BALB/cマウスへの単純ヘルペスウイルス 2型 臨床 離株経膣接種による

慈恵医大誌 2002;117:427-39.
BALB/cマウスへの単純ヘルペスウイルス 2型
臨床
離株経膣接種による神経伝播経路と
脊髄炎の発症病理
東京慈恵会医科大学皮膚科学講座
峰
咲
幸
哲
本
田
まりこ
長崎大学熱帯医学研究所宿主病態解析部門病変発現機序
岩
崎
琢
野
也
富山医科薬科大学ウイルス学講座
白
(受付
木
康
平成 14年 8月 15日)
PATHOGENESI
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I
.緒
言
性器ヘルペスは,単純ヘルペスウイルス 2型
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ype2,HSV-2)あるいは
1型(HSV-1)が原因のウイルス感染症である.病
型には,HSV が性器の皮膚や粘膜に接触感染し
近年,HSV の神経向性という特性と免疫組織化
学的手法を利用して,接種部位から中枢神経系に
至る感染経路について解析した報告もみられるよ
うになったが
,その多くは HSV-1を用いた
足蹠や腹腔内,脳幹接種による解析であり,HSV-
た後に 2∼10日間の潜伏期間を経て発症する急性
2を用いた経膣接種による解析はこれまでほとん
どない.
型(初感染)と,初感染後に後根神経節に潜伏し
そこで今回われわれは,El
s
ber
g症候群患者お
た HSV が発熱,ストレス,疲労,性 などの刺激
や細胞性免疫能の低下などの誘因によって再活性
よび中枢神経症状を併発していない再発型ヘルペ
化して神経支配領域に病変を形成する再発型があ
じ様式で実験動物に経膣接種することで,HSV-2
による脊髄炎の発症と感染ウイルスの毒性との関
る.
ス患者より
離した HSV-2株を実際の感染と同
本邦における急性型性器ヘルペスの 6∼7割は
連や HSV-2の神経伝播経路について検討した.
HSV-1が原因で ,外陰部のびらん,潰瘍による
排尿時痛や痛みによる排尿障害を伴うことも少な
なお,BALB/cマウスへの HSV 経膣接種に関
しては,マウスの性周期によってウイルスに対す
くない.また,まれではあるものの HSV が仙髄神
る感受性が変化するとの報告
経 S3∼S4領域を含む両側仙髄神経根へ感染する
われは外陰部を乱切する方法と性ホルモンを前投
ことによって急性尿閉を引き起こすことがあり,
与する方法の 2つの方法で接種実験を行い,HSV
このような症候は El
s
ber
g症候群と呼ばれてい
経膣感染実験における有用な接種方法についても
る
検討した.
.本症候群は HSV-2による初感染例に多く
みられ,われわれはこれまでに HSV-2の初感染
後に発症した成人女性例 1例を経験している .
このように HSV 感染症ではときに脊髄炎や脳炎
もあるため,われ
I
I
.対 象 と 方 法
1. 動物およびウイルス
り,一般に HSV-1は脳炎を起こしやすく,HSV-
実験動物は,日本 SLC(静岡)より 6週齢,メ
スの BALB/cマウスを購入した.
2は脊髄炎を起こしやすいといわれている .
HSV による脳炎や脊髄炎の発症と感染ウイル
ヘルペス患者より
スの毒性との関連についての報告は多い
おいた HSV-2株のうち,以下のアシクロビル感
が
,同一の HSV 株を用いた接種実験でも,
接種部位や宿主(接種動物)が変わることによっ
受性株 5株を用いた.1つは性器ヘルペス初感染
後に El
s
ber
g症候群を発症した 51歳の女性患者
てウイルスの毒性に大きな差がみられるなど,両
より 離した株(JM-1)で,他の 4つは性器ヘル
ペスあるいは腰仙骨部ヘルペスを繰り返す 65歳,
などの中枢神経症状を併発することが知られてお
者の関連についてはいまだ不明な点が多い.また
ウイルス株は,これまでに当科を受診した単純
離培養した後に凍結保存して
HSV-2経膣接種による神経伝播経路と脊髄炎の発症病理
33歳,25歳および 77歳の女性患者より 離した
株(JM-2,JM-3,JM-4,JM-5)である.
2. 細胞
4
29
生存マウス数について 1日 1回ずつ 4週間観察し
た.
