SaaS(Software as a Service)システム構築に関して 茅 竹† †筑波大学大学院ビジネス科学研究科 E-mail: †[email protected] サービスとは何かを考えることは難しい.サービスという用語は様々な分野で定義されている.本稿で は,利用者に提供されるサービスの手段と提供者がサービスを提供する目的という視点を取り入れ,そ れぞれソフトウェアサービスとビジネスサービスという用語を導入した.我々は,SaaS によってビジネ スを成功させるためには,両者の対応付けが重要であると考える. 1. 立場の表明 稿では,中古車販売事業を例題として取り上げ,オブ ジェクト図とサービス連携のシーケンス図を用いて, 顧客がサービスを利用することによって得られる価 SS を抽出し,さらに BS を例示する.その上で,BS 値とは,顧客が受ける利益から顧客が支払うコストを を抽出する際の留意点を考察し,BS と SS の対応付け 差し引いたものであり,かつ,顧客が必要としている ガイドを提案する. ときに,必要な商品やサービスを享受できるというこ とである 1).本稿では,SaaS の立場から,サービスと は,利用者に提供される価値であると定義する 2). SaaS では,利用者に提供されるサービスの手段とし 3. 研究の成果と研究の経過 3.1 SS の抽出 中古車販売事業のシナリオは次のとおりである. て,サービスはソフトウェアによって提供される.本 ある日,筑波にいる大塚一郎氏は中古車販売会社 A 稿ではこのサービスを, 特にソフトウェアサービス (以 社に,自分用にレガシー1台を,東京にいる息子の大 下 SS という)と呼ぶ. 塚太郎氏用にアコードを1台注文した.大塚一郎氏が これまで,SS は,ユーザの視点とベンダあるいはプ 買い求めたレガシーは A 社の商品であったら,アコー ロバイダの視点からそのメリットが議論されてきた 3). ドは他社の商品であった.このシナリオに基づいて作 SaaS はソフトウェアをサービスとして提供するとい 成したオブジェクトを図 1 に示す.図 1 では, 「 (中古 う新しいビジネスとなりつつあるが,問題がないわけ 車を)注文(する) 」という SS を抽出されている.以 ではない.たとえば,SaaS を提供する側には膨大な初 下,オブジェクト図中,サービスオブジェクトとなる 期投資が必要であり,サービスの保守や運用のために ものには, 「by サービス」というステレオタイプを用 もコストを支払わねばならない.そのため,サービス いて表す. の提供がサービスを提供する企業の収益に貢献しない 可能性がある.すなわち,サービスを提供する側は, サービスを提供することによって,ユーザのニーズを 満足すると同時に,自社のビジネス上のメリットが得 なければならない.本稿は,企業がビジネス上のメリ ットを得る目的で提供されるサービスを特にビジネス サービス(以下 BS)と呼ぶことにする. 2. 研究の目的 サービスを提供する企業が求める収益を明確に定義, あるいはモデル化し,企業のビジネス上のメリットを 満たす BS を,ユーザに提供する SS と対応づける手段 を開発することとともに,SS を構築する留意点を明ら かにするために,我々は研究を行ってきた. BSとSSとを対応づける手段を議論するにあたり, 如何にして BS を抽出するのかを本稿で議論する.本 図 1 中古車注文のオブジェクト図 同様に,輸送依頼機能,スケジューリング機能が抽出 でき,これらを含めた販売サービスを利用者に中古車 販売会社が提供できるサービスとして想定できる. 3.2 BS の分析 とによって,A 社とビジネスパートナがそれぞれ,相 上記の例の場合,大塚一郎氏は,希望する車を中古 手のニーズを満足させると同時に自分の利益を最大化 車販売会社 A 社で購入することできた.大塚一郎氏は することが実現できるようになる.提供者間の連携に 満足だったかもしれないが,A 社のホームページに掲 よって,お互いに SS を調達し,自社の弱みを補完す 載されていた他社のアコードを選んでしまったため, ることができるようになれば,自社の強みについては A 社はアコードの在庫があっても,提携他社のアコー 初期投資をし,また,サービスの保守や運用のために ドを売ることになった.これでは,A 社は中古車販売 コストを支払ってもコアビジネスの成功によって投資 がコアビジネスであるにも関わらず,車の販売はでき の効果は得られるであろう.弱みについては,サービ ず,他社からの手数料しか得られない.中古車のため スの利用代金を支払うだけで補うことが可能となる. の販売サービスを A 社が開発し,それを同業他社に SaaS として提供し,その利用料が得られたとしても, 構築された販売サービスはA社にとってビジネス上の メリットはないことになる.このような SS は中古車 会社にとって BS とはいえない. SaaS のもう一つの問題が,同様の SaaS を導入した のでは,他社との差別化ができていないことである. SS を BS にするためには,自社が保有する中古車が売 れる機構を SS に取り込む必要がある.たとえば,注 文 SS では,自社商品を優先的に表示させたり,商品 の付加価値を顧客に周知させる機構を取り入れたりす るなどの機能を盛り込む必要がある. 3.3 BS と SS の対応付け 以下は,この BS と SS とを対応付ける方法を考察す る.図 2 に,BS と SS とを対応付けるイメージを示し た.サービスの利用者がサービス提供者にサービスを 要求する. サービス提供側は SS を利用者に提供する. 図 2 BS と SS を対応付けるイメージ図 4. 課題 その機能はクライアントソフトウェアに取り込まれて (1) BS と SS の対応付けガイド分類方法の再検討と, 使われる. 精査,拡充が必要である. このSSを実現する構成要素にBSを取り込むために (2)SS と BS の定量化までには至っていない.影響因 は,BS が SS の集合として定義されていればよい.た 子の解明,解析方法の検討が今後の研究に委ねる. とえば,BS とは,業務支援機能やビジネスの効率化と (3) サービスの提供者と利用者の間,サービスを利 いった非機能が要求されることになろう.すなわち, 用することに伴って,両側がお互いに影響し,状態 SS は社外向けのサービス,BS は社内向けのサービス の変化が発生する.この変化を SS と BS に取り込む とも言える. 提供者はそれぞれ自分のビジネスゴール, 必要がある. 経営戦略,経営リソースを持つ.そのため,SS が同じ でも,それを支える BS は提供者によって異なること になろう.これによって他者との差別化を図ることが 可能となる.利用者はより高度な SS を求め,サービ スを提供する提供者の側では,自社にとってのビジネ スを最適化する BS を求めればよい. 次に,提供者間連携という側面について考察する. 中古車販売会社 A 社にとって,同業他社のビジネスパ ートナには 2 つの側面がある.1 つは,A 社に他社が 提供する SS,もう 1 つは,ビジネスパートナが A 社 に提供する SS である.それぞれの SS に各社の BS が 取り込まれる.このようなサービス連携を実現するこ 参考文献 1) フィリップ・コトラー(著), 大川 修二(翻訳), 恩藏 直人(著) : コトラーのマーケティング・コンセプト,東 洋経済新報社, 2003. 2) 茅 竹,中谷 多哉子: SaaS(Software as a Service) システム構築のための一考察, 信学技報, vol108, no.384, pp.49-54, 2009 3) 城田 真琴: SaaS で激変するソフトウェア・ビジネス, 毎日コミュニケーションズ, 2007.
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