IS-LM モデルの推定 モデルの推定 回帰分析の実例(3 回帰分析の実例(3)記述統計の範囲内で 村尾博 青森公立大学 更新日:2014 年 12 月 25 日 この資料は連立方程式モデルの例としてIS-LMモデルを用い、回帰分析の実例を紹介するも のである。推測統計を学んでいない学生を対象とし、したがって記述統計の範囲内に限定 した回帰分析になっている。具体的には計量IS-LMモデルの構築と推定に焦点を置き、仮説 検定は行わない。 この資料の前編として「連立方程式モデルの基礎知識」を書いている。次のような場合は 前編を読むことを薦める。 ・「従属変数」対「独立変数」や「内生変数」対「外生変数」といった変数に関し、変 数の意味を知らない。 ・ 「内生変数の個数=方程式の個数」の条件を満たす連立方程式モデルを作るといった ことに関し、何を意味しているのか知らない。 1.はじめに ここでは連立方程式モデルに関する回帰分析を考える。マクロ経済学の教科書に記載され ている標準的な IS-LM モデルを連立方程式モデルの例として取り上げる。 この資料は次の内容から構成されている。 (1) 理論的な IS-LM モデルを復習する。 (2) 計量的な IS-LM モデルを構築する。 (3) 計量 IS-LM モデルを日本のデータで推定する。 (4) 推定された IS-LM モデルの予測能力を実験するシミュレーションを行い、その結果 をグラフで表す。 ボリューム的には理論 IS-LM モデルの復習が大きな割合を占めているが、理論の復習が主 目的ではない。理論 IS-LM モデルに基づき、計量 IS-LM モデルを構築するあたりが重要ポ イントになる。理論モデルと計量モデルとは、どのように異なるのか。モデルの推定にあ たり、理論の想定と観測データの想定との違いに対し、どのように対処するのか。このよ 1 うな点にも注目して欲しい。 2.理論的な ISIS-LM モデル ジョン・メイナード・ケインズの『雇用・利子および貨幣の一般理論』 (1936 年)は、不況 に対して政府が行う経済政策(財政政策や金融政策)の理論的根拠を与え、マクロ経済学 のあり方を大きく変え、ケインズ経済学の出発点となっている。 『一般理論』を数学的にや さしく要約するモデルとして 1937 年にジョン・ヒックスが IS-LM モデルを提示した。そし て IS-LM モデルはケインズ経済学の普及に大きく貢献した。紆余曲折を経ながら、IS-LM モデルは現代でも利用されている。特に教育用モデルとして役立っている。 2.1 モデルの定式化 モデルの定式化 初級マクロ経済学の教科書で一般的に見かける IS-LM モデルを定式化すると、次のように なるであろう。 C = C + β11YD --- 消費関数 I = I − β 21R --- 投資関数 Y = C + I + G --- 生産物市場の需給均衡条件 M = L + α 31Y − α 32 R --- 貨幣市場の需給均衡条件 P YD = Y − T --- 可処分所得の定義式 ただし、 Y = 国民所得=生産量(yield)、 R = 利子率(interest rate)、 YD = 可処分所得 (disposable income)、 C = 消費支出(consumption expenditure)、 I = 投資支出(investment expenditure)、 G = 政府支出(government spending)、 T = 租税(tax)、 M = 名目貨幣供給量 (nominal money supply)、 P = 物価水準(価格レベル price level)、 M / P = 実質貨幣供給 量(real money supply)である。貨幣市場の需給均衡条件の右辺は、貨幣需要関数になって いる。 G や M などに見られるバー(横棒 bar)は「所与」や「便宜的に固定された」を意 味する記号として用いている。関数の定数項 C や I や L についても同様である。 2.2 ISIS-LM モデルを取り巻く俯瞰的なコメント モデルを取り巻く俯瞰的なコメント IS-LM モデルに関連したコメント的な情報提供を行うが、次の点に限定する。 ・IS-LM モデルを学んだ者に対しては、復習的な基本情報を提供する。 ・IS-LM モデルを学んでいない者に対しては、モデルのイメージが得られるぐらいの情 報を提供する。 このような情報は 2 段階に分かれており、IS-LM モデルを取り巻く俯瞰的な情報と、IS-LM 2 モデルに限定した情報である。まずは俯瞰的な情報から始める。 (1)一国の経済状態が良くなったり悪くなったりする現象は、マクロ経済の中心的な関心 事である。一国の景気変動は国民所得の変動として捉えるのが普通である。したがって 国民所得がどのように決定されるのか に関する理論的な分析は、マクロ経済学の中心的な関心事になる。国民の経済活動で生産 された付加価値の総額が国民の所得になる。分かりやすく表現すると、 「国民が生産した生 産物の総額=国民が得る所得」となる。インフレの影響を含むことになる名目値と、イン フレの影響を排除できる実質値とを区別し、先の生産物の名目総額が「価格レベル P ×生 産量 Y 」といった積からなると考えると、 「 P × Y =生産額=名目国民所得」となり、 「Y = 生産量=実質国民所得」となる。つまり、実質国民所得は経済全体の「生産量の指標」に なる。名目国民所得( P × Y )の動きはインフレの影響(価格レベル P の動き)を含んだも のになるから経済実態を正確に捉えにくい。一方、実質国民所得( Y )の動きは生産量の動 きを表すから経済実態をより正確に捉えることができる。このようなことから景気変動に 関する理論的な分析では、実質国民所得( Y )の方を用い、単に「国民所得」ということが 多い。 (2)景気変動の分析、具体的には国民所得 Y の決定に関する理論的な分析では、一国の経 済を次の 4 つの市場で構成するのが普通である。 ・生産物市場や財市場と呼ばれる市場 ・貨幣市場 ・債券市場や証券市場と呼ばれる市場 ・労働市場 貨幣市場を除く資産市場が便宜的に「債券市場」や「証券市場」と呼ばれる。一国の経済 を何個の市場で構成するのかといったことは、目的に応じて変わってくる。例えば外国と の貿易を考慮する場合は、外国為替市場も考えなければならない。景気変動の分析に関す る普通の想定では上の 4 つの市場に分類する。