2013 年 4 月 11 日 一弁総法研知的所有権法研究会 特許法 102 条 2 項の適用について、特許権者において、当該特許発明を実施し ていることを要件とするものではなく、特許権者に、侵害者による特許権侵害 がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合には、同 項の適用が認められると解すべきとした事例 -紙おむつ処理容器事件 知財高裁平成 25 年 2 月 1 日判決 しんくま (平成 24 年(ネ)第 10015 号 特許権侵害差止等本訴、 新熊 さとし 聡 国広総合法律事務所 損害賠償反訴請求控訴事件) (最高裁HP) 事実の概要 1.対象商品 ・紙おむつ処理容器に使用するごみ貯蔵カセット 1 (コンビ株式会社 HP より(http://www.combi.co.jp/products/diaper/kurupoi/) ) 2.営業関係 ・平成 5 年頃以降、X は Y の前身企業(アップリカ葛西株式会社)を日本総代理店とし、Y の前身企業は X 製の紙おむつ処理容器及びこれに使用するごみ貯蔵カセットを販売。 ・平成 19 年頃、Y の前身企業は不正経理が発覚して債務超過に陥る。 ・平成 20 年 4 月 1 日、Y の前身企業は、Newell 社(米国法人)から経営支援を受け、Newell が設立した Y に事業譲渡。 ・平成 20 年 11 月 26 日をもって、XY 間の販売代理契約が終了。翌 27 日より、コンビ株式 会社が X の日本総代理店として X 製品を販売開始。 しかし、Y は、X 製紙おむつ処理容器に使用するためのごみ貯蔵カセット(以下「イ号物 件」という。 ) (中国製)の輸入販売を継続し、平成 21 年 11 月 6 日から平成 23 年 12 月末 日までの間に 50 万 9583 個を販売、2 億 1504 万 3189 円の売上を得た。 イ号物件(アマゾン HP より) 2 3.権利関係 ・平成 15 年 10 月 23 日、X(Sangenic International Ltd.。英国法人。 )が英国で原出願。 ・平成 16 年 10 月 21 日、X が優先権を主張して日本で特許出願。 ・平成 21 年 6 月 5 日、X が分割出願。 ・平成 21 年 11 月 6 日、設定登録。特許第 4402165 号(以下「本件特許」といい、本件特 許に係る特許権を「本件特許権」 、本件特許に係る発明を「本件発明」という。)。 4.争訟関係 ・平成 21 年 12 月 8 日、本件特許権侵害1を理由に X が Y に対する差止及び廃棄並びに損害 賠償(2 億 0672 万 9983 円)請求訴訟を提起23。 ・平成 22 年 3 月 29 日、Y(アップリカ・チルドレンズプロダクツ株式会社)が無効審判請 求。 ・平成 23 年 1 月 4 日、無効審判請求不成立審決。 ・平成 23 年 2 月 5 日、Y が審決取消訴訟を提起。 ・平成 23 年 10 月 11 日、審決取消訴訟につき、知財高裁は Y の請求を棄却する判決(第 2 部 塩月裁判長) 。 ・原判決(東京地判平成 23 年 12 月 26 日最高裁 HP、大須賀裁判長) イ号物件は本件発明の技術的範囲に属し本件特許権を侵害する、と判断し、イ号物件 の差止及び廃棄の請求を認容。 ただし、損害額の算定にあたり、特許法 102 条 2 項の適用について、次のように判示。 「原告は、コンビ社に独占的販売権を付与し、わが国におけるごみ貯蔵機器に関 する原告製品の輸入及び販売等は、コンビ社において担当していたものと認める ことができるのであって、原告が我が国において本件特許権を実施していたと認 めることはできない。 したがって、原告においては、特許法 102 条 2 項の推定の前提を欠き、同条項 に基づき損害額を算定することはできないというべきである。」 このようにして、原審は 102 条 2 項の適用を認めず、同条 3 項に基づき、実施料相当 額(実施料率 10%で計算)1813 万 9152 円及び弁護士・弁理士費用 300 万円の合計 2113 万 9152 円を損害額として認定した。 X、Y とも控訴(X は損害賠償請求を 2 億 5969 万 1340 円に拡張。) 。知財高裁は大合議 事件として審理。 1 X は、意匠権侵害も主張しているが、省略する。 2 X を代理した内田・鮫島法律事務所の HP による(http://www.uslf.jp/blog/2013/02/post-1-475244.html) 。 