ソーシャルビジネスの多様な可能性

Japan Marketing Academy
論文
ソーシャルビジネスの多様な可能性
─ ケアプロ株式会社のケースを通して ─
流通科学大学 総合政策学部 教授
福井 誠
要約
ソーシャルビジネスの代表事例とされるケアプロ株式会社について,事業を必要とする社会的背景と
起業に至るまでの経緯,起業から現在に至るまでの事業の変遷と現状での将来ビジョン,さらにはこれ
までの事業を振り返る中での事業特性の抽出,などについて,創業者である川添高志の発言にできるだ
け忠実に記述することでケースとしてまとめた。このケースを検討した結果,ケアプロの事業形態は経
済産業省の定義するソーシャルビジネスの定義を忠実に満たしているものの,その事業は川添本人の個
人的経験を色濃く反映したものであるがゆえに独自の発展経過をたどっていることが明らかとなった。
このことから,個人的経験の優位というソーシャルビジネス一般に敷衍できるこの特性が,ソーシャル
ビジネスの多様な展開の源泉になる可能性が示唆された。
キーワード
ソーシャルビジネス,ケアプロ株式会社,ワンコイン健診,経営者の個人的経験
向けて,住民,NPO,企業など,様々な主体
Ⅰ.はじめに
が協力しながらビジネスの手法を活用して取り
本稿ではソーシャルビジネスの特徴を多く含
2)
ニティビジネス(CB)です」
とし,2007 年度
んだケースとして「ケアプロ株式会社」
(以下
からこれらの事業への多様な支援施策を展開し
ケアプロ)を取り上げる。ここではケアプロの
ている。
ケースを,創業者の個人的経験が事業形態に強
その中の活動の一つとしてソーシャルビジネ
く影響するという仮説に立ち創業者である川添
ス研究会 を置き,2007 年 9 月から半年にわた
高志の発言 1)にできるだけ忠実に整理していく
り検討を続けた結果を 2008 年 4 月に「ソーシャ
こととしたい。
ルビジネス研究会報告書」として公表している。
ケースの検討に移る前に,まずソーシャルビ
この報告書の中で,従来「社会的企業家」,
「社
ジネスそのものについて整理しておく。経済産
会的起業家」
「ソーシャルビジネス」などと様々
業省は「地域社会においては,環境保護,高齢
に呼ばれてきた企業群の呼び方を「ソーシャル
者・障がい者の介護・福祉から,子育て支援,
ビジネス」に統一したうえで,「社会的課題を
まちづくり,観光等に至るまで,多種多様な社
解決するために,ビジネスの手法を用いて取り
会課題が顕在化しつつあります」との認識を示
組むものであり,①社会性,②事業性,③革新
した上で,
「このような地域社会の課題解決に
性の 3 つの要素を満たすもの」と定義した。こ
組むのが,ソーシャルビジネス(SB)/コミュ
3)
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こで 3 つの要素は,
① 社 会性・・・現在解決が求められる社会
Ⅱ.創業時の方向性を決定づけた二つの要因
的課題に取り組むことを事業活動のミッ
—「社会的背景」と「個人的な経験」—
ションとすること。
② 事 業性・・・①のミッションをビジネス
1.ケアプロ株式会社の概要
の形に表し,継続的に事業活動を進めてい
ケアプロは,「ちょっと立ち寄り,ちゃんと
くこと。
健康」をキャッチフレーズに,500 円からの健
③ 革 新性・・・新しい社会的商品・サービ
康診断が実施できる「ワンコイン健診」を展開
スや,それを提供するための仕組みを開発
するベンチャー企業である。会社設立は 2007
したり,活用したりすること。また,その
年 12 月,その後 2008 年 11 月に一号店となる中
活動が社会に拡がることをとおして,新し
野店を開店した。創業から 2014 年までの 5 年間
い社会的価値を創出すること。
での同社のサービス利用者はのべ 24 万に達す
とされている。
る。2014 年 3 月現在の社員数は常勤 25 名,非
また,同報告書は実現するための組織形態に
常勤 40 名である。この人数を確認した 3 月は
ついても言及しており「市場性」の高低と,事
ちょうど学年末だったため含まれていないが,
業が社会に関わる程度「社会性」の二軸で組
通常の時期ならこれに学生インターン数名が加
織形態について整理し,一般企業の CSR 活動
わる。非常勤職員は,後述するイベントで派遣
や事業型 NPO に加えて社会指向型企業がソー
される看護師などのスタッフが多くを占めてい
シャルビジネスの中核として期待される一方
る。
で,現状では NPO の多くを占める慈善型 NPO
ちなみにケアプロという言葉は,革新的なヘ
は上記の 3 要件を満たしていないためにソー
ルスケアサービスの「ケア」と,プロデュース
シャルビジネスには含まれないことを示した。
の「プロ」を組み合わせた造語である。川添は
経済同友会は,経済産業省の報告書をうけて
看護師として出発した経験から看護の考え方が
発表した「市場を活用するソーシャルビジネス
好きだという。手術や投薬により積極的に治療
(社会性,事業性,革新性)の育成」と題する
する医学と違い,看護は患者に寄り添い自然治
レポート の中で,経産省の定義に沿ったソー
癒力を高めることを目的とする。社会的課題の
