日本語教育カリキュラム小委員会報告

第八回フランス日本語教育シンポジウム 2006 年フランス・パリ
8ème Symposium sur l’enseignement du japonais en France, Paris France, 2006
日本語教育カリキュラム小委員会報告
Frédérique BARAZER (フレデリック・バラゼール)
Lycée Ampère
はじめに
フランスの中等教育では、生徒は三つの外国語を習うことができる。中学校一年か
らの第一外国語(LV1、高校を卒業するまでの7年間の勉強になる)、中学校三年か
らの第二外国語(LV2、高校を卒業するまでは 5 年間の勉強になる)そして高校一年
からの第三外国語(LV3、3年間の勉強になる)である。また、数年前から、中学校
一年から外国語が二つ同時に導入される「classes bilangues」が増えて、高校を卒業
するまで外国語を四つ勉強する可能性が出てきたことになる。第一と第二外国語は文
学系、経済系、理数系のバカロレアで必須科目になっていて、技術系のバカロレアで
も必須科目である。第三外国語は文学系であれば、専攻科目としてとれるのだが、そ
れ以外は選択科目となる。
第一外国語として教えられている外国語は、主に英語、ドイツ語、ロシア語である
が、第二外国語として教えられているのはヨーロッパ諸言語の他に、アラブ語、ヘブ
ライ語、中国語などである。
フランスの中等教育に於いて、日本語教育は20年ほど前に始まり、日本語は主に
第三外国語として教えられているが、いくつかの中学校及び高校では第一外国語ある
いは第二外国語として日本語を学ぶことができる。
2005年6月18日に、パリの日本文化会館で開催された日本語教育委員会のミ
ーティングの場で、最近日本語を学んでいる学習者の数が停滞状態にあるのは、日本
語教育にはっきりとした教育方針がないことに起因しているのではないかとの議論が
なされた。課程の進み具合が明確にされていないこともある。つまりフランス内で共
通のカリキュラムが必要なのだ。多数の学習者をひき付け受け入れていくため、日本
語教育のカリキュラムを統一する必要があり、そのため指導要項、共通のプログラム
などを作成することも必要になっている。カリキュラムなしで教えられている中等教
育の科目は、日本語ぐらいのものであろう。ここでカリキュラムとはどういうものか
について考えてみよう。
教育カリキュラムは、一定の科目に関するすべての教育方針が書かれてある資料で、
教育省に属しているすべての学校において教育の基準となっているものである。これ
により、フランス国内の学校で(海外県や海外領においても)同じ教育が行なわれて
いるところから、生徒が学期の途中で違う地方などへ引っ越しても、転校先での同学
年の科目内容に、それほどの差がないことを保障しているわけである。また、カリキ
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ュラムが教育の枠を設定しているところから、バカロレアなどの教育省が行う試験問
題の作成にあたって、いわゆる作成の枠組みとして、まず第一の参考資料とされるも
のだ。
つまり、必ず参考とされるものなので、いわゆるガードレールの役割もあるわけで
ある。試験の問題もその資料を基準にして作成されるので、教師もカリキュラムに沿
って生徒の試験準備の指導をすることができる。
一般的には、カリキュラムは教育省に公認された教師のグループによって作成され
る。
小委員会の作業
小委員会の活動は教育省からは比較的に自由であり、最終的にはカリキュラムを当
フランス教育省に提出することを目指している。中等教育カリキュラム作成小委員会
は 2005 年の秋に作られた。その構成は責任者2名を含むメンバー14名である。国
籍を越えて、様々な機関から多くの日本語教師(アグレガション資格保持者、特例カ
ペス資格保持者、代用教員、高等教育における日本語教育関係者)、教授法専門家、
アドヴァイザー等が集まって、日本語教育に関して積極的な討論がなされていること
は非常に有意義なことである。
