チーム導入による人材活用

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チーム導入による人材活用
――経済学からの知見1――
大
湾
秀
雄
(東京大学社会科学研究所教授)
1.は じ め に
日本の製造業企業は、1960年代以降QCサークルなどの小集団活動を通じて改善活動に
取り組み、国際競争力を強めてきた。こうした経験は欧米にも伝えられ、80年代以降欧米
でも類似の活動が広がった。米国でのフォーチュン1000社に対する調査によれば、従業員
の20%以上が何らかのチームに所属している大企業の割合は、1987年には37%だったが、
1996年には66%にまで増加し、その後同様な水準で推移している(Lawler, Mohrman, and
Benson 2001、Lawler, Mohrman, and Ledford 1995)
。イギリス企業に対する調査でも、
職場でのチームワークはもはや一般的なものとなっている(例えば、DeVaro 2006)
。しか
しながら、ITの導入と共に管理部門間接部門にもチーム活動が広がった米国企業と比べ、
日本でのホワイトカラー層へのチーム組織の普及は、一部にとどまっているように見受け
られる。原因の1つは、過去の小集団活動がQCサークルと同義語で捉えられ、品質管理の
ツールという認識が強く、チーム組織の持つ広範囲な効能が十分に理解されていないから
ではないだろうか? 加えて、現場で幅広く取り入れられているチーム活動の機能面に関す
る研究が極めて少ないことも原因と考えられる。本論文では、チームに関する数少ない既
存の経済研究を紹介し、そこから導ける有用な知見についてまとめてみたい。
なおここでのチームとは、運用期間中、頻繁にあるいは定期的にコミュニケーションを
取りながら協働する集団であり、単一職場ごとに編成されたプロセスベースのもの(オン
ラインチーム)と、職場を離れた部門横断的なもの(オフラインチーム)を区別しない。
本論文は、欧州における労働経済学研究拠点IZAの情報発信ウェブサイトIZA World of Laborに掲
載された記事“How should teams be formed and managed?”を本誌向けに修正を加えたものである。
(http://wol.iza.org/articles/how-should-teams-be-formed-and-managed.pdf参照)
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どちらの形態も、高い品質や生産性をもたらす力となり得る。
2.ケーススタディを用いた先行研究
既存研究によって指摘されたチームの役割をまとめると、
(1)業務コーディネーション
の改善、
(2)問題解決能力の向上、
(3)相互モニタリング効果、
(4)同僚からの学習によ
る技能向上の4つに整理できる。つまり、自律的なチーム制度を導入することで、企業は、
有能な従業員の力をうまく有効活用し、生産性や品質の改善機会を見出し、従業員間の協
力や相互監視を期待することができる。
上の4つの役割のうちのいくつかをデータに基づき描いた実証研究として、Hamilton, B.
H., J. A. Nickerson, and H. Owan (2003, 2012)とChan, T., Y. Jia Li, and L. Pierce
(2014a, 2014b)等の研究がある。これらの研究を詳細に紹介する。
事例1: カリフォルニアの衣料工場 (Hamilton, Nickerson, and Owan 2003, 2012)
ナパ・バレーにあるコレット社の衣料工場は、以前から、テーラー型の直線的生産シ
ステムを採用しており、従業員の報酬は個人の出来高に基づいて決められていた。しか
し、1990年代半ばになると、小売店の要請でジャスト・イン・タイム方式の納品が求め
られるようになり、受注から納品までの期間を短縮化するために、工場長が縫製業務に
自己管理型の柔軟な生産チーム(「モジュール生産」と呼ばれる)を導入することを決め
た。そこでの縫製工の報酬は、グループの成果に基づいて決まることとなり、同一グルー
プ内は同じ報酬となった。このモジュール生産へのシフトは、段階的に実施された。最
初の試験的チームが選ばれたのが1994年、希望者で構成された次の8チームは、1995年
