日本語主専攻学生のための「話す」及び「聞く」能力のスタンダード ―チュ

日本語主専攻学生のための「話す」及び「聞く」能力のスタンダード
―チュラーロンコーン大学の日本語教育スタンダード設定の試み―*
カノックワン・ラオハブラナキット・片桐
1.外国語教育におけるスタンダード設定の必要性 1990 年代から 21 世紀初めまでの外国語教育は、グローバリゼーションの影響を受けて、
変化して来ている。グローバリゼーションは、人の移動や情報の伝達を迅速にし、また相
互間の距離に関係なく連携できるようにした。そのため外国語教育の目的も、変わって来
ている。すなわち、それまでは言語の見事さを感讃することや言語構造を学習することを
目的としていたが、現在は同じ社会の中で、他者と共生するためのコミュニケーション・
ツールとして、言語を習得することが目的になっている。 日本語教育にも同じような変化が起こった。佐々木(2006)は、日本国内の日本語教育
の変化について、
「パラダイムシフト」という言葉を用いて説明し、次のように述べている。
すなわち、日本は「パラダイムシフト」が2回あった。1回目は、オーディオリンガル法
による教育からコミュニカティブ・アプローチへのシフトである。2回目は、コミュニカ
ティブ・アプローチから、社会の一員としての学習者の立場を重視した教育へのシフトで
ある。その結果、1)学習者が自律学習を管理できるようになることを目指し、2)学習
者の協働学習に重点を置くようになった。佐々木(2006)は、日本語教育の変化を図1の
ようにまとめている。 * この論文はタイ語で書かれた次の論文を翻訳したものである。Kanokwan L. Katagiri (2012) Japanese Language Standards for Speaking and Listening Skills for Students with Japanese Majors in University : A Case Study of Chulalongkorn University Journal of Letters, 41-1, pp.1-35. Faculty of Arts, Chulalongkorn University(written in Thai). 1
図1 日本国内の日本語教育の大きな流れ(佐々木,2006:274)から引用 この変化が起こった理由は、日本の社会において、言語及び文化の多様性が増加したた
めである。また日本で働き且つ生活する外国人が増えたことも理由の一つである。したが
って、他者との共生を考えることが重要になった。この変化を受けて、日本語教育を推進
する機関である国際交流基金(The Japan Foundation)は、「JF スタンダード」と命名した
日本語の教育基準の枠組みを 2010 年に発表した。日本国内及び国外における日本語教育機
関に対し、
「JF スタンダード」に基づいて、カリキュラムの作成、授業計画の起案、そして
教育成果の評価をすることを奨励している。国際交流基金は、この「JF スタンダード」に
ついて、能力のレベルを表すものであり、ある個人が日本語を使って何ができるかを示し
ていると説明している。この「JF スタンダード」に基づいた日本語教育の目的は、相互理
解である。つまり 21 世紀の日本語教育は、他者とのコミュニケーションや共生に関心を持
つべきであることを強調している。 その後、日本国内の日本語教育機関も、教育スタンダードの設定に関心を持ち始め、独
自のスタンダードを設定する教育機関が見られるようになった。例として、東京外国語大
学留学生日本語教育センターがあげられる。 ところで、タイ国内の外国語教育を振り返って見ると、タイも日本と同様にグローバリ
ゼーションに直面していることがわかる。グローバリゼーションによる変化は、2015 年に
ASEAN 経済共同体(ASEAN Economic Community(AEC))が発足すれば、より明確になる。
ASEAN 経済共同体の発足は、いろいろな面への影響がある。外国語学習は、共同体内の労働
力の移動により、今まで以上に必要とされる。外国語教育の目的は、タイでも日本と同じ
ように変化すると考える。すなわち重視される点は、他者とのコミュニケーションと人間
関係、そして他者との共生である。 2
さらにグローバリゼーションは、教育事情にも大きな影響を与えている。今後学習者は、
国外留学という形で、迅速に継続的な移動をするようになる。留学自体も簡単になる。履
修単位の移動や他国の留学生を受け入れることが、普通のことになる。したがってタイは、
将来のために、現在からの継続性を保った外国語教育のスタンダードの設定に、早急かつ
効率的に取りかかるべきである。 外国語教育のスタンダードとは、学習者がどのようなコミュニケーション活動ができる
かということを、段階的且つ体系的に表したものであり、コミュニケーション能力の記述
(Can-do Statements)とも呼ばれている。伊東裕郎(2009:200)は、ヨーロッパやアメ
リカ、そしてカナダで発達した現代の外国語教育のスタンダードについて研究している。
その上で、すべての国際的な外国語教育スタンダードは、コミュニケーション能力を示す
記述(Can-do Statements)で構成されていると指摘している。伊東(2009:202-203)は、
コミュニケーション能力を示す記述(Can-do Statements)として、次の重要な7つの機能
があげられていると述べている。 1)学習者自らが、自分自身の該当する能力と目標言語を使って何ができるか、具体的な
中身についても把握できるチェックリストとしての機能。2)診断的試験の開発とともに、
言語活動を基本にしたカリキュラム、教材の開発にかかわる基盤としての機能。3)教育
内容の透明化の基盤整備に寄与する機能。これにより、異なる外国語間での能力の枠組み
を比較検討したり、同じ状況下に存在する、教育や教材の目的や内容を比較する手段とし
ての機能。4)3)と関連して、学習者が異なる教育機関で継続して学習する場合、学習
の接続を有機的なものにし、効率のよい継続学習が実現できる機能。5)外国語学習者へ
