光の魔術師、 ニコラ・ドゥジェンヌの 多彩な人生。

ニコラの自宅にて。一目惚れした
というパリのアパルトマンには丸
窓が多く存在し、自然光がたっぷ
りと部屋に差し込む。光を浴びな
がら佇んでいる彼のまなざしの向
の土、スパンコールの飾りがつい
モロッコから持ち帰った一握り
ティストだからだ。一種の幻視者
であると同時に謙遜でもある。と
う。彼にとってこの答えは、誇り
人と知り合うこと、そして時には
んだ。彼は自ら人に近づくこと、
たニコラは、さらに前へと突き進
このことがきっかけで自信を深め
ようになると、ニコラはもっと大
映画の世界でメイクを手がける
説得することも躊躇しない。
いうのは、彼は真の意味でのアー
であり、まるで錬金術師が蒸留装
たクッションから切り取った一片
ィティされた壁を撮った写真が数
置を操るように、自身が覚えた感
の布、ターコイズ色の海やグラフ
枚、何百年もの年月を経て滑らか
ときに抱いた情熱に再び火がつい
胆になり、メイクの勉強を始めた
た。メイクで人を変身させること、
ビ局として知られていた﹁キャナ
当時、フランスで前衛的なテレ
︵ ラ ン ボ ー の た め の 虹 ︶﹄、 ヤ ン・
﹃ レ イ ン ボ ー・ プ ー ル・ ラ ン ボ ー
で あ る。 ジ ャ ン・ ト ゥ レ 監 督 の
すなわち特殊メイクに対する情熱
求している﹂という点では同じで
ル・ プ リ ュ ス ﹂
。そこでメイクア
歌手ミレーヌとの
運命的な出会い。
を取り出している。
なった小石が一つ⋮⋮。これらは、 動から〝創造というエッセンス〟
未知の祖先を探し求める人類学者
のポケットの中身といってもおか
しくないだろう。持ち主は人類学
ある。持ち主の正体は、メイクア
エンキ・ヒラル監督の﹃ファム・
クーネン監督の﹃ドーベルマン﹄、
者 で は な い が、﹁ 未 知 の 世 界 を 探
ップ・アーティスト、ニコラ・ド
たのが、ニコラのキャリアのスタ
ップ・アーティストとして職を得
い。彼は日常生活の微細なディテ
える人〟と表現することはできな
現場で人脈を広げていった。
レクターの一人に抜擢され、放送
現し、アーティスティック・ディ
ートだった。彼はたちまち頭角を
リスティン・スコット・トーマス、
ることで、ジャンヌ・モロー、ク
映画で活躍。こうした映画に関わ
ピ エ ー ジ ュ︵ 罠 の 女 ︶﹄ と い っ た
彼を単に〝時代の空気感をとら
ゥジェンヌだ。
ールから受けた印象を、スポンジ
職業を問われたら、彼は﹁パル
な女性に変身させ、外見のもつ力
をメイクによって大胆で自由奔放
ヌ・ファルメールと出会う。彼女
情熱が向かう先に
迷わず突き進む。
いう幸運にも恵まれたのだった。
大物俳優たちと仕事を共にすると
シャーロット・ランプリングなど、
のように吸収して、そこに新たな
ファム ジバンシイのメイクアッ
そこでニコラは、歌手のミレー
プ& カ ラ ー ア ー テ ィ ス テ ィ ッ ク
の重要性を実感することになった。
創造の可能性を感じ取るのだ。
ディレクターです﹂と答えるだろ
広告やビデオクリップ、写真に
ふ れ る ア イ デ ア を 現 場 で 試 し、
も仕事の場を広げたニコラは、あ
トで緻密に計算された光の反射や
〝 光 の 言 葉 〟 を 学 ん だ。 撮 影 セ ッ
メイクに落とし込んだ。彼が新た
微妙なニュアンスを学び、それを
テレビと映画の世界、ファッシ
な才能を開花させた瞬間だった。
は少なからず共通する部分があり、
ョンとメイクの世界、この二つに
ニコラはファッション業界におい
るようになった。全く無名だった
ても、世界をまたに掛けて活躍す
ロシアの若手デザイナーたちの才
能に魅せられては、彼らのファッ
ション・ショウに幾度となく手を
貸した。長年ニコラが尊敬してい
るデザイナー、ティエリー・ミュ
グレーの意図を組んで、コンタク
