<情報> 明治817-B(ケトンフォーミュラ)対象疾患の解説Ⅰ グルコーストランスポーター1(GLUT1)欠損症 安全開発委員会委員 仙台市立病院小児科・東北大学医学部臨床教授 大浦敏博 概念: 液採取の前に行う。 Glucose transporter 1 (GLUT1) はグルコースの輸送 を行う膜蛋白質の一つで赤血球膜や脳内の微小血 脳波は空腹時に基礎波の異常や棘波が出現する ことが多く、食後は改善される傾向がある。 管壁に存在する。GLUT1機能の低下により血中グ ルコースが血液脳関門を通過できず、慢性的に脳 頭部CT、MRI検査では大脳萎縮や髄鞘化遅延な ど非特異的所見を認めることがある。 内エネルギー不足となり、早期より脳症が引き起 こされる疾患である。 診断: 臨床症状: する場合は本症を疑い、髄液糖の低値と食前後の 前述の症状を有し、空腹、運動、発熱時に増悪 生下時には異常を認めない。てんかん発作は乳 脳波の変化の確認が診断に有用である。確定診断 児期早期より発症し、異常眼球運動、無呼吸が先 はGLUT1の責任遺伝子 SLC2A1 の解析を行う。 行することがある。発作型は全般性強直間代、ミ SLC2A1遺伝子の異常をヘテロ接合体で認めること オクロニー、非定型欠神、定型欠神、脱力、部分 が多く、ハプロ不全が証明されている。大部分は 発作と様々であるが、まれにてんかん発作を伴わ de novo変異であるが、常染色体優性遺伝の家系も ない症例もある。抗てんかん薬治療に抵抗性であ 報告されている。 る。その他、筋緊張低下、小脳失調、痙性麻痺、 ジストニアなどの運動障害、失調性構音障害を認 治療 める。発達遅滞は軽度から重度精神遅滞まで様々 ケトン食療法が有効である。これはグルコース で、重症例では後天性小頭症を認める。症状は空 の代わりにケトンをエネルギー源として脳内に供 腹や発熱、運動時に増悪したり、発作的に誘発さ れたりすることがある。GLUT1欠損症の非典型例 給するのが目的である。ケトン食療法用の調製粉 乳としてケトンフォーミュラ(明治817-B)が特殊 として発作性運動誘発性ジスキネジアや早期発症 ミルク事務局より供給されている。ケトン食療法 欠神発作を呈した例が報告されている。 は長期にわたって継続する必要があり、導入にあ たっては経験のある栄養士、小児科医の指導の下 検査所見: で行う。GLUT1の機能を阻害する薬剤(フェノバ 髄液検査と脳波所見が重要である。血糖が正常 ルビタール、ジアゼパム、バルプロ酸、テオフィ であるにもかかわらず髄液のグルコース濃度は低 リン) 、飲食物(カフェイン、アルコール)が知ら 値で、髄液糖は30 mg/dl前後(16∼40 mg/dl)であ れており、避けるべきである。 る。同時に測定した血糖値との比をとると、髄液 糖/血糖比は、正常では0.65前後であるが、患児で 予後 は0.35前後(0.45以下)である。また、髄液乳酸値 早期にケトン食療法が開始されれば多くの患児 は正常∼低値である。検査は食事の影響を避ける でてんかんの症状はすみやかに改善し、運動異常 ため、食後4∼6時間以上空けて行うが、採血は髄 や認知機能の改善もみられる。治療開始が遅れた − 54 − Neurol. 2011 Sep 29. [Epub ahead of print] 場合、発達遅滞の改善は緩徐で困難である。 ・ Klepper J. GLUT1 deficiency syndrome in clinical practice. Epilepsy Res. 2011 Mar 5. [Epub ahead of print] 参考文献 ・ 伊藤 康、小国弘量.グルコーストランスポーター1 ・ Santer R, Klepper J. Disorders of Glucose Transport. In Blau (GLUT-1)欠損症.五十嵐隆総編集, 高柳正樹専門編 N. Hoffmann GF, Leonard J, Clarke JTR eds. Physician's 集.見逃せない先天代謝異常症.小児科臨床ピクシス Guide to the Treatment and Follow - up of Metabolic Diseases. Berlin Heidelberg, Springer-Verlag, 2006: 181- 23.東京:中山書店、2010年:238-240. ・ Verrotti A, D'Egidio C, Agostinelli S, Gobbi G. Glut1 deficiency: When to suspect and how to diagnose? Eur J Paediatr − 55 − 187. <情報> 明治817-B(ケトンフォーミュラ)対象疾患の解説Ⅱ ピルビン酸脱水素酵素複合体(PDHC)異常症 安全開発委員会委員 仙台市立病院小児科・東北大学医学部臨床教授 大浦敏博 概念: 検査所見: ピルビン酸脱水素酵素複合体(PDHC)の異常に 診断のため血中乳酸値を測定する。