バスケットボールにおけるミニゲームに関する一考察 鈴

福岡教育大学紀要,第65号,第5分冊,103   106(2016)
バスケットボールにおけるミニゲームに関する一考察
A Study of the mini-game in Basketball
鈴 木 淳
Jun SUZUKI
福岡教育大学保健体育講座
(平成27年 9 月30日受理)
Abstract
The object of this study was to make the difference between the mini-game and the task-game in
learning of physical education .
As a result, the following thing is considered.
1) A mini-game is the one in which something which should also be called a device of the practice to
which various leaders went in the past was stated expressly as the item while not meaning a special new
game and indicating new directionality of the practice by which offensive and defensive maintenance and
offense and defense change and say a game.
2) When a task-game is mixed with the drill-game which handles the tactical contents and handles the
technical contents, it'll be a mini-game and one which means the same contents mostly.
Key words : Basketball mini-game task-game drill-game
1.はじめに
公益財団法人日本バスケットボール協会(以
下,JBA)は,2014 年に「バスケットボール指
導教本改訂版[上巻]」(以下,改訂版指導教本)
を刊行した。
バスケットボール指導教本は,JBA 公認コー
チライセンス取得のためのテキストとして,日本
におけるバスケットボールの指導理念や指導方法
について,その内容と方向性について示したもの
である。初版は,2002 年に刊行されている。
改訂版では,初版と比べると新たに「ミニゲー
ムを使った指導」という項目が盛り込まれた。そ
して,ミニゲームとは,「全習法と分習法のちょ
うど中間のような位置づけで,基本的な技術を
ゲームのある特定の状況で発揮する能力を高める
ために実施する」と定義づけている。
一方,体育の学習においては,タスクゲームと
いうものが存在し,ドリルゲーム→タスクゲーム
→メインゲームという流れの中でタスクゲームと
いうものが位置づけられている場合がある。
改訂版指導教本におけるミニゲームは,体育の
学習におけるタスクゲームに相当するものと一般
には考えられている。改訂版の指導教本におい
て,ミニゲームに対してタスクゲームとして表現
することも可能であったが,体育の学習または,
他競技との差別化をはかり,ミニゲームという言
葉を用いることになったという経緯がある。
競技としてのバスケットボール,体育の学習と
してのバスケットボールは,その目指すべき方向
性は異なるが,選手及び生徒にバスケットボール
の技術・戦術をどのように身につけさせるかとい
う指導の方向性は同じであり,そういった中でミ
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ニゲームとタスクゲームといった同様な内容を意
味する用語が氾濫しているのは好ましい状況では
ない。
また,タスクゲームとミニゲームに限らず,ド
リルゲームというような競技としてのバスケット
ボール指導の中では個別の練習メニューを指し示
す「ドリル」という用語がそれとは異なった意味
で用いられている状況も看過できない。
そこで,本研究では,改訂版指導教本における
ミニゲームと体育の学習におけるタスクゲームの
違いを明らかにし,それぞれの用語の意味する内
容を整理することを目的とした。
2.改訂版指導教本におけるミニゲームについて
その定義については先述したとおりである。改
訂版指導教本の中では,その定義の他に,ミニ
ゲームの基本的な考え方として「状況判断の重
視」「テーマに合わせたミニゲームの考案」が述
べられている。
状況判断の重視については,すでに身につけた
技術をミニゲームの中で発揮できるように条件を
設定する必要があるとしている。ここでいう技術
は,動き・動き方を意味していると考えられる。
すでに身につけられた動きをある場面や状況の中
で,ある課題を解決するために適切に用いること
ができて初めてバスケットボールにおける技術と
いうことができるのであるが,場面や状況が出現
