フランスの中・高等学校で教えてー避けたい方法、効果的な方法。

第五回フランス日本語教育シンポジウム 2003 年フランス・アヌシー
5ème Symposium sur l’enseignement du japonais en France, Annecy France, 2003
フランスの中学・高校で教えて―避けたい教授法、効果的な教授法
―教科書『日本語のまねきねこ』における工夫
Frédérique BARAZER
アンペール高校、リヨン
1998 年にパリで行われたヨーロッパ日本語教師会シンポジウムで、中学校・高校にお
ける日本語教育の問題に触れ、
「日本語教育の現状が恐ろしい」と申し上げました。第一、
第二外国語としての日本語向けの特別な教育プログラムがないこと、青少年向けの適切な
教科書がないこと、中学校・高校間、さらには学校相互間の調整や一貫性の不在、また、
日本語がいまだに特別な「変な科目」として先入観をもって扱われていることなどの問題
を取り上げました。いわば構造的な性格のものでした。
こうした問題は今なお存在していますが、その後の異動で、第一、第二外国語ではなく、
第三外国語として日本語を教える高校に赴任し、日本語教育の改善によりいっそう集中で
きるようになりました。以来、どのように教えれば最も効果的なのかという問題は、私の
念頭から離れることがありません。
効果的に教えようと思えば、まず、これまでのカリキュラムの中で何が足りなかったの
か、そして何をどのように改善していくべきかを考える必要があります。現在使われてい
る日本語の教科書の不備な点を細かく調べたり、他校から転校してきた生徒が犯す日本語
の誤りを参考に、改善すべき点を研究したりして対策を考えてきました。また、教えたと
きに生徒がどのように反応するのか、そして、なぜこんな反応になるのかを考える必要が
あると思います。
ここで、私が教室で気づいた点をいくつか述べようと思います。
まず第一に注目したいのは、動詞の教え方です。
背景として押さえるべき点は、生徒はすべて母国語がフランス語で、フランス語以外に
最低一つか二つのヨーロッパ語を中学校から習ってきていることです。つまり、まず動詞
の原形を覚えたうえで、活用を習うという学習方法で、どんなヨーロッパ語にも共通して
います。
しかし、今ある日本語の教科書のほとんどは、動詞の「-ます形」から入ります。つま
り、いわゆる「活用形」です。
個人的には、
「-ます形」から動詞を教える方法には問題があると考えています。
なぜならば、この「活用形」は辞書で調べることが不可能だからです。
また、動詞が一段活用か四段活用か、区別が困難になります。さらに、
「-ます形」は後ろ
に名詞をもってこられないなど、
「辞書形」に比べると応用範囲は限られています。
ヨーロッパの子供に教えるのに、動詞の辞書形、すなわちヨーロッパ語の原形に相当す
る形から入れば、はるかにわかりやすくなります。
しかし、例えば、
「わかりますか」と言う代わりに「わかるか」と辞書形のままで話す
と、ぶっきらぼうに聞こえるから困りますよ、と言う声が日本人教師の間で上がるかもし
れません。しかし、フランス人の子供は動詞の原形をそのまま使うことなど夢にも思って
いないため、こうした心配は一切無用です。
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第五回フランス日本語教育シンポジウム 2003 年フランス・アヌシー
5ème Symposium sur l’enseignement du japonais en France, Annecy France, 2003
ヨーロッパ語では、動詞の原形の使用が限られていて、動詞は活用して使うものだとい
うことを、子供たち自身がよく知っています。したがって、日本語の動詞も活用して使う
ものだということを、ヨーロッパ語の学習から得られた「本能」でよく分かっているので
す。つまり、
「-ます形」は活用形にあたると教えるだけで十分なのです。さらに、日本語
には、ヨーロッパ語にあるような一人称、二人称など人称に応じた複雑な活用がなく、
「わたし」でも、
「あなた」でも、動詞の活用が同じだから楽でしょう、とちらっと付け
加えてやれば、生徒たちは安心して、日本語はいいな、わかりやすいな、と思うようにな
ります。
辞書形はそのほかにいろいろな表現に使われます。
何かをすることが好きです。/ 嫌いです。
何かをすることができます。
何かをすることがあります。
また、
