大うつ病性障害の薬物療法における 臨床的問題の抽出と検討

大うつ病性障害の薬物療法における
臨床的問題の抽出と検討
−薬物選択についての実態調査−
分担研究者
塩江邦彦
共同研究者
平野雅己
篠原 学
平田卓志
(山梨大学大学院医学工学総合研究部精神神経医学・臨床倫理学)
(山梨大学保健管理センター)
(山梨大学大学院医学工学総合研究部精神神経医学・臨床倫理学)
(山梨大学大学院医学工学総合研究部精神神経医学・臨床倫理学)
要約
我が国においても新規抗うつ薬(SSRI や SNRI)の使用が可能となり、
「大うつ病性障
害の薬物療法アルゴリズム」の改訂を目的として 2001 年に全国の精神科医を対象に、大
うつ病の症例を呈示し薬物選択に関するアンケート調査を行った。また、
「日常の臨床の
場でアルゴリズムに従った薬物選択が行われているか」を調べることを目的に、2003 年
度の山梨大学附属病院精神科神経科における大うつ病性障害に対する処方の実態調査を
行った。
2001 年アンケート調査と 2003 年実態調査の結果はほぼ同様の傾向を示しており、日常
臨床の場においてもアルゴリズムに従った薬物選択が行われていることが明らかになっ
た。
の出現頻度が低く5) 、安全性の高さが
確認されており6)、コンプライアンスを良
はじめに
1997 年に全国の精神科医を対象に気分
好に保ち再発予防を目的とした維持療法
障害の症例についてのアンケート調査
を可能にするとの期待があり、大うつ病
1)
(初回調査 )が施行され、1998 年、そ
の薬物療法は変革の時期を迎えている。
の調査から得られた薬物選択の実情を考
2001 年、このような状況の変化を背景
慮し、実証的証拠に基づいた(EBM)我が
に、初回調査と同様の症例を対象として
国独自の「大うつ病(非精神病性)治療
2回目のアンケート調査が施行された。
2」
のアルゴリズム 」が精神科薬物療法研
我々は 2002 年にその解析結果を報告し、
究会により作成された。その後、我が国
2003 年6月に「大うつ病(非精神病性)
においても選択的セロトニン再取り込み
治療のアルゴリズム7」 」の一回目の改訂
阻害薬(SSRI)やセロトニン・ノルアド
を行った。その後、アルゴリズムで推奨
レナリン再取り込み阻害薬(SNRI)の新
されている治療と現状を比較することを
規抗うつ薬が使用可能となった。
目的に、
「当科における 2003 年度の薬物
新規抗うつ薬は三環系を中心とした従来
選択の現状」を調査し、その解析結果を
の抗うつ差異はなく
3,4)
、重大な有害事象
2003 年度および 2004 年度に報告した。
1.
2001 年処方調査
ものが 19 名:10%、大うつ病軽症エピソ
ードと診断したものが 52 名:28%、大う
1)
調査方法と対象
つ病中等症エピソードと診断したものが
調査は、その目的を「診断に応じた薬
最も多く 113 名:62%であった。症例2で
物療法(ECT を含む)の選択」に主眼をお
は非精神病性大うつ病重症エピソードと
き、全国の精神科医を対象に質問紙によ
診断したものが 179 名:96%、精神病性大
るアンケート方式で行われた。
うつ病重症エピソードと診断したものが
具体的には、2症例(症例1:大うつ
7 名:4%であった。また、精神科経験年数
病中等症エピソード、症例2:非精神病
(5 年以下:72 名、5∼10 年:54 名、10
性大うつ病重症エピソード、をそれぞれ
年以上:57 名、無回答:1 名)による診
想定)を提示し、診断と選択すべき薬物
断の差異はなかった。
療法などについて回答を求めた。
調査結果の解析は大うつ病軽症および
薬物療法に関しては、使用する第一選
中等症エピソードと診断した 165 名と大
択薬を選択させ、その効果が不十分な場
うつ病重症エピソードと診断した 179 名
合には第二選択薬(2回目治療)を、さ
を対象に行った。
らにその効果も不十分な場合には第3選
b)
症例の診断と第一選択主剤
