高品質構造の崩壊−なぜ日本企業は品質立国の地位を維持できなかった

「高品質構造の崩壊−なぜ日本企業は品質立国の地位を維持できなかったのか?」
加登 豊
今回の報告は、日本学術振興会から研究費用を頂いてやっている研究になります。同様の研究費
補助金である科研費は、単一分野の中で閉じた研究にしか実質的に適用されない形で運用されてい
るため、本研究のような融合領域というのはなかなか通らないのです。二つの領域で双方から承認
をもらわないと研究費が下りないため、
新しい学問が生まれにくいというのが現状です。
そのため、
今回は、社会科学と人文科学の研究者が共同プロジェクトを立ち上げることで、何か新しい知見を
生み出そうという実験的な試みになります。
本研究は、予備調査で3年、本研究で5年の期間で採択されました。最初はA4、1枚の申請書
で品質の問題を取り上げただけなのですが、
日本学術振興会も問題の重要性を理解してくれました。
ですが、次第に文部科学省や役人の方が次第に仕組みを改編し、現状では科研よりひどい状況にな
っています。取りあえず、今年度、来年度くらいでほぼ研究が終わって、啓蒙書という形で合計 30
冊くらいの文庫が成果として出ることになっています。
本研究は、一橋大の青島先生が全体を統括するプロジェクト「
『失われた 10 年』の克服:日本の
社会システムの再構築」の個別プロジェクトという位置づけになっています。全体のプロジェクト
は(1)
「日本的品質管理の検証」
(本研究)
、
(2)
「日本の組織・人材育成システム」
、
(3)
「日本
の教育システム」という三つから構成されています。
(2)の「日本の組織・人材育成システム」に
関しては、立教大学の石井淳先生が社会学的見地から企業内研究のあり方を研究しています。また
(3)の「日本の教育システム」に関しては、東京大学の苅谷剛彦先生が、ゆとり教育がなぜ崩壊
したのかということを教育学の視点から研究しています。
したがって、プロジェクトの全体像は、学校教育・企業教育・企業の実践の三位一体となってい
ます。大学や高等機関の教育の部分が少し抜けているのですが、このような形で共通の問題を見て
いきましょうということです。最終的には、ゆとり教育の崩壊とか、OJTの崩壊だとか、品質神
話の崩壊など、一見異なって見えるこれらの社会現象が、実は同じロジックで説明できるのではな
いかとまとめています。ただし、こちらの原稿は教育の切り口から執筆しているので、COEの方
には使えません。後で少し申し上げますが、ビジネスシステムの観点から少し切って分析をしよう
かなと思っています。
今日は申し訳なくて、パワーポイントの資料だけになりますが、それを少し使ってご説明をしま
す。ビジネスモデル応用研究という授業を何回かやらせてもらっているので、最後にビジネスシス
テムやビジネスモデルに関して何か気になっていることがあれば、一言、二言言ってくださいとい
う話が小川さんの方からありましたので、全く別の話題になりますが、最後に少し触れて報告を終
わらせていただきたいと思います。
それでは中身に入ります。世の中で言われているように、日本の企業の製品品質が危なくなって
います。たくさんの事件も起こりますし、問題を隠すような不祥事などがたくさん起こってきてい
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るわけです。これらを個別の問題としてとらえるのではなく、社会現象としてとらえるとか、シス
テムの疲弊とか、そういう観点からの分析を試みています。
ただ、問題の出発時点は何かというと、日本製品・サービスは、品質で評価されて世界のマーケ
ットで認められたわけですから、品質が危なくなるとその神話や信用はすぐに崩壊してしまうでし
ょう。例えば、三菱の車が品質問題を起こしたために、トヨタや日産の車が売れなくなるという可
能性はもちろんあるのですが、三菱自動車の問題で、ソニーやシャープの製品も日本製だからとい
う理由で売れなくなる危険性がとても高いということです。ですから、一社一社がしっかりしてお
いてもらわないと、
うちの会社は大丈夫だからということにはならないわけです。
結論から言うと、
品質が本当におかしくなってしまうと回復するのはかなり難しいと私は思います。日本の産業界全
体が少しおかしな方向へ向かってしまわないよう、企業の方々には現状を正しく認識をしていただ
いて、各企業に頑張っていただく必要があります。そういう企業がたくさん増えてくると、何とか
現状が維持できるということになります。
