生命と政治 小林 宏紀

生 命 と政 治
小林 宏紀
出 来 うる限 り生 命 に視 点 を向 けて、この文 章 を書 きたい。
去 る11月 12日 発 表 の、「自 衛 隊 は武 器 を持 たないでイラクへ」と題 された中 西 提 言
の全 てに、筆 者 は賛 同 するものである。人 道 的 支 援 というものを今 日 のイラクにおいて
どこまで出 来 うるのか、いかにして行 なうものなのか、上 記 提 言 の中 に、その信 条 と、立
案 と、実 行 の仕 方 と、期 待 できる成 果 の全 てが収 められている。
筆 者 は学 問 と取 り組 む中 、師 、中 西 理 事 長 より、「変 えられない過 去 に一 喜 一 憂 し
てはならない。未 来 を思 索 せよ。千 年 先 まで見 つめよ」と、指 導 を頂 いた。肝 に銘 じてい
る。しかしここで、あえて振 り返 らなければならない。
日 本 政 府 が支 持 した米 英 軍 によるイラク攻 撃 によって、イラクの一 般 市 民 の生 命 が
奪 われることは自 明 のことであった。ここから全 てを考 えなければならない。筆 者 はこの
一 点 のみでイラク攻 撃 に反 対 してきた。無 論 自 衛 隊 派 遣 の問 題 も、この延 長 上 にある。
生 命 を奪 う行 為 を超 える罪 障 はこの世 にはないのである。自 衛 隊 派 遣 を進 めようとす
る人 々は、日 本 政 府 も支 持 した米 国 政 府 主 導 の破 壊 行 為 により、騒 乱 状 態 となったイ
ラクに自 衛 隊 を派 遣 することで、この罪 障 を滅 することが出 来 るとでも考 えているのだろ
うか。すでに亡 くなったイラク市 民 の生 命 を取 り戻 すことは出 来 ない。そして、新 たな犠
牲 者 を増 やす危 険 性 も極 めて高 い状 況 にある。
これに対 し、フセイン政 権 下 では多 くの民 衆 が抑 圧 に苦 しみ、フセインに抵 抗 するも
のは政 治 犯 として捕 らえられ、処 刑 されてきたではないか…、武 装 解 除 せず、権 力 放
棄 しないフセインがいけないのではないか…、との論 を筆 者 は再 三 耳 にしてきた。しかし
このことは武 力 行 使 の肯 定 にも容 認 にも結 びつかない。昨 年 10月 に行 なわれた、当
時 の大 統 領 サダム・フセインの信 任 を問 う国 民 投 票 で、100%支 持 というけっして信 ず
る者 のいない結 果 発 表 を行 なったイラクであるが、こうした機 会 にしっかり監 視 団 を入
れるよう国 際 社 会 は努 力 すべきであったのだ。また、長 期 間 の経 済 制 裁 では結 局 市 民
が犠 牲 となったし、大 量 破 壊 兵 器 の査 察 においては、ようやくイラクがこれに応 じ始 め
た矢 先 の米 英 軍 による攻 撃 開 始 であった。イスラエルは32の安 保 理 決 議 に違 反 して
きており、イラクは24の違 反 である。しかし米 国 はこのイスラエルに軍 事 支 援 を行 なっ
てきた。こうした不 合 理 に対 する説 明 を筆 者 は聞 いていない。なお、経 済 制 裁 の被 害 を
市 民 が受 けたことへの対 処 として、「食 料 のための石 油 」という口 座 をつくり、食 料 その
他 を市 民 に提 供 してきたが、イラク攻 撃 はこうした国 連 が育 てた制 度 をも破 壊 したので
ある。春 、日 本 政 府 は、どこまでも査 察 の継 続 を要 求 すべきであったのだ。
では、自 衛 隊 派 遣 をどう捉 えるか。まず、現 在 のイラクの騒 乱 を招 いているのは、反
米 テロリズムではなく、米 英 軍 のイラク攻 撃 が発 端 であることを認 識 しなければならない。
ここを取 り違 えると、自 衛 隊 派 遣 の意 味 も変 質 してしまう。米 英 軍 のイラク攻 撃 と侵 攻
が騒 乱 を招 いたのであり、これが反 米 テロリズムを強 化 させてしまったのである。理 由
のいくつかは前 段 までに記 した。このイラクの中 へ、米 国 を支 持 した日 本 の自 衛 隊 が入
った場 合 、イラクの人 々はこの武 装 組 織 を、どうやって米 国 と切 り離 して見 つめるのだ
ろうか。イラク民 衆 が自 衛 隊 の救 援 を求 めていると主 張 する人 々には、どのような調 査
機 関 が、いつ、どこで、どのような状 況 の方 々何 人 に対 して調 査 を行 い、何 人 がそう答
えたのか、ぜひご明 示 頂 きたい。
さらに自 衛 隊 派 遣 について、その目 指 すものは何 か、これの先 に何 があるのかを考