択薬(3回目治療)までの回答を求めた。
1999∼2000 年に SSRI や SNRI が使用可
選択すべき抗うつ薬は、我が国で使用
能になったことを反映して、両薬剤が第
可能な①三環系抗うつ薬(TCA)②四環系
一選択薬として選択される頻度が極めて
抗うつ薬(non-TCA)③新規抗うつ薬:
高かった。大うつ病軽症エピソードでは
SSRI、SNRI などとした。同時に、選択し
SSRI の選択は 36 名:62%、SNRI は 8 名:
た薬物の初回投与量・最大投与量・投与
15%、大うつ病中等症エピソードではそれ
期間や薬物療法中の併用薬(抗不安薬・
ぞれ 58 名:51%および 21 名:19%であっ
抗精神病薬・気分安定薬など)の調査も
た。非精神病性大うつ病重症エピソード
行った。選択の対象とした薬物の一覧を
では TCA を選択したものが 101 名:56%と
表1に示す。
高頻度であったが、SSRI や SNRI を選択
症例1では 183 名、症例2については
する症例も認められた。それぞれの頻度
186 名より有効回答が得られたが、その精
は SSRI が 34 名:19% 、SNRI は 16 名 9%
神科平均経験年数は 8.4±5.6 年である。
であった。また、初回から ECT を選択し
た症例が 14 名:8%であった(図1)
。
2)
結果
a)
診断
症例1に関しては適応障害と診断した
薬剤の使用頻度の比較を表1に示す。
非精神病性大うつ病重症エピソード
大う
2001年調査
19
n=179
9
病中等症
56
SSRIs
SNRI
8
8
TCAs
大うつ病中等症エピソード
non-TCAs
スルピリド
2001年調査
19
51
n=113
21
ドスレピン
1
8
抗不安薬
大うつ病軽症エピソード
2001年調査
15
69
n=52
ECT
図1 診断による第一選択薬の比較
8
8
(%)
表1 診断ごとの第一選択薬の内訳
(2001年調査)
大うつ病軽症エピソード : n=52
大うつ病中等症エピソード : n=113
非精神病性大うつ病重症エピソード : n=179
パロキセチン
パロキセチン
アミトリプチリン
21%
クロミプラミン
アモキサピン
20%
15%
フルボキサミン
ミルナシプラン
アモキサピン
マプロチリン
40%
29%
15%
8%
6%
49%
ミルナシプラン
フルボキサミン
19%
12%
アモキサピン
アミトリプチリン
10%
パロキセチン
8%
15%
ミルナシプラン
10%
フルボキサミン
6%
トラゾドン
4%
非精神病性大うつ病重症エピソードで
大うつ病軽症エピソードの初回治療の第
はアミトリプチリンが 35 名:21%、クロ
一選択薬として選択された上位薬剤はパ
ミプラミンが 33 名:20%、アモキサピン
ロキセチンが 21 名:40%、フルボキサミ
が 24 名:15%であった。新規抗うつ薬を
ンが 14 名:29%、ミルナシプランが 8 名:
選択する頻度はパロキセチンが 27 名:21%、
15%であった。大うつ病中等症エピソード
ミルナシプランが 33 名:20%、フルボキ
においてはパロキセチンが 44 名:49%、
サミンが 24 名:15%であった。
ミルナシプランが 22 名:19%、フルボキ
c) 2回目および3回目治療の主剤の選
サミンが 14 名:12%であり、大うつ病軽
択
症エピソードの場合とほぼ同様の結果が
初回治療が不十分と判断された2回目
得られ、重症度による初回治療の第一選
治療では、軽症および中等症エピソード
択薬に本質的な相違は認めなかった。
においては主剤の変更を選択するものが
選択された TCA の過半数はアモキサピ
ンであった。
多く(84%)、増強効果を目的とした治療
を選択したものは 12%に過ぎなかった。
nonTCAs
14%
nonTCAs
8%
SSRIs
11%
levomepro
mazine
SSRI
24%
5%
nonTCAs
11%
SSRIs
20%
SSRIs
33%