次に,経時的な感染ウイルスの局在を観察する
すべてのウイルス株は Ve
r
o細胞にて培養し
目的で,新たに各株 10匹ずつ計 50匹のマウスを
た.まず,単純ヘルペス患者の発疹部を綿棒にて
用意して,上記と同様の方法にて同力価のウイル
擦過してスメアを採取した後に検体保存液に入れ
スを接種した.50匹のうち,接種 2∼3時間後に各
株 1匹ずつ計 5匹,接種 4日後に各株 2匹ずつ計
た.検体保存液より 1mlをエッペンドルフチュー
ブに入れ,5,
000r
pm にて 5 間遠心した後に上
清を別のチューブに移し,さらに 5,
000r
pm にて
5 間遠心した.次に,この上清から 200μlをと
り,Ve
r
o細胞を単層培養した径 6cm のシャーレ
(5% 仔牛血清入 MEM(日水,イーグル MEM)
入)に接種した.1時間吸着後,0.
8% メチルセル
ロース 2% 仔牛血清入 MEM 5mlを重層し,37℃
5% CO イ ン キュベーターに て 培 養 し た.そ の
後,シャーレに形成されたプラークを顕微鏡下に
10匹を解剖した.さらに,接種 7∼10日後に神経
症状がみられたマウスを各株ごとに 2∼5匹ずつ
解剖した.なお,全く神経症状のみられなかった
マウスは,接種 14日後にすべて解剖した.
2) E/DP群,E群(性ホルモン投与群)
HSV-2株は,乱切法にて経膣接種した 5株の
うち,BALB/cマウスにおいて最も弱毒と えら
れた JM-1株,最も強毒と えられた JM-5株お
よび中等度の毒性と
えられた JM-3株の 3株
採取し,Ver
o細胞を単層培養した 25cm フラス
コ(2% 仔牛血清入 MEM 5ml入)へ接種し,再
(JM-1,JM-3,JM-5)を用いた.性ホルモン投与
度,37℃ 5% CO インキュベーターにて培養し
た.フラスコ内の細胞全部にウイルスが感染した
とく行った.まず,ウイルス接種 6日前にエスト
後に凍融解を 3回繰り返し,滅菌済みチューブに
移し,3,
000r
pm にて 15 間遠心後,上清を回収
して−80℃ にて保存した.
3. ウイルス力価
検体保存液より 1mlをエッペンドルフチュー
法は Par
rMB etal
.の報告
に従って以下のご
ロゲン(17βes
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gma社)のみを 0.
1μg/
マウス皮下接種した群(E群)を各株ごとに 10匹
ず つ 計 30匹 と,ウ イ ル ス 接 種 6日 前 に 17β
es
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1μg/マウス,その翌日にプロゲス
テロン(Depo-Pr
over
a Si
gma社)を 2mg/マ
ブに入れ,5,
000r
pm にて 5 間遠心した後に上
ウス皮下接種した群(E/DP群)を各株ごとに 10
匹ずつ計 30匹を用意した.マウスは,ペントバル
清を別のチューブに移し,さらに 5,
000r
pm にて
ビタール皮下注射にて麻酔後,乱切せずに 1×10
5 間遠心した.この上清から 200μlをとり,2%
仔牛血清入 MEM で 10倍ずつ段階希釈した後に
/マウスを外陰部に滴下した.接種後,
PFU/20μl
各株ごとにマウスの陰部症状や神経症状,生存マ
Ver
o細胞を単層培養した径 6cm のシャーレに
希 釈 液 を 200μlず つ 接 種 し た.1時 間 吸 着 後,
ウス数について 1日 1回ずつ 4週間観察した.
0.
8% メチルセルロース 2% 仔牛血清入 MEM 5
mlを重層し,37℃ 5% CO インキュベーターに
目的で,新たに E群のマウスを 10匹,E/DP群の
て 2日間培養した.5% ホルマリン溶液で 1時間
価の JM-1株と JM-5株を用いて,E群には 5匹
以上固定し,0.
03% メチレンブルー溶液にて染色
した後に,それぞれのシャーレに形成されたプ
ずつ,E/DP群には 25匹ずつ接種した.E群は,感
染の有無を確認する目的で,
接種 3日後に 10匹す
ラーク数からウイルス力価を算出した.
