1 <テーマ> 刑法総論(就業規則の懲戒処分について考える) <関連

<テーマ> 刑法総論(就業規則の懲戒処分について考える)
<関連条文> 刑法36条 37条 39条 41条
など
刑法という科目は、司法試験受験生以外ほとんど触れることの無い法律だと思います。
一方で、就業規則の懲戒処分を実際に労働者に課す場合には、刑法の考え方が非常に重
要になってきます。
細かい議論は脇に置き、今回は、刑法で最も重要な概念「構成要件該当性」
「違法性」
「責
任」について、社会保険労務士が知っておきたい内容を中心に、条文を参照しながら解説
していきたいと思います。
Copyright 2008 Brain Consulting Office Inc.
知って得する知識と知恵シリーズ09.2月号
1
「構成要件該当性」
簡単に言いますと、犯人の行った行為が刑法のどの条文に該当するかを考えることです。
(殺人)
第百九十九条
人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する。
例えば、殺人罪で考えれば、人を殺そうとして(殺意)人が死んだ場合に、殺人罪の構
成要件に該当することになります。
殺意が無ければ殺人罪になりませんし(傷害致死)
、死ななければ殺人未遂、人でないも
の(動物など)を殺した場合には器物損壊にしか問われません。
構成要件は、厳密に条文に該当しないと、原則として罪を構成しません。死体を刺した
場合や、人間ではない動物を殺した場合、などでは殺人罪にならないと言うことです。
同様のことは就業規則の懲戒規定にも言えることで、
「飲酒運転」を懲戒解雇事由にして
いる場合、「酒気帯び運転」では懲戒解雇ができないということです。
(逆の場合はできま
す、考えてみてください)
上述のように、刑法は拡大解釈や類推解釈を禁じています。
これは、刑罰を科すという重大な人権侵害を容認する刑法ならではの考え方です。
懲戒事由は限定列挙であり、拡大解釈や類推解釈を禁じていることは、この刑法の考え
方から派生していることをご理解下さい。
Copyright 2008 Brain Consulting Office Inc.
知って得する知識と知恵シリーズ09.2月号
2
「違法性」
「構成要件」に該当すれば、原則としてその罪で処罰されます。
例外的に「違法性」が無い場合に、罪を構成しません。
「違法性」が無いというのはどのような場合でしょうか?
(正当行為)
第三十五条
法令又は正当な業務による行為は、罰しない。
(正当防衛)
第三十六条
急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、
罰しない。
2
防衛の程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。
(緊急避難)
第三十七条
自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずに
した行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。た
だし、その程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。
2
前項の規定は、業務上特別の義務がある者には、適用しない。
刑法は、違法性を阻却(無いという意味です)する場合を3つ規定しています。
①
正当行為(刑法35条)
「正当な業務による行為」とは、例えば、医師が手術をする場合に、形式的には傷害罪
の構成要件を満たしますが、犯罪にはならないということです。
牧師が、犯罪者を匿って、その間に教えを説き、その後犯人が自首した事件では、牧師
の犯人隠匿を正当行為として処罰しないという下級審の判例があります。
②
正当防衛(刑法36条)
「急迫不正の侵害」に対して「自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした
行為」は、違法性を阻却します。
(36条1項)
後述する緊急避難(刑法37条)との違いは、相手が「悪」でこちらは「正」というこ
とです。そのため、防衛の程度を超えた行為も、(相手が悪いのだから)
「刑を減軽し、又
は免除することができる」ことになっています。
(素手で殴りかかられた場合に、武器で反撃して相手に傷害を負わせた場合など、やむを
得なければ違法性が無いということになります)
③
緊急避難(刑法37条)
「現在の危難を避けるため」、
「やむを得ずにした行為」は「これによって生じた害が避け
Copyright 2008 Brain Consulting Office Inc.
知って得する知識と知恵シリーズ09.2月号
3
ようとした害の程度を超えなかった場合」に限り、罰しない。
具体的には、船が沈没して浮輪が一つしかない状況で、自分が助かるために他人の浮輪
を奪った場合などが想定されています。
後段の「これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合」とは、
「緊
急避難」が「正当防衛」と違って「正」対「正」の関係なので、失われるものが得られる
ものより大きい場合には違法性を阻却しないと言うことです。
上記の例では、「人の命」対「人の命」なので、対等ということで違法性を阻却します。
一方で、ペットの為に他人の浮輪を奪うような行為は、いくらペットが大事であっても「動
物の命」対「人の命」なので、違法性が阻却されないことはもちろんです。
懲戒処分に当てはめてみれば、懲戒の構成要件を満たしていても「正等行為(業務)」
「正
当防衛」
「緊急避難」に該当する場合は懲戒ができないということになります。
Copyright 2008 Brain Consulting Office Inc.
知って得する知識と知恵シリーズ09.2月号
4
「責任」
犯人が自分の行ったことを全く理解できなかったり(刑法39条1項)少ししか理解で
きない(刑法39条2項)場合に、刑を免除したり、減刑されたりすることがあります。
また、刑法上は14歳未満の子供の犯罪は罰せられません。
(刑法41条)
(心神喪失及び心神耗弱)
第三十九条
2
心神喪失者の行為は、罰しない。
心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。
(責任年齢)
第四十一条
十四歳に満たない者の行為は、罰しない。
「構成要件」に該当し「違法性」があっても、
「責任」が無い(または少ない)者の行為は
罰せられなかったり、減刑されたりすることになります。
懲戒処分において責任のないものと言う概念はあまり関係ないかもしれませんが、刑法
の重要な考え方として、
「構成要件該当性」「違法性」「責任」について説明いたしました。
「責任」が無い場合の類型として、
「強度の酩酊」や「薬物による酩酊」状態で、意識が
無い時に起こした犯罪を処罰すべきかという問題があります。
これは、そもそもそのような状況を作り出した本人に「責任」があると考えて、処罰さ
れるというのが刑法の考え方です。
こういう場合に「原因において自由な行為」という一見意味不明な日本語の概念があり
ますが、紙面の関係上今回説明は割愛させて頂きます。興味のある方はお調べ下さい。
以上、刑法の「構成要件該当性」
「違法性」「責任」の概念と、そのしくみ、懲戒処分を
行ううえでの留意点につき、基本的な部分を簡単にご説明いたしました。
皆様の、今後の業務推進上のお役に立てれば幸いです。
タキモト・コンサルティング・オフィス
代表
社会保険労務士・CFP 瀧本 透
瀧本透先生【タキモト・コンサルティング・オフィス】
東京都西東京市泉町 1-5-8
Copyright 2008 Brain Consulting Office Inc.
知って得する知識と知恵シリーズ09.2月号
5
電話番号 042-469-3172
FAX番号
042-469-3172
URL:http://takimoto.biz/
BLOG(taki-log@たきもと事務所)
http://taki.air-nifty.com/fukumenkamen/
なおこちらの情報は2009年2月時点での情報です
Copyright 2008 Brain Consulting Office Inc.
知って得する知識と知恵シリーズ09.2月号
6