なぜ中東では独裁政権が誕生するのか?

なぜ中東では独裁政権が誕生するのか?
2015.11.08.
位野花
靖雄
ナーセル・アラファト・フセイン・カダフィ・ベンアリ・アサド・・・
中東・北アフリカの政治歴史を彩ってきた指導者たち。強烈な指導力で国を引っ張ってき
たと評価される一方で、独裁的な政治手法を批判もされてきました。民主的プロセスで選
ばれたマーリキー・イラク政権も、最終的にはシア-派重視の独裁色が強い政権になりま
した。
なぜこの地域では次々と独裁者・独裁的政権が誕生するのでしょうか?
アラブ社会を
色濃く染めているイスラームと部族の切口から問題を考えてみました。
真意はどこに?
興味深い世論調査があります。2005年12月イラクで国民議会選挙がありました。
選挙を前に ABC・TIME などの有力メディアが共同で行ったイラク国民を対象とした世論
調査で、
「選挙後の体制」を問いました。
半数の人が「民主主義体制」を選んだのは当然だといえましょうが、何と!30%の人
が「独裁体制(Dictatorship)
」が望ましいと回答しました。長い間独裁体制に苦しんでき
ただけに、独裁体制だけは「勘弁してくれ」との回答なら理解もできるのですが、一体ど
ういうことなのでしょうか?
フセイン独裁政権が倒されて
から2年しか経っていないのです・・・
2003.4.バグダード陥落:米軍によるフセイン銅像破壊
抗争の歴史
この地域は古くから誰が権力を継承するかで、血で血を洗う激しく長い抗争を経験して
きました。トルコ、サウジ、イラク・・・いずれの国でも誰が支配者・権力者になるかで
流血の歴史を刻んできました。
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少し時代を遡る話になりますが、中東を長く治めたオスマン・トルコ帝国時代には、為
政者は反乱発生を防ぐために兄弟殺しの掟を導入し、モハメド3世は19人の兄弟を殺し
たと記録されています。
サウジアラビアでは、第一次・第二次サウド王朝時、14回の権力の継承が行われまし
たが無血は3回のみで、11回は流血・戦いがあったと伝えられています*。
イラクでも、1958年惨たらしい革命があり王制が打破され共和国になりましたが、
その後も流血の政権交代が続きました。
*J.A.Kechichian 著:サウジアラビアの王位継承問題
なぜ激しい権力継承抗争になるのでしょうか? そのひとつの背景に、イスラームの
影響があるのではないかと考えました(イスラームの教義に問題があるとの意味ではあり
ません)。
イスラーム
イスラームの教えでは、すべての人間は唯一絶対の神アッラ
ーの前では平等であると説いています。具体的にわかりやす
いのがモスクでの礼拝時の様子です。礼拝する人は聖地メッ
カに向かい、横一列になって祈っています。写真は集団
礼拝の風景です。
誰か整理員がいて、横に並ばせているのではありません。ごく自然に横一列になるので
す。王族も泥棒も警察官も身分・地位に関係なく、同じ列に肩を並べて礼拝することにな
ります。すべての人間は神の奴隷(しもべ)であり、神に対し全員平等なのです。
日本国内の講演会などの集会では、後ろから遠慮がちに席が詰まり、「タテ」で列ができ
ていきます。
「前にならえ!」の背番号社会・タテ社会であり、前列には地域の偉いさんと
か先生方とかが席を占めているのが通常でしょう。
「ヨコ」社会のアラブとはまったく異な
る社会だといえましょう。しかし、この平等ヨコ意識が権力移譲では曲者なのです。
さらに、この地域の社会システムに根付いている部族問題も独裁問題に影響をあたえて
いると思われます。
部族
部族はアラブ社会の重要な位置を占める社会システムです。中東でも核家族化など社会
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環境の変化で、表面上は影が薄れてきているように映りますが、一旦緩急あれば部族の絆
は蘇ってきます。
部族長が亡くなり新しいリーダーを選ぶ場合、父親から長男へ自動的に相続されるので
はなく、調整能力・指導力・軍事力・財力などを考慮し、兄弟・従兄弟・叔父などを含め
た幅広い候補者群から選ばれるのが一般的です。長子相続ではありません。
部族の名誉と円滑な運営、外敵の攻撃から部族構成員を守り生き抜くためには、出来る
だけ幅広い候補者の中から最適者を選ぶ必要があります。イスラームと同様に、ここでも
平等の意識が感じられます。
権力闘争
権力のトップを選ぶ場合、出来るだけ対象候補者を多くし、間口を広くしてその中から
選択した方が一般的にメリットはあるでしょう。しかし、ディメリットもあります。
対象の候補者が増えると、選抜作業が複雑となり調整に時間がかかります。また、選定
基準が主観的・曖昧なために、選定の過程で混乱を招く可能性も大きくなります。
さらに問題なのは、前述したようにイスラーム・部族の影響で人々の心の底に平等精神が
あるため、いったんリーダーを決めても、状況が変われば「我こそが一番」と権力にチャ
レンジしてくる人物が次々と出てくることです。
平等が独裁へ
結果として、この地域では権力闘争が絶えませんでした。一度争いが起こると、流血を
見ることになり、住民は混乱の中で不便な生活を余儀なくされてきました。
強い指導者が治めなければ不安定な日々が続くことを、この地域の人々は身をもって感
じてきました。一方指導者となった者は、自分に挑戦してくる者が次々と現れることを防
ぐために、危ないと判断した人物は粛清し、身辺を親類一族・宗派などで固める傾向があ
ります。この結果独裁体制が生まれることになるのです。すなわち、皮肉なことに平等意
識が独裁を生んでいるといえるのです。
日本経済・8月19日
苦渋の選択かどうかわかりませんが、住民にとっては独裁が平
穏な生活をおくる次善の政治体制だと感じているのではないで
しょうか。これが冒頭に触れたイラクでの世論調査に反映してい
るのだと推察します。生活の知恵といえるかも知れません。同じ
ような例を直近のエジプトにも見ることができます。
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現状維持・安定第一
「アラブの春」と喧伝され選挙で選ばれたエジプトの政権は、2013年軍の介入によ
り崩壊しました。
新大統領シシは前政権の支持母体ムスレム同胞団を徹底的に弾圧すると共に、デモ禁
止・メディア検閲など抑圧的・独裁的政治手法を展開しています。
しかし、このシシ政権を国民は圧倒的に支持しています。隣国リビアが、内乱により分
裂し国家が溶解したことをエジプト国民は知っています。またこの2年、人々はエジプト
現代史で最も荒々しく困難な時期を経験し
ました。
多少制約があったとしても、安心・安全で平
穏な日々を過ごすことができれば、独裁的・
強権的政権でも「了」との判断をしているだ
と思われます。
外務省HP
イエメン・リビアは国家溶解の状態です。シリアも分裂の度合いを深めています。イラ
クは混迷から抜け出せません。次はどこで火の手が上がるのでしょうか?
もし、シシ政権が倒れることにでもなれば、報復が報復を呼ぶ酸鼻の極みになることは
間違いないでしょう。今年のノーベル平和賞は、チュニジアの民主化を仲介した組織に授
与されましたが、そのチュニジアでさえ安定した状況だとはいえません。
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