3 Y は、虚偽事実告知を理由に不正競争防止法 2 条 1 項 14 号、4 条に基づき損害賠償請求の反訴を提起しているが、省 略する。 3 判旨 イ号物件は、本件発明の技術的範囲に属し、本件特許権を侵害するとの原審の判断を是認 した上で、特許法 102 条 2 項の適用について次のように判示し、原判決の損害賠償認容額 を変更した。 1.特許法 102 条 2 項を適用するための要件について 「特許法 102 条 2 項は、民法の原則の下では、特許権侵害によって特許権者が被った損害 の賠償を求めるためには、特許権者において、損害の発生及び額、これと特許権侵害行為 との間の因果関係を主張、立証しなければならないところ、その立証等には困難が伴い、 その結果、妥当な損害の填補がされないという不都合が生じ得ることに照らして、侵害者 が侵害行為によって利益を受けているときは、その利益額を特許権者の損害額と推定する として、立証の困難性の軽減を図った規定である。このように、特許法 102 条 2 項は、損 害額の立証の困難性を軽減する趣旨で設けられた規定であって、その効果も推定にすぎな いことからすれば、同項を適用するための要件を、殊更厳格なものとする合理的な理由は ないというべきである。 したがって、特許権者に、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られ たであろうという事情が存在する場合には、特許法 102 条 2 項の適用が認められると解す べきであり、特許権者と侵害者の業務態様等に相違が存在するなどの諸事情は、推定され た損害額を覆滅する事情として考慮されるとするのが相当である。そして、後に述べると おり、特許法 102 条 2 項の適用に当たり、特許権者において、当該特許発明を実施してい ることを要件とするものではないというべきである。」(強調は報告者による。) 2.事実認定及び判断 「上記認定事実によれば、原告は、コンビ社との間で本件販売店契約を締結し、これに基 づき、コンビ社を日本国内における原告製品の販売店とし、コンビ社に対し、英国で製造 した本件発明 1 に係る原告製カセットを販売(輸出)していること、コンビ社は、上記原 告製カセットを、日本国内において、一般消費者に対し、販売していること、もって、原 告は、コンビ社を通じて原告製カセットを日本国内において販売しているといえること、 被告は、イ号物件を日本国内に輸入し、販売することにより、コンビ社のみならず原告と もごみ貯蔵カセットに係る日本国内の市場において競業関係にあること、被告の侵害行為 (イ号物件の販売)により、原告製カセットの日本国内での売上げが減少していることが 認められる。 以上の事実経緯に照らすならば、原告には、被告の侵害行為がなかったならば、利益が 得られたであろうという事情が認められるから、原告の損害額の算定につき、特許法 102 条 2 項の適用が排除される理由はないというべきである。」 「したがって、本件においては、原告の上記行為が特許法 2 条 3 項所定の「実施」に当た 4 るか否かにかかわらず、同法 102 条 2 項を適用することができる。また、このように解し たとしても、本件特許権の効力を日本国外に及ぼすものではなく、いわゆる属地主義の原 則に反するとはいえない。 」 3.逸失利益の不発生ないし推定の覆滅に関する被告の主張について 「 (ア)まず、被告は、日本国内において原告製品を販売して利益を得ているのは、コンビ 社であって原告ではない、また、原告とコンビ社間には、強制的な最低購入量の定めや最 低購入量不達成時の経済的な補填の定めがあり、原告には損害が生じないから、原告の損 害賠償請求は失当であると主張する。 しかし、被告の上記主張は、以下のとおり採用できない。 すなわち、上記のとおり、原告は、コンビ社との間で本件販売店契約を締結し、これに 基づき、コンビ社を日本国内における原告製品の販売店とし、コンビ社に対し、英国で製 造した本件発明 1 に係る原告製カセットを販売(輸出)していること、コンビ社は、上記 原告製カセットを、日本国内において、一般消費者に対し、販売していること、もって、 原告は、コンビ社を通じて原告製カセットを日本国内において販売しているといえること からすれば、日本国内において、原告製品の販売から利益を得ているのは、コンビ社のみ であるとはいえない。また、原告とコンビ社間に、強制的な最低購入量の定めや最低購入 量不達成時の経済的な補填の定めがあると認めるに足りる証拠は存在しない。 