これ自体はすぐにアカデミックなペーパーにというわけではないのですが、現状をしっかり押さ
えることをやっておけば、アカデミックなフレームワークの下で研究することも可能です。そのた
め、割り切って現実の問題を取り上げるというアプローチを取っています。
日本企業の製品はとても高品質だという事例はたくさんありますし、高品質で日本企業は躍進し
たと言われているわけです。しかし、残念ながら収益性はあまり高くないです。いいものを作って
喜んでもらっているのに儲かっていないというのが基本的な問題としてあるのですが、今回はそこ
の部分は大きく取り上げません。
実はこの研究をしていくと、本当に日本企業の製品は高品質だったのか、そこから疑わないとい
けないという、ちょっと不思議なことになるのですが、またそれは後で申し上げます。まずは、う
まくいったのだから、その理由の説明をしておかないといけなくて、そしてそれと同じ攻め口で今
回の問題も分析をしようとしています。つまり、うまく機能していた仕組みが、そこに内在するメ
カニズムによって崩壊してしまうということです。良いと思えた方法が実は足を引っ張るという観
点で見ていきたいのです。多くのジャーナリスティックな説明はそういう見方をしていなくて、こ
れだけ良かったのにちゃんとできなくなったではないかという外部要因で品質崩壊を説明しようと
することが多いのです。もちろん、それもあるのですが、内部崩壊をするというところに注目をし
ています。
品質のコストの合計額は、品質がいいかどうかを評価するコスト、品質問題が起こらないように
するための予防のコスト、品質問題が生じたときに発生する失敗のコスト(企業内で手直しをする
内部失敗コストと市場に出ていってから起こる外部失敗コスト)から成ります。外部失敗コストと
は、例えばリコールですとか、製造物責任ですとか、消費生活用製品安全法ですとか、そのあたり
のコストです。コストの観点から見ると、それらの合計額の最小化を図ることがとても重要になっ
てきます。こういう考え方でいくと、品質があまり低かったら失敗コストが非常に大きくなります
が、かなり高いレベルで品質を維持しようとして完ぺきな品質を求めることは経済合理性がないと
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いうことになってしまいます。こういうことの基本的な考え方は、欧米の統計的品質管理というの
があると考えていいわけです。
そのように考えていきますから、重要なのは検査なのです。ちゃんと品質が作り込めないから、
市場に出す前にチェックをして、良品を市場に出しましょうと。面白いことに、今の日本の企業は
これを一生懸命やっているのです。従来は、品質とか、コストとか、機能とかは、開発や生産や購
買活動のプロセスでしっかり作り込むので、検査にはそれほどコストをかけなくていいから、評価
コストと呼ぶコストの合計額はミニマイズできるよね、変なものは出ないから、外部失敗コストが
出ないから、経済合理性もあるし、品質も高いと考えてきたわけです。しかし、今は評価、検査の
コストがすごく増えています。東洋経済の記事などもありますし、レクサスの製造ラインは、今は
検査要員が 200 人いるのです。これは従来の品質管理の考え方と少し矛盾するところがあります。
戦後、欧米の統計的品質管理が日本に入りました。終戦が 8 月 15 日で、アメリカから統計に詳し
い品質管理の専門家が日本に来たのは 10 月なので戦後すぐということになります。
すぐに日本企業
を立て直させないといけない、立て直すために重要だった項目の一つが品質管理だったということ
になります。
日本企業はアメリカの統計的品質管理を学んですごいと思ったわけですが、1年もたたないうち
に、これをおかしいと思いだしました。どこがおかしいかというと、統計的品質管理というのは品
質を良くしようとはしていないのです。ある品質のレベルでものは作っておいて、おかしなものは
出さないようにしようという仕組みだったのです。これで本当に品質管理と言えるのかと考え出し
て、日科技連などが中心になって啓蒙活動をかなり積極的にやり始めます。そのプロセスで生まれ
てきたのが、小集団活動ですとか、QCサークルですとか、品質問題をなくするゼロディフェクト
運動ですとか、そんなものが出てきました。ただし、ゼロディフェクトという概念も日本生まれで
はなくてアメリカ生まれなのです。それを実際に本気になってやりだしたのが日本企業だと考えて
ください。だから、このあたりの日本的品質管理が果たした役割はすごく大きいわけです。
