ハロン湾での取り組みと人材育成 - 大阪府立大学 大学院 工学研究科

ハロン湾での取り組みと人材育成
-海洋システム工学分野-
教授 大塚 耕司
助教 新井 励
本学は,日本国際協力機構(JICA)からの支
向けて,水上生活者と観光船を対象とした「住
援を受け,
(財)地球環境センター(GEC)と共
民参加型の資源循環システムの構築」を目指す
同でベトナムハロン湾における海域環境保全に
こととした.具体的には,
「住民参加型廃棄物実
関する取り組み「JICA 草の根技術協力事業-ベ
態調査」
,
「ごみの減量化と生ごみの有効利用」
,
トナム国・ハロン湾における住民参加型資源循 「厨房などの排水対策」
,
「環境活動リーダーの育
環システム構築支援事業-」に現在取り組んで
成」
,
「水質モニタリングやマングローブ植樹を通
いる.
した環境啓発活動」といった活動を行い,現地
ハロン湾は,無数の奇岩郡とその幻想的な風
においてこれらの活動を継続して実施できる体
景から世界遺産にも登録されており,後世に残
制の構築を目指している.
すべき貴重な海域である.また,世界有数の観
これらの活動のうち廃棄物有効利用と厨房排
光地であることから新興国ベトナムにとって,観
水対策に関する活動では,まずどのような種類の
光資源として極めて重要な海域でもある.しかし
廃棄物がどのくらいの量出されるのか,それらが
ながら,近年,増え続ける観光船やホテルから出
どのように利用できるのかを探るため,
「住民参
される排水,さらにはハロン湾近郊に位置する炭
加 型 」 廃 棄 物 実 態 調 査 を 行 っ た. 私 た ち は
鉱からの石炭灰の海域への流出による水質悪化
Floating village を訪問し,いくつかの水上家屋を
が 問 題 視 さ れ て き た. ま た ハ ロ ン 湾 に は, 訪問して毎日出るゴミの実態を聞き取り調査した
Floating village と呼ばれる水上生活者の村が 4 つ
り,村民自身にも廃棄物量の計量を依頼し,自分
存在し,約 1,600 人が住んでいる.彼らは一生の
達の村で出しているごみの量を彼ら自身に把握
ほとんどを海の上で過ごしており,日常のゴミや
させたりしている.また厨房排水の実態調査も行
生活廃水も海域環境悪化の一因となっている.
い,食器洗いに古い魚網の切れ端を使用してい
ることや,食器を洗った後の洗剤を含む水を直
接海に流していることを確かめている.
ベトナムハロン湾の奇岩群
そこで本プロジェクトでは,ハロン湾の環境改
Floating village における聞き取り調査
善を上位目標とし,特に「草の根」の活動に目を
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このような廃棄物の減量化に関しては,生活残
の先生も交えて実施している.先行して行ってい
飯や観光船から排出する生ごみを魚や家畜の餌, るある村の Floating 小学校では,私たちの教えた
肥料などにして再利用する方法,毎日厨房で調
モニタリングをそのまま継続し,水質データを記
理用に使用されている練炭の灰をセメントやレ
録するといった成果も見え出している.
ンガの材料として再利用する方法,厨房排水に
おける洗剤の使用量を減らすためアクリルたわ
しを使う方法など,様々な取り組みを提案して
いる.
これら一連の取り組みで重要なことは,ゴミの
有効利用や洗剤の使用量削減を行うことによる
廃棄物の減量化の仕組みを,単なる環境啓発の
イベントに終わらせるのではなく,既存の社会シ
ステムに継続的に導入することである.そのため
にはハロン湾における社会システムの構成要素
である住民,企業そして管理機関が,一体となっ
て自主的に取り組んでもらう必要があり,その枠
組みの構築や運営への助言,さらには技術指導
といった役割が本学や GEC には課せられている.
他方,ハロン湾の海域環境に住民自身が関心
水上小学校における授業
を持ってもらうことを目指して行っているのが水
質モニタリングやマングローブ植樹を通した環
もう一つの環境啓発活動であるマングローブ
境啓発活動である.
植樹については,複雑な歴史的背景も学ぶ必要
海域環境を保全,修復するうえで,まず実施
がある.現地は元々広大なマングローブ林が沿
すべきことは海域の現状を把握する,すなわち定
岸域を覆っていたが,ベトナム戦争時にナパーム
期的に海域の水質や潮汐変動を観察・計測する
弾や枯葉剤によりその多くが失われた.戦後,ハ
ことである.日本国内では水産庁が実施している
ノイ大学の研究者を中心としたたいへんな努力
浅海定海調査をはじめ多くの機関が定期的に沿
の結果かなりのマングローブ林が修復されたが,
岸海域の水質や潮汐の調査を行っているが,ハ
近年のベトナムの急速な経済発展と引き換えに
ロン湾ではそのような活動は実施されていない. エビの養殖場の整備に伴い再びマングローブ林
そのため,世界遺産に登録以降,観光産業によ が伐採された.この主因は大量のエビを輸入して
る海域の水質悪化が懸念されているものの,具
いる日本にあるといっても過言ではなく,マング
体的にどの程度汚染されてきているかは定量的
ローブ林の修復は日本の責務であるといってもよ
に把握されていないのが現状である.