に形成された。当初は、従業員が望めば直線的生産システムへ戻ることもできた。しか
し、1996年半ばには、工場全体がモジュール生産システムに移行することが決まり、直
線的生産システムへ戻るという選択肢はなくなった。
工場にチームを導入したことにより、従業員の生産性は平均で14%向上した。最も著
しく生産性が改善したのは、初期に導入された9チームであり、これらのチームでは、2、
3割の生産性上昇が観測された。後に大勢がチーム型生産に参加した時期のチームでは、
顕著な改善はほとんど見られなかった。この傾向は、モジュール生産では、共同作業に
必要なコミュニケーションやリーダーシップ(チームスキルと呼ぶ)などが必要であり、
そうしたチームスキルの高い従業員の積極的参加が初期のチームの生産性向上につなが
ったと解釈できる。
直線的生産システムの下で生産性が高かった従業員の多くも、初期にチームに加わっ
ていた。報酬が下がる場合も少なくなかったのに、こうした好業績社員は直線的生産シ
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ステムに戻ることはなく、また離職率も低かった。この現象は、チームワークには非金
銭的な便益も存在することを示唆している。つまり、権限移譲されたチームで意思決定
に参加したり、他人にノウハウを教えたり、またそうしたイニシアティブに対して同僚
から感謝されたりということが労働者の満足度を高めている可能性が考えられる。
平均的な能力に差がなければ、スキルに差があるチーム、つまり経験や縫製業務の能
力に差があるメンバーから成るチームは、より生産性が高かった。これは、チームが難
易差のある作業を能力差に配慮して配分したり、技能の高い工員が技能の低い工員に縫
製スキルを教えたことによる。最後に、同じ人種のメンバーから成るチームは、離職率
が低くなる傾向があったが、これはメンバーの人種属性が同じことで非金銭的な便益が
生じた可能性を示唆している。
事例2: 中国のデパートにおける化粧品販売 (Chan, Jia Li, and Pierce 2014a, 2014b)
ある中国最大級のデパートは、主要な化粧品だけで15ブランドを販売しており、1つ
のフロアにブランド別のカウンターが置かれていた。各ブランドには専属の販売員がお
り、オーバーラップのある3交代の1つのシフトで製品の販促や販売を行っていた。研究
に協力した11ブランドのうち、4ブランドはチームベースの報酬制度(TC)を採用して
おり、従業員は、毎月約150ドルに加え、同時間帯のシフトで働いた同僚からなるチーム
の販売額の0.5%を報酬として得ていた。残る7ブランドは、個人ベースの報酬制度(IC)
であり、従業員の報酬は、毎月約150ドルと、個人の月間販売額の2%であった。
ピア効果を推定したところ、TCチームでは、能力の高い従業員が同僚の生産性を向上
させていたが、ICチームにおいては、同じカウンターで顧客を取り合うことから、同僚
の生産性を低下させていたことがわかった。特に値引きによる競争が目立ち、販売員は、
能力の高い同僚とともに働く際には大幅な値引きを提示していたことがわかった。
TCが与える正のピア効果は、次の2つの要因に起因する。第一に、TCのカウンターで
は、能力の高い従業員はまったく異なる戦略で動く。すなわち、獲得した顧客へのサービ
スは技能の低い同僚に任せ、自らは他のブランドから顧客を奪うことに注力するのである。
TCカウンターの高技能の従業員は、他ブランドの従業員に対しては有意に負の影響を及
ぼすが、ICカウンターの高技能従業員は、他ブランドには影響を及ぼしていなかった。第
二に、TCカウンターの従業員は、他のカウンターより同じカウンター内の同僚からより
多くを学び、これは新人従業員において特に顕著であった。また、メイクアップよりスキ
ンケアの技術の方が難しく、見ただけで真似できない技術が多いため、学習の効果は、メ
イクアップよりスキンケアの方が大きかった。全体として、TCにおいては、従業員の能
力差があればチームのパフォーマンスが上がっていたが、ICではむしろ逆であった。
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この2つのケーススタディの結果を中心に、先行研究に基づく形で、チームワークがど