上に示す IS-LM モデルでも同じ想定になっ ている。 (3)国民所得 Y の決定モデルの作成に当たっては、当然のことながら、生産物市場が最も 重要であり、生産物市場をモデルから外すことは考えられない。生産物市場のみを定式化 (明示)した国民所得決定モデルとしては、 「45 度線モデル(the Keynesian 45 degree cross diagram) 」や「簡単なケインズ型モデル(the simple Keynesian model) 」と呼ばれる連立 方程式モデルが有名である。 (4)一方、景気変動(国民所得の変動)は金融部門の状況と密接に関連しており、景気変 3 動(国民所得の変動)の分析には生産物市場と金融部門との相互依存関係を考慮すること が特に重要となる。このような認識に基づき、国民所得 Y と利子率 R との相互依存関係に 焦点を置いた IS-LM モデルが作られた。 IS-LM モデルは生産物市場と貨幣市場とを定式化 (明 示)した連立方程式モデルになっているが、債券市場と労働市場とは明示されていない。 債券市場と労働市場とが明示されていないのは、次の理由に基づく。 経済に 4 つの市場がある場合、3 つの市場が均衡していれば、残り一つの市場も均衡してい る。このような法則をワルラスの法則という。ワルラスの法則により、残り一つの市場の 均衡は検討しなくても良いことになり、その結果、債券市場を考慮(定式化)から外すこ とになる。 生産物市場の需給均衡条件( Y = C + I + G )の背後には、労働市場を含む供給サイドが存 在するが、IS-LM モデルでは明示(定式化)されていない。その理由は次のケインズ経済学 の基本的な考え方に求めることができる。不況の時、生産量の決定に関して主導的な役割 を持つのは、供給サイドではなく、需要サイドである。必要であればケインズの「有効需 要の原理」を参照。このような基本的な考え方を反映し、総需要量( C + I + G )が生産量 ( Y )を決定するように定式化されている。その結果、労働市場を含め、供給サイドは明 示(定式化)されていない。 (5)繰り返しになるが、IS-LM モデルでは生産物市場と貨幣市場との 2 市場が定式化(明 示)されている。生産物市場の需給均衡スケジュールを 2 つの内生変数 (Y , R ) の関係とし て表したものは「IS 曲線」と呼ばれ、貨幣市場の需給均衡スケジュールを (Y , R ) の関係と して表したものは「LM 曲線」と呼ばれる。IS 曲線と LM 曲線とが交差するグラフは IS-LM 図と呼ばれ、IS-LM モデルにおいて最も重要なグラフである。 図1:ISIS-LM図 LM図 LM 曲線 利子率 R IS 曲線 国民所得 Y 4 IS-LM 図において IS 曲線と LM 曲線との交点から国民所得 Y と利子率 R とが同時的に決定さ れる。これら 2 つの内生変数 (Y , R) が決まると、消費支出 C や投資支出 I など、その他の 内性変数は芋づる式に決定されていく。 なお、IS-LM モデルにおける「IS-LM」は「I:投資 (Investment)、S:貯蓄 (Saving)、L: 流動性選好 (Liquidity Preference)、M:貨幣供給 (Money Supply)」から名付けられてお り、「IS」は生産物市場の需給均衡を意味し、 「LM」は貨幣市場の需給均衡を意味する。流 動性選好 (Liquidity Preference)は貨幣需要(Money Demand)の別名である。 (6)IS-LM モデルにおいて物価水準(価格レベル) P は外生変数である。これは物価水準 や賃金水準が「完全に伸縮的でない」といったケインズ経済学の基本的な想定を反映して いる。 「価格が完全に伸縮的でない」は「価格の粘着性」や「価格の硬直性」といった用語 で表現される。次のような具体的な状況を考えれば良い。経済(生産量)は完全雇用水準 よりも低い状況、いわゆる不況であり、そのような経済状況では需要と供給をバランスさ せるための「価格調整」が妨げられる。それは物価水準や賃金水準の粘着性・硬直性に求 めることができる。したがって「物価水準と賃金水準が硬直的な不況時であり、かつ物価 水準と賃金水準が変化しない程度の短期モデル」が IS-LM モデルであると解釈すれば良い。 「物価水準と賃金水準が変化しない程度の短期モデル」といった解釈も可能である。 (7)一方、物価水準や賃金水準を内生化したモデルは、英語名が「Aggregate-Demand Aggregate-Supply Model」であることから、 「AD-AS モデル」や「総需要・総供給モデル」 と呼ばれる。IS-LM モデルが (Y , R) 決定モデルであるのに対し、AD-AS モデルは (Y , P, R) 決 定モデルであると言える。そして AD-AS モデルでは、労働市場を含め、供給サイドが定式 化(明示)される。したがって AD-AS モデルは全ての市場を定式化(明示)した、より包 括的なマクロ経済モデルである。ただし、ワルラスの法則により、債券市場は定式化から 外されたままになっている。物価水準 P が内生化されていることからも想像できるように、 AD-AS モデルは「インフレ問題」の分析に用いられる。 生産物に対する経済全体の総需要量を物価水準と対応させる関係は「AD 曲線(総需要曲線) 」 と呼ばれる。具体的には貨幣市場の需給均衡を満たす条件を加えた需要サイドの行動スケ ジュールを 2 つの内生変数 (Y , P) の関係として集約したものが AD 曲線である。一方、生産 物に対する経済全体の総供給量を物価水準と対応させる関係は「AS 曲線(総供給曲線) 」と 呼ばれる。具体的には労働市場の状況を考慮した供給サイド(企業)の行動スケジュール を (Y , P) の関係として集約したものが AS 曲線である。AD 曲線と AS 曲線とが交差するグラ フは AD-AS 図と呼ばれ、AD-AS モデルにおいて最も重要なグラフになる。 5 図2:ADAD-AS図 AS図 AS 曲線 物価水準 P AD 曲線 国民所得 Y AD-AS図において、AD曲線は右下がりの曲線になる。一方、AS曲線は後述するように幾らか のバリエーションがある。上の図には右上がりのAS曲線を示している。AD曲線とAS曲線と の交点から国民所得 Y と物価水準 P とが同時的に決定されると、その物価水準 P を所与と し、IS-LM図において利子率 R が決定される。