中動態のはなし いわゆる受動態の動詞形は、ラテン語にはあるが、古典ギリシア語にはアオリスト(不 定過去)と未来時制にしかない。ギリシア語ではまだ受動態が発達しきれていないのであ る。その他の時制、現在、未完了過去、現在完了、過去完了にあるは、能動態と中・受動 態の対立であり、中・受動態とは中動態(middle voice)と受動態を合わせた呼称である。 では、中動態とは何かと言うと、「その行為に主語がとくに関与し、結果が主語に関係をも つ点にある」(風間喜代三著『ラテン語とギリシア語』)。例えば、能動態 παúω「止めさせ る」―― 中動態 παúομαι「止める」 、能動態 φαíνω「見せる」―― 中動態 φαíνομαι「現 れる」。そして中動態が πó 'by' + 属格を伴えば、受動態の意味となる。例えば、τúπτομαι であれば、「~によって打たれる」というように。この中・受動形は πó + 属格がなけれ ば、 「(悲しい時)自分の胸を打つ」という中動態の意味を表す。さらに、不可解なことに、 中動態はときには対格の目的語をとって「~を悼む」という意味にもなる(τúπτομαι τινα)。 また、ποιéομαι πóλεμον「(自分の能力で)戦争を行う」は能動態の他動詞 ποιéω πóλεμον にかなり近づく。古代の文法家が中動態のことを「中間」の態と呼んだのは、このような 動詞のことらしい。 ギリシア語には中動態の形でだけ使われる動詞がある。例えば、βοúλομαι「~したい」、 πομαι「従う」、éρχομαι「行く、来る」、κεμαι「横たわる」など自動詞が多い。be 動詞の 現在時制は能動形の ιμí だが、未来は中動形の σομαι となる。ラテン語にも deponentia と呼ばれる能動形欠如動詞がある。例えば、hortor「励ます」、irascor「怒る」、loquor「話 す」、obliviscor「忘れる」、vereor「恐れる」などで、これらは古い中動態の名残らしい。 が、ここでも hortor や obliviscor や vereor などは属格か対格の目的語をとる。 英語の受動態 にも中動態的な意味が見てとれる。とくに感情を表す場合である。例えば、 We were all really surprised at the news. I was disappointed in him. She is quite satisfied with her grades this term. これらは by 以外の前置詞をとっていることからも分かるように、「驚かされる」から「驚 く」という中動態的/自動詞的意味に変わっている。逆に言えば、他動詞を自動詞の意味で 使うときは受動態にすればよいということになる。もう一つの方法は再帰代名詞を使うこ とである。例えば、 She enjoyed herself playing golf. (この例では herself は省略可) このような動詞をフランス語では代名動詞と言い、けっこうたくさんある。それは、フラ ンス語などロマンス諸語では deponentia が消失したからである。 英語の意味地図 他動的 ←――――――――――→ 中間的 ←――――――――――→ 受身的 ←―――――― 受動態 ――――――→ ←―― 自動詞 ――→ ←―― 再帰的 ――→
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