ふぉあ・すまいる第27号 2012.03.23発行

ふぉあ・すまいる No.27
ふぉあ・すまいる No.27
欠陥住宅被害全国連絡協議会(欠陥住宅全国ネット)
2012年3月23日
代表幹事
幹 事 長
事務局長
発行
伊藤 學
吉岡 和弘
河合 敏男
〒164−0011 東京都中野区中央2−29−6−101
河合敏男法律事務所
TEL 03−5348−7531 FAX 03−5348−7530
http ://www.kekkan.net/
2011年11月26日∼11月27日に行われた第31回全国大会仙台大会の報告書ができあがりましたので、お届け
します。仙台大会は、2011年3月11日の東日本大震災によって発生した仙台市郊外造成地盤の大規模な地滑
り被害をとりあげました。宅地地盤被害の問題点や今後の課題を考える上で貴重な資料となると思います。
次回大会は、2012年5月19日∼5月20日、札幌での開催を予定しています。多くの皆様の参加をお待ちし
ております。
今 号 の 目 次
ページ
◆欠陥住宅被害全国連絡協議会(全国ネット)仙台大会 基調報告 吉岡和弘(弁護士・仙台)
2
◆被害者の発言 東日本大震災・造成宅地崩壊被害者 宮野賢一(宮城県仙台市)
◆特別講演Ⅰ 最高裁平成23年7月21日 別府マンション事件判決について
4
別府マンション事件の概要 幸田雅弘(弁護士・福岡)
10
別府マンション事件・再上告審判決(最1判平23・7・21)について― 松本克美(立命館大学法科大学院教授)
12
◆特別講演Ⅱ 東日本大震災による仙台市内の宅地地盤被害の状況と今後の課題
東日本大震災の仙台市の宅地被害と対策の難しさ 飛田善雄(東北学院大学工学部環境建設工学科教授)
15
◆地盤・造成に関する法規制の基礎知識
木津田秀雄(関西ネット・神戸ネット 建築士)/石黒一郎(関西ネット 堺市役所)
25
◆事例報告【地盤・造成の問題事例】
[1]「急斜面の地山の造成工事」について建物の瑕疵であると判断した事例 林 尚美(弁護士・大阪)
27
[2]鶴ヶ谷地震被害訴訟について 武田貴志(弁護士・仙台)
29
[3]建設廃棄物埋立被害の事例 板根富規(弁護士・広島)
31
◆パネルディスカッション 宅地地盤被害の根絶を目指して∼現状と課題∼
32
伊藤佑紀(弁護士・仙台)/千葉晃平(弁護士・仙台)
◆「勝つための準備書面」づくり 平泉憲一(弁護士・大阪)
◆勝つための鑑定書∼換気と結露と室内外空気質∼ 高塚博志(建築士・東京)
◆勝訴判決・和解の報告
37
[1]防火規制違反につき損害賠償を認めた事例 神崎 哲(弁護士・京都)
41
[2]伏見マンション事件 神崎 哲(弁護士・京都)
43
[3]鉄骨造3階建造物・京都地裁勝訴判決 上田 敦(弁護士・京都)
51
[4]東京高裁の差戻し判決 吉岡和弘(弁護士・仙台)
55
[5]最判H23・7後、基礎再施工勝訴判決 千葉達朗(弁護士・仙台)
57
◆日弁連 消費者問題対策委員会 土地・住宅部会 活動報告 三浦直樹(弁護士・大阪)
◆被災宅地救済及び予防のための施策を求めるアピール 60 ◆事務局だより
59
(1)
38
59
欠陥住宅被害全国連絡協議会(全国ネット)仙台大会
基 調 報 告
幹事長 吉 岡 和 弘(仙台)
1 東日本大震災による宅地・建物被害に
ついて
皆さん、こんにちは。前回大会は東日本大震災
が発生した直後の2011年5月に神戸市で開催しま
したが、その頃は、津波と原発問題が主たる問題
とされていましたが、その後、被害状況が明らか
になるにつれ、宅地の液状化問題や、造成宅地の
崩壊被害がクローズアップされてきました。しか
し、崩壊団地の多くは、今から30~40年前に造成
されており、20年の除斥期間を経過していたり、
茂夫一級建築士ら私たちの会員とともに被害救済
造成に関与した業者らが倒産・消滅するなど、被
の手法と予防策を集中的に議論してみる企画を立
害救済に向けた法的取組みに限界があることや、
ててみました。
私有財産制を前提とした発想では、私人の所有地
また、震災により被災したマンション住民か
を国の費用で補修するなどの救済策には限界があ
ら、構造躯体の被害を仔細に検討してみると、こ
り、とりわけ、被害宅地の上に存立する建物被害
れらは天災ではなく、設計ミスや施工ミスに起因
については、ほとんど救済の目処が立たない状態
した人災ではないかとの相談が寄せられるように
のまま今日に至っています。しかし、震災宅地被
なっています。しかし、ここでも、除斥期間の経
害は、当該地域の地盤全体にわたる特徴があり、
過や、業者倒産等の問題が立ち塞がり、十分な被
個人の所有敷地の補修だけでは意味をなさず、ま
害救済ができない状況にあります。今後、当ネッ
た、地震被害は地震国日本に居住する国民全体
トとしても、「震災とマンション被害」という視
の問題でもありますことから、「共生」の理念に
点から、時効・除斥期間制度の改正等も含め、被
立った予防と救済策を構築する必要があると考え
害予防と救済策を検討していく必要があると思い
ます。
ます。
当全国ネットでは、従前、欠陥住宅被害の予防
2
と救済に力点を置いて研究や提言を行ってきまし
たが、今大会では、宅地被害に焦点を絞り、今般
次に、この間、私たち会員が勝ちとった裁判例
の震災で宅地崩壊の被害に遭った宮野賢一氏から
等について議論をしたいと思っています。
被害救済の現状等のお話を伺ったうえで、地盤工
学会東北支部支部長の東北学院大学工学部飛田教
⑴ 幸田事件・最高裁平成23年7月21日判決
授、元神戸市都市計画局計画部長で現在神戸市防
幸田さんが画期的な最高裁判決を獲得しまし
災技術者の会片瀬範雄氏にご参加いただき、藤島
た。概略、以下のとおりです。
(2)
① 「建物としての基本的安全性を損なう瑕疵は、
認した地裁判決に控訴していた件で、高裁による
これを放置すればいずれは危険が現実化するも
差戻し判決という珍しい判決をもらいました。概
のも含まれる」として論争に終止符を打った。
略、以下のとおりです。
② 「漏水、有害物質等で健康を損なう危険があ
① (原判決は)設計図書と異なる施工を容認す
れば瑕疵」として、シックハウス被害等、健康
るが、業者提出の証拠のみでは、然るべき性能
被害救済の道が開かれた。
を具備するとの判断はできず合理的根拠に基づ
③ 「瑕疵があれば修補相当額の損害賠償請求が
かないで判断した違法があり取消を免れず地裁
できる」とし、平成19年最判があたかも修補費
に差し戻す」とし、主観的瑕疵を容認する判断
用等の直接損害は含まれず、拡大損害に限って
は合理的根拠なしとして高裁が地裁に差戻すと
不法行為が成立するかの解釈を許す表現になっ
いう異例の判断をしました。
② また、原判決は、民法634条但書きを根拠に
ていた点を修正した。
本大会では、私たちの10年来の取組みの成果が
同主観的瑕疵を容認する判断をしましたが、私
凝縮したような画期的勝利判決を勝ち取った幸田
たちは、同但書きは「誠実な大工」の「軽過失」
弁護士の特別報告と、松本立命館大学教授の判例
を念頭にした規定だと控訴理由書で強調したと
評釈をいただける機会を得て、同判決の意義と限
ころ、この点に関する判断にも違法があるとし
界等について、更に議論を深めたいと思います。
て地裁に差し戻す」旨判断が示されました。高
裁が民法634条但書きの適用を否定したと解す
⑵ 神崎事件(京都地判平成23年7月29日)
ることもできましょう。
神崎さんが仲介業者の説明義務に関する判決を
3
勝ち取りました。同判決は、仲介業者が施工業者
から当該建物に建築確認証と異なる施工になって
その他、今回の勝つための鑑定書づくりのコー
いることを聞いた以上、それを買主に説明する義
ナーでは、結露について勉強したいと思います。
務があったとして仲介業者の説明義務を更に一歩
また、いくつかの和解解決報告もあります。どう
加重する判断を示した点で息がある判決です。
ぞ、最後まで熱い議論を戦わしていただきたいと
思います。ご協力のほど、どうぞ宜しくお願い致
⑶ 吉岡・谷合事件
(東京高判平成23年10月27日)
私と谷合さんとで、設計図書と異なる施工を容
(3)
します。
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東日本大震災・造成宅地崩壊被害者
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宮 野 賢 一(宮城県仙台市)
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被害者の発言
1 仙台市太白区緑ヶ丘4丁目の被害
仙台市太白区緑ヶ丘3丁目の地割れ
(宮城県仙台土木事務所のホームページから)
地すべりで移動し直立したブロック擁壁
家屋玄関前の地割れ
陥没した宅地
緑ヶ丘は昭和30年~40年代に造成された宅地で
ある。開発業者は三和土地
(株)
で黒松、旭が丘を
開発し緑ヶ丘は開発中に倒産したためその後を引
き継いだのが東南商事
(株)
である。
これらの団地は、1978年宮城県沖地震で大きな
被害を受けた地区である。
その背景として、30年代初めの仙台市の上水道
給水能力がある。開発業者に独自で上水道給水を
地割れで破損した玉石擁壁
開発条件にしたためである。当然、地下水の豊富
で、かつ採水が容易な地区が開発された。
1.3.4丁目に被害が集中し、1.3丁目には地
1978年宮城県沖地震では、表-1に示すように
すべり防止のため抑止工など926本の鋼管杭が打
(4)
たれた。また、3丁目の一部は宅地造成地ながら
状況は冒頭写真の「緑ヶ丘3丁目の地割れ」に示
「地すべり防止区域」に指定され国の砂防予算で
すような被害が出、県は2次補正で7億円の予算
地すべり対策事業として工事が施工され集水井も
を受け施設復旧工事を行う。
2ヶ所に設置された。
以下、緑ヶ丘の状況を示す。
しかし、今回の大震災でも被害が大きく、その
(表−1)緑ヶ丘及び黒松・北根地域の住宅被害状況
(1978年宮城県沖地震)
地域名
緑ヶ丘
黒松・北根
町 名
全戸数
被災戸数
解体戸数
集団移転
1丁目
444
49
9
17
2丁目
332
44
1
0
3丁目
479
83
1
11
4丁目
448
51
3
0
小 計
1,703
227
14
28
北根一念坊
310
43
16
0
荒巻源新田
203
50
6
0
513
93
22
0
2,216
320
36
28
小 計
合 計
(表−2)緑ヶ丘の地形・地質及び土質特性
項 目
調査項目
地 形
1丁目
3丁目
4丁目
地形
沢
沢
沢
基盤の平均傾斜角
26°
34°
30°
宅地地盤の傾斜角
30°
30°
30°
基盤の地層名
地 質
土 地
八木山層、大年寺層
基盤の岩質
砂岩
砂岩・泥岩・凝灰岩
砂岩・泥岩
基盤内N質
N>50
11∼50
13∼50
盛土厚(m)
10∼16
10∼22
5∼8
0∼4
盛土内N質
0∼10
1∼8
粒
レキ分(%)
33∼57
14∼51
度
砂分(%)
26∼36
17∼36
組
シルト分(%)
10∼32
16∼37
成
粘度分(%)
6∼10
7∼21
均等係数
70∼300
30∼
盛土自然含水比(%)
32∼38
27∼38
盛土液性限界(%)
32∼47
48∼52
盛り土塑性限界(%)
22∼30
23∼26
単位体積重量(g /㎠)
1.82
1.76∼1.85
一軸圧縮強度(kg /㎠)
0.16∼0.18
0.16∼1.07
(表−3)緑ヶ丘被災宅地危険度判定調査(宅地数)
県全体
仙台市
緑ヶ丘
危険宅地
要注意宅地
計
1丁目
0
5
5
危険宅地
886
794
2丁目
14
9
23
要注意宅地
1,470
1,310
93
3丁目
17
46
63
計
2,356
2,104
162
4丁目
38
33
71
計
69
93
162
(5)
69
(表−4)罹災証明申請状況(9月30日現在)
1丁目
2丁目
3丁目
4丁目
計
世帯数
433
374
455
543
1,805
申請数
244
154
283
375
1,056
全 壊
14
10
40
90
154
大規模半壊
28
14
35
39
116
半 壊
90
39
87
115
331
一部損壊
65
67
89
97
318
計
197
130
251
341
919
2 仙台市が当初第3次補正に要求する予定の被害実態
(表−5)仙台市内宅地被災状況
⑴ 仙台市内宅地被災状況(第3次調査結果:H23.5.19時点)
区
被災宅地数
危険宅地
要注意宅地
青葉区
848
381
太白区
622
289
被災状況
擁壁規模 H
地盤
擁壁
地盤+擁壁
<2m
2m≦<3m
3m≦<5m
5m≦<10m
467
159
410
279
194
210
202
77
10m≦<
6
333
40
391
191
163
200
198
20
1
宮城野区
183
60
123
26
132
25
34
60
50
13
0
泉 区
425
138
287
58
314
53
177
90
82
18
0
合 計
2,078
868
1,210
283
1,247
548
568
560
532
128
7
⑵ 被災宅地数分類
区
被災地宅地数
青葉区
N=1戸
10戸≦N
2戸≦N<10戸
宅地数
地区数
宅地数
地区数
宅地数
地区数
848
35
35
213
50
600
26
太白区
622
14
14
74
18
534
19
宮城野区
183
14
14
93
21
76
4
泉 区
425
23
23
165
45
237
15
②人口がけ、2m ∼3mの採択による事業
合 計
2,078
86
86
545
134
1,447
64
560宅地
①人口がけ、3m以上の採択による事業
667宅地
(表−6)仙台市が第3次補正に要求する被害宅地
仙台市が条件・規制緩和を要望して第3次補正に出す内容
災害関連地域防災がけ崩れ対策事業
危険宅地
794
危険宅地
1.310
計
2.104
うち
地盤のみ
283
擁壁・地盤+擁壁
1,795
計
2,078
1,139
災害関連緊急急傾斜地崩壊対策事業
20
大規模盛土造成地滑動崩落防止事業
678
公共施設土木施設災害復旧事業
事業採択外
60
181
計
2,078
現行制度で対象外
1,934
新潟中越地震の特例措置適用外
1,299
※8月中旬以降仙台市は被災宅地は301ヶ所、4031
かにするとしている。この宅地については仙台市
宅地と発表しているが、ヶ所、詳細は明らかにし
は独自の支援制度で復旧させるとしている。
ていない。11月25日予定の宅地保全審議会で明ら
(6)
大規模盛土造成地滑動崩落防止事業
造成宅地滑動崩落緊急対策事業
① 交付率
1/4
1/2
② 事業の対象となる盛土造成地の要件
盛土面積が3,000㎡以上であり、かつ盛土上に存在す
盛土する前の地盤面が20度以上かつ高さが5m以上
る家屋が10戸以上
であり、かつ家屋が5戸以上のものも対象
③ 崩落で被害の恐れのある公共施設等の対象
道路(高速自動車道、一般国道、都道府県道)、河川、
鉄道、避難地又は避難路
一定の要件を満たす市町村道、家屋10戸以上も対象
3 宅地被害に対する第3次補正の概要
○ 東日本大震災の津波により、被災地域が広範
1.造成地滑動崩落緊急対策事業の創設
に及び、都市機能が喪失するような甚大な被害
国は第3次補正で「東日本大震災復興交付金」
(仮称)で震災予算を確保する方針です。
が生じているところ。
○ 被災市町村では、被災地域から安全な地域へ
その中で宅地被害救済で新たにつくった制度は
集団移転を含む復興計画が策定されつつある。
「造成地滑動崩落緊急対策事業」です。
改定内容
東日本大震災により被災した造成宅地につい
① 補助限度額の引き上げ………一般の市町村で
て、再度災害防止を図る観点から、滑動崩落防止
1,655万円の上限は廃止(交付率3/4)
の緊急対策工事に対し支援する制度。大規模盛土
② 住宅団地の用地取得・造成費について、移転
造成地滑動崩落防止事業を参考にしつつ、すでに
者等に分譲する場合も分譲価格(市場価格)を
被害を受けている宅地の実情に即応できる新制度
超える部分を補助対象化
と位置付けている。
③ 住宅団地に関連する公益的施設(病院等)の
制度創設の背景として、東日本大震災では、多
用地取得・造成費の補助対象化(有償譲渡等の
数の宅地に甚大な被害が生じており(甚大な宅地
場合は②と同じ扱い)
被害~比較的小規模なものも多数)、特に盛土造
④ 住宅同地の規模要件の緩和(10個以上→5個
成地に甚大な被害が集中し、地盤が滑動又は崩落
以上)
することにより周辺公共施設(道路・下水道)を
⑤ 市町村による移転元の区域内の土地取得要件
含む盛土全体が被災している事例が顕著であるこ
の緩和(農地・宅地すべての買い取り→住宅用
とをあげています。
途以外の買い取りは義務としない)
※住宅団地の用地取得造成費:地域の実情に応じ
2.防災集団移転促進事業の制度改正
た造成費見合いの加算。更に、これを超えた場
東日本大震災により被災した地域において、住
合でも、個別認定で補助可能に。移転者の住宅
民の居住に適当でないと認められる区域内の住居
の建設費等については自己負担。借入金の利子
の集団移転に対し支援。各市町村の復興計画の円
相当額については405万円→708万円に引き上げ
滑な実現を図るとともに地域の実情に合わせた事
等
業実施を図る観点から制度改正。
3.災害公営住宅整備事業等
背景として、
① 地方公共団体が整備するものについて、2万
○ 本事業は被害が発生した地域等において、住
戸分の建設や用地取得造成に対し支援
民の居住に適当でないと認められる区域内の住
② 災害公営住宅について、低所得者の負担を軽
居の集団移転を支援するもの。
(7)
減するため地方公共団体が行う家賃減免に対し
② 民と民の境の「擁壁・宅地被害」への公的資
支援
金の支出
③ 住宅地区改良事業~不良住宅の除却、従前居
(質問)仙台市では、「造成地滑動崩落緊急対策
住者向けの賃貸住宅の建設等に対し支援
事業」によってもまだ、擁壁の被害がおよ
そ360ヶ所が対象外になって、市負担が40
4.造成宅地滑動崩落緊急対策事業の仙台
億円と試算されている。宅地被害の事業に
市の宅地被害への適用、条件・制約
国として財政的支援も検討すべきではない
① 「造成宅地滑動崩落緊急対策事業」に仙台市
か。
宅地被害の80%は適用できると仙台市は見てい
(川端総務大臣)第3次補正で1兆6千635億円
る。
の震災復興特別交付税を確保しているの
なお、制度の条件として、工事費の限度額と
で、ご指摘の国庫補助事業に該当しない、
して1ヘクタール当たり1億6千万円、それか
採択条件から外れる地方単独事業にも全額
ら足を出す分は自治体負担。擁壁等は、公共施
適用する。
設(道路等)と一体をなすものは対象になるが、
民と民の境の擁壁及び宅地の被害は原則として
③ 住宅再建への支援~9県に2千億円の復興基
金(宮城県は660億円)
対象外。また、工期的制約は24年度中着工、25
(質問)この基金を津波で高台移動する被災者、
年度完成となっており、緑ヶ丘等規模が広範囲
宅地被害の被災者の住宅再建に使えるよう
で被害の程度が大きいところで工事着工が出来
にすべきではないか。
るか問題が残る。
(川端総務大臣)ご指摘の個人の宅地取得や住
② 仙台市は、2,078から4,031に拡大した宅地被
宅建設費の軽減対策も含め、基金を具体的
害を救済する目的で、351億円の予算で市独自
にどのように使うかについては、使途に制
の「支援策」を検討しており、国の工事(公共
限のない一般財源だから公共性がある場合
工事)からはみ出る部分、採択条件に適用しな
は各県の判断に委ねる。……基金の増額も
い部分はこの資金で支援する方針であるが、復
阪神淡路の例もあり、必要な時点で検討す
興交付金をつかえるかどうかの判断は国交省で
る。
はなく最終判断は総理府であり、具体的な運用
6.仙台市の独自の支援制度創設の条件は
については未だ示していない。
整った
5.参院震災復興特別委員会の質疑(山下
仙台市は、2,078から4,031に拡大した宅地被害
議員質問に対する国土交通大臣、総務大臣
を救済する目的で、351億円の予算で市独自の「支
の答弁)
援策」を検討しておりますが、これについては川
① 新設の「造成地滑動崩落緊急対策事業の1ヘ
端総務大臣の「国庫補助事業に該当しない、採択
クタール1億6千万の上限の扱い」
要件から外れる地方単独事業については震災復興
上限を超える部分は自治体負担、の件
特別交付税で全額処置されるという仕組みになっ
(質問)仙台市では地域によってはこの上限を
ております。」との答弁で仙台市の独自負担はな
超えるので、一つの地域で定めるのではな
くなると思われます。
く複数の地域、あるいは市全体で平均すれ
したがって、第3次補正の中身で明確に出来な
ば収まるというように制度を広く活用すべ
かった不明確な部分はほぼ解消されたと思われま
きではないか。
す。
(前田国交大臣)具体の現場においては、援用
また、川端総務大臣が述べた、個人の宅地取得
できるのではないかと思っている。
や住宅建設費の軽減対策を含め、基金を具体的に
(8)
どのように使うかについては、各県の判断に委ね
今後強めていかなければならないと思います。
られるとの答弁から、宮城県に対する働きかけも
緑ヶ丘4丁目
今回の被害地
緑ヶ丘3丁目
宮城県沖地震後
集団移転した地区
緑ヶ丘1丁目
宮城県沖地震後
対策(杭)がとられた地区
太白区緑ヶ丘の切土・盛土厚さと被害箇所
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(9)
特 別 講 演
Ⅰ
最高裁平成₂₃年₇月₂₁日
別府マンション事件判決について
別府マンション事件の概要
報告者 幸 田 雅 弘(福岡)
1 別府マンション事件とは、事業用マンション
くなっていく可能性がある。1階駐車場の大梁
を購入した所有者が、直接の契約関係にはない
の中央部のひび割れも深刻。これは大梁が耐力
建設業者と設計事務所など建築の専門家の不法
不足でひび割れたもの。これも段々進行する可
