活用した「不良資産救済プログラム(TARP)
」、米
連邦準備制度理事会(FRB)の信用市場への資金供給、連邦預金保険公社(FDIC)の預金保護
なども行ってきた。その総額は 3.7 兆ドル規模で、米国の年間の歳出規模とほぼ同額の、か
つてない大規模な対策になっている。
こうした政策の総動員の効果もあり、米国経済は大恐慌に次ぐ、長く深い景気後退を経て、
2009 年 6 月には回復に転じている。今回の景気後退の期間は、2007 年 12 月から 2009 年 6 月
までの 18 ヵ月で、大恐慌後の 43 ヵ月には遠く及ばないが、戦後平均の 11 ヵ月を大きく上回
る長期のものになっている。また今回の実質 GDP 減少幅は 4.1%の落ち込みで、こちらも大
恐慌後の 26.7%の落ち込みには遠く及ばないが、戦後平均の 1.7%のマイナスを大きく上回
る深い景気後退を経験したということだ。2009 年後半以降、実質 GDP 成長率は急激に回復し
ているが、内訳を見ると、在庫投資積み増しの寄与が非常に大きく、最終需要の回復テンポ
は非常に鈍いものにとどまっている。
また経済活動の水準として、雇用者数と工業生産の推移を見ると、生産・雇用は急激に落
ち込んだ後、いまだ 2004、05 年ごろの水準で停滞している。特に生産はかろうじて V 字型で
回復していると見ることもできるが、雇用については非常に低迷した水準で、全く浮揚して
いない状況が続いている。
2009 年 6 月を底に回復し、すでに回復期間は 1 年超に及んでいるが、このところ政策効果
の息切れとともに米国経済が二番底に陥るのではないかという懸念が強まっている。失業率
はピークの 10.1%から低下しているが、いまだに 9%台後半で下げ渋っている。住宅販売、
新車販売台数の推移を見ても、減税措置の終了と共に失速が鮮明になっている。過去最大規
模の米国再生・再投資法についても、この 9 月で終了した 2010 年度までに約 75%の資金が
配分されている。クリーンエネルギーや高速道路等のインフラ投資については、今後本格化
するものの、全体としては 2011 年以降、これまでの景気刺激効果は徐々に剥落していってし
まう状況だ。
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今年前半、景気がかなり回復感を強めていたころには、政策対応は危機対応から出口戦略
を遂行する局面にあると盛んにいわれた。しかし、その後は春先に欧州でソブリン・リスク
がかなり意識されるようになり、金融市場が再び不安定化したことも手伝い、米国のみなら
ず世界景気全般に対する懸念が強まった。米国中心に先進各国が政策依存からの脱却を進め
なければならないが、なかなか実行に移せない状況だ。
2. 米国経済の乏しい景気回復力
では今回、景気回復力がなぜこれほど弱いのかということについて考えていきたい。米国
経済の回復力が非常に乏しいことの背景には、もちろん複合的な要因があるが、あえて 1 つ
に絞るとすれば「信用膨張」とその修正(Deleverage)に尽きるのではないか。今回の景気拡
大局面で米国の信用残高の推移を見ると、名目 GDP で 3 倍を超える規模に膨張している。1980
年代にも信用が非常に高い伸びを示した時期があったが、当時はかなりインフレが高騰して
いたということもある。一方、現在の信用の拡大は経済の実力から見ると高過ぎ、名目 GDP
と信用の伸びの乖離が著しく拡大してしまっている。
信用(Credit)という言葉は日本語にするとわかりにくいところがあるが、借り手である
家計や企業、政府にとっては負債で、貸し手である金融機関にとっては資産になる。金融危
機を契機に、信用の急速な拡大の巻き返しである信用収縮が顕著に進行し、それが借り手に
とっては負債を圧縮し、貸し手にとっては資産であるところの貸出を圧縮することになって
いる。政府部門と民間部門に分けて見ると、米国政府の財政赤字は非常に拡大し政府債務も
累増しているため、政府部門については信用が依然として拡大しているが、民間部門の信用
が急速に落ち込んでいる。これは 1955 年の統計開始以来、起きたことがない異常な事態だ。
こうした「信用の膨張と修正」の動きを加速させているのが、資産価格の低迷という問題
だ。株価、不動産価格の推移を見ると、資産価格は 2006~07 年ごろをピークに急速に下落し