2005 年 11 月から 4 月現在まで、当委員会のメンバーたちは教育方針作成に向か
って毎月第一土曜日に、合計5回、パリの日本文化会館の会議室に集まった。
日本語教育の発展を目指すこの小委員会は、中学校から日本語教育を導入した方が
効果的だという考えから、中学校三年から始まる第二外国語のカリキュラムにまず取
り掛かることにした。また、第一外国語、第二外国語、第三外国語としての日本語は
始まる学年が違っても、進行過程そのものはそれほど変わらないので、第二外国語の
カリキュラムから作業を始めたほうが、少しの調整だけで第一外国語と第三外国語の
カリキュラムを組むことができるだろう。それに、第一外国語としての日本語が教え
られている学校はわずかなのだから、第二外国語のためのカリキュラムをまず作るこ
とが妥当であり、また早急に必要とされているものであろう。また、第三外国語の日
本語は 1987 年作成の古いカリキュラムとはいえ、とにかくカリキュラムが既に存在
している。第二外国語のカリキュラムの次に、第三外国語のカリキュラムの見直しに
移る予定である。
ヨーロッパ共通参照枠にはパリエと呼ばれている、いわゆる進行段階があり、その
第一と第二のパリエに則してカリキュラムを作成するのには、利点と問題がある。そ
れに関して、委員会が一番大きな問題ととらえたのは、アプローチの矛盾である。ヨ
ーロッパ共通参照枠は学年毎に分かれていないので、学校での各学年の学習過程を、
どのパリエに当てはめればいいのかが問題である。しかし、とにかく中学校と高等学
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校の教育課程を分けることに決めた。
まず、全部で5年かかる第二外国語の課程では、教師の選んだ教科書を用い、最初
の3年間で基礎文法を学習し、残る2年間は日本の文化や社会などをテーマとしたテ
キストをもとに学習を続けることにした。そして、3年間しかない第三外国語の課程
では、最初の二年は基礎文型の習得に中心をおき、最後の一年は日本の文化などをテ
ーマにしたテキストを用いながら文法の学習をさらに続けることになる。
中等教育には二つの特徴がある。第一に、子どもを対象にする教育だから、自分で
目的を持って意識的に学ぶ成人学習者の場合と違い、教師が目標を与えてかなり指導
的に教えていく必要がある。
第二に、中等教育での科目の達成度は、バカロレアの受験結果で評価されるので、
語学教育はそれに大きく制約され、影響されることである。だが、実は言語の習得と
は、バカロレア試験という目標を遥かに超え、将来の社会生活に向かって、読んだり、
書いたり、話したり、理解したりする能力を身につけることである。従って、教育カ
リキュラムを考えるときは、その将来への展望をも配慮することが大事である。
カリキュラム作成のための作業グループの成立
教育カリキュラム全体は目標設定、文法、語彙、文字、文化の五つの分野に及ぶも
のなので、小委員会の14人のメンバーは五つの作業グループに分かれ、各分野のカ
リキュラム作成に取り掛かった。
1・目標設定のグループはヨーロッパ共通参照枠に従い、日本語を学ぶ生徒たちの
ために、共通するいわゆる最低限必要とされるレベルを設定することになった。ヨー
ロッパ言語と異なり、日本語は習得するのがより困難であることを考慮して、達成程
度を、学習期間に対し高くしすぎないように、特に筆記表現を低めに定めて、学習パ
リエ A1/A2 に当たる第一パリエ(A1 は一年間、A2 は二年間の勉強)の内容、そして
B1 に当たる第二パリエ(二年間の勉強)の内容を決め、日本語教育の全体的な目標を
設定した。このグループの定めた目標は、他の作業グループにとっても大切な基準に
なった。
2・語彙に関しては、学習語彙数を決めて、どの単語を語彙リストに入れるかを判
断する必要があった。
→パリエ 1 は、20カ国の国名、都市名を含む700語弱のリストが作られた。
→パリエ2の一年目は500語のリストとなっている。そして、パリエ 2 の二年目
のための語彙リストは作らず、教師が、文化的なテーマについての教材を利用して、
