1.はじめに シリーズ構成第7回目「処置」を担当します。北海道留萌消防組合消防署小平支署に 勤務しています、勝原盛と申します。 今回は、高齢者の処置について私の少ない経験の中から述べさせていただきます。 2 . 高齢者に多いとされている病態 【脳の疾患】 ・脳出血・くも膜下出血・脳梗塞・脊髄小脳変性症・パーキンソン病 ・アルツハイマー型認知症・脳血管性認知症 【心臓系の疾患】 ・狭心症・.心筋梗塞・慢性心不全・急性心不全 【胃腸系の疾患】 ・胃潰瘍・十二指腸潰瘍・胃がん・腸閉塞・大腸がん 【肝臓系の疾患】 ・胆石症・胆のう炎・肝硬変 【呼吸器系の疾患】 ・気管支喘息・肺気種・肺炎・肺結核 【泌尿器系の疾患】 ・尿路感染症・前立腺肥大症・慢性腎不全 【関節・骨の疾患】 ・関節リウマチ・変形性関節症・骨粗しょう症 【目の疾患】 ・白内障・緑内障・糖尿病性網膜症 【皮膚の疾患】 ・褥創・疥癬 【慢性的な疾患】 ・高血圧症・糖尿病・高脂血症・.閉塞性動脈硬化症 【外傷のよるもの】 ・橈骨下端部骨折・大腿骨頚部骨折・大腿骨骨頭骨折・肋骨骨折・上腕骨外科頚骨折 ・腰椎椎体圧迫骨折 【薬物中毒】 ・複数の薬剤の服用・誤飲などがあげられます。 3.代表的な疾患 高齢者の処置としては、心肺停止時の救命処置をはじめ外傷での固定や被覆、体位管理、 保温などが主な処置となりますが、処置を施す際に患者の主訴や受傷機転を正確に判断し なければ適当な処置は行えません。次は代表的な疾患と処置について、症例をもとに報告 いたします。 ○ 脳病変の処置 事例 1) 76 歳 男性 通 報 内 容: 昨日から頭痛が治まらず、少し前から行動がおかしいので救急車をお願いしま す。 要 請 時 の 状 況:5日程前から頭痛を訴えていた。今朝になり急に服を脱いだり、意味不明 の言葉を発するなど異常が見られたため、救急要請する。 現 着 時 の 状 況:自宅居間から独歩にて救急車内に収容、意識レベルはⅠ桁 2 見当識が見ら れた。主訴は、頭痛、嘔気を訴えており、脳の病変を疑った。 車 内 の 状 況:バイタルは BP-155/82mmHg、BT-39℃、SPO2-89%、搬送途上2回の 嘔吐あり。 項部硬直を確認したことから、クモ膜下出血、髄膜炎を疑い、発熱があったことから脳炎、 髄膜炎を疑う。 診 断 : 髄膜炎 処 置 : 嘔吐時の体位管理 脳の病変を疑っての出動でしたが、頭痛、嘔吐、発熱がありさらに髄膜刺激症状が見ら れたため、脳炎、髄膜炎を疑いました。髄膜炎には主にウイルス性髄膜炎、細菌性髄膜炎、 流行性脳脊髄膜炎、真菌性髄膜炎、がん性髄膜炎などがあります。症状は「 発 熱 」、 「激し い 頭 痛 」、「 嘔 吐 」 が 主 ですが、他にけいれん、意識障害や脳神経麻痺がみられることも あります。今回は、結果的にくも膜下出血ではありませんでしたが、独歩での収容は患者 の病状悪化(くも膜下出血での再出血など)につながる可能性もあり安易な収容は慎むべ きと反省した事例です。 ○ 事例 泌尿器疾患の処置 2) 82 歳 女性 通 報 内 容:高熱で歩くことが出来ません。座薬を使いましたが、39℃の熱がありますので 救急車をお願いします。 要 請 時 の 状 況 : 昨日発熱の為、近医に受診するも脱水と診断され点滴を受け帰宅するが、 今日になり再度発熱、39℃前後の高熱が続いたため座薬を用いたが改善せず、救急車を要 請する。 現 着 時 の 状 況:自宅居間のソファーに座った状態で意識レベルはクリア。主訴は、腰背部 痛。 車 内 の 状 況:バイタルは BP-113/51mmHg、P-104、BT-39.3℃、SPO2-99%、既往 歴に糖尿病とパーキンソン病。排尿時に疼痛があることを聴取する。 診 断 : 尿路感染症 処 置 : 腋下部の冷却 尿路感染症とは「腎盂腎炎」「膀胱炎」「尿道炎」などで、そのほとんどが、大腸菌、 腸球菌、ブドウ球菌などによって引き起こされます。細菌が外尿道口から逆行性に入り 込んで発症することが多く、また、自覚症状が少ないために、気づかない間に腎機能が 低下してしまう事があります。女性に多く「 排 尿 痛 」「 頻 尿 」「 尿 混 濁 」が 三 大 症 状 で あ り 、 腎 盂 腎 炎 で は こ れ に 高 熱 と 腰 痛 が 加 わ り ま す 。 事例では、当初、風邪症状と思 い冷却を実施しましたが、排尿痛があることを聴取し、尿路感染症を疑いました。冷却は 意味がなかったようです。 ○ 事例 骨折の処置1 3) 80 歳 女性 通 報 内 容 : 母が自宅で転倒し、痛がっているので救急車をお願いします 要 請 時 の 状 況:トイレ前の廊下で、足を滑らし転倒する。意識消失はなく家族が自家用車 で病院へ受診を試みるも痛みを強く訴えるため運ぶことが出来ず救急要請となる。 現 着 時 の 状 況 : 居間に側臥位の状態でおり、大腿部の痛みを訴えていた。 診 断 : 大腿骨頸部骨折 処 置 : マジックギプスによる固定。 固定処置 写真 1 ほとんどの患者は受傷部位を上にした側臥 位の状態で安静にしています。 この状態が、一番痛みが少ないようです。 写真2 患側の腰部・大腿部・下腿部を陰圧式ギプ スで固定していきます。当然ながら、痛み を確認しながらの手技となります。 