のように生産性を押し上げるのか整理してみよう。
業務コーディネーション
もし、業務の再配置を行う権限がメンバーにあれば、業務は最適な形に再配置され、そ
れにより、
チーム内の技能構成の変化や、ひいては製造する製品や環境の変化に対しても、
対応力が向上する。例えば、新たな従業員がチームに入った場合、彼には簡単な業務を与
えられ、他の経験豊富な従業員がもっと難しい業務を担当する。
「事例1:米国の衣料工場」
では、大量生産からフレキシブルなモジュール生産への移行の結果、チームメンバーに作
業配分の権限が与えられ、またメンバー間の仕掛品をなくしたことで、チーム内の作業の
相互依存性が高まった。そのため、事前に技能の差に応じて作業を配分し、また作業中で
もボトルネックが生じれば、隣の工員が作業の一部を肩代わりする形で自律的に作業の再
配分が適宜行われ、生産性の向上に寄与した。
同様に、「事例2:中国のデパートにおける化粧品販売」のTCチームに見られるように、
需要(顧客の到来)に不確実性がある場合、能力の高い従業員と低い従業員の間で業務コー
ディネーションを行うことが、生産性向上に効果を持つ。すなわち、需要が細っている時は、
セールスチームの中でも経験豊富な従業員が新規顧客の開拓に長い時間を割き、経験の浅い
従業員は既存顧客の維持に注力することができる。変化する環境に適応していくため、業務
の再配置を継続的に行う必要がある場合には、自律的なチームの利用が望ましい。
両事例において、技能レベルに差があるメンバーで構成されたチームは、生産性が高く
なった。技能レベルが多様なほど、業務再配分から得られるメリットが大きいためである。
一般に、両事例で説明したように、相互依存性や不確実性が大きい業務においては、業務コー
ディネーションがチームが生産性を引き上げる重要なメカニズムである(後掲表1参照)
。
問 題 解 決
チームワークから高い効率性を引き出すメカニズムとして2つ目に挙げられるのは、問
題解決である。米国の小規模製鉄所における生産ラインのデータを分析した研究者は、複
雑な生産工程のラインにのみ、問題解決チームが存在することを示している(Boning,
Ichniowski, and Shaw 2007)
。Lazear (1999)の研究も、知識や情報源の多様さがチーム
の問題解決能力を向上させることを示している。前述の2つのケーススタディにおいても、
新しいデザインの服の縫製の手順をどうするかとか、競合ブランドの新商品発売にどう対
応するかとか、業務の中で発生する問題にチームメンバーが日常的にアイディアを共有し
ていたことは想像に難くない。しかし残念ながら、前述の2つのケーススタディでは、問
題解決能力の向上が生産性を引き上げている主因であるとの議論はなされていない。縫製
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工程も化粧品販売も問題解決が生産性向上の主因になるほど、プロセスが複雑ではなかっ
たため、両論文において主要な議論の対象にならなかったと推察される。一般に、Boning,
Ichniowski, and Shaw (2007)が主張するように、複雑性が高い業務において、問題解決
能力の向上がチームが生産性を改善させるメカニズムの1つになり得る(表1)。
相互モニタリング
チームが果たす役割として3番目に挙げられるのは、相互モニタリングである。従業員
のモチベーションを維持する上で、個人ベースではなくチームベースの報酬制度を用いる
ことの問題の1つは、ただ乗り問題である。たとえ努力しても、それによる報酬増はチー
ム全員に分配されてしまうため、自分は努力を惜しみ、他のメンバーの努力にただ乗りし
たりする動機が生まれる。ただし、チーム内に強い社会的な結びつきがある場合や、長期
的な人間関係を期待する場合においては、この問題は軽微になる。従業員間のプレッシャー
や長期的な関係における評判メカニズムが協力を動機付けるからだ。
よりフォーマルな言い方をすると、チーム給の下でチームワークが繰り返し行われる状
況では、従業員は、高努力水準を引き出す関係的契約を結ぶことができる。つまり、他の
メンバーが望ましい努力水準を選んでいる限りは、自分も同じ努力水準を選択するが、誰
かがその義務を怠った場合は、チームは努力水準を下げることで逸脱したメンバーに罰を
