特定健診と運動指導−メタボリックシンドロームを標的

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論 説
特定健診と運動指導−メタボリックシンドロームを標的とした
動脈系機能評価と対策
宮地元彦(独立行政法人国立健康・栄養研究所運動ガイドラインプロジェクト)
特定健診・保健指導の制度
果ならびに改善効果が科学的に明らかにされている。
厚生労働省は今般の「医療制度改革大綱」を踏ま
特に、最近の20年の間に、質的・量的にかなりのエ
え、「生活習慣病予防の徹底」を図るため、平成20年
ビデンスが蓄積されたことにより、平成18年に、「健
4月から、高齢者の医療の確保に関する法律により、
康づくりのための運動基準2006」1)と「健康づくりの
医療保険者(健保、国保など)に対して、糖尿病な
ための運動指針2006(エクササイズガイド2006)」 2)
どの生活習慣病に関する健康診査(以下、「特定健
の策定が厚生労働省により行われた。
診」という)および特定健診の結果により健康の保
持に努める必要がある者に対する保健指導(以下、
運動基準2006は、運動指導に携わる者がエビデン
スに基づいた指導ができるよう、内外の学術文献を
「特定保健指導」という)を開始した。特定保健指
余すことなく読み込むシステマティックレビューと
導を効率的に実施するにあたり、内臓脂肪症候群
いう手法を用い、糖尿病や高血圧といった生活習慣
(メタボリックシンドローム;MetS)の概念を導入
病の発症リスクを低下させることが期待される運動
した標準的な健診・保健指導プログラムを構築した。
量・身体活動量・体力の基準を示した。さらにエク
具体的には、生活習慣病の発症・重症化の危険因子
ササイズガイド2006では、運動基準2006に示された
の保有状況により対象者を階層化し、適切な保健指
基準値に基づき、健康づくりに励む人々が安心して
導(「情報提供」、「動機づけ支援」、「積極的支援」)
生活習慣病予防のための運動を実践するためのさま
を実施するための標準的な判定の基準を導入するこ
ざまな道筋が示された。
ととしており、健診により把握された保健指導の対
エクササイズガイド2006では、昨今話題となって
象者に対し、個々人の生活習慣の改善に主眼をおい
いるMetSを解消するための手だてが提案されている。
た保健指導が重点的に行われる。危険因子が多い者
MetSになってしまった人は、そもそも運動・身体活
に対しては、医師、保健師、管理栄養士などが積極
動量が少なく、運動や身体活動に嫌悪感をもってい
的に介入し、確実に行動変容を促すことをめざす。
る人が多い。このため、個々人の運動に対する心理
そして、対象者が健診結果に基づき自らの健康状態
的準備状況(レディネス)に応じた取り組みの方法
を認識したうえで、代謝などの身体のメカニズムと
が示された。さらに、この量の運動を働き盛りの中
生活習慣(食習慣や運動習慣など)との関係を理解し、
年が実施するのはさまざまな困難が伴うので、食事
生活習慣の改善を自らが選択し、行動変容に結びつ
改善との組合せで腹囲の減少に取り組む方法も併せ
けられるようにする。さらに、現在リスクがない者
て示された。
などに対しても、適切な生活習慣あるいは健康の維
持・増進につながる必要な情報提供を行う。
運動基準2006と
エクササイズガイド2006
26
の生活習慣病罹患に対する身体活動・運動の予防効
メタボリックシンドロームと動脈系機能
との関連
わが国のMetS判定基準を満たす者とそうでない
者との間で、将来の脳卒中・心筋梗塞などの罹患率
身体活動・運動と生活習慣病の一次予防ならびに
にどの程度の差があるのかについて検討した前向き
二次予防に関する科学的研究は、この4半世紀に急速
研究は、われわれの文献渉猟の範囲ではない。した
に発展し、冠状動脈疾患ばかりでなく、糖尿病など
がって現状で行える研究は、動脈スティフネスや動
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脈内膜中膜厚(IMT)といった動脈硬化のサロゲー
論 説
メタボリックシンドローム改善のための
運動量・身体活動量
ト指標と、MetSとの関連を横断的もしくは介入研
究で明らかにすることである。われわれは疾患をも
たない被験者を対象とし、MetSの危険因子の保有
MetSの根本的な要因は内臓脂肪の蓄積である。し
数とbaPWVやIMTとの関係について横断的に検討
たがって、MetSを改善するためには内臓脂肪を減少