トレンズをスイスやアメリカで特
大胆な行動は、ニコラの特徴の一
注することさえあった。こうした
つであり、大きな強みでもある。
何事に対しても貪欲。
それが新たな創造を生む。
ニコラは、学ぶことが好きだ。
だからこそ彼は、多くの出会いを
求める。話しかけ、耳を傾け、意
見を交換する。画家、彫刻家、フ
ォトグラファー、映画監督、俳優
だけでなく、パティシエ、シェフ、
義肢製作者、科学者、カラーリス
トとの出会いからも多くのことを
つが、マルチな才能をもつアーテ
学んだ。こうした出会いの一つ一
ィ ス ト で あ る ニ コ ラ に と っ て、
彼は﹁願望﹂と﹁能力﹂を分け
〝栄養〟となっているのだ。
て考えることはできないし、しよ
あり、それを実現させる。ゆえに
うとも思わない。やりたいことが
こうした謙虚さがあるからこそ、
彼は助言を求め、学び続けるのだ。
ニコラは時代とぴったり寄り添い、
常に新たな可能性を貪欲に求め
その進化を感じ取ることができる。
が出会ったのも偶然ではない。現
て飛び回るニコラと、ジバンシイ
在ニコラは、この老舗メゾンがも
つ明確なアイデンティティに、新
たな光を当てることに尽力してい
る。ほかの表現方法でアーティス
トとしての自分をアピールする可
ニコラはメイクアップ製品を開
能性があるにもかかわらず、だ。
が足りる、と考えてはいない。彼
発することは、単に色の調合で事
何
が愛していること、それは女性に
それは、女性に﹁自分らしくある
〝プティ プル〟を提供することだ。
こ と ﹂の 自 信 を 与 え る、
〝プティ
プル〟である。
001
002
Prismatic Life
光の魔術師、
ニコラ・
ドゥジェンヌの
多彩な人生。
こうには、一体何が見えているの
だろうか。
メイクアップ・アーティストのニコラ・
ドゥジェンヌほど、
“アーティスト”
の名にふさわしい人はいないだろう。
自分の情熱が向かう先に突き進み、
決して過去を振り返らない。
常に仕事で世界中を飛び回っているニコラだが、
“アーティストとしての旅”
は、
永遠に終わることはないのだ。
Photo: Thierry Bouët Text: Jean-François Lacoux Editor: Sachiko Igari
Nicolas Degennes
パルファム ジバンシイ メイクアップ&カラ
ー アーティスティック ディレクター● 1999
年より現職。18 歳でメイクアップ・アーテ
ィストデビューを果たし、以後、テレビ・映
画、ファッション業界で活躍。そこで培った
経験と光と影を操る独特の技法で、ジバンシ
イに新たな風を吹き込んだ。毎シーズン発表
する製品は、完成度が高いものばかり。
“
どこかクラシカルな雰囲気さえ漂い、
天使のようなピュアさも併せもつ。
性別の概念なんて必要ないのさ。
004
”
It evokes a classical mood and there is a pure angelic undertone.
There is no distinction between male and female.
003
“
女性の内に秘めた男性的な強さ。
でも情熱で真っ赤に染まった頬は
誰にも隠すことはできないんだ。
Photos: Takuya Uchiyama at
Sept
Makeup: Nicolas Degennes
at Parfums Givenchy
Hair: Chiaki Sabata at A.K.A.
Manicure: Hiro at Angle
Degital Retouching: Panzia
006
”
There is a hidden male strength in females.
However, the passion in rosy cheeks is not going to be revealed.