SNRIs
SNRIs
36%
TCAs
39%
10%
TCAs
TCAs
68%
from
SSRI
:
TCAs
56%
65%
from TCA : n=20 from non-TCA : n=9
from
図2 大うつ病軽症および中等症エピソードにおける2回目治療の主剤選択
8
SNRI:n=10
1
17
SSRIs:n=22
1
2
3
9
non-TCAs:n=11
2
33
TCAs:n=39
0%
20%
40%
TCAs
non-TCAs
SSRIs
SNRI
2
60%
80%
4
100%
図3 大うつ病重症エピソードにおける2回目治療の主剤選択
主剤の変更では、薬剤の系統を変更す
ると回答したものが多く SSRI から TCA あ
るいは SNRI へ、SNRI から TCA への変更が
上位であった。ついで TCA から別の TCA
3回目治療の特徴は ECT の施行を選択す
るものの割合の増加にある。
大うつ病軽症および中等症エピソード
においては初回調査と同様に3回目の治
へ、SSRI から別の SSRI へといったように、 療法として初めて 9 名:6%が ECT を選択
同一カテゴリー内での変更も選ばれてい
した(主剤の変更 106 名:64%、増強戦略
た。
35 名:21%)
。
非精神病性大うつ病重症エピソードで
重症エピソードにおいて ECT を施行す
も同様の傾向が認められたが TCI への変
ることを選んだ割合は、初回治療では 179
更が比較的多かった(82%)。選択された
名中 14 名:8%、2回目治療では 165 名中
2回目治療は主剤の変更 52%、増強戦略
33 名:20%、3回目治療においては 132
25%、ECT の施行 20%であった。薬剤変更
名中 58 名:43%であった。3回目治療で
の詳細を図2、図3に示す。
主剤の変更あるいは増強戦略を選択した
ものはそれぞれ 30%と 21%、ECT を選択し
たものは 35%であった。また、治療変更時
58
重症
の全てにおいて ECT を選択したものが1
33
14
名、初回治療で ECT を選択しその後薬物
7
療法に移行するが効果がなければ3回目
中等症
3回目治療
2回目治療
初回治療
の治療で ECT を再選択するとしたものが
2
1名、2回目の治療で ECT を選択し効果
軽症
が不十分であれば3回目の治療でも ECT
0
を選択するものが3名、軽症および中等
10
20
30
40
50
60
症エピソードよりも積極的に使用するこ
とを考えているものが多かった(図4・5)
。
Total n=179
n=1
n=1
Observation
Drugs
n=10
n=1
ECT
n=11
Drugs
n=14 : 8%
n=1
Drugs
n=2
ECT
n=1
n=132
Drugs
n=58
n=33
ECT
ECT
n=165 : 92%
n=3
n=1
n=29
図5
Observation
Drugs
ECT と薬物療法の選択手順
軽症および中等症エピソードでは、2
d)
併用薬
初回治療から併用薬を用いるとしたも
回目あるいは3回目治療において、主剤
を変更せずに他の薬剤を追加するものが
のは大うつ病軽症エピソードで 22 名:42%、 12%、22%で、追加薬は2回目治療では抗
大うつ病中等症エピソードでは 41 名:36%
うつ薬 10 名:53%、気分安定薬 2 名(炭
で、その 70∼80%が BZD 系の抗不安薬であ
酸リチウム):11%であった。3回目治療
った。
では気分安定薬 20 名(炭酸リチウム 18
名、バルプロ酸ナトリウム 2 名)
:57%、
抗うつ薬 14 名:40%、抗精神病薬(スル
初回治療時の併用薬
ピリド 1 名)である(図6)。
回答無しn=24
15%
初回治療時の併用薬
回答な し
n=23
14%
併用薬有りn=89
54%
併用薬無しn=51
31%
併用あり
n=63
38%
2回目治療の併用薬
併用な し
n=79
