助成番号 2014-01 四国防災風土資源の調査について 香川大学危機管理研究センター 岩原廣彦 1.はじめに 大規模な自然災害が危惧される四国では、豪雨災害や巨大地震津波などの災害対策の実施が急務 となっている。 四国には、古来より災害に対峙した結果、災害の様子や対応を伝える石碑などの防災風土資源が 多くある。これらの防災風土資源の中には、防災・減災の方策を知る上で極めて重要な知恵や教訓 が多く含まれている。大規模な自然災害に対処するためには、過去の各種災害の伝承資源(石碑や 古文書等)を調査し、その背景を調べ潜在的な教訓を導き出すことが必要である。これらの防災風 土資源について現地調査や文献収集し、今日に活用できる防災の知恵や教訓をとりまとめることが できれば、広くその結果を社会に公開し、地域の防災力向上に活かすことができる。 3.11 に起きた東日本大震災では、その被害の大きさ、知名度から、多くの教訓が現地から発信さ れてきたが、四国の防災風土資源の知恵や教訓は残念ながらあまり認知されておらず、活用される ことも少なかった。 そこで本調査では、既に四国災害アーカイブスや四国防災八十八話、四国地盤 88 箇所などで公表 されている資料を基にして、過去の南海地震・津波、水害、治水対策、土砂災害、渇水・利水に関 する防災風土資源の文献、現地調査を実施し、今後の防災の参考となる知恵・教訓を導き出すこと を目的とした。調査に当たっては、各種論文、郷土史家の著書などを参考に四国全体の現地調査を 実施して、現地にある碑やお寺、神社、地質構造などの位置をインターネット上で公開が可能な Google マップ上に示し、現地探訪ができるようにした。 2.防災風土資源の定義と調査の特徴 防災風土資源という言葉は、これまで、どこにも定義されておらず、今回の調査で定義する。 「漢 和大辞典」 (学習研究社)によれば、風土(ふうど)とは「その地方の気候・地形・地味などのあり さま。また、土地がら」とある。またウィキペディア フリー百科事典によれば、防災(ぼうさい) とは、「災害を未然に防ぐ目的をもって行われる取り組み(行為)である。」とある。これに類する ものとして防災文化という概念が研究者から示されている。例えば(三上 2007)は「地域社会にお ける過去の長い災害の体験や教訓が、 「言い伝え」として伝承され、災害時の避難行動やふだんの備 えにも生かされている文化」としている。 これらから本調査の対象とした「防災風土資源」の定義は、『土地がら(過去の長い災害の体験) から災害を未然に防ぐ目的をもって行われる(災害時の避難行動やふだんの備えにも生かされてい る)取り組みである』とする。 今後発生が予想されるあらゆる災害の可能性を視野に入れた包括的な対策が求められることから、 この定義が当てはまる過去の四国の各種災害や対策について、調査し教訓を得ることにした。 今回の防災風土資源調査の特徴は、四国全体を対象として、水害、地震・津波、土砂災害、渇水 に関する四国の防災風土資源に潜在している知恵や情報を教訓として、掘り起こし、その内容を四 国の防災風土資源を Google マップ上に示し、代表的な防災風土資源を刊行物にまとめ、過去と現在 とを比較できるようにしたことである。もちろん都市化の進展や埋め立て開発などによる環境の変 化、情報伝達手段の高度化など、住民の生活様式が著しく変化した現代と、防災風土資源が作られ 1 た当時の時代とは、条件が大きくことなることから、同じような規模の災害が起きたとしても、被 害の及ぶ範囲や社会的な影響は必ずしも同じものではない。しかし、防災風土資源から学ぶべき教 訓は多々あり、現在の防災対策に対して、重要な示唆を与えてくれるものである。 3.調査結果 3.1.四国防災風土資源調査概要 調査したのは、四国の、海岸部、平野部、山間部の災害伝承碑などのある集落や治水・利水対策 が行われた場所など水害、地震・津波、土砂災害、渇水に関する防災風土資源である。 