するための条件設定,解決する課題は何かという
課題設定がミニゲームにおいて必要ということを
意味するものと考えられる。テーマに合わせたミ
ニゲームの考案は,まさにこの課題設定に該当す
るものと考えられる。
場面や状況を設定するには,バスケットボール
はどのような特性があるのかを知る必要がある。
改訂版指導教本では,バスケットボールの構造的
特性の一つとして,バスケットボールは攻撃と防
御が存在し,それぞれに目的があること(表 1),
また,攻防は常に切り替わることを挙げている。
攻防は,まずボールの所有というものが最初の
争点となり,ボールを所有した方が攻撃,そうで
ない方が防御となる。攻撃は得点を入れることが
最大の目的となり,そのために,1 シュートをす
ること,2 防御の崩れをつくりそれを利用するこ
と,3 最低限ボールの所有を維持することが大切
になってくる。一方,防御は得点を入れられない
ことが最大の目的となり,そのために 1 ボールを
奪取すること,2 防御の崩しを最小限にすること,
3 シュートを打たせないことが大切になる。
表1 攻撃と防御の目的
攻撃
争点 1
防御
ボールの所有
争点 2
得点する
1)シュートを打つ
目的
得点させない
1)ボール所有を奪う
2)防御を破り,つく 2)破ろうとする攻撃動作に対応
3)ボール所有の維持 3)シュートさせない
表2 ミニゲームづくりの留意点
1.人数とコートの広さ
2.ドリブルの制限
3.ボール保持者に対するディフェンスの制限
4.動ける範囲の制限
5.エリアに応じたディフェンスの制限
6.エリアに応じたオフェンスの制限
7.ボール接触に関するパスの制限
8.パスにおける得点の工夫
9.オフェンスとディフェンスの対峙を維持するための工夫
10.達成目標
攻撃は,その目的の優先順位が高いものにした
がって行動するのであるが,それは防御の状況に
よって変わる。防御も,その目的の優先順位が高
いものにしたがって行動するのであるが,それは
攻撃の状況によって異なる。そして,そのような
攻撃と防御が常に入れ替わりながら行われる。こ
のことから,バスケットボールにおける場面や状
況は攻撃と防御が入りまじった状態から生み出さ
れると言える。
改訂版指導教本では,単純な動きをただ繰り返
すだけの指導や動きの型を中心に習得するような
従来の指導から,バスケットボールの特性を踏ま
えて場面や状況を理解し,それに見合った技術・
戦術の選択・実行というものを重視している。そ
れは,バスケットボールに限らずサッカーなどで
も同様の流れがある。そう考えると,ミニゲーム
はそういった指導法の流れの中に位置づけられる
ものと考えられる。
次に,ミニゲームを実施する際の具体的な条件
ついてみていくことにする。挙げられているのは
全 10 項目である。
表 2 をみていくと,ある程度バスケットボール
を指導している者にとっては特別なものはないこ
とが分かる。技術的・戦術的な課題に応じて表に
あるような条件をつけながら攻防の練習を行って
いくことはごくごく一般的に行われていることで
バスケットボールにおけるミニゲームに関する一考察
ある。
通常の練習の中で,5 対 5 のゲームばかりは行
わないことはすぐに理解できると思われる。1 対
1,2 対 2,3 対 3,4 対 4,攻防どちらかの人数を
少なくした 2 対 1,3 対 2,1 対 2 などを行いなが
ら,課題とする技術や戦術を習得していくのであ
る。
そう考えると,競技としてのバスケットボール
を指導する際の通常の練習の内容は,攻防が存在
すれば,すべてミニゲームとして位置づけられる
とも考えられる。
これらのことから,ミニゲームとは特別な新た
なゲームを意味するものではなく,攻防の維持,
攻防の切り換え,ゲーム性という練習の新たな方
向性を示しながら,従来様々な指導者が行ってき
た練習の工夫とも言うべきものを項目として明文
化したものに過ぎないと考えられる。つまり,ミ
ニゲームとは考え方であるとも言えるのである。
3.タスクゲームについて
タスクゲームとは,学ばせたい戦術的な行動が
ゲーム中に出現するように,ルールそのものを課
題に対応させてゲーム化したものを指すと言われ
ている。ミニゲームとの違いは,「基本的な技術」
が「戦術的な行動」に変わっていることである。
そうなると,技術を中心とするものがミニゲーム
で,戦術を中心とするものがタスクゲームである
と言うこともできる。
しかし,その具体的な内容をみると改訂版指導
教本の中では「身につけた技術」を扱うことに
なっているが,ミニゲームに戦術的な行動が含ま
れるのは当然のことと思われる。状況判断に関す
ることなどは戦術的な内容である。
タスクゲームは,ドリルゲームと並んで紹介さ
れることが多い。ドリルゲームは,ゲームで必要
とされる個人技能を練習させる際に練習そのもの
をゲーム化したものをいう。つまり,ドリルゲー
ムは技術を中心に扱った内容と言える。
また,ドリルゲーム→タスクゲーム→メイン
ゲームというように,メインゲームというものが
設定されていることもある。メインゲームとは,
バスケットボールで言えば 5 対 5 の通常のゲーム
ということ出来る。