べてを解剖した.E/DP群は,接種 1,3,7,10,45日
後にそれぞれ各株 5匹,計 10匹ずつを解剖した.
4. 接種
1) 乱切群(性ホルモン非投与群)
各株 10匹ずつ計 50匹のマウスの外陰部を 25
ゲージ注射針にて乱切し た 後 に 1×10 pl
aque/マウスを滴下した.
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s(PFU)/25μl
接種後,
各株ごとにマウスの陰部症状や神経症状,
次に,経時的な感染ウイルスの局在を観察する
マウスを 50匹用意した.
上記と同様の方法で同力
なお本実験は,
本学および富山医科薬科大学,
国
立感染症研究所における動物実験指針に従って行
われた.
5. 病理組織・免疫組織化学
マウスはクロロフォルム吸入による深麻酔後,
430
峰咲
胸腔を開いて右心房に切開を入れ,左心室に 25
ゲージの翼状針を留置した.まず,PBS10mlを
ゆっくり注入しながら右心房より環流脱血した.
次に,同翼状針より 4% ホルムアルデヒド/
リン酸
ほか
Tabl
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E/DP
E
緩衝液(pH 7.
4)15mlをゆっくり注入して固定し
JM-1
た.固定後,各臓器を採材し,さらに 10% 緩衝ホ
JM-2
JM-3
7(70%)
4(40%)
3(30%)
7(70%) 10(100%)
JM-4
JM-5
2(20%)
0(0%)
4(40%) 10(100%)
ルマリンにて 1週間固定した.必要に 応 じ て,
EDTA による脱灰を加え,通常の方法によりパラ
フィン包埋した後に厚さ 3μm の薄切切片を作製
した.この薄切切片を脱パラフィン後親水化し,
ヘ
8(80%) 10(100%)
Gr
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hHSV-2(
1×10 PFU)
.
マトキシリン・エオジン(HE)染色により,光学
顕微鏡下で観察した.さらに,免疫組織化学的解
の後も症状が出現することなく経過観察終了時ま
析にもこの切片を
で全例生存した.各株ごとの生存率は,JM-1株が
用した.
まず,切片を 0.
3% 過酸化水素水に 30 間浸漬
70% と 最 も 高 く,JM-2株 が 40%, JM-3株 が
30%,JM-4株が 20% であり,JM-5株では接種
し,PBSに て 洗 浄 し た 後 に 0.
25% ト リ プ シ ン
後 2週間以内に全例死亡した(Tabl
e1,Fi
g.1).
CaClにて 37℃,30 間処理した.PBSにて洗浄
後,5% ヤギ血清を切片上に滴下し,室温にて 20
E/DP群では,4週間の経過中に陰部のびらん,
潰瘍や明らかな膀胱直腸障害はみられず,主な神
間放置した.さらに,ウサギ抗 HSV-2抗体を滴
経症状は後肢麻痺であった.後肢麻痺の出現時期
下して 4℃ にて 24時間放置した.
切片上の試薬を
洗い流し PBSに浸漬した後に抗ウサギビオチン
は,乱切群と同様に接種した株に関係なくほぼ一
標識ヤギ血清
(Bect
er社)を切片上に滴下し,37℃
とやや遅れて,
接種 8∼10日後より出現した.
JM1株で死亡した全 2例および JM-3株で死亡した
3例中 2例においては後肢麻痺が約 1週間続いた
抗 HSV-2抗体を用いた免疫組織化学染色では
にて 20∼30 間放置した.
切片上の試薬を洗い流
し PBSに浸漬した後にペルオキシダーゼ標識ス
トレプトアビジン(LSAB 2キット DAKO社)
を切片上に滴下し,37℃ にて 20∼30 間放置し
致していたが,症状の出現時期は乱切群に比べる
後の接種 14,15日後に死亡した.一方,JM-3株の
た.切片上の試薬を洗い流し PBSに浸漬した後
残り 1例と JM-5株で死亡した 6例中 5例では後
肢麻痺の出現から 1∼3日以内の接種 9∼11日後
にメチルグリーン核染色を行った.
