講演録[PDF版]

第14期 情報化推進懇談会
第1回例会:平成14年10月29日(火)
「これからの企業経営とナレッジ・マネジメント」
株式会社 日本総合研究所 理事
髙梨 智弘 氏
財団法人 社会経済生産性本部
これからの企業経営とナレッジ・マネジメント
―
プロフィール ―
日本総合研究所 理事
公認会計士、日本ナレッジ・マネジメント学会 専務理事
髙梨 智弘(たかなし ともひろ)氏
1945年 神奈川県生まれ。
1968年 慶応義塾大学経済学部卒業。
1969年 早稲田大学大学院会計学科中退。
1983年 ハーバードビジネススクールAMPコース卒業。公認会計
士。
経営学博士。
アーンストアンドヤング・パートナー、朝日アーサーアンダーセン代表、
朝日監査法人代表社員を歴任。
現在、日本総合研究所理事、日本ナレッジ・マネジメント学会専務理事、
日本経営品質賞判定委員、ITコーディネータ協会理事などを務める。
主な著書
「これから求められる管理者捨てられる管理者」、
「決定版 IT コーディネータ資格ガイド」
「経営品質革命」、「経営品質の真実」、
「ベンチマーキングとは何か」、「リスク・マネジメント入門」
「入門ナレッジ・マネジメント 基本と実例」、
1
ナレッジ・マネジメント ―知の経営の定義―
【髙梨氏】 皆さんおはようございます。ただいまご紹介に預かりました日本総研
の高梨でございます。本日は、「これからの企業経営とナレッジ・マネジメント」を
テーマに話しを進めてまいります。
ナレッジ・マネジメントは、現在、非常にはやっていますが、皆さん勘違いしてい
る方もとても多くいらっしゃいます。ナレッジ・システムを導入すれば、うまくいく
だろうと思っている方があまりにも多いのですが、情報化にお金をかけないで上手に
やるやり方をもう一回考えてみましょうというのが今日の話です。
3つに分けて、まず、知の経営の定義を少し見てみましょう。それから、実際にそ
れを動かすフレームワークの話。それと動かないと意味がないですからイネイブラー
の話しです。参考文献はいろいろありますので、のちほど時間があれば見ておいてい
ただければ結構です。
さて、具体的な知の定義からご説明していきたいと思っています。あるときに皆さ
ん方のような会社のトップが、先生はナレッジ・マネジメント、ナレッジ・マネジメ
ントと言っていますけれども、「ナレッジなんて古いですよ。今はウイズダムです。」
と言われたんです。それに反論するのは簡単なのですが、それはナレッジの定義が分
かっていないためなのです。ただ、経営陣がそういうことで、一番効果があると言わ
れているナレッジ・マネジメントをあまり導入しなくなるのはまずいということで、
きちっとした定義をしたいと思いました。
知にはいろいろあるのですが、野中先生が上手にまとめていただいて暗黙知と形式
知ということで、1994、5年頃から世界中に広がった考え方があります。簡単に
言えば外から見えないものと見えるものに分けて考えるということです。自分の内部
に秘めていると暗黙知、言葉にしたり紙に書いて渡せば形式知ということになります。
一例として、日本では暗黙の理解とか、目の色を見ればわかるとか、自分の体で示せ
とか、悪い意味では腹の探り合いといったことを言いますが、外人には全然理解がで
きません。ですから形式知が一般的です。これは主体の内外による分類です。
知の定義では、知の階層についての話です。知識と知恵に入れられない何か、それ
を知心と一応ここでは言うことにしました。皆さんの会社の社員で潜在能力が十分に
発揮でき、適材適所の業務に就いている人がどの位いらっしゃるでしょうか。大部分
の企業でそんなにいません。アメリカの調査ではスタッフの50%しか適材適所が出
来ていないといわれております。日本ではそういう調査は難しくて殆んどやっており
ませんが、2∼3割程度しか自分がやりたいということをやっていないだろうと思わ
れます。これを知の定義の図で示すと、適性・感情・やる気・文化等の多様性を表す
知心で表されます。3つの円が重なる所は、知が3つ付くのでこれ全部で知と表現い
2
たしました。
ナレッジ・マネジメント ―知の創造の4モード―