行為責任を追及している訴訟である。
能性がある。このマンションは危ない。」とい
う結論だった。
2 平成2年に9階建ての事業用マンションを
購入したXさん親子が、平成6年になってマン
3 Xさん親子は、大分の弁護士に依頼して、平
ションに住み始めたところ、廊下やベランダの
成8年に、瑕疵補修工事費用、瑕疵補修工事期
至る所にひび割れが走り、壁もミミズが這った
間中の賃借人の代替住居確保費用、貸せなく
ようにひび割れが走っているのを発見した。1
なった部屋の逸失利益、調査費用、弁護士費用
階の駐車場の大梁の中央部にも大きなひび割れ
など、5億2500万円の賠償を求めて建築会社や
が入っていた。住民に聞いてみると、フローリ
設計事務所などを訴えた(控訴審で、躯体の補
ングが中央部へ向かって傾斜して室内のドアが
修費用、設備関係の補修費用、引越費用、調査
開かなくなっている部屋が沢山あった。雨が降
費用、慰謝料、弁護士費用など3億4753万円に
ると、廊下からエレベーターに雨が流れ込んで
改めた)。
電気系統のショートが起こってエレベーターが
停止したり、窓サッシの回りから雨漏りが発生
4 売り主は被告になっていない。本件のマン
したり、トラブルの連続であるという。洗面台
ションは建築途中から「建築中物件」として売
がぐらつくという苦情があったので、洗面台を
りに出され、売買契約はマンションが完成した
外してみると、洗面台を支える裏当ての材木が
入っておらず、重い洗面台が合板にビス止めだ
けで取り付けられていたという、ひどい施工不
良も見つかった。
Xさん親子は心配になって1級建築士の診断
を受けたところ、1級建築士は「マンションの
廊下やベランダに発生している『壁に添って走
るひび割れ』は危険。このひび割れは段々大き
(10)
万円で購入した土地建物ごと失ってしまった。
3ヶ月後の平成2年5月に行われたが、Xさん
親子は完成直前から建築現場の進行状況の説明
を受け、引き渡しに立ち会うなど、建築会社か
6 控訴審(福岡高裁)では、建築基準法におけ
ら「施主」扱いを受けていた。本来ならば売買
る構造安全性の考え方を基礎から説明し、建物
契約に基づいて瑕疵担保責任を負う「売り主」
の耐久性を維持するため鉄筋を保護することの
を被告にするところであるが、こうした経緯か
重要性を指摘した。「ひび割れ幅を0.3以下に抑
ら、契約関係になかった建設業者と設計事務所
制する」ことの大切さや、結果として発生した
ら建築行為の直接当事者を被告として訴えたと
0.3以上のひび割れを放置してはいけないこと
いう特殊な事情がある(筆者は提訴や1審には
を繰り返して述べた。しかし、瑕疵に関する1
関与していない)
。
級建築士の鑑定書を提出し、鑑定をした1級建
築士の証人尋問を申請した頃、裁判所より「も
うこれ以上の議論も鑑定も必要ないでしょう」
5 1審の大分地裁では、瑕疵に関する厳しい論
争と3度に亘る鑑定を経て、平成15年2月24
という発言があった。その言い方にはこちら側
日、建築会社と設計事務所に対して合計7393万
の主張にうんざりしているという感じがあっ
円の賠償を命じる判決を下した。建築会社と設
た。構造安全性という極めて専門的な事項に関
計事務所の不法行為責任が認められた。この判
して専門家の意見を聞かなくて、どうして判断
決では、廊下やバルコニーに発生していた「壁
できるのだろう。裁判所は本件マンションの構
に平行して走るひび割れ」を瑕疵と認めてい
造安全性に関する瑕疵を頭から否定するつもり
る。しかし、廊下やバルコニーの強度不足につ
ではないかと直感した。案の上、証人申請は却
いては補修の必要性を認めていなかった。廊下
下され、裁判所が勧めた和解協議で提案した金
やバルコニーに発生していた「壁に平行して走
額は1審判決の認容額の半分以下。当然、和解
るひび割れ」は、廊下やバルコニーを支える鉄
は断ったが、判決の厳しさが予想された。
筋(上端鉄筋)の位置が設計図の位置(床より
福岡高裁は、平成16年12月、「本来、瑕疵担保
3下)より下がり過ぎて床より6下になってい
責任の範疇で律せられる分野において、安易に
たために耐力が不足して発生していることは
不法行為責任を認めることは、法が瑕疵担保責
ハッキリしていた。しかし、構造安全性に関し
任を定めた趣旨を没却する。請負人が不法行為
て鑑定した2度目の鑑定人であるK鑑定人が
責任を負うものとすると、請負人が責任を負担
「安全率があるので、現状では落ちたりしない」
する相手方の範囲も無限定に広がって、請負人は
と不用意な発言をしたために裁判所がこれを取
著しく不安定な位置に置かれる。請負の目的物
り上げた。耐力不足を回復する補修工事の必要
に瑕疵があるからといって、当然に不法行為の成
性を認めていない。
立が問題になる訳ではなく、その違法性が強い場
Xさん親子は勝った。しかし、残念なことに、
合、例えば、瑕疵の程度・内容が重大で、目的
本件マンションがトラブル続きだったのでマン
物の存在自体が社会的に危険な状態である場合
ションの入居率が年々低下した。欠陥の多さに
等に限って不法行為責任が成立する余地が出て
Xさんが人を住まわせることを躊躇したという
くる」(要旨)と判示し、本件の瑕疵について不
事情もあった。平成13年には家賃収入が当初の
法行為責任を全て否定した(判タ1180号209頁)。
3分の1程度までに減ってローンが返済できな
具体的には、不法行為が成立する瑕疵を建物
くなった。とうとう平成14年6月にローンの未
の基礎や構造躯体などに限るとし、かつ、瑕疵
払いを理由に競売に出されてしまった。裁判が
の程度については、建築基準法令が要求する許
長期化したことも災いした。Xさん親子は、欠
容応力度計算によって耐力が不足しているだけ
陥住宅をつかまされてしまったために5億6200
では足りず、社会公共的にみて危険性を有する
(11)
ことまで要求した。簡単にいうと、地震がきた
7 平成19年7月の最高裁判決以後の判決の流れ
らすぐに倒れるような建築物を造ったような場
や評価については、松本克美先生の報告を聞か
合でないと不法行為責任はないというのである。
れたい。
Xさん親子は全面敗訴した。直ちに上告した。
別府マンション事件・再上告審判決
(最1判平23・7・21)について―
立命館大学法科大学院教授 松 本 克 美
表記判決の前提とする事実関係、再上告審判決にいたる各審級の判断の概要については、原
告側訴訟代理人である幸田雅弘弁護士から詳細な報告がなされている。本報告は、それを前提
として、表記再上告審判決の意義と課題を論ずるものである。
1 再上告審判決の意義
⑴ 安全性瑕疵の存否の判断基準 表記別府マン
ション事件・再上告審判決は、上告審判決(最
判平成19・7・6民集61巻5号1769頁)のいう
「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」
4
4
とは、「居住者等の生命、身体又は財産を危険
4
4
4
4
4
4
4
4
4
にさらすような瑕疵」をいい、
「建物の瑕疵が、
4
4
4
居住者等の生命、身体又は財産に対する現実的
4
4
4
4
4
4
4
4
4
4
4
4
4
4
4
4
私見は、今回の再上告審判決の判示する「危
4
な危険をもたらしている場合に限らず、当該瑕
険にさらすような瑕疵」という判断基準は、上
疵の性質に鑑み、これを放置するといずれは居
記差戻審判決の「現実的危険性論」に対して、
住者等の生命、身体又は財産に対する危険が現
危険が潜在していれば安全性瑕疵にあたること
実化することになる場合には、当該瑕疵は、建
を示したものであって、その意味で「潜在的危
物としての基本的な安全性を損なう瑕疵に該当
険性論」を示したものと理解している。「現実
すると解するのが相当である」と判示し、原審
的危険性論」では、建物に瑕疵があっても現実
を破棄差戻しする判決を下した。
に事故が発生しなければ不法行為責任を問えな
いことになりかねず、これでは建物の安全性を
原審である差戻控訴審判決(福岡高判平21・
2・6)は、本件建物の瑕疵を認定しつつも、
強調し、建築施工者が建物の安全性確保義務を
いまだ現実の事故が発生していないから、これ
負うことを明示した上告審判決の趣旨に反する
らの瑕疵により「現実的な危険性」が生じてお
ことになる。再上告審判決の「潜在的危険性論」
らず、従って、「建物としての基本的な安全性
こそが妥当な判断基準である。
を損なう瑕疵」にあたらないとして、2審と同
⑵ 安全性瑕疵の具体例 さらに、今回の再上告
様に、再び原告の請求を棄却していた(「現実
審判決は、「外壁が剥落して通行人の上に落下
的危険性論」
)。
したり、開口部、ベランダ、階段等の瑕疵によ
(12)
り建物の利用者が転落したりするなどして人身
原告が本件建物の所有権を失った点について、
被害につながる危険があるときや、漏水、有害
一度生じた損害賠償請求権が当然に消失するも
物質の発生等により建物の利用者の健康や財産
のでないとして、このことが請求棄却の理由と
が損なわれる危険があるとき」には、「建物と
ならないことも明示した点が注目される。
しての基本的な安全性を損なう瑕疵」があると
いえるとして、上告審判決と比べて、安全性瑕
2 建物の安全性確保義務と安全性瑕疵の
疵の具体例について踏み込んで提示している点
不法行為法上の位置づけ
も注目される。有害物質の例を除き、それ以外
上告審判決のいう「建物としての基本的な安全
に例示されている瑕疵は、まさに、本件1審が
性を損なう瑕疵」は、民法上の不法行為責任の成
認定しているような瑕疵である。このような安
立要件との関連で、どのように位置づけられる
全性瑕疵の具体的な例示によって、再差戻審の
べきかが問題である。この安全性瑕疵概念を違
福岡高裁で再度、安全性瑕疵の存在が否定さ
法性要件に位置付ける見解もある(違法性徴表
れ、3度目の請求棄却に至らないように最高裁
説)。すなわち、原審判決のように違法性が著し
が牽制しているものと考えられるのではないだ
い場合に限って建築施工者等の不法行為責任が生
ろうか。
ずるとするのは、違法性の判断枠組みとして狭す
また今回の事案で特に問題となっていない有
ぎるが、かといって、原告が主張するように建築
害物質を安全性瑕疵の具体例の一つに挙げた点
基準法に違反すれば違法となるというのも広すぎ
は、上告理由中に安全性瑕疵の例として述べら
る。そこで、安全性瑕疵概念によって違法性要件
れていたのを最高裁としても積極的に受け止め
を絞るというのが判例の考え方だとするものであ
たということであろう。実際の裁判例では、い
る(高橋譲最高裁調査官の上告審判決の解説・法
わゆるシックハウス症候群や建物吹付けアスベ
曹時報62巻5号215頁など)。
ストによる健康被害に対する損害賠償請求訴訟
しかし、私見はこのような見解には反対であ
も起こされており(これら訴訟の詳細は、拙稿・
る。安全性にかかわる建築基準法令は、ミニマ
現代消費者法8号77頁以下、立命館法学327・
ム・スタンダード(最低基準)と捉えるべきで、
328合併号880頁以下参照)、今回の再上告審判決
それに違反している場合にも違法性がないという
自体においては当該事案では争点とされていな
のでは、安全性を無視・軽視した建築施工を放任
いという意味で傍論的な安全性瑕疵の具体例の
(法認)することになりかねない。むしろ、安全
指摘ではあるが、有害物質をめぐる今後の責任
性瑕疵概念は、上告審判決のいう「建物としての
論の発展にとっては注目される判示である。
基本的な安全性が欠けることがないように配慮す
⑶ 損害論 上告審判決は、
「建物に建物として
べき注意義務」(従来、雇用契約上の信義則など
の基本的な安全性を損なう瑕疵があり、それに
により認められてきた安全配慮義務と区別し、か
より居住者等の生命、身体又は財産が侵害され
つ、建物の「安全性が欠けることがないよう」に
た場合」の「財産」には、建物の瑕疵により建
するための義務という点に着目して、私見はこの
物自体に生じた損害が、賠償範囲に含まれるか
義務を建物の安全性確保義務と呼ぶことにした
が必ずしも明確でなく、論者によっては、製造
い)、すなわち不法行為上の過失の前提となる注
物責任法のように当該瑕疵のあるもの自体の損
意義務違反を徴表する概念として位置付けるべき
害は除外され、拡大損害に限定されるのではな
である(過失徴表説)。すなわち、建物に安全性
いかとする見解もあった。しかし、再上告審判
瑕疵があることを原告側が証明すれば、そのこと
決は、瑕疵修補費用の出費が賠償すべき損害に
により建物の安全性確保義務違反の過失が事実上
あたることを明言した。また、1審の途中で、
推定される点に安全性瑕疵概念の意義を見出すべ
本件建物に設定されていた抵当権が実行され、
きである。
(13)
3 危険の現実化論
4 被侵害権利・法益
再上告審判決は、「当該瑕疵の性質に鑑み、こ
4
4
4
4
れを放置するといずれは居住者等の生命、身体又
4
4
4
4
4
4
学説の中には、上告審判決は、居住者等が建物
の瑕疵によって、生命、身体、財産が危険にさら
は財産に対する危険が現実化 することになる場
されないとう新しい法益を認めたのだと評価する
合」に安全性瑕疵を肯定できるものとした。しか
見解がある(円谷峻・ジュリスト1354号89頁な
し、この「いずれは危険が現実化すること」を原
ど)。しかし、本件事案は、建物所有者でない隣
告側が証明すべきことになると、再上告審判決が
人や通行人が原告となって、いまだ生命、身体、
破棄差戻しした差戻審控訴審の「現実的危険性
財産への現実の損害が発生していないにもかかわ
論」に限りなく近づいてしまう。例えば、建築基
らず損害賠償を請求して、それが認められたとい
準法が要求する高さに満たないベランダの手すり
うような事案ではない。むしろ、建物に修補しな
がある場合に、そのような手すりから人が転落す
ければならない瑕疵があることによって、所有者
るような危険性が「いつ」現実化するのかを証明
が目的物を「自由に」使用、収益、処分できる権
するとすればそれは不可能である。問題は「いつ」
能(民法206条)が制約されているのだから、そ
危険が現実化するかではなく、「危険が現実化す
こには所有権侵害があると捉えられる。再上告審
る可能性」があるか否かであって、すこしでも、
判決は、上述のように建物の瑕疵修補費用自体が
「いずれは危険が現実化する」可能性があるなら
損害にあたることを明言したが、そのことも、判
ば、再上告審判決のいう「居住者等の生命、身体
例が、建物の瑕疵修補を余儀なくされること自体
4
4
4
4
4
4
4
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4
4
4
又は財産を危険にさらすような瑕疵」であると解
を所有権侵害と評価していることを示唆している
すべきである。
のではないだろうか。なぜなら、建物の瑕疵修補
したがって、むしろ、原告が証明すべきは、建
費用を出費する負担を負うのは、当該建物を所有
物の瑕疵がこのような意味での「危険にさらすよ
する建物所有者であり、瑕疵修補費用の出費は当
うな瑕疵」であることで足り、このような安全性
該建物所有権に付随する負担だからである(なお
瑕疵があることの証明は、安全性にかかわる建築
いったん成立した瑕疵修補費用相当額の賠償請求
基準法令の最低基準を充足していないことの証明
権は、その後の建物所有権の喪失によって当然に
で足りると解すべきである。なぜなら、安全性の
消滅するのでないことを再上告審判決が明言して
最低基準を充たしていないような瑕疵は「建物と
いる点については上述参照)。
しての基本的な安全性を損なう瑕疵」と評価し得
なお、本件再差戻審は、2011年11月8日に第1
るからである。そして、このような証明が原告側
回弁論が開かれ、即日結審となった。すでに証拠
4
4
4
4
4
は十分そろっているという判断によるようであ
4
4
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4
4
る。判決予定日は2012年1月10日という。今度こ
からなされた場合に、被告側の方で、そのような
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安全性瑕疵があるにもかかわらず「いずれは危険
4
が現実化すること」が「ない」ことを証明しなけ
そ、建物の安全性を強調した上告審判決の趣旨に
れば、不法行為責任を免れないと解すべきであ
かなった判決が下されることを期待したい。
4
4
4
4
4
4
4
る。なぜなら、たとえ少しでも危険が現実化する
本報告で検討した再上告審判決についての詳細
可能性があるならば、建物所有者はその瑕疵を修
な検討として、拙稿「建物の安全性確保義務と不
補せざるを得ないからである。このような瑕疵を
法行為責任―別府マンション事件・再上告審判
放置した結果、現実に他人に損害を及ぼした場合
・7・21) の 意 義 と 課 題 ―」
決( 最 判2011( 平23)
は、当該建物所有者は建物の設置・保存の瑕疵に
立 命 館 法 学337号1373頁 以 下( オ ン ラ イ ン 版 は、
基づき無過失の土地工作物責任を追及される可能
http://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/law/lex/11-3/
性もある点も注意を要する(民法717条)。
matsumoto.pdfより閲覧、ダウンロード可能)も参
照されたい)。
(14)
特 別 講 演
Ⅱ
東日本大震災による仙台市内の
宅地地盤被害の状況と今後の課題
東日本大震災の仙台市の
宅地被害と対策の難しさ
東北学院大学工学部環境建設工学科教授 飛 田 善 雄
この報告の目的は、どうして地震の時に丘陵造成地や埋め立
て地盤で宅地が変状し、家屋に大きな被害を与えるか、そのメ
カニズムを分かりやすく説明することです。2011年3月11日の
本震および4月7日の余震で、仙台市の丘陵造成団地は1978年
の宮城県沖地震をはるかに上回る宅地被害を受けました。地震
動によって壊れた家屋はほとんどなく、その被害のほとんどは、
家屋を支えている地盤がすべり、クラック、段差、不同沈下な
どの変状によるものでした。
「怖いのは地震ではなく地盤である」という本を遺作とされた
浅田先生の指摘の正しさが証明された被害状況でした。このような地盤変状による家屋の被害
を理解するために必要とされる土と地盤の基礎知識をQ&Aの形で説明し、その結果を利用して
仙台市の宅地被害のメカニズムを説明します。被害が起こるメカニズムが理解できれば、どの
ような対策工事を行なえばよいのか、判断できることになります。
原因が一つで結果が一つというものではありません。同じような家屋の被害でもその原因は
多岐にわたります。宅地の被災状況を正しく判断することが大事になります。また、仙台での
大きな宅地被害を教訓として、地震時の宅地の被害を低減するために、事前に宅地を強化し耐
震化を図ろうとする動きがあります。その場合でも、正しく現在の宅地の状況を判断し、どの
ような強化対策を行なえばよいのかを適切に判断することが必要になります。このような強化
対策を実施するためには、そこに住まいを持つ人を含む関係者が地盤に正しい知識をもつこと
が重要になります。
東日本大震災の仙台市の宅地被災の説明
<地震動の継続時間が長い>
東日本大震災における仙台市の造成宅地の被害
モーメントマグニチュードが9.0と、地震が
を大きくした原因としては、次の4つのことがよ
観測され始めてからでは最大規模の地震であ
く言われます。
り、継続時間が3分以上(普通は15-20秒程度)
(15)
と長く、地盤にとっては過酷な地震であった。
古い団地の地震時の被害が大きいのは、宅地
<細かい成分を含む土が
の劣化(あるいは軟化)が起こる可能性が高
盛土材料として利用されている>
いことが指摘されている。
仙台市の丘陵造成地は、細粒分(土の直径が
このような説明を受けたとき、おそらく「土質
75μm以下の小さな粒子であり、シルトさらに
力学」や「地盤力学」という科目を学習した経験
小さいものは粘土と呼ばれる。μ(ミクロン)
のある人でも、なぜこのようなことが言えるのか
は百万分の一を示す量である)が多く、宅地を
説明することは難しいであろうと思います。実
造成するときに締固めが難しい。このような土
は、この地盤力学は、常に土骨格(土粒子が作る
は、水の通り(排水性)が悪く地下水位を高く
特殊な構造を意味し、この骨格構造が力を伝えて
することが多い。
いる)とこの骨格の内部間隙に存在する水や空気
<沢や谷を埋めた盛土が被害を受けやすい>
との関係を理解する必要があるために、土木工学
宅地の多くは、もともと沢や谷を埋め立て
の全ての科目の中で、もっとも分かりにくい科目
て、周辺の山を切り出して、その沢を埋め立て
とされています。ここでは、必要最小限なことに
造成することが多い。このようにして造成され
絞って説明します。質問に対する答えは、70点程
た盛土を谷埋め盛土(もりど)と呼んでいる。
度と考えてください。いろいろな土があり、いろ
地震時には被害を受けることが多いとされてい
んな状況が考えられますので、この分野では、満
る。一方、もともと山であったところを切り出
点の答案はないと考えることが正しい技術者の態
して平らにした地盤は切土(きりど)と呼んで
度であるといえます。
いる。切土は、土がよく締まっており、地下水
の影響も少ないので、地震時の被害は少ないと
地盤の強さ、地下水の影響に関するQ&A
。
されている(図1参照)
Q:土と、他の工学的材料の鋼やコンクリートは
どこが違うのですか
土は基本的に粒々から成り立っています。これ
を土粒子とよんでいます。土に作用する荷重は、
切土盛土の境界
土粒子が作る特殊な構造(土骨格とよびます)に
盛土における不同沈下
より伝達されることになります。土粒子と土粒子
は接点でのみ接触しています。この接触に作用
する押さえつける力(拘束力)N と滑ろうとする
力 T(せん断力)の比( T/N )が、ある範囲にあ
る場合には、その接触点でのすべりは起こりませ
