(11月28日)「家事調停」

2013 年 11 月 28 日 ロイヤリング講義
講師:弁護士 新谷俊彦先生
議事録作成者:野瀬健悟
家事調停
1
はじめに
さて、今日は、家事調停の話をします。
私は、2008年10月から2010年9月まで二年間、大阪家裁で家事調停官という
仕事をしました。家事調停官というのは、非常勤の裁判官で、弁護士経験が五年以上あれ
ば任官の資格があります。みなさんが普通イメージする裁判官は常勤裁判官でしょうが、
非常勤裁判官というのは、普段は弁護士をしていて、週に一回だけ裁判所に詰めて調停を
主宰する仕事をします。いまのところ、調停の主宰以外の裁判官の仕事を非常勤でする制
度はないので、非常勤裁判官といえば、調停官を指します。
調停官には、簡易裁判所の調停を担当する民事調停官と、家庭裁判所の調停を担当する
家事調停官がありますが、私がやっていたのは、家事調停官の方です。
また、2012 年 10 月からは大阪家庭裁判所堺支部の家事調停委員をしています。
家事調停は、家庭に関する紛争を広く扱いますが、よくあるのは離婚や婚姻費用に関す
る調停と遺産分割調停です。
調停は、裁判官と二人の調停委員から成る調停委員会でとり行います。民事調停は、女
性の調停委員の方が少ないこともあって調停委員が二人とも男性ということがありますが、
家事調停委員は 100%男女ペアです。
2
大阪の裁判所
ところで、大阪の裁判所というのはどこにあるか知っていますか。淀屋橋駅・北浜駅の
北側、西天満にある大きな裁判所は、大阪高裁・大阪地裁本庁・大阪簡裁が入っています。
地裁と簡裁は訴額が140万円を超えるかどうかでわかれます。
大阪高裁は、近畿一円の地家裁の事件を管轄しています。
地裁が扱うのは、民事事件と刑事事件ですが、今日のお話は、そのどちらでもない家事
事件ですね。家事事件を担当する裁判所は、家庭裁判所です。
大阪家裁の場所は知っていますか?大阪高裁や大阪地裁は西天満にあるといいましたが、
大阪家裁は谷町4丁目、NHKの隣です。ただし、ここは大阪家裁の本庁で、大阪府下で
も大和川より北の区域を管轄しています。南の区域を管轄するのが、堺支部と岸和田支部
です。
堺支部と岸和田支部には、地裁・家裁の各支部が 1 カ所に集まっていますので、大阪の
地裁と家裁で場所が分かれているのは本庁だけです。
3
家事事件手続法
(1)法律の構造をつかむ
六法で新しい法律を勉強しようと思ったら目次をしっかりみて全体構造をつかむことが
大切です。何色かペンを使い、例えば、編を赤、章を青、節に黄色等のラインを引くと、
各章立ての構造がよくわかります。このようにして、全体構造をある程度つかみながら勉
強すると、条文を引くのが楽になります。
(2)勉強の仕方を考える必要
ところで、みなさんは理解と記憶のバランスについて考えていますか?
記憶と理解のどちらが先かと聞かれれば、普通は理解が先と答えるでしょう。
しかし、理解していなくても丸暗記はできます。例えば、北欧のフィンランド、スウェ
ーデン、ノルウェーの首都と位置関係だけなら、フスノヘスオと頭文字を並べれば覚えら
れます。この段階では何かを理解したとは言えません。しかし、地理の授業を聞くときに、
各国・各都市の名称と位置を覚えたうえで話を聞くのと、毎回地図で確認しながら話を聞
くのとでは、説明の腑に落ちるスピードが違ってきます。
記憶することで理解が深まるという側面は確実にあります。
条文についてもいちいち覚える必要はないと言われます。実際、そのとおりですが、法
律の勉強が苦手なら、いっそ、目次の章立てや主要条文番号くらいは意識して覚えてしま
う方が、知識の巣箱を作りやすくなり、勉強が楽になると思います。
ついでに言っておくと、記憶のレベルは、インスタントリコールでないと使えません。
思い出すのに五秒かかっては、たとえ覚えていても思考の道具として使い勝手が悪い。思
考の土台となりうるのは即時に喚起できる知識だけと心得ておくべきです。
ところで、みなさんの中には、一部、今のようなアドバイスをあまり聞かなくてよい人
がいます。覚えこむ努力をしなくても自然に頭に入る人です。そこで、考えなければなら
ないのは、自分がそういう優れた才能の持ち主か、そうでない凡人かです。私は、残念な
がら凡人のタイプです。
凡人であるのを認めるのは、若い時には特につらいことですが、とても大切です。自分
の才能を過信すると、必要な努力を怠ることにつながります。優れた人が自然にできてい
ることでも、自分には出来ないならば、方法を工夫して、その人よりも努力しなければな