このようにしてマクロ経済に関する重要な3 つの変数 (Y , P, R) が決定される。これら3つの内生変数 (Y , P, R) が決まると、消費支出 C や 投資支出 I など、その他の内性変数は芋づる式に決定されていく。 AD-AS分析では労働市場の需給均衡が成立するのか否かで「短期」対「長期」の区別があり、 長期は労働市場の需給均衡を想定する。そのような制約がないのが短期になる。労働市場 の需給均衡が成立するとき、 「完全雇用(full employment) 」が成立すると言い、そのとき の生産量を「完全雇用産出量(full-employment output) 」と言う。現存の経済構造のもと で資本や労働が最大限に利用された場合に達成できる生産量といった意味で「潜在産出量 (potential output) 」とも呼ばれる。この水準の生産量は Y f や Y p と記すことが多い。 AS曲線にも「短期」対「長期」の区別があり、短期AS曲線の形状については、次の3つのパ ターンに分類できる。 (1) 右上がり、そして完全雇用水準 Y f で垂直となる短期AS曲線 (2) 右上がりの短期AS曲線 (3) 水平な短期AS曲線 右上がり、そして完全雇用水準 Y f で垂直となる短期AS曲線は、次の仮定から導出できる。 ・賃金水準が下方硬直的である。 この仮定の背後には次の考え方がある。労働市場の需給均衡によって賃金水準が設定され ると、たとえ失業があっても、その賃金水準から容易に低下しない。その根拠としては労 働組合の抵抗などが提示されている。具体的には次のように仮定する。労働市場が超過供 給のときは賃金水準が硬直的であり、労働市場が超過需要になると賃金水準が伸縮的に変 6 化する。このような考え方や仮定を「賃金の下方硬直性」という。 右上がりの短期AS曲線は、次の仮定からそれぞれ導出できる。 ・物価水準が粘着的である。 ・賃金水準が粘着的である。 ・不完全情報に起因する誤認がある。 「ニュー・ケインジアン(New Keynesian) 」と呼ばれる学派は「賃金水準と物価水準との 両方が粘着的である」と仮定する。ニュー・ケインジアン学派は、ケインズ経済学をミク ロ経済理論に基づいて再構築するアプローチを取る特徴がある。したがってミクロ 経済理論を用い、なぜ価格が粘着的にゆっくりと変化するのかを説明する。この場合の「粘 着的」は「硬直的」と表現されることもある。しかし、前述の「下方硬直性」の場合は「下 方粘着性」とは言わない。 水平な短期AS曲線は、次の仮定から導出できる。 ・賃金水準も物価水準も完全に硬直的である。 これは右上がり短期 AS 曲線のバリエーションないしは単純化である。賃金水準と物価水準 が完全に硬直的である時間的な長さを「短期」とする想定は、IS-LM モデルを短期モデルと 解釈する考え方と整合的であり、IS-LM 図と AD-AS 図とを併用して分析する場合は短期の想 定が同じといった意味で統一感が得られる。 右上がりの短期 AS 曲線と水平な短期 AS 曲線については、完全雇用水準 Y f を大きく超える ように曲線が描かれていても、それは作図上の便宜的な措置であり、現実可能といった意 味ではない。生産量が完全雇用水準 Y f を超えることは一時的に可能であっても、長期にわ たって大幅に超えることは不可能である。AD-AS 分析において完全雇用水準 Y f は「生産の 上限」を表しているといったイメージが役立つ。もちろん、生産技術・労働人口・資本ス トック・労働効率性など、生産関連の与件が変化すれば完全雇用水準 Y f も変化するが、そ れは別の話になる。 長期では労働市場の需給均衡が成立することから、長期 AS 曲線は完全雇用水準 Y f で垂直に なる。つまり、長期 AS 曲線は物価水準 P に従属せず、独立している。 (8)ケインズ経済学の考え方を手短にまとめてみよう。ケインズ経済学によると、経済(生 産量)が完全雇用水準( Y f )よりも低い状況、いわゆる不況の時は、賃金水準や物価水準 の「価格調整」によって経済(生産量)が完全雇用水準へ戻るのが困難である。不況の時 は遊休設備も失業者も存在しており、需要さえ増大すれば、それに応じて生産が増加し、 雇用も増大する状況にある。このような状況における需要は、夢物語の需要ではなく、生 7 産の裏付けを伴った実現可能な需要といった意味で、 「有効需要」と呼ばれる。一方、供給 サイド(企業)は売れるだけしか生産しないといった形で生産や雇用を調整する。つまり、 価格調整による完全雇用水準への回復が上手く働かない不況時、一国の経済活動の水準は 需要サイドの主導で決まることになる。このような理論を「有効需要の原理」と呼ぶ。そ うであるならば総需要量( C + I + G )による「数量調整」を行う視点に立ち、総需要へ働 きかける経済政策(財政政策や金融政策)が景気回復に有効な手段となる。 価格調整を妨げる要因に関連し、前述の如く価格の粘着性・硬直性に関する基本的な仮定 が設けられる。基本的な仮定の違いから幾らかの理論的なバリエーションが見られるが、 「価格調整による労働市場の需給均衡には時間がかかる想定」や「有効需要の原理」とい った共通性がケインズ経済学には見られる。 一方、 「価格調整によって需要と供給とがバランスする」といった経済学の基本は、ケイン ズ経済学の労働市場でも、長期的には満たされる。長期 AS 曲線が完全雇用水準( Y f )で垂 直になるのは、このような想定を反映している。ケインズ経済学か否かに関わりなく、長 期 AS 曲線は完全雇用水準( Y f )で垂直になる共通性がある。 (9)マクロ経済学の初級教科書において、その半分ぐらいを占める情報量を数ページの情 報量へ要約しているので、ここで展開した議論は荒いものになっている。その一方で、学 習内容を要約することにより、学習内容の大筋・骨組みがハッキリと見えてくることも事 実であろう。 「なぜ、要約をするのか」と「なぜ、モデルを使うのか」は、一見、無関係の ようにも思えるが、 「ものごとの見通しを良くする」といった点で相通ずるものがある。 (10)ここで述べた話にはモデルに関する次の基本的な話も含まれている。 「国民所得の決 定」がメインの関心事であるが、それに関連する要素を、これも大事、あれも重要といっ た具合に考慮に含めると、内生変数(相互依存関係の変数)の個数がドンドン増えていく。 