通常血中乳 よりピルビン酸のアセチルCoAへの変換が障害さ 酸の正常値は2.1mmol/l(19mg/dl)以下、髄液では れるため、ピルビン酸と乳酸が蓄積する。また、 1.8mmol/l(16mg/dl)以下である。また、正常では アセチルCoAの供給不足によりTCA回路とミトコ 乳酸とピルビン酸のモル比は10∼20とほぼ一定で ンドリア電子伝達系の機能が低下し、細胞内エネ ある。血中乳酸値は運動(啼泣)や食事摂取で容 ルギー不全が生じる疾患である。 易に増加するので、診断の際には注意が必要であ PDHCはE1(ピルビン酸デカルボキシラーゼ) 、 る。 E2(ジヒドロリポアミドトランスアセチラーゼ)、 血中で増加していない場合でも、髄液中で上昇 E3(ジヒドロリポアミド脱水素酵素)の3つの酵素 している場合もあるので、PDHC異常症を疑った場 とE3BP(E3結合蛋白)からなる複合体である。さ 合、髄液中の乳酸、ピルビン酸測定は必須である。 らにE1はE1α、E1βのサブユニットから構成され る。補酵素としてピロリン酸チアミン、α-リポ酸、 本症では乳酸とピルビン酸のモル比はほぼ正常 (20以下)であるのが特徴である。血中アミノ酸分 FAD、NAD+、CoAが必要である。PDHC異常症で 析ではしばしばアラニン値が上昇(450μmol/l or は各コンポーネントの異常が報告されているが、 4mg/dl以上)している。糖質負荷後に乳酸の増加を 最も多いのはE1α欠損症で、X染色体不完全優性 認めることが多い。 遺伝形式をとる。 診断: 臨床症状: 有機酸代謝異常症やミトコンドリア異常症など 新生児期より高乳酸血症性アシドーシスで発症 二次的に高乳酸血症を伴う先天代謝異常症を否定 し、早期に死亡する重症型から軽度の発達遅滞、 する必要がある。そのため、尿の有機酸分析、血 失調を呈するものまで幅広い。多くの場合乳児期 液タンデムマス分析などの検査を行う。ミトコン 早期より精神運動発達遅滞、筋緊張低下、けいれ ドリア異常症では乳酸とピルビン酸のモル比が上 ん、小頭症、失調症などを認め、その他呼吸障害、 昇している(20以上) 。 特異顔貌、痙性麻痺、末梢神経障害、視神経萎縮、 高乳酸血症、乳酸/ピルビン酸のモル比が正常、 眼振、斜視などの症状が報告されている。脳MRI 髄液中の乳酸高値より疑い、確定診断には酵素活 では脳室拡大、脳梁無∼低形成、脳萎縮がみられ 性測定(培養リンパ芽球細胞、培養皮膚線維芽細 る。基底核、視床、脳幹などの両側対称性病変が 胞、筋肉) 、遺伝子検査が必要である。E1α欠損症 みられLeigh症候群と診断されることもある。E1α 女児例ではX染色体の不活化の偏りのため、測定に 欠損症では大量のビタミンB1投与で症状が改善す 用いる細胞や組織によりPDHC活性が正常になる場 るビタミン反応型が存在する。 合があるので、注意が必要である。 − 56 − 治療: 予後: 急性期:急性発作時の治療は乳酸アシドーシス に対する治療が中心となる。乳酸を含まない液を 大部分の症例で神経学的予後は不良である。一 部のビタミンB1反応型の発達は良好である。 用いた輸液、アルカリ化剤の投与、ビタミンB 1、 ジクロロ酢酸ナトリウム(試薬を院内で調整)が 参考文献 用いられる。改善しない場合は透析が適応である。 ・ 内藤悦雄.高乳酸・ピルビン酸血症.小児内科41増刊 慢性期:PDHC異常症では糖質がエネルギー源と 号 小児疾患診療のための病態生理2、2009年:369375. して利用できないので、低炭水化物・ケトン食療 法が用いられる。通常総カロリーの60∼80%を脂肪 ・ Patel KP, O'Brien TW, Subramony SH, Shuster J, Stacpoole PW. The spectrum of pyruvate dehydrogenase complex defi- から摂取できるように食事内容を調整する。ケト ciency: Clinical, biochemical and genetic features in 371 ン食療法用の調製粉乳としてケトンフォーミュラ (明治817-B)が特殊ミルク事務局より供給されて patients. Mol Genet Metab. 2011 Oct 7. [Epub ahead of print] いる。ビタミンB1反応型にはチアミン50∼500 mg/ ・ Boelen Carolien, Smeitink J. Mitochondrial Energy 日を投与する。その他、リポ酸やジクロロ酢酸ナ Metabolism. In Blau N. Hoffmann GF, Leonard J, Clarke トリウムやピルビン酸ナトリウムの投与が試みら JTR eds. Physician's Guide to the Treatment and Follow-up れている。 of Metabolic Diseases. Berlin Heidelberg, Springer-Verlag, 2006: 287-299. − 57 −
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