に死亡した.JM-5の残りの 1例は他の 5例と同
なお,今回用いた抗 HSV-2抗体の抗原は,ウイ
ルス感染細胞の核および細胞質内に存在するウイ
様に後肢麻痺の出現より 3日で死亡したが,神経
症状の出現時期が遅く,
接種 13日後より後肢麻痺
ルス構造蛋白で,ウイルスが増殖している細胞の
が出現した.なお,各株ごとの生存率は,JM-1株
みが陽性となるため,潜伏感染状態では陰性とな
が 80% と最も高く,JM-3株が 70%,JM-5株が
る.
40% であった(Tabl
e1,Fi
g.2).
E群では 4週間の経過観察中に皮膚粘膜症状や
I
I
I
.結
果
神経症状の出現したマウスは 1例もなく,3株と
1. 臨床症状と生存率
も全例が生存し,生存率は 100% であった(Tabl
e
乱切群では,陰部のびらんや潰瘍,神経症状の
1).
なお,乱切群と E/DP群の間で JM-1株,JM-3
出現時期は接種した株に関係なくほぼ一致してい
た.接種 6∼7日後に陰部にびらんが生じ,その後
1∼2日以内に後肢麻痺や膀胱直腸障害が出現し,
神経症状が出現したマウスは接種 7∼11日後にす
株,JM-5株の生存率を各株ごとに χ 検定にて統
計学的に比較検討したところ(p <0.
05),3株とも
すべて有意差は認められなかった.
べて死亡した.一方,接種後 2週間以内に皮膚粘
2. 病理組織および免疫組織化学的所見
膜症状や神経症状がみられなかったマウスは,そ
抗 HSV-2抗体を用いた免疫組織化学にて感染
HSV-2経膣接種による神経伝播経路と脊髄炎の発症病理
431
Fi
g.1. Sur
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rJM-5(cl
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quar
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oup).
ウイルスの局在を経時的に観察したところ,ウイ
(Fi
g.3a).免疫染色では膣粘膜上皮内の巨細胞や
ルス接種前の処理法や接種した株による差はみら
空胞化細胞に一致して HSV 抗原が検出された
れず,乱切群および E/DP群のいずれにおいても
同様の経過を示した.
が,粘膜下層には陽性細胞は認められなかった
(Fi
g.3b).なおこの時点ではまだ,後根神経節や
接種 2∼3時間後では,HE染色や免疫染色のい
ずれにおいても膣粘膜上皮に感染を疑わせるよう
中枢神経系への感染は認められなかった.
な組織学的変化はみられなかった.
のニューロン(Fi
g.4)や脊髄内のニューロンおよ
接種 1∼4日後の HE染色では,膣粘膜上皮内
に巣状にウイルス感染細胞と思われる巨細胞や空
びグリア細胞に HSV 抗原が陽性となった.HSV
胞化細胞が集簇してみられ,その周囲や粘膜下層
後根から後角にかけて 布し
(Fi
g.5a),やや上方
の胸腰髄では知覚神経求心路である脊髄小脳路あ
には好中球を主体とした細胞浸潤を伴っていた
接種 7∼10日後の免疫染色では,後根神経節内
抗原陽性細胞は,腰仙髄などの下部脊髄では主に
432
峰咲
ほか
Fi
g.4. I
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hor
acol
umbers
pi
nalcor
ds
.
a
7b).後根から脊髄後角にかけての HE染色では
軽度の炎症性細胞浸潤と変性壊死を認め(Fi
g.
8a),免疫染色では同部位のニューロンやグリア
細胞に一致して HSV 抗原が陽性となった(Fi
g.
8b).また脳幹部でも同様に,橋部の最も腹側に炎
症性細胞浸潤と軽度の変性壊死を認め(Fi
g.9a),
b
Fi
g.3. Hi
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免疫染色でも同部位のニューロンやグリア細胞に
一致して HSV 抗原が陽性となった(Fi
g.9b).
接種 14日後および 45日後の HE染色および
免疫染色では,ウイルス感染を疑わせるような所
見はみられなかった.
E群における接種 3日後の HE染色では,膣粘
膜上皮細胞は過角化を伴って数層に厚くなり,ウ
イルス感染を疑わせるような巨細胞や空胞化細胞
るいは脊髄視床路を上行する側索(後外側)ある
などの組織所見はみられず,免疫染色でも HSV
いは前索(前内側,前外側)に一致して
抗原は検出されなかった.
布して
おり,中心管の上皮細胞にも認められた(Fi
g.
5b).一方,下部消化管粘膜下平滑筋層内神経叢へ
I
V.
