素材メーカーの用途開発を 目指すサービス機能とは

Japan Marketing Academy
マーケティング・エクセレンスを求めて
素材メーカーの用途開発を
目指すサービス機能とは
シリーズ
●
第81回
〔株式会社ユポ・コーポレーション〕
下川 菜穂子 恩藏 直人
● 早稲田大学大学院 商学研究科 博士後期課程
http://www.j-mac.or.jp
● 早稲田大学 商学学術院 教授
マーケティングジャーナル Vol.29 No.2(2009)
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★ マーケティング・エクセレンスを求めて
粢
①
はじめに
駅の時刻表や JR 電車の中の路線図,宅急
便用袋,選挙ポスター,レストランのメニュ
ー,野菜を束ねているテープ,シャンプーや
リンスのラベル,酒や醤油のラベルにどのよ
うな素材が使われているかご存知だろうか。
それが,パルプを材料とする天然紙や,プラ
スティックフィルムとも違う素材であり,耐
水性があり,破れにくいという特性をもった
合成紙であることに,消費者が特に注意を払
うことはないかもしれない。しかし,合成紙
の特性である耐久性や耐候性はもちろん,さ
らに美しい仕上がりで高機能,そして環境に
も優しい素材を目指して開発と改良を重ねら
れてきた合成紙ユポ 製品が,身の回りに実
は数多くある。
ユポ・コーポレーションは,合成紙ユポ
の生産と販売を手がける企業である。1969 年
の設立以来,合成紙市場の開拓と合成紙の用
途開発を続け,「プラスティックに見えない」,
出典 http://japan.yupo.com/product/lookup/use/use_05.html
「紙なのにどうして」という驚きを提供する
「開発の DNA」1)を命題とする企業である。
合成紙は,紙のように見えるのに,プラス
明確な境界線を引くことが難しくなっている。
ティックフィルムに似た特性を持つ点が大き
な特徴である。合成紙は一般的に,「石油か
1968 年 5 月,科学技術庁(現 文部科学省)
ら作られる合成樹脂を主原料として製造され,
資源調査会は「合成紙産業育成に関する勧告」
その特徴を残しつつ木材パルプを主原料とし
を発表した。紙の原料パルプの原木価格上昇
た“紙”の持つ種々の性質――特に白さや不
や仕入れの確保,森林資源の保全といった課
透明性などの外観と広範な印刷・加工性能―
題に取り組むには,石油を原料とする合成紙
―を付与した製品」 と理解されてきた。しか
を促進することが重要であるとし,政府は合
し近年では,紙とプラスティックフィルムを
成紙産業の育成を提唱した。その直後から合
組み合わせた合成紙商品が登場し,両者間に
成紙開発と事業化が産業界でも活発となり,
2)
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用途を開発しニーズを生む合成紙の発展
主に製紙会社と石油化学会社が共同で研究開
い新素材である合成紙を上市し,ユーザーや
発に乗り出し,数十社が競っていた。しかし,
顧客と共に用途開発を続ける製造業のエクセ
合成紙市場が確立する前にオイルショックが
レンスをマーケティング観点から見ていきた
おこり,石油,石油化学製品は大幅に価格が
い。
上昇した。さらに経済の低迷が合成紙産業に
追い討ちをかけ,大きな打撃を受けたメーカ
②
ーの多くは,合成紙産業からの撤退を余儀な
会社の沿革
くされた。
ユポ・コーポレーションは 2009 年,40 周年
ユポ・コーポレーションはこの厳しい状況
を迎える。
を乗り越えるため,合成紙を「一般紙の代替
品」ではなく「機能を売る特殊紙」と位置づ
1960 年初頭から合成紙の開発に取り組んで
けてグローバル・ニッチ市場向けに用途開発
いた王子製紙は,フィルムの延伸技術を持つ
を行うことで合成紙メーカーのリーダーとな
原料樹脂メーカーを提携先として探していた。
っていった。
三菱油化(現,三菱化学株式会社)も,早く
からポリプロピレンの一大マーケットを目指
今日のマーケティングでは,技術部門が中
心となり優れた製品を開発し,それを市場に
して合成紙研究を開始していた。王子製紙は,
売り込むプロダクト・アウトであるより,市
三菱油化に 1968 年,提携を申し入れ,翌
場の動向に目を向け,消費者ニーズを出発点
1969 年,両社は折半出資により資本金 1 億円,
として製品を開発するマーケット・インであ
技術開発部を含めた総員 35 名で,株式会社王
ることが強調されている。日本の製造業の高
子油化合成紙研究所を設立するに至った。王
い技術力は世界市場でも認められるが,ユニ
子製紙は三井系だが,パルプの輸入を通じて
ークな技術力を有するからといって大きな成
三菱商事と,そして機械発注関連で三菱重工
功に結びつくというわけにはいかない。ユ
とのリレーションシップを確立しており,系
ポ・コーポレーションが合成紙市場の創造に
列における抵抗はなかったという。三菱油化
貢献し,マーケット・リーダーとしてビジネ
の当時の社長は,「大々的にやりなさい。合
スを軌道に乗せることができたのは,プロダ
成紙をやるなら日本一の製紙メーカーと組ん
クト・アウトからマーケット・イン志向への
でやりなさい」3)と指示を出していたという。
王子油化合成紙研究所は,両方の親会社か
切り替えに成功したことも理由に挙げられる。
さらに同社は,ユーザーや顧客に,素材であ
ら,必要な研究機器,研究メンバー等,全面
る合成紙(モノ)だけでなく,合成紙の付加
的なバックアップを得て,さらに研究の委託
価値を共創するためにサービス(スキルや知
も親会社から受ける形をとることで事業化へ
