フラット化しているイールドカーブ - ホーム • ウエスタン・アセット

S. ケネス・リーチ
最高投資責任者(CIO)
市場コメント
2016年8月
要約
ƒƒ 今後を予測する上で、米
国債のイールドカーブは
先行経済指標を含む全
ての指標の中で最も優
れた指標となっているが、
イールドカーブのフラッ
ト化は通常、市場参加者
の間では景気低迷の前
触れとして受け入れられ
ていない。
私は的を外したのか、それとも真の射手のように、的を射ているのか?あるいは、誰もが
信じない嘘の預言者なのか?
カサンドラ。アイスキュロスによる戯曲「アガメムノン」
(1194)
あるセミナーでスピーカーとなる機会があり、そこで「フラット化しているイールドカーブの
問題」について話すように求められた。そこで、イールドカーブがしばしば先行指標の「カ
サンドラ」と呼ばれることを述べた。神話では、カサンドラの予言は常に当たるにも関わら
ず、誰からも信じてもらえない運命にあった。今後を予測する上で、米国債のイールドカーブ
は先行経済指標を含む全ての指標の中で最も優れた指標となっているが、イールドカーブの
フラット化は通常、市場参加者の間では景気低迷の前触れとして受け入れられていない。フ
ラット化は通常、中央銀行が金融を引き締めている時に生じるものの(今後景気が強まると
の見方により)、イールドカーブの長期ゾーンのパフォーマンスがより好調であり、このことは
ƒƒ 2000年の景気後退前の
先行き景気が弱くなることを示唆している。米連邦準備制度理事会(FRB)は入手可能な全
フラット化局面では、
「
ての経済指標を注視しており、足下の経済指標が堅調であるため、金融引き締めを押し進め
今回は違う」との見方か
ら、イールドカーブは注 ようとしているが、イールドカーブの長期ゾーンのパフォーマンスがより好調である限り、そ
目されなかった。2004 うした悲観的な考えは間違っているに違いないことを示唆している。市場で金利が低下して
年~2006年では、イール いるときに、FRB は利上げに踏み切ろうとしている。仮に FRB の判断が正しいとするならば、
FRB はイールドカーブの長期ゾーンが間違っているか、または長期金利が他の要因によって
ドカーブは当初、
「謎(コ
低下していることを証明する必要がある。過去の実績によると、高い確率で市場が正しいこ
ナンドラム)」として疑
問視されていた。その後、 とを示している。
「世界的な貯蓄過剰」に
図表1 より、
「今回は違う」との
米国イールドカーブの利回りと年初来のトータル・リターンの変化
見方が浮上した。
ƒƒ 当社の戦略はイールドカ
ーブの長期ゾーンをオー
バーウエイトすることで
あった。
ƒƒ 当社では、いくつかの条
件が整うまでFRBは利
上げに踏み切らないと
考えている。FRBが利上
げに対して慎重であるこ
とは正しいと考えている。
米国国債イールドカーブ(2015年12月31日 - 2016年8月12日)
満期利回り (%)
4
2015年12月31日
3
2
2016年8月12日
1
0
トータル・リターン (%)
ƒƒ FRBの政策見通しの変
更はイールドカーブの短
期ゾーンにとって好まし
いことであるにもかかわ
らず、イールドカーブの
長期ゾーンの利回りはさ
らに低下した。
24
20
16
12
8
4
0
3m 6m 1 2 3 4 5
7
10
満期(年)
30
トータル・リターン(2015年12月31日 - 2016年8月12日)
19.11
7.81
1.18
4.05
2年
5年
出所:ブルームバーグ 2016年8月12日現在
出所:ブルームバーグ 2016年8月12日現在
10 年
30 年
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という)に帰属するものであり、
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市場コメント
2000 年の景気後退前のフラット化局面では、
「今回は違う」との見方から、イールドカーブは注
目されなかった。革新的なインターネットに基づくビジネスモデルにより、景気が押し上げられ
ると考えられた一方、
「ニューエコノミー」の指標である自己資本利益率(ROE)が非常に高かっ
たことから、FRB の金融引き締めは小幅な影響にとどまると考えられた。2004 年~ 2006 年では、
イールドカーブは当初、