「ご飯をよく食べる子供は大きくなります」などのように、動詞の原形を名詞の
前に置いて、フランス語の関係詞節に相当する豊かな文章を作ることができます。
辞書形のもう一つの利点は次の通りです。
一段活用と四段活用の区別がより簡単です。一段活用の可能性がある「e る」か「i る」
で終わる動詞に気をつけさえすれば、大丈夫です。どちらかはっきりしない曖昧な動詞
は 、ヨーロッパ語の不規則動詞のように、辞書形とともに「-ます形」を同時に覚えれば
済むことです。
例 かえる→ かえります 四段活用 rentrer
かえる→ かえます
一段活用 changer qch
つまり、ヨーロッパ語の動詞を習うときと同じ「頭の体操」です。
ここで、動詞に関する別の観点について触れたいと思います。
一段活用と四段活用と申し上げました。つまり日本語の文法用語を使いました。ここで
無理矢理、第一グループ、第二グループといった不自然な表現を使わなくてもいいと思い
ます。クラスには必ず、柔道または合気道、空手などをする生徒がいますので、「段」は
どういうものかおのずと分かります。そこで、「動詞にも段があるのですよ」と説明しま
す。そのうえで、
「一段活用の動詞は、辞書形の語尾の「る」を抜いた形からすべての活
用を作るんですよ。四段活用の動詞は、辞書形以外に、
「あ」
「い」
「え」
「お」四つの音で
四つの形、つまり四つの段が得られ、作りたい活用の種類によって、どれを使うのか選ぶ
だけでいいのですよ」と簡単に説明してやると、生徒たちは納得した様子を見せます。そ
こで、「一段活用も四段活用も規則動詞で、不規則動詞は二つしかないのですよ」と付け
加えると、生徒はほっとします。つまり、基本的には、規則動詞を覚えれば済むのです。
フランス語の第三グループ動詞のような不可解で複雑な活用は日本語にはありません。
活用そのものも簡単です。一段活用の動詞は特にそうです。動詞の終わりの「る」をと
って「ます」や「られます」といった語尾をつけるだけで、丁寧形や受動態、可能・不可
能を表現することができます。
四段活用の場合は、一段活用より複雑だとはいえ、語幹の最後の文字しか変化しません。
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例えば、
「はたらく」という動詞で考えてみましょう。未然形は「はたらかない」
、連用形
は「はたらきます」
、連体形は「はたらく人」
(ちなみに私の授業では、
「連体形」は「辞
書形(=中性形)
」と同じ形をしているため、生徒を混乱させないよう、あえて「連体形」
という用語は使わないようにしています)
、仮定形は「はたらけば」
、意向形「はたらこう」
となります。つまり、か行のかなを上から順に語幹につけるだけでいいのです。語幹が完
全に変化することもあるヨーロッパ語の動詞と比較すれば、日本語の動詞はより論理的で、
活用させやすいと言えます。
したがって、日本語にはひらがな、カタカナ、漢字の三種類の文字があり、その三つを
組みあせて文章が作られていると知って、
「難しいな」
「できるかな」と不安になっていた
子供でも安心し、やる気も沸いてきます。
数年前から、以上のような、日本語教育における問題点について考えています。また、
中学生や高校生に適した教科書がないことに悩まされてきましたので、従来の学習方法の
欠点を補い、なおかつ、生徒の興味の方向性にあった教科書を自分で執筆することにしま
した。4 年間かかりましたが、ようやく完成し、今春出版されました。『日本語のまねき
ねこ』(MANEKINEKO japonais)というタイトルです。
この教科書は全十課からなり、週3時間の授業の場合は1年で、週2時間半の授業の場
合には1年半で終了します。各課はまず本文、続いて語彙の説明、文法の説明、最後に練
習問題という構成になっています。
おおざっぱに、内容について説明します。
本文では、従来の教科書のように名詞や助詞、動詞など品詞間にスペースを空けること
で文の構造を明示するのではなく、次のような工夫を試みました。例えば、助詞はフラン
ス語には存在しませんので、□で囲んで目立たせ、動詞には灰色の色がけをしてあります。
また、下線を引いたり字体を変えたりして、その課で初めて登場する文法事項を目立たせ
ました。こうした目印を使って、文中の各単語の役割を明らかにしてあります。
本文の内容に関しては、若い生徒が興味を持つような話題を取り上げています。例えば、
ゴールデンウイークやお盆、正月などに見られる日本人独特の休暇の取り方、日本の学校、
祭り、スポーツなどです。また、