の指導や試験にかかわる者に対し、実用的な情報や資料を提供する機能。6)研修や人事
にかかわる人にとって、職務内容にかかわる職能を策定する際に、また、新しい職務につ
いて外国語能力の必要条件を特定する際の参考情報として活用できる機能。7)外国語の
訓練及び企業の人材採用にかかわる人々に役立つ、活動ベースの言語学的調査を実施する
手段としての機能。 タイの日本語教育機関には、現在のところ明確な教育の目的や教育スタンダードを設定
している機関は、見られない。どの教育機関もカリキュラムの最終的な目標を、かなり抽
象的な内容で定めている。例えば、チュラーロンコーン大学日本語講座日本語主専攻のカ
リキュラムの場合には、教育の目的を次のように定めてある。すなわち次の2項目の能力
を持つ学士の輩出である。1)実社会で職業に就く、あるいはより高い学位を取得できる
だけの日本語、日本文化、日本文学に関する豊富な知識を持っていること。2)自分自身
で探究できる見識を持ち、いろいろなデータ検索の媒体機器を最大限に利用できること、
である。 これらの目的は、目指すところは高い。しかし詳細に検討すると、授業の実施方法にど
う反映すべきかについては、不明確な記述である。例えば日本語に関する豊富な知識とは、
3
どのレベルの豊富さを意味しているのか、具体的な達成目標を示していない。つまり、こ
の目的を達成するには、学生にどんな能力をどのレベルまで習得させるかという目標が、
各科目に必要である。教員は、本来その目標をふまえて授業を実施すべきであるが、その
目標は知らされていない。そこで教員ができることは、カリキュラムに提示してある短い
講義要項に沿って、教員自身が自分の過去の教育経験から最も良いと考えることを教える
か、あるいは最も適当だと考える教科書の内容に従って教えることである。したがって、
カリキュラムと教員が実際に教えることの間には、ギャップができる。また、目的を達成
させるためには、科目間や学年間を連携させる計画や方針が必要であるが、それもない。
さらに述べると学士号を取得した学生が、上記の 2 項目の能力を持つことができたかとい
う学習成果についての追跡調査も、まだ行われていない。明確さの欠如、抽象的な目的と
実際の指導をつなぐ授業計画や方針の欠如、そして成果の確認及び評価の欠如は、現在で
もタイの日本語教育における問題となっている。 これらの現象は、特定の教育機関だけで起こっていることではなく、タイの教育機関の
どこでも見られる問題である。カノックワン(仏暦 2554(2011))は、タイ国日本語日本文
化教員協会(Japanese Language and Culture Teachers Association of Thailand (JTAT))
がホームページ上に公開しているデータをもとに、タイの高等教育機関における日本語主
専攻カリキュラムの目的について調査を行っている。6か所の教育機関すべてに見られる
ことは、カリキュラムの目的を2行から8行の記述で表し、抽象的な内容で定めているこ
とである。またどの教育機関も、教育の目的を就職できるレベルの日本語能力を習得する
ことと規定している。ある教育機関では、それに加えてより高い学位を取得できるだけの
日本語能力の習得をあげている。しかしながら、どの教育機関も抽象的な目的と実際に教
員が行なう授業の実施方法を連結するための枠組みや計画を示していない。すなわち、カ
リキュラムの目標を達成するために必要な、それぞれの技能における段階ごとのスタンダ
ードの範囲の規定が示されていない。 本稿は、チュラーロンコーン大学日本語講座日本語主専攻の学生のために、「話す」能力
と「聞く」能力に関する日本語教育のスタンダードを設定する第一歩としての報告書であ
る。本稿の目的は、抽象的に記述されたカリキュラムの最終達成目標と実際の授業の実施
方法を、このスタンダードによって結び付けることである。そして、各学年の指導教員に
とって、このスタンダードが自身の授業計画を立てる際の指針となることを期待している。
このスタンダードは、筆者と日本語講座の日本人専任教員が作成した。日本人専任教員は、
萩原孝恵1、池谷清美、松井夏津紀の3名である。いずれも「話す」能力と「聞く」能力に
関する授業を担当している教員である。上記教員と筆者は、共に他の日本語教育機関のス
タンダード、そして講座内の学習者の特長と問題点を研究し、2010 年 10 月から 2011 年 3
1日本人専任教員の方々のご協力に感謝する。特に萩原孝恵先生には、スタンダードの草案
作りに一番時間をいただいた。また日本語の教育スタンダード設定について重要で貴重な
意見をいただいた。
4
月の間にスタンダードの草案を作成する作業を行なった。その後 2011 年 6 月から、このス
タンダードを日本語講座の日本語教育に試用して、現在に至っている2。 次章では、まず日本語教育に関するデータ及び Can-do Statements を作成する際に参照
した本講座の卒業生の追跡調査について述べる。次に他の日本語教育機関のスタンダード
を参考にしながら、本講座の Can-do Statements を紹介する。最後に、これから準備する
べきことと問題点について述べる。 2.カリキュラムの最終目標とカリキュラム内の科目の時間数3
前章では、日本語講座のカリキュラムの全般的な教育目的について述べた。しかし、「外
国語としての日本語」の教育だけに着目して、日本語教育に関係する目的だけをあげるな
ら、教育の目的とするのは、次のような学士を輩出することである。すなわち、1)日本
語に関する豊富な知識があり、それによって実社会で働くことができる。2)より高い学
位の取得のために進学できる、である。日本語教育のスタンダードを策定したグループは、
このふたつの目標を、カリキュラムの最終目標としている。
チュラーロンコーン大学の場合、日本語講座日本語主専攻へ入学する学生は、すでに日
本語についての知識を持っている学習者である。したがって日本語教育のカリキュラムは、
初級の基礎段階から始める必要はなく、各学年の教育レベルは、日本国内の日本語教育と
同様の内容で設定することができる。すなわち次の5段階である。初級後半レベル(第1
学年前期)→初級と中級の間のレベル(第1学年後期)→中級レベル(第2学年)→中級
