携帯電話使用が自転車運転のおよぼす影響に関する実験的検討 c1040971 齋藤 貴之 1.はじめに キをかけて停止することを求めた。なお、ライトは歩行 1-1.交通事故の現状 者の飛び出し等安全上何らかの対応が求められる事象を 近年、交通事故の発生件数、負傷者数、死者数はいず れも減少傾向にあるが、自転車が関与している事故に着 模擬したものであり、ライトの点灯有無や点灯位置はラ ンダムとなっている。 目すると、平成 8 年度を 1 とした場合、現在は 4.75 にま 光電センサ で増加しており有意な減少が見られていない。自転車も 計測区間 道路交通法により規制が設けられており、信号や一時停 止標識の無視、2 台以上の並走、二人乗り、手放しや傘 助走区間 さし運転、近年問題となっている飲酒運転などが禁止さ ライト れている。 図 1 実験概要図 自転車事故の原因としては、上記の規制を守らないこ と、自転車交通マナーが悪化していることがあげられる。 マナーの悪化の例として携帯電話の使用が挙げられる。 3-2.計測システム ただし、自動車乗用中において禁止されている携帯電話 4 台のカメラの映像を画面分割器を介してデジタルビ の使用(道路交通法第 71 条5の5)は、自転車乗用中で デオレコーダーに記録した。1番のカメラは 27 インチの は、現状では自治体レベルにおいて取り締まりが行われ 自転車のフレーム下部に下向きに設置された CCD カメラ ているのみとなっている。 であり路面を撮影する。2番のカメラは前かごに後ろ向 きに設置されており、ステムに取り付けられた被験者か 2.研究の目的 らは見ることのできない速度計を記録している。合わせ 道路交通法改正において、自転車走行中の携帯電話使 て、ブレーキ反応をした際に LED ライトが点灯するよう 用は違反とはならない。しかし、各地方自治体や携帯電 に設定されており、このライト点灯も記録する。3番の 話サービス会社などでは、自転車走行中の携帯電話使用 カメラはハンドルに上向きに設置されており、被験者の に対する注意喚起を行っている。自転車は免許制度がな 顔を記録する。4番のカメラは前かごに前方に横向きに く、手軽な移動手段であることから、携帯電話による通 設置されており、光電センサを記録する。このカメラは、 話やメール操作をしながら自転車を運転する光景が、日 歩行者を模擬するライトの点灯を確認するために使用す 常生活上の様々な場面で見受けられる。携帯電話使用に る(図 2)。 は、通話行為とメール操作の 2 種類が一般的である。本 ① ② ③ ④ 研究ではこれらが自転車操縦にいかなる影響を及ぼすの かを調べることを目的とする。 3.研究方法 3-1.実験概要 実験概要図を図 1 に示す。被験者は、スタート後助走 区間で一定の速度に達するまで加速すること、その後計 測区間では幅 25cm のタイル内を走行することが求められ た。計測区間では、光電センサーに接続されたライトが 3つ接続されており、ライトが点灯した場合にはブレー 図2 記録した映像のサンプル (x1,y1) × D d (x2,y2) P(x, y) × 図3 図4 ブレーキ反応用スイッチ(ハンドル部) 図 3 にはハンドルの左右に設置したスイッチを示す。 このスイッチはブレーキレバーを引くと ON になり、接続 された LED ライトが点灯する。 走行ポジションの計測 3-4.走行路 安全性に配慮し、走行路は実路ではなく大学内のタイ ル張りの庭を用いた。タイルの幅は 25cm であり、このタ イル内の保持走行を求めている。走行路の模式図を図 5 3-3.測定指標 測定指標として記録した映像に基づき、フレーム解析 に示す。図中の S は光電センサ、L はライトを表し、S1 と L1、S2 と L2、S3 と L3 が接続されている。ライトには により以下の 4 つの指標を求める。 トグルスイッチがつけられ、光電センサからの信号が届 z 反応時間:4番のカメラのライト点灯から2番のカメ いた場合でもライトが点灯しないよう調節することが出 ラの LED ライト点灯までのフレーム数 z 速度:10Hz で計測した速度の平均と分散 来るようになっている。スタート地点から計測開始地点 までの距離は 15m とした。 z 注視行動:前方、携帯、その他の平均注視時間、総注 視時間、注視割合、注視頻度 z ふらつき:10Hz で記録した走行ポジションの RMS 値 計測区間 ゴール L3 L2 L1 加速区間 15M S3 S2 S1 スタート 走行ポジションの計測は、以下のように行う(図 4)。 