「漫画世代」の子供たちに本文を楽しく読ませるために、
写真も入れました。
当然のことながら、本文を日本人の方に、二度にわたって検討していただきました。し
かし、この教科書はあくまで初心者向けですので、おのずと限界があります。難しい文型
を使わないですむよう、日本語として不自然にならない程度で、本文の表現を単純化する
必要がありました。
フランス語圏の生徒のみを対象にした教科書ですので、文法の説明はフランス語で書き
ました。日本語による説明ではどうしても不明な点が残り、生徒を不安な気持ちにさせて
しまうからです。文法用語も九割以上フランス語を使っています。例えば、「動詞」は
「verbe」、
「助詞」は「particule」
、
「名詞」は「nom」、「連用形」は「base connective」
など。しかし、フランス語に適切な用語がない、あるいは、フランス語に翻訳したら複雑
な言い回しになる場合では、日本語の用語を使うことにしました。例えば、「一段活用の
動詞」は「verbe ichidan」、「四段活用の動詞」は「verbe yodan」、「未然形」は「base
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mizen」になっています。また、子供の興味を失いかねないですので、文法の言語学的側
面については詳しくは触れていません。わかりやすい文章で、説明を論理的、合理的、か
つ簡素なものにしています。
各課の終わりには練習問題を用意しています。単語をつないで文章を作る際の要になる
助詞の習得にはいわゆる穴埋め練習があり、動詞については機械的な活用練習と文章の中
で実際に使ってみる練習です。また、文型練習として二種類の問題をつけました。一つ目
は、与えられている単語を組み合わせて一定の文型を使用する練習で、二つ目はフランス
語の文章を日本語に訳す練習です。最後に、その課で得た知識を総動員して生徒に自由に
自己表現させる「まねきねこからの質問」があります。この練習は本文についての理解を
試す問題で、教師の授業の進め方に応じて、生徒に口頭で答えさせるか、紙に書いて答え
させるか選択することができます。
全十課の次に、学習者が生の日本語に触れることができるよう、日本人作家の作品を引
用した付録「Textes complémentaires」をつけました。新美南吉、谷川俊太郎、関英雄の
青少年向けの作品です。
その後には、漢字の習得のために、漢字 50 文字と数字を含む「漢字の部」をつけまし
た。それぞれの漢字には訓読みをひらがなで右側に、音読みをカタカナで左側につけ、使
用例をひらがなのさらに右側の枠で紹介し、書き順と意味をその下に添えました。
教科書の一番最後に、仏和と和仏の単語集をつけ、普通の日本語の辞書を利用する訓練
の一環として、和仏の方はローマ字でなく、ひらがなの五十音順で調べられるようにしま
した。この単語集は、教科書の本文あるいは練習問題に出てくる単語すべてを網羅してい
ます。ねらいはまず第一に、生徒自身で教科書に登場する単語を調べることができるよう
にということですが、さらには、文章を作りたい時に必要な単語を自分で探し出すことが
できるようにとの配慮からです。つまり、生徒が自由に自分を表現する能力を育てるため
です。
外国人向けの日本語の教科書の中には、ローマ字を多用しているものもありますが、個
人的にはこうした教授法には賛成できません。日本語の教科書はやはり、日本の文字で書
くべきだと思います。また、人間はどうしても怠けるものです。したがって、私の教科書
では、最初から最後まですべて日本語を用いており、生徒にローマ字を利用する機会は一
切与えません。まずひらがなを生徒に習得させ、カタカナを教えるまではすべての単語を
....
ひらがなで書かせます。その際、外来語などのカタカナ語には、「ふらんす」のようにひら
がなの上に点をふり、区別ができるようにしました。これによって、生徒はいずれ、この
単語はカタカナに直さなければならないということを意識するようになります。
『日本語のまねきねこ』は四年間の研究の成果ですが、必ずしも完璧ではないと自覚し
ています。しかし、フランス国民教育省の学習指導要領を尊重して作成された初めての教
科書として、教師によってばらつきが見られがちな日本語教育の均質化と発展に役立てば
幸いです。日本語をこれから学ぼうという生徒が喜んで使ってくれれば、大変光栄に思い
ます。
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