与える。Che and Yoo (2001) は、チーム給を導入するとこうした関係的契約が均衡とし
て現れ、仮にチームに技術的には相互依存性がなくても、チーム組織が最適であり得ると
いう結果を導いた。
つまり、相互依存性が低いにも関わらずチームが導入されるケースは、
相互モニタリングの効果を狙っているケースが多いと予想される(表1)
。
前述の事例1、2を含む、チームワークに関する多くの成功事例について一貫していえる
ことは、チームメンバー間の距離が近いため、他メンバーの働きをモニターできるケース
が多いということである。同僚の動きが目に見えること、そして社会的なつながりがある
ことの重要性は、全米で展開するスーパーマーケット・チェーンの従業員の生産性に関す
るMas and Moretti (2009)らの研究においても確認されている。
同僚からの学習
チームの役割として最後に挙げられるのは、同僚からの学習である。これには、同僚の
上手なテクニックの観察、および直接教えてもらう、という2つの種類が存在する。前者
は、チーム組織を必要とせず、また報酬スキームに依存しないが、同僚に直接教えるイン
センティブは、個人業績ベースよりもチーム業績ベースの報酬の場合がより大きい。した
がって、従業員のテクニックが同僚から見て簡単に真似できるようなものではない場合、
直接教えるインセンティブを与えるため、チーム組織を導入した上で、チーム生産に応じ
たチーム報酬の仕組みが有効となる。事例2にあるように、中国のデパートの化粧品販売
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表1
業務の性格と活用すべきメカニズム
チームでは、販売テクニックの直接的な伝授が必要なスキンケア商品において、同僚から
の学習は特に大きい結果となっている。
また、相互依存性が高い場合には、技能の低い同僚の低い生産性やアウトプットの質の
悪さが、高技能の同僚の足を引っ張ることがあり得る。この場合、負の外部効果を避ける
ため、技能の低い同僚を教えるインセンティブがさらに上がる。一般に、同僚の技能を観
測することが難しく(可視性が低い)、相互依存性が高い時、チームの導入により、同僚か
らの学習を通じた生産性改善が図られる傾向が強い(表1)
。
3.チーム編成に関する含意
チームの業績に対して技能や知識の多様性がもたらす効果は、正負いずれの可能性もあ
り、大部分チームに求める役割に依存している。生産性の改善において業務コーディネー
ションや同僚からの学習が重要な役割を果たすチームにおいては、スキルや知識の差があ
るチームほど業績が良くなる傾向にある。スキルや知識の差が大きいということは、業務
再配置や相互学習の機会の頻度が大きくなるからである。事例1および事例2において示さ
れた実証結果は、この仮説と一致している。しかし、業務コーディネーションや同僚から
の学習が発生しづらい状況においては、技能の多様性はチームの業績を損なうことがある。
例えば、相互モニタリングが重要なメカニズムであれば、技能の多様性はチームの規範的
努力水準の確立を難しくするかもしれない。特に、メンバー同士が各人の働きや習熟度を
観察することが困難な場合はとりわけそうであろう。
一方で、人種、性別、年齢などの違いのようにメンバーの人口統計学上の属性が異なる
チームでは、コミュニケーションが難しくなり、同僚間のプレッシャーによる効果が薄まっ
てしまうため、生産性が損なわれることがある。実際、事例1の米国衣料工場の例では、
人種面でのダイバーシティは、直接的には生産性との相関は見られなかったものの、離職
率と負の相関を持っていた。ダイバーシティの上昇は、長期的には離職率の上昇を通じて
生産性に負の影響を及ぼす可能性を示唆しているといえる。したがって、人口統計学上の
ダイバーシティと技能や知識面でのダイバーシティは明確に区別して議論する必要がある。
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先行研究は、概ね年齢や人種の差異はチームの生産性に対して悪い影響をもたらすという
結果を示している。こうした見方に対しては、特定の属性や文化的集団に特有の技能や知
識セットもあるため、異なる属性を持つメンバーでグループを形成するのは有益だ、とい
う反論もある(Lazear 1999)。実際、従業員の目に見える人口統計学上の特性と、そこで