識)も提供し,ユーザーや顧客との協働型マ
の歴史を刻み始めたのであった。
ーケティングを展開することが重要であるこ
1971 年,合成紙ユポ製造 1 号機を鹿島工場
とを認識している。本ケースでは,前例のな
(茨城県神栖市)に完成させ商業生産を開始
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した。1986 年に 2 号機,1990 年に 3 号機を同
じく鹿島工場(茨城県神栖市)に増設し,国
内外向けに安定供給体制を整えていく。
1968 年から 1969 年にかけて,親会社の三
菱油化が開発した合成紙の製造技術に関する
基本特許が日本と欧米諸国に出願された。さ
らに三菱油化のニューヨーク事務所が王子油
化の合成紙を「夢の紙の開発」として世界の
化学や紙関係の雑誌に発表した。これは欧米
の関連業界に大きなインパクトを与え,設立
Corporation America を設立し,1998 年 9 月
後間もない王子油化に世界各国 150 社から問
から米国バージニア州チェサピーク市にてユ
い合わせが相次いだ。国内事業もまだ立ち上
ポ の本格生産を開始した。
げていない段階でありながら,欧米の製紙会
2000 年 6 月には 100 %出資の欧州販売会社
社,樹脂メーカー,商社等から大きな反響を
Yupo Europe GmbH を設立,同年 10 月から
得たことで,グローバル事業の基本方針も打
ヨーロッパで YUPO ブランドを使っての独
ち出さざるを得なかった。その内容は,当面
自販売を開始したのを機に,2001 年 1 月 1 日
は西欧と北米を国際事業の対象地域として合
に社名を王子油化合成紙(株)から,ユポ・
弁企業化を基本目的とする,その他の地域に
コーポレーションに変更した。ユポは,三菱
は国内で生産した製品を輸出する等であった。
油化株式会社(現,三菱化学株式会社)の
こうして,国内と海外の両方でほぼ同時並行
「YU」と王子製紙株式会社の「O」を Paper
的に事業展開することとなった同社は,必然
の頭文字「P」で結びつけるという社員のア
的にグローバル企業としての事業方針を構築
イディアを採用した商品名だった。社員およ
していくことになったのである。1973 年には
び社員の家族から 3000 通もの応募があり,小
米国の特殊紙分野で実績のあるキンバリー・
松左京氏,星新一氏も参加した選考委員会で
クラーク社と販売提携を結び,北米中米でマ
1971 年に選ばれ,発表された。
ーケティング・販売を開始した。
また,同社のロゴは,太陽を表すオレンジ
続いて 1977 年,欧州で特殊紙のトップメー
の円と,宇宙を表現するもう一つの黒い円で
カーに位置する英国のウィギンス・ティープ
構成されている。手書きしたような 2 つの円
と西欧全域における販売契約が締結された。
は,おおらかで人間味あふれる明るさを表し,
この年の年末,輸出先は欧米オセアニアの 20
個性・創造性を感じさせ,自然でやさしく,
カ国を数えるまでになり,1983 年頃には紫外
しなやかな感性と夢を持つ「ユポ 」の存在
線の強いオーストラリア,ニュージーランド
感を訴えている。そして,「ユポ 」が人間・
でユポ の耐候性が評価され利用が増大した。
地球・宇宙とともに存在し,互いに協調しあ
う調和の意図がこめられている 4)。
1996 年,100 %出資の米国法人 Yupo
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用途を開発しニーズを生む合成紙の発展
同社は,現在,国内販売 75 %,輸出 25 %,
ターゲットとしていたマスマーケットから,
合成紙分野において世界でトップシェアーを
合成紙独自の特性を活かせるニッチマーケッ
有するリーデイングカンパニーである。
トへ方向転換を図り,紙とプラスティック両
方の長所を兼ね備えた付加価値の高い商品開
発を続けた。「この事業を続けるも続けないも
③ 合成紙ユポ の市場創造
君達の力次第だ。売れなかったら撤退を親会
社に即報告しなくてはならない」5)というトッ
合成紙の多くは科学技術庁が出した勧告を
プの激励に全社員が,知名度の低さと赤字体
受けて,石油から作られる合成樹脂を主原料
質からの脱出を目指して必死に働いた。王子
に製造された。当時,合成紙生産に必要な石
製紙と三菱油化からの出向社員で成り立って
油の輸入価格は,紙生産に必要なパルプや原
いた同社は,最高の合成紙商品を作って売る
木輸入価格の半分から 4 分の 1 程度であった。
という目標のもとで一致団結し,2 つの大企業
合成紙産業の育成は,国際的な競争力強化を
の文化を上手く融合させることにも成功した。
急務としていた石油化学工業の発展に寄与し,
王子との提携前から三菱油化の合成紙グル
将来的には日本の合成紙産業自体が国際市場
ープに所属した研究員達は,就業後のフィル
で大きな力を発揮することが期待されていた。
ム研究室の設備を使って夜間に合成紙の用途
合成紙は天然紙代替品の大需要,例えば新聞
開発実験を行っていた。機械が空く夕方から
紙のようなマスプロダクションや,汎用性を
真夜中まで研究に従事した若手研究員達は
もつ素材として広く利用されることを目指し
「ふくろう部隊」と呼ばれたという。1990 年
ていたが,オイルショックがその実現を阻み,
代の石油危機に直面し厳しい経営局面にあっ
多くの合成紙メーカーが撤退せざるをえなか
た時には全国各地で PR 活動を展開するため
った。オイルショック後,ユポ・コーポレー
にユポ・コーポレーションは一丸となってキ
ションも厳しい経営に直面するが,それまで
ャラバン隊を編成した。組み立て式の展示用
