女性アスリートのコンディショニング

◆ 女性アスリートのコンディショニング
1.女性アスリ-トのコンディショニング
『スポ-ツ、運動アラカルト』の第12号「女性とスポ-ツ」
、第29号「コンディショニング」
についてお話しましたが、テレビで先頃、東京女子国際マラソンオリンピック選考会が行われ野
口みずきさんが優勝していましたし、山形県でも女子駅伝が行われ山形チ-ムがデッドヒ-トの
すえ優勝、残念乍ら新庄最上チ-ムは最下位に終わりましたが、女性アスリ-トのコンディショ
ニング作りは本人はもとより指導者も大変苦労なされるのではないかと推察した次第です。
そこで今回は「女性アスリ-トのコンディショニング」について考えてみましょう。
一般女性においては勿論ですが、女性アスリ-トにとって競技能力を最大に発揮するために、
心身におけるコンディションを整えておくことが一番重要なことです。普通、これらの女性アス
リ-トは月経を有する性成熟期にあるので、月経周期によっては必ずしもベストコンディション
とは言い難い状態にあることも想像されます。
特に月経前に起こる抑うつ、イライラ、不安
判断力の低下などの精神症状や、乳房痛、腹
部膨満感、吐き気、頭痛、疲労、脱力感、食
欲不振、イライラ、下痢、憂鬱などの病的症
状を有する月経困難症を伴う際には、ベスト
パフオ-マンスを保つことが難しいと思われ
ます。確かに女性アスリ-トには、一般女性
よりも月経前症候群や月経困難症を呈するも
のは比較的少ないと思われますが、全然ない
とは考えられません。女性アスリ-トといっ
ても取り組む競技内容は色々で、競技毎にど
う影響あるのかを説明しなくてはならないの
だが、詳細な研究報告はまだ無いようです。
月経周期のうち、卵胞期における心身の変化は割と少ないようであるが、黄体期には色々な心身
変化があるとの報告もあるようです。特に暑い中で長時間の運動を行うと、早く疲労が黄体中期
に見られるといいます。黄体期に長時間の運動を行うと、体温の上昇や心臓血管系が緊張状態に
なるなどの影響があるようです。耐久性を必要とする競技をやっている女性アスリ-トは、特に
試合が高温多湿の所で開催される場合は、月経周期と試合のスケジュ-ル調整することが望まし
いと思います。女性アスリ-トにとっては、月経周期によるホルモン要因を考えたコンディショ
ニングを行うべきです。月経の発来を初経、永久的閉止を閉経といっていますが、平均的日本人
女性では約 12 歳で初経を迎え、約 50 歳で閉経を迎える訳ですが、その間約 38 年間にわたり月経
がある訳です。月経は約 1 ヶ月の間隔で起こり、限られた日数で自然に子宮内膜からの周期的出
血ではあるが、
、性成熟期の女性の正常月経周期は 25~28 日(変動は6日以内)月経持続期間は
3~7日で平均 4.6 日とされています。
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では、月経周期に起こる症状にはどんなものがあるかといえば
1.月経前症候群
月経前3~5日の間に続く精神的あるいは身体的症状で、
月経が始まるとともに減退ないし
消失するもので、紀元5世紀頃に作られた世界最古の臨床医学書といわれた「傷寒論」に、症
状の特徴と適用方剤が記載されていますし、西洋においては 1931 年に Frank という人が、月
経前7~10 日頃に精神緊張症状を主として、喘息、てんかん、浮腫などの症状が現れ月経開
始と共に消失する月経前緊張症例を発表しています。その後 1953 年には Greene という人が、
精神症状のみならず月経前に心身ともに起こる症状を一括して月経前症候群とすることを提
唱し、WHO(世界保健機構)に採用されました。月経前症状にはイライラや憂鬱などの精神
症状、
「乳房緊満感、むくみ、頭痛、下腹部痛、膨満感、疲労感」などの身体症状、集中力・
意欲の低下、食感の低下、強い眠気などの社会的行動の変化と、広範囲にわたりその数 150~
300 ともいわれています。
月経前不快気分障害
A.過去1年の間の月経周期のほとんどにおいて、以下の症状の5つ(またはそれ以上)
が黄体期の最後の週の大半に存在し、卵胞期の開始後2、3日以内に消失し始め、月経
後1週間は存在しなかった(1)
、
(2)
、
(3)又は(4)のいずれかの症状が少なくとも1
つ存在する。
(1)
著しい抑うつ気分、絶望感、自己卑下の観念
(2)
著しい不安、緊張、
“緊張が高まっている”とか“いらだっている”という感情
(3)
著しい情緒不安定性(例:突然、悲しくなる、または涙もろくなるという感じ、
または拒絶に対する敏感さの増大)
(4)
持続的で著しい怒り、易怒性、または対人関係の摩擦の増加
(5)
日常の活動に対する興味の減退(例:仕事、学校、友人、趣味)
(6)
集中困難の自覚
(7)
倦怠感、易疲労感、または気力の著しい欠如
(8)
食欲の著明な変化、過食、または特定の食物への渇望
(9)
過眠または不眠
(10) 圧倒される、または制御不能という自覚
(11) 他の身体症状、例えば、乳房の圧痛または腫脹、頭痛、関節痛または筋肉痛
“膨らんでいる”感覚、体重増加
