あじさい Vol.14,No6,2005 Dec.2005 Vol.14 No.6 ★特集 『インフルエンザ脳症』 要旨:インフルエンザ脳症とは、インフルエンザ罹患に伴う合併症のうちで最も重篤なものの一つで、主に 6 歳未満の小児に発症します。脳症の基本的な症状として、痙攣、意識障害、異常行動の3つがあります。 インフルエンザによって発熱してから、これらの症状を発症するまでは数時間から1日しかかかりません。その後、 神経症状がどんどん悪化し、発症から死に至るまではおよそ数日という短さです。死亡率は約 15∼30%、何ら かの後遺症を残すのは 25%と非常に予後も悪く、何の問題なく治る子供は約半数にすぎません。 ジクロフェナクナトリウムとメフェナム酸製剤をインフルエンザの解熱目的で小児に投与した場合、インフルエ ンザ脳症を重症化する危険性が否定できないため投与すべきではなく、あえて使用する場合にはアセトアミノフ ェンを使用します。 インフルエンザ脳症の治療には、早期にステロイド薬メチルプレドニゾロンを、短期間で集中的に投与するパ ルス療法を行うのが有効といわれています。 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ ◎はじめに ◎インフルエンザウイルス1)2)11) 今 年 もまた、インフルエンザの季節 がやってきま した。ここで特 に深 刻 な合 併 症 として、小 児 にお けるインフルエンザ脳症があることを忘 れてはいけ ません。インフルエンザ脳症は、 1995 年頃から、 特に注目されるようになりました。 今 シーズンは、世 界 各 国 における、鳥 インフル エンザ感 染 により死 亡 したとする報 告などが相 次 ぎ、厚 生 労 働 省 は新 型 インフルエンザが大 流 行 する恐れがあるとし注意を喚起しています。 インフルエンザ脳 症 は、インフルエンザ発 病 初 期に、急激に意識障害 、痙攣、嘔吐、頭 痛などを 訴え、死亡率が 20∼30%に至る、恐ろしい合併症 です。 今 回 のあじさいでは、インフルエンザ脳 症 につ いてまとめてみたいと思います。 1.特 徴 インフルエンザウイルスは、オルソミクソウイルス 科に属し、直径 80? 120nm の、エンベロープを持 つマイナス鎖 RNA ウイルスです。核蛋白質(NP) とマトリックス蛋白質(M1)の抗原性によりA、B、C 型に分類されます。 A 型 ウイルスのみ、表 面 蛋 白 質 であるヘマグル チニン(HA)とノイラミニダーゼ(NA)の抗原性(H1 からH16 と、N1 からN9)の組合せにより亜型に分 類 され ます 。これ らの 亜 型 の 違 い は H1N1 H15N9 といった略称で表現されています。ただし、 このうちヒトのインフルエンザの原 因 になることが 明らかになっているのは、2005 年現在で H1N1、 H2N2、H3N2 の 3 種類です。この他に、H5N1、 H9N1 などいくつかの種 類 がヒトに感 染 した例 が 84 あじさい Vol.14,No.6,2005 であり、経 口 ・経 鼻 で呼 吸 器 系 に感 染 します。A 型インフルエンザはとりわけ感染力が強く、症状も 重篤になる傾向があります。 報告されていますが、これらの型ではヒトからヒトへ の伝 染 性 が低 かったため、大 流 行 には至 ってい ません。ただし、いずれ新 型 インフルエンザが定 期 的 に大 流 行 を起 こすことは予 言 されつづけて います。A 型ウイルスはヒト、ブタ、ウマなどの哺乳 類 や多 くの鳥 類に感 染 します。すべての鳥 インフ ルエンザウイルスは A 型ウイルスです。 ウイルス粒 子 は、宿 主 細 胞 由 来 の脂 肪 膜 (エン ベロープ)で包 まれています。分 離 後 のウイルス 粒子は大きさ、形が不均一ですが、継代を重ねる と球 形 の均 一 な粒 子 になります 。(直 径 80 ∼ 120nm)。 エンベロープの表面には HA とNA の二種類の代 表 的なスパイクを持っています。また M1、M2 蛋 白と呼ばれるマトリクス蛋白があり、M1 はエンベロ ープを裏打ちするように、M2 はエンベロープ上に イオンチャネルを形 成 して、それぞれ存 在 してい ます。エンベロープの内部には 8 本の分節に分か れたゲノムがヌクレオカプシドとして存 在 していま す。 図1 3.合 併 症 普 通 の人 はウイルス感 染 だけでおよそ1週 間 で 治癒しますが、高齢者や、呼吸器、循環器、腎臓 に慢性疾患を持つ患者、糖 尿 病などの代謝疾患、 免 疫 機 能 が低 下 している患 者 では、原 疾 患 の増 悪とともに、呼吸器に二次的な細菌感染症を起こ しやすくなり、入 院や死 亡の危険 が増 加 すします。 小 児 では中 耳 炎 の合 併 、熱 性 痙 攣 や気 管 支 喘 息を誘発することもあります。 近 年 、幼 児 を中心 とした小児 において、急激 に 悪 化 する急 性 脳 症が増 加することが明 らかとなっ ています。厚 生 労 働 省 「インフルエンザ脳 炎 ・脳 症 の臨 床 疫 学 的 研 究 班 」(班 長 :岡 山 大 学 医 学 部森島恒雄教授)で行った調査によると、毎年 50 ∼200 人のインフルエンザ脳症患者が報告されて おり、その約 10∼30%が死 亡しています。臨床経 過 や病 理 所 見からは、ライ症 候 群とは区 別される 疾患と考えられますが、原因は不明です。 A 型インフルエンザウイルスの構造 4.流 行 3 ) インフルエンザウイルスは、毎 年のように世 界 各 地 で大 きな流 行 を引 き起 こしています。インフル エンザウイルスの特 徴として、毎年繰 り返される流 行以外に新しいサブタイプが人類の間に出現し、 世 界 的 な大 流 行 (パンデミック)を周 期 的 に引 き 起こしてきたということがあります。 