■図―― 1
具,説明パネル一式はキャラバン隊自らが手
ユポ・コーポレーションのここ最近の売上高
作りし全国を巡業したという。合成紙ユポ
が黒字に転換するまでの 10 年間,開発と改良,
売上高百万円
PR 活動の努力が続けられた。このような社
16,000
14,000
12,000
10,000
8,000
6,000
4,000
2,000
0
員の情熱が現在の同社の礎となったのである。
戦後日本の高度経済成長は,海外の進んだ
技術の導入や,すでに海外で開発され市場に
出ている商品をモデルとして生産することで
成し遂げられてきた(小坂 1970)。しかし,
2004年 2006年
2008年
合成紙のように,前人未到の技術による新規
出典 データをもとに筆者作成。
商品の用途を開発した例が過去に無かったた
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め,事業化には相当な努力を必要とした。合
に残ってしまうが,剥離性に優れるフィルム
成紙の販売を軌道に乗せるには,様々な加工
状であれば,綺麗に剥がれる。失敗作が大き
を施すことで高い付加価値を付与する合成紙
な需要を生む粘着紙ベースの商品となりえた
であることが必要不可欠であった。素材メー
のも,寝ても覚めても合成紙の用途開発を考
カーであるユポ・コーポレーションは,印刷会
え続けた開発スタッフの努力の賜物であった。
社等,加工会社の協力を得て価値を共同開発す
この当時,二次加工用途への受注に期待が
ることの必要性を十分に理解していた。そこで,
高まる。しかし,例えば地図を折りたたむ加
ユーザーがユポ を加工する過程に,進んで参
工は容易に完成せず,また,ユポ を使用した
加し,合成紙ユポ の価値を協働で創造するた
袋に適合する接着剤がなかなか見つからない
めの協働型マーケティング(上原 2001)を実
など,多くの技術的課題に取り組みながら合
践してくことになる。そのためには,加工を施
成紙の事業化を進展していかねばならなかっ
すユーザー,それを使う顧客との長期関係性を
た 6)。印刷,製袋等,素材メーカーにはできな
構築する必要があった。ユポ・コーポレーショ
い加工はユーザーや顧客と協働体制を組む必
ンは,まさに用途開発という目的を達成するた
要に迫られた。初期段階の合成紙ショッピン
めに,こうしたマーケティング手法が必然であ
グバックがその良い例である。加工会社が保
ることを自覚していたのである。
有する通常の製袋機が使えず,両面テープで
合成紙ユポ の上市,1972 年 1 月を前に,
手貼りする内職仕事で仕上げていたが,量産
1971 年 2 月の札幌プレオリンピックではユポ
のためには製袋メーカーに生産過程に加わっ
製の札幌市街地図,五輪手帳などを試作品と
てもらう必要があった。そこで,製袋メーカ
して作成し,内外のプレスに無償で配布した。
ーとの提携を進め,規格品用の自動製袋技術
この試作品の評判は上々で,翌 1972 年 2 月 3
を確立することで量産化の目処をつけ販売に
日から 2 月 13 日にかけて開催された札幌オリ
こぎつけた。このショッピングバックは市場
ンピックではユポ が公式ガイドマップに採用
の反応も良く,規格品以外の小口注文も舞い
されることが決定した。ほぼ同時期,ユポ 製
込むようになったことから,次は平台製袋の
造 1 号機の初実需として,北海道江別市の青年
拠点作りに取り組んだ。製袋加工ユーザーに
会議所から手提げ袋の注文があり,さらに在
は技術設備の貸与と技術指導も行い,次第に
京デパートのショッピングバック,名鉄メル
合成紙ショッピングバックの市場を形成して
サオープン用ステッカー,警視庁の交通安全
いった。そして,紙製のバックが主流である
ステッカーと受注があった。市場から要望が
ショッピングバック市場で,印刷適性,耐水
あったステッカーは,製造機の偶然の誤作動
性に優れるユポ バックは,高級袋としての地
が作り出した片面が紙状,もう片面がフィル
位を獲得し,キャラクター袋,婚礼用引き出
ム状という本来であれば失敗作がヒントとな
物袋,高級ブランド袋にも採用され,合成紙
って生まれた。ステッカーの両面が紙状であ
の「歩くプロパガンダ」の役割も果たした。
群馬県にある紙袋製造会社小野木製袋は国
れば,貼った面(ステッカーの裏)が壁など
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用途を開発しニーズを生む合成紙の発展
内のユポ バックの大半を生産しており,同
げることができる。紙のポスターであれば,
社の出荷量の約 1 割は,ユポ 製品である。
風雨や紫外線によるダメージから何度か印刷
光沢があって美しく,耐水性,耐久性を持つ
しなおして貼り替える手間がかかるが,ユ
ユポ 製袋には,名入れ,箔押しのサービス
ポ の場合は 1 年たっても劣化しない。このメ
も請け負い,オリジナル性を提供している。
リットも積極的に PR され,1972 年には,衆
しかし,折っても時間がたつと開いていくユ
議院総選挙用ポスターを受注するが,ユポ
ポ の反発性は,バックの折り曲げ・糊づけ
の印刷技術を取得している印刷会社はまだ数
には不向きであった。そこで,県内でも有数
社にすぎないという状況であった。厳しかっ
のモノづくり企業である同社では,接着面を
たこの時期,ユポ・コーポレーション,印刷
強力にする技術を開発し,「日本一丈夫な」
会社,広報エージェントは協働して屋外でも
袋の生産を手掛けることができるようになっ
半年以上色あせしない耐候性インキ開発した。
たのである 。
また耐水性両面テープによる壁面への取り付
7)