「内生変数の個数=方程式の個数」を満たす連立方程式モデルをつくる制約から、方程式 の本数もドンドン増えていく。理論的な議論や理論の学習に使うモデルであるならば、方 程式の数(内生変数の数)が十個ぐらいに収まるような連立方程式モデルが求められる。 つまり、論理の「見通し」が良いモデルが求められる。 2.3 ISIS-LM モデルに限定した モデルに限定したコメント 限定したコメント ここでは IS-LM モデルに限定し、幾らかの基本情報を提供する。 (1)上の IS-LM モデルにおいては、次の変数が内生変数である。 ・ Y (国民所得、生産量) ・ R (利子率) 8 ・ C (消費支出) ・ I (投資支出) ・ YD (可処分所得) 一方、外生変数は次の変数である。 ・ G (政府支出) ・ T (租税) ・ M (貨幣供給量。ただし名目値) ・ P (物価水準) 上の IS-LM モデルは 5 個の内生変数があるので、5 本の方程式でモデルが出来ている。つま り、5 本の方程式に 5 個の未知数 (Y , R, C , I , YD ) が含まれた連立方程式になっており、5 個 の未知数 (Y , R, C , I , YD ) が唯一的に決定されるような構造になっている。この程度の連立 方程式モデルであれば、紙とエンピツでモデルの解を求めることができ、 「見通し」が良い といった意味で理論の学習や理論的な議論に役立つ。 (2)モデルを使用する理論の学習においては、道具として使っているモデルの目的や特徴 を明確にすることが役立つ。式やグラフといった「見える情報」から探る場合は、 「何を決 定するモデルなのか」の視点に立ち、多くの内生変数の中から「主役の内生変数」を特定 することが役立つ。IS-LM モデルの場合、主役の内生変数は国民所得と利子率であり、 「国 民所得と利子率とを同時的に決定するモデル」と特徴づけることができる。これは IS-LM モデルの最も重要なグラフが IS-LM 図であり、そこで国民所得と利子率とが同時的に決定 されることから明らであろう。一方、 「生産物市場と貨幣市場の同時均衡」も大切な概念で あるが、これは目的のための手段といったところであろう。また、国民所得と利子率の決 定モデルを何故つくるのかといった更に深い目的は、政府の財政政策や中央銀行の金融政 策がどのように働くかを示す簡単なマクロ経済モデルが欲しかったといった事情が考えら れる。政府が経済へ影響を及ぼすための道具・手段(政策変数)である (G, T , M ) が IS-LM モデルに明示されていることを考えれば、財政政策と金融政策の分析を念頭においたモデ ルであることは自明である。なぜ、債券市場でなく、貨幣市場を定式化(明示)するのか といった理由も、ここに示されている。 以上のことを考慮し、IS-LM モデルの紹介文を 2、3 行で書くとなると、次のような内容が 考えられる。 IS-LM モデルは、生産物市場と貨幣市場の同時均衡に基づき、国民所得と利子率とを同時的 に決定するマクロ経済モデルである。それは政府の財政政策や中央銀行の金融政策がどの ように働くかを示すのに利用される。 IS-LM モデルがケインズの「真意」を伝えているのかといった専門的な議論はさておき、 IS-LM モデルは財政政策や金融政策がどのように働くかを示す簡単な教育用モデルとして 9 有用である。 (3)消費関数や投資関数などは、理解しやすいように線形化している。つまり、C = C (DY ) や I = I (R) といった一般的な関数として書くのではなく、 C = C + β11YD や I = I − β 21R といった線形関数の形で書いている。詳しい理由(テイラー近似)は省くが、得られる結 論が同じであるならば、簡単な線型関数を使って議論した方が何かと便利である。 (4)線形関数の使用に関連し、定数項(切片となる係数)C や I について説明しておこう。 消費者の心理状態や資産など、消費支出 C に影響を与える様々な外生的な影響因子が所与 となっていることから、それらの影響は定数項 C に集約されていることになる。したがっ て消費者の心理的変化や資産変化など、消費に関する様々な外生的変化は C の変化として 現れる。投資関数の定数項 I も同様であり、投資家の心理的変化など、投資に関する様々 な外生的変化は I の変化として現れる。貨幣需要関数の定数項 L も同様であり、これ以上 の説明は不要であろう。 (5)線形関数の使用に関連し、変数付きの係数、例えば α31 や α32 といった傾き係数の変化 についても、述べておこう。経済構造は短期では変化しないと考えられる。このようなこ とから、一般的に傾き係数は変化しない定数となっている。しかし、経済構造であっても 数十年の長期にわたり完全に不変であるとは言えない。したがって傾き係数も変化しうる ものである。例えば貨幣市場における M / P と R の関係の程度が変化すれば、それは係数 α32 の変化として現れる。このようなことは当たり前のことであるが、留意点として書いて 置こう。 (6)これまた当たり前の話となるが、経済分析に当たっては、係数を含めてモデル構造を 固定化し、それから分析を行う。内生変数を決定する場面では、外生変数も便宜的に固定 し、内生変数を決定する。 2.4 ISIS-LM モデルのフロー図 先の IS-LM モデルに基づき、変数間の影響関係を示すフロー図を描くと、次のようになる。 あくまでも一例であり、細かいところで様々な表現や工夫が考えられる。 10 図 3:ISIS-LM モデルのフロー図 (+) 国民 可処分所得 消費支出 C (+) 貯蓄 S YD (-) 生産物の 投資支出 I (-) 総需要量 Y 生産物の 生産物市場 総供給量 d Ys 政府支出 G 租税 T 生産量 国民所得 Y (+) 貨幣需要量 L 定義式 貨幣市場 貨幣供給量 M/P (-) YD = Y − T Y d 利子率 R =C +I +G 生産物市場の均衡 Yd =Ys =Y このフロー図に関する幾らかのコメントを述べる。 (1) 内生変数(相互依存関係の変数)は影響の方向を表す矢印が「入る」「出る」の双方 向になる。一方、外生変数は出る方向の矢印だけになる。上のフロー図には影響を受ける 側だけの変数、例えば貯蓄 S を示しているが、このような変数も内生変数になりうる。