シャルビジネスの代表的な事例としてアット
多い医療の領域で,看護の視点から課題を解決
マークラーニング,スワン,ビッグイシュー,
するビジネスを作っていきたいという思いがこ
フェアトレードカンパニーなどとならんでケア
の言葉には込められており,それはケアプロの
プロを取りあげている。
方向性そのものでもある。
4)
2.「社会的背景」と「個人的な経験」
川添は,ケアプロの創業にはケアプロが必要
とされる「社会的背景」と,川添自身の幼少期
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から創業に至るいくつかの「個人的な経験」と
まで遡り,中学,高校時代の経験を経て大学進
が複合的に影響していると述べる。
学の際に医療ビジネスの道を志した経験であ
ここで,川添はケアプロが必要とされる社会
り,さらに,これらの経験の上に大学時代に米
的背景は二つあると指摘する。まず一つ目とし
国で見た新しい予防医療ビジネスから着想を得
て,生活習慣病が医療費の約 3 割を占め,死因
て,東大病院での看護師としての勤務経験を経
の約 7 割を占めているという事実をあげる。膨
て起業へと至る川添自身の生涯を通した経験で
張を続ける医療費を削減することは,わが国の
ある。
重要な社会的課題であり,この解決を目指す点
この個人的な経験はケアプロの成立とその後
がこの事業の「社会性」を構成している。
の展開に決定的な影響を与えている。このケー
ではなぜビジネスという形で取り組むのか。
スの最も重要な要素であると考え,ケアプロ創
ここには健康診断の未受診率が 35%に達する
業までの経緯の整理をかねて,まずこの点から
というもう一つの社会的背景がある。さらに,
整理し,その後で社会的背景から事業の成り立
そこから導かれる健診弱者 3300 万人という巨
ちを検討することとしたい。
大な市場の存在がある。
ケアプロが展開する健診サービスでターゲッ
3.創業者川添の「個人的な経験」
(1)幼少期の記憶
トに設定されているのは,フリーターや主婦な
どの「健診弱者」 である。健診弱者の定義は
川添は 1982 年兵庫県尼崎市に生まれ,幼少
文字通り健診を受けなかった,受けられなかっ
期をこの地で過ごした。入退院を繰り返す病弱
た人を意味するが,ケアプロでは「1 年以上健
な子供だったという。この時期の記憶に残って
診を受けていない人たち」とさらに操作的な定
いるのは,入院から家に帰ると涙を流して喜ん
義をあたえている。
でくれた両親の姿であった。そのような経験も
厚生労働省が実施する国民生活基礎調査の
あって,元気な姿を親に見せることが大切だと
「健診(健康診断や健康診査)や人間ドックの
幼いながらに感じ,レスリングやサッカー,バ
受診状況」 によると,わが国の健診受診率は
スケ,水泳など様々なスポーツに自分から取り
2001 年から 2011 年までの 10 年間で 60.4%から
組み,野菜をちゃんと食べないと栄養は取れな
64.3%へとわずかに改善しているものの,残り
いと考えて自分から野菜をとるなど,健康に気
の 30 〜 35%は今でも健診を受けていない。こ
を使う子供だったという。
5)
6)
の「健診未受診率」に川添は注目した。
(2)起業を意識した頃
看護師としての経験の中で,健診未受診が高
医療にかかわる産業での起業という将来の目
額な医療費に繋がることを実感していた川添
的が具体性をおびていったのは,神奈川県に移
は,この改善が解決すべき社会的課題であると
住した中学,高校時代のことだった。この頃,
認識すると同時に,埋もれている巨大なマー
川添は父親のリストラと二人の祖父の死とい
ケットに大きな可能性を見いだしたのである。
う,大きな出来事を経験する。
次に「個人的な経験」とは,幼少期の記憶に
大企業のサラリーマンだった父親の働く姿
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は,川添にとって理想のキャリアモデルであっ
さらにほとんど見えないほどに視力も低下して
た。多くの高校生がそうであるように,大企業
いた。病気のために仕事もできなくなったこの
に行けば将来は安泰と漠然と考えていた。しか
患者の境遇を気の毒に思う一方で,川添はその
し,高校 1 年のときに父親がリストラに遭う。
患者の医療費が高額なことに衝撃をうける。さ
このときの父親を見て,社会が変化しても自分
らに,健診をうけず生活習慣病を早期発見でき
で仕事を作り出せるような人間になりたいとい
なかったための医療費が健康保険や税金で賄わ
う思いが強くなり,これが後に起業という形へ
れていることに気づき,予防医療の重要性を再
と繋がっていったと川添は振り返る。
認識したのはこの時期のことだった。
ただこの時点では,起業を目標にすることを
大学 3 年生の時にはさらに決定的な経験をす
決めただけで,その会社が取り組む事業が,そ
る。川添はこの年,アメリカミネソタ州に本部
の当時隆盛だった IT なのか,あるいは農業や
を置く著名な病院「メイヨー・クリニック」に
教育なのかまで意識していたわけではなかっ
視察に行く機会を得る。この研修の合間,たま
た。
たま立ち寄ったウォルマートで「ミニッツ・ク
起業を意識しはじめたこの時期,わずかな間