文献や現地調査することができたのは、徳島県、高知県、愛媛県、香川県の図1に示す 168 箇所 である。現地調査を実施して現地を探訪できるように、現地にある碑やお寺、神社、地質構造な 位置を図1の Google マップ上に示している。 図 1 四国の代表的な防災風土資源の位置図 図 1-2 資料と解説文 このマイマップは、四国の防災風土資源の現地調査結果から、その資源の名称と位置を示してい る。黄色のマークは地震・津波に関する防災風土資源、水色は水害や治水対策に関する防災風土資 源、茶色は土砂災害に関する防災風土資源、、緑色は渇水に関する防災風土資源を示す。また、この 図(Google マップのマイマップ)には「現地写真や資料・記録などから、その防災風土資源が生ま れた背景や今日の防災・減災対策に活かすために、大切だと思う教訓・考え方を工学的視点で解説 している(図 1-2) 。この地図を参考に、実際に現地に行って見るのも、災害から身も守り、災害遭 わないためにどうすればよいかを考える切っ掛けにしてほしい。と考えている。 3.2 調査箇所数 これまでに集めた資料や現地調査の結果、四国の防災風土資源を県別、災害別に整理したものを 表1に示す。調査した代表的な防災風土資源から災害種類と県の関係を表1、図 2 見ると、災害種 類と時代の関係を概観すると、以下のようなことを見てとることができる。 太平洋側の徳島県と高知県では、地震・津波に関する防災風土資源が多いのに対して、瀬戸内海 側の愛媛県と香川県は少ない。一方、香川県と愛媛県には、渇水・利水に関する防災風土資源があ るが,徳島県、高知県には無かった。水害・治水に関する防災風土資源は徳島県、高知県、愛媛県 に多く、土砂災害に関する防災風土資源は、4 県同じようにあり、四国の多雨、寡雨地域の 2 面性の 自然災害特性と、地形や地質の脆弱な四国の災害特性が表れている。 2 表1 県名 四国の代表的な防災風土資源(県別災害別)数一覧表 四国防災風土資源の数 水害 地震・津波 土砂災害 合計 渇水 徳島県 28 16 7 51 高知県 11 53 6 70 愛媛県 18 4 5 5 32 香川県 2 4 4 5 15 59 77 22 10 168 四国合計 60 50 40 30 20 香川県 愛媛県 10 高知県 0 水害・治水 地震・津波 徳島県 土砂災害 渇水・利水 四国防災風土資源の数 図 2 四国の代表的な防災風土資源の県別・災害別グラフ 3.3 調査から得られた知恵、教訓 今回、取り上げた水害・治水対策、地震・津波、土砂災害、渇水・利水対策の代表的な風土資源 の中から地震・津波の得られた知恵・教訓を表2に示す。 表2 四国の地震・津波に関する代表的な防災風土資源から得られた知恵・教訓 番 所在 号 四国の地震・津波に関する防災風土資 源の名称 ① 徳島沖積平野液状化 脆弱地盤上の大地は液状化の危険性が高い教え 松茂町 ② 百度石に刻まれた教え 南海地震の周期的な発生、地震・津波の対処法の教え 徳島市 ③ 善徳地すべり、安政南海地震崩壊 善徳地すべり、安政南海地震により発生の教え 三好市 ④ 我が国最古の地震津波碑康曆の碑 在家一千七百余、世間一般人残らず海の藻屑の教え 美波町 ⑤ V 字型湾の浅川 津波の避難は、身一つで一刻も早くに逃げること 海陽町 ⑥ 震潮記(しんちょうき) 津波に備えた昔の人の知恵と工夫に学ぶこと 海陽町 ⑦ 津波高、十丈(30m)の碑 慶長の 30m の津波を考えて避難するべき教え 海陽町 ⑧ 宝永地震津波が越えた甲浦の船越 船越と御殿跡を位置が特定できた津波高さの教え 東洋町 ⑨ 室戸岬の段丘と地盤変動 室戸岬の地殻変動の記録が残る乱礁海岸の教え 室戸市 ⑩ 奈半利「御殿跡」 御殿などからの津波高の推定からの教え 田野町 ⑪ 宝永津波で破損した細勝寺跡の碑 両二カ寺不残破損(蔵福寺、細勝寺)の津波高推定の教え 南国市 