も し、貯蓄 S を内生変数として IS-LM モデルに明示する場合は、 YD = C + S または S = YD − C といった方程式を追加し、 「内生変数の個数=方程式の個数」の条件を満たすようにする。 (2) プラスやマイナスのサインは影響の方向を示している。例えば利子率から投資支出へ の影響は、マイナスの関係であるから、 (-)といった表記にしている。 (3) 様々な関数の右辺に示されている C ・ I ・ L などは、フロー図の簡素化の観点から、 明示していない。勿論、このような外生要因をフロー図に描いても良い。 11 (4) 利子率 R は金融部門で決定されるように表現するのが良いのであろうが、IS-LM モデ ルという制約から、利子率 R は貨幣市場で決定される如くに表現している。 上の図の改良案としては、生産物市場と貨幣市場とを隣り合わせに描き、その結合部分か ら (Y , R ) が出力されるような表現が考えられる。様々な工夫を考え、変数間の関係を可視化 することが大切である。それは頭の中に残り、ある外生的変化が起きると、どのようなル ートで波及していくかを議論するときに、多いに役立つ。学校での学習のみならず、実社 会に出てからの経済的な議論においても、多いに役立つ。 そのような例を金融政策と財政政策で示しておこう。IS 曲線は負の傾き、LM 曲線は正の傾 きを持つ普通の IS-LM 図を想定する。 (金融政策の例 金融政策の例) 金融政策の例) (中央銀行が民間から債券を購入して現金通貨を支払うことにより)貨幣供給量 ( M / P ) ↑ → 貨幣市場の均衡を保つように R ↓ → I ↑ → Y d ↑ → Y ↑ → YD ↑ → C ↑ (財政政策の例 財政政策の例 1) (国債の発行、いわゆる政府の借金に基づく)政府支出 G ↑ → Y d ↑ → Y ↑ Y ↑ → 貨幣市場の均衡を保つように R ↑ → I ↓ (クラウディングアウト効果という) Y ↑ → YD ↑ → C ↑ (財政政策の例 財政政策の例 2) 租税 T ↑ → YD ↓ → C ↓ → Y d ↓ → Y ↓ Y ↓ → 貨幣市場の均衡を保つように R ↓ → I ↑ 金融政策や財政政策がどのような経路で波及していくかを知っておくことは、マクロ経済 学の学習における基本の基本である。 3.計量的なIS .計量的なISIS-LMモデル LMモデルの定式化 モデルの定式化 先の理論IS-LMモデルに基づいて計量モデルを作る場合は、現実を細かく描写する意味で、 様々な具体化案が考えられる。例えば次のようなことである。 ・輸入量や輸出量といった変数をモデルに入れて「開放経済モデル」にする。 ・観測データの分類を考慮しつつ、政府支出を「政府消費支出」と「政府投資支出」 といった具合に2分割する。その他の変数も、観測データの分類を考慮しつつ、2分 割、3分割といった具合に細かく分割する。 12 ・動的なモデルにする。 ・消費支出が利子率に反応することを考慮し、消費関数に利子率を入れる。 ・実質利子率と名目利子率とを区別する。 実質利子率と名目利子率とを区別することは理論的に重要な事柄であるから、幾らかの関 連情報を手短に述べてみよう。実質利子率と名目利子率は次の関係(フィッシャー方程式) がある。 実質利子率 = 名目利子率 ― 期待インフレ率 そして理論的には次のようになっている。 ・投資関数の利子率は実質利子率である。 ・貨幣需要関数の利子率は名目利子率である。 ・消費関数に利子率を入れる場合は、実質利子率を用いる。 しかし、標準的なIS-LMモデルでは実質利子率と名目利子率とを区別しない。 上に述べたように計量モデルの作成に当たっては様々な具体化案が考えられるが、ここで は先の理論IS-LMモデルを単純に、素直に計量モデルへ変換することに徹する。ただし、貨 幣市場の需給均衡条件(LM式)を利子率 R で解いた形に変換し、それを「利子率関数」と 呼ぶことにする。 Ct = β10 + β11YDt + u1t I t = β 20 − β 21Rt + u2t Rt = β30 + β31Yt − β32 Yt = C t + I t + Gt YDt = Yt − Tt --- 消費関数 --- 投資関数 Mt + u3t Pt --- 利子率関数 --- 生産物市場の需給均衡条件 --- 可処分所得の定義式 for t = 1, 2,3,⋯ , n ただし、 Yt = 国民所得=生産量、 Rt = 利子率、 YDt = 可処分所得、 Ct = 消費支出、 I t = 投資 、M t / Pt = 支出、Gt = 政府支出、Tt = 租税、M t = 名目貨幣供給量、Pt = 物価水準(価格レベル) 実質貨幣供給量である。そして u1t , u 2t , u 3t は、それぞれ回帰の誤差項(撹乱項)を表す。 この計量IS-LMモデルに関する幾らかのコメントを述べる。 (1) 繰り返しになるが、利子率関数は貨幣市場の需給均衡条件(LM式)を利子率 Rt で解い 13 たものである。 (2) 上の計量モデルにおいて、推定する必要のある方程式には回帰の誤差項(撹乱項)が 含まれている。一方、推定しない方程式は、市場の需給均衡条件や定義式などであり、回 帰係数が含まれていないことからも推定しないことは自明であろう。 (3) 例えば消費関数の誤差項(撹乱項) u1t は、消費支出に関する現実( Ct )と規則性 ( β10 + β11YDt )とのズレを表す変数であり、明示されている YDt を除き、Ct へ影響する様々 な影響要素を一つの変数へ集約したものと解釈できる。他の方程式の誤差項(撹乱項)も 同様である。 (4) 内生変数は (Yt , Rt , Ct , I t , YDt ) の5個であり、 「内生変数の個数=方程式の個数」の条件 を満たすモデルになっている。 (5) 理論的にマイナスの関係になるところは係数の符号をマイナスで示している。 (6) 観測データの期間( t = 1, 2,3,⋯ , n ) 、係数を含め、モデル構造は変化しない仮定にな っている。当たり前のことであるが、明記しておこう。 4.データの説明 先の計量 IS-LM モデルを推定するためのデータについて説明する。データは日本マクロ経 済の時系列データであり、統計局・統計研究所のホームページから入手した。具体的なデ ータ入手源は次の場所である。 統計局・統計研究所 > 統計一覧表(Excel集) > 日本の長期統計系列 入手したデータは 1955 年から 1998 年までの年次データであるが、欠損値が含まれている 等々の理由から、推定には 1971 年から 1998 年までの 28 年間のデータを用いる。 