【山崎元】経済成長は民間が起こすもの、政府が約束する必要なし 2016/9/21 年

【山崎元】経済成長は民間が起こすもの、政府が約束する必要なし
2016/9/21
年 2%の物価上昇がなぜよいのか
山崎 前回、日本の経済を山崎式経済時計で解説しましたが、ここからは経済政策を考えて
いきます。
まず政策とは、その目的として経済が成長し、「みんなで豊かになりましょう」ということ
がベースにあります。
そのため失業率を低下させ、完全雇用を達成する。同時にマイルドな物価上昇の環境をつく
ることとなります。
では、日銀が目標とする年 2%の物価上昇がなぜよいのか?
第 1 の理由は、実質金利をコントロールしやすいことです。2%のインフレのときに、たと
えば金利が 3%だと実質金利は 1%です。1%の金利だと、実質金利はマイナス 1%。このよ
うに実質金利をコントロールすることで景気を調整しやすくなるからです。
第 2 は、物価が上がっていると、消費が喚起されやすいことです。
待っていたら値下がりするのではなく、値上がりするなら、人はなるべくお金を使おうとし
ます。
また、相対価格の調整もスムーズになります。さらに、年金支給額の実質的な調整もマイル
ドな物価上昇があるとやりやすい。
日本の経済政策の目的は、①経済成長、②失業率の低下、③マイルドな物価上昇であると思
ってください。
ただ、本来はこれに適切な再分配が加わります。いわゆるアベノミクスは、この①②③まで
を頑張ってやっています、というものです。
マクロ経済政策の効果を説明するとき、やはり今も有効なのが 40 年前のポール・サミュエ
ルソンの著書に出てくる理論です。ここで出てくる、いわゆる IS-LM 分析とは、財政政策
と金融政策による相互の影響によって現在の所得が決まるというフレームワークです。
まず財政政策について言うと、有効需要の原理は、投資がどのように行われるかによって決
まります。投資は、実質金利が下がると活発になり、逆に実質金利が上がると採算に合う投
資が少なくなって投資は減ります。実質金利と関係しているわけです。
山崎元(やまざき・はじめ)
楽天証券経済研究所客員研究員。マイベンチマーク代表取締役。
1958 年、北海道生まれ。東京大学経済学部卒業後、三菱商事に入社。野村投信、住友生命、
住友信託、メリルリンチ証券、パリバ証券、山一証券、明治生命、UFJ 総研など、計 12 回
の転職を経て現職に至る。
『難しいことはわかりませんが、お金の増やし方を教えてくださ
い!』
(文響社)など著書多数。
財政赤字の拡大が必要
山崎 次に財政政策ですが、赤字としての財政支出がたくさん供給される(財政赤字が増え
る)と、有効需要を一時的に増やすことができます。このフレームワークは、技術が一定、
物価が一定、一国の中、短期という仮定のもとでの話です。
また、金融市場では、中央銀行がマネーを供給しますが、マネーを増やした場合、一定の所
得のもとならば金利は下がります。
実質金利が下がる形で、マネーと所得と金利の関係が貨幣市場によって決まってきます。こ
れらを合わせたのが、IS-LM 分析です。
財政支出を増やすと、GDP が増えて、金利も上がります。また、金融政策でマネーを増や
すと、実質金利は下がります。ということで、金融政策と財政政策は相互に関係しているわ
けです。
このような金融政策、財政政策で決まる実質金利と所得の関係があったとき、では物価はど
う関係するのか?
物価は供給曲線と需要曲線の交点で決まると考えられますから、需要をプラスに持ってい
くと、物価も上げることができることになります。
したがって、金融政策および財政政策、またその合わせ技で需要をシフトさせ、物価をいち
おう上げていくことは可能です。
供給が改善すると、一定の物価に対して供給量が多くなることを意味しますから、物価はマ
イナス方向に働きます。したがって、現在の日本の状況は、需要が不足しているため物価が
上がらないと考えることができます。
この場合、財政政策がいいのか、金融政策がいいのかについては、外国の実質金利と日本の
実質金利との差が問題となります。
たとえば財政支出をした場合、実質金利は高くなります。海外よりも実質金利が高くなると、
円高要因となります。円高になると、貿易収支が悪化し、また需要は減ってしまいます。
したがって、2 国の経済において実質金利の均衡を考えると、財政政策は景気対策としては
有効ではないとなります。
そこで、金融政策で実質金利を下げて、そのうえで景気対策の財政政策を行うほうが、外国
との関係を考えると有効であるとなります。
しかし、世の中にマネーを増やそうとしたとき、前回説明したように、資金需要が十分には
なく銀行の貸し出しが伸びないという問題があります。ブタ積みになって実質的にマネー
が増えない。では、どうすればマネーは増えるのか?