現在、鳥インフルエンザ A(H5N1)による大規模 な流 行 がアジアを中 心 にして起 こってお り、この 流 行 がパンデミックにつながる可 能 性が危 惧 され ています。 2.症 状 2)4) 風 邪 (普 通 感 冒)とは異 なり、比 較 的 急 速に出 現 する悪 寒 、発 熱 (通 常 38℃以 上 の高 熱 )、頭 痛、全身倦怠感 、筋肉痛を特徴 とし、咽 頭 痛、鼻 汁 、鼻 閉 、咳 、痰 などの気 道 炎 症 症 状 を伴 いま す。感 染 経 路 は咳 ・くしゃみなどによる飛 沫 感 染 85 あじさい Vol.14,No6,2005 表1 19 世紀後半以来、これまで起こったインフルエンザ流行の歴史の上で重要な出来事 3) 年 出来事 ウイルス学的、疫学的特徴 1889 パンデミック H2による? 1898 パンデミック H3による? 1918 スペイン風邪 H1N1による、世界中で4000∼5000万人死亡 1957 アジア風邪 H2N2による、世界中で100∼200万人が死亡 1968 香港風邪 H3N2による、世界中で100∼200万人が死亡 1976 フォートディックス事件 アメリカの兵舎でのブタ型のH1N1の流行。アメリカで大規模な ワクチンキャンペーン行われる 1977 ソ連風邪 H1N1による、主に若年層で流行 1997 香港でのH5N1の流行 家禽類からヒトへの感染が起こる。18例感染、6例死亡 1998 中国広東省でH9N2のヒトでの感染確認 1998∼1999年にかけて広東省で10例のヒトでの感染確認。い ずれも軽症例 1999 香港でヒトのH9N2の感染確認 2例の軽症例が確認される 2003 オランダでのH7N7の流行 大規模な高病原性のH7N7の家禽での流行。ヒトの感染も確 認される。ほとんどは軽症例。1例死亡 2003 アジアでのH5N1による大規模な流行 多くの国で大規模な流行。100例以上の感染確認 2004 カナダでH7N3の感染確認 鶏舎流行 2004 香港でH9N2の感染確認 2004 エジプトでH10N7の感染確認 子供の親が鶏業者 図2 20 世紀のパンデミックの歴史とヒトの間で伝播しているA 型インフルエンザのサブタイプ3) 香港風邪 (1968年) アジア風邪 (1957年) スペイン風邪 (1918年) H3N2 H2N2 ソ連風邪 (1977年) H1N1 H1N1 1920 1940 1960 1980 2000 5歳以下の乳児を中心に毎年 100∼500 人が発 病、特に A 香港型インフルエンザが小児で流行す るシーズンに増加します。 発熱から神経症状(痙攣、意識障害、熱せん妄) が出るまでの時間が1日と極めて短く、いったん発 病すると死亡率が約 30%(特に2∼3 歳が高い)、 25%に神経後遺症(学習障害、難治性痙攣等)が 残る重篤な疾患です。(表2参照) 他のウイルス感染症(突発性発疹、胃腸風邪、そ の他)でも同様に脳症が起こることがあるのですが、 インフルエンザの際に最もおきやすいため「インフ ルエンザ脳症」 と呼ばれています。 ◎インフルエンザ脳症とは 7) 1.ウイルスによって引き起こされる脳炎・脳症 脳炎とは、主にウイルスが直接、脳に入って増殖 し、炎症を引き起こすものです。神経細胞がウイル スによって直接破壊されたりします。この時、脳の中 にリンパ球、マクロファージといった炎症細胞が多 数出現し、脳が腫れやすくなります。その代表的な ものとしてはヘルペス脳炎や日本脳炎があります。 一方、脳症の場合は、脳の中にウイルスも炎症細 胞も見あたりませんが、それでも脳が腫れ、頭の中 の圧力が高まってきます。このため脳全体の機能が 低下してきて、意識障害をおこします。 インフルエンザ脳症とは、インフルエンザ感染症 を契機として発症した急性脳症です。 86 あじさい Vol.14,No.6,2005 2.疫学13) 平成 10 年厚生労働省人口動態統計による 1∼4 歳の死亡原因の順位では、インフルエンザが第 6 位にあり、このほとんどがインフルエンザ脳症による 死亡と考えられています。従って、インフルエンザ 脳症による死亡はこの年令層で決して希なもので はありません。インフルエンザウイルスの型別・亜型 別発症頻度では、A・H3 香港型が A・H1 ソ連型や B 型に比べて有意に脳症の発症頻度が高いといわ れています。発症頻度は、年間 100 例から数 100 例の発症と考えられています。 4.検査所見 13) 血小板の低下、AST の上昇、CK、Cr の上昇、Hb の低下、Pt の延長、NH3 の増加、血尿・蛋白尿の存 在は予後の悪化とつながっています。血糖値では 低血糖を示す症例は非常に少なくむしろ高血糖と なる症例が多いといわれています。また、NH3 の上 昇を示す例も少ないといわれています。 AST、CK、Cr、Plt、PT、血尿・蛋白尿などで異常 値を示す症例の予後が悪いことがわかっています。 5.インフルエンザ脳症の作用機序7)8) インフルエンザ脳症の鍵となる現象に「サイトカイ ン・ストーム(サイトカインの嵐)」というものがあること がわかってきました。これは、インフルエンザ罹患に よって全身の細胞から放出される炎症性サイトカイ ンが、通常量をはるかに超えて産生され、体内をま るで嵐のように吹き荒れる状態をさします。 人体はウイルスが体内に侵入すると顆粒やマクロ ファージ、T リンパ球などの様々な種類の白血球で 攻撃をし、発熱や咳、痰などの炎症反応を起こすこ とで病原体を体外に追い出そうとしています。その 炎症反応を効果的に行い、白血球が組織的に働く よう促すため、体内の細胞が血中へ放出するのが 炎症性サイトカインですが、特殊な条件下ではこの サイトカインが過剰に作られてしまい、かえって人体 そのものに向かって牙を剥きます。