理論的な変数に対し、具体的にどのデータを用いるのかを次の表で示す。 変数 Y データの説明 変数 Y は「生産量」や「国民所得」の名称を付ける習慣があるが、現実の観測デ ータの中から選ぶ場合は実質国民総生産(GNP)よりも実質国内総生産(GDP)の 方が適切である。理論モデルでも Y を国内総生産(GDP)としている場合がある。 「国内総生産(GDP)=国内総支出(GDE) 」の関係があり、データ入手源の名称 は「国内総支出(GDE) 」になっていた。単位:10 億円から兆円(1990 年基準) 14 へ変換した。 C 消費支出 C のデータとしては「民間の消費支出」を意味する「民間最終消費支出」 を使った。単位:10 億円から兆円(1990 年基準)へ変換した。 I 投資支出 I のデータとしては「民間の投資支出」を意味する「民間固定資本形成」 を使った。単位:10 億円から兆円(1990 年基準)へ変換した。 G 「 Y − C − I 」から計算され 変数 G は「政府支出」といった名称になっているが、 る残り全部と理解すべきものである。そうしないとデータの整合性が取れない。 現実の観測データの視点で見れば、 G は「政府最終消費支出+公的固定資本形 成+在庫品増加+輸出―輸入」から成り立つ。このようなこともあり、G のデー タは「 Y − C − I 」から計算した。単位:兆円(1990 年基準) 。 YD YD は「国民可処分所得」を使った。入手したデータは名目値であったので、GDP ディフレーターで実質値へ変換した。次の関係がある。 実質値=名目値÷物価水準 単位:10 億円から兆円(1990 年基準)へ変換した。 T 「 Y − YD 」から計算される残り全部と解釈すべきものである。 租税 T についても、 そうするとデータの整合性が取れる。このようなこともあり、 T のデータは 「 Y − YD 」から計算した。単位:兆円(1990 年基準) 。 R 利子率 R としては「国内銀行貸出約定平均金利」と呼ばれる金利を用いた。名目 値であり、単位はパーセント(%)である。 P 物価水準 P としては GDP ディフレーターを用いた。基準年は 1990 年、基準値は 100 になっている。 M 貨幣供給量 M としては「マネーサプライ M2+CD」と呼ばれる貨幣供給量(名目 値)を用いた。 M / P は実質貨幣供給量となるが、そのデータは GDP ディフレー ターで実質値とした。単位:億円から兆円(1990 年基準)へ変換した。 理論的に実質値となっている変数 (Y , C , I , YD, G , T ) は、当然のことながら実質値のデータ を用いる。 理論的な変数に対して具体的にどのデータを用いるのかといった疑問は全ての変数で生じ るが、IS-LM モデルでは特に利子率 R に関する疑問が大きい。つまり、現実の世界には様々 な金利(利子率や収益率)が存在するが、どの金利を利子率 R として用いるかといった疑 問である。この点に関して少し考えてみよう。日本銀行が誘導目標とする政策変数は「コ ールレート」とする文献が多い。したがってコールレートを利子率 R として用いることが 考えられる。また、全ての金利は国債金利の影響を受けるので、金利の水準にこだわらな ければ、 「長期国債(10 年物)応募者利回り」といったあたりの国債金利も良さそうだ。しか し、ここでは民間部門の投資支出や貨幣需要量に影響する一般的な市場金利といった意味 15 で、 「国内銀行貸出約定平均金利」を利子率 R として用いることにした。このあたりのこと は、いろいろな文献を調査し、さらに考察する必要があるかも知れない。 5.推定結果 連立方程式モデルであることから、連立方程式モデル用推定法の一つである「2 段階最小 2 乗推定法」を用いた。その結果を下に示す。記述統計の範囲内で回帰分析を学んだ者が理 科できる程度の回帰出力に限定している。t値は別として。 Ct = 0.815+ 0.681YDt (0.376) --- 消費関数 (96.990) 決定係数 R 2 = 0.997 自由度修正済決定係数 R 2 = 0.997 I t = 158.915− 13.641 Rt (10.940) --- 投資関数 ( −6.017) 決定係数 R 2 = 0.528 自由度修正済決定係数 R 2 = 0.509 Rt = 15.718− 0.048Yt + 0.022 (4.189) ( −1.554) 決定係数 R 2 = 0.608 Yt = C t + I t + Gt YDt = Yt − Tt (1.022) Mt Pt --- 利子率関数 自由度修正済決定係数 R 2 = 0.577 --- 生産物市場の需給均衡条件 --- 可処分所得の定義式 for t = 1, 2,3,⋯ , n ただし、係数推定値の下に示すカッコ内の数値は、説明変数の統計的有意性(重要性)を表す t値である。 決定係数など、適合度の尺度は、まずまずの結果を示している。係数推定値の符号は、お おむね理論どおりの結果になっている。ただし、利子率関数において、国民所得 Y の係数 推定値がマイナス、貨幣供給量 M / P の係数推定値がプラスになっており、いずれも理論 に反しているが、統計的に有意でない( Y のt値= −1.554 、 M / P のt値= 1.022 ) 。 「統 計的に有意でない」は「影響力なし」と判断して良いことを意味している。そのような係 数推定値に対し、プラスなのかマイナスなのかについて一喜一憂しても仕方がない。 推定結果に関する総括的な印象は、計量モデルの「最終版」とは言い難く、計量モデルの 「初期版」とった感じであり、いろいろな改良を行う必要がある推定結果になっている。 16 なお、連立方程式モデルの場合は、ある一つの係数推定値だけに注目し、外生変数が1単位 変化すると、内生変数がいくら変化するといった予測はできない。何故ならば外生変数の 変化は全ての内生変数に相互依存の波及効果を及ぼすからである。したがって連立方程式 を解いて全ての内生変数を同時的に決定する必要がある。そのように求めた値が内生変数 の「予測値」や「理論値」と呼ばれるものになる。 6.モデルの予測能力を調べる モデルの予測能力を調べるシミュレーション 予測能力を調べるシミュレーション 推定されたIS-LMモデルに関し、その予想能力を調べるためのシミュレーションを行った。 