と上級の間のレベル(第3学年)→上級前半レベル(第4学年)。学生は、4年間の全課程
の中で、会話と聴解に関する科目を、下記の表1に記載したレベルと履修時間に従って履
修することができる。
2
「書く」能力と「読む」能力についても、スタンダードの草案は出来上がっているが、本
稿では「話す」能力と「聞く」能力に限定して述べている。
3 ここでは、
カリキュラム内の外国語としての日本語の教育に関係する科目だけを意味して
いる。
5
表 1 日本語主専攻学生が履修する「会話と聴解」の科目の日本語レベル 学年
学期
日本語のレベル
会話と聴解の 必修科目時間数
(時間)4
会話と聴解の 選択科目時間数
(時間)
前期
初級後半レベル
30 ‐ 後期
初級と中級の間のレベル
30 ‐ 2
前期と後期
中級レベル
90 45 3
前期と後期
中級と上級の間のレベル
90 45 4
前期と後期
上級前半レベル
‐ 60 必修科目合計
240 時間 選択科目合計
150 時間 1
学生は、会話と聴解に関する科目のうち必修科目として、卒業までに少なくとも 240 時
間学習することになる。また、選択科目を全部履修する学生は、240+150=390 時間学習す
ることになる。したがって、日本語主専攻の学生が、会話と聴解に関する科目を学習する
時間は、240 時間から 390 時間である。現在ほとんどの学生は、選択科目も履修している。
また、日本語講座の方針として、学生全員に会話と聴解の科目を学習することを奨励して
いる。そこで、会話と聴解の 390 時間の授業のために Can-do Statements を作成した。 3.就職及び大学院進学にあたって必要な能力
3.1 就職に必要な能力 次の課題は、日本語を使う職業に就く、あるいは大学院に進学するという最終目標を、
学生に実現させるためには、390 時間分の Can-do Statements をどのように設定したらよい
かということである。授業時間はあまり多くないので、Can-do Statements は、最終目標に
対応しているか、あるいは学習者を最終目標に最も近い状態に導けるものである必要があ
る。筆者は、日本語講座の事務担当者5の協力を得て、2007 年から 2010 年まで日本語主専
攻の卒業生の進路選択について、調査を行なっている。調査対象者数は 85 人で、ウェブサ
イト上のソーシャルネットワークであるフェース・ブック(Facebook)を使用して、アン
ケートを取った。回答は、2011 年 4 月に集計し、全体の 71.7%にあたる 61 人分を得てい
る。調査結果をまとめたものが、下記の表2である。 4
会話と聴解の必修科目と選択科目の時間数は、各学期における週あたりの授業時間を 15
週に掛けて計算したものである。(2012 年 1 月のデータによる) 5日本語講座の事務担当者のパランナン・タナンチャイ氏に、今回の調査で多大なご協力を
いただいたことを感謝する。
6
表2 2007 年から 2010 年までに卒業した日本語主専攻の学生の進路調査結果(2011 年 4 月集計) 質問
卒業後に日本語を使用しているか
回答 61 人 (対象者全体は 85 人) 日本語を使用している 85.9% 日本語を使用していない 14.1% 就職したか、進学したか
就職 79% / 進学 21% どこに進学したか
日本の大学 64% / タイの大学 36% 日系企業に入社したか
日系企業 74% / タイの企業 15.2% 日本以外の外資系企業あるいは別の形態 10.8% 通訳 30.5% / コーディネーター 23.8% 秘書 11.2% / スチュワーデス 5.9% 日本語を使用してどのような職種
翻訳家または翻訳本の出版業 5.7% に着いたか
日本大使館のコーディネーター 5.2% フリーランスの通訳、翻訳家、5% その他(無回答)12.7% 調査結果からわかったことは、86%近くの卒業生が日本語を使用していることである。
そして 80%近くが就職しており、進学者よりも多いこともわかった。就職した卒業生の 74%
が日系企業に入社しており、職種としては、通訳、コーディネーター、秘書のような他者
と接する仕事が多い。 筆者の策定グループが検討したもうひとつの資料は、2011 年 3 月 19 日に行なわれたタイ
国日本語教育研究会第 23 回年次セミナーで、日本語研究グループが発表した「学習者のそ
の後について考える」という調査結果である。このグループは、タイにある日系企業で、
タイ人大学卒業生と一緒に働く日本人 11 人と、日本人と働くタイ人大学卒業生 21 人を対
象として、2010 年 10 月から 2011 年 2 月までの期間にインタビュー調査を行なっている。
インタビューで質問したことは、仕事ではどのように日本語を使っているか、仕事上で重
要なことはどのようなことであるか、大学で教えてほしいことはどのようなことであるか
である。調査の結果をまとめて、次のように述べている。仕事上で重要なことは、体系的
な日本語の知識よりもコミュニケーション能力や学習する方法である。また興味深い点と
して、トップレベルの大学の卒業生について、事前準備がないため間違いをおそれて日本
語を使わない傾向があると指摘している6。 この2件の調査結果は、日本語を使う職業に就くという最終目標を実現するために必要
なものは、日本人とコミュニケーションができ、良い関係を作り、維持することができる
日本語能力であることを示している。また、暗記に頼るのではなく、自信を持って日本語
6
日本語研究グループの調査結果は、文書になって公表されたものはないので、筆者がセミ
ナーに参加してまとめたものである。
7
を使うことができる日本語使用に対する慣れと、即座に表現できる能力が必要であること
も示している。さらに述べると、カリキュラムには、新しいスキルの習得を取り入れるべ
きである。例えば、要約や報告のためにメモを取りながら聞くスキルである。なぜなら、
このスキルは、通訳、コーディネーター、秘書などの仕事では、重要なスキルだからであ
る。 3.2 大学院進学に必要な能力 策定グループは、大学院進学という最終目標について、東京外国語大学留学生日本語教
育センター(JLC)の日本語教育の「JLC 日本語スタンダーズ」を参考にしている。このス
