渦電流探傷による分岐欠陥の深さ評価

研究報告
欠陥検出評価技術に関する研究
渦電流探傷による分岐欠陥の深さ評価
Numerical Evaluation of the Depth of Branched Cracks Using Eddy Current
Testing Signals
溶接・非破壊検査技術センター
程 衛英,古村一朗
Numerical simulation shows that eddy current testing (ECT) signal of a branched crack is
much larger than that of a same deep, single crack. To avoid the over estimation of the depth
of a branched-off crack, a depth sizing index, which is designed to have maximum sensitivity
to crack depth, is constructed based on an optimization approach, and the depths of
branched-off cracks are estimated using this index. This depth sizing approach is numerically
and experimentally validated.
Keywords:
: Cracks, Depth sizing, Eddy current testing, Optimization methods.
1......はじめに
陥を複数近接並行欠陥として近似する方法などがあ
り,これら欠陥モデルに基づいて欠陥長さおよび欠
陥深さを推定している 1)∼ 3)。
渦流探傷試験(ECT)は,導電性を有する構造物の
非破壊的検査手法として,広く使用されつつあり1)∼ 3),
ECT では,ECT 信号 z は欠陥プロフィール p の関
最近では欠陥深さサイジング研究も進んでいる。こ
数であるため(z = f(p )
)
,複数の小さな割れで欠陥
れまでの欠陥深さサイジングの研究は,試験片表面
を構成する場合に p は個々の割れのパラメータを含
に放電加工により垂直に単一のノッチ状の欠陥を入
んでいる。分岐した各割れの深さを逆問題で解く場
れて行われることが多く,この場合,ノッチは‘理
合,割れの深さと位置,長さおよび他のパラメータ
想的’な欠陥であり,その欠陥面は完全に離れてお
ーを一緒に決定しなければならない 3),4)。Cheng ら 3)
り導電性は持っていない。しかしながら,実機プラ
は,分岐欠陥の割れ数を事前に決めて,割れの位置
ントの損傷事例などで報告されている欠陥の形態
と深さを逆問題解析により推定している。このアプ
は,非常に複雑であることが知られており,特に応
ローチは限られた割れ数の場合には適用可能かもし
力腐食割れ(SCC)の場合の欠陥プロフィールは非常
れないが,Fig.1 に示すような複雑な欠陥に対して
に複雑である。Fig.1 に典型的な SCC の断面写真を
surface
示す。この場合は,複数の割れが深さ方向に直進的
に進展する粒内型応力腐食割れ(TGSCC)である。
また割れは,途中,き裂面が部分的に接触している
と考えられることから,放電加工ノッチの様な理想
的欠陥としてのモデル化は,適用できないため,こ
の様な場合に対しては様々な新たなモデルが提案さ
れている。例えば,欠陥内部の部分接触を部分的に
Fig. 1
導電率を設定してモデリングする方法,複数近接欠
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溶接・非破壊検査技術センター 技術レビュー vol.3 2007
Microscopic picture of a SCC(cross section).
原子炉圧力容器鋼(SQV2A)
のテンパービード溶接法に関する研究
渦電流探傷による分岐欠陥の深さ評価
則を用いて計算する。
は適用できない。一方,供用期間中の原子力プラン
トの健全性を評価する維持規格によれば ,複数の
Fig.2 では,分岐欠陥を∧形に分岐した欠陥として
近接欠陥は近接の程度等の条件によっては一つの合
モデリングした。2 本の欠陥は試験片表面上 X=0 で
体した欠陥として評価する。この合体欠陥の深さと
分岐し,角度θ1 及びθ2 で進展してゆく。垂直深さを
長さは,その複数欠陥の最大深さと最大長さで定義
それぞれ d 1 と d 2 で表わす。維持規格により,この欠
されることから,非破壊検査としては複数近接欠陥
陥の深さは max(d 1,d 2)である。一方,Fig.2 の任意
の個々の深さ及び長さを評価できるにこしたことは
の片方の欠陥を一つの傾き欠陥として扱っている。
ないが,少なくとも上記の最大深さと最大長さを測
試験片表面に垂直する欠陥の傾き角度は 0 度である。
5)
定できることが必要となる。
複雑形状欠陥の深さサイジングの第一歩として,
分岐欠陥の深さサイジングを行うため,本研究では
分岐欠陥の深さサイジング・アプローチ法を提案し
た。具体的には,深さサイジングを行うため,欠陥
最大深さに一番の感度を持つ欠陥深さサイジング指
Fig. 2 Configuration of a branched-off crack(cross section).