それに合った語彙を教えることとした。また、既にフランス語になっている日本語語
彙はリストには入れないが、別に文化語彙のリストが作成される予定である。
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3・日本語の場合、文字の学習はかなり重大な問題である。ひらがな・カタカナの
みならず、漢字をも教えていくので、漢字学習の手引きが必要である。書くことがで
きる漢字と読むことができる漢字を区別して、書くことのできる字を少な目にする。
字数の方は必修漢字リストを作成したのであるが、それはバカロレアの問題作成にも
重要な役割を果たす。一定の習得すべき漢字を示しているので、受験する生徒が何を
覚えればよいのかはっきりと分かるし、問題を作成する教師達もどんな漢字を用いて
いいのか、どんな字に振り仮名を打てばいいか分かるから、受験者も問題の作成者も
戸惑うことはなくなるだろう。リストを作るに当たっての選択基準に関して、漢字の
数だけを問題にするより、それらの漢字を使った語彙をどう広げるかということが大
切である。また、漢字の構造や書き順の指導にも力を入れる必要がある。
4・文化の面では、中等教育で教えられている他の外国語と同様、日常生活、学校
生活などに関するテーマを学習者に紹介する必要がある。それによって、日本文化に
ついての最小限度の基本的な知識を伝えることにもなる。また、文化的な要素として
教えるものを、他の分野で教えられる語彙や漢字などにも関連させる必要がある。
最終段階の教育課程については、どのような文化要素を教えるかは、教師自身が選択
するということにした。バカロレア試験の際、文化的な要素の習得については評価が
困難であり、教師に残されている唯一の可能性は、文化的な内容の文章を教材として
使うことであろう。
5・文法の方は、決められた目標をもとに、それに合った表現、言い回し、文型を
限定し、学習過程の中の適切なパリエに組み込むことにした。表で、①要求されてい
る能力、②それを表現する言い回しの例文、③出てくる文法事項、④文化的あるいは
語彙的な要素を四列に纏め、会話的な理解力と表現力、そして筆記上の理解力と表現
力に別けて、パリエ別に進めていった。
全学習課程のすべての文法事項を入れ、語彙などと関連させることが重要なことで
あった。初級文法のすべてをパリエ 1 とパリエ 2 に入れることにした。
教育省からの承認
会議の活動の進行にともない、日本語教育視学官を勤めているマセ教授を通じて、
教育省中等教育局と連絡が取られ、当小委員会の活動が正式に承認された。また、
2006 年 5 月から、毎月教育省のカリキュラム委員会の会議に参加する委員(責任者を
1人含む)が5名選ばれ、正式に小委員会を代表することになる。
2006 年の秋、官報掲載のため最終日本語カリキュラム(第一、第二段階)を教育
省に提出する予定で、それが 2007 年 9 月から一般の学校教育現場で適用される予定
である。フランス教育省の指針に従い、第一外国語課程と第二外国語課程のうち、ま
ず最初の4年間の指導要項を優先することになった。正式なルートの官報掲載が間に
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合わない場合は、日本語教師会のルートを通して公開することも考えられている。
結論
カリキュラムが官報に掲載された後、カリキュラム小委員会は解散するが、日本語
の教授法を考えて、教師向けの指導書の作成に取り掛かる新しい小委員会ができるだ
ろう。また、最終学年、フランス語でいう Cycle Terminal に当たる段階の指導要項
を完成しなければならない。
教育省は次に、工業あるいは職業コースの指導要項の作成に取り掛かろうとしてい
る。
日本語中等教育に関しては、まだ問題が残っているが、このカリキュラムを作るこ
とにより、中等教育が充実していくことは確かである。
このプロジェクト活動はフランスにおける日本語教育の更なる発展に貢献するもの
と期待される。
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