「中村天風に学ぶ成功哲学」 2010 年 12 月 4 日 1.経歴 U 1876 年、現東京都北区王子で出生。王子村(現北区王子)や本郷で幼少を過ごした後、修猷 館中学(現・修猷館高校)に入学。剣術と居合も修行した。幼少期より官舎の近くに住んでいた 英国人に語学を習い、修猷館ではオール英語の授業を行っていたため語学に堪能になる。柔道部 のエースとして文武両道の活躍をするが、練習試合に惨敗した熊本済々黌生に闇討ちされ、その 復讐を行う過程で相手を刺殺(ただし正当防衛は認められた) 、修猷館を退学になる。 16 歳の時に頭山満の紹介で陸軍の軍事探偵(特殊工作員)となり、満州へ赴く。軍事探偵と して活躍し「人斬り天風」と呼ばれたという。1904 年(明治 37 年)3 月 21 日コサック兵にと らわれた三郎は 銃殺刑に処せられるところであったが、ギリギリの瞬間に部下に救出された。 113 名いた軍事探偵のうち日露戦争から生還したわずか 9 名のうちの 1 人。 日露戦争後 30 歳にして、奔馬性結核を発病。33 歳の時、病気のために弱くなった心を強くす る方法を求め、アメリカへ密航する。アメリカ、ヨーロッパで各界の著名人に会う機会を得るが、 いずれも納得の行く答えを得ることができなかった。1911 年日本への帰国の途上、カイロにてイ ンドのヨーガの聖人、カリアッパ師と出会う。そのまま弟子入りし、ヒマラヤ第 3 の高峰、カ ンチェンジュンガのふもとで 2 年半修行を行う。 1913 年日本へ帰国途上、中国で孫文の第 2 次辛亥革命に「中華民国最高顧問」として協力。 その謝礼として財産を得た。東京実業貯蔵銀行頭取などを歴任、実業界で活躍する。 1919 年突然感じるところがあり、一切の社会的身分、財産を処分し、 「統一哲医学会」を創設。 街頭にて教えを説き始める。政財界の実力者が数多く入会するようになり、会は発展してい く。1968 年12 月 1 日死去。享年 92。(Wikipediaより) H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H 2.心が身体を作る U 「人間の地獄を作り、極楽を作るのも心だ。心は我々に悲劇と喜劇を感じさせる秘密の玉手箱 だ」 「幸福も健康も成功も、ほかにあるんじゃないんですぜ。あなた自身の中にあるんだぜ。全て の幸福や好運は自分が呼び寄せなければ来やしないんです」 「 『人間とは感情の動物』ではなく、『感情を統御できる生物』なり」 「 『肉体は道具』。肉体を自分だと思って生きていくと、命の生きる力が衰えてくるんですよ。 おなかが痛いのも『今、俺の命を生かすために使う道具である肉体の腹の所が痛いんだ。私が痛 いんじゃない。私が生きるために必要な道具のお腹が痛い』と思えばいいんだよ」 3.言葉の力 U 「お互いに勇気づける言葉、喜びを与える言葉というような積極的な言葉を使う人が多くなれ ば、この世は期せずして、もっともっと美しい平和な世界になる」 4.感謝の念 U 「もしも自分の望むものが自分のものにならなかったら、現在持っているものを価値高く感謝 して、それを自分のものにしてゆきなさい」 「病になっても、運命が悪くなっても感謝するんです」 「常に、心の中に感謝と歓喜の感情を持たせるよう心がけることである。何でもいいから、感 謝と喜びで人生を考えるよう習慣づけよう」 1 4.寝る前に U 「夜の寝がけは、それがたとえ嘘であってもほんとうでも、その考え方が無条件にわれわれの 潜在意識の中に、すっとはいって来る」 「寝ている間、あなた方の命を守ってくれている大宇宙は、ただ守ってくれているばかりでは なく、疲れた体によみがえる力を与えてくれている」 5.チャンスをつかむ方法 U 「チャンスに直面した際、無駄に迷いためらわないことである」 「颯爽たる決断力を持って、万事を排して、チャンスをキャッチすべしである」 6.笑いの効用 U 「 “笑い”というものは、人間に与えられた特別なものに外ならなのです」 「笑いは無上の強壮剤であり、開運剤なんです」 「悲しいことやつらいことがあったら、いつにも増して、笑ってごらん。悲しいこと、つらい ことの方から逃げていくから」 「朝起きると、まず第一に、ニッコリと笑う。そして『今日一日、この笑顔を壊すまいぞ!』 と自分自身に約束する」 【引用】 「ほんとうの心の力」 中村天風 PHP研究所 「成功の実現」中村天風 日本経営合理化協会出版局 「君に成功を贈る」中村天風 日本経営合理化協会出版局 2
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