得られた知恵・教訓 市町村名 3 ⑫ 里改田の琴平神社玉垣 津波も押し寄せて一面水の底に沈んだ教え ⑬ 高知平野(地震時沈降低地 地盤変動、直後は大きく次第に緩やか回復の教え ⑭ 亡所(ぼうしょ) 種崎集落 宝永津波で高知県沿岸集落が亡くなる被害を受けた教え 高知市 ⑮ 真覚寺日記と安政地震碑 経験則に基づく地震日誌の教え 土佐市 ⑯ 舞ヶ鼻崩れ(仁淀川越知町の天然ダム) 斜面崩壊天然ダムのこれより下に家を建てるなの教え 越知町 ⑰ みこしが流された須崎八幡神社 須崎市 ⑱ 津波砂層痕跡がある糺す池(ただす池) 宝永クラス津波が 300 年から 350 年に 1 回の教え ⑲ 久礼の宝永津波の言い伝え碑 津波の高さと浸水深、痕跡高、遡上高の関係わかる記録 ⑳ 入野加茂神社震災碑 安政東南海地震の津波を「鈴波」と表現し警戒をした教え ㉑ 中浜峠の池屋墓碑の地震碑 中浜万次郎生誕地の中浜集落も津波被害を受けた教え 土佐清水市 ㉒ 史蹟唐船島(昭和南海地震で隆起) 昭和南海地震以前の汀線(地盤隆起)が見れる島の教え 土佐清水市 ㉓ 蓮光寺石段(上から 3 段目まで潮) 津波、石段を上より三段の所までの蓮光寺の教え 土佐清水市 ㉔ 鷣(はいたか)神社の津波痕跡石柱碑 地震・津波の様子を記した過去の日記に学ぶこと 宿毛市 ㉕ 宝永津波で被災伝承がある碇神社跡 宝永津波被災がある神社跡伝承の瀬戸内海の津波の教え 西条市 ㉖ 田潮神社の由来碑 田潮神社(丸亀市)の由来にまつわる言い伝えの教え 丸亀市 ㉗ 五剣山の山容 香川県でも南海地震で大被害を受ける危険性教える教え 高松市 海上にさらわれたら帰ってこれない津波威力の教え 南国市 高知市 須崎市 中土佐町 黒潮町 以上の地震・津波に関する防災風土資源は、後世に伝える石碑や古文書などの記録などから色々 な知恵・教訓を読みとくことができる。この表で上げた知恵・教訓はあくまでその一つであり、他 にも多くの知恵・教訓を見いだすことができる。これ以外にも、四国には、図1Google マップ上に 示した防災風土資源から様々な教訓を読み取ってほしい。そして、先人の災害対策の失敗や成功例 などから、様々な災害の発生当時を想像し、これを現在にあてはめることによって、皆さんが、 いつか体験するにちがいない大災害への対応に生かすことを考えてほしい。 4.おわりに 本防災風土資源調査では、四国の過去の水害、地震、津波、土砂災害、渇水被害そのものの災害 像とともに、その対策の状況について調査を行った。宝永地震や安政南海地震後に作られた石碑や 文書の記録は数多く残されているが、その後 92 年を経て発生した昭和南海地震の際に、それらの教 訓が生かされた例も少なくなかった一方、 (防災は「忘却との戦い」といわれるように)それらの教 訓が伝承されておらず、被害を受けた事例もあった。今回 3.11 東日本大震災で壊滅的な被害を受け てしまった集落が多くあった。 「喉元過ぎれば熱さ忘れる」と昔から云われているように、どの地域 でも地震災害への備えを恒久的に続けられる人は、いつの時代も少ないようである。 四国に暮らす我々は、東北地方の多くの犠牲になった方々に報いるためにも、その教訓を踏 まえ、南海トラフの巨大地震の発生をただ悲観するだけでなく、防災風土資源の教訓を生かし、 災害を正しく恐れ、侮らず、その将来に備えることによって災害を軽減することができる。 先人は、史料や史蹟・石碑などの多くの防災風土資源に、対策の失敗や成功例などの教訓を 残してくれた。当時の様々な災害を想像し、これを現在にあてはめることによって、いつか体 験するにちがいない大災害への対応に生かすことが可能になる。 なお、この報告書は、一般社団法人四国クリエイト協会の『2014年度建設事業に関する技術 開発支援制度』による助成を受けて実施したものである。 4
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