必要ないくつかの技能との間に相関がある場合には、多様性がチームの業績に良い影響を
もたらすことがある。例えば、女性従業員が、女性顧客のニーズに敏感で、男性従業員が、
男性顧客のニーズの理解に優れているのであれば、男女双方をターゲットにした商品の開
発を男女混合の研究開発チームに委ねることは理にかなっている。
次に、チーム編成を企業側がトップダウンで行うべきか、従業員の自律的な編成に任せ
るべきかという問題を考えよう。チームメンバーが自らチームメイトを選ぶ場合は、友人
や、自らの社会的ネットワークの中にいる人を選ぶ傾向がある。友人であれば、お互いの
満足度を気にかけ、また相互のプレッシャーに対する感度が高いため、ただ乗りを抑制す
る効果は大きい。また、チームへの参加が自発的で、かつチームワークが追加のチームス
キル(例えば、コミュニケーションやリーダーシップ等)を必要とする場合は、チームス
キルを持つ従業員が参加を希望する可能性が高い。その結果、チーム内のコーディネーシ
ョンがよりスムーズに進み、業務再配置や問題解決による生産性向上効果がより高く出て
くるかもしれない。事例1の米国衣料工場の例では、自発的に参加した従業員によって構
成された初期のチームはとりわけ生産性改善効果が目覚ましかった。
チームメイトを自分で選ぶことのもう1つの利点は、人はチーム活動を通じ、社会的な
つきあいといった非金銭的な利益を享受することもできることだ。社会的なつきあいが離
職率を低下させ、知識の伝達を促し、結果としてチーム全体の生産性に良い影響をもたら
す。ただし一方で、おしゃべり等、業務以外の活動に時間を多く割きすぎる結果、社会的
なつきあいがチームの生産性を損なうこともある。
自己選別によるチームの問題として最後に挙げられるのは、こうしたチームは技能や人口
統計学上の特性が似てくる傾向があるということだ。技能や情報源の多様性が重要な意味を
持つ場合、従業員自身にチームへの参加を選ばせることはマイナス面も大きい場合もある。
4.報酬制度に関する知見
チームベースの報酬、つまりチーム全体の業績で報酬が決まるスキームは、成功するチー
ム組織を生む条件の1つだと示唆する文献は多い(Hamilton, Nickerson, and Owan 2003,
2012、Boning, Ichniowski, and Shaw 2007、Chan, Li, and Pierce 2014a、Che and Yoo
2001)。チーム業績給は、前述のチームの4つの役割をすべて促進する効果を持つ。チーム
業績給を与えられたチームでは、「ただ乗り」する者が生まれるという懸念はあるものの、
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もし、チームメンバーが十分長い期間にわたって頻繁かつ継続的に共に働く機会があるな
らば、協力と相互モニタリングについての関係的契約が生じることで、ただ乗りを抑制す
る効果が期待できるだろう(Che and Yoo 2001)
。
インセンティブ報酬は、お互いの競争のために従業員が自ら用いる戦略を変化させ、他
人から受けるピア効果の性質をも変化させたりすることがある。中国のデパートの化粧品
販売の事例(事例2)では、個人単位の報酬スキームは、チーム内部の競争を激化させる
結果、過剰な値引きを引き起こした。一方で、チーム単位の報酬スキームは、チーム全体
の報酬を最大化するため、従業員は他ブランドとの競争により傾注するようになった。
中国のデパートの事例は、報酬制度とメンバー構成が相互に影響し合って生産性に影響
を与えることを示唆している。つまり、チームの業績に基づく報酬においては、技能の多
様性は、業務コーディネーションや同僚からの学習により、チームの業績に良い影響を与
える。一方、個人の業績に基づく報酬においては、技能の多様性は、従業員が顧客を奪い
合ったりする場合には、チームの業績に悪影響を与えることがある。
5.考
察
上記の議論の通り、同僚による圧力という相互モニタリング効果がただ乗りを効果的に
排除している場合、たとえ技術的には相互依存性がなくても、チームベースの報酬が最適
となり得る。しかし、業務内容の変更によって相乗作用や技術的補完性が生まれれば、チー
ムワークはさらに望ましいものとなるだろう。チーム組織を補完する慣行の一例として挙