タンダードの最終目標は、課程を修了した学習者が、1)日常生活で必要な日本語能力を
習得すること。2)学部進学後に必須となるアカデミックスキル、いわば「アカデミック
ジャパニーズ」を獲得することである。この教育センターは、日本の大学学部進学を目指
す留学生に対して、1年間の集中日本語教育を行なっている。目的は、日本語での授業に
対応できるレベルの日本語力の習得であり、初級の基礎レベルの学生から受け入れている。
このスタンダードは、就職のための日本語使用は考慮しておらず、日本国内の大学への進
学に必要な日本語能力だけを対象にしている。 伊東(2009:207-209)は、
「JLC 日本語スタンダーズ」の大学進学に必要な「話す」能力
と「聞く」能力について、次のように述べている。意見を述べたり、説明や解説ができる
/発表ができる/質疑応答ができる/ディスカッションができる/講義・口頭発表を聞い
てわかる。策定グループは、3.1 の調査結果と合わせて、伊東(2009)が示したこれらの事
項を参考にしている。 4.Can-do Statements と日本語教育スタンダード 4.1 指導を容易にするための Can-do Statements レベル区分 Can-do Statements を提示することは、もし内容が抽象的過ぎると、実際に授業を担当す
る教員は、どのように教えればよいかわからず実施が難しくなる。しかし、もし個別的過
ぎたり特定し過ぎたりすると、教員の創造的な発想を妨害することになるかもしれない。
これらの問題を解決するために、策定グループは、Can-do Statements の構成を 3 段階のレ
ベルに分けて区分し、JLC 日本語スタンダーズを構築した伊東(2009)の考えを参考にした。 3 段階のレベルとは、1)技能別到達目標となる「ゴール」、2)各学期、各単元におけ
る「行動目標」、3)身に付けるべき補助的技能としての「スキル」、である。伊東(2009)
は、Can-do Statements の3段階を下記の図2で示している。 8
ゴール
Can-do
Statements 行動目標
スキル
学習言語項目
指導法
図2 JLC スタンダーズの基本構成(伊東,2009:205)から引用 伊東(2009)は、次の通り説明している。頂点に当たる部分が、大学で学習する上で必
要な各種技能の教育目標「ゴール」である。例えば、意見を述べたり、説明や解説ができ
る、そして発表ができるなどである。それらの目標を達成するためには、各学期、各単元
における小目標を立てなければならない。小目標は、それぞれの学期、単元における「行
動目標」と呼んでいる。例えば、意見を述べたり、説明や解説ができる。そして発表がで
きるなどの「話す」のゴールの場合は、表3で示すようなレベル別に行動目標が立てられ
ている。 表3「話す」
(独話)のゴール:
「意見を述べたり、説明や解説ができる」
「発表ができる」
における JLC スタンダーズの行動目標の例 (伊東,2009:208)から引用 初級前半 初級後半 ・自己紹介ができ ・身近な話題について
る。 構成を考えて3分
・よく知っている
くらい話す事がで
身近な話題につ
きる。 いて1分くらい
話せる。 中級前半 中級後半 ・テキストの構成を使
ってスピーチができ
る。 ・抽象的な話題につい
てスピーチができ
る。 ・テーマに沿って調
べて来たことにつ
いてレジュメを作
り、発表すること
ができる。 伊東(2009)は、ゴールと行動目標だけでなく、「行動目標」よりもさらに1段階内容を
明示化した「スキル」を設定している。教室活動を計画する際の具体的な指針となるもの
である。例えば、初級前半の行動目標にある、自己紹介ができ、よく知っている身近な話
題について1分くらい話せるという行動目標について、伊東(2009)は、「スキル」を身に
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付けるべきで、そのためには次のような目的を持った練習をすることが必要であると述べ
ている。 1)正しい発音ができる。 2)事実や経験が話せる。 3)自分の気持ちが話せる。 伊東(2009)は、行動目標は「主要スキル」に近いものであるが、それに対してここで
「スキル」と呼ぶものは補助的なスキルであり、指導方針をより明確にするためのもので
あると述べている。 伊東(2009)は、ゴール、行動目標、スキルを合わせて、Can-do Statements と呼んでい
る。そして教員は、この3段階の Can-do Statements という指針を与えられれば、語彙、
文法、漢字などの学習項目について、指導すべき内容を設定することができ、さらに指導
法についても、容易に計画できるようになると述べている。 策定グループは、伊東(2009)の Can-do Statements のレベル区分は、実行しやすいも
のであり、教員の指針として活用できると考えている。すなわち、その指針に従って指導
したとしても、教員の自由裁量の部分も残すものである。そこで策定グループは、この考
え方を参考にして、カリキュラムに示された抽象的な最終目標(就職あるいは大学院進学)
から、スタンダードを設定している。それから、各技能のより明確な目標を「ゴール」と
して設定する→次により明確な「行動目標」を設定する→最も明確な補助的「スキル」を
設定する。段階が下がるごとに、明確さ(具体性)は増加し、抽象性は減少している。 4.2 日本語講座における「話す」能力と「聞く」能力の目標 策定グループは、3.で示した、調査結果と引用したセミナーのデータから、就職や大学
院進学を希望する学生にとって、必要と思われる「話す」能力と「聞く」能力に関する目
標を設定している。それは次の通りである。 「話す」のゴール 1:独話 ①自己紹介ができる。 ②説明、叙述、描写することができる。 ③意見を述べることができる。 ④プレゼンテーションができる。 ⑤その場で話したり、質問に答えたり、説明をしたりすることができる。 ⑥聞き手に良い印象を与えるように話すことができる。 「話す」のゴール 2:やりとりがある状況 ⑦会話に参加でき、ディスカッションすることができる。 ⑧会話のストラテジーを適切に使うことができる。 ⑨その場で相手に質問をしたり、相手の質問に答えたりすることができる。 10