48%
BDZ : 併用薬の約 75%
3%
2回目治療の併用薬
12%
20%
4%
52%
25%
3回目治療の併用薬
84%
5%
主剤の変更
3回目治療の併用薬
6%
33%
増強戦略
ECT
経過観察
39%
6%
主剤変更
増強戦略
ECT
22%
66%
23%
図 7:重症エピソードの併用薬
治療において他の薬剤の追加を選ぶもの
図6 軽症および中等症の併用薬
が 25%と 23%いたが、その際の追加薬は2
回目治療では抗うつ薬 25 名:56%、気分
非精神病性大うつ病重症エピソードで
安定薬 12 名(炭酸リチウム 11 名、カル
は、初回治療から併用薬を用いると回答
バマゼピン 1 名)
:27%、抗精神病薬 5 名:
したものは 89 名:54%であった。併用薬
11%であった。3回目治療では気分安定薬
は BZD が 59 名、抗精神病薬が 30 名であ
24 名(炭酸リチウム 22 名、バルプロ酸ナ
ったが、抗精神病薬の 67%がレボメプロ
トリウム 1 名、カルバマゼピン 1 名))
:
マジンであった。2回目あるいは3回目
63%、抗うつ薬 8 名:23%、抗精神病薬 4
名:11%であった(図7)
。
e)
選択主剤の初回投与量・最高投与
量・投与期間
重症度による初回投与量には本質的な
相違は認められず、低用量から開始する
かった。従って、軽症と中等症に対する
薬物療法を一括して取り扱うことにする。
今回の調査から得られた一般的な治療
戦略は以下の通りである(図8)
。
と回答したものが大部分を占めた。
大うつ病軽症および中等症エピソード
においては投与量を中等用量に止めると
回答するものが多かった(中等用量 105
名:64%、高用量 58 名:35%)
。重症エピ
ソードでは高用量まで増量するものが多
かった(高用量 98 名:60%、中等用量 62
名:38%)。
薬剤別に検討すると、TCA や non TCA
は重症度に関係なく高用量まで増量する
との回答が多かった(61%)。一方、軽症
および中等症エピソードでは新規抗うつ
薬の増量は中等用量に止めるものが多く
図 8 大うつ病軽症・中等症の治療戦略
(71%)、重症エピソードにおいても中等
用量までの増量と高用量までの増量の割
合は同程度であった(45%:55%)。
初回治療の薬剤には新規抗うつ薬を選
択する。特定の抗うつ薬が他の薬剤に比
投与期間は重症度に関係なく2∼4週
べて有意な治療効果を有しているといっ
間と回答するものが多く、およそ 80%を占
た明確な根拠はなく、より有害作用の少
めていた。このうち4週間と回答したも
ない薬剤を選択した結果だと判断される。
のの割合は 50%であった。
併用薬には BDZ 系の抗不安薬が選択され
ることが多い。
3)
考察
a)
大うつ病軽症および中等症エピソー
ドの治療について
2 4 週間で効果の判定をおこない、不十
分であれば他の抗うつ薬に変更する。変
更は異なるカテゴリーの薬剤を選択する
今回の調査において症例1の重症度の
傾向が強かったが一定の法則性は存在し
判断が分かれているように、軽症と中等
なかった。最高投与量を中等用量に止め
症を区別するための明確な基準はない。
るとする回答が多かったが、これは外来
加えて、治療薬剤の選び方などその治療
治療を想定しての結果が反映されたもの
戦略の本質に大きな違いは見いだされな
と判断される。
2回目治療が不十分な場合の3回目治
が定まっていないことから消極的に TCA
療も同様の傾向が認められたが、抗うつ
を選択していることも推測され、今後は
効果の増強を目的に他の薬剤を追加投与
新規抗うつ薬の選択頻度が高くなってい
することを選択する頻度が増えている。
くと思われる。また、希死念慮の強さに
追加薬剤の中心は炭酸リチウムなどの気
着目してか ECT の施行も選択肢の一つと
分安定薬である。少数ではあるが ECT の
なっている。重症エピソード症例におい
施行も選択される。
ては、十分な食事がとれずに全身状態が
b)
