ラオス平原部の乾期雨期 の水利と食生活 ンが多かった。野菜の種類は多く、料理形態もいろいろであった。生のままで食べる場合は、つけ味噌にあたるジャオ(ナンプリッ ク ) につけて食べられていた。スープにも野菜は大量に使われ、タケノコや魚と一緒に食べられていた。果物は熟した状態だ けでなく、未熟なものも料理に利用されていた。その代表がジャックフルーツやパパイヤであった。グリーンパパヤはタンマク 滋賀大学教育学部 堀 越 昌 子 フン(ソムタムサラダ)として欠かせない食材であった。魚は焼物、煮物、蒸物、スープにもされる。祭事の代表的なご馳走 にラープがある。生の魚肉や牛肉、豚肉、鶏肉に香菜を加えた酢っぱい和え物である。小魚の発酵調味料のパデークは8割 研究の目的]滋賀大学教育学部 堀 越 昌 子 アジアモンスーン圏は、降雨量が年間 1000 ミリ以上と淡水資源に恵まれており、稲作農業と淡水漁業を柱にした暮しが展開 されている。面積当りの農業生産性は高く、食料自給率は高い。しかし、雨期と乾期では平原部の水事情が大きく異なり、土 地利用も住まいも食生活も大きな影響を受ける。天水田や灌漑田における農業生産、漁業生産量、森林資源、山野草、昆 の家庭で自家製であった。 食事調査の結果、もち米の摂取量は女性で平均1食 200g、1日あたり 580gであった。魚は毎日1、2回程度の登場であっ たが、魚を発酵させた調味料・パデークやナムパーは毎食使われており、タンパク質は不足していなかった。ほかの栄養素充 足率は、栄養推奨量よりやや低いものの、バランスはとれており、優れた栄養構成であることがわかった。 虫資源など、雨期、乾期における食資源量の差を明らかにし、それにともなう暮し、食生活、栄養状態を食事調査や聞き取 りを中心に調査を実施した。 近年、タイなど都市化や商業化が進んだ地域では、大型店の進出により、加工食品の購入が増加し、伝統的な食生活に変化 が現れ始めている。またタイ北部の山村部では果樹を中心とした大型プランテーションが導入されて、森林破壊が進行してい る地域がある。ラオスにおいては、商品経済が徐々に入りこみつつあるものの、地域に根ざした食料自給型の暮しがまだしっ かり根付いており、天候には左右されるが、山から、森から、田畑から食料と資材と得る暮しが成り立っている。 本研究では、ラオス平原部ビエンチャン郊外の集落とナングン湖近くの山村を調査地として選び、現地調査し、集落での河川、 山、森林、田畑からの食材利用、乾期雨期における暮しと食生活の変化を明らかにして、典型的なアジアモンスーン気候に おける暮しがどのような特性を持ち、山や森、川をどのように管理し、利用しているのか、流域ガバナンスの観点から探り、 今後のあり方を提案していくことを目的とした。またアジアモンスーン地域農村部の食生活実態を明らかにするとともに、その 栄養的優秀性を確認することも研究の目的とした。 (2) ビエンチャン北部のホンビレイ農村集落は、水田稲作とともに焼き畑農業もやっている典型的な山村であった。焼き畑は、 乾期に木や草を切り倒した後、山焼きをしてから種を蒔く。焼いた後の掃除が一番大変な労働であるということであった。焼け 残った太い木の幹は燃料になるので、家まで運び入れる。焼き畑の作物は、もち米が中心で、ほかに自給用のタロ芋、インゲ ン豆、きび、キャッサバ、トウモロコシなどが栽培されていた。焼き畑は3年周期で利用し、跡地は牛などを放牧して地力の 回復をはかる。焼き畑の作物は、平原部以上に降水量に左右され、2009 年のもち米収量は低めであった。しかし山では、山 菜も採れ、ネズミや昆虫など小動物も獲ることができる。捕獲したネズミは半年から1年ほど家で飼育してから食用にされてい た。山菜の代表であるタケノコは、雨期の間中、毎日山に入って採取し、ゆでて缶や瓶詰めで保存し、一年中利用されていた。 山間部で魚は多く獲れないので、パデークを仕込む家は少なかったが、甕酒造りは盛んで、客が来たら甕酒を囲んでストロー で飲みあって歓迎する習慣がある。女性は機織りも大事な仕事で、暇を見つけては織機に向かっていた。 山間部はコメの収量は多くはないが、採集、牧畜、漁業との複合経営で、平原部以上に食材は多彩であり、自給度は高かった。 家の周りや田畑・山でとれるもので食生活が成り立っており、現金がなくても基本的に暮らしていける。魚の利用は平原部より [調査地と研究方法] 少なかったが、発酵食品もあり、典型的なアジアモンスーン型複合経営農業と暮しを確認できた。 