それが動くためには、背景というか、インフラが整備されていないといけない。現場には勤勉で
優秀な現場作業者の人たちがたくさんいました。
欧米流であれば、
品質管理は品質管理マネジャー、
つまり統計や確率に精通した人たちが教えるのですが、
日本では現場の人たちに手法をお教えして、
ハンズオンの問題を自分たちで解くというアプローチを採りました。
昨日はいすゞの元常務でポーランドの工場を立ち上げた方に来ていただいて、中之島でちょっと
お話を聞いていたのですが、徹底的な三現主義、現場、現物、現実をしっかり見て問題解決をしま
しょうというスタイルだということでした。従来の日本の品質管理の専門家とは違う新しい視点は
あるのですが、少なくとも完ぺき品質だと言います。だから、このあたりは共通認識であるのです
が、後でこれは否定します。こんなことをやっているから駄目なのです。理屈の上ではそうなので
すが、企業では全く受け入れてもらえないです。
もう少し斜めに見ると、滅私奉公型で働く現場作業者の人たちがいたというようにも見ることが
できます。改善アイデアを出しますが、報酬はほとんどありません。会社へ来て、全社QCサーク
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ル大会で表彰されて社長賞をもらうと、写真を撮られて、それが工場に張られて、チームのメンバ
ーは一泊二日の温泉旅行が付いてくる。これで品質レベルが何ポイント上がったとか、コストを1
億 5000 万下げましたとか、そういう成果が出てくる一方で、報酬としてはそのくらいです。これで
喜んでくださっていたという状況がありました、ということです。今はそれではちょっと動きませ
ん。QCサークルは自発的な時間外勤務ということになっていますので、サービス残業でもありま
せん。自分たちが自主的に集まって勉強して現場を良くするということをしますから、割増賃金は
当然現れないということになります。
自主的なので、チームのメンバーは「いや、今日はちょっとデートなので行けません」と言える
かというと言えない。日本の工場は地方に高度成長時代にたくさん作られて、出稼ぎに行かなけれ
ばいけなかった人たちの雇用の場を提供しだすわけです。すごくいい環境で給与もいい。後で出て
きますが、農繁期などはちょっと会社の仕事をアレンジして、田んぼや畑をやってもいいというア
レンジメントを日本の企業はすごく親切にやってくださったので、こんないい働き場はないという
ことでした。事実上、職場もコミュニティーもほぼ同じという状況だったわけです。この状況では、
書記長さんが金曜日の晩にちょっと会議をやろうかと言いたせば、抜けられないではないですか。
これは自発的勤務ですから、
割増賃金は払われないのですが、
やってみるとアイデアは出てくるし、
結構成果が出て楽しくなってきたり、一種のゲームが起こっていたということになります。重要な
のは、基本的には精神論で頑張ればできる、ゼロディフェクトでいきましょうという形で品質管理
がされてきて、これが機能していたということです。
日本的品質管理は、手法的には科学です。ですけれども、後で申し上げますが、すべての科学を
使うわけではない。日科技連が指定した手法しか使ってはいけないということです。問題解決方法
もQCストーリーという解き方があって、それ以外は使ってはいけないとなってしまいます。これ
は逆機能の一つなので後で申し上げます。
このあたりはもう少ししっかり書かないといけないのですが、人が入っているシステムを前提と
しますと、欧米型のシステムは人が入れ替わっても機能するというのがシステムです。他方、日本
のシステムは要のところに人がいて、この人たちが抜けてしまうとシステムは機能しません。一番
典型的なのが、今で言うとセル生産と呼ばれている生産方式です。人がいなくなると、セル自体が
機能しなくなって、ほかの人では代替が利かないというものづくりをしているということになりま
す。
先ほど言いましたように、日科技連は、出版事業、教育研修事業、有名なデミング賞の創設等を
通じて、日本の企業の啓蒙をやってきました。実はここの影響力はすごく強くて、品質管理の専門
家の人たちは定年が近づいてくると、会社のことは考えずに日科技連のことを考え出すのです。日
科技連に認められて、講師として残って、コンサルタントとして生き残る道を一生懸命考えるよう
になっていくのです。ですから、外部の機関が企業をコントロールする。ちょっと形は違いますが、
欧米の職種別組合のようにパワーがあります。