い.私たちは,
このような背景を含めてマングロー
そこで私たちは,Floating village や観光船業者
ブ植樹の重要性を教え,現地で実際にマングロー
といった地元の人々を巻き込んで,定期的な水
ブを植樹する計画を進めている.この活動も他
質計測を実施する社会システムを構築する試み
の活動と同様に現地機関との連携を重視してお
を実施している.この試みには前述のハロン湾管
り,
マングローブ生態系研究センター(Mangrove
理局(HBMD)も主体的に取り組んでおり,定期
Ecosystem Research Center, MERC)やベトナム
的な水質モニタリングの計画策定への助言や, 国立大学の研究者や学生と共同で実施する予定
現場における水質計測の技術指導も私たちが である.
行っている.
これら全ての取り組みで共通している点は,あ
Floating village では,特に小学生への環境啓
くまでも現地の機関・企業・そして住民が主体と
発活動に力を入れており,海域環境の大切さ, なって取り組むスタイルをとっていることであ
保全の意義,さらには現地のものを用いた水質 る.環境問題の解決に向けた取り組みを行う際に
測定キットの作成(工作)といった授業を,現地
は,住民の環境に対する意識を向上させることが
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必要不可欠である.どのように洗練された理念,
ここまで,ハロン湾における取り組みについて
最先端の技術をもってしても,住民の環境に対
述べてきたが,最後に学内での取り組みについて
する意識が薄い地域において環境問題を解決す
紹介する.本学では,
「環境」と「国際」が教育
ることは不可能であると考えている.
理念のキーワードに掲げられており,実はハロン
しかしながら,住民の環境に対する意識が高
湾で行われているような環境活動を現地で実践
まっても,それらを取りまとめ,新たな社会シス
できる「国際環境活動リーダー」を我々自身が
テムを提言・構築するためには,環境問題に対
育成しなければならないのである.そのための取
して深い理解と高い技術を備えたリーダーとな
り組みとして,平成 22 年度に,新たな環境人材
る人材も必ず必要である.そこで本プロジェクト
育成のための教育プログラムを開設した.
では「環境活動リーダーの育成」にも取り組ん
この教育プログラムでは,学部教育としての副
でいる.環境に対する高い意識を持っている現
専攻「環境学」と大学院教育としての「国際環
地の人を選び,セミナーや環境教育,実践での
境活動プログラム」により,学部・大学院の一貫
訓練をつませる取り組みを実施している.深い知
教育として,環境人材の育成を目指している.学
見をもとに多角的な観点から環境をとらえ,さら
部教育における環境学では「環境・生命・倫理」
「環
には社会経済システムと統合化を図り新たな社
境学と社会科学への招待」
「自然環境学概論」の
会経済システムを構築できる,いわば環境活動
3 つの講義科目と実践型科目である「環境学活動
の牽引役となりえる人材を育てることを目標とし
演習」をその中心に配置している.学生は哲学・
ている.
社会学・生態学など幅広い観点から環境学を学
び,実践力も磨く.それぞれの専門分野の知見
を踏まえ,環境保全・持続可能性などの分野横
断的な知見と俯瞰力を備えた人材を育成するこ
とをねらいとしている.すなわち「ハロン湾での
活動」と本学の「環境学」は多くの点で共通し
た目標がある.
大学院における「国際環境活動プログラム」
では,
「国際環境学特論」
「国際コミュニケーショ
ン特論」の 2 つの講義課目と海外での実践を目指
す「国際環境活動特別演習」を配置している.
ここでは,海外で環境活動を行うに際し必要とな
る文化的,歴史的,社会的,科学的素養を養い,
十分なコミュニケーション能力を身に付けた上
で,現地で活動演習を行うこととなる.来年度開
講される「国際環境活動特別演習」では,実際
にハロン湾を訪れ実践的な環境活動に参画して
もらう予定である.まさに国際的なフィールドに
環境活動リーダーの育成
自身を置き,言葉や文化の相違といった壁を乗り
越えながら,そもそも「環境」とは何であろうか
と「考え」
,
「行動」
「議論」することを実感して
もらえることであろう.
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