谷埋め盛土の滑動
ん。しかし、限界値に等しくなると(T/N =μ)、
その接点はすべって接点は無くなります。この限
片盛土(腹付け盛土)の崩壊
界値を摩擦係数とよび、μ(ミュー)で表現し
ます。せん断力 T が大きくなってもすべるのです
図 1 谷埋め盛土と腹付け盛土
(東北工大 今西教授作成図を借用)
が、拘束力 N が小さくなってもすべります。
<造成年代が古い団地は被害を受けやすい>
土の強さは、この接触点の数が大きい土の方が
宅地造成に法的規制が実施されるようにな
強いことは直感的にわかります。接触点の数を大
ったのは1962年からであり、それ以前に造成
きくするためには、よく締まった土の密度が大き
された団地はなんらの法的規制を受けていな
い方がいいことも直感的に分かります。また、ひ
い。そのために、擁壁などの構造物は現在の
とつの接点あたりの拘束力 N が大きい方が強い
基準を満たさないものが多い。これ以外にも、
ことも分かります。この拘束力を小さくするの
(16)
が、土粒子と土粒子の間隙に存在する水です。間
Q:どうすれば、土は強くなるのですか
隙が水で満たされた状態では、土粒子に浮力 U
土の強さは粒子間の接点に作用する押さえつけ
が作用することになり、土粒子間の拘束力 N は小
る力 N に比例する摩擦抵抗と接点を結合する粘
さくなってしまいます。そのため、地下水位が高
着力があります。この粘着力を壊すのに必要な力
くなると、土の強さは低下することになります。
も土の強度成分になります。
すべる力 T が変わらなくても、地盤全体がすべっ
普通、土の強さは、力を面積で割った応力(お
てしまうこともあります(図2参照)。
うりょく)という量で表現されます。土の強さ
τf は次の式で与えられます。
τf = c +σtanφ
⑴
c は粘着力と呼ばれ、φは内部摩擦角と呼ばれ
ます。σは押さえつける力に相当する応力で、拘
束圧と呼ばれます。実際に粒子間に作用する押さ
えつける力 N は、水圧の影響を取り除いた応力に
図 2 粒子間の接点と垂直力・せん断力
相当します。この水圧の影響を取り除いた応力を
土の強さや硬さが接触点での摩擦に支配される
有効応力と呼んでいます。水圧μの影響を考慮し
ことと比較すると、化学反応がもたらした針状の
た次の数式の方が土の強さをより適切に評価でき
化合物が複雑に絡みあったコンクリート、原子同
ます。
士が電気的な力で強く引き付けあっている鉄や
鋼(スチール)は、はるかに大きな強さや硬さを
τf = c +(σ-μ)tanφ
⑵
持っています。押さえつける力の大きさも、その
強さには影響ありません。間隙もほとんどないの
土を強くするためには、右辺を大きくすればよ
で、水の影響もほとんど受けません。
いことになります。次のような方法があります。
コンクリートや鋼が壊れる理由は、せん断力の
1 粘着力を大きくする:セメントや石灰などの
大きさです。もちろん繰り返しの荷重を受ける
水と反応して粒子と粒子をしっかりと結合する
と、1回だけの荷重と比較すると約80%程度のせ
添加剤を土に与えて、土を強くすることができ
ん断力の繰り返しで壊れてしまいますが、少なく
ます。この工法を固化工法と呼びます。
ても1000回程度の回数が必要となり(疲労破壊と
₂ 間隙水圧を小さくする:間隙水圧を小さく
呼びます)、地震による繰り返し回数程度では影
するためには、地盤の地下水位を下げること
響は受けません。
が考えられます。水圧が小さくなれば粒子間
の押さえつける力、有効応力が増加すること
Q:どうして、土は深くなると強くなるのですか
になります。ただし、地下水を下げると地盤
土の強さは、粒子間の接点の押さえつける力に
沈下が起こることがあるので、十分な注意が
支配されます。この押さえつける力は、土の自分
必要です。
の重さ(自重とよびます)と地表面に作用する荷
₃ 内部摩擦角を大きくする:φを大きくするこ
重(例えば、家屋や擁壁の荷重です)により与え
とは、粒子間の接点を増加させることに相当し
られます。地表面に構造物がない場合には、自重
ます。このためには、地盤の密度を上げること
だけが押さえつける力をもたらします。深い位置
が必要です。砂地盤の液状化を防ぐために、砂
にある土ほど、大きな自重を受けることになるの
地盤の密度を増加させる工法が数多く提案さ
で、土は強くなります。
れ、実際に施工されています。
(17)
Q:どうして、地下水位が高くなると被害が出や
Q:どんな条件のときに、団地全体がすべるよう
すくなるのですか
な被害になるのですか
被害を考える上では、こちらの方がより直接的
団地全体が大きくすべるような場合には、元々
な質問です。式⑵で、地下水位が高くなると、過
の地山と盛土の境界面の施工(段切りと呼ぶ地山
剰間隙水圧 μ が大きくなり、有効応力が減少し
にギザギザをつけて盛土が滑らないように施工す
て、押さえつける力が小さくなり、粒子間が滑り
る等の工事が本来は必要です)が不十分で、地山
やすくなります。
や盛土と比較して弱い面となっている場合に大き
地下水位が高くなると、間隙が水で飽和されメ
なすべりが起こります。
ニスカスが作用しなくなり、土は柔らかくなり、
盛土内の土の方が、この境界面よりも弱い場合
強さも低下します。このことも被害が出やすくな
には、盛土内の変形や地表面の変状の方が卓越し
る原因の一つです。
て、浅い円弧状のすべり、地表面クラック、地面
の不同沈下などが発生します。これらの地盤変状
Q:地震時にどうして土は変形しやすくなるので
は、家屋の被害に大きな影響を与えます。
すか
仙台市の被害の場合には、多くの場合、明瞭な
土の場合には地震での繰り返し荷重で、接触点
すべり面をもつ大きなすべり(滑動崩落と呼びま
が失われて、さらに間隙が水で満たされる場合に
す)ではなく、地盤の緩さと地下水位が高いこと
は新しい接点を得ることができません。(これは
による地盤表面近くの変状による家屋被害が卓越
水が簡単には動けないためです。)このため、繰
していたように思えます。
り返し載荷には、極めて弱く数回でも、簡単に壊
図3に、仙台市の宅地保全審議会に設置された
れてしまいます。しかも、せん断力 T が小さくて
技術専門委員会で利用した被害形態の分類図を示
も N がほぼ0になれば、滑りだすことになりま
します。
す。これが、緩い斜面が地震のときに液状化によ
なお、地山の弱面ですべるような地すべり的運
り大きく流動する現象をもたらすことになりま
動 a)は仙台市の場合には起こりませんでした。家
す。
屋被害の多くは、b)から f)が混合したもので、地
a) 地すべり地形
d) 擁壁の倒壊・変状
b) 谷埋め盛土
e) 切り盛土境界
f ) 緩い状態の盛土
図 3 宅地地盤の被害分類
(18)
c) 腹付け盛土
g ) 基礎地盤の液状化
盤変状(クラック、段差、不同沈下など)が家屋
特に、谷埋め盛土の場合には、元来が沢や谷
に被害をもたらしました。
で水を集めていた地形(集水地形とよびます)
ですので、盛土を作っても、雨が降ると水が集
東日本大震災における
まりやすいことになり、細粒分の多い土と相ま
仙台市の被害を理解する
って、盛土地盤内の地下水位が高くなります。
仙台市の丘陵造成地の宅地被害は多岐にわた
○ 地下水位が高い地盤は安定性が低くなる
り、それらの被害を一つのお話しとして説明する
地下水位が高くなると浮力が作用して、粒子
ことはできません。しかし、被害宅地の個々の事
間を伝わる押さえつける力が小さくなるので、
情を強調しすぎると、宅地被災について共通する
滑らそうとする力が同じでも、滑りやすくなり
特徴を見失ってしまうことになります。
ます。
ここでは、各被災宅地の個々の事情には注目し
間隙が大きく水がすぐに逃げる場合には、土
ないで、多くの被災宅地に共通する事象を優先し
粒子は接点を増やして、より安定な配置になる
て、記述していきます。
ことができるのですが、細粒分を含む土は排水
○ 細粒分を含む土が地下水位を高くする
性が悪いので水圧が高くなり、より不安定な状
仙台市の丘陵造成地の盛土に利用した土は、
態になってしまいます。
地質学的説明は省略しますが、細かい土(シル
間隙の水が少ないときには、粒子と粒子の間
トや粘土)を比較的多く含みます。造成に適し
に存在する水の表面張力で粒子と粒子を引き付
た土を遠くから運ぶことはコストを大きくしま
ける力(メニスカスと呼びます)があり、土は
すので、運ばなくて済むように、高いところの
強くなります。これは、真夏にいい天気が続い
土を切出して、その土を低いところに埋めて締
た校庭の土が 硬くなってしまうことで分かり
め固めて盛土を作ります。細粒分を含む土は一
ます。また、ちょっと土が変形して接点が無く
端水が浸み込むと保水性(土が水を保留する性
なっても、また新たな接点を得て、より強くな
質)が高いので、なかなか水が排出されません。
ることになります。
このため、水を多く含む状態が長い時間継続す
以上のことから、地盤の地下水位を低い状態
ることになります。
に保つようにさまざまな工夫をすることが、地
土を締め固めるときには、それぞれの土に対
盤の安定に、極めて大切であることがわかりま
して、最も適した水の量があります。これを最
す。
適含水比と呼んでいます。最適含水比で締固め
○ 地震のときの土の挙動
を行なった土は最も力学的性質が良いとされて
地震は土に、前後左右に繰り返し荷重を与え
います。
ることになります。この繰り返しによって、粒
細粒分を含む土は水を多く含みすぎる状態
子の間の接点は失われますが、間隙に水がなけ
で、締め固められることが多いので、密度が大
れば、新たな接点を得て、だんだんと土は締ま
きくならない緩い状態で地盤が出来上がってし
っていきます。
まうことが多くなります。
細粒分が多く地下水位が高い場合には、荷重
また細粒分を多く含む土は土粒子と土粒子の
が作用するごとに、接点が失われて粒子間の押
間隙が小さくなり、水が通りにくくなります。
さえつける力が失われてしまい、さらに変形し
このため、一端水が入り込むと水が抜けにくい
やすくなります。また間隙の水圧が大きくな
ことになります。水が供給され続けるときに
り、地盤はどんどん不安定な状態になり、大き
は、地盤に水が入り続け、排出する量がほとん
な変形がでてしまいます。最悪の場合には、地
どないので、地下水位が、盛土内で時間ととも
盤全体が流れ出してしまいます。
に高くなってしまいます。
地表面近くで水が間隙に存在しない場合であ
(19)
っても、地盤が緩い場合には、地震による繰り
あるいは低減することが目的となります。
返し荷重を受けて土が締まっていき、沈下をも
仙台市の宅地被害は、盛土内の被害が大きく、
たらします(揺すり込み沈下と呼ばれる現象で
明確なすべりを持った大規模なものではなく、地
す)
。家屋の基礎と地盤が離れてしまい、家屋
盤の表面近くの変状が家屋に大きな被害を与えた
に大きな荷重がかかり、家屋の破損をもたらす
ものです。しかし、地山と盛土の境界面はやはり
ことがあります。
弱面になっているので、将来の被害を少なくする
地盤は均一ではないので、硬いところもあれ
ためには、この弱面にそった大きなすべり運動も
ば、やわらかいところもあり、同じせん断力を
抑えるような対策も必要となります。
受けても、その変形程度は異なります。そのた
宅地被害を減少させる対策は、構造物をつくっ
めに、家屋が存在する1区画の地盤の中でも変
て力で抑え込む工法(抑止工法とよびます)と、
形の程度が異なります。地盤の不均質性が不同
地盤の状態を変えて地盤の抵抗力を高める工法
沈下をもたらします。
(抑制工法)に大きく分かれます。
土は引っ張り力には、ほとんど抵抗できない
抑止工法としては、大きなすべりを防止する抑
材料ですが、水がない場合にはメニスカスのた
止杭を用いる工法、土留め壁を作って、この壁を
めに、引っ張りに対しても抵抗できます。この
背後の地盤に埋め込んだ躯体と鋼棒で結んだアー
ために、地盤の表面に大きなクラックが発生し
スアンカー工法が代表例です。
ます。このクラックが家屋に大きな被害を与え
抑制工法としては、地下水位を低下させる工法
ます。
があり、地盤内の水を集めて処理するための集水
○ 擁壁の不十分な構造による宅地の被害
井(しゅうすいせい)、暗渠(あんきょ)、孔のあ
古い造成地に設置された擁壁の多くは、現
るパイプを埋め込んで、地盤内の水を抜いて地盤
在の技術基準からすると、不十分なものが多
の安定性を高めます。
く存在します。このような擁壁は地震動によ
地表面近くが緩い状態の場合には、締固めると
って比較的容易に崩壊して、擁壁の後ろの宅
ともに、セメントや石灰などで土粒子同士を結合
地が大きな変状を起こし、家屋に被害を与え
させる固結工法が考えられます。
ることが多く、擁壁の補強は、宅地の耐震性
新しく宅地造成を行なう場合には、排水性のよ
を高めるために大事な対策の一つになります
い砂層を排水性の悪い土の間に挟み込むサンドイ
(図4参照)
。
ッチ工法などの適用も考えられますが、良質な砂
が造成地の近くで入手できないときは、造成コス
トが高くなります。
既に家屋がある場合に適用できる工法は限られ
ます。土を締め固めることはほぼ不可能であり、
一般に、構造物を利用して力で抑え込む抑止工法
は高価な工法です。どうしても中心にすべき工法
は地下水位を低下させる工法(排水工法ともよば
れます)となります。粘性土の場合には、水を抜
いて地下水位を低下させると、地表面の沈下が起
こり、家屋に被害を与える可能性があります。し
図4 二段式擁壁の被害
かし、この被害は、地表面の沈下や変化を観察し
て、適切な対処を行なえば被害は防ぐことができ
どのような復旧工事を行なうべきか
ますので、地震時や大雨のときの地盤の安定のた
復旧工事や補強工事は、被害の原因を取り除く
めには、採用すべき工法です。
(20)
○ 宅地の地盤工学的状況に対する高度な判断を
宅地災害の難しさと今後検討すべきこと
行なう地盤診断技術師制度の必要性
宅地災害は、橋や堤防などの公共構造物の被害
宅地災害の大きさを考えるとき、被害を受け
と比較して、その解決が難しい問題です。
る前に対策を行なうことの必要性を痛感しま
なぜ難しいのか、宅地は住民個人の所有物であ
す。このために、国土交通省が宅地耐震化事業
り、被害があった場合には、その復旧と補強は所
を設定し、造成宅地の調査と耐震化のための対
有者が責任を持って行うことが大前提となるから
策工事に、国から補助が与えられることになっ
です。しかし、宅地の被害は、道路や河川などの
ています。感覚的に言えば、現在の方法では、
公共構造物に被害を及ぼす可能性があり、また宅
自治体や住民の自己負担の割合が多く、なかな
地の被害は隣接する宅地や家屋に被害を与える可
かこの耐震化事業が進むことは難しそうです。
能性があります。被害を受けた場合に、所有者が
造成宅地の調査についても、対策工事にして
放置することは2次災害などをもたらす可能性が
も、より安価にある一定レベルのことができる
あり、住環境の整備に対して責任をもつ自治体や
ような技術開発を進めることの必要性を感じま
国が放置することができない場合もあります。二
す。
次災害防止のために、宅地や擁壁の復旧に対して
同時に、宅地の状況を適切に判断するための
公的補助事業がなされる場合があります。
専門家制度が必要であるように思われます。既
どこまで補助事業が可能となるのか明確な基準
に社会的認知を得ている技術士制度の中に設置
はありません。東日本大震災では丘陵造成地の被
することも考えられます。 学会や協会の責任
害の対策工事に、過去の地震と比較して、適用範
でこのような制度を立ち上げることが必要で
囲の広い補助事業がなされることになっておりま
す。大事なことは、この制度に対して権威を与
すが、これはあくまでも、被災者の住環境整備お
えるとともに、宅地判断に対しての責任を明確
よび生活を守るための緊急的事業の位置付けであ
にすることです。
り、今後の地震被害に対しても適用することを約
○ より安定な宅地に対する付加価値の設定
束しているものではありません。
地山と盛土の境界面に段切りを行なって、こ
宅地被害が自分の宅地ばかりでなく、隣接する
の境界面を十分に強固にし、盛土を適切に締め
宅地や家屋に大きな影響を与えるということにつ
固め、さらに地盤内の排水を促す工事を造成時
いては、さまざまなケースが考えられます。
に行なった盛土地盤は、大雨のときも地震のと
例えば、一連の擁壁の上に3軒の家があり、地
きも、高い安定性を示すことになります。
震があったときに擁壁の中央部分が壊れて、中央
このような工事を行なえば、当然に宅地のコ
の家屋が被害を受けたとします。中央の家の所有
ストは高くなります。しっかりと造成した盛土
者が擁壁を壊れたままにすることは、両隣の擁壁
地盤に対して、高い評価を与えその評価を公開
と家屋の被害を受ける可能性を高めることになり
することが必要になります。さらに、例えば地
ます。もちろん、擁壁の下の段にある家屋にも被
震保険などの場合に、そのようなしっかりとし
害を与える可能性があります。このような場合の
た盛土地盤の上の家屋に対しては支払金額が低
経費負担をどのように行なえばよいのか、明確な
減されるなどの直接的なメリットを受ける制度
基準は存在しないようです。
の確立が必要です。これらの制度を確立するこ
技術的問題ばかりでなく、法律的な問題も解決
とは、相反する利害があるために、決して容易
すべきことが多々あります。さまざまな被害パタ
なことではなく、茨の道となります。しかし、
ーンがあり、その全てを網羅するような基準を設
今回の大震災をきっかけとして、関係者が協力
定することは至難の業と言えます。
して宅地の耐震化を進めるための総合的なシス
テムづくりを行なう必要を痛切に感じます。
(21)
○ 地盤情報と宅地の履歴書作成
集めて宅地の適否を見定めることが必要になり
地盤に関する情報を共有しようとする動き
ます。
は、現在急速に進んでいます。この動きを促進
○ 宅地問題は土木と建築の狭間の問題
している一つの理由はインターネットの普及で
宅地はその上に家屋が建築されるので、主に
す。必要な地点の地盤情報が準備されていれ
建築分野で取り扱われてきました。地震によっ
ば、会社から自宅からインターネットを介し
て被災を受けた場合の緊急的調査も建築士によ
て、地盤情報を閲覧することが可能になってい
ってなされます。建築の基本的な考え方は、低
ます。
層住宅に限って言えば、地盤の強さを判断し
て、その地盤の強さに応じた基礎構造を取るこ
(公益社団法人)地盤工学会東北支部でも、
とにより対処するというものです。
東北建設協会等との共同事業として、東北地方
の地盤情報を一般の方に提供していこうとして
地盤が強い場合は、布基礎と呼ばれる構造を
います。このために、国土交通省東北地方整備
取ります。大事な部分だけをコンクリートで家
局、県や市などの自治体に電子媒体での地盤情
屋の荷重を受けるという構造です。やや弱い場
報の提供をお願いしています。地盤情報につい
合はベタ基礎といって基礎全面がコンクリート
ては無料で開放し、これらの情報を基礎として
となり、基礎の全ての面で家屋の荷重を支える
仕事をする場合には、会費を納めて利用できる
ことになります。さらに地盤が弱くなると、地
権利を得るというシステムになっています。
盤に杭(パイル)を打ち、杭と地盤の摩擦力と
これらの地盤情報を適切に収録し、一般の方
固い地盤の支持力で家屋の荷重を支えることに
なります。
が有用な情報を入手できるようにするために
は、今後、自治体の協力・支援を得て適切な運
地盤の弱さを家屋の基礎でカバーするという
のが基本的考え方です。
営体制を確立することが必要になります。
地震や大雨で、宅地や家屋に被害を受けた場
建築の分野では、地盤の性質を知り弱い場合
合、適切な対策工事が行われなかった場合に、
には改良するという考えはあまりありませんで
時間の経過とともに、宅地地盤が強くなるとい
した。低層住宅の場合に、地盤調査をするよう
うことはほぼありません。むしろ、被害を受け
になったのは、住宅瑕疵担保履行法(2009)が
た地盤は、再び大きな被害を受ける可能性が高
施行されるようになってからです。
いと考えるべきです。
一級建築士の試験に地盤の問題が出題されな
過去に被害があったことを知らずに宅地を購
いことより、建築学科での地盤力学の講義がほ
入し、家を建てた後でご近所に引っ越しの挨拶
とんどなされていない、ということも建築の分
をしたら、その土地が過去の地震で大きな被害
野で地盤に対して十分な注意が払われない一つ
を受けたという事実を初めて知ったという話を
の背景です。
伺うこことがあります。東日本大震災において
建築における地盤の配慮は、あくまでも上部
もそのような話がありました。
「このようなこ
構造物となる家屋を安全に保つということで、
とがないように、業者は購入者に対して宅地の
地盤自身の安定性にはほとんど注目は払われま
履歴を知らせる義務をもたせるべきである」と
せんでした。
いう話をよく聞きます。宅地の履歴書の作成と
一方、土木工学(建設工学)の分野では、公
その告知義務という方向で、今後検討が続けら
共構造物である道路、鉄道、河川堤防、アース
れるものと思います。しかし、この情報の整備
ダム、埋設管など土と密接に関連する構造物を
と管理もかなり難しい仕事であることは間違い
対象としているために、地盤力学(土質工学、
ありません。
地盤工学ともよばれます)は主要な科目の一つ
現時点では、購入者自身ができる限り情報を
(22)
で、学生にとっては最も難しい科目となってい
ます。
土木の分野では、埋立て人工地盤については
講義しても、造成宅地を対象として講義を行な
うことはほとんどなされず、土木分野の技術者
や研究者が宅地問題に本格的に取り組むように
なったのは、1995年の阪神大震災以降であるよ
うに思われます。阪神大震災で造成宅地におい
て大規模な崩壊現象が発生し、そのメカニズム
の解明のために、地盤工学者がこの問題に参画
多いものとなります。そうでないと、多くの土
するようになってきました。
を捨て去ることになりかねません。