そして、実はイン フルエンザ脳症も、何か特別な条件によってサイト カイン・ストームが引き起こされ、発症するのではな いかと考えられています。 炎症性サイトカインには IL-6 や TNF(腫瘍壊死因 子)-αなどがありますが、サイトカイン・ストームによ って血中のサイトカイン量が増えすぎると、それらの サイトカインによって血管内皮細胞が障害を受けま す。障害を受けた血管内皮細胞は、物質透過性が 高まってしまうため、血中の様々な物質が血管外へ と漏れ出してゆくのですが、それにより血管外の細 胞組織が腫れ上がる、いわゆる浮腫という状態にな るのです。通常、脳は脳血管関門という非常に強い バリアによって守られているため、めったなことでは 浮腫など起きないのですが、インフルエンザ脳症で はこの脳血管関門すら障害されて、著明な脳浮腫 が急激に発生し、脳圧が高まり、神経障害が引き 起こされ、時には脳ヘルニアを起こします。 さらに、サイトカイン・ストームによって大量に放出 された TNF-αが原因で、脳だけでなく肝臓など全 身の諸臓器でアポトーシスが起きていることが分か ってきました。(図 3 参照) また、一部の非ステロイド性抗炎症薬(ジクロフェ 表 2 インフルエンザ脳症の特徴 1 インフルエンザの流行の規模が大きいほど発症が多発す る。(特にA香港型の流行時) 2 主に5歳以下の小さな子供が発症し、インフルエンザの発熱 から数時間∼1日と神経症状が出るまでの時間が短い 3 主に、痙攣・意味不明な言動・ 急速に進行する意識障害が症 状の中心である 4 死亡率は約30%であり、後遺症も25%の子供に見られるなど、 重い疾患である 5 現在までわが国で多発し、欧米での報告は非常に少ない 3.インフルエンザ脳症の分類5)8) インフルエンザ脳症は、ひとつの病態ではなく、い くつかのタイプに分かれます。分類法には研究者 により多少の違いがありますが、その一例をご紹介 します。 表 3 インフルエンザ脳症の病型分類 18) 病型 急性壊死性脳症 古典的ライ症候群 脳浮腫の分布 肝機能障害 出血傾向1) 死亡率 脳全体プラス局所 性病変( 視床・ 脳 幹など) 軽度∼高度 なし∼あり 高 2) 脳全体 中等度∼高度 なし∼あり 中 ライ様症候群 脳全体 中等度∼高度 なし∼あり 高 出血性ショック脳 症に類似した型 脳全体( 出血や梗 塞が加わりやす 中等度∼高度 い) あり 高 けいれん重積型 大脳皮質の一部 ( 両側前頭葉、片 なし∼中等度 側大脳半球など) なし 低 その他の型 なし∼軽度 なし 低 なし∼軽度 1)出血傾向: DIC(播種性血管内凝固=血管内に微小血栓ができ、血小板 が減少し、凝固に異常が生じるため全身に出血や血液循環障害が生じや すい病態) によるものである。 2)古典的ライ(Reye)症候群:全体の5%ぐらい。 87 あじさい Vol.14,No6,2005 ① サイトカインの嵐 ② 血管内皮細胞の障害などが生じ ③ 一部の解熱剤が症状の悪化を招き、予後を 悪くしている ナクナトリウム、メフェナム酸)が、本症の悪化(致命 率の上昇)につながることが明らかになり、平成 13 年より小児のインフルエンザにおける使用が制限さ れています。それ以外の非ステロイド系抗炎症薬で あってもその使用に当たってはあくまでも慎重でな ければいけません。 図 3 現在までの結果から推測される発現機序 ・ SIRS-Like Disease ・ アポトーシス( 脳・ 肝) ・ 血球貪食症候群の発症 ・ その他 ミトコンドリアの障害 チトクロームCの↑ TNFーαなどのサイトカインの産生 インフルエンザ感染 多臓器不全 血管内皮の障害 ・ 血管透過性の亢進( 脳浮腫) ・ 血流障害( 急性壊死性脳症) ・ その他 8) 6.インフルエンザ脳症の症状 インフルエンザ脳症の基本的な症状は、痙攣注1)・ 意識障害・ 異常行動です。 インフルエンザの発症(発熱など) から神経症状発 現までの日数は当日または翌日と急速に神経症状 が進みます。 痙攣は脳症患者の 70∼80%が発症する最も頻度の 高い神経症状で、短いもので1分、長ければ 20 分異 常にわたるものもあり、回数も 1 回からずっと続くもの まで多種多様です。 意識障害とは、呼びかけたり頬をつねったりしても ずっと眠ったままのような状態を指し、ほぼ 100%の患 児で見られます。 そして発症率が 11.4%の異常行動とは、いわゆる熱 せん妄のひどい状態で、その名の通り普通では考え られない異常な言動を呈するものです。たとえば象 やライオン、アニメのキャラクターが来たなどと叫ぶ幻 覚や幻視を筆頭に、わけもなく怯えたり、咳をした後、 頭を枕に何度も打ち付けキャーキャー騒いだり、突然 知っている言葉をとめどなく喋り出したり、ひどい時に は自分の手をハムだと言ってかじりつくといった場合 もあります。インフルエンザで熱が高い時に異常な言 88 動があっても、全てが脳症とはかぎりませんが、異常 行動が長く続くときは( 一時間が目安) 要注意となりま す。 インフルエンザ脳症ではこれら痙攣注1)、意識障害 や熱せん妄注 2)などの神経症状が、熱が上がってす ぐに現れることが多いので、発熱につづいて痙攣・意 識障害・異常行動が起きたときは、脳症のはじまりの 可能性を考えられた時はすぐに適切な治療を開始し なければなりません。 注1) 熱性痙攣との違い 熱性痙攣は、高い熱が出るときに誘発される痙攣で、全身痙 攣であることが多く、大半は 5 分以内に自然に止まります。熱 性痙攣は良性の病気で、後遺症などの心配はありません。日 本では、熱性痙攣は 6 歳以下の小児の5∼8%くらいに起きるよ くある病気で、インフルエンザ脳症と見分けるのは非常に難し いとされています。 