米大統領選挙でのオバマ氏勝利がもつ意義 人種差別を越え、真の民主主義を実現できるか 長谷川 了一(FC 事務局長) 米国は自由・平等・民主主義の国ではない 白人優越と人種差別がまかり通っている国 アメリカは、けっして自由・平等・民主主義の 国ではなかった。そのアメリカで、アフリカ系 アメリカ人(黒人系アメリカ人あるいはアフリ カン・アメリカンとも呼ばれる)のバラク・オ バマが大統領選挙で勝利した。私はこれまでア メリカ社会を押しつぶし、社会進歩の大きな障 害となってきた人種の壁・人種差別の巨大な山 が動いたことに大きな感動を覚えた。 黒人・インディアンを抑圧し続けた歴史 率直にいってアフリカ系アメリカ人が大統 領に当選するには、まだ相当の年月がかかるだ ろうと思っていた。白人の間にはまだ大きな抵 人に対する社会的・経済的差別は大きく残っ 抗感があるのではないかと思っていたからだ。 た。だから、1955 年、アラバマ州モントゴメ 白人がアメリカ大陸にやってきてから以降の リーでの人種隔離バスのボイコットを出発点 500 年間のアメリカの歴史は、アメリカインデ とする、大衆的な非暴力直接行動を武器にした ィアンを殺戮し、彼らの国と土地を奪いつづけ た歴史である。また、1619 年からはじめられ た奴隷制のもとで、黒人奴隷の血と涙で一部白 人が巨万の富を築いてきた歴史である。アメリ カは 1775 年から戦争を戦って、イギリス本国 から独立したが、それは白人だけの独立と自由 を実現したものにすぎなかった。 奴隷解放後もずっと続いた黒人差別体制 その後、1861 年−1865 年にかけて 5 年間の激 しい国内戦争・南北戦争を戦い、憲法が修正さ 公民権運動が発展したのである。マーチン・ル ーサー・キング牧師が率いた運動は、63 年首 都での 25 万人の大集会で頂点に達した。64 年 に公民権法、翌年には投票権法が制定され、建 国後 2 世紀を経てようやく黒人は法の下での 平等をほぼ達成した。にもかかわらず、黒人の 経済状態はこんにちまで依然として劣悪な状 態におかれたままである。 白人優越思想と「1滴の血の掟」 れ奴隷制度は廃止された。しかし、南部各州で アメリカの人種差別は「白人か、白人ではな は黒人差別体制「ジム・クロウ」が横行し、黒 いか」を峻別するところからはじまる。オバマ は父がケニア人で、母は白人である。日本人の ある)が轟然と動きだした。今回の大統領選挙 感覚では、文字通りハーフである。だがアメリ 結果は、貧困と格差を深刻にし、金融危機をも カでは、彼は黒人としてみなされる。南北戦争 たらした新自由主義の経済政策などにたいす 後、憲法が修正され奴隷制度が廃止され、黒人 る、アメリカ国民の強い批判を表現している。 奴隷を解放せざるを得なくなった南部諸州で 人種の壁を超えた共同が生れてきている は、白人と黒人の「分離」(=差別)を徹底さ 白人の若者たちは「私たちの世代はみんな混 せるための法律が作られた。この法律のなかで ざり合っている。黒でも白でもオレンジでもブ 「黒人」の定義が必要となった。多くの州では ルーでも関係ない」、「人権意識に世代ギャッ one drop rule(ワン・ドロップ・ルール、一滴 プがあるなら、若者が年配者を教育し直さなき でも黒人の血が混じっていると黒人とみなす) ゃ」と語っている(「朝日新聞」08 年 11 月 7 で判断することにした。まさに「1 滴の血の掟」 日付)。若者の意識は人種差別の巨塊をごろり である。この掟は、白人優越思想に立ったもの と動かし、人種の壁を乗り越えたのだ。 であることは明白だ。このように、アメリカで このように、今回の大統領選挙運動では人種 の人種差別の根底にはずっと「白人か、白人で を超えた共同がすすめられ、第 2 次世界大戦後 はないか」がおかれているのである。 最大の民衆運動といわれた公民権運動をもし ブッシュ・ノーから「チェンジ」へ 共和党ブッシュ政権が 8 年間にわたって行 のぐ熱気と規模の運動となった。 ほんとうの民主主義への歩みが始まるか ってきた政治は、強欲・無責任・凶暴・縁故の もちろん、アフリカ系アメリカ人オバマの大 政治であり、アメリカは八方塞がりの状態に陥 統領当選やそれを実現した選挙運動で、人種差 っていた。低信用層向け高金利型(サブプライ 別や人種の壁が終焉を迎えたとは言えない。今 ム)住宅ローン破たんをきっかけとする金融危 回の選挙の過程で生まれた人種の壁を超えた 機、住宅・不動産関連、さらに製造業での雇用 共同はまだまだ萌芽的なものにすぎない。 縮小は米経済全体に影響を与え、雇用環境を悪 また、世界の平和と日本にとってかかわりが 化させている。九月の失業率は全米平均で6・ 深いイラク戦争・アフガン戦争に対するオバマ 1%となり、国民のなかの貧富の格差は歴史上 政権の対応ははっきりとは見えてはいない。し 最大となり、国民の生活が極めて不安定かつ深 かし、にもかかわらず、今回の大統領選挙をう 刻な状態になった。アメリカは「貧困大国」に けて、アメリカ社会が新しい民主的活力を発揮 落ち込んでしまっていた。 する転機となることを私は期待したい。 オバマはこの点に焦点を絞り込んで、アメリ ようやくアメリカ人も、アメリカ社会の根本 カの変革=チェンジを訴えた。人種の壁を乗り 的変革−いっさいの差別が存在しないほん 越えることができればチェンジは可能だとの とうの民主主義、真の自由・平等の実現を目指 オバマの訴えに、黒人の多くはもとより、白人 して大胆に動き出したのではないかと、期待を の若者たち(アメリカでは 18 歳から選挙権が 込めて刮目している。
© Copyright 2024 Paperzz