数を構築して,この指数を用いて欠陥深さを推定す
るという方法である。ここでは,このアプローチ法
Fig.3 には,厚み 8mm のインコネル試験片に付与
について解析的および実験的に確認した結果につい
された長さ 40mm,深さ d 1 = 2mm,d 2 = 4mm 傾き角
て報告する。
度θ1 = 30 °
,θ2 = 30 °
,欠陥開口幅 0.2mm の分岐欠
陥の ECT 数値計算信号を示す。インコネルの導電率
2......分岐欠陥の ECT 信号
は 9.7 × 105 S/m である。解析に用いたプローブは差
2.1 ECT 信号の数値解析
分型のプラスポイントプローブである。プローブは
最近数十年間の電磁界シミュレーション技術の進
欠陥長さ方向に直交で欠陥長さの中心を通過するよ
歩により,高い精度を備えた ECT 信号を計算するこ
うに X= − 8mm から X=8mm まで走査した。走査
とが可能になった。本研究では,まず,辺要素有限
ピッチを 0.5mm とした。プローブのリフトオフは
要素法(Edge-FEM)
)および Reduced 磁気ベクトル
0.5mm とした。
ポテンシャル方法 を備えた有限要素法コードを用
測定は多重周波数 ECT システム
(R/D Tech によ
いて,シミュレーションにより欠陥の深さ方向の傾
る MultiScan MS5800)によって行った。リフトオフ
き,分岐などの ECT 信号へ与える影響を数値的に調
変化の影響を抑えるため,プローブをスプリングで
査した。解析コードの支配方程式を次に表示する:
押さえて走査した。校正された測定信号を Fig.3 に
6)
1
×μ
Δ
Δ
1
(1)
Δ
Δ
×μ
× A+ jωσA = 0
×A =0
(2)
× A+ = js
(3)
0
Δ
0
Δ
1
×μ
ここで,A はベクトルポテンシャル,μとσはそれ
ぞれ比透磁率と導電率,μ0 は空気の比透磁率,J s は
励磁コイル中の電流密度である。Reduced 磁気ベク
トルポテンシャル方法は,全体の分析領域について
欠陥を持つ導体および空気に分けて,励磁コイルに
よるフィールド効果を Biot-Savart の法則を用いて表
わす。これにより,励磁コイルを分割する必要がな
くなり,励磁コイルの移動が常に伴なう ECT にとっ
Fig. 3 Comparison of calculation and measurement ECT
signals.
ては大きな利点となる。ECT 信号は Biot-Savart の法
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溶接・非破壊検査技術センター 技術レビュー vol.3 2007
研究報告 欠陥検出評価技術に関する研究
示す。Fig.3 に示すように計算と測定信号との良い一
致により:
1.辺要素有限要素法 Edge-FEM コードの有効性
が証明され,数値計算により測定データの不足
を補給することが可能であることが証明された。
2.数値解析手法による欠陥深さサイジングの可
能性が得られた。
2.2 ECT 信号の特徴量抽出
まず,100 個の分岐欠陥を仮定して,プローブを
欠陥に直交走査する時の ECT 信号を計算した。欠陥
に付与した試験体は 8mm 厚のインコネル 600 板とし
た。用いたプローブの深さサイジング能力
Fig. 4
Lissajous plots of calculated ECT signals
を考慮
7)
の上,欠陥の垂直深さを 1 − 7mm とした。一方,切
断試験結果より,枝分かれ欠陥の傾き角度は概ね 40
度以下であるため,欠陥の傾き角度を 0 − 40 度とし
た。即ち,二本の傾き欠陥の間の角度は 80 度以下で
ある。各欠陥の長さ及び開口幅はそれぞれ 40mm 及
び 0.2mm とした。したがって本研究における ECT
信号に影響を及ぼす恐れのある要因は,各枝分かれ
の傾き角度および深さである。
Fig.4 は,3mm,4mm および 5mm 深さ欠陥の
Fig.5
ECT 信号の Lissajous プロットを示す。図中の表示
‘DxAxx’ の ‘D’および ‘A’は,各枝分かれ欠陥の垂直
Characteristic parameters (amplitude and phase
angle at the maximum amplitude point) of simula
ted ECT signals of the 100 assumed cracks.