した結果、因子の保有数が増えるに従って、段階的
させなければならない。内臓脂肪の減少にはウォー
にbaPWVやIMTが有意に高値を示すことを明らか
キングや水泳などの有酸素性運動が有効な手段の一
にした(図1A)。さらに、一年間の体重の変化と大
つであり、その効果はヒトを対象としたいくつかの
動脈PWVとの関連を検討した研究では、体重増加
介入試験ですでに認められている。そこで、減量手
によってPWVが悪化し、体重減少によってPWVが
段として用いられた有酸素運動と内臓脂肪の減少と
改善するという、縦断的な研究成果も示されている
の間に量反応関係があるか否かについて、英語と日
(図1B)。これらの結果から、MetSを改善するもし
本語で執筆された論文を調べることにより検討を行
くはMetSの危険因子保有数を一つでも減らすこと
った 3)。16個の原著論文がみつかり、その結果、有
で、動脈硬化のリスクを低下させる可能性が十分に
酸素性運動量と内臓脂肪の減少は量反応関係にある
期待できる。
ことが示唆された。また、有意な内臓脂肪の減少は、
図1 メタボリックシンドロームのリスク数と動脈硬化度
A リスクの蓄積に伴って動脈スティフネスが高くなる
■
1,800
*
1,600
*
1,400
1,000
800
600
0.6
0.5
0.4
0.3
400
0.2
200
0.1
なし
1つ
2つ
3つ以上
(n=288)(n=89)(n=66)(n=53)
*
*
0.7
1,200
0
*
0.8
頸動脈IMT(mm)
baPWV(cm/sec)
0.9
*
0
なし
1つ
2つ
3つ以上
(n=288)(n=89)(n=66)(n=53)
B 1年間の体重変化とPWV
■
18.2
PWVの変化(cm/sec/year)
20
15
8
10
5
0.9
0
−5
−5.7
−10
−15
−20
−19.7
−25
−30
−35
−29.9
≧4.5kg減
2.3∼
4.5kg減
0∼
2.3kg減
0∼
2.3kg増
2.3∼
4.5kg増
≧4.5kg増
(A:宮地ら未発表データ、B:Wildman RP, et al. Hypertension. 2005; 45: 187-92.より引用)
27
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1週間あたり10エクササイズ * 1(メッツ・時)程度か
それ以上の有酸素性運動を実施した介入試験から観
察されており、内臓脂肪を有意に減少させるには少
表1 動脈スティフネスと運動効果
運動様式(研究の種類)
有酸素運動(横断研究)
閉経前:非活動群(10)、活動群(9)
閉経後:非活動群(18)、活動群(16)
なくともおよそ10エクササイズ(メッツ・時)/週の
有酸素運動が必要であることが示唆された。
非活動群(54)、活動群(45)、
ランナー(53)
動脈系機能改善のための運動の種類
競技アスリート群(16)、活動群(16)
アスリート群:競技暦8年(7)、
競技暦5年(7)非活動群(7)
週当たり10エクササイズを満たせば、どのような
運動の種類を行っても良いのだろうか?この点につい
有酸素運動(縦断研究)
13名
動の種類を大まかに分類するとウォーキングや水泳
99名
などに代表される有酸素性運動と筋力トレーニング
習慣的な有酸素運動による効果の検討は,1990年
10名
レジスタンス運動(横断研究) 若齢:非活動群(17)、筋力トレーニング群(16)
中高齢者:非活動群(15)、
筋力トレーニング群(14)
筋力トレーニング群:競技暦7年(7)、競技暦4年(7)
非活動群(7)
代後半から頸動脈βスティフネス、PWVや頸動脈波
増大指数(AI)測定方法の確立とともに盛んに行わ
20名
10名
てはいくつか興味深い研究成果が示されている。運
などに代表される無酸素性運動があげられる。
対象(n数)
非活動群(58)、活動群(25)、
ランナー(56)
レジスタンス運動(縦断研究) 筋力トレーニング群(14)、安静群(14)
れるようになった。介入研究においては、中年男性
筋力トレーニング群(23)、安静群(10)
にて3∼5ヵ月のジョギングや速歩などのトレーニン
短縮性筋力トレーニング群(10)
伸張性運動後筋力トレーニング群(10)
安静群(9)
グ(4∼5日/週、30∼45分/日)が、頸動脈βスティ
フネス、cfPWV、AIを有意に低下させることが報告
11名
されている(表1) 7-9,10)。有酸素運動は、中年もしく
13名