非精神病性大うつ病重症エピソード
悪化した症例や、昏迷状態を呈する症例
一般的な治療戦略は以下の通りである
も多く、このような場合には速やかな症
(図9)
。
状の改善を目的に早期から ECT の施行を
考慮する必要があると思われる。
初回治療が不十分であれば他の抗うつ
薬に変更する。あるいは ECT の施行を検
討する。
3回目の治療においては、ECT の施行を
より積極的に選択すると同時に気分安定
薬を中心とした抗うつ効果の増強が考慮
される。
今回の調査で目につく特徴の一つは、
治療変更時において抗うつ効果の増強を
目的に他の薬剤を追加投与することを選
択する頻度が早い段階では比較的少ない
ことである。
図 9 非精神病性大うつ病重症の治療戦略
炭酸リチウムはTCAやSSRIとの併用に
より抗うつ効果が増強されることが確認
初回治療の薬剤には TCA を選択する。
されており8,9)、我が国や海外の大うつ病
前述したように各抗うつ薬間に抗うつ効
治療アルゴリズムにおいて推奨されてい
果の明らかな優位性は存在しないが、積
る治療戦略の一つである。
極的な TCA の選択は、レボメプラマジン
また、セロトニン 2A受容体阻害薬であ
の併用が多かった事から、呈示された症
るピンドロール10)やセロトニン 1A受容体
例の不安・焦燥感の強さを考慮しての選
作動薬のbuspirone(わが国では同類のタ
択と思われる。一方、新規抗うつ薬は我
ンドスピロン)11)をSSRIに追加すること
が国での使用経験が浅くその臨床的評価
により、SSRIの速やかな効果発現と反応
性の上昇が期待されている。
抗うつ効果の増強を目的とした薬剤の
外来にて治療が継続された。A2 群では中
等症エピソード 65%、重症エピソード
追加は、薬剤の中止や抗うつ薬の置き換
35%であり、外来の治療は 82%であった。
えに要する期間を必要としないなどの利
B 群では軽症 18%、中等症 38%、
重症 44%
点があるが、必然的に多剤併用となるた
であり、その 21%が入院となったが、ECT
め予期できない相互作用や有害作用が生
目的の入院が 2 例、入院中の ECT の施行
じるリスクもあり、今後十分に検討され
が 4 例あった。
ねばならない治療戦略であろう。
当科で薬物治療を開始し、治療が継続
できた A 群の 105 名 (平均年齢:48.7±
17.3 歳)を中心に薬物の選択とその投与
2.
2003 年度処方実態調査
量・投与期間・有害事象、併用薬の使用
状況を、A2 群については初回治療が不成
1)
対象
功の場合の薬物療法などを調査した。さ
2003 年に山梨大学医学部附属病院精神
らに、1∼6 月に受診した 61 名については
科神経科を受診した新患患者で、DSM-Ⅳ
急性期エピソードの転帰や 1∼1年半後
の大うつ病 性障害の診断基準を満たす
の経過についての追跡調査を行った。
163 名である。163 名の大うつ病の患者は
次のグループに分類される。
2)
結果
A 群(105 名):当科で薬物療法を開始群
a)
症例の診断と第一選択主剤
A 群は A1 群と A2 群に分けた。
A1 群(88 名):主剤を変更することなく
治療の継続を行った群
SSRI や SNRI が第一選択薬であること
が多かった。それぞれの選択頻度は、SSRI
57 例:54%、SNRI 25 例:24%、TCA 15 例:
A2 群(17 名):主剤を変更して治療を継
14%、non-TCA 3 例:3%であった。重症度
続した群
別では軽症では SSRI の選択は 11 例:58%、
B 群(39 名)
:当科初診の前に他院にて
SNRI は 3 例:16%、中等症エピソードでは
治療を受けていた群
C 群(19 名)
:当科で治療しなかった群
それぞれ 37 例:57%および 22 例:32%で
あった。TCA の選択は 11%であった。
大うつ病中等症エピソードにおける主
当科で治療が継続された 144 名(A 群お