⑩会話相手の気持ちを推測したり、解釈したりしながら、やりとりをすることがで
きる。 「聞く」のゴール ⑪指示の言葉や説明の内容を聞いて、理解することができる。 ⑫いろいろな話やディスカッション中の問題を、聞いて理解することができる。 ⑬聞くと同時に、メモを取ることができる。 ⑭聞きながら、感情や隠れた意図を推測することができる。 ⑮良い聞き手になることができる。
(聞くマナー、他の人の意見を聞くこと、相手の
話が終わってから話すという聞く姿勢など) 「話す」のゴールは、2つのタイプに分けられる。すなわち、1つのタイプは、話す相手を
必要としない(聞き手は存在する)場合、別の言い方をすると、やりとりがない場合である。
例えば、自己紹介や報告などである。もう1つのタイプは、話す相手がいる場合や相手との
やりとりがある場合である。 設定したこれらのゴールは、コミュニケーションあるいは会話ストラテジーと、大学院に
おいて研究できるアカデミックスキルを強調しながら、就職または進学という最終目標を実
現することを目指したものであるということがわかる。(ゴールの①∼④、⑦∼⑧、⑪∼⑫
である)。それ以外に他人との関係も強調している。例えば、話し相手の感情、話し相手の
解釈や意図を汲み取ることである(ゴールの⑥、⑩、⑭、⑮である)。同時に、学習者が暗
記したり会話例文の模倣をしたりするのではなく、日本語を自分の力で使えるようにするこ
と、すなわち、事前準備なしに即座にやりとりできるような能力を身に付けることにも、力
を入れている(ゴールの⑤、⑨、⑬である)。これらに合わせて、複数のスキルを同時に使
う練習を重要視している。例えば、メモを取りながら聞くこと、適切なレジュメを作成して、
プレゼンテーションすることである(ゴールの④と⑬である)。 4.3 それぞれのゴールに適応した行動目標とスキルの設定 4.3.1 状況、テーマ、会話の相手(聞き手)、話し方の重視 ゴールが設定できれば、次にすることは、それぞれのゴールに対応した行動目標とスキル
の設定、すなわち Can-do Statements の設定である。 策定グループは、JLC 日本語スタンダーズだけでなく、JF スタンダードも参照している。
JF ス タ ン ダ ー ド は 、 CEFR(Common European Framework of Reference for Languages : Learning, Teaching, Assessment)をモデルとして開発されている。JF スタンダードは、1.
で述べたとおり、相互理解のための日本語教育という目的を持っている。そのため国際交流
基金の日本語教育のスタンダードである Can-do Statements は、コミュニケーションそして
他者との関係の構築について、特に重点を置いている。例えば、状況、テーマ、会話の相手
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といった項目の他に、話し方や聞き方を重視することも含んでいる。 JF スタンダードの話し方のスキル(やりとりがある場合)について、Can-do Statements
を例にあげると、次の通りである。 ◍ 友人の家で、友人の家族などと、自分の近況などについて、自分の気持ちも交えて話
すことができる。 ◍ 校内のエレベーターなどで居合わせたゼミの先生などと、自分の近況などについて、
自分の気持ちも交えて話すことができる。 ◍ 母語話者を相手に、お互いにストレスを感じさせることなく、普通の対話や関係が維
持できる程度に、流暢に自然に対話できる。個人的に重要な出来事や経験を強調して関
連説明をし、根拠を示して自分の見方をはっきり説明し、主張・維持できる。 JF スタンダードの Can-do Statements は、他者との関係に重点を置きながら、次の点を
考慮している。 1)状況 (友人の家、エレベーターの中でなどと設定している) 2)会話のテーマ(自分の近況、一般的な普通の話題などと設定している) 3)会話の相手 (友人、先生あるいは母語話者であるかどうかなど、誰が話し相手な
のか設定している) 4)話し方 (自然に、流暢に、お互いにストレスを感じさせないなど、話し方を設
定している 策定グループは、日本語講座の Can-do Statements も、同様の4項目を考慮して設定する
ように努力している。例をあげると、日本語講座の「話す」Can-do Statements は、「フォ
ーマル/インフォーマルを意識して話せる」と設定しているが、それは状況を考慮したも
のである。また、「生活、環境、日課、好き嫌いなどについて少しまとまったプレゼンテー
ションができる」と設定したのは、テーマについて考慮したものである。「印象の良い話し
方ができる」と設定したのは、会話の相手について考慮したものである。「日常的なことに
関する質問にらくらく答えられる」「個性的な自己紹介ができる」と設定したのは、話し方
について考慮したものである。 4.3.2 Can-do Statements の評価の基準 Can-do Statements を設定する際に考慮したもうひとつの項目は、評価の基準である。 Can-do Statements の評価は、教員による評価、学習者自身による評価、そして同級生によ
る評価として使うことができ、またそれらの評価者が一緒に評価することもできるものであ
る。それと同時に、評価する者が誰であろうと、評価が容易であり、明確に評価できること
を目指している。策定グループは、評価基準を、理解しやすい形で、できるだけ明確にわか
るように、設定するよう努力した。 例をあげると、評価の基準として時間数を規定している。例えば、初・中級:身近な話題
についてその場で 1 分くらい話せる。→中級:身近な話題についてその場でメモを使いなが
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ら3分くらい話せる。→上級前半:自分の関心のある様々な話題や専門等のうちのどれかに
ついて、構成を考え5分くらい話せるということである。時間数は、レベルが上がるに従っ