小野木製袋のようなユポ のユーザーと共
け方も功を奏し,ユポ の選挙ポスターは,
に,ユポ・コーポレーション自身が合成紙メ
剥がれたり破れたりすることもなく,他のポ
ーカーとして発展していくには,技術的課題
スターとの差を明らかに証明した。そして,
の克服,商品の改良と陳腐化を何度も繰り返
この時,ユポ のポスターを採用した候補者
すことが必須であった。
25 名は全員当選を果たした。この結果により,
1974 年の参議院選挙では,数多くのユポ 製
選挙ポスターが採用されることとなった 8)。
④ 合成紙の用途開発までのプロセス
こうして,ユポ の屋外ポスターは,同社
の得意商品の一つとなったのである。
合成紙ユポ に対する市場の認知度を上げる
ため,合成紙ユポ製造機 1 号機竣工パーティ
選挙ポスターが普及した後,ユポ は選挙
での PR,ユポ の販売代理店,卸商を対象と
用投票用紙という用途でも,各地の自治体に
する研修会の開催,東京国際包装展への出展,
採用されることになる。
ユポ・コーポレーションの親会社と親会社の
日ごろから選挙の開票作業の高速化とコス
特約店等による PR のためのプロジェクトチー
トダウンを考えていた選挙関連業務の関係者
ム結成などさまざまな努力が続けられた。
が,ゴルフをしている時,ユポ 製のスコア
カードは折り曲げても自然と開く特徴である
ユポ 単体の値段を,普通紙の値段と比較
ことに気づいた。そして,ユポ を選挙投票
すると高い。が,選挙ポスターなどのように,
用紙に利用するアイディアを思いつき,採用
長期間にわたって屋外に貼るのであれば,そ
を検討した。開票作業で最も時間がかかるの
の強度・耐久性,耐水性,耐候性,印刷適性
は,折りたたまれた投票用紙を投票箱から取
といった特性を発揮し,トータルコストを下
り出して一枚一枚開いていく作業であり,数
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時間もかかっていたという。そのため,即日
いため,温度や湿気など気候と環境による影
開票を達成できない自治体も複数あった。シ
響を考慮する必要に迫られた。また,筆記用
ョッピングバックのような商品では短所であ
具の違いがもたらす筆記性の差や,表面の摩
ったユポ の反発性は,折って投票箱に入れ
擦が原因のダメージを減少させるなど課題は多
ても箱の中で数秒以内に開くので投票用紙の
かった。こうした条件の厳しい投票用紙には,
用途としては最適である。1982 年の八千代市
さらに 10 年の開発と改良の月日を要すること
議会選挙で初めてユポ の投票用紙は採用され,
になる。加えて選挙方法の変更やシステムの発
その後の認知度向上につながった。結果的に,
展も,投票用紙の更なる改良を必要とした。
ユポ の投票用紙は,有権者数と投票人口,選
たとえば,投票用紙計数機が使用されよう
挙の種類によっても異なるが,開票時間を大
になると,ユポ 製投票用紙が静電気の発生
幅に短縮し,即日開票の実現に大きく貢献し
のためにカウントされないという大きな問題
た。有権者を多く抱えた自治体も,ユポ を採
がおこった。プラスティックフィルム固有の
用することで,即日開票,即日速報が可能と
短所ともいえる帯電性の問題をユーザーであ
なり,迅速に結果を知らせる行政サービスが
る顧客から指摘され,一時は投票用紙として
実現したのである。また,開票の即日作業が
の採用を見合わせるという状況にまで陥った。
可能となったことから,官公庁の職員の開票
この窮地から脱するため,計数機の大手であ
人員および残業時間も減り,コストの削減を
るムサシと共同開発を行うことで,通紙適性
図ることができた。さらに,ユポ は,一般に
や機械適性の改良を目指した。改良には大き
は売っておらず,簡単には手に入らないため,
く 3 つのステップを踏んだ。まず,どの印刷
偽造が困難で,選挙データの機密性を高める
会社でも印刷可能な印刷適性の付与と票を数
こともできる。こうして即日開票によるニュ
える計数機適性を改良した。次に以前まで使
ース性,トータルコストダウン,そして偽造
用されていた色上質紙の重量に合わせ,色の
防止性といった特性がいかんなく発揮された
ラインナップ,表裏に差をつけるといった投
ユポ の投票用紙の効用は認知され,積極的に
票用紙の改善を行った。最後にスタンプ適性
プロモーションが展開された。さらにテレビ
や印刷の更なる改善を実施することで現在の
の情報番組が,ユポ の特性を紹介したことか
ユポ 投票用紙の姿となったのである。そし
らも注目が集まった。そして,1983 年の統一
て,実施試験や開票に立ち会うなどの営業努
地方選挙では,千葉市など複数の都市が採用
力を投入し,再び投票用紙として採用される
し,1986 年には,県知事選の選挙投票用紙と
まで信用回復に尽力した。計数機メーカーと
して採用,1989 年には,国政レベルの選挙で
のタイアップによる課題克服,その後のプロ
選挙投票用紙として採用された。
モーションが結実し,新グレードの投票用紙
選挙でユポ を採用する県も順調に増加し
は再度,選挙の場で実力を発揮することにな
高いシェアを獲得するようになるが,南北に
った。
細長い国土を持つ日本の選挙は季節を選ばな
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ユポ・コーポレーションの製造業としての
140
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用途を開発しニーズを生む合成紙の発展
気概は,顧客やユーザーから使い勝手やアイ
の説明はそれほど容易ではない。そこで,ユ
ディア,要望を聞き出すことで,改良と開発