まず、あらかじめ1番のカメラ映像の中心座標 P および 図5 走行路の模式図 中心タイルの映像内での幅 D を求めておく。D について はタイルに対して平行に配置した自転車から記録した映 計測開始地点から S1 までの距離は 10m とし、以降 5m 像について Y 座標を固定して X 座標の変化を調べること 間隔でセンサを設置した。ライトは S1-L1 間:11.3m、 で算出した。ランダムに 30 フレームを取り出して求めた S2-L2 間:13.2m、S3-L3 間:15.1m となるよう設置した。 D の平均値は 238.17 であり、標準偏差は 1.88 であった。 次に、走行ポジションを求める為にタイルの端の任意 これらの距離の設定にあたり、予備実験として 10 名の 被験者に 1 回ずつ通常通りの走行を求めた。走行速度の の2点の座標を調べ直線 L の式を求めた。その後、その 平均値を算出した結果、時速 13.6 キロとなったことから 直線 L と P の距離 d を次の式で求めた。 これを基準速度とし、走行時間 3 秒、3.5 秒、4 秒に対応 する距離としている。3 秒は、ライト点灯後ブレーキを かけてぎりぎりで停止することができる最小距離である。 ただし P(x0,y0),L : ax+by+c=0 とする その後、走行ポジションを次式で算出した。 3-5.携帯電話課題 d>D/2 の場合:d-D/2 通話課題として加算記憶課題を実施した。これは、男 d<D/2 の場合:D/2-d 性の声で 2 秒ごとに音声で呈示される1桁ずつの計算問 タイルの外にはみ出している場合:d+D/2 題を口頭回答するものであった。通話条件では、参加者 に携帯電話を用いて加算記憶課題を実施しながら自転車 4-2.反応時間 を走行させた。メール条件では、参加者に走行直前に第 ライト点灯に対する反応時間を図 7 に示す。両手、片 一水準で統一された四文字熟語二つの記憶を求め、走行 手運転は反応時間が短く、通話、メール運転では長く 中に携帯電話のメール機能を利用して入力を求めた。入 なった。通話、メール運転で反応時間が長くなったのは、 力にあたっては、四字熟語をひとつずつひらがなで入力 前方確認に加えて携帯電話を使用する副次課題が存在し してもらいその後漢字変換させた。 たことによると考えられる。通話条件、メール条件間に は反応時間に差が見られたが、副次課題のデマンドの大 3-6.実施方法 きさのみでなく、副次課題に対する注意配分の観点から 被験者は、東北公益文科大学男子学生8名である。被 も検討する必要がある。 験者は、まずサドルの高さを調整することが求められた。 その後にスタート後助走区間で一定の速度に達するまで 全体 1.4 加速すること、その後計測区間では幅 25cm のタイル内を 1.2 走行することが求められた。計測区間ではライトが点灯 反応時間 1.0 した場合にブレーキをかけて停止することを求めた。ラ イトの点灯有無や点灯位置はランダムとなっている。な 0.8 0.6 0.4 0.2 お、携帯電話を使用する手については、被験者の判断に 0.0 両手 ゆだねられた。実験走行は、両手、片手、通話、メール 図7 の 4 条件×10 回で、計合計 40 回行った。各条件におい 片手 通話 メール 全体反応時間表 て 3 つのライトを 2 回ずつ計 6 回点灯させた。点灯順は 4-3 ランダムとした。 携帯電話課題 計算課題については、ライト点灯有無、走行速度によ 4.結果 り出題数が異なるため、無回答率、誤答率を求めた。図 4-1.ふらつき量について 8 は、ライト点灯条件別に無回答率と誤答率を表したも 中心タイルの中心線に対し、右側へのずれをプラス、 のである。ライトが点灯した場合の方が無回答率と誤答 左側へのずれをマイナスとし、センチメートル単位での 率が多く、点灯しなかった場合は少ない。これは被験者 ずれの大きさを調べた。図 6 は走行条件ごとに RMS 値を が計算課題よりもライトの点灯に重点をおいていること 求めた結果である。 が示唆する。点灯がなかった場合最後の光電センサー通 この図から、両手運転の RMS 値が4条件のうちもっと も小さいことがわかる。ついで、片手運転、通話運転が 過後に計算課題に集中出来るため無回答率と誤答率が下 がったものと考えられる。 同程度で続き、最後にメール運転となった。