て増えている。 策定グループが考えたもうひとつの評価基準の項目は、明確さである。すなわちテキス
トの型の問題である。これについては、ACTFL Oral Proficiency Interview (OPI)の話す
能力を評価する基準を参照している。ACTFL-OPI は、学習者の話す能力を測る方法である。
インタビューを受ける者(学習者)とテスター(tester)とが、1対1で 30 分以内のイン
タビューを行う。この ACTFL-OPI は、The American Council on the Teaching of Foreign Languages によって開発された。ACTFL-OPI は、10段階の細かいレベル、あるいは4段階
の大きなレベルに分けて、能力を評価している。大きな4段階のレベルとは、次の表4の
通りである。 表4 ACTFL-OPI のレベルとテキストの型の関係(牧野他,2001:18)から引用、一部改作) ACTFL-OPI のレベル テキストの型 超級 複段落で話すことができる 上級 段落で話すことができる 中級 文で話すことができる 初級 語あるいは句を話すことができる 牧野他(2001:22)は、このテキストの型の基準は、判定する人にとって比較的わかり
やすい基準だと述べている。テキストの型に関する定義について、テスターのためのマニ
ュアルを参照すると、テキストの型とは、単語から複段落にいたるまでの、明確な伝達機
能を持った言語の単位だとしている。牧野他は、段落は文とは違って分けることができず、
ビデオ映像のように流れるように続いていくものだと説明している。また段落かどうか判
断する際に注目するのは、次のような点であると補足している。すなわち、接続詞、省略、
反復、照応関係の明示などにより統括されているか、全体の意味が首尾一貫している複数
の文であるかなどである。 策定グループは、ACTFL-OPI の評価基準に関する考え方を、「話す」能力に取り入れてい
る。例えば、Can-do Statements には、次の通りスタンダードを設けている。中級:単語だ
けでなく、一文一文自己完結ができる。→中・上級:段落か段落に近いまとまった話がで
きる。スタンダードは、レベルが上がるに従って、言葉の単位も大きいものになっている
ことを示している。 13
5.今までの教育との違い:スタンダードの特徴 今までの教育は、ボトムアップ型で作っていた。すなわち、内容や授業方法の大半は、
それぞれの教員によって作られていた。教員の大部分は、自分の経験やたった 1 冊の教科
書から、授業の内容や計画を作っている。科目間の関連及び学年間の連携は、考慮してい
ない。各自がそれぞれに教えていて、統一された明確な将来像や目標がなかった。 初級、中級、上級などの各レベルにおける能力について述べると、今までの教育は、実
際の能力よりも数量を重視していた。例えば、語彙の量、漢字の数、文型の数、学習時間
数などであり、それぞれの「数量」を最大限に増やすことに重点が置かれていた。そして、
学習者が、どれだけこれらの数量を「知っている」または「合格する」かによって、高い
能力を持つと見なされている。 今回の日本語教育スタンダードの提案は、トップダウン型での教育の創造である。同学
年や異なる学年間の教員同士が、統一された将来像と目標を持つようにするものである。
教員は、教科書を使用してもよいが、1冊に限る必要はなく、また時には教科書を使用し
なくてもよい。別の表現をすれば教科書は、内容を限定する唯一のものではないというこ
とである。さらにこの新しい教育観は、「数量」を重視せず、指定された状況で実際に何が
できるかという能力を重視している。この考え方は、数量的な基準からコミュニケーショ
ン能力へと、能力の測定基準を 2010 年に変更した日本語能力検定試験(Japanese-Language Proficiency Test(JLPT))の新しい考え方とも一致している。 表5から表7に示している日本語講座の教育スタンダードの特徴は、4.3 で述べている通
り、状況、テーマ、会話の相手(聞き手)を重視している。また評価基準も一部を示して
いるが、理解しやすいものである。それだけでなく他にも特徴がある。すなわち、暗記を
せずに日本語を使える能力や、事前準備なしに即座にやりとりできる能力の養成を重視し
ていることである。この点は、策定グループが、日本語講座の学生の弱点のひとつである
と考えているからである。以上に述べた能力に関係した Can-do Statements は、表5から 14
表77の5.と9.と13.に記載がある。 7
表5から表7の数字は、それぞれの技能(話す・聞く)のゴールを示している。詳細は次の通
りである。
①自己紹介ができる。 ②説明、叙述、描写することができる。 ③意見を述べることができる。 ④プレゼンテーションができる。 ⑤その場で話したり、質問に答えたり、説明をしたりすることができる。 ⑥聞き手に良い印象を与えるように話すことができる。 ⑦会話に参加でき、ディスカッションすることができる。 ⑧会話のストラテジーを適切に使うことができる。 ⑨その場で相手に質問をしたり、相手の質問に答えたりすることができる。 ⑩会話の相手の気持ちを推測したり、解釈したりしながら、やりとりをすることができる。 ⑪指示の言葉や説明の内容を聞いて理解することができる。 ⑫いろいろな話やディスカッション中の問題について、聞いて理解することができる。 ⑬聞くと同時に、メモを取ることができる。 ⑭聞いて、感情や隠れた意図を推測することができる。 ⑮良い聞き手になることができる。(聞くマナー、他の人の意見を聞くこと、相手の話が終わ
ってから話すという聞く姿勢など) 15
表5「話す」(独話)についてのチュラーロンコーン大学日本語講座各学年の Can-do Statements(2012 年∼2013 年に試用したもの) ゴール
1年生前期 1年生後期 2年生 初級後半 初・中級 中級 ①⑤⑥
①⑤⑥
②④⑤⑥
1.自己紹介ができる。 1.個性的な自己紹介ができ
る。 行
動
目
標
2.順番に従って説明ができ
る。 4.身近な話題について、準
主
要
ス
キ
ル
備してきたものであれば、