剤の選択は、大うつ病軽症エピソードの
よび B 群)のうち 91%が外来のみの治療
場合とほぼ同様の結果が得られ、重症度
であった。A 群の重症度は A1 群では軽症
による初回治療の第一選択薬に本質的な
エピソード 19%、中等症エピソード 58%、
相違は認められなかった。非精神病性大
重症エピソード 11%であり、その 97%が
うつ病重症エピソードにおいても新規抗
うつ薬を選択する頻度が高く SSRI を選択
クロミプラミン 6%、フルボキサミン 4%
した症例は 9 例:53%であった。TCA を選
であった。
択した症例は 6 例:35%であった。また、
ピソードではパロキセチン 53%、アモキサ
初回から ECT を選択した症例が 1 例あっ
ピン 18%、クロミプラミンとイミプラミン
た。
がそれぞれ 6%であった。
使用頻度の高い薬剤は、パロキセチン
52 例:50%、ミルナシプラン 25 例:24%、
非精神病性大うつ病重症エ
各重症度においてスルピリドを選択し
た症例が 1 例ずつあった(図 10)
。
アモキサピン 6 例:6%、フルボキサミン 5
精神病性大うつ病重症エピソードの 4
例:5%、クロミプラミン 5 例:5%であっ
症例に用いられた薬剤はスルピリド、パ
た。重症度別では、大うつ病軽症エピソ
ロキセチンとリスペリドン、ノリトリプ
ードの初回治療の第一選択薬とし
チリンとリスペリドン、クロミプラミン
て選択された上位薬剤はパロキセチン
とハロペリドールであった。(B 群には精
47%、フルボキサミン 11%、ミルナシプラ
神病性大うつ病重症エピソードが 6 例含
ン 11%であった。また、ロラゼパムを選択
まれ全例 ECT が施行された)。
した症例が 1 例あった。
スルピリド 3(3%)
TCAs
n=15 (14%)
クロミプラミン
5(5%)
イミプラミン
1(1%)
アモキ サピン
6(6%)
ノリトリプチリン
3(3%)
non-TCA
ミアンセリン
2
マプロチリン
1
ロラゼパム 1
ECT
SSRIs n=57
SNRI:ミルナシプラン n=25 (24%)
図 10
3(3%)
パロキセチン
フルボキサミン
1
(54%)
52(50%)
5(5%)
当科における大うつ病(非精神病性)に対する第一選択薬剤
b)
大うつ病中等症エピソードにおいては
2回目および3回目の主剤の選択
初回治療が不十分と判断された A2 群で
パロキセチンが 47%、ミルナシプラン 32%、 は、2回目治療では全症例において主
剤の変更が選択された。増強効果を目的
併用されていた。
とした治療を選択した症例は一例もなか
d)
った。主剤の変更では、薬剤の系統を変
量・投与期間
更するものが多く、SSRI から SNRI、SNRI
から SSRI への変更、次いで TCA から別の
選択主剤の初回投与量・最高投与
重症度による初回投与量には本質的な
相違はなく、低用量から開始していた。
TCA といった変更であった。また,SSRI か
副作用の出現で減量・中断した症例を
ら別の SSRI という、同一カテゴリー内で
除くと、最高投与量あるいは維持用量が
の変更も選ばれていた。
低用量 53 例:56%、中等用量まで増量 41
症例が 17 例(中等症 11 例、重症 6 例)
例:43%、高用量まで増量 1 例:1%であ
と少ないこともあって、重症度による選
った。重症度別に見ると、軽症エピソー
択の違いは見いだせなかった。
ドでは低用量 81%、中等用量 29%であっ
c)
た。中等症エピソードと重症エピソード
併用薬
A 群において初回治療から併用薬を用
においては、それぞれ低用量 54%、中等
いるとしたもの 84 例:80%であったが、
用量 44%、高用量 2%と低用量 33%、中等
その大部分が BDZ 系の薬物であった。抗
用量 67%であり、重症度が増すにつれて最
不安薬と睡眠薬の併用例が最も多く全体
高投与量も増加する傾向が認められた。
の 40%を占めていた。次に、睡眠薬の単