ている。ピークからの下落幅を見ると、住宅については 31.5%で、オフィス・ビルやショッ
ピング・モールなどを指す商業用不動産では 40.9%だ。また株価も S&P500 指数で見て、45.8%
ということで、3 割から 5 割近くも資産価格が下落してしまった。こうした資産価格の下落
により、米国の家計や企業が保有している資産から負債を引いた純資産も大幅に減少し、ピ
ークと比べると 21.8 兆ドルも減少している。これは米国の名目 GDP が約 14 兆ドルであるこ
とを考えると、1 国の経済規模を上回るほどの資産喪失が起きてしまったという状況だ。そ
して資産の目減りが止まらないからには、バランスシートの反対側にある負債を圧縮しなけ
ればならない。そのため家計、企業部門には、負債圧縮の圧力が非常に強まっている。
次に信用の出し手である金融機関の動きについて、確認してみたい。銀行の貸出残高の推
移を見ると、2008 年の第 4 四半期のピーク時点から約 5000 億ドル減少しているが、金融危
機前の急拡大局面よりは依然として高水準にあり、なお調整余地が残っている。量的に見て
銀行貸出が非常に減少しているということだが、貸出の質の側面から見ても、景気が曲がり
なりにも回復局面に入ったということで、消費者向けの貸出や企業向けの商工業貸出につい
ては延滞率に歯止めがかかってきている。一方、不動産の担保貸出については、住宅価格、
商業用不動産価格とも大幅に下落が続いているので、それによって引き続き資産内容の劣化
が進み、延滞率全体を押し上げてしまっている状況だ。
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こうした不良資産の増加が金融機関経営に与える影響を見ると、資産 100 億ドル以上の大
手の金融機関については、商業用不動産貸出が貸出全体に占める比率が 17%ぐらいで、若干
上昇しているが、それほど大きな変化は見られず推移している。これに対し、資産が 10 億ド
ルから 100 億ドルの中堅行、資産が 10 億ドル未満の中小行については、他に収益機会が乏し
かったこともあり、急激に商業用不動産に貸し込んでしまっている状況だ。商業用不動産が
貸出資産に占める割合は 4 割以上に上ってきており、こうした不動産貸出に傾斜したビジネ
スモデルが非常に裏目に出てきている。大手行については金融市場の安定化に伴いトレーデ
ィング業務といった形で収益が改善しているが、中小、中堅行は基本的に伝統的な貸出業務
への依存度が高いので、市場関連の収益の回復が限定的にしか見られず、依然として経営安
定化は道半ばという状況だ。
こうした中堅・中小行の経営不安がどのように問題なのかについて、金融機関別の貸出等
のシェアを見ると、中小企業貸出の 52.1%は中堅・中小行が握っており、一般の貸出に比べ
て中堅・中小行の果たす役割がやはり大きい。そのため金融機関の経営不振は、中小企業に
非常に大きな打撃を与えている。そして今般、かなり難航したのだが、議会でようやく 300
億ドル規模の「中小企業貸出基金」の創設が決定され、中小企業貸出を増加させる金融機関
に、優遇して資本注入を行うことが決まった。それによる貸出の増加効果は未知数のところ
があるが、オバマ政権では中小企業向けの貸出が増え、中小企業が雇用を増やすことが最優
先課題になっている。しかし、なかなか政策面で決定打を打ち出せず、ここまで来てしまっ
たという状況だ。また中堅・中小金融機関の経営不安が貸出低迷の大きな要因になっている
一方で、よりマクロ的な観点から見ると、金融規制が不確実性を高めていることも貸出の低
迷を長期化させる要因として作用している。今年 7 月には、大恐慌以来ほぼ 80 年ぶりの抜本
的な金融規制法である金融規制改革法( Dodd-Frank Wall Street Reform and Consumer
Protection Act、通称:ドット・フランク法)が成立した。規制・監督の強化、範囲拡大によ
って早期に危機を探知すること、そして今回預金取扱い金融機関ではない保険会社が破綻し
たこともあり、ノンバンクも監督の視野に入れて監督の死角を排除すること、さらには従来、
米国で信じられてきた「大きくて潰せない(too big to fail)」という原則を見直し、破た
ん処理手続きを明確化することなどが、この法律の趣旨となっている。
金融危機は必ず形を変えて発生してしまうものなので、これが再発防止につながるかとい
