美味技術研究会誌 No.14:1-3,2009 仕事や食べ物の美味しさを考えてみる 松山善之助※ [keyword] 美味研究,におい研究,研究着眼点,美味研活動提言 美味研究会が生まれて 10 年,一昔が過ぎた。その かについて述べてみたいと思う。 間 に興 味 あるテーマが数 多 く取 り上げられ,役 立 つ研 1.私の美味しさ研究,におい研究ことはじめ 究 成 果 や行 事 がめじろおしとなりつつあるように思 う。 昭和 30 年代から 40 年代は,農業機械化の黎明期 それこそ万 人 が共 通 して興 味 をいだく美 味 しさの追 求 であった。40 年代はバインダーが急速に普及し,その を正 面 から標 榜 する研 究 会 であるため,裾 野 は広 く, 後 に台 頭 したコンバインをにらんで生 のもみ乾 燥 技 術 研究課題は山積する幸せ多い研究会である。 研 究 にたずさわった。折 しも出 荷 した米 を炊 飯 すると 農林水 産業にたずさわる人は,仕事の分野がどうあ 異臭がする事件が起きた。異臭の原因を突き止める研 れ,根 底では美 味 しさの研究 に関 わることになると思 う。 究 が最 優 先 されて,農 薬 ,循 環 型 乾 燥 機 が犯 人 では 私は県において研究機関 19 年と技術普及の仕事を ないかと仮 定 し,分 野 をまたがる緊 急 なプロジェクト研 19 年間,あわせて 38 年間勤務させて頂いた。初めて 究が立ち上げられた。私は生もみ貯蔵や乾燥とにおい の仕事は富山県,真っ白な無知の状態で富山県農業 の関係を調べることになった。生もみを高温で2時間放 試 験 場 の農 業 機 械 化 の研 究 にたずさわらせて頂 いた。 置 するとにおいがつくことを実 験 的 に解 明 した。また, この時 ,美 味 研 究 会 を創 設 された山 下 律 也 前 会 長 が 今日では極 めて普遍 的な知 識であるが無 通風下で生 上司であり,その後も含めて多くの薫陶をうけた。 もみを放 置すると米が変 質し,においがついて,まずく 折 しも農 業 基 本 法 が制 定 され,にわかに農 業 機 械 なることも明らかになった。これらは私 の匂い研 究事 始 化の研究にスポットが当たり始めた時期である。その後 めであった。そして今 2009 年の美味技術研究会シン の 20 年間でトラクター,田植機,バインダー,コンバイ ポジウムのテーマが「香 りとおいしさ」になったことに不 ンと現 在 の農 業 を背 負 う機 械 化 が急 速 に発 展 した時 思議なご縁を感じている。 代に,農業 機 械化 の研 究をベースに多 様な研 究 開発 美 味 しい匂 いの研 究 ではなく,異 臭 の原 因 解 明 が に関 わることができた。農 業 機 械 化 の研 究 の中 で,そ 事はじめであったことは私の生きてきた人生を示唆して のときは美味しさの研究をしているとは気づかないで美 いたようであり,今日まで紆余曲折,異端の人生とオー 味 しさに関 わる研 究 を行 ってきた。富 山 県 での駆 け出 バーラップする。 し研究員生活 9 年間,それをベースに兵庫県で専門 2.機械化と米の美味しさ研究 技 術 員 として普 及 員 さんの機 械 化 技 術 の支 援 と技 術 米の研究が主流であった昭和 50 年代までは,品種 研修の仕事を 19 年間,その後,再び研究の仕事に 10 改良 のための美 味しさ判 定,乾燥 操 作と食 味など,官 年 間 たずさわった。この間 に体 験 したいくつかのことを 能 検 査 をお手 伝 いした。これらを通 して美 味 しさ研 究 題 材 に,仕 事 の美 味 しさと食 べ物 の美 味 しさのいくつ の難 しさと奥 深 さを痛 感 した。乾 燥 が機 械 化 されるに ※) Zen 健康研 究所:〒 509-0401 岐阜 県加茂郡七 宗町上麻 生 5017 1 美 味 技 術 研 究 会 誌 第 1 4 号(2009) 当 たり従 来 の自 然 乾 燥 に比 べて熱 を加 える機 械 乾 燥 並 みに楽 な作 業 で大 豆 を栽 培 する技 術 を求 める声 で では米をまずくするのではないかと疑念をもたれた。両 あった。現 場 に大 豆 が稔 り,収 穫 機 のめぼしいものが 者 に変 わりないという結 果 が積 み重 ねられて収 穫 ・乾 なかったこのとき,組織的研究が組まれたが,にわかに 燥 の機 械 化 が進んだ。その結 果,今 日ではコンバイン 大 豆 コンバインができるわけはなく,現 場 の技 術 指 導 収 穫 の生 もみを機 械 乾 燥 した米 がほとんど出 回 るよう の場面では途方に暮れた。 になった。 そのような中で,さらに困難な課題が持ち込まれた。 しかし,今も自 然 乾燥 へのこだわりは残 っており,好 兵庫 県の特 産黒 大豆「丹波 黒」の機 械化 栽培 技術 確 み,信念 といった人 の側の多 様 性が美 味 しさに関 わる 立 が あ る農 協 か ら 要 請 さ れ た 。 一 番 難 し い 課 題 は , のであろう。 生々しい茎に着いた黒大 豆の乾燥は一番 難しい課 題 米 余 りが常 態 化 してからは美 味 しい米 を求 める品 種 であった。ドライストア型ライスセンターの送風機を用い 改 良 のための官 能 検 査 のテスターを依 頼 されることが て乾燥するテストが現場で行 われ乾燥 の成 功を見た。 