調査時期は、平成 21 年9月5日から9月 11 日に実施した。調査地として、ラオス・ビエンチャン郊外の平原部にある農村 集落ドンクワイ村とナングン湖近くの山村ホンビレイ村を選んだ。ラオスは北緯 14 度∼ 23 度、東経 100 ∼ 108 度に位置し、 国土の 75%を山・高原が占めている。ラオスの人口はおよそ 550 万人で、68 民族という多様な民族から構成されている。 平原部にはタイ・ラーオ系の人々が、山間部にはラオ・テンやモン族の人々が多く住んでおり、焼き畑栽培が多いところであ る。聞き取りと質問紙法によって、水管理と食材資源利用と食事調査を実施した。 [考察] アジアモンスーン圏は、コメと魚を基軸に、多彩な野菜、豆、芋があり、発酵食品も豊富である。発酵食品の種類は多く、特 に淡水魚の発酵したパデーク、ソムパーはアジアモンスーン圏の象徴的な食品といえる。農業を基本的な生業にしながら、山 野から自然の恵みをとりいれる採集活動、漁労活動、そして牧畜をともなう複合経営で成り立っていた。食卓には、もち米、魚、 野菜、豆、芋、果物、山菜と多彩な食材が並び、食料自給率は高かった。これらの複合的な生計活動は自然環境と調和した [研究結果] (1) 平原部ドンクワイ村の水利用と食生活 ドンクワイ村は、ビエンチャン平原部に位置し、その中央部を流れるナングン川と大河メコンの恵みで農業が発達している。 水牛を中心に牧畜業や漁業も盛んであり、総合的な複合農業経営が特徴といえる。食料のほとんどを周辺の田畑、森、川、 湖から自給することができていた。この地域は雨期には大河メコンの増水で流域の田畑の多くが冠水し、乾期のみ栽培可能 な農地も多い。乾期には灌漑田もあるが、灌漑比率は平原部でも少なく、水田の多くは天水田であり、米の収量は降水量によっ て大きく左右される。2009 年は雨が少なく、田植えのできない水田もあって乾期作は大きな打撃を受けていた。メコン川の 水位も例年になく低く、いつも周辺でとれる魚がさっぱりとれなくて、魚発酵食品のパデークつくりもままならない状況であっ た。食料の自給率が高いとはいえ、天候に大きく左右されるのが特徴である。 村から2キロほど離れたところには、共有森があり、山菜取りも見学した。山菜の中心はタケノコとキノコで、採取できる期 間は長く、食卓にも頻度高くのぼっていた。森や田畑では昆虫もとれ、コオロギ、蜂の子、アリの卵など多様な昆虫が食用 に利用されていた。水田からはコメのほかに、野菜(雑草)、小魚がとれ、雨の後には多くの家族が総出で魚取りをしていた。 食事調査の結果、3食の主食はカオニャオ(もちごめ)であり、副菜は野菜、魚から構成され、スープがついているパター 0 持続可能なものであると評価できた。現在は規制ができて、自分の持ち山だけでしか焼き畑はできないが、本来の焼き畑は循 環型の自然農法として、伝統ある農法である。アジアモンスーン地域の伝統的な食生活は、地域自給率が高く、栄養面で質的 にも量的にもバランスが取れており、その優秀性を確認することができた。 灌漑設備が不十分な地域では、降水量によって作物収量が大きく左右されていた。しかし村人は雨が多すぎる時も少なすぎる 時もいたってのんきに対応している姿には感心させられた。総じて、山、森、野、湖、川が一体となった舞台で展開される暮しは、 単作農業ではなく、小規模ではあるが、牧畜、漁業も含んだ複合農業経営がなされていた。大規模プランテーション農業では 食材の殆どを購入する必要があるが、小規模でも複合経営ならば基本的な食材はすべて入手できる。コメ、野菜や果物、豆、 芋、山菜が年間を通して収穫できるので、食費は安くつく。日本よりはるかに食基盤がしっかりしており、豊かであると言える。 今後、灌漑設備が整備されていけば、稲作は安定し、天候に左右されない農業が可能となる。流域の水管理は、最も重要事で、 特に稲作にとっては「水」が生命線であることは、今回の調査でも明らかとなった。 日本では、高度経済成長期以降、食料自給率は低下の一途を辿り、海外輸入に依存した食生活となり、伝統的な食生活は崩 れつつある。同時に食に起因する健康不安も広がっている。日本の農業のあり方、食生活のあり方を考えていく上で、今回の ラオス調査で得られた成果を活かしていきたい。 0
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