「謎(コナンドラム)」として疑問視されていた。その後、
「世界的な貯蓄
過剰」により、
「今回は違う」との見方が浮上した。
現在、イールドカーブのフラット化が景気後退を示唆するものではないことの理由として、多く
の市場参加者が、各国の中央銀行による前例のない大規模な国債購入を挙げている。しかし、
以前の 2 回のイールドカーブのフラット化局面では最終的に景気後退に陥っており、このことは
少なくとも、イールドカーブが重大な警戒警報を発していることを示唆している。セミナーでは
他のパネリストはこれらのポイントを認めつつ、さらになぜ「今回は本当に違う」のかについて
それぞれの意見を述べた。
FRB は昨年の 12 月に FF 金利を 0.25% 引き上げ、2016 年だけでさらに 4 回の利上げを実施す
ると示唆した。その後、様々なイベントが生じたことにより、この利上げ計画は変更され、これ
までのところ FRB は追加利上げを行っていない。FRB の政策見通しの変更はイールドカーブの
短期ゾーンにとって好ましいことであるにもかかわらず、イールドカーブの長期ゾーンの利回りは
さらに低下した。図表 1 は、今年におけるこうしたイールドカーブのフラット化の影響や、それ
に応じたトータル・リターンを示している。
当社の戦略はイールドカーブの長期ゾーンをオーバーウエイトすることであった。
当社ではスプレッ
ド資産のオーバーウエイトとともに、超長期の米国債はポートフォリオにおける重要な資産であ
ると考えている。経済成長の拡大スピードは緩やかなものにとどまっているが、持続可能であ
ると考えられる一方、イールドカーブの形状が示すメッセージに注意を払い、下振れリスクを抑え
る必要もあると考えられる。当社のポートフォリオでは景気回復に対して有利なポジションを構
築している。ただし、グローバル経済には強力なデフレ要因が存在しているため、分散戦略と
して米長期国債を保有することが重要であることも理解している。
リスク管理では FRB の政策に対して、より機会を捉えた投資アプローチを採用することが容認
されているため、こうしたアプローチは、FRB の直近の声明に対して完全に沿っていないわけ
ではない。当社では、全ての条件が揃ったならば、FRB は利上げに踏み切りたいと考えており、
その機会を模索していると見ている。経済成長が十分であり、金融状況が良好であり、期待イ
ンフレが上昇した場合、FRB は再び利上げを検討すると考えられる。しかし、現在 FRB は 2 つ
の重要な課題を抱えている。
一つ目として、
経済成長は十分でないように思われる。今年の成長率は 1% に過ぎず、昨年は 1.2%
図表2 に過ぎなかった。FRB
グローバル・インフレ率は 2% を上回る堅調な成長を模索している。FRB は過去 5 年の各年と同
じ程度の成長率を予想していたが、FRB の成長に対するこうした楽観的な見方は間違いであった。
米国経済は約 1.5% で成長しているが、成長が鈍化するリスクがあると考えられる。
二つ目の問題は、期待インフレに対する市場のシグナルが FRB のインフレ予想と大きく異なっ
ていることである。図表 2 は、FRB の循環的なインフレ予測と期待インフレに対する市場ベー
スの価格の間における違いの大きさを示している。ここでは、コア消費者物価指数(CPI)と、
CPI に対して市場参加者が予想する 5 年フォワード・レートを比較している。コア CPI を見ると、
金融引き締めに対する伝統的な循環議論を理解することができる。5% 以下の失業率を踏まえ
ると、コア・インフレはすでに緩やかな上昇トレンドを辿っている可能性があり、即座に目標
を上回る可能性がある。実際に、FRB のモデルではまさにそうした状況を引き続き予想してい
る。したがって、FRB の一部のメンバーは早急な金融引き締めの必要性を示唆している。それでも、
FRB の予想は 5 年のフォワード・レートに対して高すぎる水準となっている。
ウエスタン・アセット
2
2016年8月
市場コメント
図表2 5年先物 ブレーク・イーブン・インフレ率
4.0
3.5
パーセント
(%)
3.0
2.5
コアCPI
2.0
1.5
1.0
5年先5年物ブレーク・イーブン・インフレ率(BEI)
0.5
0.0
2008
2009
2010
2011
2012
2013
2014
2015
2016
出所:FRB、米労働統計局 2016年7月20日現在
S