一方,メインゲームが児童・生徒の能力に見合
うようにルールを変更したゲームを指すこともあ
る。こういったことは,「メイン」をどこにする
かの違いだと思われる。メインを通常の 5 対 5 の
ゲームとすれば,そこでの戦術的な課題を身につ
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けるためにルール等を変えたゲームがタスクゲー
ムになるであろうし,児童・生徒の能力に見合う
ようにルールを変更したゲームをメインゲームと
すれば,そこでの戦術的な課題を身につけるため
にルール等を変えて行うゲームがタスクゲームに
なるであろう。
まれに,タスクゲームの後にミニゲームを挟ん
でメインゲームという流れもあるが,このミニ
ゲームはタスクゲームとして考えることができ
る。
これらのことから,タスクゲームは戦術的な内
容を課題とし,ドリルゲームは技術的な内容を課
題にするゲームだと考えることができる。
これを先述のミニゲームと比較整理して考える
と,ミニゲームはドリルゲームとタスクゲームを
含む包括的な概念であると考えることができる。
4.「ゲーム」という表現について
ゲームとは,1)遊びごと,遊戯 2)競技,試
合,勝負,などの意味があるが,何らかの形で競
い合うものと考えることができるだろう。
競技としてのバスケットボールにおいては,バ
スケットボールは「勝負を争う遊びごと」なのだ
からという考え方のもと,練習全般を通してゲー
ム性を加えていくことが一般的である。つまり,
攻防が存在し,攻防の切り換えなども含めながら
技術的な課題,戦術的な課題に取り組むというも
のである。攻防があることによって,競技,試
合,勝負の側面が生まれ,勝ち負けを争う遊びご
とになり得る。
体育の学習では,ドリルゲームとタスクゲーム
に分けて,ドリルゲームは技術的な課題,タスク
ゲームは戦術的な課題を中心に扱っている。ドリ
ルゲームでは,攻防が存在することはまれであ
る。攻防が存在すると技術的な課題を中心に扱っ
ているとはいえ,戦術の要素が含まれると考えら
れる。 その場合,どのような要素でもって「競技,試
合,勝負,遊び事」を確保しているかといえば,
ドリブルやパスなどを実施する際に時間制限を加
えてその中での回数を争ったり,シュートが入っ
た本数・回数を争ったりしている。
つまり,ドリルゲームでは回数や本数を競う意
味でのゲーム性,タスクゲームでは攻防の中での
ゲーム性を意味していると考えられる。また,競
技としてのバスケットボールでは,攻防が存在
し,攻防の切り換えを伴う,いわゆるミニゲーム
を通してゲーム性を発揮していくと考えられる。
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5.「ドリル」という表現について
ドリルとは,「知識・技能を習得するための反
復練習,また,反復練習による指導法」と定義さ
れているが,ドリルゲームといった場合,何らか
を反復練習するという意味では捉えにくい。ドリ
ルゲームは,技術を中心に扱うものであるから,
技術を反復練習するということでは,その実態と
合わない。
技術を反復練習するという指導法は,従来日本
において伝統的に行われてきたことである。技術
をそれを用いる状況や場面をそれほど考慮するこ
となく動きの型を覚えるかのように繰り返し繰り
返し練習してきた。反復練習によって技術を身に
付けるという考え方が一般的であった。
そのように考えていくと,従来は反復練習に
よって身につけていった技術,それを習得するた
めにゲーム性を加えたものがドリルゲームという
表現になったのではと推測される。
6.まとめ
本研究では,改訂版指導教本におけるミニゲー
ムと体育の学習におけるタスクゲームの違いを明
らかにすることを目的とした。
ミニゲームとは特別な新たなゲームを意味す
るものではなく,攻防の維持,攻防の切り換え,
ゲーム性という練習の新たな方向性を示しなが
ら,従来様々な指導者が行ってきた練習の工夫と
も言うべきものを項目として明文化したものと考
えられる。
タスクゲームは,ミニゲームの中でも戦術的な
内容を扱い,技術的な内容を扱うドリルゲームと
合わせるとミニゲームとほぼ同じ内容を意味する
ものと考えられる。
参考文献
出原泰明(1991)体育の授業方法論.大修館書店
今井 茂樹(2007)見通しを持って楽しむやさし
いボールゲーム.学事出版
G.シュテーラー,I.コンツァック,H.デブ
ラー(1993)ボールゲーム指導大辞典.大修館書
店
公益財団法人日本バスケットボール協会(2014)
バスケットボール指導教本改訂版[上巻].大修
館書店
文部科学省(2008)小学校学習指導要領解説体育
編
文部科学省(2008)中学校学習指導要領解説体育
編
園山 和夫(2001)新学習指導要領による中学校
体育の授業・上巻.大修館書店
高橋 建夫(1994)体育の授業を創る . 大修館書
店
高橋 建夫(2000)新学習指導要領による小学校
体育の授業 7.大修館書店
髙橋建夫(2010)体育科教育学入門.大修館書店
梅村 和伸(2001)新学習指導要領による高等学
校体育の授業・上巻.大修館書店 2001