げられるのは、従業員への権限委譲である。
従業員への権限委譲には2つの側面がある。第一に、これは、チームメンバーの技能や知
識セットに応じた業務コーディネーションを促す。業務コーディネーションは相互依存性や
活動を同期させる必要性を高めるため、メンバーの努力は補完的になる傾向がある。第二に、
ただ乗りをする者への罰則の範囲は、従業員への権限委譲によって拡大される。例えば、権
限委譲されたチームでは、ただ乗りをする者には退屈な業務を割り当てることもできる。
理論的には、罰したり相互に妨害したりする機会を従業員に与えることで、関係的契約
をより強固にすることができる。例えば、米国の衣料工場の事例では、技能の差が大きい
とチームの業績が良かったことが示されているが、これは、従業員にそのチームを辞める
選択肢が与えられていたことも一因である。例えば、高業績の従業員は、チームを辞める
選択肢をちらつかせることで、他のメンバーにもっと一生懸命働くようプレッシャーをか
けることができた。高業績のメンバーのチームからの離脱自体は、生産性を押し下げる可
能性が高いが、離脱の可能性があること自体が、他のメンバーに対しては、高業績メンバー
を引き止めるために努力水準を引き上げるというインセンティブを生み、チームの高い生
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産性を誘因する理由となり得る。
チームワークにおけるただ乗りを低減させるもう1つの仕組みとしては、チームメンバー
に相互評価の機会を与え、その評価によって報酬を調整するという方法が挙げられる。こ
うした評価システムのもとでただ乗りが罰せられることを予想すると、従業員は、望まし
い努力水準を選択するようになる(Hansen, Owan, Pan, and Sugawara 2014)。ビジネス
の現場で幅広く取り入れられている360度評価には、そうしたメカニズムがあり、チーム
型組織の生産性向上に寄与している。
先行研究によって示された証拠の多くは、生産性を容易に計れる職務範囲の狭い比較的
簡単な業務を対象にした分析に基づくものであった。そのため、例えば、研究開発(R&D)
の研究者や管理職など、複雑な課題解決を職務として含む高スキルの業務において、どこ
まで同様の結果が出せるかについては疑問が残る。R&Dや経営陣を含むような専門性の高
いチームにおいては、隣同志で仕事をすることもないし、頻繁に会うこともない。株式の
所有権やストックオプションといった組織全体の業績に基づく幅広いインセンティブを除
けば、チーム単位での報酬を提示されることもない。にもかかわらず、ただ乗り問題が持
ち上がることはほとんどない。その典型的な理由は、チームリーダーや取締役会などの特
化した監視役の存在などであろう。また、昇進ややりがいのある仕事の配分を通じた褒賞
あるいは評判といったものが、チームメンバーの動機づけとして有効に働いてきたと見ら
れる。こうした専門職のチームに対するさらなる研究が求められる。
6.結
論
効果的なチームワーク実現の鍵を握るのは、慎重に設計されたチーム編成の方針(例え
ば、スキルや知識、属性の多様性をどの程度目指すべきか、従業員自身がチーム参加を選
択できるかどうか等)とバランスの取れたチームベースの報酬インセンティブである。企
業側は、業務コーディネーション、問題解決、相互モニタリング、同僚からの学習の4つ
を通じたチームワークの便益を最大化する施策を選ぶ必要がある。つまり、最適なチーム
編成方針とは、チームワークのどの役割が強調されるかによって異なるのである。
業務コーディネーションを促進するチームワークの活用は、しばしばチームへの権限移
譲を伴い、従業員に幅広いスキルと知識を要求する。職務設計におけるこうした変化は、
職務をより企業特殊的なものに変容させるため、一定の雇用保障がない限り従業員は協力
的とはならないだろう。労働組合は、業務組織における上記の変化を容易にするために、
安全装置としてある一定の役割を果たすことができる。チーム組織を導入する上で、安定
した雇用関係、新施策に対する企業のコミットメント、あるいは報酬設計において許容さ
れる柔軟性などが、成功のために不可欠な要素となり得る。
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