一方、地すべりの問題は、工学の問題として
よりも理学的な観点から検討されてきたことが
現実にはないのですが、例えば、宅地の地盤
多く、地盤が壊れる現象全てを「地すべり」と
の密度は1.6以上としなければいけない、とい
呼ぶことが多いようです。
う基準を用いた場合、このままでは、火山灰な
造成宅地の安定性と崩壊に関して、建築、土
どの土は、ほとんど捨て去ることになりますの
木、地すべりの3分野が関与しているにも関わ
で、但し、セメントを用いて改良する場合は
らず、結局誰も責任を果たしてこなかったとい
……、石灰を用いて改良する場合は……、砂層
う反省をしなければいけません。
を設けて排水性能を高める場合は……、多くの
○ 地盤関係で法律や基準がないのはなぜか
場合分けが必要になるということです。
地盤関係の問題が社会的問題になったとき
一旦このような法律や基準ができてしまう
に、明確な法律や順守すべき基準がないことの
と、安価で有効な新しい工法が開発されても、
不備が指摘されます。このようなものがないた
それを利用することに大きな障害となってしま
めに、賠償責任問題が発生した時に、判断の根
うことも考えられます。(現在でも、新しい工
拠となるものがなく、法的責任を問うことがで
法の適用はかなり面倒ですので、なんらかの制
きなず、不備があると指摘されます。
度の見直しが必要です。)
電気や機械の工学分野では、JIS規格などが
土の性質が複雑多岐であること、地盤は不均
あり、それを守っていなければ製造者責任が問
質であることを理由に、どのような場合でも基
われることになります。
準や管理方法を明確にしなかったわけではあり
ません。
このような法律や基準の整備がなされていな
いことが怠慢であるといわれるのは、地盤の複
例えば、アースダムのような大事な公共構造
雑性を無視した一方的な主張だと言えます。
物に対してはかなり厳しい基準と管理方法が指
まず地盤は多種多様です。地盤改良の方法も
定されています。同様の基準を、個人用住宅に
多種多様です。地盤の上にたつ構造物も多種多
利用される造成宅地の基準に用いることは、宅
様で地盤に要求される性質や強さも大きく変わ
地価格を大きく上昇させるために、宅地を取り
ります。地盤関係の技術・工法も新しいものが
巻く状況が同時に改善されない限り、ほぼ不可
次々と開発されます。もし、このような状況の
能です。
中で、法律や基準を不用意につくった場合に
しかし、これだけの宅地被害が大地震の際に
は、性質が悪い土のほとんどを利用することな
生じて多くの人が住環境の再生に苦労している
く捨てることになる可能性があります。
姿を見ると、なんらかの方法で造成宅地に対し
宅地造成等に、数値的規制を行なうことにし
たとき、極めて複雑で分かりにくい分岐条件の
(23)
ても、適切な基準を設けることが必要でもある
ように思われます。
既に、宅地造成等規制法(1961年制定、最新
入予定地のご近所のお年寄りに古い地形を尋ね
改訂2006年)に準拠する「宅地防災マニュアル」
ることはきわめて有益です。
(2007年)があり、このマニュアルを順守する
古い地図をチェックすることも大事です。小
ことが大規模宅地造成においては常識となって
学校の地図記号の記憶を頼りに、沼沢地、田ん
います。しかし、このマニュアルはあくまでも
ぼなど昔の地形を蘇らせることができます。ま
努力目標であって、法的責任を問う根拠にはな
た、古い地図に書かれている地名は、地形の成
らないものと思われます。この辺のことは、技
り立ちを表現していることが多く、参考になり
術者、行政、法律家が知恵を出し合って解決す
ます。例えば、○○沢、谷地、○○淵、などの
べき問題のように感じます。
地名は、宅地としての適性には疑問を持つべき
です。
宅地購入に際しての役立つ言い伝え
宅地を購入しようという場合に、注意すべき言
まとめ
い伝え(専門家にとっては常識)が幾つかありま
東日本大震災による造成丘陵地の被害について
す。おそらく、経験的なものでしょうが、その言
は、国としてかなりの補助事業がなされようとし
い伝えに技術的観点から、根拠を与えることがで
ています。もちろん、その補助事業のみで住環境
きます。ごく簡単に列挙します。
の復旧ができるわけではありません。地域住民の
○ 見晴らしのよい土地は注意せよ
自助、共助の負担はかなり大きいものとなりま
見晴らしのよい土地は谷埋め盛土や腹付け盛
す。
土である可能性が高く、大雨や地震のときは被
今回の大震災を契機として、これまでも大きな
害を受けやすいから注意しなさい、ということ
課題となっていた宅地問題、宅地被災について新
です。
たな進展があることが期待されます。
○ 斜面の近くは注意せよ
交通の利便性や景観の観点のみから宅地を判断
地震動が増幅する可能性があり、斜面崩壊に
することの危険性は十分に認識され、宅地の安定
よっても被害を受ける可能性が高いためです。
性・信頼性の観点からの宅地評価が必要であるこ
○ 斜面に湿った個所がないかどうか注意せよ
とは共通認識となりつつあります。
斜面の途中で湿った場所があると、盛土内の
しかし、必要な法律の整備や制度の整備には時
地下水位が高いことを意味しているので、安定
間がかかります。現時点では、宅地購入者が、家
性が低いことになります。
屋ばかりでなく、購入金額としては家屋と同等か
○ 擁壁の水抜き穴から水が出ているか
それ以上になる宅地の性能や安全性を確認するこ
購入しようとしている土地に、雨が降った翌
との重要性を把握して、必要な情報収集を行い、
日ぐらいにでかけて、擁壁の水抜きが機能して
自ら判断するという努力が必要な状況です。宅地
いるかどうかを確認するということです。擁壁
に関してだけは、無条件に信じることは禁物で
の後ろの地盤(裏込め土)の地下水位が高いと、
す。
土圧に加えて水圧が作用して、擁壁が崩れてし
まう可能性が高くなります。
○ 昔はどんな土地であったのか、ご近所のお年
寄りから話を聞く
昔、沼や沢であったところ(周囲から水を集
めやすい)に盛土をした場合には、大きな沈下、
地下水位が高くなりやすいなどがあり、大雨や
地震時には被害を受ける可能性があります。購
(24)
地盤・造成に関する
法規制の基礎知識
関西ネット・神戸ネット 建築士 木津田 秀 雄
関西ネット 堺市役所 石 黒 一 郎
砂防法、地すべり等防止法…いずれも宅地造成という人為的行為が加わるまでもなく、自然
のままで災害の危険がある区域の規制であり、今回の報告対象としはない。
⑴ 宅地造成等規制法制定以前―宅地にかかわる
盛土をする土地の面積が500以上等
規制としては以下のものがあった。
「宅地以外の土地を宅地にするため又は宅
・ 建築基準法19条による規制―個々の敷地の
地において行う土地の形質の変更で政令で定
安全に関する規定
めるもの(宅地を宅地以外の土地にするため
・ 条例による規制
に行うものを除く。)をいう。」
神戸市、横浜市、鹿児島市―傾斜地におけ
・ 規制区域内の宅地造成の許可を義務付け
る土木工事の規制に関する条例、
(8条)
姫路市―傾斜地土木工事規制条例
・ 宅地造成の許可基準を制定(9条と政令の
⑵ 昭和36年宅地造成等規制法(昭和37年施行)
規定)
制定―直接には梅雨時期の被害を契機
・ 勧告(15条)、改善命令(16条)― 既存の
・ 目的(1条)―「宅地造成に伴いがけく
宅地(法制定以前のもの及び検査済みの)で
ずれ又は土砂の流出を生ずるおそれが著し
あっても危険な状態への法的措置を規定。ま
い市街地又は市街地になろうとする土地の
た、隣地における土地の形質の変更行為によ
区域において、宅地造成に関する工事等に
り、当該宅地に危険が生じた場合について
ついて災害の防止のため必要な規制を行う
は、隣地土地所有者も命令対象
・ 監督処分(13条)― 違法な宅地造成への
ことにより、国民の生命及び財産の保護を
処分を規定
図り、もって公共の福祉に寄与することを
⑶ 都市計画法33条(開発許可基準)1項7号―
目的とする。
」
・ 宅地造成工事規制区域を指定
「開発区域内の
・ 宅地を定義(2条)― 広い宅地の範囲
土地が、地盤の軟
「農地、採草放牧地及び森林並びに道路、
弱な土地、がけ崩
公園、河川その他政令で定める公共の用に供
れ又は出水のおそ
する施設の用に供されている土地以外の土地
れが多い土地その
をいう。」
他これらに類する
・ 宅地造成を定義(2条)― 盛土で1m以上、
土地であるとき
切土で2m以上の崖を生じるもの、切土又は
は、地盤の改良、
(25)
庸癖の設置等安全上必要な措置が講じられるよ
・ 政令で耐震基準を追加
うに設計が定められていること。
」と定め、政
排水施設として地下水を排除する工法を追
令28条、29条、省令23、26、27条に技術基準
加
⑷ 宅地造成に対する耐震基準の創設から法改正
盛土の締め固め等を確実に施工する旨を明
記
へ
・ 従来基準に対する評価―「台風等の集中豪
・ 造成宅地防災区域の新設
雨の際に造成宅地において発生する崖崩れ等
・ 都市計画法29条の許可を受けた宅地造成に
の災害を防止することを目的として制定さ
関するについては宅造法許可不要とする。
れ、造成により生じた「崖」ののり面に、崩
「都市計画法」
壊防止のために擁壁を設置する等の基準が定
・ 33条1項7号の条文改正―政令省令の技術
められていたが、これは本制度制定当時、豪
基準に耐震関係基準を追加
雨などの通常生じる程度の災害を防止するこ
「地盤の沈下、崖崩れ、出水その他による災
とが想定されていた」
(改正宅地造成等規制
害を防止するため、開発区域内の土地につい
法の解説、宅地造成等規制法令研究会編集、
て、地盤の改良、擁壁又は排水施設の設置そ
平成19年5月ぎょうせい刊、13p)
の他安全上必要な措置が講ぜられるように設
・ 阪神大震災―盛土造成地の大規模崩落の発
計が定められていること。この場合におい
生(西宮市仁川)
て、開発区域内の土地の全部又は一部が宅地
・ 平成10年「宅地防災マニュアル」改訂―宅
造成等規制法(昭和三十六年法律第百九十一
地の耐震性確保に関する基準を盛り込む。
号)第三条第一項の宅地造成工事規制区域内
・ 大規模盛土造成地で相次いだ地震被害(崩
の土地であるときは、当該土地における開発
落)―平成16年中越地震、平成17年福岡西方
行為に関する工事の計画が、同法第九条 の
沖地震
規定に適合していること。」
⑸ 宅造法と都市計画法の改正(平成18年。技術
・ 宅地造成工事規制区域内の開発行為につい
基準部分の政令は平成19年4月施行)
ては宅造法の技術基準を適用することを明記
「宅造法」
(33条1項7号)
・ 技術基準の改正―政令委任部分を増やし耐
・ 開発行為で設置する擁壁について、建築確
震基準を政令で規定
認不要とした。(建築基準法88条4項)
「宅地造成工事規制区域内において行われ
⑹ 宅地の定義
る宅地造成に関する工事は、政令(その政令
「宅造法」第2条 農地、採草放牧地及び森
で都道府県の規則に委任した事項に関して
林並びに道路、公園、河川その他政令で定める
は、その規則を含む。
)で定める技術的基準
公共の用に供する施設の用に供されている土地
に従い、擁壁、排水施設その他の政令で定め
以外の土地をいう。
る施設(以下「擁壁等」という。)の設置そ
「不動産登記事務取扱手順準則」第68条 建
の他宅地造成に伴う災害を防止するため必要
物の敷地及びその維持若しくは効用をはたすた
な措置が講ぜられたものでなければならな
めに必要な土地.。
い。」
(26)
7777777777777777777777777777777777777777777777
7777777777777777777777777777777777777777777777
7777777777777777777777777777777777777777777777
7777777777777777777777777777777777777777777777
7777777777777777777777777777777777777777777777
7777777777777777777777777777777777777777777777
事 例 報 告【地盤・造成の問題事例】
[1] 「急斜面の地山の造成工事」について
建物の瑕疵であると判断した事例
弁護士 林 尚 美(大阪)
【事件の表示】
【争点】
事件番号:平成19年(ワ)
第4505号事件
1 異常な不同沈下
判決日:平成22年8月26日
が発生している原因
について
【事実の概要】
⑴ 原告の主張
建物建築請負条件付土地売買契約、建物建築請
本件土地の地
負契約がなされ、平成13年3月5日本件土地及び
山の地形が谷地
建物が引渡された。
に面し、斜度50度を超える崖地であったにも
平成15年3月ころ、勝手口等が開閉できなくな
かかわらず、ア適切な段切り工事がなされて
るとの不具合が生じた。被告から、原因が特定で
いない、イ十分な排水措置がとられていな
きないまま補修工事をするとの申し出があった
い、ウ盛土にスレーキング性が高い砂岩、泥
が、原告は、原因の特定が先であると考え、補修
岩、凝灰岩などにより構成された盛土を使用
を留保し調停申立をした。平成16年8月大阪簡易
していたとの瑕疵がある。その結果として、
裁判所に対し調停申立をするも、調停不成立とな
造成工事完了から数年経過して、周辺の小山
る。
等から浸透した雨水が盛土の中に地下水の流
平成19年2月、一級建築士の鑑定により、本件
れや滞留を生じさせ、地下水位の高い部分の
土地の地山が50度の急斜面であること、本件建物
岩砕がスレーキングを起こし、地盤が緩ん
南側の中心部に向かって異常な不同沈下が生じた
だ。その後、地山と盛土との間にいわゆる水
こと、異常な不同沈下は本件土地の造成工事が適
みちができ、急斜面部分で谷底に向けて盛土
切になされていなかったことが原因であることが
自体がすべり、地盤が沈み込んだ結果、本件
判明した。
建物がその南側を中心に地中に引き込まれる
そこで、平成19年5月主位的に土地売買契約の
ような不同沈下を引きおこしたと主張した。
瑕疵担保責任に基づき売買契約解除による原状回
⑵ 被告は、これに対し、具体的に本件土地の
復請求および損害賠償請求を、予備的に①売買契
部分について造成工事をしたこと、排水措置
約の瑕疵担保・建物請負契約の瑕疵担保に基づく
をとったことについての反証をすることは出
損害賠償請求を、②建物請負契約の瑕疵担保に基
来なかった。また、スレーキング性の高い盛
づき損害賠償請求を求めた事案である。
土を使用していたとしても、すべりが生じる
ことはないとして否認した。
(27)
一体として見た場合、一般に相応の段切り工
2 補修及び補修方法について
⑴ 被告の主張
事、排水処理も行われていること、②およそス
本件土地については、隣地A邸でアンダー
レーキング性のある土を盛土として使用し得な
ピニング工法によりNd値20以上を示す部分
いものではないこと、③本件土地の地山と盛土
を貫通し、概ね支持地盤まで達している実績
との境界斜面で土塊を動かす水平力が物理的に
があるとして、アンダーピニング工法により
働くとは考えられないこと、④地中で地すべり
補修することが可能であると主張した。
が生じた場合に一般にみられる地表面の亀裂な
⑵ 原告の主張
どの異常もないこと、⑤本件土地の向かいのA
建物の不同沈下をアンダーピニング工法で
邸について地山が平面であるにもかかわらず建
補修しても、土の移動により水平を保つこと
物が不同沈下を起こしており、盛土層の部分的
が出来ないので、再度適切な造成工事をする
な転圧不足による圧密沈下が原因であり、本件
ほかない。また、A邸は、谷底の上に建てら
建物も同様と考えられることなどから、本件土
れたたてものであり、斜面地に建てられた本
地の盛土層の岩砕のスレーキングによりすべり
件建物の補修工事とは異なると反論した。
現象が生じており、水平力が発生しているとす
仮に、補修が可能であるとしても、その補
る主張は認められないとし、本件土地が建築用
修方法としてアンダーピニング工法では、①
地としての性能自体に欠けるところがあるとま
建物の荷重異常の圧力が掛けられず支持地盤
ではいえないとし、土地の瑕疵とは認められな
に鋼管杭の根入れを確保することができな
いとした。
い、②盛土層にやや硬い地層があると支持地
2 補修方法について
盤に鋼管杭が到達せず高止まりする可能性が
①隣地A邸でNd値20以上を示す部分を貫通
あるので適切ではないとして、建物外周部の
し、概ね支持地盤まで達している実績がある、
回転貫入工法および建物下部の圧入工法によ
②回転貫入工法によってもNd値30に貫入した
り鋼管杭を一定の支持深さまで圧入する補修
実績なく、最大圧力がかかった場合本件建物基
工事が必要であると主張した。
礎に損傷を与えるか否かの安全性の検討が不十
分で、補修方法としての優位性があるとも認め
【進行協議期日での現地見分】
られないとし、被告の主張するアンダーピニン
裁判所により①最も沈下している建物南側に近
グ工法による700万円の損害を認定した。
い箇所でスレーキング調査を含むボーリング調
3 建物の構造耐力上の瑕疵について
査、②7箇所でのラムサウンディング調査、③再
原告の損害額4,138,056円すべてが認容され
度の床レベル調査、④外部構造の基礎および建物
基礎部分のレベル調査の鑑定を行った。
た。
4 その他
調査費用として1,200,000円、慰謝料1,000,000
【判決】
円、弁護士費用1,500,000円が認容された。
1 土地の瑕疵について
本件土地の造成前の地山の地形は、谷地に面
【所感】
し、南東に向けて斜度45度もの勾配のある斜面
1 裁判所は、地盤が沈下し、これを原因として
地であり、盛土層にスレーキング性の高い泥
建物の不同沈下や傾斜が生じた場合にも、「当
岩、凝灰岩等岩砕で構成された土が使用された
該土地に通常用いられる工法では建物を建築す
ことについて認定しつつ、①本件土地の盛土層
ることは不可能な障害があり、補修が不可能で
下における具体的な段切り工事、排水措置の施
あるとの事情がない限り、建築用地としての性
工は確認できないものの、本件土地を含む付近
能に欠けるところがあるとはいえない」として
(28)
土地の瑕疵を否定し、
「建物建築工事において
具体的に本件土地周辺で適切な造成工事がなさ
適切な基礎構造の採用や地盤改良などが行われ
れたこと(具体的には適切な段切り工事・排水
なかったことに起因する建物の瑕疵にある」と
措置の施工がなされたこと)の反証はなされて
判断している。
いない。とすると、裁判所の判断基準によると、
2 『当該土地に通常用いられる工法では建物を
原告が土地の瑕疵があると主張するには、造成
建築することは不可能な障害があり、補修が不
工事が適切になされていないことまで立証する
可能であること』とは、建物が崩落寸前になっ
ことが求められていることになる。
ていることを指しているのであろうか。
しかし、地中の構造が分からない以上、原告
本件土地は、建物の南側中心部に向かって建
が同立証をすることは困難である。裁判所の判
物が不同沈下を生じているということ、造成前
断基準に対して疑問をもたざるをえない事例で
の地山が斜度50度を超える急斜面であること、
あった。
について客観的に明らかでしたが、被告から、
[2] 鶴ヶ谷地震被害訴訟について
弁護士 武 田 貴 志(仙台)
震災後詳しい
1 鶴ヶ谷地震被害訴訟の概要
調査が行われ
宮城県沖地震
る・
「復建技術
・昭和53年6月12日午後5時14分頃
コンサルタント」
・死者27名
震災後の地盤
(16名はブロック塀等の倒壊による)
の 状 態・施 行 前
・沖積地と丘陵地盛土部分で大きな被害
の形状との対比
地震被害訴訟
・ブロック塀訴訟・仙台地裁昭和56年5月8日
2 訴訟の進行と弁護団の活動
・仙台市との交渉・調査要請等 ― 公民館等で2
判決(敗訴)
回開催・参加者約250名
・緑ヶ丘訴訟・仙台地裁平成4年4月8日判決
・昭和54年6月11日調停申立→昭和56年8月10日
(敗訴)
不調
鶴ヶ谷団地被害の特徴
・大規模な造成団地
・昭和56年8月24日提訴・原告8名(→原告7名)
昭和40年代前半に仙台市施行・山を切って
・仙台地裁判決・平成8年6月11日敗訴(約15
年・弁論45回)
谷を埋める
・仙台高裁判決・平成12年10月25日勝訴(約4
・被害の特徴
年・弁論23回)
地盤が壊れたために建物被害が発生
切土と盛土の境目の盛土側に集中(隣地で
・最高裁決定・平成14年9月26日上告棄却・上告
不受理
被害に差)
・仙台市施行
☆ 原告らの主張と被告の反論の概要
(29)
①原告 売主の瑕疵担保責任に基づく損害賠 耐震性について、調査や工法について明確な基
償請求・民法570条
準乃至経験則はなかった。
隠れたる瑕疵の存在
・切土(地山)部分か盛土部分か区別なく
3 高裁での勝訴判決の要因
⑴ 本件被害の特色 → 切土上の建物被害な
販売
い・切盛境の盛土側
・切盛境に沿った宅地に瑕疵が存在してい
が被害
た
本件宅地は宅地造成に必要な震度5に対する
⑵ 高裁での主張・立証
・商品としての土地(人工地盤)売買について
耐震性を欠いていた
の瑕疵担保責任であること
・過去の地震と比較して仙台は震度5が相
・
「震度」とは何か 気象台での測定(過去と比
当
較)=過去の震度5の強さ
・鶴ヶ谷団地は震度5が相当 → 切土=
震度は、各土地で異なる(鶴
盛土の底は震度5
ヶ谷の切土は)
・本件宅地の盛土部分が震度5に耐えられ
・地盤被害の特徴 震度は地表での震度=地盤
なかった原因
(盛土)との関係
・盛土が造成の結果、圧縮性の高い状態=
盛土の下の土地=切土と同
緩く不均一
じ「震度」
・緩く不均一になったのは、盛土の土質に
原因がある
4 判決の内容
・盛土材としては、劣悪なものであった
・造成の際、土質等の特質を認識してい
⑴ 一審判決 たし、施工性を高めることが可能であ
経験的に予想される規模の地震に対する耐震性
ったに関わらず、措置を行わなかった
の具備が必要。
経済性や技術的な限界は、宅地造成の安全性
より優先されない
本件地震は他の地震訴訟と同様、「一定地域の
震度は震度6に近いもの」。
