染色の化学 - TDK株式会社

TDK Science Information Vol.Ⅲ
境界はワンダーランド
天然染料のインジゴは、タデ科の一年草アイの葉から採られ
ます。写真は日本におけるアイの主産地、徳島県の藍玉。ア
イの葉を2、3カ月かけて発酵させたものを臼に入れ、つき固
めてつくられたもので、これに木灰、石炭、ふすまを加えた藍
染色の化学
汁で布を染めます。
染色とは、境界面で起こる吸着と呼ばれる現象です。
つまり、ある種の物質どうしの
界面反応によるものですが、界面というものを
単なる仕切りと考えると、
この不思議な現象の正体をとらえることができません。
染色という境界現象
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染色とは科学的には吸着と呼ばれる現象です。
ある物質が他の物質と接触する境界面(界面)
に
暖地の山中に自生する樹木に、ハイノキ
(灰の
おいて、化学的あるいは物理的に相互作用を起こ
木)
とかクロバイ
(黒灰)
など、灰の名をもつものが
して平衡状態に達する現象を吸着といいます。染
マグネットワールド
あります。この種の樹木を焼いて得た木灰は、古く
色はこの吸着という界面反応が、マクロに現れたも
磁石の歴史と文化
から染色の媒染剤として用いられたことに由来す
のです。
るといわれます。
“媒”
とは異なるものを結びつける
草花の汁が衣服についたときは、すぐに水洗いす
という意味があり、媒染剤とは繊維と染料の橋渡
ると簡単に落ちます。しかし、泥汚れといっしょにつ
ホフマンです。ホフマンがなぜタール塩基を研究し
20世紀前半には化学療法の全盛期を迎えることに
しをする作用をもつ物質のことをいいます。
くと、シミとなって落ちなくなることがあります。泥に含
ていたかといえば、彼は薬用植物の成分であるア
なりました。
まれる金属イオンが、媒染剤の働きをし、吸着が起
ルカロイド
(植物塩基)
の合成という夢を抱いていた
きて染色されてしまうからです。
からです。そしてこのホフマンに師事して、マラリア
魔法の弾丸のようなものはなく、化学療法薬はさま
の特効薬であるキニーネの合成に取り組んでいた
ざまな副作用を示すこともしだいに明らかにされ
現在でも草木染めに根強い人気があるように、
美しい花や実や葉の色を衣服に移したいという願
望から、染色の歴史は始まったと推定されます。し
この泥の媒染作用を積極的に利用しているの
ところが、有害な病原体だけを
“染め殺し”する
きはちじょう
かし、草木の汁(染液)
に繊維を浸けても、よく染
が、八丈島の名産として知られる黄八丈です。黄
のが、イギリスの若き化学者パーキンです。暗中模
ました。しかも、その間、天然色素にかわって食品
まらなかったり、染まってもすぐに退色・変色したり
八丈はさまざまな植物色素で染めた糸で、縞柄や
索の実験を繰り返すうち、1856年、パーキンは偶然
などに添加されてきたタール色素にも、発ガン性
します。そこで、経験的に編み出されたのが媒染
格子柄を織りあげた紬(絹織物)
です。黄色はカリ
にも、美しい紫色を発する色素を発見しました。こ
などの慢性毒性を示すものがあることも発覚しま
という手法です。草木の染液に浸ける前あるいは
ヤス
(イネ科の多年草)
の植物色素によるものです
れが初の合成染料となったモーブです。
した。
後に、木灰を溶かした媒染液に浸けると、染めつ
が、独特の黒色はシイの樹皮を煮出したものを染
天然色素の合成は、1868年のアカネの色素アリ
医薬品や食品添加物を含め、さまざまな合成化
きがよくなって鮮やかに発色し、また退色・変色し
液とし、鉄分を多く含む泥水を媒染液として染め
ザリンが最初です。また、アカネとともに天然染料の
学物質が身の回りにあふれる現在では、いかにし
にく
くなるのです。
あげられたものです。何度も泥水の中で媒染する
代表とされたアイの色素インジゴも1880年に合成さ
て有害物質に人体が染まらない生活をするかに、
つむぎ
木灰のかわりにミョウバン
(明礬)
も媒染剤として
と、渋みのある黒色を呈するとともに、ずっしりと重
れ、天然染料は急速に市場から駆逐されてしまい
関心が寄せられています。そこで、注目されている
使われます。媒染剤を得る樹木は、中国ではサン
みを増すそうです。これは吸着現象によって、泥水
ました。
のが、物質の表面あるいは物質どうしの境界現象