薬剤別の差異は認められなかった。
独併用が 19%、抗不安薬の単独併用が
14%であった。
抗不安薬は 59 例:56%に併用されてい
投与期間は2∼14週間であり、重症度
による一定の傾向は認められなかった。
e)
有害事象
たが、ロラゼパムが最も多く 22 例:51%
有害事象は 123 例(延べ治療回数)中
に併用されていた。ついで、エチゾラム
36 例:29%に認められた。新規抗うつ薬
25%、アルプラゾラム 12%、ロフラゼプ
使用による有害事象の出現頻度は 92 例で
酸エチル 11%であった。
24 例:26%、従来の抗うつ薬(TCA およ
睡眠薬は短時間型の併用が多く中∼長
び non-TCA)では 26 例で 12 例:46%であ
時間型の併用のおよそ2倍の処方頻度で
った。対応は、薬剤を中止した症例が 22%、
あった。また、10 症例:睡眠薬併用例の
減量した症例が 11%であった。67%の症例
15%、に両者の併用が認められた。
では薬剤の使用が継続されたが、その
抗うつ剤の併用が 14 症例に認められた。 25%においては制吐剤や胃薬などの薬剤
ミアンセリンとの併用が 9 例(5 例はパロ
キセチンとの併用である)
、SSRI と SNRI
が 4 例、TCA と SSRI の併用が 1 例であっ
た。また、10 症例においてスルピリドが
が併用されていた(図 11)
。
有害事象な
(71%)
有害事象あ
(29%)
併用なし
中止
減量
継続
87
併用あり
18
8
4
24
6
36
図 11 有害事象の出現頻度と対処
表 2 薬剤別にみた有害事象の一覧
有害事象
パロキセチン
ミルナシプラン
フルボキサミン
イミプラミン
クロミプラミン
アモキサピン
ノリトリプチリン
アミトリプチリン
症例数
出現時投与量
10∼20mg
処置
*継続:5例*プリンペラン・ガナトンを併用して継続:4例
*中止:3例 (主 剤変更)
嘔気・体熱感
11
便秘
振戦
アカシジア様症状
嘔気
便秘
排尿障害
2
2
3
2
1
2
100mg
継続
継続
*減量:2例 *中止:1例 (主剤変更)
*継続:1例 *自己中断:1例 (主剤変更)
継続
*ハルナールを併用して継続1例 *中止1例
振戦
視力低下
1
1
100mg
50mg
中止 (主剤変更)
中止 (主剤変更)
排尿障害
QT延長
1
1
37.5mg(DIV)
躁転
2
便秘
口渇
2
1
便秘
便秘
起立性低血圧
排尿障害
1
1
1
1
30mg
40mg
75mg
175mg100mg
継続
継続
継続
減量
50mg
薬剤別に出現した有害事象は表 2 にま
とめた。なかでも留意すべきはパロキセ
継続
中止(ECTへ)
*減量:1例
*炭酸リチウム ・ 抗精神病薬の併用:1例
継続
継続
f)
前半 61 症例における急性エピソード
の転帰と 1∼1 年半後の経過
チンを投与された3症例においてアカシ
DSM-Ⅳの診断基準に従い診断すると、
ジア様の有害事象が認められた事である
完全寛解 37 例、
部分寛解 20 例であった。
(表 2)
。
不変が 1 例、悪化が 2 例、躁うつ病に診
断変更されたものが 1 例であった。
3
回復
不変・同様・悪化
自己中断
転院
15
5
31
10
急性期エピソード(完全寛解)
急性期エピソード(不完全寛解)
12
図 12
急性エピソードの経過および転帰
「回復:1 年以上症状がないか軽微」
「不
変・動揺・悪化:1 年以上症状が持続」と
b)
併用薬としてはBZDが多用されてい
たが、効果・有害事象(依存など)の観
定義して 1∼1 年半後の経過を判断すると、 点からその使用期間には十分な配慮がな
回復 31 例、不変・動揺・悪化 12 例、治
さ れ る べ き で あ る 12,13) 。 ま た 、 SSRI は
療の自己中断 15 例、転院 3 例であった。
CYP450 系代謝酵素の阻害作用を有してお
また、治療を自己中断した 15 例では急性
り、BZDの併用にはさらなる注意が必要と
