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XI 章 性差と脂質栄養
1.女性のホルモン補充療法―2
年で中断した大規模臨床試験
1.女性のホルモン補充療法
ホルモン補充療法(HRT)は、閉経後の女性のエストロゲン欠乏による疾患・症状の改善のため経口・経皮でホルモン
(エストロゲン、プロゲステロン)を投与する治療法で、欧米だけでなく日本でも、主に更年期障害や骨粗鬆症の治療に
用いられている。しかし、2002 年にアメリカで、ホルモン補充療法大規模臨床試験において、危険性が有用性より大き
くなり一部の研究が中止になった。その経緯を解説する。
アメリカの看護師を対象とした大規模臨床試験 Nurses' Health Study(Stampfer MJ et al. N Engl J Med 1991;325:
756-62)
、Postmenopausal Estrogen/Progestin Interventions(PEPI)試験(The Writing Group for the PEPI Trial.
JAMA 1995;273:199-208)でホルモン補充療法が心疾患を予防できる可能性が示された。
これらの結果をうけ、1992 年に米国内科学会 は「すべての閉経後女性に HRT を考慮すべき」と勧告、また AHA(米
心臓協会)は 1995 年に,
「すべての虚血性心疾患を有する閉経後女性に HRT を考慮すべき」と勧告したためアメリカ
でホルモン補充療法が広まった。しかし、これらの結果は、観察研究であったために、虚血性心疾患を有する女性に対し、
より科学的な無作為化した前向きの二重盲検試験が実施された(HERS:Hulley S et al. JAMA 1998;280:605-13)
、
(HERS-II:Grady D et al. JAMA 2002;288:49-57)
。その結果は、以前の観察研究結果と異なり、HRT の心疾患
に対する有効性を証明できなかったため、AHA は 2001 年に「虚血性心疾患を有する閉経後女性に対し,心疾患の二次
予防として HRT の使用は推奨しない」と従来と逆の勧告を出した。
WHI*注の一部として、HRT の心疾患 1 次予防について検証するため、無作為化した前向きの二重盲検試験が実施された
(論文①)
。
*注
WHI (Women’s Health Initiative) 女性の健康促進運動
WHI はアメリカの NIH(国立健康院)で 1991 年に設立された大規模予防研究プロジェクトで、閉経後女性の死亡、身体障
害、生活の質の低下についての主要原因を研究することを目的としている。特に、心臓病、癌、骨粗鬆症に重点を置き以下の
3つについて研究を行っている。
1.
有望だが、証明はされていない予防方法についての無作為割り付け臨床試験(RCT)
ⅰ)ホルモン補充療法
ⅱ)食事指導
ⅲ)カルシウム・ビタミン D 補充療法
2.
疾病を予測できる因子を見つける観察研究
3.
健康維持のための社会的とりくみに関する研究
論文①:JAMA (2002)288;321-332
題名:健康閉経女性におけるエストロゲン・プロゲスチン合剤の危険性と有用性:女性の健康促進運動(WHI)無作
為割付試験の主要結果から
著者:Rossouw ら
要約:健康なアメリカ閉経後女性に経口ホルモン補充療法(エストロゲンとプロゲステロンの合剤)を行ったところ、
偽薬を投与した群に比べ 5.2 年目に健康被害が有用性を上回ったので、研究を中止した。
(心疾患、乳癌、静脈
血栓性疾患が増加、大腸癌、骨折が減少)
内容詳細
研究計画:研究に同意した健康アメリカ人閉経後女性(子宮あり、50-79 歳)16608 人を無作為にホルモン補充群(1
錠に馬由来のエストロゲン 0.625mg/日と酢酸メトロキシプロゲステロン 2.5mg/日を含む錠剤を1日1錠
服用)8506 人とプラセボ群(偽薬1日1錠服用)8102 人に分け、冠動脈疾患、乳がん、などについて調べた。
5.2 年まで追跡
結果:
ホルモン補充群
(8506 名)人
冠動脈性心疾患
脳卒中
静脈血栓性疾患
乳癌
大腸癌
骨折
総死亡
プラセボ群
(8102 名)人
ハザード比
95%信頼区間
(補正後)
164
122
1.29
0.85-1.97
127
85
1.41
0.86-2.31
151
67
2.11
1.26-3.55
166
124
1.26
0.83-1.92
45
67
0.63
0.32-1.24
650
788
0.76
0.63-0.92
231
218
0.98
0.70-1.37
論文②:JAMA (2008)299;1036-1045
題名:無作為割付したエストロゲン・プロゲスチン合剤治療の中止後 3 年での健康に対する有害性と有用性
著者:Heiss ら
要約:論文①でホルモン療法は 5.2 年目で中止されたが、その後の追跡調査結果が発表された。
ホルモン療法中止後 2.4 年後のホルモン療法治療群とプラセボ群について、各疾患発症率を調査した。その結果
ホルモン療法中止により、ホルモン療法群で多かった心疾患、血栓性疾患はプラセボ群と同じレベルに減少した
が、乳癌発症率は高いまま減少しなかった。
このためアメリカ NIH ではホルモン療法を心疾患予防等のために長期に使用すべきではなく、更年期障害治療のために
用いるときは、低用量を短期間使用することのみ推奨している。
NHLBI Press Statement "WHI Follow-up Study Confirms Health Risks of Long-Term Combination Hormone Therapy
Outweigh Benefits for Postmenopausal Women."