は高齢者のMetSを改善するだけでなく、動脈硬化性
疾患のサロゲート指標も効果的に改善することがほ
ぼすべての研究で認められている。
最近まで、筋力トレーニングが血圧や動脈スティ
フネスといった循環指標にどのような影響を及ぼす
かは明らかではなかった。介入研究においては、健
筋力トレーニング群(24)、安静群(18)
有酸素 ・レジスタンス
コンバインド(縦断研究)
中強度筋力トレーニング群(12)
コンバインドトレーニング群(11)
安静群(16)
有酸素運動前筋力トレーニング群(11)
有酸素運動後筋力トレーニング群(11)
安静群(11)
VO2max:最大酸素摂取量、HR reserve:心拍予備量、RM:最大挙上重量、 常若年男性28名を対象とした無作為割付介入研究で、
4ヵ月の高強度筋力トレーニング(80%1RM、6種目3
セット/日、3日/週)が、血圧は変化させないにもか
以上の結果から、単に十分なエネルギー消費量が
かわらず頸動脈βスティフネスを有意に増加させる
あればMetSが改善すると単純に考えるのではなく、
ことが明らかとなった 。また、健常な若齢女性にて、
MetSの将来にある動脈硬化性疾患の発症のリスクま
11週間の高強度筋力トレーニング(12種目、5∼
で考慮し、運動のタイプを選択する必要がある。
11)
10RMを3∼6セット)により、AIおよびcfPWVは有意
に増大した(表1)12)。さらに最近の研究から、有酸
素運動と筋力トレーニングの組み合わせをコンバイ
身体活動量の評価と介入
ンドトレーニングとよんでいる。コンバインドトレ
身体活動量・運動量の評価法には3つの方法があ
ーニングでは筋トレのみの実施と同様に筋力の増加
る。①活動記録、②活動量計・歩数計、③質問紙で
がみられるが、頸動脈スティフネスの増加が抑制さ
ある。それぞれ一長一短があり、指導現場の状況に
れることが示された 。
応じて使い分ける必要がある。
13)
*1
エクササイズとは?
運動や身体活動の量の単位である。運動の強さの指標であるメッツと実施時間(時)をかけあわせたものである。例えば3メッツの強度の速
歩を20分行えば、3メッツ×0.333時間=1エクササイズとなる。わが国の糖尿病学会、高血圧学会、動脈硬化学会が示す治療ガイドライン4-6)
では、いずれの学会も①最大酸素摂取量の50%(4∼6メッツ)の強度の有酸素運動を、②30分/日程度、③週当たり3日∼毎日実施することを
勧めている。これらはエクササイズガイド2006で示された内臓脂肪減少のため運動量とほぼ同程度であり、10エクササイズ/週を満たせば、
内臓脂肪の減少だけでなくMetSのほかの判定基準である血糖、脂質、血圧のコントロールも可能であることを示唆している。
28
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性・年齢
論 説
運動効果
引用論文
男性 ・ 19∼67歳
cfPWVはランナー群で低値
Kakiyama T, et al. Angiology 1998
女性 ・ 28±2、31±1歳
女性 ・ 59±2、59±2歳
cfPWVおよびAIは閉経前では活動量に影響しないが、閉経後では活動群で低値
Tanaka H, et al. Arterioscler
Thromb Vasc Biol 1998
男性 ・ 18∼77歳
頸動脈βスティフネスとAIは40歳以上の活
発な運動群で低値、40歳未満では関係なし
Tanaka H, et al. Circulation 2000
男女 ・ 18∼45歳
AIは競技アスリート群で低値
Edwards DG, et al. Am J Hypertens 2005
男性 ・ 20.4±0.5、19.9±0.3歳
男性 ・ 20.1±0.6歳
cfPWVは競技暦8年のアスリートで低値
Otsuki T, et al. Am J Hypertens 2007
男性 ・ 53±2歳
トレーニング後頸動脈βスティフネス低下
Tanaka H, et al. Circulation 2000
男性 ・ 21.0±0.6歳
トレーニング後cfPWVが低下
Kakiyama T, et al. Med Sci Sports Exerc 2005
男性 ・ 50±3歳
トレーニング後cfPWVが低下
Sugawara J. J Hum Hypertens 2005
男女 ・ 67±6歳
トレーニング後AIが低下
Tabara Y, et al. Hypertens Res 2007
女性 ・ 59.7±6.5歳