ギプスは一側を半周のみ固定します。 写真 3 スクープストレッチャーに固定しますが胸 部側のベルト位置(下方へ)をずらし腰部 と大腿部を交差する形で固定します。装着 時の苦痛・搬送中の振動も少なくしっかり と固定されているようです。 (特に冬道の悪路では威力を発揮します) 写真 4 病着後の取り外しでも苦痛を与えないよ う で す 。ベ ル ト を 外 す と 簡 単 に 取 り は ず せ ます。 大腿骨頸部骨折 主訴は、足の付け根を痛がっている、右または左の腰が痛い、歩けないといった内容 でほとんどの方が同じような痛みを訴えます。患者の苦痛を和らいで搬送することが大 切となります。ショックなどもなくバイタルが安定している場合は、しっかりとした固 定で動揺を与えない搬送を考えるべきです。 ○ 骨折の処置 事例 4) 2 82 歳 男性 通 報 内 容 :夫が2∼3日前から腰痛で起き上がることが出来ない状態なので救急車をお願 いします。 要 請 時 の 状 況:診療所医師の往診による、痛み止め注射を打っていたが、良くならず起き 上がることも出来なくなる。 現 着 時 の 状 況 : 寝室ベッド上に仰臥位の状態で背部及び腰部の痛みを訴えていた。 診 断 : 腰椎圧迫骨折 処 置 : スーパーケッドでの固定。 固定処置 写真 5 写真 6 スーパーケッドを用い腰部と下腿を固定 スクープストレッチャーへ収容 。 写真 7 腰椎圧迫骨折 腰椎圧迫骨折ですが、若い人には何とも考えら れない原因で起こることがあります。 就寝中、時として自然に骨折していたり、起き 上がろうとしたとき、動けなくなったり、ポ キ ッ という音や感じがしたとも訴えることがあ りました。 搬送には動揺による痛みの軽減を考えますが、搬送時間が長かったり、路面の状態が 悪い場合など、しっかりとした固定をするべきです。しかしながら装着時に苦痛を与え たり病院への収容後の離脱時に再度苦痛を与えることもあります。 ○ その他の症例 事例 5) 82 歳 男性 通 報 内 容:○○さんが梯子と梯子に挟まれている状態です。救急車をお願いします。梯子 も必要かと思います(梯子と梯子?梯子が必要?)。救急隊及びポンプ隊が出動する。 要 請 時 の 状 況:屋根に積もる雪庇を落とそうと屋根に上がるも、滑って転倒し梯子の桟と 桟の間に挟まった状態で動くことができず、叫び声に妻が気付き近隣へ助けを要請し消防 通報となる。 現 着 時 の 状 況:屋根に梯子をかけた状態で上半身は屋根にうつ伏せ状態、下半身は梯子の 桟に足がかかっている状態で降りることも登ることも困難な体勢でいた。意識レベルは、 清明、主訴は特にないが動くことができないとの事であった。 状 況 よ り : 傾斜も強く、かなり滑る屋根であった。 腰部が梯子の桟に挟まれ、上半身は屋根にうつ伏せになった状態で体を起こすことが出来 ないようであり、下半身は足が梯子の桟にかかっているも膝を曲げることが出来ず、身動 きが取れない状態。 処 置 : 梯子の桟をノコギリで切断して救助完了する。 再 現 写 真: 実際に使われた梯子は木製の物でしたが、同じものがなくアルミ製二連梯子で の撮影です。 写真 8 写真 9 屋根に上がった途端に転倒する。 転倒と同時に体が滑り出し梯子の 桟と桟の間に足が入ってしまう。 写 真 10 そのまま滑り続け腰の部分で停止する。 写 真 11 腰部が固定された状態となり両下 肢は梯子の桟により膝が曲げられな い。 写 真 12 実際の現場写真です。梯子の桟を切断し 救助する。 写真 13 実 際 の 現 場 写 真 。梯 子 の 桟 を 切 断 した直後です。 事故後、直ぐに妻が発見し、通報も 早かったこともあり、救出まで10 分程度でした。 また、梯子が倒れることもなく転落 による受傷もありませんでした。 もしも、発見が遅れていたら、低体温症や最悪凍死も考えられる事故であり、単身世帯者 の場合では通報はおろか発見さえされなかったかもしれません。 高齢者の方は、一般成人と比べ体力や筋力も衰えており、今まで可能であった行動が制 限されてしまいます。今回は怪我もなく、処置を行うことはありませんでしたが、一つ間 違えると大事故につながった高齢者の事故事例でしたのでご報告させていただきます。 5 おわりに 高齢者の処置について、私の少ない経験からまとめさせていただきました。 年齢だけは毎年増えていきますが、経験はそれとは逆に忘れる一方で減っていくよう です。 今回、高齢者の救急出動において体験したことを書かせていただきましたが、高齢者 の方は身体面や精神面で多くの方が不安を抱いているように思います。高齢者の救急対 応執筆メンバーに選ばれたことで、私自身今一度、高齢者の対応について見直す良い機 会となったのかもしれません。 氏名 勝原 盛(かつはら さかり) katsuhara.jpg 所属 留萌消防組合消防署小平支署 救急・警備係長 年齢 48歳 出身 北海道留萌郡小平町 救命士 ELSTA 消防士拝命 昭和57年4月 救急救命士資格取得 趣味 東京研修所 平成14年4月 お酒・トライアスロン
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