ニコラが選ぶ、
パルファム ジバンシイの
“ベスト・オブ・広告ビジュアル”
。
自らが作り出したカラーを使って、これまで多くの広告ビジュアルのメイクを手がけてきたニコラ。
特に気に入っているビジュアルが、上の 2 点。06 年 A/W コレクション「Délice de Chocolat」
(左)で
は、メイクのカラーと質感で女性の欲望を表現した。またアイシャドウが破裂したような 07 年 A/W
コレクション「Cache Cache」
(右)のビジュアルは、現代の CG 技術があったからこそ作ることが
できたものであり、そのアイデアが強烈なインパクトを与えている。
005
Home Sweet Home
色と光、そして艶……。これらを自由自在
次のトレンドはここから生まれる!?
ニコラの
“アトリエ”
へようこそ。
に操ってクリエイションを生み出すニコラ。
自然光がふんだんに差し込む窓と、各階ごと
に連なる計 4 つの小部屋が決め手となって、
このアパルトマンを約半年ほど前に購入した。
「天窓のあるキッチンに隣接した一角と、リ
ニコラにとって、
家とは単に帰る場所ではない。
クリエイションが生まれる
“アトリエ”
でもあるのだ。
今回、
そのプライベートな空間を、
VOGUE NIPPONだけに公開してくれた。
ビングの隣の丸窓に面したスペースが私の仕
事部屋。どちらも明るく、微妙なカラーニュ
アンスを追求するのにふさわしい環境で気に
入っているよ。また、階段を上るごとに部屋
Photos: Thierry Bouët Text: Masae Hara
がそれぞれに分かれているから、資料などを
ストックできて便利なんだ」
また部屋のあちこちには、花や植物が飾ら
れている。「ルージュの色合いは、さまざま
なブーケからインスピレーションを受けるこ
とが多い。ジバンシイ 2008 年春夏の口紅は、
森を散歩していたときに、色が変わった葉を
目にして生まれたカラーなんだ」。窓からの
眺めや草木によって感じられる季節感は、彼
のライフスタイルにおいて重要な位置を占め
る。そして、50 ∼ 70 年代のアンティーク家
具や、エリック・ラスポーの絵、マーキュス
1
ナインやロロ・ザザールなどのオブジェがア
クセントとして加わることで、居心地の良い
“ニコラ・ワールド”が完成するのだ。
5
4
2
3
6
1. 玄関を入り、階段を上るとまずたどり着く第 1 室
めが、ニコラの書斎。ミッドセンチュリーデザインを
愛するニコラは、エーロ・サーリネンのチューリップ
チェアに腰掛け、デッサンなどのデスクワークに励む。
2. もう一つのクリエイション・スペースの脇にある
キッチンで、ちょっとひと休み。ティーブレイクのお
供は、フルーツを象ったカラフルなレバノンのお菓子。
3. 丸い窓が印象的なリビングルーム。左横の階段を
上ると、2 つめの仕事用デスクが置かれた一角と、キ
ッチンへと続く。4 つのスペースからなる部屋は、全
部で 150 ㎡。玄関から天井までは 9 m もの高さがあり、
ガラス張りの天窓からは、さんさんと光が差し込む。
4. 力強いタッチのエリック・ラスポーのデッサン。
この絵のほかにもう 1 枚、階段脇にも同アーティス
トの作品が掲げられている。
「彼の絵は、1990 年∼
2000 年頃のものが興味深いね」
。絵の手前には、黄色
いチューリップのブーケを飾って。
「7 区にあるフロ
ーリスト、パトリック・ディヴェールのブーケは繊細
さが気に入っているよ」。5. リビングに飾られている
オブジェ。6. 黒人の像は、アフリカなどで見つけて
コレクションしているもの。
「これらの像からは、フ
ェミニティを感じるだろう?」と、ニコラ。アフリカ
ンやインディアン、仏像など、さまざまなカルチャー
をミックスして飾るのが、今の気分だそう。
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