ポの営業担当者は商社と共同で,サプライチ
に取り組み,さらなるユポ の機能性向上と
ェーンの川下で素材決定権を持つユーザーに
新用途を研究することを繰り返し行う姿勢に
対し,機能や用途の説明を行うこともある。
見ることができる。ユーザーや顧客との長期
この活動は営業面でメリットをもたらすだけ
関係性構築を重視し,協働型マーケティング
でなく,ユポ の用途をユーザーの視点から
を実践しようとする同社の手法といえるかも
発見する機会の増加,新鮮な観点での用途開
しれない。
発,ユポ・コーポレーションの技術向上,商
選挙後にも万全を期す必要がある投票用紙
品の高機能化を促進する糸口ともなった。そ
は保存に優れた耐久性が必須である。そうし
して,その結果,素材メーカー,加工会社,
た特性を持つユポ の投票用紙だが,今後は,
顧客と,サプライチェーン全体で価値を共創
米国が開始した電子投票のシステムなどと競
する可能性を高めることに役立った。ユポ・
争していかねばならない。
コーポレーションの営業部は,サプライチェ
ーンのユーザーや顧客との協働を高め,価値
⑤ サプライチェーンにおける
ユーザーとの価値共創
共創を今後ますます増やしていきたいと言う。
それは,加工会社とのパートナーシップ,関
連する印刷機械・インキ・接着剤メーカーと
の協業体制により,用途を拡大でき,同社自
現在,日本の紙生産量は 3000 万トン,フィ
身の累積経験を積み重ねてきたことを営業部
ルムは 250 万トン で, 合成紙の生産量は紙
がよく理解しているからである。よって,協
の 0.1 %である。紙全体から見ると取引量の
働の契機ともなる外部からの要望,クレーム
少ない合成紙に,流通を担当するビジネス・
は宝であり,チャンスであると同社は言う。
パートナーも多くの人材と時間を投入するの
合成紙の用途およびニーズはもちろん,合成
は難しい。また,ユポの営業担当者も,国内
紙の市場すらなかったところから,時代に後
で約 30 名と少数精鋭である。少数で効果的な
押しされて会社を出発させた同社にとって,
営業を展開するには,同社の営業は「機能や
商社,印刷会社,デザイナー等のユーザーや
コストパフォーマンス向上を目指した素材の
顧客の意見をニーズに置き換え,商品開発の
使い方についてのインタープリター」である
シーズとすることが最善の方法であることを
ことを求められ,商社,第一次,第二次流通
経験してきたからである。
9)
にも優れた素材としてのユポ を理解しもら
う説明力が不可欠となる。商社や流通の先の
日本に印刷会社は 3 万社ほどあり,ユポ
ユーザーが,ユポ のもたらす便益に気づく
を積極的に扱うのは,そのうちの 1 %未満と
には,商社や流通の力を借りねばならないか
いわれる。合成紙は多色刷りの高級印刷に適
らである。しかし,ユポ を使いこなすため
し,鮮明な印刷効果がある。特殊紙ユポ を
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取り扱う印刷会社は付加価値のある商品を取
(図− 2)。今後,さらにユポ の流通量を増加
り扱うという点で,高い単価での取引が可能
するには,一般的なインキの使用や普通紙の
となる。その反面,合成紙は表面が平滑で通
印刷技術に近づけるなど,印刷会社側にとっ
気性がないため,インキとなじみ難く乾き難
ての刷り易さの追求が必要となる。
い。ユポ に美しい印刷を施すためには,普
素材メーカーであるユポ・コーポレーショ
通紙とは異なる技術と知識が必要となる。印
ンのサプライチェーンにおける重要な役割に
刷会社が従来から保有する印刷機を使ってユ
は,財を生産して売るだけではなく,ユーザ
ポ に印刷することは出来ても,普通紙とは
ーや顧客が商品機能とコストパフォーマンス
異なるインキを使用するなど手間もかかる。
の向上を達成できるようスキルと知識といっ
さらに,インキの乾燥に長時間を要するため,
たリソースを提供することも含まれる。加工
印刷後の乾燥では重ね方に注意が必要であり,
会社等のユーザーが自社のスキルとユポ・コ
作業場のスペースもとっていた。
ーポレーションのリソースを駆使することで,
ユポ・コーポレーションは,印刷会社が生
合成紙に付加価値を付与する共創が生まれる
産性の向上を図ることができるよう,ユポ
からである。同社が,サプライチェーン全体
の改良に取り組む必要があった。ユポ の印
のファシリテーターとして,モノとサービス
刷および乾燥にかかる時間と労力を減らすた
を提供することが最終的な合成紙商品の価値
めの改良は,ユーザーからの要望でもあった。
を高め,それがサプライチェーン全体の活力
長年,研究を重ねた結果,ユポ の表面にイ
になると言えよう。
ンキを吸収する機能を付与することで浸透能
力が高まり,インキの乾燥にかかっていた時
ユーザーからのクレームは電話や同社のホ
間を半分に短縮することが可能となった
ームページを通して届くことが多い。同社で
■図―― 2
出典 「合成紙ユポセールスマニュアル」 10 頁。
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用途を開発しニーズを生む合成紙の発展
は,共創機会創出のきっかけともなる顧客か
を創造できるようにサポートするために,
らの意見をできる限り収集するため,顧客に
「サービス」の提供を考えねばならないという
とってできるだけアクセスしやすく,便利で
ことになる。ここでは,顧客参加型の新商品
あるように気を配っているという。
開発や商品改良というより,むしろ企業自ら
顧客からの声や気づきを現場で収集する役
が顧客やユーザーの価値創造プロセスに参加
