「ありのまま」でいい!?

問題
次の文章を読んで、あなたの考えたことを句読点とも 1000 字以内で述べなさい。
「ありのまま」でいい!?
大ヒットしたディズニーのアニメ映画「アナと雪の女王」の主題歌「Let It Go〜ありの
ままで〜」が来月に開幕する第 87 回選抜高校野球大会開会式の入場行進曲に決まった。
練習をさぼってばかりいるチームの「ありのまま」の試合は見るにたえないだろうが、出
場する選抜校の球児は厳しい練習に耐えてきた。日ごろの成果を「ありのまま」発揮し、
いい試合をしてもらいたい。
緊張で硬くなる。ミスを引きずる。大舞台で成果を十全に出すのは並大抵ではあるまい。
「ありのままで」は、人によっては甘い自己肯定の言葉だが、夢に向かって頑張っている
人たちにとっては、試練と挑戦の言葉である。
ありのままの自分を認めてもらいたい、飾らず自然体で人とつきあいたい、と思うのは、
人情かもしれない。だが、注意が必要だ。怒りの雷、悲しみの大雨、嫉妬の嵐……。自然
も自然体の自分もいつも穏やかとは限らない。
作家の村上春樹さんは 1985 年、
「文学界」の特別インタビュー「『物語』のための冒険」
(聞き手・川本三郎氏)で、
〈若い人が小説を書く時には、より強い感情を文章にしたほう
が、人には訴えかけやすいですよ。たとえば政治的挫折とか、ドロドロとした青春とか、
暴力とかいったようなものですね。(中略)でも僕はやりたくない。(中略)これは僕の基
本的な文章観なんですけれど、人間の存在自体が既に自動的にそういうドロドロとしたも
のを含んでいると思うんです。だからそれをあえて直接書く必要はない。それは共通項な
わけですから〉と語っている。
ドロドロしたところもある「ありのまま」は直接表現しないという春樹さんには、以前
紹介した「腹が立ったら自分にあたれ、悔しかったら自分を磨け」という名言がある。マ
ラソンに挑戦、翻訳もこなし、自分と自分の表現を鍛えてきた作家らしい文章観だ。
「ありのまま」の自分は年とともに変わる。生きている限り誰もが老いるからだ。その
変化と、私たちはどう向き合うか。はっとさせられる言葉と 2009 年に出あった。天皇陛
下ご即位 20 年に際して行われた天皇、皇后両陛下の記者会見で、高齢化・少子化などを
案じられた美智子さまは次のように語られていた。
〈高齢化が常に「問題」としてのみ取り扱われることは少し残念に思います。本来日本
では還暦、古希など、その年ごとにこれを祝い、また、近年では減塩運動や検診が奨励さ
れ、長寿社会の実現を目指していたはずでした。高齢化社会への対応は様々に検討され、
きめ細かになされていくことを願いますが、同時に 90 歳、100 歳と生きていらした方々
ことほ
を皆して 寿 ぐ気持ちも失いたくないと思います〉
事があると「○○問題」と命名し、高齢化に伴う介護、財政の負担増という「問題」を
憂慮し、
「高齢化の問題」という表現もごく普通に使っていた。しかし、この表現では、長
寿自体が問題のようにも読める。長寿は、明日の現役世代の姿なのにもかかわらず……。
その美智子さまは、聖心女子大2年生だった昭和 30 年(1955 年)、成人の日を記念し
た読売新聞の懸賞論文「はたちのねがい」で 2 位に入選している。「正田美智子」名での
論文の題は「虫くいのリンゴではない」。そのエッセンスは渡辺みどり著『美智子さま
美
しきひと』(いきいき刊)に紹介されている。
論文は、戦争と戦後の混乱という、恵まれなかった時期に育った自分たちの世代と、
「自
分は虫食いのリンゴの中に生れついた」というT・ハーディの小説「テス」にある表現と
を重ね合わせながら、未来の生き方を語っている。
〈私達の努力次第で明日は昨日に拘束さ
れたものではなくなるはずです〉
「ありのまま」の社会には様々な「問題」はあるが、〈現在を如何に生きるかによって、
さまざまな明日が生れて来る事を信じようと思います〉というのだ。同年 2 月 5 日付の本
紙「下町版」には、論文の実践版というべき記事が載った。見出しには、
〈賞金を社会事業
寄付 「はたちのねがい」入賞の正田さん〉と書かれていた。
歌の原題「Let It Go」は曲の流れで訳すと「ありのままで」ではなく、「くよくよする
な」という意味に近い。現状の「問題」をくよくよ嘆いているばかりでは、世界は目の前
に実際にある通り、ありのままである。
(読売新聞 2 月 21 日朝刊「『ウ』の目 鷹の目」より)