たとえば、財政支出を拡大できればマネーを増やすことができます。けれども、財政支出を
拡大すると、円高になることを意味します。そこで金融緩和をすることで、円高をなんとか
阻止することができます。
成長戦略に直接の効果なし
山崎 物価の形成については、供給力がアップし、かつ需要も十分あれば、物価は上がり、
経済成長もするという望ましい状態になります。いわゆる成長戦略は、供給を増やすものと
単純化して考えることもできますが、今のところあまり十分に働いてはいません。
では、以上のような状態の中で、どのような政策が有効なのか。マネーを拡大するために財
政赤字を拡大しないといけません。
すると、資金需要を追加することができて、物価もプラスに働きます。ただし、財政赤字の
拡大は資源配分をゆがめてしまいます。
個人的には、資源配分をゆがめてしまうため、金融緩和を行っても十分にはマネーを拡大で
きず、金融政策もうまくいかないのではないかと思います。したがって、インフレ目標もう
まくいかない。それを何とか無理やり機能させようとすると、財政を使う必要が出てきます。
しかし、財政を使うと、景気対策を叫ぶ魑魅魍魎が出てきて、世の中がメチャクチャになっ
ていく。だから、財政政策は反対というのが、かつての私の立場でした。
でも、何とか打開する方法がまだあります。財政拡大による円高がおきないよう、しっかり
金融緩和を行えばいいのです。マイナス金利の拡大、あるいは直接中央銀行が財政ファイナ
ンスをする方法もあります。
そう言うと、成長戦略があるだろうという話になりますが、実質経済成長とは、そもそも民
間に期待することです。
大胆な規制緩和で成長が促進されるという話もよく出ますが、それはお題目であって、イノ
ベーションは政策的、計画的に起こせるものではありません。
だから、経済成長という約束できないものを、政府は約束する必要はそもそもありません。
政府、日銀は、物価環境と経済環境を整えることをやって欲しいと思います。財政赤字を拡
大しながら、資源配分をゆがめないような方法を考えることです。
財政赤字を拡大して物価を上げる、円高が起きないよう金融緩和を追加する。このような経
済政策の解を考えたとき、いくつかの論点が浮上します。
第 1 は「財政赤字は大丈夫なのか?」という論点です。
今のアベノミクスが期待したほどうまくいっていない大きな理由とは、物価上昇目標と、財
政再建目標のプライオリティが付けられていないことです。
そこで、
「財政再建は二の次にします。物価の上昇環境を先につくります」と考えるべきだ
と思います。
財政赤字は当面問題ない
山崎 財政の本質的な問題は、財政赤字などの収支ではなく、どういうものに支出されたの
かという問題だと思います。財政収支というのは、単にファイナンスの問題にすぎません。
元官僚の高橋洋一さんの本に日本政府のバランスシートがわかりやすく解説されています。
大雑把に言うと、国債で 1000 兆円の借金があります。しかし、出資金、有価証券、土地な
どの資産が政府には 500 兆円ほどあります。
したがって、ネットの赤字は 500 兆円となり、だいたい GDP と同じぐらいの規模です。だ
から、それほど赤字がひどいわけではありません。このネットとグロスを財務省は議論で使
い分けるのです。
では、これに日銀を加えると、どうなるか。日銀は大雑把に言って、国債を 300 兆円ぐらい
持っています。かつ日銀の当座預金が政府債務として加わります。
日銀が国債を持つことによって、実質的に政府の有利子負債は減り、結局政府の有利子負債
の総額は 200 兆円分となるわけです。
日銀はそもそも政府の持ち物であり、民間企業で言うと、政府の連結決算対象です。連結子
会社としての日銀と考えると、ますます日本政府のバランスシートは強固になります。
買いオペを増やしていくと、国の有利子負債がなくなっていくことになるわけですが、それ
をもって財政再建というのはさすがに無理があるでしょう。
しかし、日銀が政府の国債を買い、政府に実質的にファイナンスしている状態が危ない、危
ない、というのはいかがなものかと思います。
では、財政ファイナンスを拡大したときの弊害とは何か。それはインフレです。しかし、今
はインフレが足りないことが問題なのだから、
「インフレが足りるまで財政ファイナンスを
すればいいじゃないか」と考えるのがふつうです。
また、
「ハイパーインフレの心配はないのか」という論点もよくありますが、インフレが止
まらなくなるというのはバカげた話です。
金融引き締めでインフレが抑えられるのは実績もある事実です。唯一懸念があるのは、東
海・関東大震災などが起きて供給側に大ショックが生じたときだけです。
以上、金融・財政政策の解について話してきましたが、次回は資源配分をゆがめない財政支
出として、ベーシックインカムを取り上げます。
* 第 3 話に続きます。
(構成:栗原昇、撮影:遠藤素子)