深さおよび傾き角度を示す。例えば,D3A0 は垂直
深さ 3mm,傾き角度 0,すなわち表面に垂直な単一
深さにもかかわらず,ECT 信号の最大振幅および対
欠陥であることを示す。また D3A40-D3A40 は,それ
応する位相角
(励磁周波数 100kHz)はほとんど同じ
ぞれ垂直深さ 3mm,左右対称に 40 度傾く二本の分
である。したがって,ECT 信号の波形から単一欠陥
岐枝を持つ欠陥を示す。これらの 2 個の欠陥の ECT
か分岐欠陥かの決定は不可能である。ある励磁周波
信号は欠陥の幅中心に関して対称であるため,X= −
数の ECT 信号の最大振幅および位相角だけでは,深
8mm からX= 0 mm までの走査と X=0mm から X=
さサイジングに十分ではないと考えられる。
ECT 信号は,励磁周波数 f およびサンプリング位
8mmまで走査の信号は対称となり,Lissajous プロッ
トは単一のカーブになる。しかしながら,欠陥 D3A40,
置 x とともに変化するため,
(4)のようなベクトルで
D3A20-D4A30 および D5A20-D2A40 は,欠陥が X 方
表すことができる。
向に対称でないために ECT 信号も非対称となり,
T
fk
fk
Z=
[z am
(xl )
,z ph
(xl )]
Lissajous プロットは閉ループとなる。
(4)
欠陥 D3A40-D3A40 と D3A40 は同じ 3mm 深さであ
ここで,添字の am と ph は信号の振幅と位相角を示
るが,二本の枝分かれを持つ D3A40-D3A40 の ECT
す。k と l は周波数およびサンプリング位置の指標
信号は単一欠陥 D3A40 の信号よりはるかに大きい。
である。この 100 個の欠陥の ECT 信号から,それぞ
一方,解析結果によれば,欠陥 D3A40-D3A40(最大
れの最大振幅とその点の位相角度を抽出し,Fig.5
深さ d=3mm)
,D3A20-D4A30(最大深さ d= 5mm)
,
に示す。シンボル ‘o’,‘
および D5A20-D2A40(最大深さ d=5mm)は異なる
一欠陥,対称な 2 本分岐欠陥,及び非対称の 2 本分
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’および ‘
’はそれぞれ単
原子炉圧力容器鋼(SQV2A)
のテンパービード溶接法に関する研究
渦電流探傷による分岐欠陥の深さ評価
岐欠陥の特徴量(最大振幅及び位相角度)を表す。
はフィッティング係数である。最適サイジング・イ
深さ 1mm 及び 2mm 欠陥の最大振幅及び位相角度は
ンデックス係数 c は下記の目的関数の最小化により
はっきり区別できるが,深さ 2mm,3mm,4mm,
求める。
5mm,6mm,及び 7mm 欠陥の特徴パラメータのオ
N
i
d i − d )
ε2= 1 ( est
N i=1 true
2
Σ
ーバーラップが観察された。分岐欠陥の ECT 信号は
各枝分かれの影響により,同じ深さの単一欠陥の信
(8)
なお,式(8)
の最小化は,以下の条件の下に行う。
号より大きい。したがって,単一欠陥のモデルに基
1)同じ深さ欠陥のサイジング・インデックス S の
づいて欠陥深さを推定する場合,過大評価の傾向が
変化を最小にすること。
生じる。
2)異なる深さ欠陥のサイジング・インデックス S
従って,実機損傷で見られるような複雑形状欠陥
の平均値の差を最大にすること。
の深さを推定するためには,分岐欠陥かどうか,及
式(8)の中の N は最適係数を探すに用いるケース数
で, d true は実際の欠陥深さである。
び分岐の数を不明な状態で適切に欠陥深さを推定で
きるアプローチを構築する必要がある。
4......分岐欠陥の深さ推定
3......深さサイジング・インデックスの構築
4.1
欠陥深さの数値推定
3 項で述べた深さサイジング・アプローチを数値
シミュレーションにより確認する。
欠陥の垂直深さ d は欠陥サイジングにもっとも重要
全 N 個の欠陥から,順次的に 1 個の欠陥を取り出
なパラメータである。この垂直深さを他の欠陥パラ
メータと分離して表すと,ECT 信号 z は z = f (d, p)
し,残る N-1 個欠陥を用いて係数を探して,その取
で表示される。ここで, p は欠陥深さ d 以外の欠陥
り出す欠陥の深さを推定する。すなわち,全 N 個の
パラメータの合計を表わす。
欠陥のうちの 1 個は確認用とし,残された N-1 個欠
欠陥深さサイジングの精度を改善できる方法とし
陥をトレーニングのために使用する。確認用欠陥の
て多重周波数 ECT 信号を利用する方法が実証されて
深さは N-1 個欠陥のトレーニングで得られた係数を
いる 。これに基づいて,本研究では,100kHz およ
使用して推定する。
2)
測定ノイズとして,2項で得られた 100 個想定欠
び 400kHz 周波数 ECT 信号の振幅および位相角を用
いて,深さサイジング・インデックスを構築する。
陥のシミュレーションによる ECT 信号に 5%の白色
式(4)は式(5)のように表わされる。
雑音を加えた。Fig.6 は,100kHz および 400kHz の
f 100 kHz z f 100 kHz , z f 400 kHz , z f 400 kHz T
z=
]
[z am
, ph
am
ph
ECT 信号を使用した場合の想定欠陥の推定深さを示
(5)
す。縦軸及び横軸はそれぞれ推定深さ及び実際の深
深さサイジング・インデックス S は ECT 信号の線形
さを表示する。Fig.6(a)は,ECT 信号の最大振幅ポ