バン
(山礬)
と呼ばれました。鉱物のミョウバンの代
の中の鉄イオンが繊維表面に移るからです。
用となる山中のミョウバンという意味です。
界面化学に新たな関心
19世紀ヨーロッパを席巻した染色革命は、医学
を研究する広い意味での界面化学です。解毒剤
にも新機軸をもたらしました。次々と発見された合
として投与されたり、浄水機などに用いられる活
成色素を、実験動物に注射してみたドイツの医学者
性炭は、多数の微細な穴をもつ表面のすぐれた吸
今日、染料と呼ばれるものは、化学的に合成さ
エールリッヒは、色素の種類によって、神経組織や
着作用を利用したものです。また、ヒット商品の抗
双方に媒染剤が結合して、錯体と呼ばれる複雑な
れた人工の有機色素がほとんどです。産業革命を
脂肪組織などを選択的に染色することを発見しま
菌グッズ、最近話題の光触媒技術というのも、ある
化合物を形成するからです。この錯体の中心に陣
促進した石炭の利用は、19世紀ヨーロッパにおい
した。そこで彼は有害な病原体だけを染色し、人
種の物質の界面反応を利用したものです。
取るのが金属イオンで、金属の種類によって染めあ
て有機化学を誕生させましたが、その最初の成果
体細胞には作用しない色素を見つければ、感染症
界面を単に仕切りと考えるのは間違いです。実
がりの色は、微妙にあるいは極端に変化します。草
は染料の合成でした。
の治療薬として利用しうると思いつきました。これ
際は現代科学でもとらえきれない謎と可能性を秘
が化学療法の考え方の始まりです。その後、合成
めた、ダイナミックな世界なのです。
アゾ染料から誘導されたサルファ剤が開発され、
岡安之)
木灰やミョウバンが染色の仲立ちをするのは、色
素と繊維表面の官能基(反応性に富む原子団)
の
第1章 人類と磁石の出会い
第2章 磁石に魅せられた科学者たち
第3章 磁性の謎解きと20世紀の磁石
技術の“境界領域 ”に挑む
TDKのファイン・エレクトロニクス
太陽光で写真を撮影するとき、
カメラレンズにUVフ
ィルタを装着すると、
不要な紫外線がカットされてコ
ントラストのよい写真となります。同様に信号の伝
送においても、
不要なノイズは信号を劣化させるた
め、
これを除去するフィルタが必要です。携帯電話
やコードレス電話の信号劣化の一因もこのノイズ。
そのため信号の劣化を抑制しながら強力にノイズ
を除去するLPF(ローパスフィルタ)
を、送信出力回
路に挿入します。
TDKのセラミック積層チップLPF
は、
微細構造制御技術によるAg内部導体など、独自
のファイン積層テクノロジーを駆使して開発された
小型・薄型のフィルタで、ギガヘルツ帯の高い周波
数帯領域においてもすぐれた低挿入損失を達成し
ています。
また、
携帯電話のさらなる小型・薄型・軽
量化というニーズに応えて、TDKは従来の3216タ
イプに加え、世界最小クラスの1608(1.6×0.8×
0.8mm)
タイプも新開発。
極限の高密度化が要求さ
れる次世代移動体通信機器の開発において、
貴重
な省スペースと設計の余裕を可能にしました。
写真
はDEA-Lシリーズ。
わたしたちの身近にある磁石を、歴史的・文化的な
背景を混じえて紹介した、楽しい磁石のガイドブッ
クです。知ってるようで意外と知らない磁石の素顔
を分かりやすく解説。磁石の魅力や驚きを、存分に
発見することでしょう。
監修・編者/TDK株式会社 佐藤 博
著者/吉岡安之
問合せ/日刊工業新聞社
TEL.03-3222-7131(販売)
判型/A5判・269頁
定価/2310円(税込み価格)
さくたい
木染めの魅力は、媒染剤の工夫によって、オリジナ
ルな色を創出できるところにもあるのです。
石炭タールから得られる塩基性物質を研究して、
天然色素の合成に道を開いたのはドイツの化学者
フェライトコア、マグネット、磁気ヘッド、インダクタ、トランス、EMI対策部品、電源、セラミックコンデンサ、
TDKは 圧電製品、センサ、高周波部品、半導体、PCカード、太陽電池、電波暗室、光ディスク、FA機器の総合メーカーです。
(文/吉
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TDKホームページ http://www.
tdk.
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制作/FACE
1999.5.NS