この結果か 図 9 は、メール課題の成績である。3つのカテゴリに ら、最も安定性がある運転方法が両手運転であり、次い 分類されており、ひらがなの途中であった場合、ひらが で片手運転、通話運転、最後にメール運転ということが な入力後漢字に変換している途中、1個目が終了し2個 できる。 目に取り掛かっている場合にわけた。 図からはスタート地点からライト点灯までの時間が短 7.5 7 い場合ほど、四文字熟語入力の成績がわるいことがわか 6.5 6 5.5 る。また、ライトが点灯しない場合四文字熟語を打ち終 5 RMS 4.5 わる確率も高いが、漢字変換まで行くことができず、ひ 4 3.5 3 らがな途中という数値も同じくらい多かった。しかし、 2.5 2 メール課題に取り組む時間が長いほど2個目以降の数値 1.5 1 0.5 が上がっていることから、被験者が課題に対して真面目 0 両手 図6 片手 通話 メール ふらつき量(RMS)の各運転方法の結果 に取り組んでいることがわかった。 も RMS 値や反応時間などの値が一番大きかった。メール 0.45 0.4 操作中は携帯電話の画面を注視するのみならず、文字入 0.35 力が要求されるため、知覚過程と運動過程の双方が自転 割合 0.3 車運転で必要とされる知覚及び運動過程と干渉すること 0.25 ライト点灯有り 点灯無し 0.2 0.15 となる。その結果、前方の情報獲得が不正確になり、か つハンドル操作も不安定になると考えられる。また、デ 0.1 ータとして残してはいないため正確ではないが、客観的 0.05 な視点から見てメール操作中の走行速度は、両手、片手、 0 無回答率 誤答率 通話のいずれよりも低い傾向であった。実験参加者はメ 図8 無回答率と誤答率の割合 ール操作中の自転車運転を正確にするために、速度を低 下させる方略により対処しようと試みたものと推測され 16 る。しかし、反応速度や RMS 値の結果が示すように、速 14 度低下は操縦パフォーマンスを補償する程度までにはい 12 10 ひらがな途中 変換途中 2 個目以降 8 6 たらなかった。むしろこの低速走行により、結果として ハンドル操作が不安定になった可能性も予想できる。こ れらの因果関係を検討するためには、綿密かつ詳細な実 4 2 験計画と分析が必要であろう。 0 近い 中間 遠い 点灯なし 6.結論と今後の課題 図9 第一水準四文字熟語回答表 本研究では、携帯電話使用が自転車運転に与える影響 について実験による検討を実施した。本研究で得られた 5.考察 携帯電話の使用が自転車運転及ぼす影響を調べた。こ 結果をまとめると、以下の通りである。 ① 携帯電話通話運転では、ふらつきは片手運転と同程 こでは携帯電話の使用形態別に実験結果を整理し、その 度であるが、ライト点灯への反応時間は長く、外界 結果を検討する。 に対する注意の低下が見られる。 携帯電話通話中のコースからの逸脱距離の RMS 値は、 ② 携帯電話によるメール操作と伴う運転では、ふらつ 片手走行と比べ変化が見られなかったが、両手走行より き、ライト点灯への反応時間いずれも大きく、ハン 大きかった。これは、携帯電話保持により走行のブレが ドル操作の不安定性の増大と外界に対する注意の低 大きくなり走行が不安定になることを意味する。 下が見られる。このような状況を速度の低下によっ ただし、片手条件と通話条件ではライト点灯に対する て補償しようと試みているが十分ではないと考えら 反応時間に差が見られた。これは通話運転の際に用いら れた携帯電話課題の影響と考えられる。このことから、 片手走行と通話走行では自転車運転における負荷の程度 れる。 ③ 自転車乗用中の携帯電話使用は、自転車運転に少な からず負の影響をおよぼす。 が異なることを示唆すると考えられる。つまり、通話時 走行では通話課題による認知負荷の増大に対処するため、 反応課題へのパフォーマンス、すなわち外界への注意の 程度を下げることで補償していたと考えられる。片手条 件と通話条件で RMS 値には差が見られなかったが、これ は、被験者は通話条件において、タイル内保持の課題に 力点を置いていたことが伺われる。 メール操作条件では、両手、片手、通話走行と比べて <引用・参考文献> 神田幸治:携帯電話の使用が自転車運転操作に与える 負の影響, 交通科学 Vol.36,No.2, 41∼47(2005)
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