結合によって定義され,S = cTZ である。ここで,c
イントでの振幅および位相角を使用することにより
はサイジング・インデックスを構築する係数であ
得られたサイジング結果である。1 ∼ 7mm 深さ欠陥
る。サイジング・インデックス S に欠陥深さに対し
の最大の評価エラーは,それぞれ 0.2,0.5,0.5,1.0,
て高い感度を持たせるため,
0.8,0.7 および 1.2mm である。Fig.6(b)は,最大振
∂S(d, p)/ ∂d=max
幅の半分になるポイントでの位相角を評価パラメー
(6)
タに加えた時の深さサイジング値である。1 ∼ 7mm
欠陥の ECT 信号の最大振幅は欠陥深さに対して指数
深さ欠陥の推定値の最大評価エラーは,それぞれ 0.1,
的に変化することを考慮して,式(7)により指数関
0.3,0.4,0.4,0.5,0.8 および 1.1mm である。これに
数を用いて近似する,
より,深さサイジング精度は,最大振幅の半分にな
dest=a 0+a 1e-s+a 2Se-s
るポイントでの位相情報を加えることにより改善さ
(7)
れていることが分かる。
ここで,dest は推定の欠陥深さである。a0 , a1, また a2
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研究報告 欠陥検出評価技術に関する研究
Table 1
DEPTH SIZING OF SIMULATED CRACKS
USING MEASUREMENT SIGNALS
Fig. 6
Estimated crack depths of the 100 assumed cracks.
4.2 深さサイジング・アプローチの実験による確認
参考文献
8mm 厚さのインコネル 600 板に 13 個の放電加工に
よるノッチを付与した試験体について測定した。欠
1)
Z. Chen, K. Aoto, and K. Miya, “Reconstruction of
陥はそれぞれ深さ 2,4 および 6mm,長さは 40mm,
cracks with physical closure of signals of eddy
欠陥幅は 0.2mm である。Table1に各欠陥の深さ及
current testing”, IEEE Transactions on Magnetics,
び傾き角度を表示する。測定信号は 2 項に記載した
36(4): 1018-1022, 2000.
プローブ及び探傷装置で収集した。
2)
W. Cheng, S. Kanemoto, I. Komura, and M. Shiwa,
Fig.6
(b)の深さサイジング結果で得られた最適化
“Depth sizing of partial-contact stress corrosion
された係数を,今回の測定した欠陥への深さサイジ
cracks from ECT signals”, NDT&E International,
ングに利用した。測定信号により推定された欠陥深
39: 374-383, 2006.
さを Table1に示す。その結果,2mm,4mm 及び
3)W. Cheng, K. Miya, “Reconstructio of parallel
6mm 分岐欠陥の最大評価エラーはそれぞれ 0.3mm,
cracks by ECT”, Intl. J. Appl. Electromagn. Mech.,
1mm および 1.4mm である。実験雑音などを考慮す
14: 495-502, 2001/2002.
ると,この深さサイジング結果は妥当と考えられる。
4)M. Rebican, N. Yusa, Z. Chen, K. Miya, T.
これにより,この深さサイジング・アプローチの有
Uchimoto, and T. Takagi, “Reconstruction of
効性については,実験的にも確認されたと考える。
multiple cracks in an ECT round-robin test”, ibid,
19: 399-404, 2004.
5......結論
5)
“Code for nuclear power generation facilities-rules
on fitness-for service for nuclear power plants”,
本研究では最適化インデックスを構築し,EDM
JSME SNA1, 2004.
で設けた分岐欠陥の深さサイジングを行った。その
6)H. Fukutomi, T. Takagi,
J. Tani, and G. Chen,
結果,このアプローチは,数値的および実験的にも
“Consideration of ECT signals of SG tube with
確認された。
copper deposit”, Studies in Applied Electro,
agnetics and Mechanics 12: Electromagnetic
Nondestructive Evaluation, IOS Press, The
Netherlands, pp. 79-86., 1997.
7)
W. Cheng, I. Komura, M. Shiwa, and S. Kanemoto,
“Eddy current examination of fatigue cracks in
inconel welds”, J. Pressure Vessel Technology, 129:
169-174, 2007.
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