リニック」というブースを見つける。彼がみつ
を置いて二人の祖父の死に接する。この経験は
けたこのブースは健康診断だけでなく,採血,
川添に病院運営の違いについて比較観察する機
ワクチンの接種,薬の処方など簡易的な健康診
会を与えることとなった。さらに高校時代には
断と治療を行う,いわばコンビニ・クリニック
老人ホームでのボランティアに参加し,これら
とでも呼ぶべき業態の施設であった。
の経験を通して,医療経営や介護経営に進路を
ここはクリニックと称するものの医師は常
決め,2001 年に慶應義塾大学看護医療学部に
駐しておらず「ナース・プラクティショナー」
進学する。看護師,保健師や助産師の資格が取
(nurse practitioner) と 呼 ば れ る 上 級 資 格 を
得できるだけでなく医療経営の勉強もできると
持った看護師が,最低限の診断と治療を,短時
いうのがその理由であった。
間で,通常の病院よりも安価に行うサービスで
(3)アメリカ研修での気づき
あることがわかった。アメリカでは無保険者も
大学時代は,現在の事業に直接つながる気づ
多い上に,保険があったとしても医療費の自費
きに富む時代でもあった。看護資格取得に向け
負担が非常に高く,ちょっとした病気では病院
た勉強に励みながら,病院やホスピス,老人ホー
に行くことを避ける人も多い。病院に行くほど
ム,障がい者施設などさまざまな現場に積極的
ではないが,ちょっと診てもらいたい,という
に参加し,そこでの経験をもとに高校時代の問
ニーズを捉えた事業であることを理解する。
題意識を具体的な形へと落とし込んでいく。
日本とアメリカとの医療資格制度の違いや法
大学 1 年生の夏休み,病院で看護助手のアル
的根拠についてはその時点でも知っていたが,
バイトをしたとき,そこで重度の糖尿病患者に
法的根拠や医療制度の違いは別としても,この
出会う。この患者が病院を受診したときは,す
業態は日本でも必要であり,利用者を獲得でき
でに脚を切断しなくてはならない状態にあり,
るのではないかと確信する。日本では駅中で理
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髪店や,靴修理,鍵屋など様々なクイックビジ
があり,すでにそのための機器も市販されてい
ネスが展開されている。それならクリニックも
た。自己採血であれば医師がいなくてもクリ
同じではないかとの着想を得たのである。
ニックが開設できる。法的な問題がないことを
(4)起業に向けての周到な準備段階
保健所や厚生労働省にも確認したうえで最終的
2005 年 3 月 ,慶応義塾大学看護医療学部を
にこの方法の導入を決定した。
卒業後は医療職には就かず,2 年間を医療経営
自己採血の導入で採算性も向上した。市販の
コンサルティングファームで勤務する。その後,
検査機器を利用した検査により,原価を価格
東京大学医学部付属病院で看護師として勤務し
の 2 割程度に抑えることができた。店舗の維持
つつ,東京大学医療政策人材養成講座で学び,
費用もあまりかからない。たとえば中野店はパ
大学時代に構想したコンビニ・クリニックの事
チンコ店の景品交換所の跡地を改装した 4 坪ほ
業化に向けて計画を周到に進めていった。
どしかない場所である。ここの家賃と検査を行
ケアプロの事業計画は東京大学医療政策人材
う看護師 1 名の人件費のみが固定費となる。立
養成講座で優秀賞「特賞」を受賞し,慶応義塾
地が良い場所なら十分に採算が取れると判断し
大学 SEA(ビジネスプランコンテスト)では
た。
“The best new markets award”受賞,そのほ
か NEC 社会起業塾 7 期生に選抜されるなど川
5.健診未受診マーケットに大きな可能性を見
添の計画は高く評価された。その実績を背景に
いだす
して 2007 年 12 月,満を持してケアプロ株式会
川添は健診未受診者が 3 割以上いると分かっ
社を設立したのである。
たとき,豊かな日本でなぜ健診を受けられない
人がこんなにもいるのか不思議に感じたとい
4.自己採血による健診を思いつく
う。ではこれらの健診未受診者はなぜ公的な健
起業した時点では,事業化は比較的簡単だと
康診断や人間ドックを受診しないのか。あるい
考えていた。医師を雇用して健康診断の簡易検
は受診できないのか。
査だけをするスペースを,クリニックとして届
先に示した国民生活基礎調査の中にこの理由
け出ればよいことはわかっていた。しかし,医
が示されている。2011 年の調査結果で健診を
療機関としての届け出をするための基準にそっ
受けない理由としてあげられるのは,男性では
た設備投資をして,ここに常駐する医師の人件
「心配な時はいつでも医療機関を受診できるか
費を負担するとまったく採算があわないことが
ら」が 30.4%と最も高く,次いで「時間がとれ
明らかとなる。
なかったから」,
「めんどうだから」の順となり,
そこで最終的にひねりだしたのが自己採血と
女性では「心配な時はいつでも医療機関を受診
いう方法であった。日本では医師の指示なしに
できるから」が 34.2%と最も高く,次いで「時
採血をすることは法が禁じている。しかし自己
間がとれなかったから」,「費用がかかるから」
採血は自傷行為であり医療行為ではないとされ
となっている。
