平成27年8月16日 人種差別撤廃施策推進法案に対する意見書 先般

平成27年8月16日
人種差別撤廃施策推進法案に対する意見書
先般,参議院に提出された「人種等を理由とする差別の撤廃のための施策の推進
に関する法律案」(以下,「法案」という。)について次のとおり意見する。
第1
我が国における人種等を理由とする差別の実情
私の知る限りでは,我が国における人種等を理由とする差別は,特定の人種,国
籍,世系又は犯罪経歴を理由とする他の者と差が生じることとなる公益追及の範囲
を超えるものである。
第2
人種等を理由とする差別に対する基本姿勢
人種等を理由とする差別は,何らかの問題を解決し,又は,何らかの事態に対抗
する手段となり得ないことは明白であり,むしろ,関係を悪化させるおそれがある。
人種等を理由とする差別は,許されないことであり,人権感覚の普及を行うことが
喫緊の課題であると考える。
我が国は,日本国憲法の下に基本的人権が保障されている。この基本的人権は,
憲法上,日本国民のみが享受することとなっているが,七十年前と比べて我が国及
び国際社会の状況は変化している。渡航者の往来及び短期・長期滞在者も多数みら
れることや人権擁護の理念を考慮するに,参政権などの我が国に重要な影響を及ぼ
す諸権利を除いては,等しく人権が保障されるべきであると考える。
何を人種等を理由とする差別とするかは,人によって若干の違いがあるが,公益
追及の範囲を超えない限度において行われる表現活動について法案が適用されるこ
とがあってはならないと考える。
第3
法案第二条関連
法案第二条第二項には,人種等の定義として「人種,皮膚の色,世系又は民族的
若しくは種族的出身」が定められている。県民性をテーマとする創作物(テレビ番
組,アニメーションなど)について取り扱う際に,いわゆる自虐思考の表現を行っ
た場合に「種族的出身」を理由とする差別的な行為となり得るために,法案の規制
を受けるおそれがある。当然,単に中傷をする目的で行われる行為や他の法律に抵
触する行為は規制されるのが自然なことである。人種等の定義が広域にわたると創
作にかかる配慮が相当なものとなる。
密に定義すればするほどに抜け穴が生じてしまうおそれがあるが,ある程度は密
に定義しなければ解釈の仕方次第であらゆるものに規制をかけることになってしま
うからマスメディアや創作者らが,自粛の念を抱くことを否めない。
第4
法案第三条関連
しばしば用いられる「不当な」であるが,この定義を法に示さないにしても,あ
る程度の指向を情勢に応じて固めること,及びこれを所掌する組織が必要である。
この点は,人種等差別防止政策審議会(以下,「審議会」という。)が陣頭を執るこ
とが望ましいと考える。
第5
法案第十二条関連
教育機関において,人権教育が積極的に実施されているように思えない。また,
その質や指向は従来から不変なものであるように思える。差別的行為の多くは人権
というものを理解しているが,これを害することに抵抗を感ずることがないがため
に行われるだと考えられる。また,従来から不変の人権教育では,これら無抵抗な
感覚は払拭できず,その教育に対しては,煙たがられるだけであるように思える。
構造物を創作するように初歩的なことから高度なことまでを順に学習することが
必要である。要するに,年齢に応じた学習の方法である。
「自分がされて嫌なことは
他者にしない」というものがあるが,これは小学四年生あたりまでの教育方法であ
ると考える。ある程度の年齢に達すれば憲法との関係や道徳教育と深く交えた教育
が必要である。
教育基本法第三条の崇高な理念に基づき,青少年のみならず成年についても同様
に教育が図られるべきである。
「気分を害する」という理由を示すよりも「何ら良い
結果を招かず平穏な関係を築くことができない」と示した方が良い場合もある。
人権教育や啓発については,工夫が求められる。
第6
第十五条関連
公布前や施行前に行われた新法の適用を受け得る行為については,これを適用し
ないというのが通説である。ただ,インターネット上における行為は,その行為の
効果を無効としない限りは,継続してその行為が行われているものと解されるため
に,仮に施行前に行われた新法の適用を受け得る行為であっても,新法の適用を受
けるといえる。
その関係で,第十五条にインターネットサービス事業者に対する支援を規定して
いるものと思慮される。付帯して,特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限
及び発信者情報の開示に関する法律(平成十三年十一月三十日法律第百三十七号)
について,改正がないのが残念である。
第7
第三章関連
政令委任がなされているから,全容がつかめないが,審議会に人種等を理由とす
る差別に当たるか否かを審査する権限を第二十条第二項第四号の所掌事務に付帯し
て,付されることが望ましいと考える。また,法令等と同様にパブリックコメント
の導入も必要であるといえる。
第8
人権の擁護
法案は,人種等を理由とする差別を国として推進することを目的としており,人
権を擁護するものといえる。その人権を擁護するために,行為者の人権が不当に侵
されてはならない。法案は,罰則規定がないから「この法律の適用に当たっては,
国民の権利を不当に侵害しないように留意し,その本来の目的を逸脱して他の目的
のためにこれを濫用するようなことがあってはならない。」という規定がないと思慮
される。
人権に対する考え方は不変でありながら多種多様であることを鑑みるに,罰則規
定がなくとも先述の規定には意味があると考える。
第9
1
罰則規定
罰則規定の利点
法案に罰則規定がないのは,インターネット上における行為者,プロバイダ及
びインターネットサービス事業者に配慮したものと顧慮するが,遺憾である。
個人情報の保護に関する法律(平成十五年五月三十日法律第五十七号)にあっ
ては,個人情報の漏洩については罰則がないが,主務大臣の発する命令違反や主
務大臣に対する虚偽の報告については罰則がある。いじめ防止対策推進法(平成
二十五年六月二十八日法律第七十一号)には,全くもって罰則規定がない。
個人情報の保護に関する法律が施行されてもなお,個人情報の漏洩に関する事
件は発生している。いじめ防止対策推進法が施行されてもなお,教育委員会や学
校側の対応不足や隠蔽が発生している。
一概に個人情報の保護に関する法律に個人情報の漏洩に対する罰則規定やいじ
め防止対策推進法に罰則規定がないことに問題があるとはいえない。また,罰則
規定を設ければ事態が収束するかと問われれば一概には答えることができないし,
縛ることに積極的になる必要はないと考える。しかし,抑止力という観点からい
えば罰則規定は有効である。
2
罰則を規定するに当たり留意すべきこととなる点
仮に罰則を規定するとしても,これはこれで問題が生ずる。先述のとおり,人
権擁護という名目において不当に別の人権を侵すことがあってはならない。だか
らといって,審議会に強い権限を与えることは,控えるべきである。
審議は公に開かれるべきで,審議会以外からの意見も聴取すべきであると考え
る。また,法案にあるとおり審議会は絶えず情報を収集し,人権について研究し
なければならない。十五名以内に留まる委員は非常勤である。常勤と非常勤の差
は時間数であるし,常勤とすると給与も検討しなければならないから非常勤が妥
当であると考えるが,情報の収集や人権の研究を考えるに,できるだけ定期的に
審議会に与えられた事務を処理できるようにされなければならないと考える。
当然,関係行政機関の長との連携が欠かせず,審議会は人種等を理由とする差
別に関する件について陣頭を執る役を担う必要があり,人種等を理由とする差別
に関する件に時間を多く割くことができない関係行政機関等を考慮し,法案第十
二条及び第十三条に係り助言を行う必要があると考える。
第10
期待
法案が懸念なき形となり,これが可決され,適正に施行され,もって人種等を理
由とする差別が抑止され,人権教育等の普及を期待する。