エピソードの転帰が部分寛解であった症
されるだろう。代謝が単純なロラゼパム
例がその 67%(10 例)
の使用頻度が 51%と比較的高かったが、
を占めていた(図 12)
。
これは有害事象の出現を考慮して併用薬
を選択した結果と判断される。
3)
α2受容体遮断作用のあるミアンセリ
考察
我々は 2003 年 6 月に「大うつ病性障害
ンとSSRIを併用すると、単独で使用する
の治療アルゴリズム」を改訂したが、今
よりも抗うつ効果が増強するとの報告が
回の調査からアルゴリズムに従った薬物
あいつぎ、注目されている14)。今回の調
選択が日常の臨床の場で行われているこ
査においても 5 症例において併用が認め
とが示唆された。
られた。急性エピソードの転帰は完全寛
a)
初回治療時に選択される薬剤のおよ
解 2 例、部分寛解 2 例、悪化 1 例と症例
そ 80%が新規抗うつ薬であった。初回治
数が少ないため効果を判定するまでには
療が不成功であったかどうかの判定に関
至らなかったが、有害な相互作用も見ら
しては、薬物を変更した症例が 17 症例と
れず、今後検討を要する治療戦略の一つ
少なく第一選択薬が十分な期間、十
と判断される。
分な量使用されたかどうかを判断するに
c)
は至らなかった。
で 26%、従来の抗うつ薬では 46%であっ
有害事象の出現頻度は新規抗うつ薬
た。しかし、新規抗うつ薬による有害事
うつ病性障害の治療アルゴリズム」の改
象の出現にも十分な注意を払う必要があ
訂版を出版した。
ると思われる。
現在、「副作用が少なく安全性が高く、
我々の調査ではパロキセチンを投与さ
かつ従来の抗うつ薬と同等の薬理効果を
れた3症例でアカシジア様の有害事象が
有する薬剤」として新規抗うつ薬の使用
観察されており、これは従来の抗うつ薬
頻度が増加してきているが、新たな特有
が引き起こす有害事象と異なる有害事象
の有害事象の出現には十分な注意を払う
が薬物治療の継続を困難にする危険性を
必要がある。例えば、SSRIなら、セロト
示唆している。
ニン症候群の出現に加え、パロキセチン
d)
前半の 61 例を対象として、1∼1 年半
にはアカシジア様の有害事象が観察され
後の経過を評価した。およそ半数が「1
ている。フルボキサミンでは錘体外路症
年以上症状がないか軽微」な状態にまで
状が出現しやすいとの報告もあり15)、従
改善していた。一方、治療を自己中断し
来の抗うつ薬が引き起こすものとは異な
た症例が 25%あり、その 67%が急性エピ
る有害事象が発生する危険性があること
ソードの転帰が部分寛解に止まった症例
も念頭におくべきであろう。
であった。症例数は少ないが、これは、
より合理的で実戦的な大うつ病の薬物
急性期の治療を、症状が消失しりまでし
療法アルゴリズムを作成していくには、
っかり行うことの重要性を示唆している
良質な EBM を得るための我が国独自の臨
と考えられる。
床比較試験を積極的におこなう必要があ
る。同時に、急性期の治療のみならず、
まとめ
継続・維持療法まで視野に入れて、効果、
新規抗うつ薬の使用が可能となり大う
用量用法、安全性、さらに忍容性と費用
つ病に対する薬物療法は大きく変わりつ
対効果の医療経済的側面もあわせた 5 軸
つある。しかし、使用可能な薬剤の増加
を考慮した最適なバランスのとれた処方
に伴う選択肢の多様化は無秩序な薬物療
を考える必要がある。これらの点をふま
法の選択につながる危険性をも同時に有
えて、今後もアルゴリズムは改訂されて
している。したがって、EBM に基づき、臨
いくであろう。
床上の判断をもって補完された抗うつ薬
の選択基準を決めておく必要がある。こ
のような見地から、1998 年に最初の治療
アルゴリズムを作成した。そして、今回
の調査結果を解析したうえで内外の文献
を再度レビューして、2003 年 6 月に「大
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