福井前日銀総裁を迎える

いわしん経営塾だより
福井前日銀総裁を迎える
いわしん経営塾 塾頭
寺田
欣司
いわしん経営塾は発足以来三年半を経過し、これまでに24回の講義が実施されました。経営塾
のモットーは「実務にすぐ役に立つ」講義であり、これまで「事業承継問題」
「経営計画の立て方」
「キャッシュフロー経営」「銀行を上手に利用する方法」「中小企業の給与制度のありかた」「中小
企業も格付けの時代」など、つねに実務に直結するテーマを取り上げ研究会を行って来ました。
24回では企業の経営課題全てを網羅することはとてもできません。今後も時代の流れを見ながら
様々な経営問題をテーマに取り上げてゆきます。
来る6月9日、前日銀総裁の福井俊彦先生(現キャノングローバル戦略研究所理事長)を磐田
信用金庫本店にお招きし、「世界経済の苦境を乗り越えて」と題した講演会を行うことになった。
昨年のリーマンブラザーズの破綻に端を発した世界金融危機の行方はどうなるのだろうか。バブ
ル崩壊後の日本経済の長期低迷期にも、力強さを失わなかった遠州地区産業界も、今回の世界的
金融危機では急速にそして大きな打撃を受けている。この苦境を福井氏が経済金融問題の視点か
らどう捉え、今後の世界経済はどうなると考えられておられるのか、興味尽きないところである。
福井氏はかつて私の直属の上司であった。福井氏は日銀副総裁を辞任し後に総裁として日銀に
復帰される間の三年半ほど、シンクタンク、富士通総研経済研究所の理事長を務められたが、そ
のとき研究主幹として仕えたのである。日銀総裁時代の福井氏の活躍ぶりはまだ記憶に新しいと
ころだろうが、大方の読者にとって福井氏像は、マスコミ報道を通じてのそれであろう。ご来臨
を機会に私の見た福井氏の実像をお伝えしておきたい。
福井氏の存在が一般大衆に知られるようになったのは、日本銀行内部の不祥事発生を受けて、
自ら副総裁を辞任された十年ほど前の事件からではなかったろうか。次期総裁間違いなしと内外
から認められていた福井氏の電撃的辞任は、当時のマスコミも強い関心を抱き大きく報道された。
事情を知る人々の反応は「なぜ福井さんが辞任しなければならないのか。余りにも潔すぎるで
はないか」であった。たしかにそのとき起こった日銀不祥事は、末端に近い行員が起こした官民
接待問題であり、組織の論理としても副総裁が責任を取るべきものではなかった。福井氏のこの
行動を見て氏を知る人は「今の日本には殆ど見られなくなった古武士」とその潔さを評した。
副総裁辞任後ほどなくして、三顧の礼を以って富士通総研経済研究所の理事長に招請された。
それで幸運にも私はその謦咳に直接接することとなったのである。福井氏に三年半仕えて感じた
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ことは、意志強固のイメージが強い「古武士」と言うより「心優しき古武士」であった。全ての
人に接して優しく暖かい心で接される柔軟性を持つ一方で、物事の本質を即座に見抜く頭脳明晰
さ、ユーモアとウイットに富むアイデアマンで、その上に常に合理的判断を心がけ、決して節を
曲げることのない強さを持つ人だった。福井氏は日銀時代全ての行員から敬愛されていたと聞く
が、むべなるかなと感じたものだった。
加えて卓越した語学力と国際金融社会に持つ同氏の人脈の幅広さにも驚嘆したものだった。日
銀総裁に復帰された後に、村上ファンドに投資したことが発覚し一時期マスコミの追及を受け、
国会論議の対象にもなったことがあった。私はこの事件の報道内容に強い関心を持ち、事の態を
成り行きを注視した。ここでは詳言は避けるが、福井氏が村上ファンドに出資したその意図は、
決して下種が勘ぐるような下心によるものではないことは、私自身がよく知っている。
この事件に関する新聞報道、週刊誌の記事には「疑惑は深い」あるいは「辞任すべき」の言葉
が踊ったが、いくつもの一流紙が署名記事で福井氏の辞任要求は不適切と論じ、アメリカ政府筋
やイギリスの金融新聞さえもが、このような事件で福井氏を辞任に追い込むのは、国際金融社会
にとっても大きな損失だ。福井氏は世界で最も優れた中央銀行の総裁である。こう断じた。結局
福井氏が辞任に至らなかったのは、こうした福井氏の実像を知る向きからの強い援護の声があっ
たからだろう。
一般に地位ある人がなんらかの事件に関係すると、針小棒大に騒ぎ立てることが常のマスコミ
が、この事件に限ってむしろ反対の行動を取る向きが少なからずあったことに、いかに福井氏が
卓越した人物であると認知されていたかを感じた。その卓越性は今の政界人、官界人、財界人を
広く見渡しても、他に類を見ないものだ。こうした人がまだ日本におられ、直接に仕えることが
できたのは、私のとっても大きな収穫であった
私の見た福井氏は、常に公私において清廉潔白の士であり、また総裁就任後日本の金融政策に
おいて卓越した指導力を発揮された人であり、国際社会にものが言える数少ない「古武士」たる
日本人である。6月9日、福井氏の口からどんな言葉が飛び出すか、私も今から大いに楽しみに
しているところである。
寺田 欣司
昭和42年東京大学法学部卒業後 同年三和銀行入行 三和総合研究所取締役
理事 富士通総研取締役研究主幹等を歴任され、現在は 学校法人武蔵野東
学園理事長、磐田信用金庫アドバイザー、いわしん経営塾塾頭を務める。
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