詳細は、『 熱性けいれん』 あじさい4: 7.47,1995を参照 注2) 熱せんもうとは 高熱によって引き起こされる異常行動のこと あじさい Vol.14,No.6,2005 ど) 、中毒、外傷、熱中症など、小児期に好発する疾 患には注意が必要です。 表 4 インフルエンザ脳症における前駆症状としての 異常言動・ 行動の例 両親がわからない、いない人がいると言う (人を正しく認識できない) 自分の手を噛むなど、食べ物と食べ物でないものとを区別でき ② ない ① ③ アニメのキャラクター・象・ライオンなどが見える、など幻視・ 幻覚 的訴えをする ④ 意味不明な言葉を発する、ろれつがまわらない ⑤ おびえ、恐怖、恐怖感の訴え・表情 ⑥ 急に怒り出す、泣き出す、大声で歌いだす *上記の症状は、大脳辺縁系の障害との関連が示唆されている 6.インフルエンザ脳症の後遺症 インフルエンザ脳症にかかった小児で、何も障害を 残さずに回復されるのは約半数にすぎません(平成 14 年の統計による)。残りの半数の小児は、亡くなら れたり、後遺症が残ります。 後遺症はごく軽い場合もありますが、寝たきりの状 態になる程重い場合もあります。後遺症の内容として は、知能低下、運動麻痺、てんかん、嚥下障害・視 力・ 聴力障害などがあります。 脳炎・ 脳症罹患後に発症したてんかんでは難治性 の例が多いといわれており、またてんかん発作のコン トロールが不良な例ではてんかん自体が心身の機能 低下をきたすことがあります。 障害の程度にかかわらず、リハビリテーションを行 います。 ◎インフルエンザ脳症が疑われ る症例の初期対応 9) インフルエンザ罹患時にはけいれんを合併しやす く、またしばしば異常言動・ 行動も認められます。その 一方で、それらの神経症状がインフルエンザ脳症の 初発症状でもあることから、神経症状の重症度の判 定に苦慮されることがあります。 インフルエンザ罹患時に何らかの神経症状(意識 障害、けいれん、異常言動・ 行動) を伴って、一次医 療機関を受診した場合、どのような症例が「 二次・ 三 次医療機関への紹介」 の適応となるか、図4に示しま した。 また、表5にはインフルエンザ流行時には特に、意 識障害を来す他の疾患と鑑別することが重要です。 特に、中枢神経系感染症( 細菌性髄膜炎、他のウイ ルス性脳炎など) 、代謝異常症( 糖尿病性昏睡、低 Ca血症、有機酸代謝異常症、脂肪酸代謝異常症な 89 あじさい Vol.14,No6,2005 図 4 インフルエンザ脳 症 が疑 われる症 例 の初 期 対 応 9 ) インフルエンザの診断 意識障害 けいれん 単純型注1) ・連続ないし 断続的に概 ね 1時間以上 続くもの ・意識状態が 明らかに 悪いか、 悪化する場合 複雑型注2) 来院時 意識状態 注4) 判定困難 来院時 意識障害 なし 異常言動・行動 注3) ・意識障害を 認めない もの ・短時間で 消失する もの 経過観察 経過観察 意識の回復が 確認できるまで 注5) 院内で様子観察 意識障害なし 遅延する意識障害 (概ね1時間以上 続く場合) 経過観察 二次または三次医療機関へ 注1) 単純型とは・・・ ①持続時間が15分以内 ②繰り返しのないもの ③左右対称のけいれん ただし、けいれんに異常言動・ 行動が合併する場合には単純型でも二次または三次医療機関に紹介する。 注2) 複雑型とは・ ・ ・ 単純型以外のもの インフルエンザに伴う複雑型熱性けいれんについては、脳症との鑑別はしばしば困難なことがある。 注3) 異常言動・ 行動については表4を参照 注4) postictal sleep( 発作後の睡眠) や、ジアゼパム等の抗けいれん剤の影響による覚醒困難などを含む。 明らかな意識障害が見られる場合や悪化する場合は速やかに二次または三次医療機関に搬送する。 意識障害の判定法については表を参照 注5) 医師または看護師により定期的にバイタルサインのチェックを行う。 経過観察・ ・ ・ ここでいう経過観察とは、その時点では脳症のリスクが低いと思われる場合であり、その後神経症状の再燃あるいは新 しい症状が出現した場合は、必ず再診するよう指示する。 補) 電話で問い合わせがあった場合、発熱に何らかの神経症状が伴う場合は必ず受診を促すこと。 90 あじさい Vol.14,No.6,2005 表 5 インフルエンザ脳 症 の鑑 別 診 断 9) 感染症・ 炎症性疾患 1.脳炎・ 脳症 単純ヘルペスウイルス1型 単純ヘルペスウイルス2型 ヒトヘルペスウイルス6型 ヒトヘルペスウイルス7型 水痘帯状疱疹ウイルス Epstein-Barr ウイルス サイトメガロウイルス 麻疹ウイルス 風疹ウイルス ムンプルウイルス アデノウイルス7型 エンテロウイルス属ウイルス 日本脳炎ウイルス ウエストナイルウイルス リステリア マイコプラズマ サルモネラ 百日咳 その他の細菌 原虫・ 寄生虫など 2.髄膜炎 A)細菌性髄膜炎 B)結核性髄膜炎 C)真菌性髄膜炎 D)ウイルス性髄膜炎 3.脳腫瘍 4.硬膜下膿瘍 5.脱髄性疾患 急性散在性脳脊髄炎( ADEM) 多発性硬化症( MS) 6.自己免疫疾患 全身性エリテマトーデス 頭蓋内疾患 1.頭蓋内出血 A)硬膜下血種 B)硬膜外血種 C)脳内出血 D)くも膜下出血 E)Shakne Baby Syndrome 2.血管性疾患 A)脳血管障害 B)脳動静脈奇形 C)上矢状静脈洞症候群 D)もやもや病 3.脳腫瘍 代謝性疾患・ 中毒 1.ミトコンドリア脳筋症: MELAS 2.ビタミン欠乏症: Wernicke脳症 3.Wilson病 4.糖尿病性ケトアシドーシス 5.薬物中毒 6.その他の代謝性疾患 ( 有機酸代謝異常症、 脂肪酸代謝異常症など) 臓器不全( 脳症によるものを除く) 1.肝不全 2.腎不全 3.呼吸不全 4.