ちなみに、日科技連は日本的品質管理の出版物が非常にたくさんあります。現在は、シックス・
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シグマや日本経営品質手法など、従来の品質管理に代替する他の考え方があるのですが、日科技連
からは一切出版されません。そのような仕組みが世の中にあるのだということも知っておかないと
いけません。
高度成長で作ればものが売れた時代だということもあって、品質はとことんまで突き詰めていく
ことになりますから、すごくオーバースペックの部品や機能などが製品に組み込まれるようになり
ました。それでも十分ペイをしたということです。今でもトヨタのエンジンは単体で 100 万キロ大
丈夫というのがスペックになっているので、明らかに過剰品質だと思いますし。クボタの鋳鉄管と
いうのがあり、これは下水、上水道用なのですが、出荷前に管の中にサンドをかけてつるつるにし
ないといけない。これでないと受け入れないのです。ですから、工場の中で一番腕の長いやつがサ
ンドをかけています。現場でも、こう触って、なぜ中を磨いていないのと。そういう精神でものづ
くりをしている会社のものは使えない。まだそんなものが生きているわけです。だから、無駄だと
私は思いますが、そのくらいまでやったから高品質になったというのがすごく重要なポイントにな
ります。コスト軽視でも全くオーケーだったということですし、少品種大量生産で学習効果もあっ
たということです。
最近、品質を作り込むのが難しくなったのは、開発期間が短くなったからだという説明もありま
すが、品質が大事であれば多品種少量生産をやめればいいわけです。ですけれども、多品種少量で
顧客のニーズには応えないといけないし、品質は高くないといけません。実は計算してみると面白
いのですが、多品種少量生産製品は儲からないのです。儲かるように計算されるのは原価計算で、
間接費の配賦が多品種少量製品は少ないという理由によるためです。大量に作られるものはロット
も大きいですから、たくさんの間接費を負担する。だから、儲かっているものが間接費を負担して、
ちょっとしか作っていないものは、ほんの少ししか間接費を賦課されないので、あたかももうかっ
ているように見えます。そのような現象が起こってくるということです。
日本の品質はもう完ぺきだと思っていたのですが、
事実としておかしな問題がたくさん出てきた。
私が学振からお金をもらった当時は、日本の企業の品質がおかしくなってきているという証拠がそ
れほどない、加登の言っていることは本当かと、審査委員の方がもめたらしいです。ですが、幸か
不幸か、そういう問題がたくさん出てくるわけです。会合があるごとに「加登さん、当たりました
ね」と言われるのですが、うれしいような、うれしくないような状況です。しかし、一般にはあま
りそういうことはまだ認知されていません。普通のビジネスマンたちが自分たちの会社はおかしい
なと思っていても、日本全体がおかしいのだなということを気付かせたのは「日経ビジネス」の特
集「品質の復讐:驕れるモノづくり大国への警鐘」だったと思います。ただ、タイトルはミスリー
ディングですし、内容は大変プアなので、ほとんど参考にはならないのですが、みんなに品質がや
ばいなと思わせたことでは意味があっただろうと思います。
大きく分けると、環境変化面と逆機能、このあたりが大事だろうと思うのですが、環境変化に関
しては、世の中の動きが変わったので、従来どおりの品質管理ができなくなってきたということに
なります。社会の目は厳しくなってきているし、多品種少量で開発期間が短くなってきて品質の作
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り込みができなくなってきている。業績低迷をしたので目の前のコストを下げないといけませんか
ら、ぎりぎりの品質部分は触れないので、明らかに過剰品質のところを触りにいくわけです。でも、
適性品質レベルがどこか知らないで過剰品質までいっていますから、触ってはいけないところまで
触ってしまうと、大きな機能問題を起こすことになります。
例えば三菱のハブの事件があります。原因は全然分からないのですが、あんなところがおかしく
なるはずがないのです。あそこがおかしくなるのだったら、可能性としては、明らかに過剰だから
少し見直していこうということです。もう一つ考えられるのは、三菱が腐っているということだと
思います。
また、もう一つ大事なことですが、短期的な収益を出すために、現場の優れた管理者・作業者を