日本では、2002 年の論文(上述論文①)の結果に対応して日本産婦人科医会ならびに日本更年期医学会が合同で以下の
「ホルモン補充療法に関する見解」を発表した。
(2002 年 9 月)
(抜粋)
今回明らかにされたWHIの中間報告を踏まえて、より安全で効果的なHRTを更年期および閉経後の女性や、エストロ
ゲン欠乏による疾患・病態に対して行なうための要点は、日本女性の疾病構造、遺伝的背景や生活習慣などの特異性と
HRT との関連、および子宮のある女性に対する HRT で用いられる黄体ホルモン 製剤(プロゲスチン)の影響などが十
分に明らかにされていない現状では、以下のようにすべきと考えます。
(1) 更年期・閉経後女性に対するヘルスケアの基本は、従来から強調されてきたように、精神・身体機能の評価と、これ
らに基づいた食事・運動・栄養などの生活習慣の適性化であり、それで十分な効果が見られない場合には薬物療法を行う。
(2) HRTは薬物療法の1つの選択肢であり、これを選択するに当っては、一人一人の女性について、そのリスクとベネ
フィットを慎重に判断する。
(3) 更年期症状(ホットフラッシュ、発汗などの血管運動神経症状、うつ、不眠などの精神神経症状、腟萎縮などの泌尿
生殖器萎縮症状)を適応とする短期の HRT のリスクとベネフィットについて今回の報告では言及されていない。更年期
症状に対するHRTの効果は明らかであるので、治療前に禁忌でないことを確認し、 また治療開始後には、その効果を
判定するとともに、乳がんやその他の異常所見の有無をチェックして安全性を確認しながら治療の継続・中止を判断する。
(4) 閉経後骨粗鬆症に対する HRT の予防・治療効果は明らかであるが、他にも骨折予防効果を有する薬剤があることも
伝えるべきである。
(5) 心血管系疾患の予防を目的として、結合型エストロゲン 0.625mg/日と酢酸メドロキシプロゲステロン 2.5mg/日の
連続服用による HRT を、本試験 の対象となった米国の女性に対して行なうことについては否定的な結論が得られた。
従って、本邦女性でもリスク因子(肥満、高血圧、喫煙習慣など)を有する 場合には、本試験の結論に則し、心血管系
疾患の予防を目的としては、この処方によるHRTは行なわない。
(注)
(注):エストロゲンの脂質代謝・血管機能への効能は証明されており、本試験で行なわれた以外の HRT(使用ホルモンの種類と量、投
与経路など)についての有用性と安全性を否定するものではなく、これらについては今後の検討が必要である。
(6) 子宮のない女性に対しては、エストロゲンのみを用いる。子宮の有る女性に対するHRTには、子宮内膜がんの予防
の見地からプロゲスチンの併用が必要である。プロゲスチンの併用方法については、同時連続療法であれ、周期的療法で
あれ、それに伴うリスクを十分に説明し、納得を得た上で行なう。治療開始後は乳 房検診・血圧測定、脂質や凝固線溶
系の血液検査などを行ない、慎重に治療経過を観察する。
(文責
市川祐子
金城学院大学研究員、医博)
2. 女性のコレステロール値とスタチン療法
女性は男性に比べ、心臓病になりにくいことはよく知られています。しかし、国のガイドラインは性差を区別しておら
ず、コレステロール値が高いと食餌療法、薬による治療が始まります。現在、もっとも多く使われている薬はスタチン類
とよばれ、コレステロールの体内での合成を抑えるものです。しかしこの薬は世界的に、女性に効かなかったという報告
が多いようです。
この薬の副作用はよく知られていた横紋筋の溶解のほか、多発性神経症、子の奇形、脳への影響などがあります。した
がって妊娠可能な女性にはこの薬は出されないのが普通です。子に奇形が出ても母親には無害かどうかはわかりません。
そして、多くの人が高齢になって飲みはじめますので、筋肉が痛いとか神経の具合が変だと感じても、それが齢のせいか
薬の副作用かわからない場合が多いのです。
大部分の人にとって、コレステロール値が高くても心臓病の原因にはなっていないことから、コレステロール値が 260
mg/dL くらいまでは問題なさそうです。動脈硬化の予防のためには、リノール酸(ω6)系の摂取を減らしω3 系を増やす
という油脂の選択を心がけてください。そして、薬としては EPA(エパデールなど、魚の油からとった薬)が安全です。
これらについては、http://www.niko-clinic.or.jp/
(田中裕幸理事長、医療法人
北方町志久 1574)をご覧下さい。許可を得てリンクしています。
ニコークリニック, 佐賀県武雄市