りません。持って生まれた才が平凡であっても、方法と努力でカバーできます。泣く必要
はありません。
方法を考えることはとても大切です。神と人間の違いは何でしょう?神は何事も一挙に
実現しますが、神ならざる人間は、地道に方法を辿らなければ何も実現できません。勉強
も同じで、手順、方法から逃れることはできません。むしろ積極的に、しっかりと、手順、
方法を確立して、正しい努力をして欲しいと思います。
(3)家事審判事項
さて、今日、扱う法律は家事事件手続法です。家事事件手続法を理解するためにも、先
ほど述べたとおり、まずは、その章立てを把握し、重要な条文の位置付けを知っておくこ
とが有益です。
家事事件手続法の条文のコピー及びレジュメの「1家事事件の種類の(1)家事審判事件」
を見て下さい。
家事事件手続法39条を見ると、条文見出しが「審判事項」となっていて、「別表第一
及び別表第二に掲げる事項並びに・・・について、審判をする」と定められています。
別表は、法文の最後にありますね。
このように審判事項は限定列挙されています。限定列挙の反対語は何ですか?例示列挙
ですね。限定列挙と例示列挙とでは、えらい違いです。例示列挙であれば列挙事項は一例
ということになりますが、限定列挙であれば、列挙されているもの以外はダメです。家事
事件手続法は「別表第一及び別表第二に掲げる事項云々」と審判事項を定めているので限
定列挙です。
別表第1を見てもらうと、成年後見とか保佐、失踪宣告と書かれていますね。これらは、
当事者が自らの意思で処分することができない権利や利益に関する比較的公益性が高い事
項であって、そもそも調停をしようにも、対立当事者を前提とする紛争性がないので、調
停になじみません。したがって、これらは、もっぱら家事審判で決められることになりま
す。
これに対して、別表第2は紛争性があるものです。婚姻中の婚姻費用の分担や、離婚に
伴う財産分与などがそうです。これらは、妻と夫という対立する当事者間で、婚姻費用を
幾ら払うか、また、共有財産をどのように分けるかという紛争なので、調停による解決に
なじみます。
(4)調停事項
家事審判事項に対して、家事調停事項は、限定的ではなく包括的です。
家事事件手続法244条を見てください。「家庭裁判所は、人事に関する訴訟事件その
他家庭に関する事件(別表第一に掲げる事項についての事件を除く。)について調停を行
う」と規定されています。
人事訴訟事項と家庭に関する事件が調停の対象であるが、家庭に関する事件のうち別表
第一に掲げる家事審判事項は家事調停事項から除かれるということです。
4
家事調停事件の種類
以上の話を整理するために、再度、家事調停事件の種類を確認しましょう。
家事調停事件は「当事者間の権利または法律関係について合意を成立させることにより、
紛争の自主的な解決を図る制度」ですが、具体的には大きく3つに分かれます。
(1)人事訴訟事項
第 1 は、人事訴訟事項です。離婚、離縁、養子縁組無効等人事訴訟法2条に規定されて
いる事項です。
(2)家事審判事項
次に家事審判事項。これには、前述のとおり、別表第 1 の事件と別表第2の事件があり
ますが、別表第 1 の事件は調停事項から除かれるので、家事審判事項のうち調停の対象と
なるのは、別表第2の事件だけです。
別表第1事件は、裁判所が後見的に判断する紛争性のない事件で、対立する当事者を予
定していないので、調停に適しません。これに対して、別表第2事件は、.婚姻費用の分担、
離婚に伴う財産分与、遺産分割等、相対立する当事者間の紛争としての性格を有しており、
当事者の協議による解決が期待される事件なので、調停の対象となっています。
要するに、別表第1には調停に適しないものばかりが集められ、別表第2には調停の対
象となるものばかりが集められているということです。
(3)その他の家庭に関する事件
あとはその他の家庭に関する事件です。
遺留分減殺請求や、遺言無効、親族間の金銭貸借や賃貸借に関する請求、これらは一般
の民事訴訟の対象となる事件で、訴訟の場合の管轄は家裁ではなく地裁です。
遺言無効確認や遺留分減殺請求は、知らなければ、家事審判や人事訴訟の対象のように
思うかもしれませんが、違います。家事審判事項や人事訴訟事項に何が列挙されているか
知らないと、勘で判断するのは難しいかもしれませんね。
5
問題演習
では、以上に説明したことが、試験に出るという場合、どんな準備が必要なのでしょう
か。
まず、家事事件手続法39条や244条という条文を引くことが出来ないとダメですね。