解雇し、新規採用を差し控えました。そして、教育・訓練・研修費の削減をしました。日本企業は
品質が大事だと言ったわけです。品質を支えているのは現場の人たちだということも共通認識であ
った。でも、短期的に収益を維持するためにやったことは、その品質を崩すベースのところを触り
にいったということです。人は切ります、ベテランは切ります、教育・研修も省いていきます。ほ
とんどOJTで学習をさせますから、人の採用が途切れてしまうと技能や知識の伝承が難しいわけ
です。親方の背中は 20 年先輩ですから遠い存在なので、見られるのは師範代クラスか、三つ、四つ
上の先輩だとか、そこは割と見やすい。ですけれども、ごっそりそこが抜けてしまうと、見る人が
いない。すごい人はいるけれども、どうやって到達したらいいか分からないということが起こって
きます。
現場ですごいと言われていた人たちが、肩たたきされたり、冷たい仕打ちを受けるわけです。あ
なたがいないと困りますと言いながら、給料は高くはないですし。だから、優れた人たちは自分た
ちへのご褒美を自分たちで出すというお手盛りをしました。これは加護野さんくらいの年代の方々
です。何をしたかというと、ハイアールだとか現代のアルバイトです。週末に関空から飛んで、韓
国や中国に行って教えて、最終便で帰ってくるということが起こってきましたということです。
海外生産が加速化して外国人を使うようになったので品質管理が追いつかないとか、そういうこ
とも起こってきましたし、アウトソーシングがどんどん進んで、それまで付加価値を付けているの
はものづくりだと言っていた日本企業が突然ものづくりは外に出してしまう。だから、ロジカルに
考えると不思議な構造に日本企業はたくさん乗ってきたということです。だから、このあたりに注
目しないといけません。
逆機能はとても重要なので詳しく説明したいのですが、
時間がありませんので一部取り上げると、
例えば、ものづくりは高品質を前提として作っていますので、高品質が崩れてしまうと、生産シス
テムのスケジューリング自体が崩れてしまいます。新潟の中越沖地震で工場が一つ止まったことで
どうなったかというと、日本中のサプライヤーの工場が操業停止になるのです。彼らはちゃんとモ
ノを作れるのです。でも、作って納入しようと思ってもトヨタは受け取らないわけですから、全部
の工場が休まないといけない。だから、社会的なコストと引き替えにそういうことが起こってしま
う。だから、1社の問題ではないということになります。
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同じことが全品良品を前提としたものづくりなので、これが機能しなくなるとおかしくなってし
まいます。品質が大事だ、コストは後でいい、生産性は後でいいと言っていた方法が低収益をもた
らしてくれるのです。
デミング賞も象徴として重要だったのですが、目標と手段の置換が起こって、取ることが重要に
なってくるのです。デミング賞が出だしてから、それ以降、日本の品質管理の世界的な研究者は1
人も出なくなっているのです。研究論文のクオリティーも低くなってきているのです。目の前のお
金の方が大事になってくる。そんなことも起こってしまっていますということです。現に 2000 年以
降で受賞企業はほとんど海外企業になっています。日本企業で取るところがないわけですから、日
科技連の研修を受ける企業の数も減ってきています。ほかもたくさんいろいろな要因があります。
三現主義だけ少し申し上げておくと、現場、現物、現実を見ると、たゆまない改善で少しずつは
良くなってきています。少しずつは良くなっているのですが、製品ライフサイクルが短くなってい
ますから、アイデアを出して改善したその製品をもってストップなのです。知恵が次の製品につな
がらない。もう一つは、現場、現物しか見ないので、イノベーションが起こらないということです。
大きく仕組みを変えてしまうということができない。ですから、改善がうまく動く時代と、そうで
はなくてイノベーションが要る時代と、特にイノベーションが欲しいようなものに関しては、三現
主義というのは足を引っ張る。もちろん三現主義はとても重要なのですが、環境が変わると動かな
くなってしまうということがあります。
さらに、企業の方は品質に関する問題が起こったときに、社会的要請だとたくさんの法律や規制
ができるわけですが、一生懸命ロビイングをするわけで、できるだけ厳しい採用にならないような