ナレッジというと知の経営と、狭く解釈する人がいらっしゃいますが、最近大分広
がりました。皆様ご存知の「知の創造の4モード」といわれる考え方があります。私
がこれからお話していきますのは知の茶筒理論です。知の創造の4モードを茶筒理論
では暗黙知と形式知と表現いたしました。知の定義の知識、知恵、知心という知の層
別・種類との関係を茶筒の上の蓋に置きました。暗黙知と形式知は上から見えない所
つまり、蓋の深さと筒にあります。
今までの知の創造の4モードの考えは、暗黙知を形式知にしていく過程には、暗黙
から形式、形式から形式、形式から暗黙、暗黙から暗黙という考え方がありました。 私
が示します知の茶筒理論では、知心にも形式知があるし暗黙知がある。知識にも知恵
にもあるのだということです。この様に考えていきますと、形式知、暗黙知、それ以
外にわからないものは無意識みたいなものです。それが形式の中の無意識なのか、暗
黙の中の無意識なのかのどちらかです。
知のピラミッドでは例えば、仕事で一番大事なものはデータです。データがないと
何も動きません。そういう意味でデータを一番下に置きました。次は情報です。知識、
知恵、知心、この3つが上にあります。丁度出来上がるとピラミット型です。情報と
データの違いは何でしょう。データは簡単に言いますと事実、あるいは数値みたいな
ものです。「200」はデータです。では情報は何なのかと言いますと非常にデータ
と似ておりますが、例えば、ある企業が「200億円の売上高を何月に上げた」と新
聞に書いてあったとします。これは200に意味がつきますので情報です。しかしそ
れはまだ知識ではありません。ただ新聞に書いてあるだけです。新聞を読まなければ
もちろん自分の頭に入りません。知識にするということはその新聞を読んでからです。
その時新聞は知の場になります。しかし読んだ時にスーッと流して知識に入れないも
のもあります。ところが競争相手のことが書いてあったとすると、その情報を自分で
選択をして知の場を通して知識にします。ですから知識というのは自分の立場、自分
の会社に役立つもの、そういう過程を経て知識にしていく訳です。
それで情報を忘れる人、忘れないは人という差は、その情報の濃さ、薄さがあるの
ですが、主たるところは情報を知識にするか、しないかの差です。従って、データと
情報と知識はある意味ではイコールなのですが、少しずつレベルが違います。もう1
つ違いますことは範囲が全然違います。情報は何億、何十億、何百億とあります。デ
ータは何兆あるというふうに考えます。私の友人のトーマス・ダペンポートがトゥリ
リオンズ・オブ・インフォメーションと言っております。兆の単位の情報があるのに
3
人間の持っている時間は1日24時間です。24時間の中で絞り込んで一番大事なも
のを選択してやらなければいけません。そのルールがきちっと出来ていなければ会社
で無駄ばかりやっていることになるでしょう。
ナレッジ・マネジメント ―価値創造する知の発見―
以上のように知識は会社にとって価値があるものであることが分かります。その知
識は皆さんの業務、社長や役員の業務、部課長の活動、スタッフの仕事等、今までや
ってきた行動パターンとくっついてくると知恵になります。プラクティスになってい
るということです。知心は先程申し上げたように知識と知恵以外のもの、特に人間の
心にかかるものを中心に定義をしております。従って、こういう知を全部含めてナレ
ッジ・マネジメントをやらないといけません。ですから、このピラミッドの層を理解
しているといないでは、後で効果が出るか、出ないかの明確な差に分かれます。
皆さんの組織、企業でも何でもいいのですが、そこには目的目標があります。単に
売上を上げるからという目的だけではなく、お客さんのためにというのもあります。
そういうものの目的・目標を達成するために何をやるかということが、結局的にナレ
ッジ・マネジメントにくっついてくるのです。そのナレッジ・マネジメントの最たる
ところは、相手の価値、目的にあったところの価値を想像する知を発見するところに
あります。それによって自分の売り方が変わるのです。利害関係者価値や顧客価値に
なります。
それでは次にフレームワークの話しです。今日の話のフレームワークは個人の皆さ