トレーニング後AIが低下
Casey DP, et al. Eur J Appl Physiol 2007
男性 ・ 27±2、29±1歳
男性 ・ 51±1、51±2歳
中高齢者のAIは筋トレーニング群で低値
Miyachi M, et al. Hypertension 2003
男性 ・ 19.7±0.4、21.6±0.6歳
男性 ・ 20.1±0.6歳
cfPWVは筋トレーニング群で低値
Otsuki T, et al. Am J Hypertens 2007
男性 ・ 20∼38歳
トレーニング後頸動脈βスティフネス増加、
安静群は変化なし
Miyachi M, et al. Circulation 2004
女性 ・ 29±1、27±2歳
トレーニング後AIおよびcfPWVが増加
Cortez-Cooper MY, et al. Am J Hypertens 2005
短縮性筋力トレ後baPWVは低下
伸張性筋力トレ後baPWVは変化しない
安静群は変化なし
Okamoto T, et al. J Human Hypertens 2005
男性 ・ 64±1歳
トレーニング後cfPWVは変化しない
Maeda S, et al. Br J Sports Med 2006
女性 ・ 58.7±4.5歳
トレーニング後AIは変化しない
Casey DP, et al. Eur J Appl Physiol 2007
男女 ・ 21±1、22±1歳
トレーニング後AIは変化しない
Casey DP, et al. Exp Biol Med 2007
男性 ・ 20±1歳
男性 ・ 21±1歳
男性 ・ 22±1歳
筋トレ後は頸動脈βスティフネス増加
コンバインドトレーニング後は頸動脈βスティフネス変化なし
Kawano H, et al. J Hypertens 2006
男女 ・ 18.5±0.2歳
男女 ・ 18.5±0.2歳
男女 ・ 18.8±0.2歳
有酸素運動前筋力トレ後baPWVは低下
有酸素運動後筋力トレ後baPWVは変化しない
安静群は変化なし
Okamoto T et al. J Appl Physiol 2007
HRmax:最大心拍数。
①活動記録
③質問紙
身体活動や運動の内容や実施時間を毎日正確に記
身体活動や運動の実施状況を思い出して応える方
録していく方法である。1週間以上の活動の内容と時
法である。きわめて簡便に実施できる一方で、答え
間を逐次記録し、身体活動量や運動量を算出する方
る者の主観が入り込みやすく、正確な表が難しいと
法である。記録に手間がかかること、活動の内容や
いう短所がある。
強度、間欠的に実施される活動の実施時間の評価に
個人の主観が入る余地があるという短所がある。
簡便性の観点からは、質問紙>活動量計・歩数計>
活動記録の順で、使いやすくなる。コストの観点から
②活動量計、歩数計
みると、質問紙>活動記録>活動量計・歩数計の順で
活動量計や歩数計を身に付けることで、毎日の活
費用がかからない。客観性・正確性の観点からは、活
動量を客観的に数量化して評価する方法である。機
動量計・歩数計>活動記録>質問紙の順で、正確とい
器が比較的高価であること、水泳や自転車運動など
える。いずれの方法にも一長一短がある。
での活動量を正確に評価できないなどの短所がある。
活動量計や歩数計は活動量や歩数を随時チェック
活動量計・歩数計を選ぶ際には、歩数測定機能につ
することができ、日々、目標の達成度について知る
いてJIS規格を満たしているか否かで判断すると良い。
ことができる。この特性から、単に評価の道具とし
てだけでなく、介入や行動変容のツールとしてとて
も有効であると考えられる。26の研究からの2,767名
29
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を対象としたメタ解析の結果、①活動量計を各人に
段階)、②活動ステージ(健康の恩恵を得る望まし
貸し出し、②介入前の活動量を明らかにし、③具体
い水準で運動しているが始めてから間もない段階)、
的な歩数の目標を設定し、④歩数や達成度を記録さ
③準備ステージ(望ましい水準ではないが自分なり
せ、⑤記録に基づき指導する、という介入方法によ
に(不定期)に運動している段階)、④熟考ステー
り、歩数計利用者はベースラインよりも1日当たり
ジ(運動の必要性を理解しているが実行できていな
2,183歩有意に増加させることができることが示唆さ
い段階)⑤前熟考ステージ(運動の必要性を十分理
れている14)。