ていることに気づいた。既に糖尿病などで実績
このように男女で多少違いがあるものの,健
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診を受けなかった人の多くに,
「病気になれば
ぐらいである。しかも結果はその場で確認
健康保険を使って医療をいつでも受けられるの
することができる。第一号店として開店し
で健診を受けなくても心配ない」という意識が
た中野店は東京都中野区の中野ブロード
ある。これが結果的に医療費を膨張させる。一
ウェイにあるが,周辺は繁華な商店街とい
方で,自営業者や主婦,フリーターなどを中心
うこともあって自営業者が多い。この店を
に時間や費用などがネックになって健診を受け
訪れる自営業者を観察していると,多くが
たくても受けられない人も多い。
ランチタイムに来ることに気づいた。ラン
この両者をあわせて,健診未受診者=「健診
チに行く前の 5 分で健診できる特徴が,忙
弱者」と名付けた。そして,これらの人々が未
しい彼らの要求に合致していたことに気づ
受診となる理由を回避するように事業デザイン
かされたという。
がなされた。その結果,意識の低い層への働き
③ 誰でも・・・健康保険適用ではないので,
かけは十分に盛り込めなかったものの,なんら
診断を受けるのに保険証は不要である。そ
かの理由で従来は受診できていなかった人々の
のため,たとえば外国人など保険に加入し
問題を解決できるような5つの特徴が生まれた。
ていない人であっても利用可能となる。
これは従来の公的な健康診断にはない特徴で
④ 安い・・・500 円からの価格設定がワンコ
あった。
イン健診と呼ばれる所以である。ここで注
意すべきことは, 表− 1 に示したように必
① い つでも・・・予約が不要ですぐに健診
ずしもすべてのメニューが 500 円ではない
を受けることができる。
し,複数の健診メニュー選ぶとそれなりの
② 早い・・・単純な操作で結果が出るため,
金額になることである。ちなみに現状での
診断に要する時間は 5 分から長くても 10 分
一人あたり単価は 1,800 〜 2,000 円である。
表 —— 1 2014 年時点での健診メニュー
①血糖値 500 円
②総コレステロール 500 円
③中性脂肪 500 円
④骨密度・血圧・身長・体重・BMI 500 円
⑤ヘモグロビンエーワンシー 1,000 円
⑥メタボセット(血糖値・LDL・HDL・総コレステロール・中性脂肪)2,000 円
⑦肝機能セット(γ-GTP・GOT・GPT・血糖値・総コレステロール・中性脂肪)2,500 円
⑧肺年齢チェック 500 円
⑨ドライアイ 500 円
出典:ケアプロ提供資料
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「ワンコイン健診」というキャッチフレー
して帰って行くことをくりかえしただけだった
ズが先行しているために,
「安い」ことが
という。体重測定なら自宅でもできるはずだが,
最大の特徴ととらえられがちだが「価格」
あえて店を訪れる手間をかけ,スタッフから励
はいくつかある訴求点の一つでしかない。
ましをもらうことでダイエットに成功したのだ
しかも利用者から最も評価されているのは
という。
「安い」ことではなく「早い」ことであっ
Ⅲ.事業展開手法の変遷
たという。
⑤ ず っと・・・ケアプロでは利用者のデー
タは「ケータイカルテ」とよばれるシステ
十分なボリュームの市場と社会的要請がある
ムにより管理されている。このシステムに
ことを確認した。そこでの問題を解決できる事
よって利用者は自分の健診結果をいつでも
業デザインも周到に用意した。自己採血という
携帯やパソコンから閲覧できる。一般的な
ブレークスルーを思いつき,採算性も確保した。
健診では結果は紙にプリントアウトして渡
しかし,実際の事業化は順調に進んだわけでは
される。これは紙に印刷することが規則で
なかった。
定められているからだが,ネットで管理す
ることにより自分自身で継続的にデータを
1.店舗展開で挫折を経験する
把握する環境を提供できるようになった。
現状でのケアプロの事業展開は「店舗」と「イ
ベント」とを柱としている。この中で,創業当
ケアプロが創り出した新しい健診は,健診弱
初事業の中心になると想定されていたのは店舗
者に受診の機会を与えたと同時に,従来はな
であった。
かった新たな健診の利用方法をうみ出していっ
しかし創業から 5 年を経た 2014 年現在,実店
た。新しい健診の利用法とは,短いサイクルで
舗は最初にオープンした中野店と岡山店の 2 店
継続的に利用することにより,自分の健康状態
舗しかなく,現在の事業収入の 90%は後述す
を自らで把握するというものである。
るイベント業態でまかなわれている。この 2 店
一般的な健診は制度の成約もあり,年に 1 度
舗以外に出店しなかったのではない。多くの店
の受診が一般的である。しかし,
ケアプロのサー
舗を開設したものの,すべて撤退したのである。
ビスはワンコインで気軽に受診できるため,短
撤退を余儀なくされたのは,従来健診を行っ
いサイクルで受診しても費用負担は少なく,測
てきた医療機関の反対や,事故を恐れる保健所
定も短時間で予約も不要など費用以外の負担も