う点については、非常に評価が難しい。また法律の中では、各種規制強化の具体的な運用ル
ールについては、
「どこそこの監督機関が定める」という風にしか記載されていない。このよ
うに当局の裁量の余地が大きく、また移行期間が長めに設定されており、この法律に対する
評価を難しくしている。移行期間については例えば、ルール策定に 1~2 年、実施した後の経
過措置で 2~5 年というように、かなり長期にわたる改革のスケジュールが含まれている。し
たがって、ドット・フランク法が成立したといっても、抜本改革の一里塚に過ぎない。金融
機関としては、これらの新しく制定されるルールが経営にどのような影響を与えるのかを判
断しあぐねている状況で、それが貸出の慎重姿勢にもつながっている。
また信用を受ける側の最大の部門である家計の状況について、バランスシートの推移を見
ると、負債の可処分所得に対する比率は 1990 年以降、2008 年ごろまで、一本調子で増えて
きた。2000 年代前半には可処分所得を上回る負債の水準まで到達し、一時は 130%超のレベ
ルに達してしまった。足元ではさすがに負債の圧縮が始まっているが、依然として 120%超
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ということで圧力が大きい状態だ。また資産の目減りペースが速いため、純資産の可処分所
得比は 90 年代初頭のレベルに達している。いわゆる純資産の可処分所得比は、資産効果とし
て家計に消費を刺激する影響を及ぼしてきたが、そうした効果は既に消失してしまっている。
特に不動産については、急激な価格下落で資産価値がなくなり、ローンはそのまま残ってし
まうので、こちらも純資産の水準が、統計開始以降かつてないレベルに落ち込んでしまった。
純資産の可処分所得比と貯蓄率の相関関係を見ると、両者は非常に関係が強く、資産価格
が上昇すれば貯蓄率が低下する関係が見られたが、今は資産効果が消失してしまい、貯蓄率
が大きく上昇している。貯蓄率は一時は 0%近辺まで落ちていたが、足元 6%近辺まで上昇し
てきた。これに加え、Deleverage に伴う借入の圧縮、雇用低迷長期化による将来不安もあり、
貯蓄率が押し上げられている。
一方、雇用情勢については、今年に入ってから 10 年に 1 度の国勢調査があり、政府部門の
雇用が増えたことによる押し上げがあったが、その調査が終わるとすぐに失速し、足元では
再びマイナスで推移している。雇用のピーク時は 2007 年 12 月だったが、その時点から 836
万人、景気後退に伴って減少してしまった。国勢調査の際、押し上げがあったにもかかわら
ず、ボトム比の上昇幅は 61 万人で、喪失分の 1 割にも満たない状況だ。したがって、オバマ
大統領がいくら「雇用、雇用」と言っても、有権者には回復が実感できないのは当然だろう。
通常失業率といわれるヘッドラインの失業率は足元 9.6%で、十分高い水準にある。そし
てこれに就労意欲はあるが求職活動を行っていないものや、フルタイム雇用を希望している
がパートタイムでしか働けていないものを加えた「広義の失業率」は 17.1%で、かなり高ま
っている。しかも、ヘッドラインの失業率との乖離が広がっているので、通常いわれている
以上に雇用の実態は厳しい。
先ほど中小の金融機関の経営が中小企業に打撃を与えていると言ったが、雇用面でも中小
企業への打撃は非常に顕著に現れている。今回の景気後退局面では中小企業の方が雇用の落
ち込みが深刻で、雇用喪失の 6 割は中小企業だ。特に業種別雇用者数の推移を見ると、建設
業では 85%が中小企業による雇用で、建設業での雇用減少が著しくなっている。こちらにも
不動産不況の影響が、色濃く反映されている。
次に、企業のサイドから Deleverage の圧力を確認してみたい。企業のバランスシートの推
移で、設備投資の内部資金に対する割合を見ると、今回の景気拡大局面では IT バブル期とい
われた 2000 年前後ほどではないが、内部資金を大幅に上回る設備投資の拡大が続いている。
そして外部からの資金調達を拡大したために、負債/資本の比率で見るレバレッジがかなり上
昇してきた。レバレッジはピーク時の 80%近辺から 60%程度まで低下しているが、これまで
の推移から見ると、なお調整余地が残されている。ただ 90 年代初頭にこうしたレベルのレバ