できれば、六法の家事事件手続法の目次部分をコピーして、先ほど述べたように、編は赤、
章は青とかレベルごとに色を決めて、その法律の章立ての構造がわかるようにマーカーで
彩色するとよいでしょう。そういう作業をすると、39条は、第二編(家事審判に関する
手続)の冒頭にあり、244条は、第三編(家事調停に関する手続)の冒頭にあることが
よくわかります。このように当該条文が、章立てのどこに位置するかを知っていると、条
文を引くのが楽になります。
また、学生の皆さんと話していると、テストで答案をどう書いたらよいのか分からない、
という感想をよく耳にします。かくいう私も大学時代、これに悩みました。1回生の前期
で受けた哲学概論なんて、全然答案が書けなかったですね。高校までの社会の勉強は一問
一答が中心で、記述式の勉強は全くしていなかったので、論ぜよ、説明せよというテスト
になると一気に筆が止まってしまったわけです。
では、これまでに説明したことを問う問題を出しますので、みなさん今から答案を作成
してみてください。今日配布しているレジュメにある表現を抜き出せば完全正解が書ける
問題です。それでも、答案が書きにくいという人は、どこに原因があるのかも併せて考え
てみるとよいでしょう。家事事件手続法は、あらかじめ勉強していた人はいないので、そ
れでも差がつくとすれば、その原因は知識の多寡だけではないことになりますね。
(1)問題A
まず、問題A(家事調停の対象は家事審判の対象に比べて包括的であるといわれるのは
なぜか)です。
わかりますか。
↓
これは肩慣らしなので、すぐに解答例を見てみましょう。
【問題Aの解答例】
家事審判事件は、家事事件手続法に列挙されているもの(別表第一に掲げる事項、
別表第二に掲げる事項及び家事事件手続法第 2 編第 2 章第 19 節以下が定める事項)
に限られている点で、限定的である(家事事件手続法39条)。
これに対して、家事調停事件は、人事に関する訴訟事件その他家庭に関する事件
で、別表第一に掲げる事項を除いたものが対象とされており(家事事件手続法24
4条)
、その対象の定め方は包括的である。
家事審判の対象が限定的であるのに比して、家事調停の対象は包括的であるとい
われるのは、そのためである。
ポイントは、4 行目の「これに対して」の前後で、家事調停と家事審判を比較しているこ
とです。「●●は△△に比べて~なのはなぜか」と問われている以上、両者を比較しない
と答になりません。どちらから先に書くかは、よく考えてください。「家事審判が限定的
であるのに対し、家事調停は包括的である」とする方が書きやすいので、家事審判から書
き起こした方がよいと思います。
また、「これに対して」で改行した方が読みやすいですね。一段落に一文しかないのは
おかしい気もしますが、それでも内容を優先して改行すべきです。
そして、最後に、結論を忘れずに書きます。
結局、この問題の答は、一言で答を言えば、「条文にそう書いてあるから」ということ
なのですが、それでは説明にならないので、条文の内容や趣旨を説明しつつ答に仕上げま
す。
この問題は簡単でしたね。
(2)問題B
次は問題B(家事審判事件は家事調停の対象となるかについて、対象とならない事件と
なる事件とに分けて両者を比較しつつ、論ぜよ。なお、家事事件手続法第 2 編第 2 章第 19
節以下が定める家事審判事項には言及しなくてよい。)です。
「論ぜよ」というのは、理由をつけて書いてくれということです。
では書いてみてください。レジュメに載っている表現はそのまま写してけっこうです。
表現のオリジナリティは求めていません。
↓
はい。途中ですが、冒頭の書き出し方を考えてほしいので、いったんここで解説します。
見て回っていると、出だしで苦しんでいる人がいますね。
要領よく書いている人は、出だしで、家事審判事件が、別表第1事件と別表第2事件に
分かれるということをまず書いています。最初に二つのフィールドがあることをまず書い
て、それから一つずつに焦点を当てていくやり方ですね。
それでは、どうぞ続きを書いてください。
↓
はい。では、解答例を見ましょう。
【問題Bの解答例】
1
家事審判事件は、主として、家事事件手続法別表第一に掲げる事項を対象と
する事件(以下「別表第一事件」という。)と同法別表第二に掲げる事項を対象
とする事件(以下「別表第二事件」という。)とに分けられる。
2
このうち、別表第一事件は、家事事件手続法244条により、家事調停事件
から除外されており、家事調停の対象とならない。
これは、調停は、当事者間の権利または法律関係について合意を成立させる