の感染も認められたが
(Fi
g.6),膀胱神経叢や心,
1. 性ホルモン前投与の有用性
肺,肝,脾,膵,腎,副腎などの実質臓器あるい
察
性器ヘルペスが妊婦に感染しやすいことはよく
なかった(Fi
g.6).消化管粘膜下神経叢での HE
染色では,粘膜上皮から粘膜下層,筋層内にかけ
,Over
al
lJC etal
. や Baker
DA etal
. はマウスへの HSV-2経膣接種実験
において,妊娠マウスのほうが非妊娠マウスに比
て著明な炎症性細胞浸潤が認められ
(Fi
g.7a),同
べてウイルス感受性が高いことを示した.また,
部位の免疫染色では筋層間から内輪筋にかけてと
Par
rMBetal
. は,様々な性周期の BALB/cマ
ウスに HSV-2を経膣接種した結果,性周期に
は消化管粘膜下パイエル氏板への感染は認められ
粘膜下の神経叢に HSV 抗原が認められた(Fi
g.
知られており
HSV-2経膣接種による神経伝播経路と脊髄炎の発症病理
433
Fi
g.6. I
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.
a
妊娠マウスと非妊娠マウスの HSV-2経膣接種後
の平
死亡率に有意差がみらなかったことより,
ウイルス感染の成立にはプロゲステロン前投与に
比べてウイルス接種時に生じる膣粘膜の微少外傷
による影響のほうが重要であると報告した
.
今回われわれが行った経膣接種実験では,乱切群
と E/DP群におけるマウスの生存率に有意差は
b
認められず,ウイルスが効率的に感染するために
Fi
g.5. I
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acol
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pi
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ds(b).
はマウスへのプロゲステロン前投与や外陰部粘膜
上皮への外傷はいずれも重要であることが示され
た.しかし,一般に乱切やウイルス接種時に生じ
る外傷の程度を常に一定に保つことは手技的に困
難な場合が多く,同一株を接種した場合でも接種
するたびごとに感染率が大きく変化してしまう可
能性も否定できない.したがって,マウスへの
よってウイルス感受性が大きく変動することを明
HSV 経膣接種実験においてウイルスの感染効率
を高くかつ一定に保つためには,プロゲステロン
らかにし,妊娠マウスあるいはプロゲステロン前
前投与法がより有用であると
えられた.
投与マウスのウイルス感受性が最も高いことを示
なお,E群のマウスは接種したいずれの株に対
した.この機序の詳細については不明であるが,
プ
しても感染が成立しなかったことより,エストロ
ロゲステロン投与後の膣粘膜上皮のほうがエスト
ゲン優位なホルモン動態は HSV 感染に対して抵
ロゲン投与後のそれよりも薄く,種々のタンパク
抗性に働くと
透過性が高いことや ,HSV の結合や侵入に必要
な膣粘膜上皮細胞膜表面上の受容体がプロゲステ
えられた.
2. HSV-2の神経伝播経路
ロン優位なホルモン動態の時にのみに発現してい
HSV の毒性に関しては接種した株ごとに差が
みられたが,経時的な HSV の局在に関しては接
るためとも
.一 方 Sanj
uan
種した株や接種前の処理法に関係なく,乱切群と
NA etal
.は,綿棒でマウスの外陰部を擦過した
後にウイルスを滴下する接種方法を用いた結果,
E/DP群では同様の結果が得られた.
HSV は接種翌日にはすでに膣粘膜上皮で増殖
えられて い る
434
峰咲
ほか
出されたことより,HSV は知覚神経系のみなら
ず運動神経系や自律神経系ニューロンへも直接感
染していくと
えられた.したがって後肢麻痺に
関しては,脊髄前角の運動神経系ニューロンが侵
されることによって発症したと
えられたが,齧
歯類では脊髄後索の最も腹側の領域に運動神経系
の遠心路である皮質脊髄 路 が 存 在 す る こ と か
ら
,脊髄後索から後角への広範な HSV 感染
に伴って,後索最腹側の運動神経系ニューロンへ
感染が波及したことによって発症した可能性も
a
えられた.