レッジを経験済みなので、家計と比較した場合の相対的な調整圧力を見れば、企業の方が弱
いといえるかもしれない。
続いて非金融企業の資金調達の推移を見ると、こうした負債の圧縮圧力を受けて 2008 年ご
ろから負債の圧縮が続いてきたのだが、2010 年に入ってからは、全体としては、底打ちから
回復に向かっている。ただし拡大していた局面では、あらゆる負債の項目が増加していたの
に対し、2009 年を境に二極化ともいわれる現象が生じている。社債などの資本市場を通じた
調達がプラスに転じている一方で、銀行借入、不動産担保借入は 1 年半以上にわたって前期
比マイナス(返済超過)の状態が継続しており、ここにも銀行部門のレバレッジの動きが色
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濃く反映されている。特に資金調達動向について企業の規模別に見ると、格差が非常に鮮明
になってきている。
借入以外の資金調達手段を多様に持っている法人企業については、負債の調達が増えてき
ているのに対し、個人企業は借入以外にほとんど調達手段を持っておらず、マイナスの状況
が続いている。
中小企業がすべて個人企業という訳ではないが、中小企業の事業形態の 53.2%
が個人企業という統計もあるので、中小企業の過半については非常に大規模な負債の圧縮を
続けているといえるかと思う。
こうした資金調達環境の二極化、あるいは規模間格差の拡大といった現象が起きてしまっ
た原因としては、政策対応のタイムラグの影響があると考えられる。今回の金融危機に対す
る政策対応は非常に批判の的にもなったが、大規模銀行への資本注入、CP 市場への資金供給
などが先行し、中小企業の主な取引先である中小金融機関支援は後手に回ってしまったとい
うことが指摘できる。冒頭に挙げた最大の景気対策、「米国再生・再投資法(ARRA)」でも、
中小企業庁保証ローンの拡充といった措置がとられているが、そもそも米国では政策金融の
関与が中小金融に関して非常に低くなっている。政府系金融機関による直接的な貸出は原則
的に行われず、信用保証に限られているが、信用保証を見ても日本の 1/10 程度の規模で、政
策面でのツールが非常に行き届きにくい。
金融機関、企業、家計と民間部門が非常に強い Deleverage の圧力にさらされ、力強い回復
はなかなか見込みない中、残る経済主体は政府と海外部門ということになる。そこで政府と
外需が民間需要の足取りの弱さを補うことができるのか、という観点から見ていきたい。ま
ず政府部門については巨額の赤字が政策オプションを制約してしまい、結論から言うと、こ
れまでのような下支え効果は期待できない状況だ。つい最近終わった 2010 年度の連邦財政赤
字は、GDP 比 8.9%ということで、2011 年度も高水準の赤字が続く見込みだ。
オバマ大統領は就任時、
「2013 年度までに赤字を半減する」と公約した。足元の赤字があ
まりにも大き過ぎるので、赤字半減という目標は確かに達成できるかもしれないが、それで
も GDP 比 4%近辺で、過去の平均から見ても明らかに大き過ぎる赤字が残存してしまう。し
かも前提となる経済見通しが、3~4%というかなり堅調なものなので、こうした楽観的過ぎ
る想定で予測されている財政赤字の数字の信憑性は高いとはいえない状況だ。また追加景気
対策の余地についても、こうした状況では限定的だ。
オバマ政権は 3500 億ドル規模の追加対策を発表しているが、中間選挙で共和党勢力の躍進
が確実な情勢では、こうした政策が実現する可能性はかなり低い。また財政面でより大きな
問題は、今年末で期限切れを迎えるブッシュ減税の延長だ。延長がなければ 2011 年度は約
2000 億ドル、2011~20 年度の累計では 3.5 兆ドルもの増税になることが予想される。減税の
延長は短期的には成長を押し上げるが、長期的には財政赤字の拡大を通じた副作用が大きい
といわれる。しかし今の状況で減税を見送れば、景気が二番底に向かうのは不可避とみられ、
政府は議会に何らかの妥協点を目指すよう促し、一旦は失効するかもしれないが、来年度に
持ち越しても何らかの形で延長させると考えるのがメインシナリオだろう。
次に外需だが、輸出の拡大は非常に貴重な成長の源泉になっている。輸入が足元で非常に
増加しているので、純輸出全体ではマイナス寄与になっているが、輸出自体はプラス基調を