などの保守的な抵抗だった。自己採血や医師不
少ない。しかも検査結果が悪いからといって叱
在の店舗の法的な,あるいは行政手続き上の問
られることもない。このことが気軽な利用を可
題については,事前に確認を取ったはずだった。
能にする。
しかし,自己採血をおこなっている民間企業は
たとえば肥満を改善した利用者は,毎月店を
ケアプロ以外になく,出店しようとするたびに
訪れ,体重測定をし,その結果を看護師と話を
このグレーゾーンを突いて保健所から様々な圧
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力がかかった。
護師などのスタッフが 40 名程度いる。これら
もちろん川添は理解を促すために地域の医療
のスタッフには,自宅近くのイベントが決定し
関係者との話し合いの機会を持ち,学会での発
た段階で連絡が入り,実施当日は自宅から直接
表,メディアを通した情報発信など様々な努力
会場に向かう。会場には本社が手配した段ボー
をしてきた。しかし,この時点では,店舗展開
ルが事前に届いている。ここからブース設営に
ができる目処は立たず,イベントに活路を見い
必要なものを取り出し,ナース服などに着替え,
だしていくこととなる。
「イベント実施中」というのぼりを立てれば,
すぐにイベントをはじめることができる。終了
2.イベントでの展開に活路を見いだす
すれば届いた機材などを再度段ボールに詰めて
実店舗での展開にかわって,現在,事業の中
集荷を待つだけである。戻った機材は外注のロ
心になっているのがイベントである。ケアプロ
ジセンターがメンテナンスを行い,資材を補充
のイベントとは,期間限定でサービス拠点を設
して次のイベントに備える。
け,短期間に移動していく手法であり,現在で
これに対して,販促型イベントはまったく別
は一日あたり 4 カ所で実施している。これには
の事業形態である。販促型のイベントの主要顧
場所を有償で借りて利用者から料金を徴収する
客はパチンコ店だが,それまでパチンコ店に足
タイプと,場所の提供者側に料金を負担しても
を踏み入れた経験がなかった川添にとって,最
らい,利用者には無料で提供する販促型のタイ
初の印象は強烈だったという。その時の様子を
プとがある。
「煙草がもくもく,缶ジュースをごくごく。い
この中で利用者負担型イベントとしては鉄道
きなり『はい,焼きそばタイムです』と言って
会社と提携した駅ナカ展開が軌道に乗りつつあ
焼きそばを配り出したりするところもあるので
る。関東では JR 東日本,東急電鉄,京王電鉄,
す。」と川添は懐述する。
京成電鉄,東武電鉄など主要な私鉄と契約し,
この不健康な環境に加え,パチンコ店で来て
1 週間ぐらいで駅を移動しながら沿線を回って
いる客にヒアリングをするとこの客層はワンコ
いる。他にはスーパーマーケットでも同様の展
インであっても健診には支払わない可能性が高
開がはじまった。
く,利用者に費用負担させずに実施できる方法
ただし,賃料を支払い利用者から料金を徴収
を考える必要があった。さいわいなことにパチ
するこの手法は,期間の長短に違いはあるだけ
ンコ店は販売促進費が豊富であるにもかかわら
で店舗を置くこととの本質的な違いはない。地
ず,広告規制が厳しくなってその使途に困って
域の保健所や医療機関との軋轢を回避するため
いた。川添は「このサービスを提供すれば,地
に,場所を移動しながらサービスを提供してい
域貢献になってイメージアップになりますし,
るのだ,とみることもできる。
新規のお客さんの獲得や,定期的にやればリ
なお,イベントでも費用を可能な限り圧縮す
ピーターの確保になりますよ」とアピールした
るために様々な経営努力を重ねている。たとえ
ところ大きな反響を得て,現在では代理店を通
ば,ケアプロには全国で非常勤登録している看
して安定的な需要を確保している。
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同時期に「在宅健診」をもうひとつの柱とし
なかった「健康意識が低い層」にもイベントで
て育てようとしたこともあった。このきっかけ
はアプローチができ,店舗での継続的な受診へ
は東日本大震災の復興支援活動である。震災の
と誘う最初のきっかけを与える手段として位置
後,ケアプロは石巻市で 11 カ月に渡って支援
づけられることとなった。
活動を展開した。この被災地での経験は,都市
たとえば中野店のスタッフは,以下のように
部にも共通するニーズが隠れていることに気付
述べる。現状の顧客は固定客が 6 割くらいを占
き,東京で在宅健診,在宅医療を始めた。ただ
め,残りの 4 割が新規顧客である。新規顧客と
この試みは採算性に問題があり,現在は実施し
してやってくるのは,メディアに掲載された後
ていない。
か,そうでなければ無償イベントがきっかけで
店に足を運んだ人がほとんどである。店舗とイ
3.再び店舗展開へ
ベントとの相乗効果で,開業当初に設定した
一旦は破綻したかに思えた店舗による事業展
ミッションの達成に一歩近づいたことになる。
開であったが,2013 年に入って大きな進展が
あった。2013 年 3 月に開催された第 5 回産業競
4.これからの展開
争力会議 における佐藤康博委員の発言をきっ
店舗展開の目処がたったことで,事業の将来