工夫をしてやっていきます。それの典型例が、製造物責任法です。製造物責任法は日本ではなかな
か厳しくて、原告が被告に対して立証責任を持ちます。つまり、品質問題が起こったときに、原告
である素人が手を出さねばなりません。素人がものづくりのプロの会社に対して、あなたたちはこ
ういうことでおかしなことをやっているということを証明しないといけないわけです。だから、製
造物責任法による訴訟の数は増えませんし、ほとんど勝てないという現状になっています。
それから、企業としては当然の行動かもしれませんが、品質第一だと言いながら、ロビイングを
かけて法律を骨抜きにしていっています。現実には難しいと思いますが、品質が盤石であったとす
ると、製造物責任法なんかあっても全く平気ですよとなってもおかしくないかなと思いますが、そ
うはなっていません。現場の人たちもそれを知っていますから、おれたちが万が一どじったところ
で、会社としては被害を受けないのだということも知っていてものづくりをしている。そのあたり
の心理的な要素もすごく重要だろうと思っています。リコール法もそうです。新しく施行された消
費生活用製品保護法、これもなかなか難しい。現実的な問題に関しては、公益通報者保護法という
法律があって、会社で問題があったとすると、おかしなことが起こっていますよということを伝え
るルールがあるのですが、これも会社にまず報告しないといけないという法体系になっていますの
でなかなか難しいでしょう。
問題は大きな問題から小さな問題までありますが、私たちの方も意識が高くなっていると言いな
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がら、まだ意識レベルが低いかもしれない。私はメグミルクを飲まないですが、嫁さんは買ってく
ることがあります。マイクロソフトのサービスパックというのはバージョンアップだと真剣に思っ
ている人たちもいます。本当はJALには乗ってはいけないのですが(笑)
、私はマイレージが残っ
ているので、全部なくしてから乗らないようにしようかなと、そんな気分なのです。だから、本当
に罰せようと思うと、淘汰してしまわないといけない。企業倫理上、大きな品質問題を起こしてい
て、世の中に存在してはいけない、もう生き返らない、生き返らせてはいけないという会社を制裁
できるのは私たちしかいないので、そのようにしないといけないのですが、私たちの方にもちょっ
と甘いところがありますということです。
このようにたくさん品質上の問題が起こっていて、そのうち良くなるだろうと思っていたら、大
変だなと言うことくらいは簡単なのですが、そうではなくて、これはかなり真剣に考えて立て直し
をやらないとまずいのです。いろいろ申し上げるのですが、日本人のマインドの方、ここまで話を
広げたらあまり研究らしくなくなってしまうのですが、そのあたりまで踏み込んでやらないといけ
ません。品質文化は高いと私は思わないし、倫理観はあまり高いとも思えない。公務員は企業と癒
着してはいけないとか、天下りがいけないと言いますが、民間企業というのはそういう仕組みです
よね。本当に素晴らしい部品があって取引をしないといけないのに、グループ会社から買うという
のは企業では許されています。本当はそこまでおかしいということを言わないといけないのかもし
れません。
どんどん考えていくと、結構世の中で起こっていて、良い仕組みだと言われているものが実は今
の品質問題をたくさん引き起こしていることになっています。これらの相互関係を全部ロジカルに
つないでみて、説明枠組みみたいなものをまた半年くらいで作ろうと思っています。枠組みを作ら
ないようにしたのは、なるべくたくさんの方々にご意見をいただきたいというのと、あれは枠組み
を決めて世の中はこうなっているのだと思ってしまった途端に思考が止まるので、それはしたくな
いから、ぎりぎりまで置いているということになっています。
あまり研究報告らしくないけれども、ビジネスシステム的に見ると、良い品質を作り上げていく
事業の仕組みというのは、
日本の企業は上手に作り出してきたけれども、
それがビジネスの仕組上、
なぜかうまく動かなくなってきたのだということをぜひ分析をしたいといいますか、ほとんどアイ
デアはあるので、後は書くだけですが、そういうことをしていきたいと思います。
ビジネスシステムのコメントは時間の関係もあるので、後で時間が残れば少しお話しさせていた
だくということにさせてください。
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