さらに,自律神経系である下部消化管粘膜下平
滑筋層内神経叢への感染も,接種 7日後頃より認
められた.Sanj
uanNA etal
. は,妊娠マウス
への HSV-2経腟接種による流産への影響につい
て免疫組織化学的に検討した結果,子宮筋層内神
経叢およびその周囲の栄養血管へのウイルス感染
が原因であると報告したが,ウイルスが経膣感染
後にどのような経路で自律神経系へ侵入したかに
ついての記載はなかった.ヒトにおいて左結腸曲
から肛門までの下部消化管および子宮,膀胱を支
配する副
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感神経の伝導路はいずれも第 2∼4仙
髄から節前線維が起こり,骨盤内臓神経として前
根を出て,
各々骨盤神経節および腸骨動脈神経叢,
膀胱神経叢へ至り,それぞれの臓器に
る.一般的には,これらの副
布してい
感神経系のいずれ
かの部位が障害されることによって,腸管運動は
抑制され,子宮は収縮し,膀胱は尿閉となる.今
回のわれわれの接種実験では HSV-2の自律神経
系への詳細な感染経路は特定できなかったが,接
し,徐々に周囲の上皮細胞に感染していくことが
種 4日後の時点では消化管粘膜下神経叢への感染
確認された.そして接種 7日後頃より後根神経節
は認められず接種 7日後で初めて感染が確認され
に感染が確認されたことより,ウイルスが知覚神
たこと,膀胱直腸障害などの神経症状もほぼ同時
経末端より逆行性に軸索を上行して後根神経節に
期頃から出現したことなどから,HSV の感染経
至ると推定された.さらに,ウイルスは後根から
路としては仙髄後角の二次ニューロンから側角の
脊髄後索や後角へと進行し,同側あるいは反対側
自律神経系ニューロンへ直接感染した後に前根か
の脊髄小脳路あるいは脊髄視床路を上行して脳幹
ら骨盤神経節に至り,消化管粘膜下神経叢に達し
へ達すると
えられた.また,脊髄中心管の上皮
たのではないかと推測した.一方,膀胱機能の低
細胞への感染も認められたことより,脳幹への感
下に関しては,免疫染色にて膀胱神経叢に HSV
染は脊髄内の二次ニューロンや三次ニューロンを
抗原の局在が認められなかったため,仙髄の自律
上行する経路以外に,上皮細胞から脳脊髄液を介
神経系ニューロンへの感染によって発症するの
して感染していく可能性も示唆された.
か,膀胱神経叢への感染によって発症するのかは
一方,脊髄内の前角や側角にも HSV 抗原が検
明らかとはならなかった.
HSV-2経膣接種による神経伝播経路と脊髄炎の発症病理
a
435
b
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alpons(b).
436
峰咲
ほか
なお,マウスの死因に関しては,脳炎のみなら
マウスの鼻粘膜に接種し,鼻粘膜および三叉神経
ず仙髄の自律神経系ニューロンへの感染や消化管
節,脳幹でのウイルス量を経時的に測定した.そ
粘膜下神経叢へ至る副
感神経系への感染によっ
の結果,強毒株では高率に神経節や脳幹での増殖
て生じる高度な腸管運動の抑制や尿閉が原因とな
がみられたのに対して,弱毒株では鼻腔のみで増
る可能性も示唆された.
殖がみられ,神経節や脳幹での増殖はほとんどみ
られなかったことより,神経節から中枢神経系に
3. HSV-2の毒性
HSV の毒性に関するこれまでの報告による
と,同じ HSV 株を用いた接種実験でも,接種部位
至る神経向性の違いがウイルス毒性を規定する因
や宿主(接種動物)が変わることによってウイル
Zemani
ckMCetal
.は,3種類の HSV-1標準株
を cebusmonkeyの脳皮質に接種する感染実験
を行い,運動ニューロンの細胞体に感染した後に
スの毒性に大きな差がみられるなど,両者の関連
については未だ不明な点が多い
.Ber
g-
子の一つではないかと報告した
.ま た
s
t
r
om T etal
.は,ヘルペス脳炎患者および再発
型口唇ヘルペス患者より 離した HSV-1株やヘ
軸索を順行性に進んでいく特性を持った株(H129
ルペス性髄膜炎患者および中枢神経症状を伴わな
感染した後に軸索を逆行性に進んでいく特性を
い性器ヘルペス患者より
持った株(MacI
nt
yr
eB株)が存在することを明
離した HSV-2株を
マウスの脳内や鼻腔へ接種
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br
edSwi
s
sal
bi
no
する感染実験を行ったが,接種部位や接種した株
株)と運動ニューロンの神経接合部(シナプス)に
らかにし,株によって軸索内を進んでいく方向が
異なることを示した .さらに LaVai
lJH etal
.