かけに,関係省庁での調整がすすみ,2013 年 6
ビジョンに向かって次のステップを踏み出すこ
月 4 日に閣議決定された日本再興戦略 の中で,
とができる状況がうまれた。将来ビジョンとし
7)
8)
「健康増進や予防サービスなどで,事業が規制
て掲げているのは以下の 2 点である。まずひと
対象となるか否かが不明確な『グレーゾーン』
つめは美容院に行くような感覚で 3 ヶ月に 1 回
の分野において,企業が安心して事業を実施で
くらいの頻度で健康チェックすること。これを
きるよう,事業実施が可能(適法)であること
「ケアプロ健康サイクル」と呼び,そのサイク
を確認する仕組みなどについて,包括的な政策
ルを回していく事業を提供すること。そして二
パッケージを策定する。
」と明記された。
つ目は,自分でお金を払って自分自身で予防を
本稿の執筆時点ではまだ適法性確認のための
心がけるカルチャーを作っていくこと。
仕組みが具体的に提案されているわけではない
このような事業展開ができれば,ケアプロと
が,ケアプロでは再び店舗展開を事業の中核に
いう企業の範囲を超え,ひとつの産業を作るこ
据える準備を進めている。
とができる。しかし一方で,このような状況が
店舗展開に可能性が見いだせたことで,事業
生まれれば競合企業も参入することになる。こ
をより立体的に組み立てられるようになった。
れに備えるために事業展開を加速する必要があ
イベント業態は店舗展開の代替手段として編み
る。このためフランチャイズの仕組みを作って,
出された便法である。しかし,店舗展開が再び
競合対策も進めながら,この産業を拡大してい
可能になれば,店舗とイベントとを組み合わせ
く計画を立てている。
ることで,相乗効果が期待できる。ターゲット
今後は国内だけでなく,海外展開も視野に
である健診弱者の中で,これまでリーチが届か
入れている。川添は店舗出店に動きが出始め
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論文
た 2013 年にインドを数回にわたって訪れ,イ
も,自らの物語を信じることで乗り切ることが
ンドでの事業展開に着手した。バンガロールを
できたと述べている。
拠点として,経済発展とともに糖尿病が増加す
る傾向にある富裕層に対しては日本と同じワン
2.事業継続性
コイン健診を展開し,将来的には貧困層の特性
川添は「青臭いことを言ってもビジネスとし
を深く観察して,日本では思いつかないような
て継続しないと社員が雇えませんし,お客さま
新しい事業を始めたいと考えている。これは国
にいいサービスを提供できません」と,事業と
際貢献ではなく,あくまでもビジネスとして展
して成立し継続できる仕組みづくりが最も重要
開することを想定しており,将来的には外貨獲
だと述べる。現在でこそ営業キャッシュ・フ
得の手段とできるように成長させるつもりであ
ローがプラスになって成長フェーズに入ってい
る。
るが,ここまでみたように,立ち上げ当初から
事業として成立していたわけではなかった。
Ⅳ.ケアプロにみる
特に店舗モデルでの誤算は事業の継続性に大
ソーシャルビジネスの企業特性
きな危機をもたらした。その後,今のような成
川添は,この 5 年間の経験を振り返り,ケア
く貢献している。様々な困難にあっても問題を
プロの企業としての特徴は以下の 7 点に集約さ
解決する手段を編み出していく意志とアイデア
れると総括する。
がケアプロの事業を現在も継続発展させてい
長段階に入れたのはイベント業態の成功が大き
る。
1.社会的使命への自覚
ケアプロの経営において重要なことは「社会
3.資金調達
的な使命として,なぜこれをやっているのかと
事業と捉えているので,資金は寄付や行政か
いうところを自分の中でちゃんと腑に落とすこ
らの援助ではなく,市場から調達すべきだと考
と」であると川添は考える。これは最初に整理
える。株式会社という形態を選択した最大の理
した「個人的経験」との関係で理解できる。川
由は,マーケットの大きさゆえに将来的に大き
添の個人的経験は,あくまで川添自身が語った
な資金需要が見込まれたためであるという。そ
内容であり,それが事実に則しているのかうか
のため,市場から資金調達する手段を確保して
がい知ることはできない。川添自身も認めてい
おく必要性があった。
るように彼の幼少期の記憶とは,医療を志した
ケアプロの株主構成は川添とそのほかの経営
後に,そういえばあの時はそうだった,と思い
陣,数名の投資家,そして「ソーシャル・ベン
出した記憶なのだ。ただ,ケアプロの中で,ま
チャー・パートナーズ東京」という中間支援団
た川添自身の中で,この個人的な経験は現在の
体である。この中間支援団体の活動はそれまで
活動の存在意義を示す重要な物語となってい
NPO や非営利の活動への寄付を主としていた。
る。川添は,解決困難な課題に直面したときに
しかしケアプロはあえて寄付を受けず,株式へ
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ソーシャルビジネスの多様な可能性
の出資という形での支援をもとめた。これは,
に対して健診弱者をターゲットにしているの
援助ではなく投資とすることで,ケアプロの収
で,すみ分けが可能と説き,しかもこの事業は