んの知を、チームワークみたいにグループにどうやって広げるかという話です。例を
言いますと、会議でほとんどの人が黙っている会議あります。そうした会議では1時
間会議をやっても、個人知が集団知になっていないのです。知の共有ができていない。
全員で知の共有ができなければ、全く会議を行う意味がありません。黙って1時間一
言も言わなかった人がいたら会議から出ていってもらったほうがいいでしょう。知の
共有を集団から組織全体に広げ、組織知にすることに意味があります。組織知にする
ツールがインフォメーション・テクノロジーの活用です。実はナレッジ・マネジメン
トの肝は、ナレッジとのところではなくて、この組織知が実際の業務プロセスの変革
になるように、ナレッジのプロセスへの埋め込みのところにあります。
ナレッジ・マネジメント ―知のマネジメント―
組織の知を今の業務に変換し業務プロセスを改善・変革していかなければなりませ
ん。まず、固定観念を払拭して、プロセスや仕組みを変えていく。それが知の埋め込
4
み、知の転換です。それが改善改革なのです。それをやらないと表面的に情報システ
ムを持ってきてこう変わりましたと言いますが、それでは先に進まないのです。です
から戦略というのは1つではありません。正しいものをやるのが戦略ではなく、正し
いものがたくさんある中でどれを選ぶかというのが戦略です。
例を言うと、SWOT分析があります。あるビール会社の例ですが、左上は機会、
いろいろとあります。新しい味で若年層のビール愛好家が増加している、コンビニと
かスーパーで手軽に購入できる。規制緩和、発泡酒の低税率、使い捨てのアルミ缶と
いうように機会がたくさんあります。
右側の脅威は何でしょう。逆に、アルミ缶の回収問題や企業自身の内部の弱みもあ
ります。ちゃんと強み、弱みを分析してやっている企業はいい企業です。さて、皆さ
んはナレッジマネジメント(知の経営)を勉強しているわけですから、もう少し上に
行かなくてはならない。となると、機会の例ですが、おいしいビールを売っているだ
けでいいのですか。もっと例えばおしゃれ感覚のビールやスターバックス化(ビール
のコーヒー化)をやったらどうでしょう。世界中のビールをおいてビールの味を楽し
むような、たとえばスターバックビールというお店(ビールの喫茶店)をいっぱいつ
くったっていいではないですか。例えばの話、そんなこともできます。
一言で言うと24時間しかない皆さんが24時間の中で改善するのだから、スタッ
フも24時間しかないのです。さっき申しあげましたとおり、情報と知識、特にデー
タは、何兆という数ですからその内のいくつの情報が使えるのでしょうか。たとえば
1,000個かそこらですよね。そうすると何が大事か。コンセプトをきちんと作っ
て、どうやって重要なものを取り込むかということが重要なのです。
そのためには、一つは組織上の全員がナレッジマネジメント勉強してほしいのです
が、それとともにナレッジを統括・共有の支援・促進する人をおいてほしいと思いま
す。能力的にはナレッジMBAみたいなものを日本でもやりはじめましたからそうい
うのをとってほしい。もう一つはナレッジ統括役員、CKOというのは世界中にいま
す。日本だけないのです、おかしいことに。なんで日本にないのですか、それをつく
るということをこれからやっていきたいと思います。
【質 疑 応 答】
【質問者】 知の共有は、一般の人たちが全部やろうと思ってもそれは計画倒れで無
理だと聞いたことがあります。理由は社員が例えば100人いれば、100人全員が
優秀な訳ではないからです。少数の人間が自分の頭の中で、或いは経験の中で分かっ
ていればそれで良く、ITを使ってナレッジマネジメントを広くやるというのはお金
だけかかって効果がないというようなことを聞きました。もし他に良い方法がありま
5
したならご意見を頂戴したいと思います。
【髙梨氏】 結論から申し上げますと、現在のナレッジマネジメントは多分1割位の
ことしか出来ておりません。優秀でない人の経験も重要です。例えば、全員にナレッ
ジマネジメントを計画するのではなくて、自由にやらせるのがナレッジマネジメント
です。考え方を教えて全員にやらせます。優秀でなくても構いません。たとえばエク