続 いた。コシヒカリが確 実 に食 べ比 べできるようになっ 積 み込 みと排 出 作 業 の操 作 性 に問 題 があり,大 きな たと自負している。 専 用 コンテナを用 いた乾 燥 を検 討 し試 作 テストを行 っ 3.美味しい仕事 た。幸 いにもこれは成 功 をみて脱 穀 調 製 をも行 うビー 楽 して大 きな見 返りのある仕 事は「美 味 しい仕事」と ンセンターの設 立 をお手 伝 いした。初 めての茎 つき大 いわれる。そのような仕事はめったにある訳はなく,多く 豆の乾燥・調製施設として脚光をあびた。 場 合 は苦 労 の多 い苦 々しい仕 事 が続 くのが普 通 であ ちなみに,丹 波 黒 は美 味 至 上 と評 価 が高 く,12 月 る。 に熟 期 を迎 える極 晩 熟 の黒 大 豆 である。そのときは無 仕事では当然大きな成果が得られ,期待がふくらむ 意 識 であったが機 械 化 の研 究 と美 味 しい大 豆 生 産 が 課題は人気があるが,必ずしも成果は期待通りに上が 密接に関わっていたわけである。 らないことも多い。問題が大きく,課題解決の困難性が 5.美味しい食べ物との出会い 高 い当 面 対 応 型 の研 究 は大 変 であり,すばやい解 決 農 業 にかかわる仕 事 は美 味 しい食 べ物 に出 会 う機 を求 められるので組 織 的 研 究 が行 われる。また,先 端 会に恵まれる。仕事 を通して美味 しい食 品に出 会 える 的な研究手法を駆使する未来志向の研究は人気があ のは幸せなことであった。前 述 の丹波 黒 は美 味 しい大 り,古 い研究 手 法で対 応する現 場の問 題 解 決型 研 究 豆 との出 会 いであり,丹 波 黒 の食 品 開 発 や機 能 性 を は嫌われる傾向がある。 見 つける美 味 しい仕 事 にありつく事 ができた。機 械 化 人の集まる研究課題と同じように隙間にとり残された, が特産 物としての希少性 を打 ち消し,消費 を上 回る生 嫌 われる研 究 の中 にも結 果 として大 きな成 果 のあるこ 産 は特 産 物 価 格 を暴 落させることも体 験 した。消 費 拡 とが多かったと感じている。 大 のためには新 たな加 工 品 の開 発 ,健 康 によい機 能 4.現場研究と美味しさの関わり 性 の解 明 などの仕 事 が派 生 し,苦 しい場 面 をのりこえ 昭和 40 年代は日本の高度成長期であり,技術の発 て成果のある結果が得られたのは楽しいことであった。 展 もめざましかった。輸 入 食 料 が莫 大 に増 えるに従 い, 高価な大豆である丹波黒を材料とした湯葉の生産を ついには米余りとなって転作が奨励され,昭和 53 年か お手伝いしたり,丹波黒の煮汁が漢方薬として血圧低 ら米 の減 反 政 策 が行 われるようになった。麦 や大 豆 の 下に役立つことを医療現場で確認したりできた。さらに 作 付 けが奨 励 され,現 場 からの切 実 で厳 しい声 は稲 この煮 汁 飲 用は血 液 サラサラ効 果 があることを科 学 的 2 松山(善):仕事や食べ物の美味しさを考えてみる に証明できた。 構な成 果を生 んで農 家 に喜 ばれることが多かったと思 丹波黒はエダマメとしても美味しいのでエダマメへの っている。 関心も抱き続けた。エダマメさやもぎ機の改善と導入に 6.美味研究会発展のための情報発信 より新 しい産 地 ができ農 家 に感 謝 されるという,うれし 相 手 に話 を聞 いてもらおうとするとき,相 手 の知 りた いこともあった。エダマメへの関 心 を持 ち続 けた結 果 , い情 報 を伝 えるとこちらの話 に耳 を傾 けてもらえるよう 匂いのする美味しいエダマメである新潟の「茶豆」や山 になる。有 効な情 報を発信 することが会員 増加 の決め 形の「だだっちゃ豆」にも早くから出会うことができた。 手になると思う。会誌を通して有効な情報を発信でき, 失敗もあった。落花生のエダマメがおいしいことは知 それを PR できれば会員の獲得につながると思う。幸い っていたので産地化 を目指 し,農家には栽培を,量販 美味しさ探求は万人に共通する願望であるので,ニー 店 の部 長 さんには取 り扱 いを掛 け合 い「土 豆 」と名 づ ズにあった情報提供が大切であると思う。 けて産 地 化 を図 った。後 に中 国 から安 い品 物 が冷 凍 隠されている美味しいもの情報,まだ PR が行き届い 輸入されスタートした産地は立ち消えた。 ていない美味 しいものの情 報 など容 易 に提 供できるの 大 きな仕 事 や研 究 課 題 の間 に残 されたすき間 の研 ではないかと考 える。「私 の薦 める美 味 しいもの」を現 究 にも美 味 しさがあると思 う。課 題 が小 さく,研 究 成 果 在の会員でこぞって紹介してみるのも面白い。また,各 の利用 場面も小さいと考 えられる仕 事や研 究は取り残 地 の美 味 しいもの情 報 を毎 号 産 地 へ依 頼 するのも有 されるが,そのような課 題 も問 題 解 決 で新 たな発 展 が 効ではなかろうか。 ついてくることが多い。すき間 の研究は競争も少なく結 3
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