益が,それ以外のソーシャル・ベンチャーに再
患者を奪っているわけではなく,病気が見つか
投資され,ソーシャルマーケットが広がってい
れば患者はかえって増えるのだと,互恵関係に
くことを自らの励みにできると考えたからであ
あることを訴え続けている。現状では必ずしも
る。
理解してくれる人ばかりではないが,訴え続け
ることで社会が動き始めると信じて,今後もこ
4.メディアを通じた露出の重視
のような取り組みは積極的に続ける必要がある
ケアプロが企業規模に対して知名度が高いの
と認識している。
は,積極的にマスメディアに対してプレスリ
リースを発信し,その結果として多くのメディ
6.支援者・仲間づくりと共感の拡がり
アに露出したためだと考えられる。ケアプロに
ケアプロ社員の多くは新卒採用である。しか
とってメディアへの発信は本業の一部といって
し新卒といっても,学生時代中からインターン
もよいほどである。その一連の活動成果とし
で受け入れた学生を新卒時に採用する場合が多
て,ケアプロの Web ページには多くのプレス
い。毎年数名のインターンを受け入れている
リリースと掲載記事がアップされている 。
が,中には大学を 1 年間休学してくる学生もい
メディア以外にも社会イノベーター公志園で
る。このような優秀で熱い思いを持った人材を
の活動など,本業以外での広報活動に力をいれ
早めに確保し採用することで,事業に共感して
ている。このような活動は認知度を向上させた
くれる社員の確保が可能となる。入社に反対す
だけでなく,事業の信頼性向上にもつながった。
る親は多いが,インターンを経験した学生は親
さらには政府を動かし,ワンコイン健診が国家
の反対を押し切って自らの意志でケアプロを選
戦略の中に登場するまでになったのも,これら
んでくれる。このような共感の拡がりこそが,
一連の活動の成果といえるだろう。
ケアプロの最大の強みであるといえるかもしれ
9)
ない。石井
10)
は寄り添い共感する力がビジネ
5.ステークホルダーとの利害関係調整
スや雇用に結びつく可能性を指摘し,その可能
自らの正当性を説き続ける活動はメディアを
性は日本の社会がたどり着いた一つの高みを示
介した情報発信だけではない。利害関係者との
していると指摘する。まさに川添とインターン
直接的な対話も継続的に実施している。その中
を経て入社してくる新入社員の関係は,企業と
でも重視しているのは医療関係者などステーク
社員との新しい関係性を示しているといえるの
ホルダーとの利害関係調整である。
ではないだろうか。
川添には従来の医療界が制度の枠の中で財源
どのように分け合うことにしか関心がないよう
7.挑戦する志を持つ
に見える。ましてや民間が事業として取り組む
失敗を恐れずに挑戦していこう,共感してく
という発想はない。ケアプロは医師会や保健所
れる仲間と志をひとつにして様々な困難に挑戦
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して解決することが一番大切だと川添は考えて
革新性の 3 つの要素を満たす必要があるとされ
いる。これまでの革新的な事業をみても,たと
た。この中でケアプロは健診弱者という存在を
えばクロネコヤマトは郵便と戦って既得権を打
知らしめ,健診弱者に健診受診を促す提案をし
ち壊していった。このようにマーケットが大き
ている点で①の社会性を満たしている。また,
い領域ほど保守的で既得権が大きく歪みがあ
この健診弱者はいままで制度の狭間の中で誰も
る。このような挑戦しがいのあるマーケットこ
が手をつけなかった巨大なマーケットであり,
そ大きな可能性を秘めていると思ってこれまで
これにビジネスとして取り組むことにより,②
事業を続けてきた。しかし医療界の壁は厚く,
の事業性も満たしている。
政治力もある。まだ壊せたといえる状況には
さらにこれまで事業としては実現不可能とさ
なっていない,だからこそ将来に楽しみがある
れたこのマーケットへの取り組み方法を自己採
と川添は述べる。
血という方法で提案し,さらに従来の健診には
川添はこのことを以下のように語る。
「もう
ない利用法を提案することで,健康意識の低い
かるか,制度に触れないかではなくて,本当に
人を健診に誘う方法まで提案している。またそ
社会に必要か。本当に必要であれば絶対にやら
のことを積極的に情報発信し,共感の環を拡げ
なければいけない。ワンコインも初めもうから
ながら,医療や健診の制度を改革しようと努力
ないと思ったのですが,もうかるようにビジネ
を続ける。これがケアプロの③革新性を構成し
スモデルを組むしかない。制度に触れてしまっ
ている。
てはもちろんいけないのですが,制度上の壁が
このようにケアプロはソーシャルビジネスの
あるならばそれを変えていくぐらいのリーダー
要件をすべて満たしている。ただし,川添は「私
シップを発揮していこうと。だって,世の中に
が会社を立ち上げたときにはソーシャルビジネ
必要なのだから,そのための法律なのだから。
」
スという言葉も普及しておらず,自分もそのこ
とを意識して狙ったわけではなかった。実際に
Ⅴ.むすび
起業したらソーシャルビジネスだと分類された
ケアプロの事業はここまでみてきたように,
ているように,ソーシャルビジネスに分類され
