しかもその後の回復がはかばかしくない国があるとはいえ

報告要旨「発展途上国の産業化と環境問題−ASEAN 諸国の経験を中心に」
日本貿易振興機構・アジア経済研究所
藤崎成昭
アジア危機を経験し、しかもその後の回復がはかばかしくない国があるとはいえ、東ア
ジア諸国(中国、アジア NIES、ASEAN 諸国)がこれまで示してきた成長パフォーマンス
は、他の途上国と比べ格段に優れたものであった。経済力の増大を背景として、一部の国、
例えば中国とマレーシアは、国際的な舞台で南の諸国を代表する役割を演じてきている。
とりわけ1990年代以降顕著となった地球環境問題を巡る南北対立にあっては両国が南
のリード役を演じてきた。
1972年の国連人間環境会議(ストックホルム)は発展途上国が環境問題(特に公害
問題)に取り組む契機となり、多くの国が例えば公害規制法の整備に着手した。さらに、
1992年の国連環境開発会議(リオデジャネイロ)は多くの国で、整備した法の執行強
化、あるいは新たな規制の導入、さらには地球規模の問題にも目を向ける契機となってい
る。例えば1990年代以降東アジアの多くの国では例えば自動車ガソリンの無鉛化が急
速に推進され、大気中の鉛濃度の低下が観察されている。
1950年代、60年代に先進国で顕在化した公害は「ルールの欠如(法の不在)」に起
因するものであった。これに対して、先進国の経験を踏まえて相対的に早い時期から法(ル
ール)の整備に取り組んだ発展途上国では、むしろ「執行の欠如」が問題を生じさせてい
る。例えばマレーシア、フィリピン両国の法律で決められている公害規制の原則、仕組み
はほぼ同じ、
「何人も、許可無しに、または許容条件に違反して、汚染物質を排出してはな
らない」というものである。ルール(法)が存在しても、例えば規制当局による執行(ル
ール違反を監視し、違反者にはペナルティーを与える営為)が十分になされなければ、そ
のルール(法)は本来の機能を果たさない。フィリピンのケースは「執行の欠如」とはど
のようなものかを如実に物語っている。
ASEAN 諸国の中でも後発のインドネシア、ベトナムの事例からは、先発組とは異なる政
策対応上の特質が観察できる。両国共に環境影響評価(EIA)制度の導入が公害規制制度の整
備よりも先行する、あるいは優先された、のである。製造業投資が大規模に展開される前
に環境政策への取り組みが本格化し、しかもその時には予防的手段としての EIA のアイデ
アも利用可能であったため、これも両国にとっては自然な成り行きだった。なお両国では、
計画されている事業の環境影響を評価するという本来予防的手段である EIA が、既存の事
業にも適用され、遡及して実施されている。このように独特の政策対応を行っている後発
国でも「執行の欠如」が問題を生じせしめるという構図には変化はない。EIA の結果本来
例えば環境証明(EC)を発行できない事業所でも多くの場合「お目こぼし」で操業を続けて
いる。結果として両国では、近年むしろ規制の執行強化に力点が置かれ始めている。
規制執行の強化に取り組みだした諸国が共通して直面するのが、
「法律・制度(例えば厳し
い基準)は整えられていても、これが十分機能するよう必要なサービスを提供する体制が整
えられていない」という問題である。より具体的には EIA Report の作成、環境対策設備の
設計・建設、各種の試験を行うラボ、有害産業廃棄物処理施設、等の規制制度を機能させ
るためのサービス供給の不足、欠落が問題となる。とりわけこれらサービスを提供する人
材の不足をどう克服するかが問われている。