ことにより、紛争の自主的な解決を図る制度であるところ、別表第一事件は、
例えば、子の氏の変更の申立や相続放棄の申述等、本質上紛争性がなく、した
がってまた、法律上相対立する当事者を予定していないことから、調停に適し
ないからである。
3
これに対して、家事事件手続法244条が別表第一事件を家事調停事件の対
象から除外していることの反対解釈として、別表第二事件は家事調停の対象と
なると解されている。
これは、別表第一事件は、本質上紛争性がなく、相対立する当事者を予定し
ていないのに比して、別表第二事件は、婚姻費用の分担や離婚に基づく財産分
与、遺産分割等、実体法上第一次的に当事者の協議による解決が期待される事
件であり、相対立する当事者間の紛争としての性格を有するものだからである。
冒頭で、家事審判事件が別表第1と第2に分かれることをまず書いたので、次は、論
ぜよの解答に当たる部分です。解答例の第2項をみて下さい。ここでは、レジュメにあ
る調停の定義(当事者間の権利または法律関係について合意を成立させることにより、
紛争の自主的な解決を図る制度)を利用して説明しています。あとは、レジュメの、
「別
表第1事件が調停に適さず、第2事件は協議による解決が期待される」という理由付け
の部分をそのまま使って答案にしていますね。
こういう定義や理由付を自分でひねり出すことは出来ますか?頭のいい人は出来るか
もしれませんが、普通は難しいと思います。私が学生の時も、素質に恵まれているわけ
ではないので難しかったです。
ひねり出せないのであれば、自分の実力の程度を素直に認めて、最低限、定義は覚え
ましょう。人によっては、定義だけでなく、理由付けも覚えないと試験に対応できない
でしょう。結局、素質や能力の差によって、覚えなければならない範囲というのは、変
わるのですね。素質がないと思ったら、まず、そのことを素直に認めて、覚える量を増
やさないといけません。
定義は、最初とっつきにくくても丸暗記するうちに身についてきます。口ずさんでい
るうちにだんだんと腹の中に実体が浮かんできます。文章力のある人はいきなり実体か
ら言葉をつくりますが、そうでない人は、まず定義を覚えて、その定義と実体がピタリ
と重なることを確認しながら勉強を進めるのがよいと思います。
また、今後勉強を進める上で実践してみるとよいのは、その日に学習したことの要点
を、勉強した後、本を閉じて、言ってみることです。この作業の眼目は、本を閉じて言
えたかどうかという結果にあるのではありません。そうではなく、後で本を閉じても言
えるように、勉強するときに覚えるべきところを意識するという点にあります。基本書
だけでは覚えるべきところがわからないというのであれば、予備校が出しているような
本を参考にするしかないでしょう。
なんでわざわざこんなことを言うのかと思うかもしれませんが、暗記の弊害がクロー
ズアップされすぎて、ロースクールでは基本事項を地道に記憶しない人が増えたように
感じています。そういう人の答案は、添削のしようもない、ぐだぐだの答案になります。
何度も言いますが、読んだことが自然に頭に残らないのであれば(もちろんそういう
人が大半ですが)、覚えるべきところは意識的に覚えこむことが大切です。
6
おわりに
みなさん、就職するにしても法律家になるとしても、これからの人生行路で忘れてはな
らないことは何でしょう?
それは、「なにくそ」です。人生は多かれ少なかれ困難の連続ですので、なにくそ精神
を失うと、倒れたままになってしまいます。怖いですね。
柔道の創始者の嘉納治五郎先生は、師範学校で、この「なにくそ」を徹底的に教え込ん
だと言われています。
では、「なにくそ」に支えられてさらに心がけるべきことは何でしょう?
私は、「明るく、元気、素直」であることだと思います。これがあれば、苦しい時も人
が寄ってきて助けてくれ、自然と運気も上がると思います。
「明るく、元気、素直」に「なにくそ」と思いながら、みなさん、これからの人生にチ
ャレンジしていって下さい。
自分の弱いところを見つめるのを嫌がってはいけません。弱いところを見つけることは、
自己変革のチャンスです。たとえば、今日の演習問題について、レジュメを見ても書けな
かった人は、文章力に問題があります。法律家を目指すなら、ロースクールに行く前にな
んとかしなければなりません。今日の話を参考にして、一生懸命、方法を考えてみて下さ
い。
今日は、家事事件手続法を題材にして、勉強したことをいかに再現し表現していくかに
ついて考えてもらいました。
それでは、本日の講義はこれで終わります。
以上