完成段階にはなく,ケースとして完結している
る企業の多くは,ソーシャルビジネスを作ろう
わけでもない。なので,本稿はケースの紹介に
と意図して起業するのではないのだろう。
とどめ,素材を提供することで終わるのがよい
ソーシャルビジネスを定義し,その枠組みか
と考えるが,以下では,ここまでの記述にそっ
ら発想し,忠実に事業を構想すれば自ずと似た
て,簡単に視点の整理だけしておきたい。
業態ばかりが増えて競合が発生する。その狭い
まず,最初はソーシャルビジネスの定義と
領域で過当競争がうまれ結果的に産業の発展を
の関係である。この稿の最初で紹介した経産
妨げることとなる。
省ソーシャルビジネス研究会による定義では,
若林 11) は NPO と行政の協働について先行研
ソーシャルビジネスは①社会性,②事業性,③
究をレビューする中で,多くの NPO は資金を
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のだ」と述べている。この発言に端的に示され
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ソーシャルビジネスの多様な可能性
行政との契約に依存する傾向があるため,経営
注
1)本稿の内容は 2103 年 2 月 17 日に行われたマーケティ
ング学会ソーシャルビジネス研究部会での川添高志
の講演記録を元に,2013 年 11 月 10 日のマーケティ
ングカンファレンスでの講演内容,2014 年 3 月 3 日
に行ったインタビューにより修正したものである。
原稿の確認を含め,多くの時間を研究会と本稿のた
めにさいてくださった川添高志氏にこの場を借りて
厚く謝意を表したい。
2)http://www.meti.go.jp/policy/local_economy/sbcb/
(2013.3.15 確認)
3)名称は同じであるが,日本マーケティング研究会の
リサーチプロジェクトとは別の研究会である。
4)http://www.doyukai.or.jp/policyproposals/
articles/2010/pdf/100713a.pdf (2013.3.15 確認)
5)「健診弱者」という言葉は川添の造語である。
6)http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/
k-tyosa10/3-5.html (2013.3.15 確認)
7)http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/
skkkaigi/dai5/gijiyousi.pdf (2013.3.15 確認)
8)http://www.kantei.go.jp/jp/headline/seicho_
senryaku2013.html (2013.3.15 確認)
9)http://carepro.co.jp/ (2013.3.15 確認)
10)石井淳蔵(2014)『寄り添う力』碩学舎 P.86
11)若林 正秋(2009)「行政と NPO の協働に関する一
考察 : 先行研究の整理と論点の提示」『政策科学』17
(1), pp.139-149, 立命館大学
が不安定になりやすく,そうした背景もあって
独自のミッションよりも行政との関係を優先し
てしまう傾向があると指摘している。行政が
NPO に求める領域には偏りがあるため,NPO
の事業に類似の業態が集まりがちとなる。同様
にベンチャー企業では,予想される収益を基準
に起業する領域が選択されるため,同時期に類
似の事業に多くが参入して,そこに強い競合が
発生することとなる。
このような競合を避けるヒントは,個人的経
験に根ざすビジネスにある,というのがこの
ケースから読み取れる最も重要な視点である。
本稿で紹介した川添の自分の体験は二つの方向
で理解することができる。まず,ひとつには事
業が軌道に乗るまでの険しい道のりを,途中で
あきらめることなく続けるための強い使命感の
源泉となっている点である。もう一つは事業の
着想から解決方法に至る独自性の確保である。
ケアプロの事業が,創業者である川添の経験に
根ざすものである限り,その事業の形態は模倣
できない独自の形態を取っているはずである。
福井 誠(ふくい まこと)
創業者の経験が事業に影響を与えるのはソー
流通科学大学 総合政策学部 教授
シャルビジネスに限定されるわけではない。し
専門分野:経営情報学,社会心理学
かし,ソーシャルビジネスがミッションの達成
1984 年関西大学大学院社会学研究科博士前期課程修
了 博士(人間文化学)
をより重視する形態であるなら,創業者の個人
的経験の影響はより顕著にあらわれることにな
富山女子短期大学専任講師,甲子園大学助教授,教
るだろう。ここに多様な事業が展開される源泉
授を経て 2010 より流通科学大学情報学部(改組によ
を見いだすことができる。
り総合政策学部)教授
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論文
イベント風景
中野店店内風景(いずれもケアプロ提供)
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