②被告 (本件地震は予測を超えたもので、 不可抗力)
経験的に通常発生が予測された地震の規模を超
える地震。
造成宅地の販売において、切土と盛土の区別
は行われていない。
⑵ 高裁判決 耐震性に関して通常有すべき品質性能を欠いて
本件宅地は、将来その地域で通常発生する可
いたかが問題(←売買)。
能性が経験的に予想される規模の地震=震度5
・本件宅地は、切土に比べて耐震性劣る
の地震には耐えうる強度を有しており、盛土
・経験的に予測できる程度の地震に対する耐震
が、宅地として通常有すべき品質、性能を有し
性の具備が必要=震度5
ていた。
・鶴ヶ谷団地・本件宅地の地震動は震度5(←
・盛土材として使用に耐えうる通常の土質
鶴ヶ谷の被害、震度階)
・造成工事は宅造規正法の基準に適合し、工
・本件宅地は、震度5の地震動に耐えられず被
事仕様書に従っている
害が発生した
・通常造成地に比べ程度のよい良好宅地
調査方法・工法採用について明確な基準・経験
本件地震は震度6に近く、経験的に発生が予
則の存在の有無。
測された規模を超える。
・仮に存在しなかったとしても、事前調査や過
本件造成工事当時、このような地震に対する
(30)
去の経験から、被害が発生しない強度を念頭
に工事をしなければならない
経済面の制約についても、瑕疵担保の制度趣旨
・耐震性を高めることは物理的に可能であり、
上首肯できない。
基準等存在しないとの論理は、売主の過失は
損害に関しては、信頼利益=建物の補修費相当
問わない瑕疵担保の性質上採用できない
額。
[3] 建設廃棄物埋立被害の事例
弁護士 板 根 富 規(広島)
ど多数の建設廃棄物
1 事案の概要
が入っており、建物
Xは、運送会社の代表者
を建設するために
タンクローリーの基地となる事務所兼ターミナ
は、土を入れ替える
ルを建設するため、土地を探していた。
必要あり。
Yは、不動産業者
XはYに、上記目的に最適な土地を探して欲し
2 判決
い旨依頼
判決は、Yの説明
YはXに、Y所有の甲土地はどうかと提案 →
責任を認め、不法行為の成立を認定。
Xは了承
損害額としては、建物建設に必要な範囲の土の
Yは、Xに甲土地を直接売却することはできな
入れ替え費用を損害として認定。一部勝訴。
い(節税対策と思われる)と回答し、第三者であ
るAとの間で甲地と乙地とを等価交換。
3 裁判の問題点
甲地の売買契約は、XとAとの間で締結、決済
元の代理人がYに対して瑕疵担保で請求。
された。
等価交換の相手方(形式上の売主)に対して、
登記は中間省略により、YからXに移転
何らの法的措置を取っていなかったために、Aに
甲地は元々農地であったが、その後、Zに使用
対する関係で瑕疵担保請求権が消滅時効。
を許可していたところ、Zが建設残土で埋め立て
苦心の末、不法行為により勝訴。
て雑種地としていた。
調査の結果、パイプ・土管・ビニール・カンな
(31)
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パネルディスカッション
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宅地地盤被害の根絶を目指して
〜現状と課題〜
報告者 伊 藤 佑 紀(仙台・弁護士)
千 葉 晃 平(仙台・弁護士)
以下、パネルディスカッションのご報告をさせていただきます。なお、充実したパネルディ
スカッションであり可能な限り再現につとめたが、他方、紙数の制限もあり、パネリストの発
言は、報告者が聞き取り・まとめたものでありますので、その内容の文責は、報告者にありま
すこと、ご了解下さい。
パネリスト
片 瀬 範 雄(神戸市防災技術者の会、元神戸市都市計画局計画部長)
藤 島 茂 夫(一級建築士) 吉 岡 和 弘(弁護士)
司 会
齋 藤 拓 生(弁護士) 齋藤 まず、今回のパネルディスカッションの趣
に関しても、被害があったときにお金が出せるよ
旨について、吉岡さんからご説明いただきたい。
うな相互扶助のシステムが構築できないか、その
吉岡 今回の大震災では、津波と原発が主にクロ
辺を議論したい。
ーズアップされているが、宅地被害も深刻。この
他方、予防という観点で言えば、今回の震災を
点について、救済と予防に関するきちんとした議
きっかけに、自分の住む家の地盤の状態・来歴に
論が必要となる。
関する情報を知っておく必要があることが明確に
救済という観点でいえば、宅地については公共
なった。そのような情報を得るためにどうすれば
事業として一定の救済が図られることになったも
良いのかについて、何か提言できればと考えてい
のの、その「公共性」が問題となるし、建物につ
る。
いては全く手つかずの状態にある。この点、建物
齋藤 はじめに、片瀬さんから、阪神淡路大震災
における被災状況等について教えていただきた
い。
片瀬 阪神大震災の際には、私自身も震度7の地
震を体験した。直下型地震であったので、建物の
被害が多く、火事も発生して、6434人の方が犠牲
になった。原因は、殆どが家の倒壊によるもので
あった。
宅地被害に遭った箇所は、谷を埋めた盛り土が
半分以上、斜面の崩壊が30パーセントで、特に浅
(32)
い盛り土の土地の被害が大きかった。ほとんど
まずは救済について。片瀬さんから、阪神大震
が、宅地造成等規制法制定以前に造成された宅地
災の復旧はどんな風に行われたのかをお教えいた
であった。
だきたい。
齋藤 宅地被害は阪神大震災のときにも起きてい
片瀬 阪神大震災では、様々な局面で、法律の拡
るのに、その教訓が生かされず今日に至っている
大解釈をして対応した。この点については、財務
ように思う。この点について、他のお二人からご
省、国交省にはかなり柔軟な対応をしていただい
意見があればお願いしたい。
たように思う。
藤島 かなり基本的な問題として、建築基準法の
例えば、宅地が崩落して一部宙に浮いてしまっ
規定の問題がある。
た住宅については、以前からあった急傾斜地の崩
建築基準法では、地盤と建物の問題は分けて基
壊防止事業の拡大解釈を行い、被災宅地を「傾斜
準化されており、地盤の問題についてはかなり荒
地」として指定した上で復旧工事を行った。
っぽい規定の仕方となっている。
他方、「傾斜地に指定されると宅地価格が下が
具体的には、地盤の支持力が3~4とか5くら
るのでやめて欲しい」という方もおられ、そのよ
いの箇所は布基礎でいいが、それより悪いところ
うな方には防災工事費の貸し付け・利子補給等を
はベタ基礎にしなさい、2以下のところは杭打ち
行った。
をしなさい、その程度の話。それは誰が決めるか
その他、緊急助成金等の支出も行った。
といえば、設計者であり、支持力の判定も設計者
齋藤 片瀬さんは、今の宮城県や仙台市等の対応
任せとなっている。
についてどう思われるか。
この点、4号建物以外の建物については、構造
片瀬 そもそも、当時と今では時代が違う。あの
計算が義務づけられているので、きちんとした地
当時は、地方財政も多少は余裕はあったので、現
盤調査を行うが、宅地造成で建てられるのは殆ど
在とは比較しにくい。
が4号建物であり、4号建物の場合は、地盤の構
また、当時は、個人の財産は個人の責任の下に
成がどうなっているのか、というところまでは調
維持するのが原則であり、個人補償はしないとい
査していない。そのため、どのような土質なのか
う議論が行われた。そして、その後に制定された
も分からないのに、建物の支持力を決めて(想定
被災者生活再建支援法についても、個人補償では
して)しまっているところに問題がある。
なく、社会保障的な考え方、見舞金であるという
個人的には、少なくとも造成地については、造
考え方がなされていた。
成する側が、地盤調査をして、ハザードマップ等
一方で、財産を持たない方にとっては、そうい
の資料を売買契約の際に資料として添付する、と
う形で国費を使うこと自体が金持ち施策ではない
いうことを義務化すべきではないかと思う。
か、という批判があったことも事実である。
齋藤 浦安ではかなり深刻な液状化も発生してい
このように、復旧支援の方法については様々な
るが。
意見・考え方がありうるので、行政としては慎重
藤島 今回液状化が発生したのは「新浦安」地区。
ここは、地価が高い割に、液状化の被害に合って
しまった。
この点、UR都市機構が開発した地域は、液状
化の対策をしたために、液状化の被害を受けてい
ないが、民間が開発した箇所は被害を受けたとい
う情報もある。
齋藤 今皆様からお話しいただいた現状を踏ま
え、具体的な救済と予防について考えたい。
(33)
に対応せざるを得ない。
で、当初は全国民から出資してもらおうという話
齋藤 吉岡さんとしては、現在の仙台市の施策等
があったが、土地建物を持っていない人たちから
についてどのようにお考えか。
「なぜ自分たちが金を出さなければならないのか」
吉岡 さきほど紹介のあった生活再建支援法は
という声があり、議論になった。そして、二つの
元々、建物被害を受けた方々のためにお金を出せ
方法が検討された。
ないのかというところから始まったものの、その
一つは、地震保険を強制保険とし、建物を所有
後、建物を持っていない人はどうするのか、とい
する人が強制的に地震保険に入る、という制度設
う意見が出てきて方向転換をし、被災者支援とい
計。しかし、これについては保険会社からの抵抗
う形で、建物を持っていようがいまいがお金を出
が強かった。
すことになった、という経緯がある。
もう一つの方法は、固定資産税徴収ルートの仕
このように、生活再建支援法は、被災者支援と
組みを使って、従来の徴収額に基金分を上乗せし
しての幅は広げたものの、建物被害に遭った人に
て徴収するという方法。この制度については、年
お金を出すという方向姓は途切れてしまった。
間6000円を上乗せ徴収することで、直ちに救済資
土地について公共事業で復旧を図るように、建
金を支出できるという試算もなされたが、自治体
物についても、ウルトラCが考えられないかと思
から「そう簡単にはいかない。固定資産税を上乗
っている。
せするだけでも相当大変である」などという反対
一つのヒントは、雲仙普賢岳が噴火した際の長
意見があった。
崎の福崎弁護士の活動。基金構築のために奔走
ただし、これらのような制度を参考に、今後、
し、1世帯あたり1150万円の支援金を支出すると
基金制度の構築を検討してもいいのではないかと
いう成果を生み出した。
思う。
本日のアピール案の1⑴の箇所には「国の基底
齋藤 今回のアピール案では、2⑴として、自治
には震災等の災害から国民を保護すべき責務が存
体にハザードマップの作成を義務付けること、2
在する」と書かれているが、これは今までには無
⑵として、重要事項証明書の中に「この土地は昔
い新しい発想。
は谷だった」等の地盤の来歴に関する情報を記載
異論もありうるが、その後段にある「共生」と
することを義務付けることを提言をしている。こ
いう理念に基づいて、今述べたような枠組みを構
こで言う「ハザードマップ」とは、具体的にどの
築していけないかと考えている。
ようなものなのか。
阪神大震災の際には、そういう議論は無かった
吉岡 これはなかなか難しい。「この地区のここ
か。
の部分は盛り土だがここの部分は切り土ですよ」
片瀬 震災時には無かったものの、震災後、兵庫
という事実を公表することがハザードマップとい
県が呼びかけをして、
「フェニックス共済制度」
うのか、というと、それだけではないと思う。そ
というのものを作った。この共済制度は、年間
のような事実を前提とした上で、同じ盛り土の中
5000円の掛け金で、最大600万円の保証をすると
でも、「危険な盛り土」だということまで言うか
いうことで始められた。ただし、現在までの加入
言わないかという問題がある。
数は少ないが、宅地であろうと家であろうと、個
その点、神戸の場合にはどのように対応をした
人が財産を持つということはリスクを負うわけな
のか。
ので、そのリスクに対して自覚してもらう、とい
片瀬 ハザードマップの作成・公表については、
う意味で、同様の制度が全国的に出てきてもいい
震災前には非常に強い抵抗があったものの、震災
のではないかと思っている。
後には何の抵抗も無しに受け入れられた。
吉岡 日弁連でも、阪神大震災の後に、共済制
ただし、「盛り土が危険だ」ということまでは
度・基金制度を検討したチームがあった。その中
公表できていない。そのようなことを公表するに
(34)
は、技術的に十分な検討が必要で、これを検討す
齋藤 防災マニュアルに準拠していけば心配ない
るための研究・調査費用等、財政的な困難も伴
と考えてよいのか。
う。
片瀬 家は建て直せるが、宅地というものは「一
この点については、市民それぞれが、「自分た
から作り直す」というものではなく、劣化してい
ちで自分たちの財産を守るんだ」という意識を持
くもの。そのため、常に建築と一体的なことを考
つことも必要ではないかと思う。
えながら、その都度宅地の安全性を確保していか
齋藤 ただ、一般の方々にとっては、そのような
なければならない。
知識も無いし、点検するといっても難しい面があ
齋藤 これまでの議論について、藤島さんはどの
るように思われる。その点について、神戸では、
ようにお考えか。
例えば行政側による啓発活動等は行われているの
藤島 上の部分(建物)と下の部分(宅地)では、
か。
法的にも、技術者も違っているということが一つ
片瀬 防災月間には、自衛隊、警察、消防、そし
問題ではないかと思っている。例えば、宅地造成
て地域の方々が一緒にパトロールをしたり、各地
等規制法の中身を見てみると、盛り土の場合は擁
域で宅地の危険性について話をしていく、という
壁を作れ、とされているが、擁壁を作る際の具体
取り組みはしているが、参加者が限られており、
的な材料の選定等、技術的な基準は、建築基準法
全世帯の方々にご理解いただくまでには至ってい
に委ねられている。そこで、建築基準法の中を見
ないと思う。
てみると、擁壁は「建築物」ではなく「工作物」
齋藤 今回のアピール案では、宅地造成等規制法
として扱われている。このように、地盤・擁壁に
9条の技術基準をより充実強化すると共に、同法
対する考え方と、建物に対する考え方は異なって
20条の「造成宅地防災区域」の指定を積極的に行
いて、法制度も異なる。
うべきであるという趣旨の提案しているが、今の
この点について、仮に制度を変えるとしたら、
片瀬さんのお話を前提とすると、防災区域の指定
防災マニュアルを宅地造成等規制法の「告示」に
は難しいということか。
まで引き上げてもらうべきではないかと考えてい
片瀬 技術的な調査や住民の方々の意見を聞く
る。
必要もあるので、一朝一夕でできるものではな
片瀬 このあたりは、いろいろなご意見があると
い。勿論、試験的に少しずつ取り組んでいく必
思うが、私としては、新しい技術基準をどんどん
要はあると思うが、そのためには、まずは住民
変えていくというよりは、マニュアルを変えてい
の方々に関心を持っていただき、一緒に取り組
くべきではないかと思う。その上で、能力的なも
もうという気持ちになっていただくことが必要
のを向上させることの方が安全向上に役立つので
だと思う。
はないか。
齋藤 宅地造成等規制法9条では政令で技術基準
藤島 私はそれは逆だと思っている。単なる「指
を定めるということになっていて、その政令の具
針」にとどまれば、何でもOKということになっ
体的内容に関しては防災マニュアルが作成されて
てしまう可能性がある。政令に対する告示は法律
いるが、このマニュアルについて、片瀬さんはど
ではないので、これを変えることはそれほど難し
のような評価をお持ちか。
い話ではないと思うが、業界からの反発もあり、
片瀬 都市計画法制定以降、かなり厳しい技術マ
なかなか変わっていかない。この点は、弁護士の
ニュアルあるいはいろいろな体制が採用されてお
先生方からの働きかけも必要なのではないか。
り、その結果として、一定の効果はあったのでは
吉岡 お二人の意見の違いについて述べると、片
ないかと思う。なおかつ、新しい技術をどんどん
瀬さんは、その時々の技術基準を的確に反映させ
取り入れながら充実させていく必要があると思っ
るためには、指針やマニュアルのレベルにしてお
ている。
いた方が良い工事ができる、という視点だと思
(35)
う。
一般参加者
一方、藤島建築士のご意見は、業者が「マニュ
さきほど、片瀬さんから、マニュアルを作成し
アルは守らなくてもいい」と言ってくる可能性が
てそれをきちんと守らせることが重要、という話
ある、ということではないかと思う。
があったが、実際は、罰則規定等が無ければ、ガ
この点は、被害者側で裁判をしている私どもの
バナンスが効かず、全く意味をなさないのではな
立場からすれば、告示化しておいていただいた方
いかと思う。
がありがたい面はある。
宮城県では、昭和53年に宮城県沖地震も起きて
齋藤 具体的な行政の現場で、宅地防災マニュア
いて、最近も「近々震度6の地震が起きる」と言
ルがどの程度の位置づけになっているのか、ま
われていたのに、今回の地震でも大変な被害が出
た、それに従った施工を要求しているのか。さら
てしまった。この点は重く考えて欲しい。
には、欠陥住宅については中間検査が大事だと思
三浦弁護士(質問)
うが、宅地防災マニュアルがいくらあっても、き
震度と耐震性の関係についてお聞きしたい。宅
ちんと検査をしなければ意味がない。そのあたり
地においては、どのくらいの震度に耐えられるま
はどのように対応しているのか。
でのレベルが要求されているのか。
片瀬 宅地造成に関して、行政が許可を与える際
片瀬(回答)
の基準は、あくまでも技術マニュアルに適合して
難しい問題だが、擁壁でいうと、「震度5」を
いるのか、ということ。法令化するまでの必要は
基準として計算する。
無いと考えている。
ただし、コンクリートの構造物は、そのものに
また、中間検査は、以前は写真を見るという程
粘りがあり、そういう性質も考慮して対策してい
度であったが、現在は、毎日現場にいて監督する
る。
ことはできないまでも、報告書や写真を求めた
必ずしも、震度7に耐えるものを作っている、
り、途中経過を見に行くなどして、住んでいる
というわけではない。
方々の安全のためにできる範囲のことをしてい
飛田教授(回答)
る。
今回は、震度7の揺れが起きた地域では、壊れ
た家は無かった。
【会場発言】
結局、震度というのは一つの目安に過ぎず、そ
齋藤 これまでの議論を踏まえ、会場の方々から
の場所で被害が出るかどうか、ということと直接
ご意見等あればお願いしたい。
は結びつかない。
(多数の会場発言があったが、紙幅の関係上、一
部のみを紹介する。
)
齋藤 今回のアピール案で、宅地被害の救済・責
任追及の強化のために、責任追及期間を50年にす
一般参加者
地盤調査の時期について、実施設計
をしてから念のため地盤調査をする、
という手順の説明をしている工務店が
多い。この点は欠陥建築を招く原因で
はないかと思う。
一般参加者
国が援助すると言っているのは、地
盤の「復旧」だけで、地盤の「改良」
については認められず、この点は法の
不備だと思う。
(36)
るという提案をしているが、この点について、松
想・まとめの発言をお願いしたい。
本先生のご意見をお伺いしたい。
片瀬 阪神大震災のときには、セカンドオピニオ
松本教授
ン的なアドバイスをしてくれる街作りコンサルタ
問題となる点として、起算点の問題がある。こ
ントの方々に非常に助けていただいた。また、住
れは、今の現行法の解釈にも関わってくる。平成
民の方々の「まずは自分の土地は自分で守る」と
16年の最高裁判決では、健康的被害の場合、「損
いう考えがあった。これらの連帯があって、復興
害の全部が発生した時から」起算するという基準
ができたのではないかと思っている。
を持ち出した。この点は、財産的被害にも適用さ
藤島 私の考えは、これまで述べてきたとおり
れるのか、という論点があるが、個人的には、地
「性悪説」である。業者の中にはかなり利益中心
盤の瑕疵のように財産的な被害が発生した場合に
で考える業者がいるので、やはり法的に技術基準
もこの理屈は使えるのではないかと思う。
を法整化すべきである。
その意味では、「被害が明らかになってからの
そして、地盤を調査することをきちんと法律で
権利行使が可能である」という点に配慮した書き
義務づけるべきと思う。
方にすべきではないかと思う。
吉岡 欠陥住宅全国ネットでは、初めてこういう
テーマを取り上げた。引き続き、今日の第一歩を
【まとめ】
踏まえて、次の議論を続けていければいいと思
齋藤 最後に、今日のパネリストの方々から感
う。
「勝つための準備書面」づくり
〜建築論点表検討の進捗と今後の方針〜
報告者 平 泉 憲 一(関西ネット)
前回大会(神戸大会)において、勝つための準
備書面づくりの一環として、建築紛争における主
要な論点及びその内容等について簡潔にまとめた
もの(建築論点表+建築紛争論点解説)をご提示
しました。その後、これらの論点についての記述
についてご指摘いただいた点もありますが、これ
をもって実際の訴訟の準備書面とするにはまだま
だ質量共に不十分です。
そこで、今後は、同表をたたき台として、全国ネットの皆様で議論し準備書面ないし文献等と
してまとめていくことができれば意味のあることと考えております。
具体的には、今後の事務局会議等を通じて、検討担当者ないし担当ネットをお願いし、より充
実した成果物にしていただければと考えております。私ないし事務局からご担当をお願いした場
合には、ぜひご協力をいただけるようお願いいたします。
(37)
勝つための鑑定書
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〜換気と結露と室内外空気質〜
建築士 高 塚 博 志(東京)
昨年の仙台大会で、結露とカビについて講演させていただきました。
今回は、その要約と室内空気質を追加させていただきます。
今年が、東北復興の年になることを願っております。
住宅の内部で
1.換気と結露とカビの遠そうで近い話?
住み着きやすい
結露防止は換気で、結露がなければカビも抑え
高温・多湿の場
られる?本当でしょうか?
