オートバイの免許試験

【タイトル】12 年間場面緘黙を続けた女子高校生の事例
【著者】川俣由美子(1987)
【雑誌】九州大学心理臨床研究, 6, 60-77.
概要
幼稚園からずっと場面緘黙を続け、登校拒否を繰り返してきた女子高校生の 2 年間、62
回の面接過程の報告である。
クライエント(T 子)は、来談時 15 歳の高校 1 年生であった。主訴は、幼稚園時から家
から外に出ると話さない、学校を休むもしくは登校しても早退するであった。T 子は担任の
勧めで、小学 2 年、4 年のときに児童相談所で遊戯治療を開始したが、数回で中断している。
中学 2 年時に他校の養護学級への転校に伴う判定を受けており、知的に軽度の遅れがある
とされている。
T 子の面接過程は、4 つの時期に分けられる。第Ⅰ期、Ⅱ期は、ほぼ毎週 1 回 50 分間の
面接を行い、第Ⅲ期、Ⅳ期は隔週の面接を行った。
第Ⅰ期 「箱庭の世界」
(第 1 回~第 19 回)
初回、T 子はうつむいて固い表情であり、面接室に入室すると全身がこわばり動けなかっ
たが、治療者(Th)の話しかけにうなずいて返事をした。2 回目よりノートに伝えたいこ
とを書いてきてもらうことにし、T 子の得意な折り紙をすることにした。第 10 回から箱庭
について筆談で質問に答えた。
第Ⅱ期 「プレゼントの時期」(第 20 回~第 35 回)
第 20 回から T 子は箱庭を作らなくなった。T 子は Th からの語りかけに首をふって返事
したり、単語レベルであれば声に出して返事したりした。ゲーム中であれば、単語か 2~3
語文程度自然に声が出るようになった。第 28 回から T 子が作ったお菓子などを Th にプレ
ゼントするようになり、第 35 回は 2 人分のサンドイッチを用意し Th と公園にピクニック
に行った。
第Ⅲ期 「家族の話」
(第 36 回~第 44 回)
父親や母親、弟などの家族の話を Th にするようになった。T 子は父親に勧められてバイ
クの免許を取ることにし、免許試験に 1 回で合格した。バイクを買ってもらい父親と一緒
に練習を始めた。
第Ⅳ期 「終結期」(第 45 回~第 62 回)
銀行や買い物などにバイクで 1 人で出かけるようになり、店の人に何か聞かれても返事
ができるようになった。面接室では T 子が 1 人で時間いっぱいしゃべるようになり、教会
のクリスマスのミサに参加した際は大勢の前で自己紹介できた。T 子は治療を通して日常生
活ではほとんど困らない程に会話ができるようになったが、その話し方はまだどこか機械
的で不自然であった。高校は退学したが、治療終結の翌年から和裁専門学校に通い始めた。
T 子は 2 年間の治療で改善はみられたが、自然な感情表出がことばに出せるようになるま
でにはもう少し時間がかかりそうである。面接過程を通して、T 子は安心して自分を表現で
き、受け入れられ認められる体験できたと考えられる。バイクの免許試験に合格したこと
で社会的にも認められ、T 子の自尊心は大いに高まった。今後、この自尊心がもっと確かな
自信へつながっていくことが望まれる。