それは外生変数の値を所与とするときの内生変数の予測値(モデルの解)を計算し、予測 値と観測値とを比較するものである。 以下のグラフにおいて観測値は実線、予測値は点線で表している。例えば消費支出であれ ば「 CP 」が観測値、 「 CP _ SIM 」のように「simulation」という意味の「 SIM 」が付い ている方が予測値である。推定結果の良し悪しが視覚的に見て取れると共に、予測の場合 の良し悪しもテストするグラフになっている。本格的な予測用シミュレーションではない が、モデルの予測能力がグラフから見て取れる。 図4:消費支出(単位:兆円)のシミュレーション 消費支出(単位:兆円)のシミュレーション 17 図 5:投資支出(単位:兆円)のシミュレーション 図6:利子率(単位:%)のシミュレーション 利子率(単位:%)のシミュレーション 18 図7:国民所得(単位:兆円)のシミュレーション 国民所得(単位:兆円)のシミュレーション 推定されたIS-LMモデルは、とても予測に使えるような代物ではない。理論IS-LMモデルに 示されている基本形を保持しつつ、様々な改良を行う必要がある。 7. おわりに 連立方程式モデルの例として標準的なIS-LMモデルを用い、学部生でも行える程度の回帰分 析を行った。 推定結果や予測能力を調べるシミュレーションの結果を見ると、理論どおり、期待どおり の結果になったところもあるが、そうでないところも多い。このような状態からスタート するのが計量分析の実態である。改良に改良を重ね、最終的な計量モデルが出来上がる。 付録 A:本格的な計量 本格的な計量モデル 計量モデル この付録ではIS-LMモデルを核とする本格的なマクロ経済計量モデルを紹介する。それは内 閣府・経済社会総合研究所が開発した「短期日本経済マクロ計量モデル」と呼ばれる計量 モデルである。生産物市場・労働市場・貨幣市場・外国為替市場の4市場から構成され、152 19 本の方程式(うち推定式48本)からなる連立方程式モデルである。 下の枠内に示す方程式を見て、次のことを実感してほしい。理論IS-LMモデルに基づきつつ も、予測といった目的のために現実を細かく描写する定式化を進めると、学習用モデルに 適しなくなる。理論の学習が目的であれば、方程式の数が十本ぐらいに収まっている連立 方程式モデルが求められる。目的が異なれば、モデルの複雑さも異なってくる。 短期日本経済マクロ計量モデルに関する資料を示しておく。 佐久間 隆、他4名(2011) 「短期日本経済マクロ計量モデル(2011 年版)の構造と乗数分析」 ESRI Discussion Paper Series No.259 内閣府経済社会総合研究所 (http://www.esri.go.jp/jp/archive/e_dis/e_dis259/e_dis259.pdf) この資料の一部を以下の枠内に引用する。 第1節 モデルの基本的構造 内閣府・経済社会総合研究所では、様々な政策や外的ショックが日本経済に与える影響 を分析するために、「短期日本経済マクロ計量モデル」を開発し公表している。このモデ ルは、1 年程度の短期的な調整過程を示すことに主眼をおいたものである。 基本的な形は、堀・鈴木・萱園(1998)に従い、IS-LM-BP 型(マンデル=フレミング・ モデル)のフレームワークをもとに、価格が期待修正フィリップス曲線で内生化されてい る「価格調整を伴う開放ケインジアン型」である。 1998 年版モデル以降、経済理論の進展に基づく方程式体系の改良と、年々の経済の変化 を踏まえた再推計が行われており、方程式体系および乗数結果を含め、論文の形で公表さ れている。 (モデルの構造) 短期日本経済マクロ計量モデルは、四半期ベースの推定パラメータ型計量モデルであり、 2011 年版においては 方程式数152 本(うち推定式48 本)の中型のモデルである。 本モデルは、財貨・サービス市場、労働市場、貨幣市場、及び外国為替市場の 4 市場か ら構成されている。市場別のモデルの構造は以下の通りである。 (1) 財貨・サービス市場 需要側は、家計と企業の合理的な行動を前提とした民間消費、投資(企業設備、住宅)、 モデルでは外生扱いとする政府支出、所得及び相対価格要因で定まる外需(輸出-輸入) の合計として決定される。このうち民間消費は、短期的には可処分所得により決定される 20 が、長期的には家計保有の人的・物的資産に依存する。また設備投資は、要素価格均衡式 (資本の限界生産力が実質金利に等しい)に基づく均衡資本ストックへの現実資本ストッ クの調整として捉えられ、その調整速度が資本コストに依存するように定式化されている。 GDP 水準は、価格調整が完全でない短期においてこの総需要により定義的に定まり、その 関係がモデルのIS 曲線を構成する。一方、供給側では、短期的には所与である生産要素(労 働供給、資本ストック)が生産関数を通じ潜在GDP に変換される。長期においては、生産 水準から決定されるマクロの稼働率(GDP ギャップ)が期待修正フィリップス曲線を通じ 物価や労働供給に影響を与え、設備投資が資本ストックを変化させるため、その調整メカ ニズムにより均衡稼働率水準への回帰が生じる。 (2) 労働市場 要素価格均衡式(労働の限界生産力が実質賃金に等しい)を基礎として均衡労働分配率 を導出し、それと現実の労働分配率との乖離が失業率及び労働需要を決定すると考えた。 他方、労働供給は、人口や高齢者の割合、実質賃金に依存して決定される。 (3) 貨幣市場 マネーサプライはマネーの需給均衡式である LM 曲線によって決定される。短期利子率 は、マクロの需給ギャップと物価上昇率に依存して決定される。長期金利は、短期金利と の期間構造から決定される。名目金利から期待物価上昇率を差し引いた実質金利は、資本 コストとして財貨・サービス市場にフィードバックされ、総需要水準にも影響する。 (4) 外国為替市場 ここでは為替レートが決定される。為替レート決定のメカニズムは、内外相対価格によ る均衡レート、内外金利差、およびリスク・プレミアムに依存するいわゆるアセット・ア プローチによる。為替レートは輸出入価格、実質輸出入及び要素所得の受け払いに影響を 与え、それらから経常収支が決定される。資本収支は、外国為替市場の均衡関係(BP 曲線) により、定義的に定めている。 