目は,主にユポ・コーポレーションの営業部
し支援をするサービスに基盤を置いた製造業
が担当する。コンプレインやクレームを受け
の役割が考慮される必要がある。
取った営業担当者は,同社の技術サイドに迅
顧客やユーザーがユポ を使用する現場に
速に伝え,問題解決に取り組む。技術サイド
参加し,製造過程から実際の声を集め,地道
は,純粋に研究をする部署と,ユーザーのテ
に用途開発のシーズを発見しようとするユ
クニカル・サポートを担当する部署とで構成
ポ・コーポレーションは,Grönroos が主張す
し,きめ細かい技術サービスを提供できる体
る企業側からの積極的な働きかけによる価値
制をとっている。テクニカル・サポートは営
共創の機会創出に努力していると言えるかも
業担当者に同行してユーザーの加工現場や客
しれない。
先に出向き,問題解決にあたることもある。
このように,研究所から出発して,多くの
顧客との直接窓口である営業と,技術部門が
問題に直面し,克服の困難から蓄積してきた
協力して顧客の抱える問題の原因を突きとめ
さまざまなケースやノウハウが,現在では同
解決する部門間を越えた協調体制を取ってい
社の強みとなっている。ユポ の用途開発の
るのである。
源泉は,これら厖大なデータであり,現場の
重要な点は,ユポ・コーポレーションの営
ユーザーからの生の声であるといえる。プロ
業とテクニカルサポートが一体となり,ユー
モーションを主たる目的とした国内外の展示
ザーや顧客がユポ 製品を扱う現場に出向い
会やセミナーの場では,実際過去にあったト
て,同社の蓄積してきたスキルや知識といっ
ラブル事例を開示し,参加者との意見交換を
たリソースを提供する仕組みである。
積極的に行う。また,同社のホームページに
Grönroos(2008)は,企業が,顧客と共創
は,これまでに発生したトラブルとその主な
する機会を見出すには,顧客が企業の提供す
原因を事例として提示するユポ の取り扱い
るモノやサービス(services)を活用して価
カタログ一式が掲載されている。顧客にホー
値を創造するプロセスに企業側が積極的に関
ムページにアクセスしてもらうことでトラブ
与する必要があると述べる。そして,企業が
ルの予防を呼びかけると同時に,顧客からホ
顧客の価値創造プロセスに関与するには,顧
ームページを通じてさらに意見を収集するた
客が「日々のビジネス(everyday practice)」
めでもある。
において価値を創造できるように支援を行う
ユポ の開発と改良をかさねてきた同社は,
ことであるとも説明する。つまり,企業は,
常に顧客の機能とコストパフォーマンスを向
顧客が当該企業の提供する財を活用して価値
上し,顧客の便益を優先する社内文化を作り
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★ マーケティング・エクセレンスを求めて
粢
上げてきた。ユポ は,「お客様と一緒に作り
ユポ の特性を活かすことで,紙やフィル
込んでいく商品」であり,「まだまだ開発途
ムを一歩リードしてきた商品開発のプロセス
上の未完成品」 であるという同社の認識が,
をみることにより,その要因を探してみたい。
10)
顧客やユーザーからの「こういう風にこうい
うものを」という要望を伝えるための場を作
プラスティック容器を作る際,印刷したラ
り上げているといえよう。
ベルをあらかじめ金型内に挿入することで,
成形と同時にラベルをはることができるイン
モールドラベルは,1980 年に米国で本格的な
⑥
合成紙の差別化要因
使用が始まった。この製法は,ラベリング作
業の手間とコストを削減できるという利点が
日本のみならず,世界においても合成紙の性
あり,先に欧米で浸透していった 11)。
能向上や用途開発が進められ,合成紙市場は拡
当初は,紙製のインモールドラベルでその
大してきた。ユポ は,紙とフィルムの中間で
機能を十分果たしていたが,やがて耐久性,
ある合成紙というニッチ市場でリーダーの地位
耐水性,耐油性,防カビ特性へのニーズが高
を得てきたが,これからは新機能を付与された
まっていった。さらにプラスティックボトル
紙やフィルムとも厳しい競争をしていかねばな
のリサイクル化が進むに従い,紙製ラベルが
らない。例えば,表面だけを樹脂加工したパル
リサイクルに適していないことから,プラス
プ製の耐水紙も競合の一つとして加わってきて
ティック製ラベルへと切り替えが行われてい
いる。今後,合成紙がニッチ市場だけではなく,
った。これを好機と見たユポ・コーポレーシ
紙・フィルム市場でも競争優位を築くために必
ョンは,ユポ を使用したインモールドラベ
要な要因とは何であろうか。
ル分野への参入を決意し,加工を施した商品
の販売を開始したが,この製法では価格が高
いなど課題が多く,実績を伸ばすことが出来
なかった。しかし,1988 年,同社の現地での
ビジネスパートナーであったキンバリー・ク
ラーク社からインモールドラベル開発の要請
があったことが転換期となる。経営陣は,コ
ストを抑え,しかも多様な印刷に対応できる
新しい商品の生産に踏み切ると,生産工程に
重大な影響がでることを予測しながらもイン
モールドラベルの将来性にかけた。この決断
により,生産部門と工場は苦労しながら生産
ラインを導入し,市場開発部門は試作品をユ
出典 http://japan.yupo.com/product/lookup/use/use_05.html
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ーザーやメーカーに持ち込んでは評価と意見
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用途を開発しニーズを生む合成紙の発展