解できないか、理解していても運動をする意欲がな
い段階)。図2にステージの分類チャートを示した。
運動・身体活動習慣のステージと
ステージ別の支援のポイント
個々人の運動習慣は常に同じステージにあるわけで
はなく、ステージの間を上下するものである。運動
個々人の運動習慣に対する意識や実施の現状は千
習慣を確立し逆戻りを防ぐためには、その時々のス
差万別である。個々人の運動習慣の現状に応じて運
テージに応じた取り組みが必要となる。
動を開始しないと、運動習慣を継続できないだけで
維持・実行ステージにある人は、自らのがんばり
なく運動による傷害が生じる可能性もあるので注意
を「賞賛」し、自分自身に「自信」をもつことが運
が必要である。MetSの人は、運動や身体活動を増や
動習慣の維持に重要である。準備ステージにある者
すことに関して抵抗感の強い人が多いことは容易に
には、自らを「激励」し、家族などの身近な人から
予想される。したがって、MetS解消のために運動・
の「支援」と、運動を行う環境を整えることが有効
身体活動を行う際には、自らの実践ならびに心理的
である。熟考ステージにある者には、糖尿病が治っ
準備段階(ステージ)がどこにあるのかについて把
た自分やお腹がすっきりして格好良くなった自分を
握しておくことが必要である。
「イメージ」し、運動を阻害する要因を探って取り除
個々人の運動・身体活動ステージは、おおむね5
くことが有効である。前熟考ステージにある者には、
つに分類することができる 。①維持ステージ(望
現状が続くことによる将来の問題から目を反らさな
ましい水準での運動を長期にわたって継続している
いようにする一方、運動ができない自分を否定しな
15)
図2 メタボリックシンドローム該当者のための運動・身体活動ステージチャート
1日30分の息が軽く弾む運動もしくはそれと同等の身体活動を週に5回程度、習慣的に行っている
はい
いいえ
6ヵ月以上継続している
今すぐに実行しようと思っている。
また、不定期でも行っている
はい
いいえ
はい
いいえ
6ヵ月以内に実行しようと思っている
30
はい
いいえ
維持ステージ
実行ステージ
準備ステージ
熟考ステージ
前熟考ステージ
褒める
傷害に注意する
倦怠感を予防する
恩恵を再認識する
運動のきっかけを
ちりばめる
親近者の支援を得る
具体的な計画を立てる
肥満を解消した自分を
イメージする
運動阻害要因を取り除く
短期的目標を設定する
運動の恩恵に気づく
大きな病気への
不安をもつ
周囲への迷惑を考える
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論 説
いでゆっくり見つめ直す猶予期間をもつべきである。
や内科的イベントに遭遇するリスクが高い。したが
さらに、「熟考」「前熟考」の人たちの運動の取り組
って、MetS該当者が運動を行う際には、十分なリス
みの当初に限れば、3日坊主を繰り返すような気楽さ
ク管理を行う必要がある。
で運動に取り組んでもらうことも行動の変容が促さ
高血圧症、糖尿病、脂質異常症などの既往歴が
れる方法の一つである。まずは始めてみて、将来に
ある者、服薬をしている者は、かかりつけの医師
向けて目標とする運動を長期にわたり継続する覚悟
の指導のもとに運動を行うべきである。疾患者や
していく意思を固めて行けばよい。
MetSとその予備軍の者は、6メッツ強度未満の運
MetSあるいはその予備軍の者は、準備もしくは
動・身体活動を選択して、実施することで、脳卒中
熟考ステージの者が多い。自らのステージを知り、
や心筋梗塞だけでなく傷害のリスクを下げることが
自分の心と話をしながら運動を継続していく必要が
できる16)。
ある。
2.傷害予防の徹底
運動と食事の組合せの重要性
MetS者やその予備軍の者は体重が重いので、歩行
程度の弱い運動・身体活動とはいえ、実施の方法を
運動や身体活動の量を増加させれば消費カロリー
誤ると膝や腰などに痛みがでる可能性が高い。その
が増えるのだから、体重が減るのが当然だと考える
ためには以下に示したような、さまざまな傷害予防
のは早計である。人とは因果な生き物で、気持ちよ
のための配慮が必要となる。
く運動をすれば、お腹が空き、その分食べてしまう。
・運動にふさわしい服装や傷害予防のための靴の選
結局、運動を頑張ったけれども、体重はあまり減ら
び方
なかったということはよくある。したがって、MetS
・運動前後の準備・整理運動の実施方法の指導
改善のためには、運動・身体活動支援だけでなく食
・実施運動種目の正しいフォームの指導