のみならず、本件において、被告は、原告製カセットの販売におけるコンビ社の利益額 等について具体的な主張立証をしていないことなどに照らすと、コンビ社が原告製カセッ トの販売をしていることをもって、上記推定の覆滅を認めることはできない。 (イ)また、被告は、イ号物件が MarkII(報告者注:ごみ貯蔵カセット回転装置を備えて いない。 )本体に使用された場合には、本件発明 1 の作用効果は何ら奏さないものであっ て特許権侵害は成立しないから、イ号物件の販売数から MarkII 本体に使用されている個 数を控除すべきであると主張する。 しかし、被告の上記主張は、以下のとおり採用できない。 すなわち、平成 22 年 5 月 24 日から平成 23 年 12 月 27 日までの間に、MarkII 本体に関 して,被告に対する問合せが合計 282 件あったことはうかがわれるものの、イ号物件が MarkII 本体に使用された数は不明であり、イ号物件の上記販売数量に占める、MarkII 本 体に使用される数量を確定できないから、上記推定の覆滅を認めることはできない。 (ウ)さらに、被告は、①原告製カセット 1 パック(3 個入り)の値段は、イ号物件のカセ ット 1 パック(3 個入り)に比べて 500 円高く、イ号物件が供給されなかったときに原告 製カセットが購入されるとは限らない、②「アップリカ」のブランド力を理由に製品を購 入する消費者が多数存在するものと考えられるから、イ号物件が供給されなかったときに 5 原告製カセットが購入されるとは限らない、③イ号物件の販売以外にも、被告の新製品(非 侵害品)や他者の競合品の販売数量の増大、原告製本体の不具合や消費者の使用方法の変 更が原告製カセットの販売数減少に影響を与えたなどとして、原告の損害賠償請求は失当 であると主張する。 しかし、被告の上記主張も、以下のとおり採用できない。 すなわち、イ号物件も原告製カセットと同様、通常、原告製本体とともに、当該用途に のみ使用されるものであること、イ号物件と原告製カセットの価格差は 1 パック(3 個入 り)で 500 円程度(1 個当たり約 167 円)であること(甲 50 参照)、原告が日本における 販売店に指定したコンビ社は、日本国内において「アップリカ」とブランド力において遜 色はないと推認されること(弁論の全趣旨)に照らすと、イ号物件の販売数に相当する数 だけ、原告製カセットの売上げが減少したと解するのが相当であり、「アップリカ」のブ ランド力、原告製のごみ貯蔵機器に対する競合製品の存在や原告製本体の不具合等をもっ て、上記推定の覆滅を認めることはできない。 (エ)以上のとおり、被告の上記主張は採用することができず、原告には被告の侵害行為 による逸失利益の発生が認められ、また特許法 102 条 2 項による上記損害額の推定の覆滅 を認めることはできない。 」 4.結論 被告の利益額=原告の損害額として 1 億 3461 万 7022 円、弁護士・弁理士費用として 1346 万円、合計 1 億 4807 万 7022 円の賠償を命じた。 検討 1.特許法 102 条 2 項の趣旨 特許法 102 条は、民法 709 条の特別規定である。特許権侵害の場合、損害額の立証は容易 でないため、損害額の算定方式を定めたものである。 このうち 2 項は、侵害により自己が受けた損害の額の立証をすることの困難に比べれば相 手方の受けた利益の額の立証の方が幾分でも容易であることを考え、権利者を保護するた めに設けられた規定である。 2.問題の所在及び従来の多数説 従来の多数説は、102 条 2 項は損害額の推定規定であり、売上の減少による逸失利益の額 の単なる計算規定であるため、損害の発生事実についてまで推定されるものではない、と 解した(損害額推定説)上で、権利者が自ら実施していない場合は、消極的損害の発生自 体を観念することができないので 2 項の推定は適用されない、としてきた(特許発明実施 必要説) 。 6 裁判例の多数も、特許発明実施必要説に立っているものと思われる。 ・東京地判昭和 37 年 9 月 22 日判タ 136 号 116 頁(二連銃玩具事件) ・大阪地判昭和 55 年 6 月 17 日無体裁集 12 巻 1 号 242 頁(表札事件) ・大阪地判昭和 56 年 3 月 27 日判例工業所有権法 2305 の 143 の 63(ヤーンクリアラ事 件) 特許権者が国外において特許発明に係る装置を製造、販売等していたが、日本 国内では製造、販売等を行っておらず、別の業者が国外において製造された実施 品を日本国内に輸入し、販売していたという事案について、旧特許法 102 条 1 項 (現 2 項)の適用を否定。 ・東京地判平成 2 年 2 月 9 日判時 1347 号 111 頁(クロム酸鉛顔料事件) ・東京高判平成 3 年 8 月 29 日知的裁集 23 巻 2 号 618 頁(ニブリング金型機構事件) ・東京高判平成 11 年 6 月 15 日判時 1697 号 96 頁(スミターマル事件) ・東京地判平成 17 年 3 月 10 日判時 1918 号 67 頁(多機能測量計測システム事件) ・本件の原審 これに対し、特許権者において、当該特許発明自体を実施していなくても、競業者に当該 特許発明を実施させずに自ら競合技術を実施して得る利益についても特許権による法的保 護の範囲内にある利益にあたることなどを理由に、特許権者等による競合技術の実施で足 りるとする見解も有力となっており、裁判例でもこの見解に立つと思われるものがある。 ・名古屋高金沢支判平成 12 年 4 月 12 日判例工業所有権法(第 2 期版)2563 の 23(ト ラニラスト事件) ・東京地判平成 21 年 8 月 27 日(経口投与用吸着剤事件 I)、同平成 21 年 10 月 8 日(同 事件 II)最高裁 HP 「侵害行為による逸失利益が生じるのは、権利者が当該特許を実施している場 合に限定されるとする理由はなく、諸般の事情により、侵害行為がなかったなら ばその分得られたであろう利益が権利者に認められるのであれば、同項が適用さ れると解すべきである」として、特許権者において、当該特許発明ではなく、競 合技術を実施していた場合について、特許法 102 条 2 項の適用を認めた。 ちなみに、特許法 102 条 2 項と同様の規定がある著作権法 114 条 2 項においても、権利者 による著作物の利用が必要であるとする裁判例が多い。 ・東京地判昭和 53 年 6 月 21 日判タ 366 号 343 頁(日照権事件) ・東京高判平成 10 年 2 月 12 日判時 1645 号 129 頁(四谷大塚進学教室事件) ・東京地判平成 11 年 10 月 18 日判時 1697 号 114 頁(三島由紀夫手紙事件) ・東京地判平成 15 年 3 月 28 日判時 1834 号 95 頁(国語テスト事件) しかし、著作権者が著作物を利用していない場合にも請求を認めた裁判例が散見される。 ・東京地判昭和 59 年 8 月 31 日判時 1127 号 138 頁(藤田嗣治事件) ・東京地判平成 12 年 12 月 26 日(キャンディ・キャンディ事件) 7 ・東京地判平成 12 年 2 月 29 日判時 1715 号 76 頁(中田英寿事件) ・東京地判平成 17 年 3 月 15 日判時 1894 号 110 頁(グッバイ・キャロル事件) 3.本判決の意義 このように、学説及び裁判例の多数が特許発明実施必要説に立つ中で、本判決は、「特許 権者に、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事 情が存在する場合」に特許法 102 条 2 項の適用を認めた点で大きな意義がある(しかも大 合議判決である) 。 ①特許法 102 条 2 項には「特許発明の実施」を要求した文言がないこと、 ②効果は推定に過ぎないこと、 ③特許発明実施必要説では、少しでも権利者が実施していれば推定が働くのに、権利者が 実施していなければ推定が働かず、オール・オア・ナッシング的な結論になる傾向にあっ たこと ④推定が及ぶ範囲を広く認め、特許権者と侵害者の業務態様等に相違が存在するなどの諸 事情を、推定された損害額の覆滅事情として個別具体的に考慮することにより、妥当な結 論が得られること、 ⑤特許法 102 条 2 項と著作権法 114 条 2 項は統一的に解釈されるべきところ、特許権に比 較して著作権の場合は権利者が自己利用する比率はかなり低いため、自己利用を要件とす ると 114 条 2 項による推定が働かず、同条 3 項による利用料相当額しか認められないこと が多くなるが、これでは権利者保護の制度趣旨が没却されかねないこと、 以上の理由から、本判決の判断に賛成したい。 4.今後の課題 ・被告が上告した。 ・ 「特許権者に、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうと いう事情が存在する場合」とは? ・推定覆滅はどのような場合に認められるか? ・コンビは専用実施権及び通常実施権を有しない(判決文 10 頁参照)が、仮に専用実施権 又は独占的通常実施権を有していた場合にアップリカを訴えたらどうなるのか? 以上 8
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