154 - 長岡工業高等専門学校

ものづくり授業における安全教育
(金沢工業高等専門学校)○天日三知夫,山田弘文,秋山晃,金井亮,小間徹也
1.まえがき
に関する内容とし,全学科共通のパワーポイント
ツール(以下,PPT とよぶ)を用いて安全教育を
実施している.しかし,上級生になるに従い,学
科による創造設計の内容が大きく異なってくるた
め,安全指針に沿ってはいるものの,専門性を加
味する必要上,学科単位で安全教育の内容が異な
ったものとなっている.
一方,卒業研究に携わる 5 年生に関しては,各
研究室で研究分野が異なるため,「研究室単位で
独自に作成している安全マニュアル」を用いて配
属先の卒研担当教員から安全教育を受けている.
また,各研究室では,学生が必要に応じてその都
度安全マニュアルを手に取ってみることが出来る
ように,救急箱や救急処置の手順パネルと一緒に
配置されている(図 2).
入学試験のとき,高専でやりたいことの 1 つと
して「ロボットを作って高専ロボコンに出場した
い」と,多くの機械工学科を受験した生徒が回答
している.この新入生のものづくりに対する興味
と意欲を失わせないために,機械工学科では1年
生から工作機械を使ったものづくりの授業を行っ
ている.
また,1 年生から最終学年の 5 年生まで,学生
が目標(Plan)を設定し,それに沿った意志決定
や行動(Do)
,省察(Check),改善(Action)の
PDCAサイクルを廻しながら,ものづくりにお
ける成功や失敗の体験の中から学習したことを能
力として蓄積していくために,どこかで必ず工作
機械に触れる機会を設けている.
本校機械工学科の安全教育は,学生の安全を確
保するという学校管理上の観点と,学生自身がも
のづくりに関心と興味を抱き,技術者としての心
構えと態度を身につけるための目的で実施してお
り,次のような構成となっている.
安全講習(含実習)
安全教育
ライセンス講習,ヒヤリ・ハット集
現場指導
上記内容を実施することにより,建学当初より
継続している全員参加のインターンシップ及びも
のづくり授業においては,無事故を達成すること
が出来ている.
以下,本校の取り組みについて事例報告する.
図1 安全教育に用いているテキスト
2.安全教育
年度当初のオリエンテーション期間中に全学生
に安全教育を実施し,安全に対する意識の高揚を
図っている.1,2 年生は「安全の手引」,3,4 年
生は「安全指針」のテキスト(図 1)を用いて各
創造設計担当者が実施している.
1,2 年生の場合,ものづくりの際の基本的な安
全確保や,日常生活全般に対する安全の取り組み
図2
研究室独自の安全マニュアルの設置
1,2 年生に実施している安全教育の主な内容と
1
しては,①安全とは,②安全についての心得,③
学園マナー,④安全行動と災害発生時の措置,⑤4
S,などである.図 3 はその実施の様子であり,
図 4 はその時の説明に使っている PPT である.
危険を感じた行為があった場合には,
「ヒヤリ・ハ
ット報告書」を書かせており,蓄積したデータの
活用方法について検討を行っていた.
これらの①~④の要件を満たすために,低学年
の 1 年生と 2 年生の「創造設計Ⅰ」と「創造設計
Ⅱ」の中で,工作機械を用いた授業に於いて活用
するための,安全に関する指導マニュアルを作成
することにした.なお,このマニュアルの作成に
当たっては,現在行っている安全教育よりも,さ
らに一歩踏み込んだ具体的な事例を交えた安全教
育ができるような内容を目指した.また,企業で
実施している安全活動を学校教育の中において前
倒しで実施するための安全マニュアルとして十分
に役立つような内容を目指した.
実際のマニュアル作成に当たっては,産学連携
事業でアドバイザー契約しているベテラン技術者
に協力を願って,最初にこれまで蓄積してきた「ヒ
ヤリ・ハット報告書」に目を通してもらった.次
に,専門知識の乏しい 1,2 年生が工作機械を使用
して加工する工程において想定される危険な行為
を企業人の目で洗い出し,その危険な行為と正し
い加工方法とを実際に再現してもらい,写真で対
比させた「ヒヤリ・ハット集」を作成した.
この想定集は学生のテキストに組み込むととも
に図 5 に示す「指導マニュアル」として作成し,
産学連携事業のプログラム評価委員会から,高い
評価を戴いた.また,「第 6 回全国高専テクノフォ
ーラム」1)や「第 10 回技術者導入教育研究会」2)
においても,反響が大きかった.
図3 1 年生の安全教育の様子
図4 1 年生の安全教育に使っている PPT
3.ヒヤリ・ハット集と KY 活動
3.1 ヒヤリ・ハット集の作成
「ヒヤリ・ハット集」の作成には,次のような背
景があった.
①平成 19 年度から創造設計の見直しが図られ,1
年生から工作機械を使用したものづくりの授業が
実施に移され,年度当初に実施している安全教育
だけでは学生の安全確保が難しいのではないかと
の意見が出された.
②平成 19 年度から 21 年度まで,文部科学省の選
定を受けて実施した「産学連携による実践型人材
育成事業」の中で,企業で実践している安全活動
を学校教育にも導入すべきとの提案がなされた.
③この COOP 教育に参画している企業へのアンケ
ート結果においても,新入社員教育の中で安全教
育に最も力を入れていることが明らかとなった.
④本校でも,これまで怪我はしなかったものの,
図5 指導マニュアル(安全編:ヒヤリ・ハット集)
3.2 ヒヤリ・ハット集を用いた KY 活動
作業開始前に,この「ヒヤリ・ハット集」を用
いて,当日の加工中に想定される危険な行為に対
して,現場でその都度説明を行い,KY 活動(危険
2
ており,特に作業開始から 30 分以内に集中してい
ることが明らかである.また,60 分,120 分,180
分での発生件数が多く,開始からほぼ 1 時間間隔
でヒヤリ・ハットが多く発生する傾向が読み取れ
る.