短いプレゼンテーションが
できる。 5.ごく身近な話題について
5.身近な話題についてその
5.身近な話題についてその
1分くらい話せる。 場で1分くらい話せる。 場でメモを使いながら3分
くらい話せる。 相手に誤解を与えない発音
機能に合ったイントネーシ
イントネーションやアクセ
ができる。 ョンを使って話せる。 ントなどを意識して話せ
る。 ス
キ
ル
補
助
ス
キ
ル
イントネーション、拍、ア
既習の表現や文型を使っ
一文一文自己完結ができ
クセントに注意しながら話
て、単文レベルの話ができ
る。 せる。 る。 既習の表現や文型を使っ
デス・マス体で話せる。 経験が話せる。 自分の気持ちが話せる。 時系列に基づき話せる。 デス・マス体を意識して話
既習の表現や文型を使っ
て、単文レベルの話ができ
る。 せる。 て、単文レベルの少しまと
まった話ができる。 デス・マス体/普通体を分け
て話せる。 16
表5「話す」(独話)についてのチュラーロンコーン大学日本語講座各学年の Can-do Statements(2012 年∼2013 年に試用したもの) ゴール
3年生前・後期
4年生前・後期
中・上級
中・上級
②③④⑤⑥
③④⑥
2.見たり聞いたりしたことが描写・叙
述・説明できる。 2.事実について説明できる。 3.意見が言える。 行
動
目
標
主
要
ス
キ
ル
3.裏付けのある意見が言える。 3.論点をふまえた意見が言える。 4.生活、環境、日課、好き嫌いなどにつ
4.自分の関心のある様々な話題や専門等の
いて少しまとまったプレゼンテーショ
うちのどれかについてまとまったプレゼン
ンができる。 デーションができる。 4.自分の関心のある様々な話題や専門等の
うちのどれかについて、構成を考え5分くら
い話せる。 5.生活、環境、日課、好き嫌いなどにつ
いて構成を考えてからその場で3分く
らい話せる。 5.見たり聞いたりしたことがその場で
説明できる。 6.印象の良い話し方ができる。 6.印象の良い話し方ができる。 イントネーションやアクセントなどに
めりはりのあるイントネーションやアクセ
注意しながら話せる。 ントなどを効果的に使いながら話せる。 ス
キ
ル
既習の表現や文型を使って、段落に近い
既習の表現や文型を使って、段落レベルのま
レベルのまとまった話ができる。 とまった話ができる。 補
助
ス
キ
ル
フォーマル/インフォーマルを意識して
フ ォ ー マ ル /イ ン フ ォ ー マ ル を 分 け て 話 せ
話せる。 る。 難しいことばを他のことばで言い換え
敬語を正しく使って話せる。 られる。 事実について話せる。 聴衆の反応を見ながら、話し方のコントロー
ルができる。 自分の意見が話せる。 事実と意見を分けて話せる 17
表6「話す」(やりとり)についてのチュラーロンコーン大学日本語講座各学年の Can-do Statements(2012 年∼2013 年に試用したもの) ゴール
1年生前期 1年生後期 2年生 初級後半 初・中級 中級 ⑦⑧⑨⑩ ⑦⑧⑨⑩ ⑨⑩ 8.相手の言っていることが
8.相手の言っていることが
わからない時に、わからな
わからない時に聞き返せ
いということが伝えられ
る。 7.会話に参加できる。 7.自分からあいさつができ
る。 行
動
目
標
主
要
ス
キ
ル
る。 9.よく使われる日常的な場
9.日常的なことに関して、
9.一方向であっても、インタ
面に即した簡単な質問がで
質問ができる。 ビューができる。 きる。 9.日常的なことに関する質
9.単文レベルであれば、イン
9.よく使われる日常的な場
問にらくらく答えられる。 タビューに答えられる。 面に即した簡単な質問に答
えられる。 ス
キ
ル
補
助
ス
キ
ル
10.やりとりの中で相手の
10.やりとりの中で相手の
10.やりとりの中で相手の気
気持ちを察することができ
気持ちを察することができ
持ちを察することができる。 る。 る。 Yes-No 質 問 文 に 対 し て 、 初級レベルの Yes-no 質問
相手が言っていることを正
「はい」か「いいえ」で明
文であれば、らくらく答え
しく理解し、それに対して質
確な意志表示ができる。 られる。 問できる。 初級前半レベルの Yes-no
聞き返せる。 一文一文自己完結ができる。 わからないということを相
日常的な場面でよく使うあ
手に伝えられる。 いづちが打てる。 時々あいづちが打てる。 気持ちの良いあいさつがで
質問文に対して、文で完結
した答え方ができる。 きる。 18
表6「話す」(やりとり)についてのチュラーロンコーン大学日本語講座各学年の Can-do Statements(2012 年∼2013 年に試用したもの) ゴール
行
動
目
標
主
要
ス
キ
ル
3年生前・後期 4年生前・後期 中・上級 中・上級 ⑨⑩ ⑧⑨⑩ 8.聞き手からの不意の発言・質問に対応する
ことができる。(黙ってしまうようなことが
ないようにうまくストラテジーを使える。) 9.相手が言っていることを受け入れ、ま
9.聞き手からの不意の発言・質問に対応する
たそれをまとめながら(双方向)インタ
ことができる。(黙ってしまうようなことが
ビューができる。 ないようにうまくストラテジーを使える。) 9.ある程度まとまった形でインタビュ
ーに答えられる。 10.やりとりの中で、相手の気持ちを察
10.やりとりの中で、相手の気持ちを察する
することができる。 ことができる。 相手が言っている内容をまとめられる。 ディスカッションで発言できる。 ス
キ
ル
補
助
ス
キ
ル
ターンがとれる。 ターンの主導権が握れる。 場面に合わせたスピーチレベルが選べ
場面に合わせて、スピーチレベルが変えられ
る。 る。 場面に合ったあいづちが打てる。 相手の気持ちを考えながら適切にあいづち
が打てる。 19
表7「聞く」についてのチュラーロンコーン大学日本語講座各学年の Can-do Statements
(2012 年∼2013 年に試用したもの) 1年生前期 1年生後期 2年生 初級後半 初・中級 中級 ⑪⑮ ⑪⑫⑮ ⑫⑬⑮ 11.教室活動における教員
11.授業の内容についての
の指示が理解でき、それに
説明がわかる。 従って行動できる。 11.手順がわかる。 12.ごく身近な話題や個人