セルを教わるだけでも自分の効率は1日30分効率が上がることが分かるはずです。
ですから教えてもらえないために1週間遅れたら1週間×30分損する訳なのです。
結果、そういう知を全員の人たちが自然に流せれば効率が上がることになります。と
ころが、一般的に知識を共有したいのですが、なかなかそこには壁があって共有でき
ていません。壁を取り払うことは絶対にやるべきで、やっている企業は確かに効果が
あがっています。最近、エクセレントカンパニーといわれている企業は、ほとんど私
が言うようなやり方をやり始めております。COPSといわれ、コミュニティーオブ
プラクティスというようなチームワークを広げたもので色々なポイントがあるのです
が、組織の中でインフォーマルネットワークを作ったりするのもそうなのですが、知
を共有するかしないかによって隠れている部分が出てこない場合があります。つまり
効果が上がらないのです。ご存知のように経験知は、一応アメリカの調査では8割か
ら9割、個人の暗黙知の中に入っているといわれます。
1つ良い例を言いますと、ある企業で大成功しているトップセールスマンがいます。
そのトップセールスマンのやり方と駄目な人とのやり方は違います。人間の話し方も
違いますし、人間関係も付き合い方も違う、全部違います。従って、知識も知恵も知
心も全部違います。全員がトップセールスのレベルまで行かなくても、真中の所まで
は上げられるというナレッジマネジメントを実践している企業があります。どんどん
成績が上がっています。実は度々、トップセールスマンのやり方を全員に教える勉強
会を開いたのですが、しかし本当に大事なところは、個人のノウハウなので教えない
のです。そこで、それを引き出す仕組みを作れば良いとうことで、例えば、トップセ
ールスマンを別な地域に異動させ、そこで売り上げを上げようとする努力する彼に普
通のセールスマンを24時間弟子として付けて、彼から暗黙知を引きだすような仕組
みを作ったのです。ですからナレッジマネジメントではやれないことは、ほとんどな
いのです。全員が出来ないと思っているだけであり実際は出来るのです。ナレッジマ
ネジメントを本格的に実践するというのは、やはり知識共有を一杯していただいて、
情報を共有したらそれを使うことです。
【質問者】 情報共有を更に知識共有、ナレッジマネジメント的な世界に持っていく
ためには何がポイントになるのでしょうか。
【髙梨氏】 一番のポイントはここなのです。今まで情報共有といっているのは、デ
ータベースを作り、ナレッジデータベースを作って全員が画面を見られるようにする
6
ことで、それで情報共有の仕組みを作ったといっていました。それで、
「使えないシ
ステム」から「使えるシステム」を作ったつもりが「使わないシステム」になってし
まった。それを今度は、人が使うシステムにしなくてはいけないというのが今のポイ
ントなのです。そうすると、皆で見られるような画面を作りましたから見て下さいと
いっても使わない人は一杯おります。どんないいシステムでも使わなければ意味があ
りません。それが今の一番大きなポイントです。ですからそこを絞り込むには、情報
システムから離れた、先程の知の埋め込みのところです。仮に今の情報を共有してい
たとしても、共有の仕方がそこで止まってしまったら駄目だということになってしま
います。情報システムでやるのは、情報システムが目的ではなく、物があってサービ
スがあって、それがお客様の満足になるという目的で情報システム作っているのに、
情報システム系のところで一杯情報を流すことをやってしまっているために、そうで
ないところを忘れている企業が多いのです。情報システムをどう使うか。情報は発信
しました。今度はその情報はどの位魅力があるのか。読んでいないのがあるのか。毎
日見ているとありますよね。情報発信されているのにそのマイナスの方がずっと大き
いです。ということは、情報が多すぎるかもしれないので、情報を発信する側ではな
くて見る側から持ってきて、今度は情報を少なくする。少なくする方法(使う側のニ
ーズに合わせる)をやらなくてはいけない時期に今入ってきました。そちらが今大事
ということです。
―以 上―
7