A.1.3 臓器移植の法的問題点

A.1.3
EU 委員会は、先週、臓器提供と臓器移植についての政策的措置の概要を述べている報告
書を公表した。提供する人の割合は、ヨーロッパ諸国の間で、大きく異なっている。死亡した
人からの提供率には幅があり、最低だと、100 万分の 1 で、最高だと 100 万分の 35 となる。
昨年、ヨーロッパ人の 56%が、死後に臓器提供を行うことを希望していた。しかし、遺族が、
臓器提供を拒む率は、6~42%の間で変動する。こうなる理由の一つに、提供者の同意に関
する法律が国ごとに異なっているということが挙げられる。例えば、オーストラリアやベルギー
やスペインは、死者からの臓器提供に関しては、オプトアウト方式を実施してきた。この方式
は、家族がきちんとした形で反対を表明しない限りは、臓器を摘出できるというものだ。一方
で、他のヨーロッパ諸国のほとんどが、オプトイン方式を採用している。
EU は、臓器提供の重要性を強調しようとしており、その際に、ヨーロッパ人のドナーカード
を作り、それを既存のヨーロッパの健康保険証に組み込むことを検討するつもりだとの声明を
出した。これは、マスコミの注目をかなり浴びたけれども、この報告書で、重要なのは、欧州
指針の作成を推奨している点だ。この指針により、特に、臓器調達や提供元と提供先に関す
る、質と安全のための一般的な基準が設けられることになるだろう。現時点での推定では、ヨ
ーロッパでは臓器の密売はあまり行われていないとされているが、この報告書では、この問
題は、重大な政治的かつ倫理的な問題であると述べられている。
上記の指針は、WHO の Global Knowledge Base on Transplantation という計画に合致するで
あろう。この計画は、移植ツアーという現象が増大してきたことを受けて、今年のもっと早い時
期に、発表されたものだ。移植ツアーとは、臓器密売を表わすより一般的な用語である。98 カ
国からの報告を集計したところ、2005 年には、66000 件の腎臓移植がなされていたかもしれ
ないことが分かった。これは、必要だと推定される移植件数のわずか 10%に相当する。移植
ツアーは、世界の移植件数の 10%を占めている。
今週のランセットを見ると、移植ツアーの目的地として筆頭に挙がる中国では、先月、臓器
売買についてのより厳しい規制措置が導入されたが、これを受けて、多くの人が、新たな供
給源を求めて、別の所へ出掛けて行くかもしれないとの、報告がなされている。パキスタンは、
移植ツアーをする人には絶えず、人気のあるところである。パキスタンの貧しい地域に位置す
る村の中には、腎臓を二つとも持っている人はほぼいないという村もある。国境を越えれば、
インドだが、そこでは、臓器の売買を禁止する法律が 10 年前に施行されたにもかかわらず、
最近、以下のような報道がなされた。それは、チェンナイでの津波の生存者たちが、自分たち
の生計のすべを失ってしまったので、生きるために、腎臓を 1 個売るという手段に訴えなけれ
ばいけなくなったという内容のものだった。普通は、腎臓 1 個、15000 ドルというのが相場だけ
れども、お金を得ようと必死になっているドナーが、受け取る金額は、せいぜい、この 10 分の
1 程度だ。言われているところによれば、この料金の大部分は、仲介者や、移植が行われる
病院の懐に入るらしい。
生きている人と死んだ人からの提供数が指数関数的に増大して、需用が満たされない限り、
腎臓、または、他の臓器を得るために何でもやろうと、必死になる人が必ず現れる。同時に、
絶望的な貧困状態で暮らしているために、危険を冒してでもドナーになろうとする人々も絶え
ず現れる。故に、臓器売買の合法化して、同時に、規制すべきだということを提案する人々が
いる。彼らは、それが、搾取という問題に対処するのにかなり役立つだろうと主張している。こ
の根拠は、手術前に、適切な検査を受けられるし、手術後にも、看護を受けられるかもしれな
いということだ。これとの関連で言えば、イランの方式が、価値基準になると考えられている。
というのは、この方式のもとでは、ドナーは、報酬をもらえるのが普通であり、術後の世話もき
ちんとしてもらえるし、同時に、臓器の供給と需要が合致するようになるからだ。
この主張にも一理あるが、道徳的な観点から反感を抱く人々が多い。その理由は、おそらく、
臓器売買の流れは、絶えず一方向的なものとなり、貧富の差や、強者と弱者の差を拡大させ
るということかもしれない。あまり問題にならない商品に関する貿易の場合であるのなら、この
理論(ここでは上記の主張のことであろう)は支持されることになるようには思える。また、ヒト
の臓器のように、貴重すぎて一般的な商品として扱えないものがあり、それらは、普通の経済
法則に従わないはずだという理由もある。
欧州や WHO の戦略は、正しい施策であり、移植ツアーによる搾取を防止するのに役立つ。
しかし、十分だとは言えない。もし、国際社会が臓器売買の防止について本当に真剣に考え
るのであれば、移植の監視や、情報共有以上の対策を取る必要があるだろう。臓器への需
要が供給を超えている限り、制裁措置を講じても効果はないであろう。隠れた臓器売買が、ま
すます、たくさん行われるようになるだけであろう。臓器提供者を合法的な形で劇的に増やす
戦略を早急に取ることが必要である。そのような戦略として、EU 全域で通用するドナーカード
を作ることなどが挙げられる。死体から臓器提供については、文化的かつ社会的障壁がある
という問題にも取り組むべきだ。さもなくば、ヒトの臓器売買を合法化して規制するという主張
が、倫理的にも道徳的にも疑わしいものなのにもかかわらず、優位に立つようになるかもしれ
ない。
設問1
【解答例】生前に臓器提供の意思を提示した者から臓器を摘出するという制度。遺族が摘出
に同意していても、本人の意思表示がないと摘出できないということになる。
【コメント】
1
原則として臓器提供しなくてよい → したい人だけ、選択する(opt in)
2
原則として臓器提供しなくてはいけない → したくない人は選択して抜ける(opt out)
*エイズ検査についても、opt out 方式というものを考えることができる。
設問2 【和訳】を参照
設問3
【解答例】臓器売買の流れは、絶えず一方向的なものとなり、貧富の差や、強者と弱者の差を
拡大させるかもしれないという理由がある。また、ヒトの臓器は、貴重すぎて一般的な商品と
同じように扱えないものであり、普通の経済法則に従わないはずだという理由もある。
設問4
【解答例】臓器への需要が供給を超えている限り、制裁措置を講じても効果はなく、隠れた臓
器売買が、ますます、たくさん行われるようになるだけなので、筆者は、むしろ、需用と供給の
バランスを取るために、臓器提供者を合法的な形で劇的に増やす戦略を早急に取る必要が
あると考えている。