を収集する日々を重ねた。そして,開発から
また,耐水性,耐冷蔵性,耐久性で一度は
3 年の月日を費やして,1991 年,インモール
評価を得た商品に,「吸水機能を持たせる」
ド成形用新規グレードを上市した。この新商
という逆転の発想から開発されたユポ もあ
品は,欧米,日本の市場でシャンプー,コン
る。ワインクーラーの中に入れても,冷蔵庫
ディショナー,洗剤,飲料,調味料,モータ
から出し入れしても,皺がよるなどの外観不
ーオイルなど幅広い用途に採用され,需要は
良をあまり発生しないことで酒のラベル等に
拡大,販売量も増大し,同社の英断が事業の
使用されてきた既存のユポ グルーラベルが
成功を導いたのであった。
浮いたり,剥がれるといった点をユーザーか
この成功要因は,いくつか考えられるが,
ら指摘された。商品の顔としてブランドを表
製造過程とボトル原料の省力化が可能となっ
現する重要な役割を担うのがラベルである。
た点が大きかった。出来上がったボトルにラ
これまでユポ の特性として重要視していた
ベルを貼る従来品の場合,2 段階の工程が必
耐水性に対し,ユポ 基材自体に吸水性を付
要だったが,ボトル成形工程でラベルを差込
与するという逆転の発想をもって研究開発し,
み,膨らませる手法であれば,1 段階だけの
完成したのがアクアユポ であった。過去の
工程で済む。また,差し込まれたラベル分だ
成功要因に固執せず,既成概念を離れた結果,
け,ボトルの原料である樹脂も少なくて済み,
糊の選択肢が拡大し,ラベルと被着体の初期
さらにユポ のインモールドラベルを使用し
接着力も大幅に向上し,ラベルの剥がれやズ
たボトルはリサイクルもできる。加えて,見
レを抑えることが可能となった 12)。さらに,
た目は,ラベルを貼った感じがなく,触って
印刷適性のアップと速乾性の実現が作業性の
も段差のない一体形成であるため,店頭で製
効率を上げた。アクアユポ は,飲料・調味
品ラベルが剥がれたり破れる心配もない。人
料ラベルとして主に使用されるグルーラベル
為的にラベルを貼り替えることが不可能であ
や建材用途以外にも多様な可能性を持つ主力
ることからも,中身を入れ替えた偽物を防止
商品の一つとなったのである。
することもできる。ブランドを守るという観
ユポ の短所と見なされていた特性を長所
点において,ブランドオーナーに安心感を提
に転換することも新商品を開発するためには
供することにもなった。
重要な要因となる。製袋に適さなかった反発
ブランドの価値を直接的に支援をするユ
性を投票用紙に利用して成功した例は先に紹
ポ 商品もある。飲料などに貼られたシール
介したが,ノッチが入ると方向性をもって裂
が綺麗に剥がれて,また貼りなおせるという
けやすいユポ の短所を逆利用したのが野菜
特性を活かしたキャンペーンの応募シールや,
の結束テープである。この発案者は,王子製
破れたり裂けたりしない贈り物用の包装紙な
紙合成紙部の特約店であった。アスパラガス
どである。贈り物を受取った時,一番最初に
やほうれん草など収穫したばかりの野菜を農地
目にする包装紙は,贈り物の顔であり送った
で結束する場合には,人手で引き裂きやすい結
人の気持ちを代弁する役目も負っている。
束テープが重宝した。紙のような風合いを持つ
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合成紙は冷蔵輸送による結露にも強いという点
ユポ・コーポレーションが今後も成長を続
が紙やフィルムを取り扱う問屋,包装業者,印
ける為には,高機能性と長期的なコストパフ
刷会社に広くプロモーションされ,フィルム中
ォーマンス向上を提供するユポ の存在をも
心の用途として食いこんでいったのである。
っと知ってもらうことが現在の最重要課題で
ある。ユポ の認知度がそれぞれの分野で向
過去の成功体験や既存の概念に捉われない
上すればするほど,ユーザーや顧客との協働
自由な発想を持つことがユポ の開発の原点
によるユポ の用途開発,価値共創の機会増
であったことがこれらの商品例から見て取る
加といった可能性が同社にはあるからである。
ことができる。こうした努力が,ブランドに
また,同社のユーザーや顧客は,同社との協
代表される無形資産価値を維持し,さらに向
働において提供されるスキルと知識といった
上することにも貢献している。そして,今後
サービスを基盤に,ユポ (モノ)の新たな
の新たな競争局面においても,既存に捉われ
用途実現のための加工技術を得て,ビジネス
ない自由な発想を持ち続けることが,競争優
チャンスを拡大する可能性がある。
位の要因を生む源泉であると考えられる。
同社の次の課題は,サプライチェーン全体で
正の連鎖を作り出す機動力となることである。
そのためには,モノを基盤としたサービスを提
⑦ 今後の課題
供する,サプライチェーン全体のファシリテー
ターとしての役割を担っていく必要がある。
ここ数年の燃料価格上昇や景気の低迷は,
素材メーカーにも大きな影響を与えている。
成熟した市場で厳しい競争を強いられる中,
ユーザーや顧客の機能やコストパフォーマン
ユポ・コーポレーションでは,2006 年 10 月
スの向上と,環境面への配慮を必須条件とし
1 日出荷分より,合成紙ユポ 全グレードの 10
て,既存および新規顧客に選ばれる素材を提
∼ 15 %値上げを決定した。これは原油価格の
供するためにはどうすべきかを同社は真剣に
高騰が,ユポ の主原料,合成紙の生産に必
考え続けている。「開発の DNA」を受け継い
要な電力・蒸気といった用役費,物流のコス
で,開発・研究を続けてきた歴史と社内文化