これらのデータが示している“作業開始直後”
にヒヤリ・ハット件数が多いのは,気持ちの切り
替えがうまくできていないために,作業に集中し
きれていないことが原因であることや,集中力が
持続するのはせいぜい 1 時間程度であり“緊張が
途切れるとき”が危険である点などについて,K
Y活動(図 8)で学生に注意を喚起している.
(K)予知(Y)のイニシャルを指す)を行うこと
にした.
このとき,実際に夢考房で発生している「ヒヤ
リ・ハット」がどのタイミングで発生しているか
を分析し,この点についてもKY活動の項目に加
えることにした.図 6 は学生が書いた「ヒヤリ・
ハット報告書」であり,2008 年度 1 年間に夢考房
で発生した「ヒヤリ・ハット報告書」に基づいて,
これらの項目と作業開始からの経過時間について
データをまとめたのが図 7 である.
図8 ヒヤリ・ハット集を用いたKY活動
4.夢考房
本校におけるものづくり教育の特徴は,1 年次
の段階から解の決まっていないオープンエンディ
ットなものづくりを実施しているところにある.
冒頭にも述べたが,機械工学科に入学してくる
新入生の多くは,「高専ロボコンをやりたい」との
強い意欲をもっている.そのため,1 年次から 4
科目 8 単位の専門科目を実施しており,中でも「創
造設計Ⅰ」では,ものづくりの楽しさや成功体験
を味わってもらうために,オリジナルな文鎮の設
計・製作を行っている.デザイン性を考慮した図
面を描き,工作機械を使って SS400 丸棒を加工す
る体験をさせている.
しかし,金属材料の特性や工具の材質,工作機
械の仕組みなどに関してほとんど知識がなく,図
面を書くこともおぼつかない 1 年生が,工作機械
を使ってものづくりをするためには,工作機械の
操作訓練と安全教育が必要不可欠である.以下に
そのために構築している仕組みについて述べる.
4.1 夢考房ライセンス講習
学生が自分のアイデアを形にするための,もの
ヒヤリ・ハット件数
図6 ヒヤリ・ハット報告書
9
8
7
6
5
4
3
2
1
0
5
10 15 30 45 60 90 120 150 180 210 240 270 300
作業経過時間(分)
図7 作業経過時間とヒヤリ・ハット件数の関係
作業経過時間に対するヒヤリ・ハットの件数は,
作業開始直後の 5 分以内にトラブルが多く発生し
3
づくりの場が夢考房であり,ここにある工作機械
の操作方法を教えるためのライセンス講習会が放
課後や土曜日に開講されており,講習会修了者は,
工作機械が自由に使えるシステムになっている.
この夢考房との連携を図り,学生の工作機械の
操作訓練と授業以外にも学生が自由にものづくり
ができる環境整備を整えている.1 年次の段階で,
図 9 の夢考房が実施している 3 段階の加工技能講
習のうち,STEP1 の安全講習と STEP2 の工作機
械の使用方法 7 コースの内,6 コースの受講を義
務づけている.
生に夢考房の活用を促している.また,月ごとの
講習日程表を掲示板に貼りだしたり,予約が Web
で出来るようにするなど,学生が講習を受けやす
いように,毎年改善が図られている.
4.2 夢考房での安全活動
各コースでは,それぞれの技能講習はもちろん
であるが,月ごとに提出された「ヒヤリ・ハット
報告書」の中で,特に危険と感じた事例を受講生
に紹介したり,工具の整理整頓や掃除の徹底など
の4S 運動にも力を入れて指導している.また,
図 11 に示すように,それぞれの工作機械に応じた
危険度を表示するプレートを工作機械に下げて注
意を促すなど,安全に対する様々な取り組みも成
されている.
図9 夢考房ライセンス講習の仕組みとゴールドカード
しかし,1 年次の創造設計Ⅰでは第 16 週から文
鎮の製作がスタートするため,STEP1 の安全講習
と STEP2 の講習のうち,文鎮の製作で使用する①
ボール盤,②フライス盤,③旋盤の講習に関して
は授業中に実施している.また,STEP2 の残りの
④溶接,⑤板金,⑥木材加工の講習は各自で放課
後や土曜日に受講することになる.
さらに,この6つのコースと7つめの⑦電気・
電子も受講し,STEP2 の全コースを受講した学生
に対して表彰制度を設け,図 10 のように表彰式で
学生は賞状とゴールドライセンスカードの他に,
副賞として工具キットもしくは購買部で使えるプ
リペイドカードがもらえるようになっており,学
図 11 旋盤に下げられている危険度表示プレート
5.あとがき
新入生のものづくりに対する興味と意欲が失せ
ないように,1年生から工作機械を使ったものづ
くりの授業を行うため,ヒヤリ・ハット集を用い
た KY 活動を始めとして,安全に対する様々な取
り組みを実施している.その結果,当面の安全は
確保されているものの,さらに改善の余地があり,
学生の安全確保のために,そして,ものづくりに
取り組む前向きな姿勢と集中力を養い,技術者と
しての心構えを身につけるためにも,今後も地道
に安全活動を実施していく所存である.
参考文献
1)天日 他:「第 6 回全国高専テクノフォーラム予稿集」,
pp.19-20(2008)
2)天日三知夫:「16 歳からの“将来の工場長”育
成教育プログラムの開発と実施」,第 10 回技術者
導入教育研究会(2008)
図 10 夢考房ライセンス講習表彰式
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