心不全 その他 1.不整脈 2.熱中症など 参考事項: 急性脳症( 感染症が関与すると思われる急性脳症を含む) は、「 感染症の予防及び感染の患者に対する医療に関 する法律」 において、全数調査の対象( 5類感染症となっており、診断した医師は7日以内に地域の保健所長に届け出る義務 がある。 91 あじさい Vol.14,No6,2005 ⑥ 静脈ルートの確保 ⑦ 補液の開始 a. 循 環 血 漿 量 の確 保 :生 食 または乳 酸リンゲルを用いる ・ 代 償 性 ショックのとき:心 筋 炎 が 否定できないときは 10ml/kg 量、 それ以外は 20ml/kg 量をショッ クから離脱するまで適時(1 回 5 ∼10 分かけて)繰り返す。 ・ 血 圧 が安 定 したら、その後 は初 期 輸 液 、補 正 、維 持 輸 液 へ 移 行 ・ 末 梢 循 環 不 全 を認 め た ら、 DOB(ドブタミン)ないし DOA(ド パミン)5μg/kg/min で開始。 ・ 血 圧 が安 定 しない場 合 :エピネ フ リ ン (0.1% ボ ス ミン R ) 0.01mg/kg IV/10 か 0.1mg/kg 気管内投与。 ・ DOB ないしDOA 5μg/kg/min b. 電解質の補正 ・ Na の 急 激 な 低 下 (1 日 12mEq/L 以 上 )を避 ける(低 張 の維 持 輸 液 は危 険 、電 解 質 の モニタは必須)。 ・ 低 Ca 血症に対して塩化カルシ ウム 20mg/kg 1V 投与 c. 酸 塩 基 平 衡 :急激 な補 正は避ける。 NaHCO 3 の投与は必ずしも必要ない d. 血糖値:100∼150mg/dl を保つ ⑧ 血 圧 の維 持 :ショックに対 して DOB か DOA(5μg/kg/min)を開 始 し、血 圧をモ ニタリングしつつ増減する。 ◎ インフルエンザ脳症治療指針 9) インフルエンザ脳症について、診断・治療指針 を厚生労働省の研究班が作成し発表しました。イ ンフルエンザ脳症は、「全身および中枢神経内の 急激かつ過剰な炎症性サイトカイン産生」が病態 の中心にあることが明らかとなっており、治療に際 しては、高サイトカイン状態を可能な限り早期に 沈静化させることを目標にした「特異的治療」が 不可欠であるとしています。本指針では、「特異 的治療」として (A) 抗 ウイルス薬 、 (B) メチルプレドニゾロン・パルス療 法 、 (C) γ-グロブリン大 量 療 法 、 を取りあげていますが、2002/03 シーズンおよび 2003/04 シーズンの全国調査から、特にメチル プレドニゾロン・パルス療法の有効性が明らかとな っています 。メチルプレドニゾロン・パルス療法を 施行した患者のうち、早期(脳症発症1∼2 日 目)にメチルプレドニゾロン・パルス療法を行った 症例で予後が比較的良好であったというデータ が得られたことにより、エビデンスは限られていると はいえ、特に予後不良と予想される例には早期 のメチルプレドニゾロン・パルス療法が望まれると のことです。その際、血栓形成、血圧変動、高血 糖、眼圧上昇などのステロイドによる有害事象も 現れることがありますので注意が必要です。 1.支 持 療 法 インフルエンザ脳症の治療において、全身状態 の管 理 は重 要 です。この支 持 療 法 は、後 述 の特 異的治療とともに大きな役割をはたします。 2)けいれんの抑 制 と予 防 1)肺 機 能 の評 価 と安 定 性 ① まさに起 きている発 作 を抑 制 するのに一 ① 緊 急 の心 血 管 系 評 価 :意 識 レベルの評 般 的 に用 いられる薬 剤 ・投 与 量 ・投 与 経 価 、呼 吸 状 態 の把 握 、循 環 系 の異 常 サ 路は以下のごとくである。 インの把握 ② モニタリング:体 温 、呼 吸 数 、血圧 、SpO 2 、 薬剤名 投与量 投与経路 心電図など ジアゼパム 0.5-1mg/kg 緩徐に静注 ③ 気 道 の確 保 :気 道 の開 放 、呼 吸 状 態 の 1mg/kg/分以下の速度で緩 フェニトイン 20mg/kg 徐に静注 把握 フェノバルビタール 20mg/kg 筋注 ④ 換 気 確 保 (自 発 呼 吸 で十 分 な換 気 が確 ミ ダゾラム 0.2-0.3mg/kg 緩徐に静注 保されない場合): pCO 2 は正常域(35∼50mmHg)とし、 極端な過換気は行わない ② 発 作 予 防 目 的の抗 けいれん薬は重症度 ⑤ 酸 素 投 与 :SpO 2 90-95%を保 持 できるよ を考 慮 して投 与 する。単 発 あるいは短 い うに努める。極端な変動は避ける 発 作 が数 回 であれば過 剰な薬 剤 投 与 は 92 あじさい Vol.14,No.6,2005 頭 痛 ・腋 下 ・そけい部 のアイスパック・送 風・冷拭などを行う。 ② 解 熱 剤 :アセトアミノフェン 10mg/kg/回 (経口・坐薬)を使用してよい *アスピリン、ジクロフェナク Na、メフェ ナム酸は禁忌である。 控 え、重 積 や著 しい群 発 の場 合 は強 力 な抗てんかん薬の投与が必要である。 薬剤名 投与量 投与経路 ミダゾラム 0.1-0.5mg/kg/時 持続点滴 フェノバルビタール 10mg/kg/回 2-3回/日 筋注 チオペンタール* 2-5mg/kg/時 持続点滴 ペントバルビタール* 1-5mg/kg/時 持続点滴 5)搬 送 患 者 の状 態 から、より高 次 の医 療 機 関 での治 療 が必 要 なときには緊 密 な連 携 のもと患 者 の搬 送を行う。 チアミラール* 2-5mg/kg/時 持続点滴 *できれば、集中治療室にて呼吸管理下で行う。脳波モニタリ ングも必要である。 