なお、政府部門は一般政府ベースで定義されている。支出側は、政府投資と政府消費お よび社会保障給付であり、このうち政府投資は外生的に、他は内生的に決定される。歳入 側は、個人税、法人税、間接税(含む消費税)および社会保障負担から構成され、すべて 各々の賦課ベースを説明変数として内生的に求められる。 以上の4 市場と政府・財政部門のメカニズムを要約すると、以下の要約表のように整理 できる。 要約表(モデルの構造) 21 (1) 財貨・サービス市場 (需要) C = C((C/HK)-1 ,A(L)YD, NW) 個人消費 IP/KP = IP(KP/KPeq , UC/P) 企業設備投資 IH = IH(HK, KH, r) 住宅投資 X = X(WD, P/E・P* ) 輸出 * M = M(Y, P/E・P ) 輸入 Y = C + IP + IH + G + X - M 国内総生産(IS曲線) KP = KP-1 + IP 資本ストック UC = UC(r) 資本コスト (供給) Yp = F(KP, Ls) 潜在GDP(生産関数) dP/P = P(B(L)(dP/P)-1 , GAP) GDPデフレータ上昇率 GAP = Y/Yp GDPギャップ (2) 労働市場 Ls = Ls (W/P, POP) 労働供給 LD = LS (1-UR) 労働需要 eq UR = (CU, (YW/NI)/(YW/NI) ) 失業率 (3) 財政 G = CG + IG 政府支出 TP = TP(YW) 個人税 TC = TC(NI - YW) 法人税 TI = TI(P・Y) 間接税 SC = SC(YW) 社会保障負担 SB = SB(W, POP65) 社会保障給付 BG = TP + TC + TI + SC - G - SB 一般政府財政バランス (4) 貨幣市場 MS = MD (is , P・Y) 通貨の需給均衡式(LM曲線) is = is(C(L)dP/P, GAP) 名目短期金利 il = D(L)is 利子の期間構造 r = il - dp/p 実質長期金利 22 (5) 外国為替市場・国際収支 E = E(il-il* , P/P*, ρ) 為替レート ρ = Σ BC/(P・Y) リスク・プレミアム * BC = P・X - E・P ・M 経常収支 BC + BK = 0 国際収支の均衡条件(BP曲線) BK :資本収支 NW :純資産 CG :政府消費 POP :15歳以上人口 CU :稼動率 POP65 :65歳以上人口 IG :政府投資(外生) W :賃金率 HK :人的資本及び家計保有の物的資本 WD :世界需要 KH :住宅ストック YD :家計可処分所得 NI :国民所得 YW :雇用者報酬 (備考)添字の eq は均衡値、*は外国変数、A(L)はラグ演算子を表す。 23 付録 B:ADAD-ASモデル ASモデルのフロー図 モデルのフロー図 AD-ASモデルのフロー図を描いてみた。本文に示したIS-LMモデルと比較し、一部の変数に ついて記号を変更している。労働市場を含む供給サイドの定式化に関し、幾らかのバリエ ーションがあり、その中の一つに基づいてフロー図を作っている。あくまでも一例であり、 細かいところで様々な表現や工夫が考えられる。 国民 (+) 可処分所得 消費支出 C (+) 生産物の YD 貯蓄S 総需要量 投資支出 I (-) 生産物の 総供給量 生産物市場 Yd Ys (-) 政府支出 G 租税 T 生産量 物価水準 P 国民所得 Y (+) 貨幣 需要量 L 貨幣市場 貨幣 供給量 M/P (-) 名目利子率 i 実質利子率 r = i − π e (-) (+) 労働の 需要量 N 定義式 d 労働市場 労働の 供給量 Ns YD = Y − T Y d 実質賃金 労働雇用量 N 名目賃金 W =C + I +G 技 術 関係 式 Y s = F (N , K ) 生産物市 場の均 衡 Y d =Y s 資本K 生産現場 (生産関数) F (N ,K ) =Y 24 W/P フロー図では変数の影響関係に焦点を置いていることから、次のような細部は明示してい ない。 ・期待インフレ率 π e は、具体的にどのように定式化するのか。 ・価格調整を妨げるメカニズムを、具体的にどのように定式化するのか。 このような細部を明示していないことから、上のフロー図は広い範囲のAD-ASモデルに適用 できると言える。 上のフロー図において労働需要量 N d は実質賃金 W / P の関数になっている。一方、付録A で示したモデルでは、労働需要量 N d は実質賃金 W / P の関数になっていない。この例が示 すように供給サイドの定式化には様々なバリエーションが存在する。上のフロー図は労働 需要量 N d も労働供給量 N s も実質賃金 W / P の関数になっている点が特徴的である。 労働市場において実質賃金 W / P が決定される如くに描写されていても、それは物価水準 P が労働市場で決定されることを意味しない。ケインズ経済学か否かに関わりなく、次に 示す市場の役割分担はマクロ経済学の基本として不変であろう。 ・生産物市場において生産量 Y と物価水準 P が決定される。 ・労働市場において労働雇用量 N と名目賃金 W が決定される。 このような視点に基づいて上のフロー図を描いている。 付録 C:IS-MPモデル MPモデル IS-LMモデルは1937年にジョン・ヒックスにより提示された。その後に得られたマクロ経済 の知見を取り入れ、デビット・ローマー(2000)はIS-LMモデルに代わる教育用モデルとして 「IS-MPモデル」を提示している。IS-MPモデルの「MP」は「Monetary Policy」から名付け られている。興味がある場合は「IS-MPモデル」や「IS-MP分析」といったキーワードを利 用すれば必要な情報が見つかる。次のウェブページからも情報は得られる。 Romer, David (2000) "Keynesian Macroeconomics without the LM Curve", Journal of Economic Perspectives, Vol.14, No.2, pp.149-169. (http://eml.berkeley.edu/~dromer/papers/JEP_Spring00.pdf) おわり 25
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