12.身近な話題や個人的な
的な話題であればだいたい
話題であれば聞きとれる。 聞きとれる。 12.まとまった話を聞いて、
ゴール
行
動
目
標
内容が把握できる。 主
要
ス
キ
ル
12.ディスカッションのテ
ーマがわかる。 13.メモをとりながらキー
ワードが聞き取れる。 15.相手の話をよく聞く。 15.相手の話をよく聞く。 15.相手の話をよく聞く。 日本語のリズム・イントネ
わからない場合、タイ語に
わからない言葉があった場
ーションに慣れる。 頼らず自分で対応できる。 合に推測しながら聞ける。 ス
キ
ル
日常よく使われる表現や語
必要な情報が聞き取れる。 大意がとれる。 補
助
ス
キ
ル
日常よく使われる表現や語
わからない言葉があった場
が聞きわけられる。 合に反応できる。 が聞きとれる。 指示を聞いて反応できる。 だいたいの内容が把握でき
意見の要点がわかる。 る。 Yes-no 質問に答えられる。 手順の説明を聞いて理解で
きる。 20
表7「聞く」についてのチュラーロンコーン大学日本語講座各学年の Can-do Statements
(2012 年∼2013 年に試用したもの) 3年生前・後期 4年生前・後期 中・上級 中・上級 ⑬⑭⑮ ⑫⑬⑭⑮ ゴール
行
動
目
標
主
要
ス
キ
ル
12.生あるいは放送であれ、標準語で話され
ていれば、ニュース解説等が理解できる。 13.ノートをとりながら聞ける。 13.ノートをとりながら整理して聞ける。 14.イントネーションやポーズなどから
14.話題が身近で話の方向性が明確なもので
話者の気持ちが推測できる。 あれば、かなりまとまった話でも、その流れ
14.発話意図がわかる。 が理解できる。 14.日常的な内容のディスカッションの
14.ディスカッションの流れがわかる。 流れがわかる。 ス
キ
ル
補
助
ス
キ
ル
15.相手の話をよく聞く。 15.相手の話をよく聞く。 相手の発話意図を理解しようと意識し
構成がわかる。 ながら聞ける。 例がわかる。 大意がとれる。 大意がとれる。 論点の整理をしながら聞ける。 わからない言葉があった場合に推測し
意見を批判的に聞ける。 ながら聞ける。 事実と意見を聞き分けられる。 6.これから着手するべき事項と起こった問題 これから着手するべき事項とは、1)本スタンダードを教育で継続して使用すること、
2)本スタンダードを常に調整すること、3)本スタンダードが共通の基準として認めら
れるように発展させることである。 策定グループは、計画の初期段階として「本スタンダードを教育で継続して使用するこ
と」を最優先に考えている。なぜなら教育形態を変更することは、容易ではないからであ
る。そこで策定グループは、Can-do Statements の数を、他のスタンダードに比べて、多く
の項目を規定しないことにしている。理由のひとつは、教員が新しい教育形態に切り替え
る調整時間のためである。そして関係する教員全員(全教科)が、本スタンダードを使用
することに、協力しやすくするためである。策定グループが提案していることは、教員は
本スタンダードの内容だけでなく教えたいことを教えてよいが、少なくとも学習者が、本
21
スタンダードで設定した目標を達成するような教育の形にしてほしいということである。
本スタンダードを継続して関係する全科目の教育で使用することは、同学年内でも、異な
った学年間でも、関連性を築くことに役立つ。 本スタンダードは、まだ最初の試用でしかない。変化を続ける学習者や社会の状況に対
応するためには、常に調整することが必要である。中期計画としては、教員間で意見を交
換したり、スタンダードの見直しをすること、学習成果や学習者の弱点についてのデータ
を集めることがある。また開発が続けられている他のスタンダードについての情報を、調
べ学ぶことも考えている。なぜなら、本スタンダードをより明確で、目標の方向にできる
だけ適ったものに調整するために、それらの情報を参照することが必要だからである。 スタンダードは、具体性のある枠組みとなるように開発するべきである。長期計画とし
て、本スタンダードが共通の基準として認められるよう取り組む。日本語講座に 1 年生と
して入学した学習者は、大学進学のための試験(Professional Aptitude Test 7(PAT7))
で、日本語を試験科目に選んでいるが、彼らの能力評価のうち特に「話す」能力と「聞く」
能力では、前述したような技能の評価は行っていない。この評価と併せて、大学教育を修
了する前に、学習者の成果や能力を評価することも実施計画の中に入れるべきである。そ
の他に、卒業生の進路の調査、雇用者や大学院の教員の満足感はどうであるかなどについ
て調査することも継続して、行わなければならないことである。本スタンダードを発展さ
せるために、必ず実施すべきことは、スタンダードのレベル間の比較であり、各レベルの
Can-do Statements と他のスタンダードの Can-do Statements との比較である。それは、近
い将来予想される学習者の転入学や転出の時に、特に必要となる。 現在の最も大きな問題は、この教育スタンダードを開発するための、適当な人材が不足
しているということである。例をあげると、「話す」能力を測ることができる、または
ACTFL-OPI のテスターとして資格がある教員は、日本語講座には1人しかいない。2010 年
から 2011 年に日本語主専攻の1年生として日本語講座へ入学した学生は、70 人から 90 人
もいるのである。 タイが直面しているグローバリゼーションの流れの中で、教育も変化する必要がある。
カノックワン(2012)は、タイにおける過去 10 年間の日本語教育機関と学習者の数を調査
している。そしてタイの日本語教育は、飽和状態の時代に入っており、数量はもう変化し
ないが、現在は品質が重視される時代になっていると述べている。日本語教育スタンダー
ドを教育現場に使用し始めることは、教育の透明性と明確性を築くことができ、日本語教
育の質を向上させるひとつの道である。 日本語翻訳協力 須田ユリ 日本語に翻訳するにあたり、原文の主旨を損ねない程度に意訳した部分がある。 (参考文献は次項にある) 22