注:月経のある女性では、黄体期は排卵と月経開始の間の時期に対応し卵胞期は月経
とともに始まる。月経のない女性(例:子宮摘出を受けた女性)では、黄体期と
卵胞期の時期決定には循環血中性ホルモンの測定が必要であろう。
B B.この障害は、仕事または学校、または通常の社会的活動や他者との対人関係を著しく妨
げる(例:社会的活動の回避、仕事または学校での生産性および効率の低下)
C.この障害は、大うつ病性障害、パニック障害、気分変調性障害、または人格障害のよう
な他の障害の症状の単なる悪化ではない(但し、これらの障害のどれに重なってもよい)
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D.基準A、B、及びCは、症状のある性周期の少なくとも連続2回について、前方視的に
行われる毎日の評定により確認される(診断は、この確認に先立ち、暫定的にされても
よい)
月経前困難症は、ストレスが大いに関係しているといわれます。また、家族背景に神経症傾
向や適応障害、感情障害、アルコ-ル、薬物依存、うつ症型を示すものが多いという報告や、
遺伝的要因も関係しているという報告もあります。
スポ-ツは月経前緊張症状改善に有効であ
ると考えられていますが、うつ状態の改善にも有効であるといわれています。規則的なスポ-
ツはストレスを解消し情緒を改善するといわれ、うつ状態の改善効果も期待されます。運動に
よる発汗は浮腫改善効果もあり、強度の運動時には鎮痛効果(オピオイドという物質が分泌さ
れるため)といわれています。
2.月経前不快気分障害
月経前症候群の中でも精神症状の重い状態をいいます。月経前症候群の約2~8%に認め
られます。そこで月経前不快気分障害の診断基準表を呈示しました。
月経前症候群の主な症状
身体的症状
精神的症状
社会行動における症状
下腹痛・下腹部膨満感
イライラ
睡眠の変化
乳房痛・乳房緊満感・乳房過敏
易怒性
集中力の低下
腰痛・足腰のだるさ
抑鬱感
食欲の変化(食行動の変化)
頭痛・頭重感
意欲の減退、無気力 行動力の低下
むくみ
情緒不安定
ひきこもり、臥床傾向
皮膚(肌荒れ、にきび、吹き出物)
不安感
判断力・調整力の低下
頭皮・頭髪の症状(ふけ、脂っぽい頭皮・頭髪) 涙もろい
記憶力の低下
のぼせ
性欲の変化
神経過敏
胃腸症状(嘔気、嘔吐、便秘または下痢)
めまい
口渇
この基準では、精神症状を中心としてあげられた11項目のうち5項目以上であれば月経
前不快気分障害です。この中に「著しい抑うつ気分、不安緊張、情緒不安定、怒り」の4症
状のうち少なくとも1つの症状があることが条件です。中でも「著明な抑うつ感、不安感、
情緒不安定、集中困難過食過眠」が上げられ易怒性、衝動性が制御不能感をもって現れます。
このときは抗うつ薬を服用するほかはありません。
3.運動性無月経
ハ-ドなスポ-ツを常に行うと、それまで整順であった月経が停止して無月経になること
が知られています。それは体脂肪の減少、ストレス、内分泌の三つが重なって起こるといわ
れています。これは、妊朶性障害や骨代謝や心臓血管系にも大きな影響を及ぼすことが明ら
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かになっています。アスリ-トの中には競技力向上のために性機能を犠牲にしている人もお
られますが、本人はもとより、指導者たちも含めて正しい理解により性機能を維持しながら
競技力を向上させることを考えていただきたいものです。
「目標とする競技会や試合が、月経
周期のどの時期に行われるか」ということは女性アスリ-トにとって重要な事となることが
あります。多くの場合は「試合が月経と丁度重なってしまいそう」という訴えです。月経困
難症や月経前症状のあるアスリ-トにとっては勿論、月経はパフォ-マンスを低下させる原
因の一つですが、経血や装具を気にしながらでは集中できないという理由で、月経中の競技
会を遠慮するアスリ-トも多いそうです。最近は、月経開始前約1週間から月経までの時期
にコンディションの不良を訴えるアスリ-トが多いということです。そういうことで競技会
に影響しないように、月経の時期を調節したいという希望が出てくるのは当然です。では、
月経周期のコントロ-ルは実際にどのように行われるかというと、イベントや競技会の前、
数日間前より低用ピルを1日1錠服用していることが多い。服用を中止すれば2~5日で性
器出血が起こります。しかし、中用ピルには嘔気、胃部不快感、にきび、浮腫、体重増加、
頭痛などの副作用が時にはあるので、低用ピルをすすめます。競技会より充分前にピル内服
を中止することで、
「月経を早める」方法ならば、内服時期に競技会が重ならないため良い方
法の一つであると思われます。月経随伴症状を避けるのみならず、コンディショニングの一
つとして月経時期の調節を行うという考え方がスポ-ツ現場に導入されつつあり、低用ピル
を活用することで月経調節を可能にする一方法もあると思います。
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