所はどこかとい
結露は、空気中の水分が冷たいものに接したと
うと当然に浴室
きに発生します。冷たいものを建築の面から捉え
となります。よ
ると、夏季に建築を構成するもので冷たくなるも
って戸建て住宅
のはありません。
より外部に開口
よって自然の状態では、夏季では壁・天井・床
部を持ちにくいマンションの浴室は、カビにとっ
はもちろんガラスにも結露はおきません。
て一番に都合の良い生育場所となります。
(ただし、冷房吹き出し気流が直接当たる部分に
冬季はどうでしょうか。低温・低湿のためカビ
夏季の高温多湿の空気がふれた場合は、当然のこ
は活発な運動を控え動物の冬眠のような状態にな
とながら結露します。
)
り、土壌等から胞子・菌糸を飛ばすことも少なく
冬季を考えると、外気温が下がっていくと外
なります。
壁・屋根・ガラスとも外周部から冷えていきま
夏季は空気中にカビの胞子が舞っている、でも
す。室内の空気状態によって、壁・天井・床・ガ
浴室を除いて結露はおきない。
ラスの表面温度が、その室内空気の露点温度にな
(浴室は結露というより、内壁面の水分が蒸発し
ったときに結露が始まります。
にくい状態となり結果的に結露状態)
ガラス面の熱通過率が高い、これは熱を通しや
冬季は空気中にカビの胞子は舞っていない、で
すいということなので他の仕上げ材の表面温度よ
も室内面は結露しやすい状態にある。
り低くなり、最初に結露がはじまります。
ここで、結露のおきない夏にカビが多いし、換
まだまだ、遠そうでも近い話でもないですね。
気によって外気が入ることはカビの生成につなが
それでは、自然界におけるカビの生育状況を考
ります。よって換気と結露とカビはとりあえず遠
えてみます。
い話となります。
夏季はとりあえず、土壌内等から活発に胞子・
それでは近い話?ですが、そちらは次項からを
菌糸を空気中に放出します。その胞子等が住み着
参照ください。
きやすい場所を見つけるというより、住み着きや
すい所に定着したところから繁殖が始まるといっ
たほうがよいかもしれません。
2.住居におけるカビの発生状況
住居におけるカビの発生は、前述のように高
(38)
温・多湿の夏季に多く見られます。ただし、剛
活動温度の次に活動湿度とすれば、活動湿度は台
性・省エネ・部材進化等により現在の住宅は高気
所の水蒸気(一時的)や室内空気への加湿が考え
密・高断熱となり、台所・浴室使用・室内暖房機
られます。その水分が建材に伝わりカビを発生さ
の使用によって室内蒸気が高まり、冬季でもカビ
せると思われます。当然ながら、結露している部
が生息しやすい室内環境となってます。
分や浴室ではカビにとって良環境といえます。
文献によっては、中間期でもカビの頻出する度
ただし冬季は換気やすきま風等で、乾いた(水
合が多いと報告されてます。
分のないという意味)空気の流入がたえずあるの
なかでも、相対湿度の高まりでカビの成育に影
で、一時的に建材についた水分が蒸発をうながさ
響が出るという文献は注目すべきものと思われま
れるという状態も続き、壁等にカビはつきにくい
す。
(空調・衛生工学69巻7号より)
と考察できます。
浴室は当然に比較的高温・多湿で、相対湿度は
100%近くになります。
話を進めて、冬季の一般的な室内空気状態の時
壁面・床面についた水滴は蒸発しようにも回り
に外気温が何度になると結露するか計算してみま
の空気の相対湿度が高いため蒸発できず、よって
す。室内の空気条件は、22℃・50%(相対湿度)
多湿状態が続く状態になります。カビにとっては
と想定します。
良環境です。
空気線図上より、その空気の露点温度は10℃に
空気は、乾き空気と水蒸気によって構成されま
なります。
す。ある空気があり、もう水分を含めない状態を
内表面熱伝達率を8.3W / u・Kとすると、3m
飽和空気と呼びます。ある飽和空気の水蒸気圧に
mの単層ガラスの場合は外気温4.4℃で計算上のガ
比較して、ある空気の持ってる水蒸気圧が何%に
ラス内表面温度が10℃になります。(単層ガラス
あたるのかをもって相対湿度としています。
3mmの熱通過率は、6.5W / u・K)
よって、飽和空気においては乾球温度と湿球温
つぎに複層ガラス3mm+3mm(空間5mm)
度及び露点温度は同温度となります。
の場合を考えてみます。(複層ガラス3mm+ 3m
相対湿度とカビの関連ですが、北面の部屋の押
m(空間5mm)の熱通過率は、3.5W / u・K)
入れ内とかタンスの後にカビが見られるのは、た
室内空気の露点温度は、おなじく10℃になります。
とえ結露がない時期でも相対湿度の高まりでカビ
内表面熱伝達率8.3W / u・Kは同じですが、
が生育できると説明できます。
複層にしたことにより、全体の熱通過率が小さく
結露でカビが発生するというよりも、空気中の
なるので、外気温がより下がらないと露点温度に
水蒸気圧が高いということが、建材等に水分を供
なりません。計算上では、マイナス5.8℃におい
給し、それがカビの生育に重要な役目をしている
てガラス内表面温度が10℃になります。
と考えることも可能です。
しかし、関東地区では外気温が0℃以下になれ
ここで、結露(飽和空気)とカビが近い関係の
ば複層ガラスでも、ガラス室内表面に結露が発生
話となりました。
します。
冬季においての検討ですが、当然のことですが
これは、サッシ枠からの熱の放熱(ヒートブリ
カビは夏季より少ない状態になります。
ッジ)が原因と思われます。
これは換気を行うことによって、乾いた空気の
サッシ枠に近いところから結露がはじまると思
室内への流入により室内相対湿度が低下して建材
われますが、今後の検討も必要です。
表面も比較的乾いた状態になり、カビの生育を許
当然に、加湿をおこなう家庭・ガス暖房する家
さない状況になったと説明できます。
庭・その他水蒸気を発生しやすい家庭・換気が十
現在の住宅の冬季の使用状況は、当然に暖房し
分でない家庭等ではそれぞれに露点温度があがる
ているのでカビにとっては活動温度といえます。
ので、一概には言えません。
(39)
の空気は1立方メートルあたり、およそ0.1mg
3.室内外空気質
の粉塵を含んでいるので、導入する際は適切なフ
カビを防ぐ手立ての一助として、かつシックハ
ィルターを通す事。適切なフィルターとは、浮遊
ウス対策だけでは良好な室内空気質を得られない
粉塵(中位径2.1ミクロン)を補足できるフィル
ことを、室内外空気質の点から述べます。
ターである。比色法のフィルターとします(花粉
都市生活者にとって、建物外空気汚染源として
は10ミクロン)。
工場及び車の排気ガスがあげられます。
ただし、排気のみにより室内を負圧にして給気
近年は、花粉症に代表される植物によるアレル
する場合、フィルターを通さないすきま風が入る
ギーも顕在化しています。
可能性が大きいので、室内を負圧にしない給気フ
室内空気汚染としてアレルゲン・ホルムアルデ
ァンの採用が望ましく、よって室内正圧が確保さ
ヒド・浮遊粉塵によるアトピー等も社会問題化し
れやすい全熱交換タイプが推奨されます。(マン
てきています。これは社会構造の変化に対応し
ションは設計から折り込まないと無理です)
て、従来の風通しのよい住環境から、風通しの悪
ある程度きれいな外気が導入できたら、室内を
い住環境への転換によって起きてきました。
循環する空気(主にエアコン)のフィルターも高
建築基準法では2003年より、室内空気汚染源
性能化を計り、室内発生浮遊粉塵の除去を計れば
(主に建材中の化学物質)の室内拡散による人体
一定の室内空気質が保たれます。(DOPフィル
への影響を低減するため、常時換気が義務付けら
ターは1ミクロン対応)
れました。
台所を有する住宅・マンションについては、台
換気量は換気回数で定め、住宅・事務所・学校
所のレンジ扇を使用する場合の外気による空気汚
等の種別により、かつ内装の使用建材により0.3
染はやむを得ないという考え方もありますが、レ
回/H、0.5回/H、0.7回/Hと規定されました。
ンジ扇の静圧が高く、かつ風量が多いので外気取
しかし、換気しているだけでは良い室内空気環
入フィルターの目詰まりも早くなり、かつすきま
境を維持できないのが実状です。
風による外気汚染も大きいので、レンジ扇は強制
一定規模以上の建物は適性外気(外気粉塵を除
同時給排型(排気ファンと給気ファン併設)が望
去した)及び適性室内空気(高性能フィルターに
ましい。(台所のみで換気を行なえるため)
より循環された空気)をビル管理法により義務付
最低基準でも、台所に単独給気は必要です。
けられていますが、ビル管理法のかからない建物
外気にはカビの原因になる胞子が含まれていま
及び住居(特に気密性の高いマンション)は室内
す。上記のような対応を行ってもカビの流入は避
空気の状況に対してお手上げの状況です。
けられませんが、カビは高温・多湿(特に浴室)
かつ、人体より1時間あたり10mgの粉塵が発
を好むのでマンションなどの場合常時少量換気を
生します。またタバコは、煙以外でもより大きい
行う等の対策が必要となります。(菌糸は、人体
影響を室内空気に与えます。
からの剥離物でも成長するようです)
こうした中で、より良い室内環境を維持するた
尚、北側や妻側の壁と空気の流入しにくい壁
めには、以下の点が重要です。
は、カビの成育の高温多湿条件になりやすいの
まず人体に必要な外気(1時間に1人につき20
で、家具等の配置は避けた方がベターです。
立方メートル)の導入についていえば、室外より
(40)

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勝訴判決・和解の報告
[₁] 防火規制違反につき損害賠償を認めた事例
京都地方裁判所 平成23年7月29日判決
弁護士 神 崎 哲(京都)
整理番号 − 報告日:平成23年11月27日 仙台大会
弁 神 崎 哲
報告者:○
Ⅰ 事件の表示(通称事件名: )
判
決
日
京都地方裁判所 平成23年7月29日
事 件 番 号 平成21年(ワ)第2305号 損害賠償請求事件
裁
判
官 古岡真一
代
理
人 神崎 哲、江藤祥子、古川美和
担当建築士 井上高志
Ⅱ 事案の概要
建物概要 所 在 京都市北区
構 造 木造(在来軸組工法)3階建
規 模 敷地56.39㎡、延面積96.20㎡
備 考
入手経緯 契 約 平成15年9月14日 売買契約
引 渡 平成15年10月16日
代 金 建物 万円、土地 万円、合計3400万円
備 考 売主と建設業者は同一法人。
相談(不具合現象) 準防火地域の木三の防火規制違反(網入りガラスでない)
Ⅲ 主張と判決の結果(○:認定 ×:否定 △:判断せず)
争
点 ① 欠陥ないし責任の有無:契約時の説明(承諾)の有無→×
(相手方の反論も) ② 補修方法:FIX窓規制は開閉不能で足りるか→×
内外壁の全面取替の要否→×
欠
損害
(万円)
陥 ① 延焼の虞のある外壁開口部の防火戸違反(法64)、防火戸違反(法62、令136
−2)→○
② 床直下、屋根直下の天井構造の違反(法62、令136−2)
③ 換気扇の違反(令112⑯)→○
合 計
Ⓐ代 金
Ⓑ修 補 費 用
339/628 (認容額/請求額)
/
239(開口部(壁は一部)200+天井35+換気扇4)/371
(41)
Ⓒ転 居 費 用
0 / 40
Ⓓ仮 住 賃 料
0 / 20
Ⓔ 慰 謝 料
30 / 100
Ⓕ 調査鑑定費
40 / 40
Ⓖ弁護士費用
30 / 57
Ⓗそ の 他
/ 責任 ① 売 主 売主の瑕疵担保責任→△、売主の説明義務違反による債務不履行→△・不法行為
主体
→○、不法行為責任(建設業法 25-25 違反)→△
と ②施 行 業 者
法律
構成 ③ 建 築 士 不法行為責任(監理義務違反)→○
④ そ の 他 仲介業者:説明義務違反による債務不履行責任→△・不法行為責任
Ⅳ コメント
1 判決分析(意義・射程・問題点等)
⑴ 準防火地域の木三に関する建築基準法令の防
火規制違反について欠陥を認め(通常有すべき
性能の欠如として民570条の「瑕疵」も認定)、
売主(施工業者)
・建築士・仲介業者に共同不
法行為を認めた。
なお、契約責任でなく不法行為責任で認定し
たのは、慰謝料・弁護士費用を認定する関係
か、理由がよくわからないところである。
たと主張しているのであり、そうだとすると、
⑵ 説明義務違反に関して
契約当時に開口部の法令違反を説明したかに
(仲介業者)としては、建築確認証と異なる部
ついて、
「
(売主担当者や仲介業者担当者が)透
分がどこであるか等について(施工業者)から
明ガラスが入っていることやトイレが開閉でき
聞いた上、そのことを原告に説明する義務があ
る窓になっていることを説明したことは認めら
ったというべきである(建築確認証と異なる部
れる」としつつも、
「これらが建築基準法に違
分があることを聞いていたが、具体的箇所は知
反していることや検査済証が発行できないこと
らなかったから、原告に説明する義務はなかっ
を説明したこと…は…認めるに足りる証拠はな
たなどといえないことは明らかである。)」と一
い」と認定した。
蹴した。
そして、原告が契約当時、建託会社に勤務し
⑶ 補修方法に関して
ていた事実に関し、被告らが《原告には建築知
被告らが《引き違い窓やルーバー窓は開閉で
識があった》旨主張した点については、「これ
きないよう固定すればよい(L型アングルで固
を認めるに足りる証拠はない」と否定した。
定可能)》と主張した点について、建築指導課
また、《仲介業者は瑕疵の調査義務までは負
担当者の消極意見を建築士の聴取報告書(甲
20)で提出したところ、「このような補修方法
わない》旨の反論について、「
(仲介業者)は、
で防火基準を充たすかどうかについては、…甲
(施工業者)から…網入りガラスでなければな
らないところ透明ガラスとなっていること及び
20にかんがみれば疑問である」と認定した。
建築確認証と異なる部分のあることは聞いてい
もっとも、窓の取替の方法に関して内外壁の
(42)
部分補修では、防水処理上漏水の危険があるこ
答。そこで、文書提出命令申立をして、ようや
と、外観上補修部分が不細工であることを指摘
く確認ができた。
して全面補修を求めていたが、「上記危険性の
⑵ 説明義務違反の点については、代理人3名と
程度については証拠上明らかでない」、「外観上
いう利点を生かし、きめ細かく当方主張事実の
の状態については、本件建物が築5年以上経過
立証と、相手方主張の変遷・矛盾を突いた。判
していることにかんがみれば、その外観上特に
決は、当方主張どおりの事実認定ではなかった
配慮しなければならない必要性までは認められ
ものの、実質的な説明がなかったことは獲得で
ない」と否定し、何らの根拠も示さずに「補修
きた。
費用は200万円が相当である」と断定した点は
⑶ 補修に関する技術論は、とにかく井上建築士
問題と言わざるを得ない。
に徹底的に反論してもらった点が非常に功を奏
した。
2 主張・立証上の工夫
⑴ 木造で設計図書と建物現況が異なり、構造欠
3 所 感
陥の存在が危惧されたため、建築確認申請図書
双方控訴で、《部分補修は漏水の危険性がある》
一式を確認する必要性があったので、確認検査
との立証および相手方に対する反論に注力してい
機関に対する文書送付嘱託申立をしたが、「個
る。
人情報にかかる情報開示はできない」と拒否回
[2] 伏見マンション事件
京都地方裁判所 平成23年10月20日判決
弁護士 神 崎 哲(京都)
整理番号 − 報告日:平成23年11月27日 仙台大会
弁 神 崎 哲
報告者:○
Ⅰ 事件の表示(通称事件名:伏見マンション事件)
判
決
日
京都地方裁判所 平成23年10月20日
事 件 番 号 平成19年(ワ)第891号 損害賠償請求事件
裁
判
官 瀧華聡之、梶山太郎、高橋正典(京都地裁第3民事部)
代
理
人 木内哲郎、神崎 哲
担当建築士 藤津易生、池田忠安基
Ⅱ 事案の概要
建物概要 所 在 京都市伏見区小栗栖
構 造 RC造7階建
規 模 敷地 ㎡、延面積2525.35㎡
備 考 総戸数35戸の分譲マンション
(43)
入手経緯 契 約 平成9年5月∼9月 新築分譲(売買契約) 引 渡 平成9年5月∼10月
代 金 不 詳
備 考 売主は施行業者と同一。
相談(不具合現象) 外壁クラック、雨漏れ、外構土間の沈下等
Ⅲ 主張と判決の結果(○:認定 ×:否定 △:判断せず)
争
点 ア 瑕疵担保責任の権利行使期間経過主張が信義則違反か →×
(相手方の反論も) イ 修補請求による瑕疵担保責任保存の有無 →×
ウ 悪意による瑕疵担保免責排除(民 572)の有無 →×
エ 権利行使期間経過後の新たな瑕疵修補契約の成否 →×
オ 「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」の存否 →○
① 安全性瑕疵の解釈×、② 侵害される 「財産」 の解釈△、
③ 安全性瑕疵の存否
欠
損害
(万円)
陥 ア 建物内外のコンクリート・クラック →○ 1545 / 5565(認容額/請求額)
イ 北側擁壁の施工不良 →○ 928 / 928
ウ 外構土間の沈下、西側擁壁のズレ →×
0 / 840
エ エキスパンション・ジョイントの施工ミス→○ 369 / 369
オ 7階共用廊下における防水工事の未施工 →○ 296 / 296
カ 消防用避難通路の支持ボルトの径不一致 →×
0 / 28
0 / 433
キ 屋上の勾配の不良 →×
合 計
Ⓐ代 金
Ⓑ修 補 費 用
3953 / 10353 (認容額/請求額)
/
3138 / 8460(設計監理料含む)
Ⓒ転 居 費 用
0 / 96
Ⓓ仮 住 賃 料
0 / 75(仮住まい補償50+駐車料・駐輪場料金25)
Ⓔ 慰 謝 料
0 / 350
Ⓕ 調査鑑定費
455 / 552(提訴時275+結審前拡張277)
Ⓖ弁護士費用
360 / Ⓗそ の 他
/ 916
責任 ① 売 主 売主の瑕疵担保責任→×
主体
不法行為責任→○
と ②施 行 業 者
法律
構成 ③ 建 築 士 不法行為責任→○
④ そ の 他 売主(施工業者)の代表者の責任(会社法429Ⅰ)→×
口頭弁論終結(H23.7.14)の直後に出た別府
Ⅳ コメント
マンション事件最判H23.7.21判決が、本判決に
直結した。
1 判決分析(意義・射程・問題点等)
⑴ 本件は品確法適用前に売買契約がなされた新
良くも悪くも、下級審における「建物として
築分譲マンションのクラック等の欠陥に関する
の基本的な安全性を損なう瑕疵」(以下「安全
訴訟で、裁判所の従前の訴訟指揮から、瑕疵担
性瑕疵」)の適用例が見られるので、不法行為
保責任が否定されて不法行為責任が主戦場にな
構成事件を検討する際の「傾向と対策」として
ると予想された。
活用して頂きたい。
(44)
⑵ 売主の瑕疵担保責任に関する主張をことごと
者又は担当者)が、本件売買契約締結の際、
く排斥した裁判所の姿勢は、確信犯的とすらい
…瑕疵の存在を知っていた事実を認めること
える。
はできない」と不当な認定。
ア 瑕疵担保責任を引渡日から2年間とする契
エ 権利行使期間経過後の新たな瑕疵修補契約
約書記載につき、《軽微な瑕疵に限定解釈す
についても、「区分所有者が…クレームを述
べき》旨主張したが、判決は、当該主張につ
べ、被告が…管理組合に対し、点検補修工事
き何ら判断を示さず、請求権行使の除斥期間
の不手際を謝罪し、残存工事の終了を誓約し
の規定と不当な認定。
たり、…建物現況・劣化の調査費用を負担し
当方は、引渡当初からの事実関係を立証
た事実は認められるものの、それらの事実か
し、
《期間経過の主張は信義則に反する》旨
らは、被告が…いかなる瑕疵について、いか
主張したが、判決は、1年点検・2年点検時
なる内容の補修工事を、いかなる趣旨…で行
に区分所有者からクラック、雨漏れ等のクレ
うかは何ら明らかとはならず…瑕疵修補に関
ームがあり、売主が点検・補修を約束した事
する契約が黙示的に成立したものと評価する
実を認定しておきながらも、「クレーム対応
ことはできない」と不当な認定。
や点検補修工事の実施及びその継続の意思表
⑶ 「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」
示が…瑕疵担保責任の存在を前提としたもの
の解釈については、被告が主張する以前から、
と認めるに足りる証拠はなく(なお、民法
別府マンション事件差戻審判決のような見解を
上、売買契約における瑕疵担保責任の内容と
示す裁判所と大論争になった。判決では、平成
して、瑕疵の修補は含まれていない)、かえ
23年最判の規範の表現をそのまま引用して説示
って…担当者…が工事…代金額の見積書を送
し、それ以外については次のような判断を示し
付した際、…負担できる金額は工事費の1割
た。
である旨通知したことからすれば…」等とし
「原告は…「建物としての基本的な安全性」
て、
「期間経過の主張が信義則に反するとは
について、建物が建築基準法令や標準的技術基
いえない」と不当な認定。
準を遵守し、かつ、社会通念・取引通念上、建
イ 「権利行使期間…までに…区分所有者が、
物として通常有すべき品質・性能を備えること
担当者立会の下、各部屋の不具合について打
をいい、建築基準法令、標準的技術基準を遵守
ち合わせたことは認められるものの、これを
していなかったり、社会通念・取引通念に照ら
越えて、瑕疵に基づく損害賠償請求をする旨
し建物として通常有すべき品質・性能を欠如し
を表明したり、請求する損害額の算定の根拠
ている建物は、建物としての基本的な安全性を
を示すなどして、…担保責任を問う意思を明
損なう瑕疵を有する旨主張する。
確に告げたりした事実は…認めるに足りる証
しかしながら、…建物としての基本的な安全
拠がなく、…瑕疵担保責任が…保存されたと
性が、建築基準法令や標準的技術基準に違反す
いうことはできない」と不当な認定。
ることにより直ちに損なわれると解することは
ウ また、
《施工業者でもある売主は、明らか
できず、また、建物が社会通念・取引通念上通
な手抜きである本件欠陥につき悪意又は少な
常有すべき品質・性能を備えていることは、取
くとも(悪意と同視すべき)重過失があるか
引の客体について瑕疵の有無を判別する基準と
ら民法572条により免責されない》旨主張し
なり得ることは格別、不法行為における違法性
たが、判決は「瑕疵の存在について善意であ
の根拠としての建物としての基本的な安全性を
った場合には、知らなかったことに重過失が
基礎付けるものとはいえない。」
あるとしても…期間の経過により瑕疵担保責
⑷ 「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」
任を免れる」とし、「被告(具体的には代表
(45)
のあてはめ
ア 建物内外のコンクリート・クラック
構造耐力不足等構造的問題に起因するもので
前提として、「上記⑴イにおいて説示した
はないから、「建物としての基本的な安全性
観点(注・平成23年最判の規範そのもの)か
を損なう瑕疵」に当たらない旨主張する。一
らは、「建物としての基本的な安全性を損な
般に、コンクリートの経年劣化として考え得
う瑕疵」としてのクラックは、…建築物の耐
るのが…中性化であることから、その発生は
力あるいは耐久性を低下させたり、漏水現象
耐用年数経過後に生ずるのが自然である(甲
を引き起こすものに限定される」と判示。
45)ところ…本件…クラックは、コンクリート
その上で、外壁クラックについて、「クラ
のクラック補修の耐用年数(これは当初打設
ックの幅が0.2以上である場合には、現に漏
したコンクリートの耐用年数と同視できる。)
水が生じていなくとも、それらを放置するこ
である10~15年を経過する前に発生したもの
とにより、漏水により建物の利用者の健康や
であるから、経年変化として発生したものと
財産が損なわれる危険があるというべきであ
いうことはでき(ない)」と当方の主張・立
り、それらのクラックは、
「建物としての基
証どおりの認定がなされた。
本的な安全性を損なう瑕疵」に当たるという