によってウイルス毒性が多様に変化し,一定の傾
は,Zemani
ck MC etal
.と同様の標準株を各々
向は得られなかった .今回のわれわれの接種実
験では,乱切群および E/DP群のいずれにおいて
BALB/cマウスの角膜に接種して,三叉神経節や
脳幹でのウイルス量を経時的に測定した.その結
も JM-1株を接種したマウスの生存率が最も高
果,三 叉 神 経 節 に 到 達 す る ま で の 時 間 は
かったことより,BALB/cマウスに対するウイル
ス毒性に関しては,今回用いた 5株の中で El
s
-
MacI
nt
yr
eB株のほうがやや速かったものの,そ
の後の脳幹に達するまでの時間は H129株のほう
ber
g症候群株が最も弱毒株と えられた.した
がって,ヒトとマウスのウイルス毒性は必ずしも
が速く,三叉神経節や脳幹での増殖ウイルス量も
一致せず,これまでの報告と同様に,感染宿主が
H129株のほうが著明に増加していたことより,
H129株のほうが神経節から中枢神経系へ順行性
変わることによってウイルスの毒性が変化するこ
に進んでいく神経向性が強く,強毒株であると報
とが明らかとなった.
告した .
一般に,脊髄後根神経節細胞は偽単極神経細胞
であり,軸索は T 字状に
今回のわれわれの接種実験では,E/DP群にお
ける神経症状の発症から死亡までの期間が大きく
体から後根,
後索へと中枢神経系へ伸びている.
そ
2つに かれた.神経症状の発症時期は JM-5株
の 1例を除き全例で差はみられなかったものの,
して HSV-2は主に,性器の皮膚や粘膜に接触感
染した後に知覚神経の自由終末から軸索を逆行性
弱毒株と えられた JM-1株や JM-3株を接種し
た BALB/cマウスのほとんどは神経症状の発症
に進み脊髄後根神経節細胞に潜伏感染するが,ウ
から死亡までの期間が約 1週間あったのに対し
イルスが後根神経節から中枢神経系への軸索流に
て,JM-5株では神経症状の発症から 3日以内に
乗って順行性に進むことは極めてまれである.近
全て死亡した.このような臨床経過の差に関して
年,HSV の毒性を規定する重要な因子の一つに
は BALB/cマウスにおいて強毒株と
ウイルスの神経向性の違いが関与している可能性
JM-5株が他の株と比較して後根神経節から中枢
神経系へ軸索内を順行性に進んでいく特性が強い
岐し,1枝は末梢側の
自由終末から神経節細胞体へ,他枝は神経節細胞
が示唆され,ウイルスの毒性と神経向性との関連
えられた
を検討した報告も散見されるようになった.
Ber
gs
t
r
om T etal
.は,BALB/cマウスにおいて異
ためではないかと
なったウイルス毒性を示す HSV-1標準株 3株を
経細胞への細胞毒性や後根神経節から中枢神経系
えられた.
以上より,
同一宿主におけるウイルス毒性は,
神
HSV-2経膣接種による神経伝播経路と脊髄炎の発症病理
437
へ軸索内を順行性に進んでいく特性をもった神経
たと
向性によって規定されている可能性が示唆され
らず仙髄前根から骨盤内臓神経を経由して下部消
た.
化管粘膜下平滑筋層内神経叢や膀胱神経叢に至る
近年,HSV の遺伝子機能に関する研究が急速
副
えられ,膀胱直腸障害の原因は仙髄のみな
感神経系への感染によって発症したと
えら
に進展しており,種々の遺伝子欠失変異株を実験
れた.したがって,HSV は脊髄内において知覚神
動物に接種することで,欠失遺伝子の特性とウイ
経 系 ニューロ ン か ら 運 動 神 経 系 や 自 律 神 経 系
ルス毒性との関連が徐々に明らかになってきてい
ニューロンに直接感染することによって,後肢麻
る
痺や膀胱直腸障害を起こすと
.ウイルス毒性を規定する因子もおそらく,
ある特定の遺伝子産物の発現あるいは欠失などが
関与していると
えられ,今後,HSV の遺伝子機
能とウイルス毒性との関連についての解明が期待
される.