トを予想以上の上昇に招いた結果,企業努力
を,今後ますます,ユーザーや顧客との協働
だけで調整が可能な範囲を超えたためである。
開発へ発展していくことが,同社の社会的存
燃料価格の上昇や世界的な金融危機を発端
在意義であり使命であると同社は言う。合成
とする景気の低迷は,素材メーカーだけでは
紙市場も確立しておらず,ニーズや用途を自
なく大多数の企業にも今後の事業活動におけ
ら調査開発する段階から,会社を設立して,
る課題を与えた。こうした外部環境に大きく
顧客やユーザーと協働で商品の研究と開発を
左右されず,ニーズに合致した選ばれる商品
始めたユポ・コーポレーションは,今後の日
を開発し,上市していくことは決して簡単な
本の製造業が発展していくための示唆を提供
ことではない。
してくれる。
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マーケティングジャーナル Vol.29 No.2(2009)
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用途を開発しニーズを生む合成紙の発展
謝辞
本稿の作成にあたっては,ユポ・コーポレ
ーション取締役執行役員営業本部長である大
島弘氏,営業本部・副本部長である加賀山恵
氏,営業本部海外グループ課長代理である稲
崎設三氏に多大なるご協力を頂いた。ここに
記して心より感謝申し上げたい。
注
1)『日経デザイン』,2005 年 3 月号。
2)ユポ・コーポレーション ホームページ。
3)『王子油化合成紙 30 年史』
,2000 年。
4)ユポ・コーポレーション ホームページ。
5)『王子油化合成紙 30 年史』
,2000 年。
6)『王子油化合成紙 30 年史』
,2000 年。
7)『朝日新聞朝刊』,2005 年 2 月 4 日付け。
http://www.onogi.jp/tsuhan/yupo01.html 参照。
8)『王子油化合成紙 30 年史』
,2000 年。
9)経済産業省生産動態統計 統計表一覧(紙・印
刷・プラスチック・ゴム製品統計)
。
http://www.meti.go.jp/statistics/tyo/seidou/
result/ichiran/06_kami.html
10)
『日経デザイン』,2005 年 3 月号。
11)
『王子油化合成紙 30 年史』,2000 年。
12)
『ウェブジャーナル』,2006 年。
http://www.film-sheet.com/tech_info/10pdf/
webjournal/2006-81.pdf
「総選挙に照準 各選管,職員増やし休日返上(新選
挙に走る)/山梨」,『朝日新聞朝刊』,1996 年 9
月 19 日付け。
「新田勝国さん「開く投票用紙」の生みの親(ひと)」,
『朝日新聞朝刊』
,1998 年 9 月 26 日付け。
「ひと目で分かる文化財地図作成製 県文化財保護協
会/岡山」,『朝日新聞朝刊』,2000 年 4 月 4 日付
け。
「素材ビジネスこれで稼ぐ(5)王子製紙―市場を独占
「命の紙」」,『日経産業新聞』,2003 年 1 月 17 日付
け。
「選挙ビジネス,活発―環境配慮の紙,高価格でも採
用」,
『日経産業新聞』
,2004 年 7 月 6 日付け。
「選挙ポスター(知事・参院 2004 同日選/鹿児島),
『朝日新聞朝刊』
,2004 年 7 月 9 日付け。
「高級紙袋 小野木製袋/群馬」,『朝日新聞朝刊』,
2005 年 2 月 4 日付け。
合成紙―「選挙」以外の用途課題(古今素材),『日経
産業新聞』,2005 年 4 月 4 日付け。
「「突発」「真夏」の選挙,関連業界にんまり―「利益
上乗せ」(05 衆院選 911)」,『日本経済新聞朝刊』,
2005 年 8 月 13 日付け。
「(05 総選挙)振り返って: 4 大変迅速な開票,工夫必
要/茨城県」,『朝日新聞朝刊』,2005 年 9 月 16 日
付け。
「吸水機能を付与した『アクアユポ TM』の開発―合
成紙ユポ③のイノベーション」,『ウェブジャーナ
ル』,2006 年。
「ND インタビュー 佐々木治氏 ユポ・コーポレーシ
ョン社長」,『日経デザイン』,2005 年 3 月号 77-73
頁。
参考文献
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社。
上原征彦(2001)『マーケティング戦略論 実践パラ
ダイムの再構築』
,有斐閣。
小坂忠昌(1970)『合成紙の将来』
,ダイヤモンド社。
Grönroos, Christian (2008), “Service logic revisited:
who creates value? and who co-creates?,”
European Business Review, Vol.20, No.4, pp.298314.
『ものづくり白書 2009 年版』,経済産業省,厚生労働
省,文部科学省。
「水にぬれても大丈夫な合成紙の用途,広がる ふろ
で読める本がヒット」,『朝日新聞朝刊』,1992 年
8 月 15 日付け。
下川 菜穂子(しもかわ なほこ)
早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程在学中,
専攻はマーケティング,また,サービス業界でマー
ケティング実務を担当。
恩藏 直人(おんぞう なおと)
早稲田大学商学部卒業。同大学院商学研究科を経て,
現在,早稲田大学商学学術院教授。専攻はマーケテ
ィング戦略。
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