3)脳 圧 亢 進 の管 理 ① D- マ ン ニ トー ル (20% マ ン ニ トー ル R2.5-5ml/kg)を 1 時間で点滴静注する。こ れを 1 日に 3∼6 回繰り返す。 *低 血 糖のとき、グリセオールの使用 で症状 の悪化をみることがある 2.インフルエンザ脳症の特異的治療法 インフルエンザ脳症の病態に沿った治療を考え ていくうえで、病態の推移を phase1:インフルエン ザウイルスの感 染 、増 殖 、phase2:脳 症 の発 症 、 Phase3:全 身 症 状 の悪 化 、細 胞 死 ・組 織 障 害 の 進行、Phase4:DIC・MOF の 4 段階にわけられ、 4)体 温 の管 理 特殊治療はその 4 段階の病態推移に応じて適応 ① 身体の冷却方法 :腋下温 で 40℃を超え る場 合 には解 熱 を図 る。衣 服 は薄 着 とし、 を考慮されています。(図 5 参照) 表 6 インフルエンザ脳 症 の特 殊 治 療 16) 治療法 治療効果 抗ウイルス療法 ウイルス増殖抑制 ガンマグロブリン大量療法 高サイトカインの改善 ステロイドパルス療法 高サイトカインの改善、脳浮腫の改善 アンチトロンビン大量療法 血管内皮障害の改善 脳低体温療法 中枢神経内の免疫系の過剰反応の抑制 血漿交換療法 全身のサイトカインの除去 シクロスポリン療法 TNF-αによるミトコンドリア障害の抑制 図 5 インフルエンザ脳 症 特 殊 療 法 の選 択 Phase1 ( ウイルス増殖) 16) 抗ウイルス療法 ガンマグロブリン大量療法 Phase2 ( 脳症の発症) ステロイドパルス療法 脳低体温療法 Phase3 ( 組織障害の進行) アンチトロンビン大量療法 血漿交換療法 シクロスポリン療法 Phase4 ( DIC、MOF) 93 あじさい Vol.14,No6,2005 メチルプレドニゾロンの中枢神経系への移 行は良好で、中枢神経系内の高サイトカイ ン状態や高サイトカイン血症の抑制に有効 と考えられる。また脳浮腫を軽減する効果 がある。 1) 抗ウイルス薬(オセルタミビル) ( 投与方法) オセルタミビル 2mg/kg/回( 最大 75mg) を1 日 2 回、原則 5 日間投与を行う。 意識障害例に対しては、胃管を使用して投 与する。 ( 注意事項) オセルタミビルについては、1 歳未満の乳 児に対する安全性および有効性は確立し ていない。しかし、2004 年の日本小児科学 会薬事委員会の中間報告など、乳児での オセルタミビル使用市販後調査では重篤な 副作用は報告されていない。したがって、 現段階では脳症を発症した 1 歳未満の乳 児に対してもオセルタミビル使用が望まし いと考える。しかし、1 歳未満の乳児に使用 する際には、患児の家族に十分な説明を 行い同意を得る必要がある。 ( 期待される効果) インフルエンザ発症後 48 時間以内に投与 することにより有熱期間を短縮する効果が ある。インフルエンザ脳症では原則として中 枢神経系内にウイルスの増殖は認められな いが、脳症の誘引となる気道局所の感染の 拡大を抑制することが期待される。 ※2002/03、2003/04 1シーズンの全国調査の 解析から、メチルプレドニゾロン・パルス療法 を施行した患者のうち、早期( 脳症発症 1∼2 日目)にメチルプレドニゾロン・パルス療法を 行った症例で予後が比較的良好であったとい うデータが得られた( 図 6) 。エビデンスは限ら れているが、特に予後不良と予想される例に は早期のメチルプレドニゾロン・パルス療法が 望まれる。 図 6 メチルプレドニゾロン・ パルス療法開始日と 転帰 重度後遺症/死亡 軽快/軽度後遺症 100% 80% 60% 40% 20% 2) メチルプレドニゾロン・パルス療法 ( 投与方法) メチルプレドニゾロン 30mg/kg/day( 最大量 1g/day)を 2 時間かけて点滴静注する。こ れを原則 3 日連続して行う。 ステロイド薬には血栓形成の予防として、パ ル ス 療 法 終 了 翌 日 ま で ヘ パ リン 100-150IU/kg/day による抗凝固療法を併 用する。 ( 注意事項) 血圧の変動が認められることがあるため、 パルス療法開始時から終了後 2 時間頃ま で、血圧測定を行う。血圧変動は点滴静注 時間を延長する。 投与前より血圧が高い例では、パルス療法 の 代 わ りに 水 溶 性 プ レ ドニ ゾ ロ ン 2mg/kg/day を投与する。 適時、尿糖チェックを行う。高血糖の注意 が必要である。 投与前または投与期間中に眼圧の測定を 行う。 ( 期待される効果) 0% 1日目 2日目 3日目以降 3) ガンマグロブリン大量療法 ( 投与方法) ガンマグロブリン 1g/kg を10∼15 時間かけ て点滴持続静注する。 (ガンマグロブリン使用量は患児の状態に 応じて適宜変更する) ( 注意事項) 特に治療開始初期にアナフィラキシーを生 じることがあり、注意深い観察とバイタルサ インのチェックが必要である。 ( 期待される効果) インフルエンザ脳症の経過中に生じる高サ イトカイン血症に対して有効と考えられる。 しかし、脳症に対する治療効果についてま だ十分なエビデンスが得られていない。 3.インフルエンザ脳症の特殊治療 インフルエンザ脳症の治療に関する過去の調査で 94 あじさい Vol.14,No.6,2005 (投与方法) シクロスポリン1∼2mg/kg/日を持続点滴静 注する。7 日間は継続して投与を行い、患 者の状態・検査所見から、投与の継続また は中止を決定する。 (シクロスポリンの血中濃度は、肝不全、腎 不全時には上昇することに注意する) (期待される効果) 高サイトカイン血症によるアポトーシスを抑 制し、臓器障害の進行を阻止することを目 的とする。 は、以下の特殊治療を実施した例はきわめて少数で あり、脳症に対する治療効果についてはまだ十分な エビデンスは得られていない。