V. 結
えられた.
HSV-2の毒性は接種した株によって異なった
が,乱切群および E/DP群のいずれにおいても
El
s
ber
g症候群株が最も弱毒であったことから,
ヒトとマウスのウイルス毒性は必ずしも一致せ
ず,感染宿主が変わることによってウイルスの毒
語
性も変化すると
えられた.さらに,E/DP群にお
HSV-2による脊髄炎の発症病理と感染ウイル
スの神経伝播経路について明らかにする目的で,
いてマウスの生存率が高かった弱毒株では強毒株
当科を受診した El
s
ber
g症候群患者,再発型性器
長かったことより,ウイルスの毒性を規定する因
ヘルペス患者および再発型腰仙骨部ヘルペス患者
子の一つに後根神経節から中枢神経系へ軸索内を
より
順行性に上行していく速度の違いが関与している
離培養した HSV-2株を BALB/cマウス
に経膣接種して,臨床経過および経時的なウイル
と比較して神経症状の出現から死亡までの期間が
可能性が示唆された.
スの局在について検討した.
ウイルス接種前の処理は,外陰部を乱切する方
法(乱切群)と,乱切せずにプロゲステロン(E/
DP群)やエストロゲン(E群)などの性ホルモン
を投与して性周期を調節する方法を用いた.乱切
群と E/DP群との間では,各株ごとのマウスの生
存率に有意差を認めなかったことより,いずれの
本論文の要旨は,第 26回日本研究皮膚科学会
(2001
年 9月,愛
)および第 101回日本皮膚科学会
(2002年 6月,熊本)にて報告した.
会
本研究の一部は,平成 12,13年度文部科学省科学研
究費#12770462および平成 14年度日本皮膚科学会基
礎医学研究費(資生堂寄付)に拠った.
稿を終えるにあたり,ご指導,ご
閲いただいた新
群でもマウスの HSV に対する感受性には差がな
村眞人教授に深謝いたします.また,各種検索にご協
いことが確認された.したがって,乱切法もプロ
力いただいた富山医科薬科大学ウイルス学講座黒川
ゲステロン前投与法もマウスに対する HSV 経膣
接種実験においては共に有用な方法と
が,手技的な問題を
えられた
昌彦助教授,奥田智子氏,国立感染症研究所感染病理
部佐藤由子氏ならびに慶應義塾大学医学部眼科学教
室橋爪
平先生に感謝いたします.
慮するとプロゲステロン前
投与法のほうがより有用な方法と
えられた.
なお,E群のマウスは接種したいずれの株にも
感染しなかったことより,エストロゲン優位なホ
ルモン動態は HSV 感染に対して抵抗性に働くこ
とが確認された.
HSV-2の神経伝播経路に関しては,乱切群,E/
DP群ともに接種した株に関係なく,感染ウイル
スが膣粘膜上皮から後根神経節に至り,知覚性伝
導路を上行していく経路が確認され,一部のマウ
スでは脳幹に達していた.後肢麻痺は脊髄後索ま
たは前角の運動性伝導路への感染によって発症し
文
献
1) 岩崎慈子,本田まりこ,福地 修,石地尚興,新
村眞人. 尿閉を併発した単純ヘルペスウイルス
2型初感染による性器ヘルペスの 1例(El
s
ber
g
症候群).臨皮 2001;55:357-60.
2) 川名 尚. STDとしての αヘルペスウイルス
感染症 女性.日臨 2000;58:883-9.
3) Loper
iP,Mar
cacciG,Gagl
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anoneS. El
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olSci1992;13:373-5.
4) 木 戸 道 子,川 名
尚. 単 純 ヘ ル ペ ス 神 経 根 炎
438
峰咲
(El
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g症候群)
リーズ
別冊
領域別症候群シ
感染症症候群 1999;24:52-4.
5) Ki
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uhakoK,Si
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iW,Sunagawa
K,Nakazat
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nC57BL/6N andBALB/cN mi
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h1997;78:401-9.
6) Nakaj
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maH,Fur
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ほか
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act2000;196:635-45.
16) Ugol
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Ret
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nRes1987;422:242-56.
K,Ohs
awa N,Nakagawa T,etal
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17) Ugol
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niG,Kuyper
sHGJM,St
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7) Nahmi
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