維持してきている。月次ベースの統計で示しているように、北米、アジア太平洋をけん引役
に輸出は力強い拡大を示している。また家計部門では力強い消費の拡大が望めないため、オ
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バマ政権は消費依存から輸出重視の成長への転換を企図している。そのため大統領が旗を振
って、5 年間で輸出を倍増させ、200 万人の雇用創出を目指す国家輸出戦略(National Export
Initiative)を推進している。しかし、5 年間で輸出を倍増させるには、年率で 15%もの輸出
の伸びが必要になる。足元は確かに 2 桁で輸出が伸びているが、金融危機の反動という側面
が強いので、輸出の伸びの持続性は非常に疑問が持たれるところだ。
またオバマ政権は貿易の雇用創出効果を強調しているが、雇用低迷がこのまま続けば逆に、
保護主義圧力を助長するリスクがある。実際、中間選挙を控え、議会では人民元の切り上げ
要請が非常に強まっている。下院では既に、通貨の根本的な過小評価に関して相殺関税を賦
課する内容の対中制裁法案を可決済みだ。上院については中間選挙後に取り上げる予定だが、
かなり内容に違いがあるので最終的に議会を通過させることへのハードルは高いと考えられ
る。オバマ大統領自身は人民元について「過小評価だ」と言っているが、基本的には米国 1
国が中国批判の矢面に立つ必要はないということで、多国間協議の場を重視している。仮に
議会で法案が成立しても、拒否権を発動することは確実だと考えられる。また財務省が為替
操作報告の発表を見送っているが、今年 6 月に中国が人民元の弾力化に動いていることもあ
り、実際に認定することはありえないのではないか。
3. 今後の米国経済の展開
最後に今後の米国経済の展開に関しては、日本のバブル崩壊後のような長期低迷に陥るリ
スクから「japanization」といわれることもあり、そうした可能性があるのかどうかを検証
した。米国では不動産バブル崩壊の影響が非常に大きく、日本の六大都市に比べれば、米国
の住宅、商業用不動産価格の上昇幅は緩やかだが、日本の全国レベルと比較すると同程度に
上がってきてしまっている。したがって、その調整圧力については米国に関しても慎重に見
ておくべきだろう。一方、政策対応では、FRB は日本のデフレの教訓をかなりしっかり学習
しており、果敢に金融緩和(政策金利引き下げ・量的緩和)を実施して 2 年程度で実質ゼロ
金利に突入している。このように政策対応が早く実施されているほか、アメリカでは政府債
務残高が GDP 比 83.5%なので、日本に比べればまだ多少の余地があり、これらはプラス材料
になると考えられる。
以上見てきたように、米国の民間部門は Deleverage 圧力の下で非常に強い調整を強いられ
ているので、景気拡大のペースは非常に緩やかになってしまうと考えている。今年夏に発表
された Reinhart 夫妻が執筆した“After the Fall”という論文があり、金融危機前後の景気
の展開を、主要国について長期的に分析したものだ。その示唆から考えると、信用膨張と同
期間の信用収縮圧力が生じるということで、信用膨張が 2001~07 年の 7 年間に及んでいるの
で、非常に単純に、同じくらいは調整圧力が働いてしまうと考えると、調整が始まったのは
2008 年で、現在はまだ 3 年目である。当面はこうした過剰債務の圧縮圧力の下、米国経済は
何とか失速を免れるよう運営していかなければならない。FRB は非常に積極的な金融緩和を
実施しているが、経済の血液といわれる信用創造には結びつきにくく、貧血気味の経済成長
が長期化してしまうというのが当社としてのメインシナリオだ。二番底をつけるというシナ
リオは、耐久財や設備投資のストック調整圧力があまり大きくないこと、雇用の削減余地も
これ以上は大きくないということでメインシナリオにはしていない。しかし国内需要が非常
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に脆弱なので、新興国の成長鈍化など外的ショックへの耐性は非常に弱い状況が続くとみら
れる。
(以上)
※敬称略/役職等は報告当時のものです。
※固有名詞等の表記は、報告者によって異なる場合があります。
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