本治療の実施にあた っては、一定の経験が必要であり、高次医療施設で 行うことが望ましい。 1) 脳低体温療法 (実施方法) ブランケット冷却加温システムを使用し、体 温を 33.5∼35.5℃、脳温(鼓膜音) を 33.5 ∼35.5℃に維持する。低体温実施期間は 3 日間以上、7 日間以内程度を目安とする。 脳はでδ→θ波がみられれば復温を開始 する。復温は、画像所見、髄液所見を参考 として 0.5℃/12 時間と緩徐に行う。血小板 減少、凝固系の変化などは復温時に問題 を起こしやすいので、ゆっくり復温すること が重要である。また、経管栄養もあわせて 開始する。 麻酔は導入時には、強い麻酔作用と頭蓋 内圧降下作用を期待してペントバルビター ルを用いる。体温が安定期に入ればミダゾ ラムへ変更する。筋弛緩剤も併用する。 (期待される効果) 過剰な免疫反応および代謝を抑制し、神 経障害の拡大を阻止することを目的とす る。 4) アンチトロンビン(AT)−Ⅲ大量療法 (投与方法) 播種性血管内凝固因子症候群(DIC)を伴 ったインフルエンザ脳症に対し、ATⅢ250 単位/kg( 1 時間) 点滴静注とし、5 日間連続 投与する。ヘパリン療法は ATⅢの効果を 抑制するので併用しない。 (期待される効果) インフルエンザ脳症の臓器障害では、血管 内皮障害が重要な役割を担っている。 血管内皮の障害による二次的な凝固線溶 系の異常とそれに続く好中球の活性化によ る組織障害に対して有効であると考えられ る。 ◎解熱鎮痛剤の使用 10)12)14) 2) 血漿交換法 (実施方法) 1 日 1 回の血漿交換の処理量は循環血漿 量とし、回路の体外循環量による血漿交換 の効率を考慮すると、3 日間で全血漿の置 換が行われることになるので、3 日間を 1 ク ールとして実施する。置換液は、未知の感 染因子の混入をなるべく回避するため、凍 結新鮮血漿(FFP) は用いずに、5%アルブミ ン液を使用する。しかし凝固異常が認めら れる場合には、FFP を用いることもある。ヘ パリンや、凝固異常がある場合にはフサン Rを用いて抗凝固療法を行う。 循環血漿量: 体重( kg) ×1000/13×( 1-Ht(%)/100) インフルエンザに対する解熱薬の投与には注意が 必要です。インフルエンザに罹患した後、インフルエ ンザ脳症、ライ症候群などの、脳症を来たすおそれ があります。( 表 7 参照) ライ症候群は、アスピリンの代 謝産物である、サリチル酸が、ミトコンドリアを障害す るのが、原因と推測されます。(図 7 参照) わが国では、ライ症候群を予防する為に、アスピリ ン、アスピリン・アスコルビン酸、アスピリン・ダイアルミ ネート、サリチル酸ナトリウム、サリチルアミド、エテン ザミド、ジクロフェナクナトリウムを、15 歳未満の小児 のインフルエンザや水痘に伴う発熱に対して、解熱な どの目的で、原則として、投与しないことになっていま す。 又、インフルエンザの解熱目的で、ジクロフェナク ナトリウムとメフェナム酸製剤を小児に投与した場合、 インフルエンザ脳症を重症化する危険性が否定でき ないことから、厚生労働省は、小児のインフルエンザ に使用すべきでないという勧告を出しています。 インフルエンザ脳症の患児で、ジクロフェナクナトリ (期待される効果) 高サイトカイン血症の改善により、細胞障 害・ 組織障害の進行を阻止する可能性があ る。 3) シクロスポリン療法 95 あじさい Vol.14,No6,2005 フルエンザに伴う発熱に対して使用するのであれば アセトアミノフェンが適切であり、非ステロイド系消炎 鎮痛剤の使用は慎重にすべきであるとしています。 小児が発熱した際に、原因が、インフルエンザや水 痘であるか、家族が、見分けることは困難だと思われ ます。従って、15歳未満の小児が発熱した際には、 アスピリンなどを含まない解熱剤を使用する方が安全 です。 市販薬の小児用バッファリンは、成分はアスピリン でなく、アセトアミノフェンが配合されています。しかし、 市販薬でも、成人用に販売されている、バッファリンA、 エキセドリン A、ケロリンなどには、アスピリン( アセチ ルサリチル酸) が、含まれていますので、15歳未満の 小児に、服用させないことが大切です。 ウムかメフェナム酸製剤を使用した群の死亡率は、約 45∼50%という高い値を示しています。 それに対し、同じ解熱剤でも、やや薬効の緩やかな アセトアミノフェンを使用していた群や、解熱剤を全く 使っていない群での死亡率は、約 20∼25%にとどまっ ています。( 表 8 参照) 41∼42℃という高熱は、そのものが体に障害を起こ す可能性があります。しかし、サイトカインストームが 起きているような病態の時に、40℃の高熱を 37℃ま で下げるような強すぎる解熱剤の投与は小児に大き な負担を与えることになります。よって、解熱薬を使 用するとすれば、アセトアミノフェンを使用すべきで す。 