「それでも昨年夏以来市場参加者の間では期待インフレ率の低下を無視できなくなっている。」
—米政策レポート 2016年7月
「期待インフレ率が一旦インフレ率を中央銀行の目標値を大幅に下回ってしまうと、再び目標
値に戻すのは難しいだろう。日本が良い例だ。」
—ウィリアム・ダドリーNY連銀総裁・FOMC副議長 2016年2月29日
「残念ながら、長期期待インフレ率の安定は当然のものとしてあるわけではない。」
—イエレンFRB議長の2016年3月29日の発言
図表 2 のフォワード指標によると、5 年間の CPI は 1.40% に過ぎないことを示唆している。米
インフレ連動債市場(名目米国債に対するインフレ連動債の比較)は全体的に FRB の 2% の
目標を下回っている。米 5 年物インフレ連動債は 1.32%、10 年物は 1.47%、30 年物は 1.67%
となっている。一方、伝統的な循環議論によると、仮に FRB が早期の利上げに踏み切らなかっ
た場合、インフレが即座に目標を上回ることを示唆している。一方、市場はインフレ率が 30
年間にわたり目標を上回らないことを予想している。これは大きな相違であると言える。この
ことは、カサンドラのような見通しの違いを示しているとさえも言われるかもしれない。
幸いにも、当社では、FRB の発言や政策スタンスは期待インフレの低下を抑える方向に沿って
いると見ている。図表 2 の数値に反映されているように、FRB の重要なメンバーは期待インフ
レの低下について明らかに警戒している。世界的に先進国のインフレ率が低下しており、これ
により世界各国の中央銀行の多くがデフレ圧力を抑えようとしていることを踏まえると、そうし
た警戒は明らかに正当化される。
黒田日銀総裁が政策課題について、期待インフレに言及している。ほぼ 25 年間にわたり事
実上インフレがなかった日本において、期待インフレをどのように変えるのだろうか?欧州中央
銀行のドラギ総裁が期待インフレについて話すときには、目に見える即座の解決策がない中で、
7 年間にわたるインフレ不在がもたらしている欧州のインフレの低下傾向を抑えることの難しさ
に言及している。米国では、FRB は期待インフレが安定していることに言及しており、比較的
良好な状況にあった(少なくとも最近まで)。世界的に期待インフレが低下していることに伴い、
米国でも期待インフレが低下している中で、米国の金融政策が利上げに対して非常に積極的
であるべきかどうかの質問は妥当であると言える。
ウエスタン・アセット
3
2016年8月
市場コメント
図表3
インフレ期待とブレーク・イーブン・インフレ率
インフレ期待、5年先5年物ブレーク・イーブン・インフレ率
変化率(ベーシス・ポイント)
60
年初来
ブレグジット国民投票後
40
20
0
-20
-40
-60
-80
米国
ユーロ
出所:ブルームバーグ 2016年7月20日
注:英国のEU離脱に関する国民投票は2016年6月23日に実施
日本
英国
図表 3 は、年初来及び大きな出来事となった英国の EU 離脱決定(ブレグジット)以降にお
ける米国、欧州、日本、及び英国の期待インフレの変化を示している。全ての変化が下方を
示していることに留意する必要がある。期待インフレの低下は世界的に明確な傾向となってい
る。期待インフレが非常に緩やかに下方に変化していることは期待インフレの重要な側面であ
る。このことは、たとえ成長率が FRB の目標に近い水準まで回復したとしても、期待インフレ
は依然として 2% の目標をはるかに下回る可能性が最も高いことを示唆している。
当社では、以下の条件が満たされるまで FRB は利上げを実施しないと予想している。
1. 成長が FRB の予想通りになる
2. 金融状況が大幅に改善する
3. 期待インフレが上昇する
金融状況が改善しており、おそらく FRB を満足させるのに十分な水準にあると考えられる。た
だし、成長については依然として受け入れ可能な水準にはまだほど遠いと言える。FRB が引き
続き予想しているように、成長率が回復したとしても、期待インフレは低水準で推移すると考
えられる。市場は大幅なインフレの上昇がないことを強く示唆している。当社では、FRB が利
上げに対して慎重であることは正しいと考えている。
ウエスタン・アセット
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2016年8月