えてみる。自 衛 隊 の行 為 、つまり後 方 支 援 、これの延 長 上 には、いずれ米 軍 と共 同 し
て行 なう戦 闘 行 為 があるとする分 析 もある。筆 者 はあえて、後 方 支 援 そのものの強 化
であると分 析 する。日 本 経 済 の動 向 と重 ねてみたのである。日 本 が行 う後 方 支 援 とは、
物 資 の調 達 、兵 器 等 の修 理 、輸 送 などを意 味 しよう。これらは全 て、経 済 の力 があって
こそ為 しうる分 野 である。また、これを担 うのは誰 であるか。民 間 企 業 であり、地 方 自 治
体 である。そしてこれを実 現 するもの、換 言 すれば民 間 企 業 や地 方 自 治 体 に対 しこれ
を強 制 できるもの、それが有 事 法 制 である。このように見 ていくと、日 本 政 府 は独 自 の
政 策 立 案 無 き米 国 追 従 を行 なってきたのではなく、国 内 経 済 問 題 をも鑑 みて、日 本 は
如 何 に生 きていくか、つまり日 本 経 済 をどうしていくかという政 治 判 断 を一 つ一 つ経 て
きているとの分 析 も出 来 るのである。当 然 筆 者 はこれを肯 定 的 に述 べているのではな
い。日 本 経 済 が軍 需 産 業 を育 んでいくことを如 何 にして避 け、日 本 国 内 社 会 の軍 事 化
を生 み出 すような状 況 を如 何 にして避 けるかという思 索 が急 務 であることの根 拠 を述
べたのである。軍 需 、軍 事 、 武 力 、攻 撃 、 兵 器 …拙 稿 に用 いたこれらの言 葉 は全 て、
殺 傷 行 為 を指 すものであることを、日 本 国 民 は認 識 しなければならない。
本 年 、米 英 が国 連 を回 避 してイラク攻 撃 を行 なったことで、国 連 が適 切 な機 能 を果
たせなかったとし、5月 に実 施 された米 国 での世 論 調 査 では、60%の人 々が国 連 はあ
まり重 要 ではなくなったと回 答 している。筆 者 は国 連 不 要 論 を語 る人 々の論 拠 を全 く理
解 しない。なぜなら国 連 というものは、なにも安 全 保 障 の問 題 だけを扱 っているのでは
ないからである。今 も国 連 が仕 事 を進 め、役 割 を果 たしている分 野 はたくさんある。難
民 支 援 、緊 急 食 糧 支 援 、開 発 援 助 、環 境 保 護 と、いくらでも挙 げることができる。これら
の全 てと共 に、紛 争 予 防 と平 和 構 築 も、 人 類 の共 通 課 題 と認 識 して、国 連 加 盟 国 が
協 力 し合 って、国 連 改 革 を進 める中 で、前 進 させていかなければならないのである。こ
の国 連 の中 で、戦 後 58年 、国 連 分 担 金 第 2位 に位 置 する日 本 は、経 済 的 支 援 のあり
方 を再 確 認 し、同 時 に発 展 させ、あくまで経 済 的 支 援 国 としての日 本 をさらに成 長 させ
るべきではないだろうか。イラクへの対 応 もこの範 疇 で出 来 うる限 りの手 を尽 くすことで
ある。
最 後 に、自 分 には戦 争 への覚 悟 があると勘 違 いしているあらゆる人 々に伝 えたい。
地 獄 を見 てからでは遅 いのである。筆 者 はパレスチナ自 治 区 で出 会 った人 々と、将 来
我 々の手 で日 パの架 け橋 になる活 動 をしようと誓 い合 い、親 交 を暖 めてきた。今 や、彼
らのいたPLOの施 設 はイスラエル軍 の爆 撃 を受 けて破 壊 されており、筆 者 と彼 らとの
音 信 は途 絶 えたままである。セルビアでは、空 爆 が開 始 されてからの日 々も、子 供 達 は
外 で遊 んだ。警 報 が鳴 ると母 親 達 がわが子 の名 を呼 び、絶 叫 した。ルワンダでは、大
量 虐 殺 の現 場 を目 の当 たりにし、足 がすくんだ。ツチ族 の青 年 が語 った。「兄 弟 の半 分
をフツ族 に殺 害 された。しかしいずれ社 会 が安 定 した際 には、フツ族 とも共 存 していくつ
もりだ」と。筆 者 自 身 、無 念 の思 いも重 ねた。しかし、人 間 の寛 容 の偉 大 さをも見 てきた。
わずかな者 の煽 動 が人 類 を狂 わす。だから、希 望 を捨 ててはならないと考 えるのであ
る。
目 の前 の大 切 な一 人 を守 りたいと思 うことと、平 和 政 治 を貫 かんとすることとは、生
命 の哲 理 に照 らして、同 義 である。
(2003年 11月 15日 )