又、日本小児科学会でも、平成 12 年 11 月にイン 図 7 NSAIDs による血 管 内 皮 細 胞 障 害 作 用 機 序 17) ↓ プロスタグランジンI2 産生 × TNF-α ↑ エラスターゼ ↑ 血管内皮 細胞障害 ↑ 活性化 × NSAIDs COX-1 阻害 COX-2 阻害 × × 抑制 プロスタグランシンE2 促進 ↓ × 解熱 表 7 インフルエンザ脳症とライ症候群の違い インフルエンザ脳症 ライ症候群注a) 表 8 小 児 期インフルエンザ脳 炎・脳症と解熱剤 好発年令 5歳以下( 特に1∼3歳) 6歳( 4∼12歳) 17) 発症時期 発熱して平均1.4日後 発熱して5∼7日後 A型インフルエンザ( A香港型) が多い B型インフルエンザ、 水痘が多い注 b) 嘔吐 + + 下痢 + − + +( 急性脳浮腫) +(熱性せん妄:意味不明の言 動,うわごと) − 特徴 発熱の原因 痙攣 異常行動 意識障害 ( 1998/1999シーズン) 解熱剤なし アセトアミノフェン メフェナム酸 ジクロフェナクNa その他 + + 肝組織所見 肝小葉中心静脈周囲の 凝固壊死 脂肪沈着( 変性) 、 ミトコンドリアの膨化 肝機能障害 +(GPT17∼1,810IU/L) +( GPT65∼6935IU/L) − − 黄疸 高アンモニア血症 腎機能障害 低血糖 血液凝固障害 血小板減少 病因 − + − −(むしろ高血糖) +( in younger patients) + + − 血管内皮細胞障害? サリチル酸等による ミトコンドリア障害 例( %) ( 34.8 ( 43.1 ( 5 ( 13.8 ( 12.2 ) ) ) ) ) 生存 47 55 3 12 17 死亡( %) 16 ( 25.4 23 ( 29.5 6 ( 66.7 13 ( 52 5 ( 22.7 ) ) ) ) ) 例( %) ( 30.6 ( 50 ( 11.1 ( 16.7 ( 8.3 ) ) ) ) ) 生存 19 32 6 5 3 死亡( %) 3 ( 13.6 4 ( 11.1 2 ( 25 7 ( 58.3 3 ( 50 ) ) ) ) ) ( 1999/2000シーズン) (BUN上昇,血尿・ 蛋白尿) +( DICを合併) 63 78 9 25 22 注a)ライ症候群に類似した症状を来すライ症候群類似先天性代謝異常を除く。 注b) ライ症候群 96 解熱剤なし アセトアミノフェン メフェナム酸 ジクロフェナクNa その他 22 36 8 12 6 あじさい Vol.14,No.6,2005 11) 神谷.インフルエンザの最新情報;日本 医事新報:4043.1,2001 12) 厚生労働省.インフルエンザによる発熱 に対して使用する解熱剤について 平成 13 年 5 月 30 日 13) 森島.インフルエンザおよびインフルエ ンザ脳症について;岡山医学会雑誌 116:3.69,2004 14) 森島.インフルエンザ脳炎・脳症の重症 化と解熱剤;日本小児臨床薬理学会雑誌 15:1.63,2002 15) 小林ら.インフルエンザ脳症の発症機 序;小児内科 35:10.1673,2003 16) 小林ら.インフルエンザ脳症の特殊治 療;小児内科 35:10.1682,2003 17) 富樫.インフルエンザ脳炎・脳症と解熱 薬;小児内科 35:10.1686,2003 18) 塩見.インフルエンザ脳症の臨床スペク トラム;小児内科 35:10.1676,2003 ♪♪♪♪♪まとめ♪♪♪♪♪ インフルエンザの合併症 として、小児 におけるイ ンフルエンザ脳症があります。 インフルエンザ脳 症 とは、急 速 に進 行 する意 識 障 害 を中 心 とする急 性 の脳 障 害 であり、近 年 の 調 査 で、脳 内 にインフルエンザウイルスの抗 原 や ゲノムは認 められず、脳 症が基 本の病 態と考えら れています。 インフルエンザ脳症の鍵現象は、サイトカイン・ ストームと呼ばれる一大波乱 です。全 身の細 胞か ら通 常 量 をはるかに超 える炎 症 性 サイトカインが 放 出 され、体 内 を嵐 のように吹 き荒 れます。こうし たサイトカインの嵐を前にして、禁忌とされるジクロ フェナクナトリウムやメフェナム酸 はもとより、それ 以 外 の非 ステロイド抗 炎 症 薬 であっても、その使 用 に当 たってはあくまでも慎 重 でなければいけま せん。 インフルエンザによる急速な高 熱に対 しては、ま ず額 や頭 、頚 部 や腋 窩 を物 理 的 に冷 却 すること で体 温 の下 降 を試 み、それでも下 がらない場 合 に解熱薬を使用すべきです。 医療用医薬品だけでなく、市販薬においても充 分注意する必要があります。 <参 考 文 献 > 1) 堀本.3.インフルエンザウイルスの特性と病 原性;医薬ジャーナル 41:12.91,2005 2) 国立感染症情報センター:感染症の話 イン フルエンザ 2005 年第 8 週(2 月 21∼27 日) 3) 押谷.1.インフルエンザの流行の歴史と現在 の世界の状況;医薬ジャーナル 41:12.67,2005 4) 加地.インフルエンザの症状の治療;調剤と 情報 10:11.12,2004 5) 水口.インフルエンザ脳症の診断;日本医事 新報;4161.91,2004 6) 厚生労働省研究班.インフルエンザ脳症診 療ガイドライン作成へ;日本医事新 報:4164.81,2004 7) 森島.インフルエンザ脳症克服への道筋∼ 急がれるガイドライン、リスク遺伝子は射程距 離か∼;医薬ジャーナル 39:11.184,2003 8) 厚生労働省;インフルエンザ脳症の手引き 9) 厚生労働省.インフルエンザ脳症ガイドライン 10) 沼田.小児インフルエンザ脳症と解熱剤 ―家庭内坐薬に油断するなー;医薬ジャーナ ル 40:11.31,2004 <編 集 後 記 > インフルエンザ流行規模が大きい年には、イ ンフルエンザ脳症の患者数・死亡数も大きい傾 向にあります。インフルエンザ大流行に備え、 当たり前ですが、まずは基本の「手洗い」「うが い」は忘れずに行いたいものです。 先 生 方 の参 考 資 料 として頂 ければ幸 いで す。 発行者:富田薬品(株) 医薬営業本部 池川登紀子 お問 い合 わせに関 しては当 社の社 員 又は、下 記までご連絡下さい。 TEL (096)373-1141 FAX (096)373-1132 E-mail t-ikegawa@tomita-phar ma.co.jp 97
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