事・栄養支援が不可欠である。少なくとも、減量の
・膝や腰に整形外科的問題のある人への歩行以外の
ために運動や身体活動に取り組むときに食事の量が
増えないように配慮することが、減量を達成するた
めには不可欠である。
図3Aはエクササイズガイドに示された、内臓脂肪
運動種目の指導
・その他
運動指導を実施する際のリスクマネージメントの
ためのチェックリストを表2に示した。
減少シートである。エクササイズガイドはそもそも
まとめ
運動のための指針を示すものであるが、内臓脂肪減
少のためには運動によるエネルギー消費と食事減に
MetSやその危険因子の保有数は、動脈スティフネ
よる摂取エネルギー抑制の両方が推奨されている。
スなどの動脈系機能と関連している。MetSを改善す
このシートは腹囲をターゲットとして減量の道筋を
る、もしくは危険因子の保有数を減らすためには週
決定するためのツールである。
当たり10メッツ・時の運動量増加が必要である。運
図3Bはシートの内容とサンサン運動をベースに、
動のタイプとしては、動脈系機能の改善を視野に入
運動4:食事6の割合で減量の道筋を具体的にした例
れると、筋力トレーニングよりもウォーキングや水
である。エクササイズガイドに内臓脂肪減少のため
泳のような有酸素トレーニングのほうが適切であ
の最低必要量として書かれている10エクササイズ
る。これらの運動目標を達成するためには、自分の
(メッツ・時)の運動・身体活動だけで体重3kg、腹
現在の身体活動状況や運動への取り組みの動機付け
囲3cmの減量を達成するためには、9ヵ月もの期間を
を知ることが重要である。特定保健指導では運動と
要する。しかし、これに120kcalの食事制限を付加す
食事、さらには禁煙や正しい休養の方法など、生活
ると、4ヵ月で体重3kg、腹囲3cmを達成することがで
習慣全般の改善を促すことが重要であるため、運
きる。
動・身体活動指導は食事・栄養指導などとのバラン
運動・身体活動を支援する際の
リスクマネージメント
スを十分に考慮する必要がある。また、運動に伴う
けがや事故を未然に防ぐための準備も忘れてはなら
ない。
1.自分の疾患の状態を知る
MetSあるいはその予備軍の者は病人ではないが、
少なくとも健康な人と比較して、運動実施時に傷害
31
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図3 メタボリックシンドローム者のための腹囲減量シート(A)とその効果の一例(B)
A ■
急な減量は健康障害や
リバウンドのもと
脂肪1kg≒腹囲1cm
脂肪1kg=7,000kcal
食事だけではダメ
運動だけではムリ
B ■
メッツは安静時を1とした時の相対運動強度
メッツ×時間(時)
×体重×1.05=エネルギー(kcal)
10分の歩行=1,000歩
10メッツ・時/週の運動を実施
体重80kgで840kcal/週の運動
30分の速歩を週5回
1日の歩数を3,000歩増やす
組合せ
体重(脂肪)1kg≒腹囲1cm
脂肪1kg=7,200kcal
1ヵ月間継続
内臓脂肪の約2%減少
腹囲が約4mm減少
体重が約0.4kg減少
120kcal/日の食事減少
缶コーヒー1本
ハンバーガー半分
効果
<
内臓脂肪の約5%減少
腹囲が約10mm減少
体重が約1.0kg減少
3ヵ月間継続
8ヵ月間継続
3kg、3cmの減少
血圧、血糖値、中性脂肪の低下
32
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論 説
表2 安全に運動指導を実施するためのチェックシート(運動指導者用)
・心臓病、脳卒中、腎臓病、糖尿病、高血圧症、脂質異常症の患者は含まれていないか?
・運動前、中、後の体調のチェックを怠っていないか?
・準備・整理運動を指導したか?
・有酸素運動を中心とした種目選択をし、指導したか?
・3メッツ以上6メッツ未満の強度を選択し、指導したか?
・活動や環境にあった服装や靴を選んでいるか?
・けがをしにくい正しいフォームや方法を指導したか?
・外科的な障害の有無を確認し、それにあった種目選択と指導をしたか?
・万一の事故の際に、救命救急処置ができるか?
・万一の事故の際に、連絡や患者の運搬は速やかにできるか?
・対象者が指導者自身の監視外で運動・身体活動を実施するうえで、上記の項目に関して
自己管理できる指導が徹底されているか?
文 献
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