また、損害額認定においては、以上の基準
べきである。また、0.2未満のクラックであ
に沿って当方が主張したクラックを全て検討
っても、当該クラックが、エフロレッセン
し、「外壁部分のクラック317か所のうち312
ス、塗膜の浮き、錆汁の流出等を伴っている
箇所(98%)及び建物内部のクラック430か
場合には、当該部分の中性化や鉄筋の腐食の
所 の う ち49か 所(11%) が、 被 告 … の 不 法
事実を推認することができ、それらのクラッ
行為により生じた瑕疵といえる」と認定し、
クは、建物の耐力・耐久性を低下させるもの
これに基づき、㈰直接仮設費588万+㈪外壁
として、「建物としての基本的な安全性を損
補修工事費624万×98%+㈫内壁補修工事費
なう瑕疵」に当たるというべきである」と判
1195万×11%+共通仮設費140万=1471万円
断。
(税抜)を認容(請求額は5300万円)。
他方、内部のクラックについては、「建物
イ 北側擁壁の施工不良
内部のクラックは、外壁部分のクラックと異
本件マンションは、北が高く南が低い傾斜
なり、風雨にさらされるわけではないことか
地に階段状に建築されており、北の山手側に
ら、雨水の浸入によるコンクリートの劣化の
はドライエリアが設けられているところ、そ
おそれは低いといえ、クラックの幅が大きい
の山手の土留め擁壁(建物の一部を構成)の
ことのみから直ちにそれが…建築物の耐力あ
施工に配筋ミスがある(過大かぶり、鉄筋量
るいは耐久性を低下させたり、漏水現象を引
不足)という構造欠陥の問題である。
き起こすということはできないが、当該クラ
判決では、「上記…のとおり、北側擁壁は、
ックがエフロレッセンス、塗膜の浮き、錆汁
少なくとも2点において構造耐力上の問題を
の流出等を伴っている場合には、当該部分の
有しているといえるところ、…各所にクラッ
中性化や鉄筋の腐食の事実を推認することが
クやエフロレッセンスが生じていることも併
でき、それらのクラックは、建物の耐力・耐
せ考えれば、上記の構造耐力上の問題は、こ
久性を低下させるものとして、「建物として
れを放置した場合には、土留め壁の倒壊等に
の基本的な安全性を損なう瑕疵」に当たると
より、居住者等の生命、身体又は財産に対す
いうべきである」と判断。
る危険が現実化する状態であるといわざるを
被告の経年劣化による旨の反論に対して
は、
「被告らは、本件…クラックは、コンク
リートの経年変化により生じたものであり、
(46)
得ない」として安全性瑕疵を認定。
なお、被告が《必要鉄筋量が11%不足し
ているとしても、安全率は1.5から1.335まで
しか低下しない》旨反論した点については、
イント金物が両棟ともに固定されているとい
「安全率は、一般に、建築行為に伴って発生
う欠陥施工に関して、判決では「これを放置
する各種の誤差を前提としても、なお安全性
した場合には、…ジョイント金物は、軽度の
を確保できるようにするための数値であると
地震によっても建物の振動により破損するこ
ころ、…当該側壁にはクラックやエフロレッ
とが予想され(る)」として、安全性瑕疵を
センスが生じていること、土留め壁の倒壊等
認定。
により、居住者等の生命、身体又は財産に対
して生ずる危険の程度が大きいことも考慮す
ると、上記安全率を下回っている場合には、
オ 7階北側共用廊下における防水工事の未施
工
当該廊下に溜まった雨水がクラックから階
上記各種の誤差の存在と相俟って、耐力の不
下の居室玄関に漏水した事故が発生し、被告
足から破壊や崩壊が生ずる危険性を軽視する
会社がクラック表面補修と雨降り込み防止の
ことはできず、上記被告らの主張を根拠には
アルミ屋根設置という応急補修をした事実経
採用できない」と排斥。
過がある。
ウ 外構土間の沈下、西側擁壁のズレ
判決では、「防水工事が、その施工箇所に
平成15年12月に調査がなされ、その際、①
よって程度を異にする合理的な理由はないこ
西側擁壁に幅10程度のクラック、②同擁壁の
とからすれば、結局、上記の防水工事によっ
接合部で57程度のズレ、③西側擁壁と受水槽
ては、雨水等の階下への流出を防止すること
基礎の取合に45程度の隙間、④受水槽の下部
はできず、これを放置すると階下への漏水を
地盤(西側擁壁と建物の間の地盤で、擁壁設
生じ、カビ等による健康被害や家財道具など
置のために掘削後埋め戻された地盤)に47
の腐敗など、階下の居住者等の身体又は財産
程度の沈下等が確認され、⑤の補修(水平回
に対する危険が現実化するというべきであ
復)のため、平成17年8月1日にグラウト注
る」として、安全性瑕疵を認定。
入工事が施工された経緯がある。
カ 消防用避難通路の支持アンカーボルトの径
当方は、沈下・ズレが進行すれば擁壁倒壊
不一致
「4つの支持ボルトのうち、2つずつ2種
等の危険性もあると主張。
判決では、「平成15年12月時点で…外構土
類の径の支持ボルトが用いられていた場合
間の沈下並びに西側擁壁のクラック及びズレ
に、それが統一されていた場合と比べて許容
が存在したものの、それらは、平成17年8月
せん断力が低下すると認めるに足りる証拠は
以降進行していないから、これらを放置した
な(い)」として、安全性瑕疵を否定。
場合に、居住者等の生命、身体又は財産に対
キ 屋上の勾配の不良
する危険が現実化するということはできな
「屋上の勾配状況は…ドレイン位置から離
れた部分が低くなっている箇所があり、雨水
い」として安全性瑕疵を否定。
平成21年福岡高判の「現実的危険性論」は
がドレインにスムーズに流入せず水溜まりが
平成23年最判で否定されたが、代わりに登場
できやすい構造となっている。もっとも、上
したのが、
「潜在的危険性論」を曲解した「危
記の水溜まりのできやすい構造は部分的なも
険が現実化しない論」で、
「現実的危険性論」
のにすぎない上、部分的にできた水溜まりで
の亡霊的残滓とでも呼ぶべき同根の発想が見
あれば、それが屋上に存在することから、日
て取れる。
光による蒸発・乾燥を通じて、一定期間経過
エ エキスパンション・ジョイントの施工ミス
後には消失するものといえる。また、上記の
マンションの南棟と北棟との接続部施工に
ような部分的に水溜まりができやすい構造が
おいて、目隠し板とエキスパンション・ジョ
直ちに屋上の防水機能を低下させると認める
(47)
に足りる証拠も存在しない」として、安全性
の点についてはこれ以上判断しない」と判示
瑕疵を否定。
し、議論を避けた乃至すり替えた感がある。
この点は、正に安全性瑕疵における安全性
実は、この点は、安全性瑕疵の「安全性」の
を、
《建物が通常有すべき品質》よりも狭く
解釈に影響を与える根本的な問題を含んだ論点
捉えた結果、導かれた結論であり、建築界の
である。すなわち、建物取得者(所有者)の関
常識や社会通念上の建物のあり様からすれ
係では、瑕疵があれば修補費用や財産価値下落
ば、極めて異常である。
等の財産的不利益が発生して財産侵害が認めら
れる以上、補修を要するような品質・性能の欠
⑸ 「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」
如があれば、安全性瑕疵による不法行為が成立
により侵害される「財産」の解釈
することになる。とすれば、ここでの「安全性」
平成19年最判の表現があたかもPL法のごと
く拡大損害発生を成立要件としたように見えた
は、社会通念上、建物に要求される品質全般を
ことから、そのような穿った見方から生じた論
指すことになる、という論理も十分に成り立ち
点で、
(被告が主張していないのに)裁判所か
うる。
ら「財産に建物自体が含まれるのか」という形
なお、所有者以外の居住者等の関係では、か
で問題提起(この問題の立て方自体がそもそも
かる瑕疵があっても、瑕疵に起因する生命・身
おかしいのだが…)
。
体・財産の侵害による損害(瑕疵結果損害)の
発生で絞れるから、不法行為の成立が広汎に失
これを受けて被告は《平成19年最判の文理と
することはない。
して「建物は、居住者等の生命、身体又は財産
を危険にさらすことがないような安全性…」と
ただ、この論理を突き詰めていくと、所有者
言っている以上、
「財産」に主語の「建物」が
とそれ以外で瑕疵が相対化するのではないかと
含まれるとは読めない》
、《補修を要する瑕疵が
いう疑問も生じるが、それは平成19年最判が、
存在するだけで不法行為が成立してしまい、広
不法行為責任について法的に成立要件とされて
汎に失する》と主張。
いない安全性瑕疵という概念を持ちだし、か
当方は、《平成19年最判の規範は、所有者に
つ、居住者等という広範囲な法益主体を持ち出
関する瑕疵損害とそれ以外の者に関する瑕疵結
したために招いた結果であり、要件事実的にシ
果損害とに区分すべきで、居住者等のうち所有
ンプルに考えれば、事案毎に、当該請求者(被
者には、建物に瑕疵が存すれば、それだけで直
害者)との関係において、その者の生命・身
ちに、少なくとも瑕疵修補に費用を要するとか
体・財産が危険にさらされる事態が生じている
建物の価値が低下するなどといった財産的不利
か否かを検討すれば足りることである。
益が発生している以上、財産が侵害されたとい
2 主張・立証上の工夫
える》と主張。
⑴ まずもって、複数弁護士受任が非常に意義深
判決は、安全性瑕疵のあてはめの後に当該問
題に触れ、
「「建物としての基本的な安全性を損
いと実感できた事件。
⑵ 区分所有マンション特有の問題
なう瑕疵」により侵害される財産にその建物自
ア 管理組合における意思形成のため、管理会
体が含まれるかどうかについては、原告と被告
社と連携して住民説明会を開催したり、理事
らとの間で見解の相違があるが、仮にこの点を
会や総会に出席したり、そのための議案書・
積極に解するとしても、本件において、上記ア、
議決書を作成するというような業務があっ
ウ、カ、キで「建物としての基本的な安全性を
た。
損なう瑕疵」に当たらないとされた点が、それ
イ 管理組合が法人でないマンションにおい
自体を侵害の対象としてみたときに保護される
て、原告適格・損害算定(共用部分に関する
価値のある財産であるとはいえないから、上記
請求権は、区分所有者に可分債権として帰
(48)
属)等で問題を生じさせないように、区分所
提出を求めたが、被告側は提出せず、現況につ
有者全員(35戸)から委任状を取り付けたう
いて構造検討書を提出してきただけであるた
え、区分所有法26条2項・4項に基づき理事長
め、その矛盾点・不合理性を徹底的に指摘した
を原告として訴訟提起(任意的訴訟担当ない
意見書を数次に亘り提出し、審理後半のメイン
し訴訟信託。但し、訴状には、別紙で「区分
争点となった。
所有者一覧表」を添付)
。
⑷ 瑕疵担保責任をめぐる事実関係の立証も、以
前の管理会社に記録が残されていなかったもの
区分所有法第 26 条
の、交渉途中から変わった管理会社の記録や、
2項 管理者は、その職務に関し、区分所有者を
同社の協力のもと区分所有者に不具合アンケー
代理する。…共用部分等について生じた損害賠
トを採ったり、1・2年目点検時のやりとり文
償金…の請求及び受領についても、同様とする。
書が残っていたものをかき集めたり、被告会社
4項 管理者は、規約又は集会の決議により、そ
を退職した担当部長から聴き取りを行う等、考
の職務に関し、区分所有者のために、原告ま
えられることは片端から行っていったと思う。
たは被告となることができる。
判決も、法的判断では確信犯的に瑕疵担保責
ウ 欠陥論・立証責任の範囲からは瑕疵担保構
任を否定したものの、肯定要素となりうる事実
成が有利、期間制限の問題・損害の範囲から
関係自体は認定せざるを得なかったものであ
は不法行為構成が有利とみて、選択的に両請
り、その限りでは、控訴審で戦えるだけの材料
求権を主張したが、瑕疵担保責任に関して、
となりうる事実の立証に成功したと言えるので
転売を受けた区分所有者(10戸)には、原始
はなかろうか。
区分所有者から債権譲渡通知書を出してもら
⑸ 主張面では、上記立証を活かすための主張は
い、現区分所有者全員が瑕疵担保責任に基づ
もちろん、瑕疵担保責任における期間制限の問
く請求権を有している状態にした。
題と、不法行為責任における平成21年福岡高判
⑶ 欠陥の立証については、構造のスペシャリス
の「現実的危険性論」の問題があり、被告とい
トである藤津建築士と調査のプロ(調査会社代
うより裁判所との論争であった。
表)である池田建築士がペアになって、構造上
すなわち、本件の裁判所は、長期間経過とい
の理論的立証(鑑定意見書)と調査による実証
う事実を責任減免方向に考慮する偏向性が著し
的立証(調査結果報告書)を徹底的に行ったこ
かった(これもまた、平成21年福岡高判で垣間
とが極めて奏功した。特にクラックと北側擁壁
見られる発想と同じである)。
には非常に注力した。
例えば、①手続の早期段階で、「瑕疵担保責
クラックについては、池田建築士が交渉段階
任が除斥期間で問えない場合にまで、不法行為
の調査から関与していたため数年前の調査結果
責任が成立するのは問題ではないか」という
データも把握・保有されており、全てのクラッ
趣旨の発言があったり、②付調停手続の中で、
クにつき写真・測定データに基づき、各立面図
「本件マンションは大規模修繕の時期にさしか
で位置・形状・幅・長さ・深さ(貫通の有無)
かっており、外壁等はどのみち塗装等の修繕工
を図面的に再現できたことは、裁判所の認定を
事が為されるはずだから、補修費用の半額なり
容易にしたと思われる。
を負担することはできないのか」といった提案
北側擁壁の構造欠陥については、当初、過大
があったりした。
かぶりや設計と異なる配筋、クラックやエフロ
穿った見方をすれば、このような裁判所の発
の発生等を主張・立証していたところ、被告側
言の根底には、例えば、居住利益控除論や金融
から《構造計算による危険の立証がない》旨の
取引被害における過失相殺と同類の損害調整に
反論を受けた。当方から設計時の構造計算書の
向けた発想が予断として存在していたのではな
(49)
いか、そして、それが損害調整をしやすい不法
な裁判所の態度から警戒心を抱いていたため、
行為構成を採るべく、瑕疵担保責任に関するあ
念のため、「原告主張補充書」という形で、平
らゆる主張をことごとく否定する確信犯的姿勢
成23年最判を踏まえた本件瑕疵へのあてはめに
に繋がったのではないかと考えられなくもな
ついて主張補充を行っておいた。
い。
裁判所の心証に対しどの程度の影響を与えた
⑹ 当方からの「建物としての基本的な安全性を
かは不明であるが、最後の一押しまで徹底する
損なう瑕疵」に関する主張については、別府マ
当方の姿勢は伝わったのではないか。
ンション事件弁護団における上告受理申立理由
⑼ 他方で、会社代表者の責任について、事実関
補充書面の議論がまさに活用できた。この準備
係の立証の中で多少の関与は示していたもの
書面の骨子は、第29回北九州大会の「勝つため
の、判決では主張・立証不足として否定されて
の準備書面づくり」でご紹介した準備書面案に
しまった点は、主張・立証での力配分の問題も
反映されている。大会資料p89、ふぉあすまい
あろうが、反省材料ではある。
る25 p21に詳しいのでご参照されたい。
3 所 感
⑺ 相手方から執拗に私的鑑定意見書が出され、
当方としては、区分所有者が多数いる中で訴訟
それが証人尋問後にも続いていたため、それに
手続が長期間かかっており(提訴から4年半)、
対して徹底的な反論意見書の作成・提出を余儀
大規模修繕の時期にさしかかっていることや、債
なくされたことに関する抗議の意味も込めて、
権回収に対する不安といった問題等もあることか
口頭弁論終結間際に、追加調査・鑑定費用とし
ら、管理組合としては、当方から控訴することに
て277万円の請求拡張申立を行った結果、合計
は消極的であったが、被告らから控訴がなされた
552万円となったが、これに対する判決での認
ため、更に、控訴審で戦ってゆくことになった。
容額が455万円となった。
売主の瑕疵担保責任の点、被告代表者の責任が
こういう部分もきちんと請求しておいた方が
よいのだと再認識した次第である。
否定された点、不法行為責任において安全性瑕疵
が否定された瑕疵項目がある点などについて、附
⑻ なお、口頭弁論終結(H23. 7.14)後に平成
帯控訴して主張・立証をしてゆく予定である。
23年最判の言い渡しがなされたが、上記のよう
全国ネット
http://www.kekkan.net/
北海道ネット
http://www.kekkanhokkaidonet.jp/
全国ネット・
地域ネットの
ホームページ
をご覧ください
甲信越ネット
http://www8.ocn.ne.jp/ tomuken/
関東ネット
http://kjknet.jpm.ne.jp/
東海ネット
http://www.tokainet.com/
京都ネット
http://www.kekkan.net/kyoto/
関西ネット
http://www.kekkan.net/kansai/
中国四国ネット(広島欠陥住宅研究会)
http://www9.ocn.ne.jp/ hironet/
(50)
[3] 鉄骨造3階建造物・京都地裁勝訴判決
京都地方裁判所 平成21年11月10日判決
弁護士 上 田 敦(京都)
整理番号 − 報告日:平成23年11月26日 仙台大会
弁 上 田 敦
報告者:○
Ⅰ 事件の表示(通称事件名: )
判
決
日
京都地方裁判所 平成21年11月10日
事 件 番 号 平成18年(ワ)第2085号 損害賠償請求事件
裁
判
官 井戸謙一、小堀 悟、若原央子
代
理
人 弁護士 上田 敦
担当建築士
Ⅱ 事案の概要
建物概要 所 在 京都市上京区
構 造 鉄骨造( 工法)3階建
規 模 敷地227.32㎡、延面積452.06㎡
備 考
入手経緯 契 約 平成元年4月1日 契約
引 渡 平成2年6月ころ完成、引渡
代 金 建物1億2000万円
備 考 土地はもともと原告が所有。契約は建物請負工事のみ。
相談(不具合現象) 外壁仕上げ材(パーマストン)が剥離、落下。施工業者らに補修を求めたい。
Ⅲ 主張と判決の結果(○:認定 ×:否定 △:判断せず)
争
点 ア 下請業者の施工不良(工事瑕疵)の有無→○
欠
陥 外壁仕上げ材(パーマストン)の剥離(外壁面の約8%)及び一部落下。
(相手方の反論も) イ 全面張り替え費用相当の損害の発生 →△(一部)
損害
(万円)
合 計
Ⓐ代 金
Ⓑ修 補 費 用
3,414,104 / 14,593,865 (認容額/請求額)
/
2,239,244 / 11,080,000 *パーマストン張替費用
Ⓒ転 居 費 用
/
Ⓓ仮 住 賃 料
/
Ⓔ 慰 謝 料
/
Ⓕ 調査鑑定費
/
Ⓖ弁護士費用
300,000 / 1,326,715
Ⓗそ の 他
874,860 / 2,187,150 *落下防止のための応急措置費用
(51)
責任 ① 売 主
主体
と ② 施 行 業 者 *施工業者は既に廃業
法律
民法709条責任→×
構成 ③ 建 築 士 (設計監理設計士)
④ そ の 他 (施工業者
(請負人)元代表者) 旧商法266条の3責任→×
(外壁施工業者(下請業者)) 民法709条責任 →○(一部)
( 〃 代表者)旧商法266条の3責任 →○(一部)
Ⅳ コメント
1 判決分析(意義・射程・問題点等)
⑴ 本件では施工業者は既に廃業していたため
に、主に、施工業者から下請したタイル業者及
びその代表者、に対する不法行為責任を問うた
訴訟である。
⑵ 判決は、最判平成19年7月6日を引用したう
えで、本件では「外壁にタイル等の外壁材を張
り付ける場合、その剥落に伴い歩行者等への直
撃事故や駐車中の車の破損など、居住者等の生
命、身体又は財産を危険にさらすおそれがある
策定及び運用のためのマニュアル(案)」に照
から、外壁材が剥落しないことは、建物の基本
らしてこれを「注意すべき兆候」であると認定、
的安全性に係わる事柄であるというべきであ
このような状態は建物としての基本的な安全性
る。そうすると、施工業者としては、その施工
が欠いた状態である、と認定した。
方法が原因で外壁材が剥離・落下することのな
⑷ このような状態が、施工業者が基本的安全性
いよう配慮すべき注意義務を負うというべきで
を欠けることのないように配慮すべき注意義務
あって(例えば、タイルの場合、経年によって
に違反した施工方法によって生じたものか否
その危険性をゼロにすることはできないから、
か、について
施工業者が負う注意義務は、「外壁材が剥離・
この点原告は、①メーカー指定のモルタルを
落下することのないように施工すべき義務」で
使用せず、合成の接着剤を使用した、②メーカ
4
4
4
4
4
4
4
4
はなく、「施工方法が原因で外壁材が剥離・落
ーはポルトランドセメントの使用を指定してい
下することのないように施工すべき義務」であ
るにもかかわらず、増量剤の混入したモルタル
4
4
4
4
る。
)その注意義務に違反した結果、施工方法
4
4
4
4
4
を使用した、③メーカー指定施工手順は、いわ
4
を原因とする外壁材の剥離・落下が生じた場合
ゆる「改良積み上げ張り工法(タイル側のみに
には、施工業者は、居住者等に対し、不法行為
張付モルタルを塗りつける方法)であったにも
責任を負うと言うべきである。」との規範を判
かかわらず、いわゆる改良圧着張り工法(タイ
示した(傍線、傍点は報告者)
。
ル側のみならず下地側にも張付モルタルを塗り
⑶ 本件瑕疵について
つける方法)類似の方法を採っており、被告施
本件では、原告の行った私的鑑定調査によ
工業者がメーカー指定工法を遵守しなかったと
り、壁面に施工されたパーマストンの約8%に
剥離が生じていること、これは国土交通省国土
主張した。
①②については、証拠不足で認められなかっ
技術製作総合研究所等が策定した「公共建築の
部位、設備の特性等を踏まえた中長期修繕計画
た。
③については、パーマストンの製品性質に関
(52)
するメーカーの説明内容、及びメーカの指定す
⑴ この件は、依頼者が剥離・落下したパーマ・
る施工工法の合理性を認め、本件建物のはく離
ストンをメーカーに送り調べてもらったとこ
状態が壁面に亀裂の入った箇所以外でも生じて
ろ、メーカーが使用を禁止する接着剤が使われ
いる点、落下したパーマストンの裏面にはまっ
ていると指摘されことに端を発する。
たくモルタルが付着していなかった点を指摘し
本件建物は自宅兼内科医院の建物で、平成2
て、本件では、被告施工業者がメーカー指定に
年に完成、その後、約15年を経た平成17年に2
反して「改良圧着張り工法」を取ったことが、ド
階と3階の間の外壁面からパーマストン1枚が
ライアウト現象を生じさせ、これが水分不足に
はく離落下した。
よる一体化を阻害したと認定、パーマストンの
4
4
4
4
4
4
4
4
⑵ パーマストンとは、軽量骨材、ポルトランド
4
剥離・落下は施工方法もその原因、と認定した。
セメント等を原料として熱を加えず自然石を型
⑸ 施工業者の故意、過失の有無について
取りして硬化させたものである。
本件ではメーカーが様々な方法で施工方法の
メーカー曰くモルタルとの親和性があるた
指定とその告知を行っていたこと、施工実績が
め、モルタルとの一体性による強度の接着力が
それほどない(約40年間で約900例)外壁材で
期待できる商品とのことであった。したがっ
ある以上、メーカー指定工法に従って施工すべ
て、パーマストンの張りつけにはポルトランド
きであったこと、改良圧着張り工法はタイル施
モルタルを必ず使用し、貼り付けの方法もいわ
工では広く認められた工法であるもパーマスト
ゆる「改良積み上げ張り工法」を取るよう指定
ンとタイルは材質が異なり、ドライアウト防止
されていた。工法の指定は、商品パンフレット
の対策の重要性の程度も異なるとして、メーカ
をはじめ、商品説明書や梱包用段ボールにも記
ー指定工法をあえて取らなかったタイル施工業
