HDL 3 mg/dLを指摘された男性

動脈硬化
Q&A
HDL 3 mg/dL を指摘された男性
■ 症例 32 歳 男性。
■ 病歴 30 歳のときに会社検診で血清 HDL-C 低値(3 mg/dL)を指摘される。近医受診し経過観察
されていたが改善傾向なく当院へ精査目的で紹介受診となった。生来健康であり消化器、循
環器症状等は無い。既往歴 特になし。家族歴 両親健在。喫煙なし、飲酒付き合い程度。
薬剤の服用なし。
■ 身体所見 身長 163 cm、体重 63 kg、血圧 130/88 mmHg、両眼角膜混濁を認める(図 1 参照)
。
黄色腫、アキレス腱肥厚なし。腱反射異常なし。
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■ 検査所見 血算 WBC 4300/mm 、RBC 419 万 /mm 、Hb 13.4 g/dL、Ht 40.8 %、Plt 15.7 万 /mm
生化学 GOT 24 U、GPT 19 U、LDH 191 IU/L、TP 7.6 g/dL、ALB 5.1 g/dL、T-Bil 3.3
mg/dL、D-Bil 0.8 mg/dL、BUN 8 mg/dL、Cre 0.71 mg/dL
脂 質 関 連 TC 124 mg/dL、HDL-C 3 mg/dL、TG 190 mg/dL、ApoAI 34 mg/dL、
ApoAII 2.8 mg/dL、ApoB 90 mg/dL、ApoCII 3.2mg/dL、ApoCIII 5.2 mg/dL、ApoE 4.8
mg/dL
リポタンパク電気泳動 図 2 参照
尿検査 尿糖(−)
、尿タンパク(−)、潜血(−)
心電図 異常なし
胸部レントゲン 異常なし
図 1 図 2
+
−
質問 1) 疑われる疾患は?
質問 2) 診断の確定や治療を進めるにあたり必要な検査は?
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解答および解説 1)
3 mg/dL という著しい HDL 低値である一方で計算式およびアポ B、アポ CII、アポ CIII 値から
LDL-C 値(81mg/dL)はほぼ保たれている。ディスク電気泳動から LDL ピークに比べて HDL と
VLDL の低下がみられ、LDL から VLDL に向かって軽度の異常リポタンパクが蓄積している(図 2 参
照)。このように著明な低 HDL 血症と軽度の異常リポタンパクが見られる。病歴から HDL 低下を引
き起こすような疾患や薬剤の既往がなく、またこの状態が継続していることから原発性低 HDL-C 血症
が疑われる。原発性低 HDL-C 血症の原因としてまず鑑別する疾患に家族性レシチンコレステロールア
シルトランスフェラーゼ(LCAT)欠損症、タンジール病、アポ AI 欠損症があげられる。それぞれ特
徴的な臨床症状を伴うことが知られる。LCAT 欠損症では角膜混濁が特徴的である(図 1 参照)。他の
疾患でも見られることがあるが LCAT 異常による角膜混濁は全例に見られ程度も強い(周辺から進行
するため視力障害は初期から主訴にはならない)。一方、本症例は他の原発性低 HDL-C 血症で見られ
ることがあるオレンジ扁桃、黄色腫、神経障害、脾腫などは見られない。このような臨床的観察から
家族性 LCAT 欠損症がもっとも疑われる。
解答および解説 2)
家族性 LCAT 欠損症はまれな常染色体劣性疾患であり、現在のところ世界で 80 症例ほど報告され
ている。とりわけ、北欧や我が国での報告が多い。コレステロールのエステル化に重要な酵素 LCAT
の酵素欠損や活性低下によりさまざまな症状が生じる。びまん性の角膜混濁、溶血性貧血が代表的で
あり、リポ蛋白それぞれでエステル比の低下、HDL-C 値の極度の低下がみられる。血中では nascent
HDL 様粒子とともに異常リポタンパクが出現し、中性脂肪の軽度高値やディスク電気泳動における異
常所見として確認できる。アガロース電気泳動では Lp-X がみられる。臨床的にもっとも重篤な症状は
蛋白尿の出現から腎不全に至る進行性の腎障害である。これは異常リポタンパクが腎臓に蓄積するこ
とにより生じる。一方で、LCAT 酵素の異常があるにも関わらず腎障害にいたらない症例もあり Fish
eye disease(FED、魚眼病)と区分されている。強い角膜混濁を有するにも関わらず他の臨床症状は
明らかには進行しない、これらは LCAT の基質に対する異常が異なることによるとされる(α- および
β-LCAT 活性)
。FED はα-LCAT 活性のみ障害され引き起こされる。したがって正確な診断には、リ
ポタンパク精密解析や基質の内容を考慮した LCAT 活性さらに LCAT 遺伝子解析が必要となる。本
症例は、LCAT 遺伝子にアミノ酸置換を引き起こす遺伝子異常を有する FED 症例であることがわかっ
た。合併症の精査に、眼科的検索、貧血精査、とりわけ腎生検を考慮する必要がある。動脈硬化が進
展した報告は少ないが検討が必要となる。脂肪負荷試験で中性脂肪含有リポタンパクがうっ滞する。
治療は対症療法が主体であるが、食事管理が有効であった症例や酵素補充目的で輸血が行われた症例、
腎移植が行われた症例などが報告されている。現在、恒常的な LCAT 補充を目的として遺伝子導入前
脂肪細胞を用いた細胞移植治療が開発されその臨床試験が申請されている。
武城 英明(千葉大学大学院医学研究院臨床遺伝子応用医学)
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