載し、また、施工業者向けのマニュアル作成、
者の過失を認めた。
施工方法の講習会を各地で開催するなどして周
⑹ 損害については、メーカーが謳う「永久保証」
知を図っていた経緯がある。
はにわかに信じられないこと、経年の影響が否
パーマストンは、1枚の大きさが大きなもの
定できないことから、被告等の行為(指定方法
で約60 ×15 、厚さ約2.5、重さ約2.5と、かなり
に従わなかったこと)によって原告が被った損
大きなものであり、これが2階と3階の間の壁
害は、
「補修工事をすべき時期が早く到来した
からはく離落下したことから、落下時にはかな
ことと、剥離したパーマストンの補修だけでな
りの衝撃があった。
く、全面的な張り替えが必要になったことにあ
原告は、不特定多数の患者が出入りする医院
ると考えられる。」とした。ただし、被告らの
では絶対にあってはならないこととこの事態を
不法行為がなかったと仮定した場合に、「本件
深刻に受け止め、原告は施工業者に連絡したが
建物のパーマ・ストンについて補修の必要が生
廃業してしまったために連絡が付かず、パーマ
じた時期や補修工事の内容、規模等をを認定す
ストンを製造するメーカーに直接連絡をした。
ることはできないから、被告らの不法行為によ
メーカーは、東京からわざわざ現地まで来て現
る原告の損害を算定するのは困難であるという
場を見、はく離落下したパーマストンを確認し
べき」として、民訴法248条を適用して、本件
た。メーカー担当者は、本件ではメーカーが厳
に表れた一切の事情を考慮して、パーマ・ス
に使用を禁止している接着材の利使用が疑われ
トンの張り替え工事及び工事までの応急措置
ると指摘した。
費用の40%を被告らの不法行為によって原告
⑶ 当初、メーカーが指摘した「接着剤の使用」
に生じた損害と認めるのが相当であると判断
を全面的に信用し、訴訟の準備をすすめていた
した。
が、徐々にその指摘を客観的に根拠づけるのが
難しいことがわかり始めた。そこで、当職から
2 主張・立証上の工夫
(53)
原告に対して、
「接着剤の使用を理由に提訴す
調査依頼先はNTTアドバンステクノロジ株
るのであれば、メーカー以外の専門家の鑑定等
式会社。当方が知りたいことを丁寧にヒアリン
をした方がよい。
」とアドバイスした。しかし、
グしてくれ、また予算との関係で鑑定事項につ
鑑定を依頼する先がなかなか見つからず、依頼
いても相談に乗ってくれるなど、非常に丁寧な
者の強い要望もあり、見切りで提訴した。
対応であった。鑑定の結果は当方にとって芳し
⑷ 見切りで提訴したこともあり、案の定、裁判
いものではなく、立証にはまったく役立たなか
所からも被告らから接着剤使用の立証を強く求
ったが、このような化学分析が出来ることを知
められた。そこで、被告らに対して、被告らが
ることができたのは個人的には有益だった。
行った施工方法について求釈明をしたところ、
⑻ 外壁の剥離状態については、財団法人日本建
メーカー指定の方法と違う工法を取っていたこ
築総合試験所に私的鑑定を依頼し行った。方法
とが判明した。以後、実質的な争点はメーカー
は打診検査。真夏(8月中旬ころ)であったに
指定工法違反に移っっていった。
もかかわらず、外壁面全面を丁寧に打診し、割
り付け図面を起こして記録するなど、非常に丁
⑸ メーカーが指定工法を遵守することを強く告
寧な調査を行ってくれた。
知しているにもかかわらず、これを遵守しなか
った事情があり、これ以外にはく離落下の原因
3 所 感
がはっきりしない場合においては、指定方法を
⑴ メーカー指定工法がある以上はそれに従うべ
守らなかったことと、はく離落下との因果関係
きであり、例え施工業者が独自に採用した工法
は推認され、施工業者が実際に行った指定工法
が標準的な工法であったとしても、それだけで
以外の工法に合理性があるというのであればそ
過失を否定することは出来ない、と判示してく
れを被告側が主張立証すべきでないかと考え
れた点は、それまでの経緯があっただけに嬉し
た。
かった。
⑹ 本件は、係属中に裁判官が3回替わり、最初
⑵ 本件は完成から15年を経過した後のはく離落
と2番目の裁判官(いずれも単独)は。上記の
下問題であり、当然経年劣化の主張もあった
ような考え方をまったく容れてくれず、施工業
が、被告側からはどういう訳かそれほど強く反
者の行った施工方法と剥離の因果関係の立証を
論はなされなかった。また、メンテナンスにつ
原告に強く求めたため、当初の裁判期日はこの
いてもメーカー指定の方法があったにもかかわ
点を巡って空転した。
らず、それも施していなかったという事情もあ
ったが、被告側からはこの点についても反論は
ところが、最後の裁判官(合議・担当は京都
ほとんどなかった。
地裁第1民事部 井戸謙一部長)に代わったと
タイルはく離の問題は、施工方法の問題に留
たん、その点の疑問は全く呈しなくなった。
⑺ 依頼者が接着剤使用の点を立証するために鑑
まらず、経年劣化の問題とメンテナンスの有無
定を依頼したいと強く要望したため、外壁のは
が大きく影響され、その原因は複合的であると
く離部分や、はく離落下したパーマストンの付
の指摘もある中で、業者の施工と剥離落下の結
着物の含有元素を化学分析する裁判所鑑定を行
果との因果関係の立証は極めて困難であること
った(費用50万円)。
を実感した事件であった。
(54)
[4] 東京高裁の差戻し判決
東京高等裁判所 平成23年10月27日判決
弁護士 吉 岡 和 弘(仙台)
整理番号 − 報告日:平成23年11月26日 仙台大会
弁 吉岡 和弘 & ○
建 谷合 周三
報告者:○
Ⅰ 事件の表示(通称事件名: )
判
決
日
平成23年10月27日
事 件 番 号 平成23年(ネ)第4775号
裁
判
官 高世三郎、加藤謙一、廣田泰士
代
理
人 吉岡和弘、谷合周三
担当建築士
Ⅱ 事案の概要
建物概要 所 在 東京都中央区銀座
構 造 地下1階、地上9階建
規 模 敷地 ㎡、延面積 ㎡
備 考 鉄骨ラーメン造
入手経緯 契 約 平成12年10月1日 請負契約
引 渡 年 月 日
代 金 建物建築代金3億円 追加工事代金請求3100万円
備 考
相談(不具合現象)
Ⅲ 主張と判決の結果
争
点 6つの「設計図書違反の工事」の瑕疵、及び、50数個の「法違反(書面なき追加工事)」
(相手方の反論も) の有無
1審は、50数個の追加工事中、数個のみ追加工事の合意なしとした他は、法違反(書
面なき追加工事)でも全て追加工事の合意があり追加代金2900万円払えと認定
欠
損害
(万円)
陥 2審は、5つの争点について、後述する差戻し判決をした。50数個の追加工事につ
いては、更に、数個につき、追加工事の合意なしとし、他は全て認容し2800万円払
えと認定。(追加工事分に関し、上告した)
合 計
(和解額/請求額)
Ⓐ代 金
Ⓑ修 補 費 用
Ⓒ転 居 費 用
Ⓓ仮 住 賃 料
Ⓔ 慰 謝 料
Ⓕ 調査鑑定費
Ⓖ弁護士費用
Ⓗそ の 他
(55)
Ⅳ コメント
第1 一審判決
1 一審の東京地裁は、概略、
「設計図書通りの
施工ではないがいずれも性能は保たれており瑕
疵ではない」と判断し、設計図書に反する施工
を次々と容認する判断を示した
① 設計上珪酸カルシウム板工法で施工のとこ
ろ吹付けロックウール工法で施工
② 耐火被覆面に塗装を行うべきところ防錆塗
装処理は行われなかった
③ 厚さ20mmの外壁断熱材の施工のところ厚
さ6~9㎜の吹付け施工をした
判決の認定を取り消した。
2 私たちは、一体何ゆえ、故意に、契約=設計
④ 突合せ継手、継ぎ手形状、隅肉を適切に溶
接しなかった
図書に違反し、異なる部材を使用して不当な利
益を獲得していた業者が、その後も同事実を発
⑤ 遮音性能不良があった
注者に告知もせず、謝罪もせずに隠匿しておき
⑥ 悪臭
ながら、一たび、事が発覚した途端、「両者に
2 しかし、設計図書は建物の契約書である。契
性能上の差異はない」と言い張る専門家を裁判
約書に違反すれば法的効果を与えないとするの
所が容認する論理とはいかなるものかと問うた
が裁判所の役割であるとして、①ないし⑤につ
が、功を奏した。また、②につき、設計上、柱
いて控訴する。
及び梁に耐火被覆面に塗装を行うべきところ、
第2 二審判決
実際には、防錆塗装処理は行われず、すでに一
1 二審の東京高裁は、①につき「珪カル板工
部の鉄骨には錆が発生しているのに、原判決
法なのに吹付け工法だった。吹き付けとして
は、「吹付けロックウール工法を用いる場合に
も耐火性能を備えなければならないのに、取
は、かえって耐火被覆の付着性を低下させる、
り調べた証拠のみでは耐火性は認められない
鉄骨工事技術指針には防錆塗装を省略すること
のであって、全体として耐火性の基準を備え
が可能であるとの記載あるから瑕疵ではない」
ているか確認されなければ判断できないとい
と判示した。しかし、原判決は、契約違反の工
うべきである。しかるに、原審はこの点を十
法を容認するという誤りを犯したうえに、更
分に審理しないまま上記①だけで本件建物が
に、同契約違反の吹きつけ工法が行われること
建築基準法令が求める耐火性能を欠いている
を前提にして(つまり違反行為を前提にして)、
とは認められないと結論づけているに等しい
ここでも契約違反の施工を容認するという、二
のであって、審理不尽の結果、合理的な根拠
重の契約違反行為を容認する判断を行ってい
に基づかないで判断した違法があり、原審の
る。契約違反を裁判所が是認するに等しい誤っ
この点の判断は、その余の点について判断す
た判断ではないかと指摘した。これに対し、東
るまでもなく取り消しを免れない。従って、
京高裁は、「(業者ナカノが)提出した証拠のみ
原判決中この点に関する部分を取り消したう
では、然るべき性能を具備するとの判断はでき
え、更に弁論をする必要があるので、本件を
ず、地裁判決は合理的根拠に基づかないで判断
東京地方裁判所に差し戻して、上記の点につ
した違法があり、取消を免れず、この点を取り
き改めて審理判断を行わせることとする」と
消して更に弁論をする必要があるので東京地裁
判示し、
「両者の性能に差異はない」とした原
に差し戻す」と判断した。
(56)
所は同但し書きを適用するというのか、などと
3 ③につき、設計上、フォームポリスチレン厚
さ20mmの外壁断熱材を施工すべきところ、実
際は、ウレタンフォーム吹付け施工をなし、し
強調した。
4 事実審の高等裁判所が地裁に差し戻す事例
かも、同吹きつけは厚さ6~9㎜しかなかった
は、はじめて。
点につき、原判決は、
「ウレタンフォーム1回
第3 2度の忌避申立
吹きつけ工法も一般的な工法であり」、「断熱性
1 本件では、東京地裁の担当裁判官(単独)が
能が不足についての科学的検証が行われていな
6個の瑕疵、及び、50数個の追加工事の証人尋
いこと」
、「よって一般的施工基準を充たしてい
問に際し、2時間しか時間を与えず、審理を打
ないとは認められない」
、「目的物の使用価値、
ち切ろうとしたため、「立証時間を不当に制限
交換価値を減少させてはいないが対価的価値を
した」ことを理由に忌避申立を行い最高裁まで
減じているから156万円を支払え」と判示した。
争い、その後、同裁判官の下で、新たに更に2
しかし、明らかに「故意」の手抜きなのに、で
時間の人証尋問が認められたものの、同尋問
あるにもかかわらず、原判決は、「ウレタンフ
中、裁判官は「うつむいて爪を見つめるばか
ォーム1回吹きつけ工法も一般的な工法であ
り」で、まともに記録を見る姿勢もなく、当方
る」から許されると判示する。しかし、A、B、
の尋問終了直後に同裁判官は、尋問中の依頼者
Cの部材の中からCを選択したのに、何ゆえ性
に「お金を払う方向で和解できないか」と発問
能も価格も劣ったAでも構わないと認定するの
したり、最終準備書面を1カ月後に提出せよと
か、その理由が示されていない。しかも、原判
言いながら、本日、結審すると言いだし、また
決は民法634条但書きを根拠にするところ、同
も異議を出したところ、裁判官は法廷を立ち去
但書きは「誠実な大工」の「軽過失」を念頭に
ったため、再度、忌避申立を行ったという珍し
した規定であり、「故意」の手抜き事案に同条
い事案であった。
但書きを適用することは裁判所が故意の手抜き
2 地裁裁判官は、2度にわたる忌避申立をされ
を容認する結果になる。なにゆえ、裁判所は、
「故意」に手抜きした業者に、もはや過分の費
用がかかるとして免責するのか、何ゆえ、裁判
たうえ、高裁レベルで「合理的根拠に基づかな
いで判断した違法があるから差し戻す」と判断
された珍しいケースである。
[5] 最判H23・7後、基礎再施工勝訴判決
仙台高等裁判所 平成23年9月16日判決
弁護士 千 葉 達 朗(仙台)
整理番号 − 報告日:平成23年11月27日 仙台大会
弁 千葉 達朗 & ○
建 伊藤 雅敏
報告者:○
Ⅰ 事件の表示(通称事件名: 事件)
判
決
日
仙台高等裁判所 平成23年9月16日(一審 仙台地裁平成21年12月16日)
事 件 番 号 平成22年(ネ)第44号 (一審 平成18年(ワ)第602号)
(57)
裁
判
官 田村幸一、髙橋 彩、本多幸嗣(一審 近藤幸康)
代
理
人 千葉達朗
担当建築士
Ⅱ 事案の概要
建物概要 所 在 宮城県
構 造 木造瓦葺2階建
規 模 敷地824㎡、延面積238㎡
備 考
入手経緯 契 約 平成9年2月 請負契約
引 渡 平成10年1月頃
代 金 3500万円
備 考 契約書なし
相談(不具合現象)
はめで(基礎部分につき)「基礎における鉄筋
Ⅲ 主張と判決の結果
のかぶり厚さは、鉄筋の防錆、付着強度の観点
1 主たる欠陥としては、①基礎部分の鉄筋かぶ
から要求されているものであって、その不足に
り厚さが21ないし25ミリメートル程度であると
よって建物強度に不足を生じることはないけれ
ころが少なくとも2箇所ある、②基礎部分の厚
ども、これが不足すると、長期的にコンクリー
さが100ないし130ミリメートル程度であるとこ
トが中性化し、内部の鉄筋に錆が生じるなどし
ろが少なくとも2箇所ある、③居間東側外壁下
て、コンクリートの爆裂に至るおそれがあり、
部の基礎立ち上がりに一体のコンクリートが形
かぶり厚さや基礎の厚さの不足の程度が大き
成できていない状態(コールドジョイント)が
く、法令違反の程度が大きいことに照らすと、
生じている、④基礎底面の深さ(根入れ深さ)
現時点で、検査のために破壊したコンクリート
が100ミリメートル程度である、⑤基礎立ち上
下部の鉄筋部分に錆が生じておらず、危険が差
がり、外周部立ち上がり付近にクラックが生じ
し迫ったものとまではいえないことを考慮して
ている、⑥床下通気口で、基礎のコンクリート
も、建物の基本的な安全性を損ない、これを放
から鉄筋が露出している等である。
置すると居住者の生命、身体、財産に対する危
2 1審仙台地裁(単独)は、判断基準として最
高裁平成19年7月6日判決を引用したうえ、具
体的あてはめで(基礎部分につき)「関係証拠
によると、コールドジョイントが生じると、打
ち継ぎ部が脆弱となって、構造耐力の安全上、
問題となり得ることは認められるが、ひび、裂
け目など構造耐力に問題が生じていることをう
かがわせる様子はない。
」などと判示して解体
やり直しの必要を否定するという誤った判断を
示した。
3 しかしながら、2審仙台高裁(合議)は、判
断基準として最高裁平成19年7月6日判決とと
もに同23年7月21日判決を引用し、具体的あて
(58)
険が現実化するおそれがある瑕疵といえる。」
と判示し、基礎撤去・再施工を認めた。
hhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh
hhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh
hhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh
hhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh
hhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh
hhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh
日弁連 消費者問題対策委員会
土地・住宅部会 活動報告
土地・住宅部会長
弁護士 三 浦 直 樹(大阪)
⑺ 請負代金前払に関する意見書(検討中)
1 建築法制に関する検討
⑻ 「住宅安全基本法(仮)」(検討中)
⑴ 構造計算適合性判定制度関連技術検討委員会
派遣委員のバックアップ
2 民間賃貸住宅問題への対応
⑴ 追い出し屋規制法(家賃滞納データベース問
⑵ 建築基本法に関する議論のフォロー
題)
⑶ 中古住宅・リフォームトータルプラン検討委
⑵ 賃貸住宅標準契約書の見直し
員会派遣委員のバックアップ
⑷ 意見書「リフォーム被害の予防と救済に関す
る意見書」
(4/15執行済み)
⑸ 意見書「既存不適格建築物の耐震化に関する
3 その他
⑴ 高齢者の住宅(有料老人ホームなど)
⑵ 日本建築学会司法支援会議との意見交換会
意見書」(保留中)
⑹ 意見書「宅地被害の予防と救済に関する意見
⑶ 諸外国の住宅政策の研究
書」(検討中)
••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••
•
•
•
•
•
•
•
•
•
•
•
•
• 1 仙台大会には、126名の多数の方がご参加くださり、大会は成功裏に終わりました。仙台大会では、「宅地 •
• 地盤被害の根絶を目指して~現状と課題~」というテーマで活発な議論が行われました。これまで私達は、 •
•
•
• 地盤そのものを直接問題とすることが少なく、大変有意義な大会となったと思います。地滑りや液状化など、 •
•
•
• 宅地地盤被害は、欠陥住宅問題に増して、被害者個人レベルでは到底解決できない大きな問題を抱えている •
• ことが明らかとなり、私たちは「被災宅地救済及び予防のための施策を求めるアピール」を採択し、これを •
•
•
• 広く伝えていく必要を感じた次第です。
•
•
•
• 仙台の現地事務局の皆さま並びに、各地域ネットを支えておられる皆さまに深く感謝申し上げます。
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• 2 仙台大会以後の全国ネットの活動は以下のとおりです。
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• ① 「ふぉあ・すまいる」第26号の裁判所その他関係機関への送付
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• ② 「ふぉあ・すまいる」第27号の編集
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• ③ 事務局会議3回
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• ④ 幹事会(2月25日札幌にて)
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• 3 仙台大会での報告者の皆さまには、ご多忙の中、有益な情報と議論の材料を提供くださいましたこと、ま •
• た、本誌の原稿のご執筆をいただいたことを深く御礼申し上げます。
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• 次回大会は、札幌で予定されています。札幌にて多くの皆さまと再会できることを楽しみにしております。 •
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事務局だより
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被災宅地救済及び予防のための施策を求めるアピール
本年3月11日に発生した東日本大震災により、13県において宅地被害件数(液状化被害以外)は5467
件、液状化による宅地被害件数は2万6914件にのぼるといわれ(国土交通省・9月27日時点・マンショ
ン等の被害は1件として把握)
、その宅地の甚大な被災状況は、市民の生活の基盤を失わせ、今なお深
刻な被害を生じさせ続けています。
私たちは、東日本大震災後、被災宅地の現場調査、被災者の声を聞いてきました。現場調査において
は、地域一帯が地滑りで崩壊状態にあること、建物は損傷ないが宅地の崩落によって居住不能となって
いること等を目の当たりにし、被災者からは「宅地購入時に盛土・切土の混在状況の説明はなかった」
「行政に相談しても今後の具体的方向性が示されない」「余震のたびに宅地が崩落するのではないかと怯
えている」などとの悲痛な声に接しました。また、本日の仙台大会において、阪神淡路、新潟中越沖等
の度重なる震災を経験しながらも、宅地の安全性を確保する施策が不十分なままとされてきた実態を知
りました。ひとたび宅地に崩落・地すべり等が生ずれば、生活の基礎たる住居・生活空間が根底から失
われ、日々、甚大な被害を生じ続けるものであること、ひいては、1日も早い救済の途筋を示すことと
予防のための施策を講ずることの必要性を痛感するに至っています。
この点、被災の規模、被災宅地の造成時期、被災者の被災状況も個々的に相違すること、それゆえ、
具体的救済方法につき、再造成・移転・買取りか等で異なる面が存することなど困難な課題も存するも
のではあります。しかしながら、被災の大きな原因は、我が国の宅地の安全性を確保する法制度の不十
分さに起因するものであることはもとより、被災実態を直視すれば、全ての被災宅地につき、生存の基
盤である安全な宅地ひいては住居を再び確保し、生活再建を図れるための救済手段が必要であることは
疑いなく、今後の被災防止策が講じられなければならないことも明らかです。また、宅地造成の被害が
後発的に顕在化した損害であることに鑑みるならば、民事救済の権利行使期間につき、特別な配慮が必
要です。そこで、私たちは、国及び地方公共団体に対し、以下の施策を強く求めます。
1 被災宅地の救済にむけて
⑴ 国の基底には震災等の災害から国民を保護すべき責務が存することを確認し、国は、災害救済基
金制度など「共生」の理念に基づく相互扶助システムを早期に構築すること
⑵ 地方公共団体は、被災宅地者が生存の基盤である安全な宅地ひいては住居を再び確保し、生活再
建を図れるための統一的かつ継続的な相談・情報提供・具体的救済窓口を立ち上げ、被災者救済の
諸施策を講じること
2 今後の宅地被災の予防のために
⑴ 地方公共団体にハザードマップの作成を義務づけるなど、消費者が地盤の性状や来歴に関する情
報に容易にアクセスしうる環境を早期に拡充すること
⑵ 地盤の性状や来歴に関する情報は宅地建物取引業法35条の重要事項と位置づけ、宅地建物取引業
者は、土地の売買、交換、もしくは賃貸の媒介に際し、地盤の性状に関する情報が記載された書面
や図面等を交付して説明することを義務づけること
⑶ 建物の建築に際し、敷地の地盤調査(貫入試験)の実施・報告を義務づけること
⑷ 宅地の安全性確保のため、耐震基準が設けられた宅地造成等規制法9条の技術基準をより充実強
化するとともに、同法20条の「造成宅地防災区域」の指定を積極的に行うこと、液状化対策の技術
基準を建築基準法等関係法令に規定すること、宅地造成工事に関する中間検査制度を創設すること
3 宅地造成・販売業者らに対する民事責任追及において、消費者の被害救済を制限・困難にしないよ
う、消滅時効や除斥期間に関して、然るべき法解釈と立法措置をとること
を求めます。
2011(平成23)
年11月26日
欠陥住宅被害全国連絡協議会(欠陥住宅全国ネット)第31回仙台大会参加者一同
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